教職員を対象としたセクシャル・ハラスメント研修会開催の報告

作成:藤岡穣

大阪大学大学院文学研究科性差別問題委員会は、去る2001年11月8日(木)、文学部本館第1会議室にて、教職員を対象としたセクシャル・ハラスメントに関する研修会を開催しました。講師としてウィメンズカウンセリング京都の代表を務 めておられる井上摩耶子さんをお招きし、「カウンセリングからみたセクシャ ル・ハラスメント」のテーマでご講演いただきました。教職員の多くの参加を促すため、教授会開催日の夕方に日時を設定したところ、教職員あわせて60余名の 参加を得ることができ、また活発な質疑応答が繰り広げられるなど、とても充実した研修会となりました。

そもそもこの研修会は、2000年4月、2001年4月に委員会が主催したセクシャル・ハラスメントに関するシンポジウムやパネルディスカッションに教職員の参加がほとんど得られなかったことへの反省、そして教職員にこそセクシャル・ハラスメントへの理解を求める必要があるとの認識から計画したものでした。テー マや講師の選定にあたっては、教職員のセクシャル・ハラスメント問題への理解 者の輪を少しでも広げていくことを目標に定め、そのためにはセクシャル・ハラ スメントの被害者の立場について理解を求めることが重要であると考え、長らく被害者に対するカウンセリングに携わってこられた井上さんに被害者の立場や心理についてお話いただこうということになりました。幸い、井上さんにはご快諾いただき、研修会が実現した次第です。

以下、井上さんがご講演に際してご用意くださったレジュメを転載させていただくとともに、参加者に実施したアンケート結果をまとめて、研修会の報告といた します。

井上摩耶子さんの略歴
同志社大学大学院で社会福祉学を専攻し、鶴見俊輔氏らに学ぶ。知的障害児の通園施設や高校でのカウンセラー、米国滞在、大学の非常勤講師などを経て、1995 年、17人の仲間とウィメンズカウンセリング京都を設立。現在、その代表として 性犯罪やセクシャル・ハラスメントの被害者、夫や恋人からの暴力(ドメスティック・バイオレンス)の被害者らの相談、救援活動に取り組んでいる。

講演資料 

1 フェミニストカウンセリングとは?

女性クライエントの心理的葛藤や自己尊重感の低さや非力感は、女性クライエントの個人的欠陥ではなく、また生育歴だけにも還元できない。その原因は、男性中心社会における社会文化的要因にある。女性差別、固定的な性別役割の強 制、女性が「二級市民」(second citizen)として扱われてきたことが、女性を生きがたくさせているのである。
★ Personal is Political (個人的な問題は政治的な問題である)
★ アドヴォカシィ(代弁・擁護)役割
 強姦・セクハラ裁判での専門家証言 ― 京大矢野事件、熊本県議セクハラ裁判、東北大セクハラ裁判、ドメスティックバイオレンスの夫殺害事件など

2 女性が名づけた「セクシュアルハラスメント」「ドメスティックバイオレンス」

「女性への人権侵害としての犯罪」という再定義  

  1. 女性被害者による状況の再定義 ― サバイバーへの道   
  2. 男性の意識覚醒の必要性

3 性暴力を理解するために必要なフェミニズム(=性暴力被害者)の視点

例)セクシュアルハラスメント   

  1. 社会的権力差による権力濫用の問題 ―― 対価型セクハラ   
  2. 固定的な性役割意識による職場環境の問題 ―― 環境型セクハラ   
  3. 対等でない男女心理的・性的関係によるセクハラ行動の問題
    性の二重基準、強姦神話

4 性暴力被害者心理への無理解と「セカンド・レイプ」「二次受傷」   

  1. 男性および社会一般の「強姦神話」という偏見にみちた解釈図式   
  2. 被害者の「強姦神話」(被害者に落度があった)の内面化
    恥、自己非難、自責感、罪悪感、セルフ・エスティーム(自己評価、自尊感情)の低下に悩まされる。

5 性暴力被害者の外傷後ストレス障害(PTSD)への理解

PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder)アメリカ精神医学会のDSM-IV 1994 年

