フランシス・ベーコン Francis Bacon 15611626 

生涯 

ベーコンはイギリスの名家に生まれ育って,国会議員や司法長官などを歴任した後,ジェーコブ一世の時代には大法官及びヴェルラムの男爵にものぼった.しかし3年後には彼は汚職のため国会から有罪の宣告を受けた.国王の助けで刑罰は免れたが、このためついに公職を退き、晩年の数年間をもっぱら研究と著述にささげることになった.1626年春の寒い日に,冷却による腐敗防止についての観察をするため彼は戸外で鶏の腹中に雪をつめていたが,このときに引いた風邪がもとになって彼は死んだ.いかにも科学的世界観の先駆者にふさわしい最後であった.

 

著作

『学問の進歩』,『新機関』(ノーヴム・オルガヌム Novum organum scientiarum),『学問の権威と進歩』,『新アトランティス』,『森また森』等

思想


【学問の「大革新」の構想】 ほぼ1605年以降ベーコンが「時の偉大な生産」として企てた学問の「大革新」のプランは大規模なものであって,次のテーマを含んでいた.すなわち『諸学の分類』『新機関(ノーヴム・オルガヌム)』『宇宙の諸現象』『知性の梯子』『先駆者』『新哲学』の六部門である.しかし,このうち実現されたのは第一部にあたる『学問の進歩』と第二部に相当する『新機関』だけで,他の著述は残部の断片か第一・二部の異なる表現にとどまった.『学問の進歩』でベーコンは、記憶、想像、理性という精神の機能にそれぞれ史学、詩学、哲学を対応させて学問の三大分類を行い,その各々にさらに再分類を加えている.特に哲学は神,自然,人間に応じて神学,自然哲学,人間哲学(人文学)に分類されるが,彼が専心したのは自然哲学であった.

【『新機関(ノーヴム・オルガヌム)』】ベーコンの最も重要な著作はアリストテレスの『オルガノン』の革新をめざして書かれた『新機関』であろう.この書は知識の拡大に役立たない演繹的形式論理に対して,人知の進展に役立つ論理学,学問の方法を述べようとする.積極的な見解の提示に先だって第一章においては、無知と偏見と錯誤の原因となる,有名な四つの「心の幻影(イドラ)」が批判される.第一は「種族の幻影」で,自己の偏見に合う事例により心が動かされるといった人類に共通の幻影,第二の「洞窟の幻影」は,個人の体質,偶然事,教育等に由来するもので,いわば洞窟に閉じ込められ広い世界を見ないために生じ,第三は「劇場の幻影」で舞台上の手品や作り話に迷わされるように,伝統的な権威や誤った規則,論証,哲学説に依存することに由来し,第四の『市場の幻影』は,市場で不用意かつ便宜的に作られた言語によって誤るような言語的錯誤である.

人知の途上に横たわるイドラの障害の排除を説いた上で,第二章においては真理に到達する方法が述べられる.そこでは、物の性質について形相(≒法則)を求めることを知識の目的として,まず,自然および実験の事例を網羅し,ついでそこから形相を見出す手続きが示される.有名な熱の例によると「熱」の性質を知るには(1)熱が存在する「現存表」,(2)それに類似しながら熱のない「不在表」,(3)ある現象と共に熱が増減する「比較または程度の表」を作り、それらの比較によって数多の事例から熱の本質が明らかになる,と彼は考える.この手続きは多くの史家が言うように「帰納」と形容してよい方法であろう.それは限られた事例からの飛躍を戒める態度のあらわれだが,その素朴さは否めない.彼の方法は近代的帰納法の先駆的性格をもつ反面、依然として「種差と最近種」を示すアリストテレスの定義と結合した「本質」の追求の意味をもっているのである

 また地動説への消極的評価,ケプラーの成果に対する無知,合理的・計量的武器としての数学への無配慮,演繹に対する誤った評価等も,ベーコンの不備と過渡期の人の性格を如実に物語っている.だが,それを超え出ようとする彼の反面の姿勢は近代自然科学とイギリス固有の哲学への広い眺望を備えている.

参考文献 『哲学事典』平凡社,『西洋哲学史』東京大学出版会,『西洋哲学史の基礎知識』有斐閣ブックス
執筆者 重田謙