学生新聞 2002年1月12日
発掘調査のネット公開に取り組んで思うこと
福 永 伸 哉

 大阪大学考古学研究室では、今夏の古墳の発掘調査において、毎日の成果をインターネットで発信するという取り組みを行った。発掘調査の「実況中継」ともいえる試みは国内ではほとんど例がなかったこともあり、ホームページには約3週間の調査期間中に5000回近いアクセスがあった。現地説明会の参加者が約350人だったので、その10倍をこえる人がネット上の発掘調査現場を訪れてくれたことになる。苦労のかいがあったと思った。
◆調査を客観的に見つめることに
 そうでなくても発掘調査団の一日は忙しい。現場での発掘作業はもちろんとして、学生それぞれが機材班、図面班、遺物班、宿舎班などに所属し、夕食後も午後11時の消灯まで、自分の役割を果たさなくてはならない。
 そこへあらたにメディア班を設け、調査情報を連日発信するという取り組みを加えたものだから、全体の仕事量はさらに増えた。デジタルカメラやビデオで撮影した画像にミーティングで検討した所見を加えて新しいページを作成し、PHSを使って毎晩サーバーに送信するという作業は、かなりの労力を要するのである。
 しかし、この労力のかかる取り組みは、思わぬ副産物を生んだ。細心の注意をはらって土を見きわめ、慎重に判断を重ねながら発掘を進めなくてはならないという、あたりまえではあるがよい意味での緊張感を調査団にもたらしたのである。
 毎日の進行状況を公表することは、どのような課題を解決するためにどのような発掘方法をとったかという「手の内」をも示すことになるから、ただなんとなく掘る、ではすまされなくなる(この発掘戦略を練ることが、考古学の隠れた醍醐味でもあるのだが)。画像もつけるから、粗雑な発掘は一目でわかってしまう。情報発信は、みずからの調査を客観的に見つめることにもつながったのである。
◆考古学への信頼性取り戻す道は
 1997年にトルコ中部のチャタルフユック遺跡の発掘現場を訪れる機会があった。調査団に情報工学の専門家が加わり、インターネットを利用していかに世界の人々が発掘情報を共有できるかという実践的研究を行っていたことがたいへん印象的だった。日本でもできることがあるのではないか。わたしたちは、昨年8月の調査においてこうした取り組みを試験的に始めてみた。
 それから数ヶ月して、あの前期旧石器時代遺跡のねつ造といういまわしい事件が発覚した。考古学という学問の閉鎖性が非難され、発掘調査の不透明性といった問題も指摘された。そして、今回のインターネットによる発掘調査情報の公開は、当然ながらそうした課題に対するささやかな取り組みの一つとして位置づけられることにもなった。
 もっとも、インターネットでたくさんの情報を発信すれば発掘調査の「透明性」が確保できるというものでもない。むしろ、毎日の成果を整理して社会に発信しているという責任感と緊張感によって、調査に対する問題意識や的確な判断力を持続することが、遠回りのようだが、考古学への信頼性を取り戻す道に通ずるのではなかろうか。
◆学生にとって恰好の副教材
 日本には、発掘調査の現地説明会という世界に誇るべき公開システムがある。新聞などで大きく報道された遺跡の説明会には、1万人をこえる参加者があることもめずらしくない。たしかに、実物には写真や映像に代え難い力がある。
 しかし、興味はあってもさまざまな理由ですぐに現地に行くことのできない人々の方が多数派だ。インターネットによる情報発信は今後さらに有効な手段となるであろうし、文化資源の活用という点でも裾野を大きく広げられる潜在力を持っている。
 実際にわたしたちのホームページのアンケート欄には、そうした意見が多く書き込まれていた。そして、1500年前の古墳と格闘した学生にとっても、このホームページは現代の社会と向き合いながら考古学の意味を考える恰好の副教材となったのである。