  1. 過覚醒症状(神経の高進状態)
    強姦という恐怖とまた強姦されるのではないかという不安のために過度に警戒し、いつもびくびくしリラックスできない状態
    睡眠障害、悪夢
  2. 侵入症状 (事件の生々しい再体験)
    覚醒時のフラッシュバック
    睡眠中の外傷性悪夢
  3. 狭窄症状あるいは解離状態
    強姦されたということは、被害者が完全に無力化され、どんな抵抗も無駄という経験をしたことである。被害者は、この状態に対して、恐怖と怒りを感じないように無意識的に防衛的なマヒ状態を起こす。金縛りの 状態。解離とも呼ばれ、無感覚なマヒ状態によって外傷体験を意識から締め出す。
     外傷性記憶喪失、心因性健忘―どうしても強姦された日を思い出せない。

6「性的自由」「性的自己決定権」の侵害としての性暴力犯罪

セクハラを含む性暴力は「望ましくないもの」とは仮定されておらず、まだまだ 女性への人権侵害、「性的自由」「性的自己決定権」の侵害だという意識覚醒がない。

★ セクハラ状況を女性は脅威的に捉えるが、男性は好意的(好意のいきすぎ)あるいはちょっとした不適切行動と捉えている。
★ イヤなら「なぜ逃げなかったの?」「なぜ告発しなかったの?」という 質問
 「黙って耐える」対処行動 =「合意」「歓迎」「ささいなこと」と誤解
 「なりゆきまかせ」対処行動 =「けしかけている」「扇動」と誤解
   (無視、なにもしない、されるがままにしておく)
★ 被害者に「受け身的」対処行動をとらせる原因
 ジェンダー規範(女らしさ)― 他者優先性
 社会的サポートシステム(医学的・心理的・法的ケア)の不備

7 なぜ大学教授がセクハラに動機づけられるのか?

Wright Dziech,”The Lecherous Professor ? Sexual Harassment on Campus”1991より

8 校内のセクハラ相談窓口、調査委員会の設置

★ 被害者救済 ― 被害者がひとりで悩まず、早期に相談できるように
★ 大学の組識防衛を排して、冷静、客観的な自浄作用を強化するために
★ セクハラ防止、予防措置としての機能 ―― まずは大学全体のセクハラ に対する意識覚醒が急務

9 心理的サポートのためには、被害者の話を語られるままに聞けるかどうかが鍵

★ 相談員は、警察官でも裁判官でもなく、被害者の共感的な聞き手である
★ 相談者がどこかで自分を責め、被害者化できていない場合には、被害者のセクハラに対する意識覚醒を促進する必要がある。

アンケート結果

1 今日の講演の内容について、ご感想をお聞かせください。
有意義であった、勉強になった、理解しやすかったといった好意的な意見が多かったが、一般的すぎた、性犯罪など極端な事例ではなくボーダーライン上のセクハラの話を聞きたい、女性の立場はわかっても男性の意識を変えられるかどうか は疑問といった意見もあった。大学教授がセクハラに動機づけられやすいという 話はやはり興味深かったようである。

2 教職員を対象にしてこのような催しを行うことについてのご意見をお聞かせください。
概ね賛成との意見であった。ただ、年に1回だけでは効果が期待できない、欠席を認めるべきではないとの注文もあった。

3 キャンパスにおけるセクシャル・ハラスメントを防止し、また問題を解決するために、他にどのような取り組みが可能でしょうか。ご意見をお聞かせください。
研修会などの啓蒙活動、外部の専門家の参加、「性教育」「愛情教育」などの裏 打ち、予防措置、各自が自分自身の問題ととらえて両性の対等な関係を作っていくことが必要であるといった意見があった。

4 その他、性差別問題委員会へのご意見などありましたら、お書きください。
セクハラ防止のための措置や心構えについて専門的な立場から情報をもらえる窓 口が必要、学生・教員・職員に横断的な組織が必要といった意見があった。その他、委員会へのねぎらいの言葉をいただきました。恐縮です。


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