森林環境問題の民族誌



 

 ■20世紀の森林動態モデル

  近年、人類学の分野において環境問題への関心が新しい高まりをみせている。これはもちろん、環境問題が世界的に大きな注目をあつめてきたことによるものである。しかし同時に、人類学的なアプローチが環境問題の様々な問題系を明らかにするために有効であることが認識されるようになったためでもあるだろう。

  例えば、西アフリカのギニアサバンナにおけるサバンナと森林パッチの動態に関するフェアヘッドとリーチの研究事例がある。この地域は従来森林に覆われていたが、人間活動によって森林が消失し、現在はサバンナの中にパッチ状に残存しているという見方がこれまで支配的であった。しかしフェアヘッドらは土地被覆の復原を民族誌的研究に取り入れることによって、農耕民の活動が逆に森林被覆を増大させていることを明らかにした[Fairhead & Leach 1996]。

  彼らが明らかにしたのは、森林環境問題の評価が事実認識のレベルで曖昧さを持っており、実態が明らかでないまま森林破壊の言説がひとり歩きしているという側面である。過去の景観復原による実証によって彼らが環境問題の認識に強い影響を与えたことは、この研究が世界資源研究所や国連環境計画の作成したレポートにも引用されていることからもうかがうことができる[世界資源研究所他編 2001: 48-49]。

  いっぽう、フェアヘッドらの主張が逆に一般化されていくことに対する批判もある。同じギニアサバンナ地域で農耕民の人類学的研究を続けているニエルジェスは、航空写真、衛星画像、GIS(地理情報システム)を同時に駆使して環境動態と農耕活動の関係を議論し、結果として、フェアヘッドらの事例はギニアサバンナでもむしろ特殊なものである可能性を指摘している。ここで彼は、地形、気候、土壌、社会的階層差を十分考慮に入れた実証研究の蓄積によってギニアサバンナの森林動態モデルを構築すべきだと主張している[Nyerges & Green 2000; Nyerges 1996; 1997]。

  この議論の面白さは、論争の当事者がいずれも長期的な時間幅における実証研究をベースにしながら、事実の評価をめぐって討論をおこなっていることであろう。歴史性を意識した人類学的環境研究のレベルが、技術の進歩に促された地理的資料の積極的な活用によって、急速に上昇していることが感じられるのである。ニエルジェスの主張において重要な点は、アフリカに独自の森林動態モデルを構築することの必要性である。彼は主としてアマゾンの森林減少の研究によって発展したモデルはアフリカの森林動態にはあてはまらないとし、民族誌的研究と地理情報技術の併用によって、実証研究にもとづいたアフリカモデルを構築すべきだとしている[Nyerges & Green 2000]。この視点は、民族誌的アプローチの利点を森林環境問題の研究に生かす上で、興味深い方向性を示しているといえる。
 



 
 

■時空間スケールの把握

  市川[2001]は森林環境と人間の関係を明らかにするための方法として、「3つの生態学」という問題系を提起する。すなわち、共時的な文化生態学、時間幅を持った歴史生態学、グローバルな政治経済との関係を視野に入れた政治生態学、という3つの問題系である。

  こうした問題系のもとに研究をすすめる上で、筆者がきわめて重要と考えるのは時間・空間スケールの適切な認識である。フェアヘッドらとニエルジェスの議論は、西アフリカのなかでの微妙な環境・社会条件の違い、あるいはアフリカとラテンアメリカという大地域の違いをいかにとらえるかという空間の問題に絡んでいる。同時に、ミクロにみた場合とマクロにみた場合、現象の理解の仕方が異なってくるという問題もある。どのような空間スケールでとらえるかによって、全く異なる結論に到達してしまうこともあるのである。

