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■『中国学の十字路』(加地伸行博士古稀記念論集)

 
       
 阪大中哲HP→『中国学の十字路』(加地伸行博士古稀記念論集)

  

 
『中国学の十字路』(加地伸行博士古稀記念論集)

 2006年4月に、『中国学の十字路』(加地伸行博士古稀記念論集)が刊行されました。(税込21000円)
 お問い合わせ・ご注文は、 研文出版 まで。
 
   ●目次 
      
湯浅邦弘
加地伸行先生略年譜
加地伸行先生論著目録
(一)
上博楚簡『相邦之道』の全体構成 浅野 裕一
上博楚簡『采風曲目』の竹簡の形制について─契口を中心に─ 竹田 健二
精誠の哲学 武田 時昌
老子における時空と存在/認識論的・存在論的概観 舘野 正美
『呂氏春秋』における哀公説話 南 昌宏
〈わたし〉の喪失─自明性の解体  『荘子』斉物論篇における「吾喪我」について─ 和田 和子
(二)
「通」攷 井ノ口 哲也
漢代における師法と家法と 釜田 啓市
「敬鬼神而遠之」考─儒教の宗教性について─ 衣笠 勝美
災異思想は荒唐無稽か? 串田 久治
後漢の孝批判と『荀子』の孝観と 佐野 大介
易経文の歴史的観点による解釈 塘 耕次
「緯書研究」とその展開─中国学のベクトルと復活─ 春本 秀雄
董仲舒対策における「天」と「命」─「儒教国教化」の思想史的構造への一考察─ 吉永 慎二郎
(三)
楊慎の王安石批判について 井澤 耕一
章炳麟における実証の問題─西洋近代的知識の意味─ 小林 武
『詩本義』に見る序および毛・鄭批判 塩出 雅
『論語』ク黨篇と八股文と 滝野 邦雄
陳?『治平三議』の大同思想 竹内 弘行
晩清時代における儒教とキリスト教の交渉─王韜の西洋受容の論理と姿勢─ 陶 徳民
詩註の学─想史の一端を窺うものとして 山口 久和
沈?の学術形成─交遊を中心として─ 横久保 義洋
(四)
「賣詩」、「賣文」ということ 浅見 洋二
「天台山記」所収の王羲之習書説話をめぐって 薄井 俊二
張家山漢簡『算数書』中の「從」字について 大川 俊隆
『説文解字繋傳』引『論語』考 坂内 千里
王言『聖師録』に関する試 佐藤 一好
柳宗元の「田家三首」について─陶淵明受容の一側面─ 下定 雅弘
白居易近体詩韻字考─杜甫近体詩韻字との比較を通して─ 水谷 誠
漢文表現と中国的思惟の特質に関する一二の考察 安本 博
(五)
北朝隋唐初の在俗仏教信徒と五道大神 荒川 正晴
妙峰山における「香会」の復活と現代的意義 櫻井 龍彦
『三教指帰』にみられる空海の仏教観 静 慈円
尉頭国の調査報告 山田 勝久
北宋禅文献にみられる唯識教義の影響 山部 能宜
吉蔵的判教思想 余 崇生
(六)
内藤湖南と西村天囚─それぞれの懐徳堂─ 岸田 知子
中井履軒の『論語』注釈方法に関する一考察─『論語逢原』「学而篇」を中心に─ 久米 裕子
『詩律兆』における?園学派批判 古賀 芳枝
中井履軒『論語逢原』について 寺門 日出男
中井履軒の「権」の思想 藤居 岳人
懐徳堂の小宇宙─懐徳堂印の研究─ 湯浅 邦弘
「専言」「偏言」から「泛言」「専言」へ―中井履軒による朱子学用語の換骨奪胎─ 湯城 吉信
(七)
崎門学と「容儀」─中村習斎の家塾にて─ 鵜飼 尚代
皆川淇園の「孝」について 肱岡 泰典
内藤湖南は日本政府のスパイだ 深澤 一幸
『若州良民伝』の編集意図について 前川 正名
西村天囚と泊園書院と─藤沢南岳編『論語彙纂』への天囚書入れをめぐって─ 矢羽野 隆男
儒者と藩政と─龍野藩社倉の実施をめぐって─ 山中 浩之
謝辞 加地伸行先生
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