1993年に中国湖北省荊門市郭店村で発見された戦国時代の楚竹簡(郭店楚簡)、およびその翌年に上海博物館が入手した戦国時代の楚竹簡(上博楚簡)を研究対象として、その全容を解明した。各出土文献について、それぞれ詳細な訳注を作成し、また、それらの思想史的意義を解明する学術論文・著書を刊行するとともに、国際学会においてその成果を発表した。
中国古代思想史研究は、大きな転換期を迎えている。通説に重大な影響を及ぼす大量の新出土文字資料が近年相次いで発見されているからである。
本研究は、平成12〜15年度の科学研究費補助金・基盤研究Bの交付を受けて推進した「戦国楚系文字資料の研究」(研究代表者:竹田健二、以下「前研究」と略称)の成果を踏まえ、更にそれを格段に発展させることを目的とした共同研究である。前研究では、1998年に公開された郭店一号楚墓出土竹簡(以下「郭店楚簡」と略称)を対象とし、その全容をほぼ解明することに成功したが、本研究では更に2001年から公開が始まっている上海博物館蔵戦国楚竹書(以下「上博楚簡」と略称)をも対象に加え、その全容の解明と中国古代思想史の再構築を図ることとした。
新たに公開されつつある上博楚簡の各文献について解読を進め、詳細な釈文・訳注を作成する。また、その成果を、既に釈文作成を終えている郭店楚簡各文献と突き合わせ、難読文字の解明を図り、思想史上・古文字学上の意義を明らかにする。郭店楚簡が儒家系と道家系の文献で構成されていたのに対し、上博楚簡には、更に孔子の弟子門人に直接関わる文献、言語学(字書)関係の文献、兵学的著作などが含まれており、順次公開が進んでいる。これらの諸思想についても網羅的に検討を加え、新たな中国古代思想史の記述を目指す。
(1)思想史研究
本研究は、新たに発見された出土文字資料の解読を通して、中国古代思想史全体を見直そうとする画期的研究である。従来の研究では、既存の伝世文献を材料として思想史を組み立ててきたが、近年公開されつつある新資料群はそれらに匹敵する質量を備えている。こうした新資料を活用することにより、閉塞感のあった古代思想史研究に新たな展望を切り開くことに努める。
(2)古文字学研究
また、古文字学研究においても、戦国楚簡を総合的に検討することにより、先秦時代の筆記文字の実態を具体的に明らかにすることができ、発見・公開が相次いでいる出土資料を読解するための基盤整備を進めることが可能となった。
(3)公開の手法
さらに、新出土文献の研究は、現在、世界的な注目を浴びており、インターネット上に次々と論考が発表されるとともに、国際学会も頻繁に開催されている。こうした状況に対応するため、本研究グループでは、「戦国楚簡研究会」ホームページを立ち上げて、研究情報・成果を即時的に公開していくこととし、また、日本語論文を国内で発表するだけではなく、国際学会において中国語による研究発表を行うことに努めた。
(1)研究書の刊行
第一は、研究成果の相次ぐ刊行である。四年間の研究期間中に、代表者・分担者が刊行した著書は、実に八点にものぼる。
まず、『古代思想史と郭店楚簡』(浅野裕一編、汲古書院、二〇〇五年)は、郭店楚簡の各文献を取り上げ、個々の読解の成果を提供するとともに、それによって古代思想史研究がどのような変更を迫られるのか記述した。郭店楚簡研究の一つの集大成として公刊されたものである。また、上博楚簡については、次の三点を相次いで刊行した。
・『竹簡が語る古代中国思想─上博楚簡研究─』(浅野裕一編、汲古書院、二〇〇五年)
・『上博楚簡研究』(湯浅邦弘編、汲古書院、二〇〇七年)
・『竹簡が語る古代中国思想(二)─上博楚簡研究─』(浅野裕一編、汲古書院、二〇〇八年)
このうち、『竹簡が語る古代中国思想─上博楚簡研究─』は、上博楚簡を対象として刊行された本邦初の研究書である。上博楚簡は、『上海博物館蔵戦国楚竹書』(馬承源主編、上海古籍出版社)として順次公開が進められているが、ここでは、その第一分冊(二〇〇一年十一月刊行)から第三分冊(二〇〇四年三月)に収録された古逸文献を取り上げている。