  これは時間スケールの問題にもあてはまる。同じ景観が季節によって全く異なってみえることはもちろん、環境動態を数年の幅でみるのと、数十年、あるいは数百年の幅でみるのとでは様相が全く異なる。例えば焼畑の休閑を考えればわかるように、森林環境と人間の動態的な関係は、ある程度長い時間幅を考慮に入れることなしには適切な評価が不可能である。

  ここで、様々な地理的資料やGISを、それぞれの特性を十分に把握した上で利用することがきわめて効果的になる。例えば1930年代頃から世界各地で撮影された航空写真は、過去のある時点における詳細な土地被覆を復原するための第一級の資料である。いっぽうマクロ環境の把握のために注目されてきたランドサットに代表される衛星画像は、1970年代頃からの資料として利用可能である。航空写真がより古い時代を知る手がかりになるのに対し、衛星画像は比較的新しい時代の小刻みな土地被覆の動態を知るために効果的であるといえる。さらにこれらをGISを用いて同じ座標軸上に統合することによって、定量的な空間分析が可能になる。

  重要なのは、これらのツールは集約的なフィールドワークを得意とする人類学者が利用することによって、さらに大きな効果を発揮するということだろう。広域的な分析を得意とするリモートセンシング分野においても、現地調査による確認(グランドトゥルース)が不可欠とされる。衛星画像があったとしても、現地を知らない限り写されたものが何をあらわすのかわからないのである。人類学における環境研究では逆に、ミクロな現地調査ではなかなかわからない広範囲な現象や定量的な把握を地理的資料を用いておこなうのである。こうしてミクロデータとマクロデータを接合することによって、比較研究に耐えうる基礎資料の蓄積が可能になる。

  筆者は1992年以来、エチオピア西南部の森林地帯にすむ焼畑民マジャンギルの長期的な環境利用動態、土地利用や集落移動の歴史に関する調査をおこなっている。世帯の毎年の焼畑耕地の伐採を記録するとともに、地形図を用いて20世紀初頭以降の集落開拓・放棄の歴史を広範囲にわたって聞き取り調査している。これらの記録をGIS上に取り込み、さらに先にあげた航空写真、衛星画像、あるいは地形図上の過去の土地被覆記録などを用いて、土地被覆変化のプロセスを定量的に把握する。また、このような土地履歴の把握のもとで、植生調査をおこない、異なる時間幅における植生の回復状況を推定する。こうして、従来は困難だった、長期的な環境動態と人間活動の関係、さらにその関係のあり方が変化していく要因の把握が徐々に明らかになりつつある。
 



 
 

 ■人類学と地理学の接合

  環境問題研究は根本的に学際的なアプローチが要請される分野である。筆者は森林環境と人間活動の動態に関する実証研究を続けながら、人類学と地理学の方法論を接合することの必要性と有効性を強く感じている。こうした視点によって、近現代の森林環境問題研究にあらたな光をあてることができるのではないかと考えている。
 



 
 

 <文献>

 Fairhead, J. & Leach, M., Misreading the African Landscape: Society and Ecology in a Forest-Savanna Mosaic, 1996, Cambridge University Press, Cambridge.

 市川光雄「森の民へのアプローチ」市川光雄・佐藤弘明編『講座生態人類学2 森と人の共存世界』2001年、京都大学学術出版会。

 Nyerges, A.E., "Ethnography in the Reconstruction of Afridan Land Use Histories: a Sierra Leone Example", Africa 66(1), pp. 122-144, 1996.

 Nyerges, A.E. (ed.), The Ecology of Practice: Studies of Food Crop Production in Sub-Saharan West Africa, 1997, Gordon and Breach Publishers, Amsterdam.

 Nyerges, A.E. & Green, G.M., "The Ethnography of Landscape: GIS and Remote Sensing in the Study of Forest Change in West African Guinea Savanna", American Anthropologist 102(2), pp. 271-289, 2000.

 世界資源研究所(他)編『世界の資源と環境 2000-2001』2001年、日経BP社。
 

 (『民博通信』98号より)