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服部 典之 教授  《英米文学・英語学専修》

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はっとり・のりゆき
1958 年生。1981年、大阪大学文学部(英文学専攻)卒業。1983 年、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。同博士課程中途退学。文学博士(大阪大学、2003 年)。和歌山大学教育学部助手、大阪大学言語文化部講師、同助教授を経て、2000 年10月文学研究科助教授、2008 年4月現職。

聞き手・構成=中道典子(比較文学専修2年)、野村明日香(比較文学専修2年)

学問との出会い

中道 先生自身が英文学を志すことになったきっかけについて教えていただけますか?

服部 小学校3年生くらいのことだったかな、父親の仕事の関係から「少年少女文学全集」という50冊の本をもらって、そこから本が好きになってずっと読んでいたんですね。勉強すると言うよりも小説を読む、文学を読んで育ったんです。そしていつかこういうことを職業にしたいという希望がありました。
もうひとつは英語が好きだったんでしょうね。英語は得意だったので、その二つを合わせて英文学ということで…この大学に入ってから専修を決めるときに英文学、フランス文学、音楽学で迷ったんですけど、結局英文学を選んで、大学院に入って教師になったわけですね。

野村 大学に入った時から研究しようと思っていらっしゃったのですか?

服部 そうですね、割と早い時期から大学教師になりたいなと思っていました。親が大学の地理の教師だったこともあって、研究者としてやっていきたいという希望は持っていました。

中道 ほかの職業は考えられなかったのですか?

服部 何というか…集団生活になじまないというか、割に個性的な子どもだったので、たぶん企業とか無理だろうなという気がしていて、あまり迷わないで大学教師になったような気がしますね。
大学時代にオーケストラに入っていて、バイオリンを弾いていたんですよ。好きになって、一時転校して芸大に入りなおそうかとも思ったんですけど、親に猛反対されて、やっぱりこっちかなと。

野村 英文学の中でも専門とされている領域は?

服部 基本的には18世紀のイギリス小説ですね。ダニエル・デフォーやジョナサン・スウィフトとか…。冒険小説が好きで、そこから始めて専門になってしまったんですけども。18世紀は小説が生まれた時代で、どのようにイギリス小説が成立したかということに興味があって、そこが中心ですね。基本的に文学作品が好きなので、どの時代のものも読みますよ。現代小説なども読みます。一番の専門と言うと、やはり18世紀のイギリス小説になりますね。

中道 大学時代はどのように過ごされていましたか?

服部 ほとんどオーケストラの練習、あと勉強は好きだったので、本は読んでいました。オーケストラで休みは合宿に行きましたし、土日もほとんど練習でしたし、生活の中心でしたね。今、楽器は弾いていませんが、その時の友人は今でも親友で付き合っています。

研究テーマの設定

野村 高校生の時は、大学の勉強がどのようなものか全然わからなかったんです。教科書を読んでノートに写すというのとは違いますし。

服部 やっぱり自分の好きなことを探すっていうのが難しいかもしれませんね。僕なんかは、好きで気ままにいろんなものを探したり読んだりしましたけどね。高校の勉強って決められた範囲で試験に向けて限られた中のものを覚えたり勉強したりしますよね。そうではなくて、自分が関心を持っていることについてどういう風にやっていったらよいかを無限にあるテーマの中から選んでいくんですね。そこの絞り込みが難しいかもしれませんね。
研究テーマを決めるときに自分の関心を段々絞っていく過程があるわけで、でも絞り切るとほかのことができなくなる「不自由」ですよね。何を自由、不自由と感じるかという問題ですよね。逆に「何でもいいからやってごらん」と言われると困るでしょ(笑)?
テーマとの出会いもあると思います。自分の身近な問題、人生につまずくこと、恋愛や病気など、自分が痛切に感じた体験をテーマとして選ぶ人もいますね。ある程度自分の気持ちを投影しないとわからない、あるいは自分が体験したからこそわかる、ということもあるみたいで。そこが文学の面白いところですね。

中道 研究のために海外に行かれることがあると思いますが、何か面白いことはありますか?

服部 毎年海外出張はしています。『トレインスポッティング』という作品があって、スコットランドなまりが強い作品で原作と映画があるのですが、論文を書くときにレントンという主人公が歩き回って逃げる・疾走するという場面が多くて、どこからどこまで走ったかとかを原作を比べて実地調査したこともあります。

野村 人物の行動範囲を実際に行って辿ったということですか?

服部 そうそう。既に廃止になった古い駅なんですけども、その駅の光景、孤独というか、寂しさの光景として無くなってしまった駅というのがイメージとしてよく出てきたんですね。それが未だにあるのかとか、実際にそこを歩いてみる。子ども時代にぼんやりと作品を読んでいた時にはわからなかったことが、実際にロンドン、アムステルダム、エディンバラなどに行って小説に描かれた街を自分で歩いてみると小説世界、空間のイメージがくっきりと鮮やかに浮かび上がってくることはありますね。実際に現地へ行って古い文献を調べて研究することももちろんですが、街を歩いてみることも大事だと思います。具体性、イメージというのが大事だと思うんですね。

混沌の魅力

野村 小説は作りものだという目で見てしまいますが、実際に現実とかかわっているんですね。

服部 特に僕のやっている18世紀の小説は実際にあった政治上の事件とか反乱とかが小説、フィクションの中に書き込まれていることがよくあるんですよ。新聞や雑誌のジャーナリズムとそれがフィクションになった読み物との区別が不分明な時代で、そのごちゃごちゃが面白い。専門化が進む前の混沌としたものが一つの小説になっていて、それを解きほぐしたり考えたりするのが好きですね。実在の場所、実在の事件がどんどん入り込んできて主人公が絡んでいくんです。「混沌の魅力」というかね、そういうところがあります。たとえば一つの物語があって、それが順序だって進むのではなくて、脱線があったりほかの事実が入ってきたり。それがまた小説の魅力なのかもしれません。

中道 最後に文学部を目指す高校生に向けてお願いします。

服部
英文学には「生きている言葉」というのがあって、受験英語は固有名詞を極力取ります。particularな学生には有利だけれど、ほかの学生には不利だということを極力避けるので、できるだけ味気がない、読んでいて誰でもわかるような英語なんです。でも本当の面白さというのは誰がどうしたとか、場所とかのparticularな部分なんですね。受験英語では切り捨てられる具体性とかイメージとか想像力を喚起するようなところが魅力だと思います。抽象的ですけど。恋愛とか喧嘩とか、日常生活はドラマにあふれていますよね、これからの自分に対してある種の物語を作るというのは必要だと思います。切り捨てられたところが面白い、そういうところをぜひ読んでもらいたいと思います。
英文法の構文でも、どういう状況で話された文か分からずに覚えますよね。でも本当はいろんな文脈があってその中で生きてくる言葉なんです。小説はその最たるものですけどね。小説を読み解く力が養われると思うんですよ。そして今度は10年後の自分の姿を思い浮かべて、自分は今までどうしてきたか、これからどうするかという自分の物語を作って進んでいくというのは大切だと思います。その根本的な勉強に小説を読み解く力が生きてくるんじゃないかと僕は思います。今、文学離れと言われて専門にする人は少なくなってはいますけど、読む力は生きると思います。応用力を養う力になると僕は信じているんですよ。

中道&野村 今日はありがとうございました。

『大阪大学文学部紹介2011-2012』からの抜粋。聞き手の学年は取材(2010年10月)当時。