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重建懐徳堂 (ちょうけんかいとくどう)

大正2年(1913)に設立された財団法人懐徳堂記念会が、大正5年(1916)に東区豊後町(現・中央区本町橋)に建てた学舎のこと。敷地は、府立大阪博物場西北隅にあたる361坪が無償で貸与された。講堂では、昭和20年(1945)三月の大阪大空襲によって焼失(書庫を除く)するまで、大阪市民のための授業が行われた。授業には、中国の古典と日本の古典とを中心にした講義(平日の夕刻と日曜の午後の一週5回)、人文科学の高度な内容の定期講演(毎週土曜日)、一般教養的な通俗講演(月に1~2回)、年少者を対象とする素読(そどく)科などがあった。

職員は、講義を担当する常任の教授一名、助教授・講師(常任・臨時)・書記・司書若干名からなり、教授として松山直蔵(まつやまなおぞう)、財津愛象(ざいづあいぞう)、吉田鋭雄(よしだはやお)、講師(常任)として吉沢義則、林森太郎、武内義雄、稲束猛、秋月胤継、岡山源六、阪倉篤太郎、大江文城、張源祥などが教壇に立った。また講演には顧問の内藤湖南(ないとうこなん)、狩野直喜(かのなおき)の他、京都帝国大学や第三高等学校の教授を中心に、学外から多くの講師が招かれた。

重建懐徳堂の事業運営費は、ほとんどが財団の基本財産と寄付とで賄われており、講演は無料、講義も低額の堂費(月額20銭から2円)で受講できたため、多数の市民が来聴し、大阪の文科大学・市民大学の役割を果たした。

なお、コンクリート造りの書庫に収められていて戦災を免れた重建懐徳堂の蔵書約三万六千点は、昭和24年(1949)、懐徳堂記念会から一括して大阪大学に寄贈された。その図書目録として『懐徳堂文庫図書目録』(大阪大学文学部、昭和51年)がある。

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