次の『上博楚簡研究』(湯浅邦弘編、汲古書院、二〇〇七年)は、前著に続き、『上海博物館蔵戦国楚竹書』第五分冊までに収録された文献を対象としている。
さらに最新刊である『竹簡が語る古代中国思想(二)─上博楚簡研究─』は、同・第六分冊に関する共同研究の成果をまとめたものである。第六分冊が刊行され、日本に輸入されてから、わずか一年余りで刊行に至ったものであり、この共同研究がいかに迅速に研究を推進したかがうかがえよう。
さらに、個別の専著として、中国語による研究書も次のように刊行した。
・湯浅邦弘『戦国楚簡与秦簡之思想史研究』(台湾・万巻楼、二〇〇六年)
・浅野裕一『戦国楚簡与先秦思想』(台湾・万巻楼、二〇〇八年)
それぞれ着眼点は異なるが、主対象とした資料は同じく出土文献であり、ともに、この共同研究の成果が基になって、台湾での刊行に至ったものである。それぞれ八〜十本程度の論考を収録している。
これらの著書に収録された論考だけでも、八十点弱となり、その他の研究誌などに発表した論考も加えると総点数は約百点という驚異的な数になる。この共同研究がいかに生産性の高い研究活動を展開したかが分かるであろう。
(2)現地調査と国際学術交流
第二の成果は、現地調査と海外学術交流である。この共同研究では、まず平成十七年に、郭店楚簡を収蔵する湖北省荊門市博物館を訪問した。そこでは、郭店楚簡の現物を実見するとともに、数々の貴重な情報を入手することができた。特に、これまで日本に伝えられていなかった郭店楚墓の外郭のC14測定値が判明した。これにより、郭店楚簡の筆写時期についても、重要な手がかりが与えられることとなった。
また、以後も、湖北省・湖南省・陝西省・山東省と、簡帛資料の出土地を訪れて、資料の現物を実見するとともに、現地研究者との学術交流に努めた。さらに、国際学会・シンポジウムにも精力的に参加した。特に、平成十八年に、湖北省の武漢大学で開催された国際学会には、メンバーほぼ全員が招待され、それぞれ最新の研究成果を発表した。四年の研究期間中、国際学会・シンポジウムでの発表は、招待講演も含めて、計二十件にのぼる。
(3)新出土文献研究の進展
このように、本研究は、中国思想史と古文字学の専門家が協力して新出土文献の読解を進め、従来の通説に大きな修正を迫った。公開されたすべての出土文献について、その詳細な形制と解題を提示した上で、各文献の成立事情や思想史的意義について解明を進めた。特に、『論語』の形成史、孟子や荀子の思想について再考を進め、また、『太一生水』や『恒先』といった道家古佚文献、さらには墨家や兵家系の文献について独創的な研究を推進した。
また、研究の即応性という点においても、予想以上の成果をあげることができた。我々は、共同研究を組織した直後、「戦国楚簡研究会」ホームページを作成し、研究情報をいち早く公開することに努めてきた。掲載したコンテンツは、我々の研究活動・研究成果だけではない。一般の閲覧者をも想定して、郭店楚簡や上博楚簡の概説にも力を入れた。 もちろん、研究書の刊行にも努力した。出土文献の公開を受けて、ただちに資料の解読を進め、その成果を、半年以内に研究論文にして発表できるというのは、日本では、我々のグループをおいて他にない。特に、『上海博物館蔵戦国楚竹書』第四分冊以降は、その傾向が顕著となった。
これまで全く知られていなかった古逸文献を読解して思想史の空白を埋め、また、『論語』『礼記』『周易』『老子』などの伝世文献と密接な関わりのある出土文献を読解して、伝世文献の成立や意義を再検討する。これらは、一昔前の思想史研究には全く見られなかった新たな手法であり、この共同研究グループによって確立されたと言って良い。
〔雑誌論文〕
〔学会発表〕
(1)国内
(2)海外
〔図書〕
〔その他〕
海外学術調査
(1)研究代表者
(2)研究分担者
(3)連携研究者