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■ 卒業生の声

 
       
 阪大中哲HP研究室案内→研究室の沿革

 
  大阪大学文学部を志望される高校生の皆さんへ
  大阪大学文学部1年生の皆さんへ
  大阪大学大学院文学研究科を志望される皆さんへ  
阪大中哲研究室 OBからのメッセージです
 
  ◆「田龍洞」の日々 竹田健二

(昭和61年度修士課程修了・島根大学助教授)
 

島根大学教育学部在学中に古代中国の思想を研究しようと志した私にとって、大阪大学の中国哲学研究室は、いわば「修行の場」でした。結局中哲の研究室では3年間、1年間は研究生として、2年間は大学院修士課程の学生として過ごしましたが、そのあいだ、授業の準備や中国語の学習、大学院入試の試験勉強、修論の執筆などに励みつつ、私は自分に出来ることを探し求めて悪戦苦闘したのです。

今でもありがたく思うのは、修行の場であったからといって、研究室の居心地が悪かったわけではなかったことです。先生はもとより、先輩や同級生、留学生など、多くの人々から様々な刺激を受けることができ、その結果、私自身の世界を広げることが出来ました。厳しいけれども、暖かい。中哲は、そんな研究室でした。

編者注:「田龍洞」とは、大阪大学中国哲学研究室のうち、とくに学生の研究室を指す雅号である。『易』・乾に「九二。見龍在田、利見大人。」とあるのに因んだもので、いずれ「飛龍」(乾・九五)になるであろうという期待を込めた呼称であるというのが定説である。

  「中国哲学は人間理解の最適アプローチ」 堺谷真人

(昭和62年卒業・電通)
 

中国哲学研究室で学んだ後、私は広告会社に就職しました。外資系広告主を含む様々な企業の広告戦略づくり、CM制作などを担当するかたわら、私は折にふれて中国の古典を読み、恩師の著作に眼を通してきました。日々めまぐるしく変転するビジネスの世界に身を置く私にとって、「論語」や「荘子」など中国の古典との対話は豊かな知的養分、そして勇気と自信を与えてくれたのです。

文学部を志望するあなた。あなたは実利・実用一辺倒の技術競争から一旦距離をとることを選びました。しかし、忘れないでください。人間そのものに対する哲学的洞察は、今後あらゆる分野で不可欠な知のバックボーンとなることを。そして二千年以上の生命を持つ中国古典を学ぶことこそ、その最高のアプローチのひとつだということを。

研究者志望の人も、そうでない人も、いちど中国哲学研究室のドアを叩いてみてください。あなたの未来はそこから始まります。

  「研究室紹介」 藤居岳人

(平成元年度修士課程修了・阿南工業高等専門学校助教授)
 

研究室紹介ということで、中国哲学に興味のある方に対して、自分の経験を踏まえてちょっと書いてみたいと思います。と言いながら、私自身が中国哲学研究室に入る前のことを思い返してみると、実はよく覚えていません。ただ、漠然と中国の思想を勉強してみたいと考えていただけだったのでしょう。恐らくこれから中哲研究室に来て勉強しようと考えている方たちも、それほど深く勉強する内容について考えているわけではないのではないでしょうか?

実際に私が中哲研究室に進学してからは、漢文読解のための訓練が私を待っていました。それは皆さんも恐らく同じだと思います。進学後、「こんなに細かいところまで…」と思いながらも演習の下調べをする毎日が始まりました。そうしていると自分はなぜこんなことをしているのかといった疑問が出てきました。そして、自分はもっと何かいろんな思索にふけることをしたかったのではないだろうか?などと考えていました。下調べの作業に耐えられず、怠け心からそのようなことを考えていたのかもしれません。

今考えてみれば、そのような漢文読解の訓練はやはり必要なものでした。漢文が読めないと話にならないのです。でも、私は「いろんな思索にふける」すなわち、「自分の頭で考える」こともやはり重要なことと思います。孔子も『論語』の中で「学びて思わざれば則ちくらし、思いて学ばざれば則ちあやうし」と言っています。外側からいろんな知識を得るだけでは十分ではなく、自分だけで思索するだけでも十分でない、といった意味です。この言葉の意味を皆さんにはかみしめてほしいです。本研究室に進学されて、中国に関するいろいろなことを研究されるよう期待しています。

  「文を以て友を会す」 古賀(矢羽野)芳枝
(平成6年度修士課程修了・大学非常勤講師)
 

私が中哲を専攻した理由は、研究室の説明をして下さった助手先生があまりに爽やかでかっこよかったからでした。

動機がそのように不純なので、やはり苦労の日々でしたが、それでも有意義だったと思います。

それは中国哲学が、実際の生活に根差した倫理学の面もあり、自己修養に沢山の指針を与えてくれたように思うからです。自由や個性がなにより大事と叫ばれている現在の風潮にあって、真っ直ぐに人の道を説かれると、「参りました」という謙虚な気持ちになります。

それから幸か不幸か少人数なので、研究室に学部の学生から院生まで全員が収容され、上級生が下級生の面倒をみる(勉強上のですよ)という伝統があることです。これは有り難いです。

ところで先述の爽やかでかっこいい助手先生は、今、阪大の助教授になっていらっしゃいます。先生から指導して頂ける皆さんはとてもラッキーです。

  「中哲志望のみなさんへ」 中野三朝

(平成7年度修士課程修了・第一生命国際(香港)有限公司)
 

中国哲学研究室は一言で言えば漢文を読むところです。その内容は、思想、歴史、文学など多岐にわたります。もしあなたが中国哲学を専攻しようと考えているなら、基本的な漢文の読みや中国語は事前に勉強しておきましょう。その他、意外に大事なのが日本語力。同じく漢字を使っているとはいえ、日本語と中国語(漢文)とは似て非なるものです。日本語とは違う、漢文や現代中国語の意味を日本語でわかりやすく解釈する日本語力が必要です。

はじめは句読点の位置さえわからなかった漢文が、卒業する頃には辞書を引きながら何とかわかるくらいになります。

中国哲学研究室は少人数であるため勉強するスペースも十分にとれるので、勉強に打ち込むには最高の環境であるといえるでしょう。

 

 

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