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2012年研究室旅行・山口の旅

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一日目

いよいよ今年の研究室旅行が始まります。
右が今回お世話になるバスです。
3日間、よろしくお願いします!

さっそく古墳見学…

の前に腹ごしらえ。「緑の里」で、おいしい郷土料理を頂きました

錦帯橋を見て、いよいよ最初に見学する古墳、柳井茶臼山古墳へ。

古墳のそばには茶臼山古墳の資料館があり、古墳の出土品が展示されています。
普段は日本で最大の銅鏡が展示してありますが、現在は下関考古博物館に貸し出し中です。

墳頂からの眺めは素晴らしく、この地域が海上交通を重視していたこと、そしてこの古墳に埋葬された人の権力をうかがわせます。

周防国分寺では、堂内を見学させていただきました。幸運にも一年に限定した時期にのみ公開している、火災で焼失した前代の薬師如来像の左手を拝観することができました。周防国分寺は741年の国分寺建立の詔で建立されて以来、2度の再建・再興を経ながら創建当時とほとんど変わらない場所に建っています。

律令体制が崩壊したのちも中世には大内氏、近世には毛利氏によって管理されてきました。

全国に建立された国分寺のほとんどが現在では衰退していますが、この衰退の過程についての研究は多くはありません。なぜ他の国分寺は衰退し、周防国分寺は再興されてきたのか。このことは古代の終焉と中世への展開を考える上で非常に興味深いことだと思いました。

天皇発願の国分寺金堂(本堂)の屋根には、現在も天皇家の文様があしらわれています。

今日の宿は防長苑。湯田温泉の湯は美肌効果で、明日に備えます。

二日目

2日目は大内氏館跡の見学で幕があけました。

山口市教育委員会の北島大輔さんに大内氏関連の遺跡について説明していただき、発掘で明らかになった庭園遺構の復元を見せていただきました。I

その後、今発掘を行っている新たな庭園の遺構を見せていただきました。

また過去の発掘で発見された枯山水庭園がほぼそのまま露出展示されており、復元を行った点については後から確認が可能なように配慮されていました。

自分の館内に背後の山々を借景とした見事なハレの場としての庭園を設け、京都の大覚寺大仙院をモデルとしたケの場としての枯山水庭園も備えた大内氏の優雅さと権力の強大さに圧倒されました。

また山口市では大内氏の饗宴に配膳された食べ物の復元を行うなど、積極的に住民の方に情報の発信がされていました。

文化財の保存・活用について学び、考えることのできる貴重な時間をいただきました。

ありがとうございました。

本日2件目は長登銅山。

この銅山では発掘調査によって銅の精錬跡が確認されており、その銅の科学的分析や出土した木簡の記述から東大寺大仏殿の盧遮那仏を造る際に銅を供給した銅山であることが分かっています。

古代の銅精錬技術の復元など様々な展示がありました。

昼食後は秋芳洞を探検し、秋吉台の科学博物館と秋吉台を散策しました。

先人達の研究によってここでは地層の逆転現象が起こっていることがわかっており、地質学的にも興味深い場所でした。

本日の宿は川棚グランドホテル。

到着するとお茶のおもてなしを頂き、豪華な食事と心地よい温泉でまさに至福の時を過ごしました。

ここで食べた瓦そばの味は忘れられません。

3日目

今日は研究室旅行最終日。朝は天候が芳しくなく、骨にしみるような寒さでした。

朝は中ノ浜遺跡を見学しました。

ここは弥生時代の埋葬墓群で、多くが組合わせ式の石棺墓で、中には女性の左手だけが納められた壷棺もありました。何かの儀式に用いられたのでしょうか。

次に訪れたのは土井ヶ浜遺跡。

ここではまず人類学ミュージアムを見学させていただき、その後で遺跡復元の建物の見学に向かいました。

土井ヶ浜遺跡では大量の人骨が出土しており、たくさんの石鏃が刺さった人骨や再埋葬された人骨など様々なものがありました。

最後に訪れたのは下関考古博物館。

館内に入ってまず目を引いたのはホールの正面にある大きなジオラマです。この下関考古博物館のそばには綾羅木郷遺跡という集落遺跡があり、そこではフラスコ型の地下式貯蔵穴が見つかっています。このジオラマはその時の調査の様子と弥生時代の様子を再現したものです。

 この遺跡の調査は土地の造成に伴って行われましたが、開発のブルドーザーが間近に迫る中での切迫したものでした。自身の身の危険も顧みずに調査を行い記録を残した考古学者たちの信念と情熱に、今日の私たちの研究は支えられているのです。

博物館の常設展示は現代から弥生時代まで時代をさかのぼるというコンセプトでした。

古墳時代の展示では下関市内にある古墳からの出土品や、若宮1号墳の内部まで見ることができる縮小模型などが展示されていました。

弥生時代の展示は主に綾羅木郷遺跡の出土品を中心とした展示で、特に弥生土器が年代順にずらりと並んだ展示は圧巻で、展示手法の巧みさに驚かされました。

博物館見学の後は仁馬山古墳の見学をさせていただきました。

美しい墳形の見事な古墳で、現在は防風林に囲まれていますがその向こうには広く平野を見渡せる絶好の場所に位置しています。その巨大さ、立地からもこの古墳に葬られた人の権力の大きさが分かります。

この古墳は粘土槨という古いタイプの埋葬施設を持っています。この粘土槨は木製の棺を大量の粘土で覆うもので、私たち大阪大学が調査を行った宝塚市の長尾山古墳でも見つかっています。現在長尾山古墳の調査成果をまとめている作業中ですので、仁馬山古墳からは多くのことを学びとることができました。

今回の研修旅行では山口市教育委員会、周防国分寺、長登銅山文化交流館、土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム、下関市立考古博物館の方々に大変お世話になりました。最後になりましたが、厚くお礼申し上げます。

(文責:3回生S)

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ことしのバス
錦帯橋
    柳井茶臼山古墳からの眺望
      周防国分寺到着
大内氏館跡にて
庭園をのぞむ
長登銅山文化交流館で見学
秋芳洞
       みんな大好き瓦そば
  みんな大好き人骨
整備された若宮1号墳
仁馬山古墳にのぼる