待兼山史友会報執筆者一覧

※敬称略、随想は除く

第25号(2010年)
記念講演 能川泰治(90年卒)「Kさんとの出会い―大阪の野宿生活者支援活動で学んだこと―」
研究動向 永松圭子(75年卒)「拙著『日本中世付加税の研究』を書き終えて」
第24号(2009年)
記念講演 野口昭弘(76年卒)「今、教育現場で起こっていること─わが人生をふり返って─」
第23号(2008年)
記念講演 川岡 勉(86年博士修了)「中世日本の王権と天下成敗権」
第22号(2007年)
記念講演 廣川和花(01年卒)「病める者へのまなざし―猪飼先生のハンセン病史研究」
第21号(2006年)
記念講演 藪田 貫(71年卒)「「武士の町」大坂という問い」
筑木一郎(00年卒)「資料をよむこととニュースを書くこと─国立国会図書館関西館での経験から─」
第20号(2005年)
巻頭稿  都出比呂志(名誉教授)「私の阪大考古学研究室の思い出」
記念講演 森本光展(77年卒)「高校日本史教科書の動向と課題─執筆と学校現場の経験から─」
福永伸哉(82年卒)「都出先生の学問と大阪大学の考古学」
活動報告 豊田裕章(DC)「養護学校における歴史教育の試み─博物館・大学・地域との連携─」
第19号(2004年)
記念講演 桑原 恵(79年卒)「近世後期のコスモロジーと主体性~中盛彬の思想から~」
第18号(2003年)
会長挨拶 服部 敬(55年卒)「会長就任の挨拶」
記念講演 長山泰孝(名誉教授、59年卒)「今は“ひどい時代”なのか─戦後についての反省─」
中田佳子(78年卒)「アメリカの社会科教育―幼稚園から高校まで―」
第17号(2002年)
研究   加地宏江(70年卒)「応永期の住吉社神主職について」
記念講演 岡村勝行(85年卒)「博物館・教育・考古学」
第16号(2001年) 
記念講演 松下 浩(87年卒)「古文書を「見せる」―古文書展示の新しい試み―」
動向   井上寛司(66年卒)「靖国神社・歴史教科書問題と「神道」の理解をめぐって」
第15号(2000年)
会長挨拶 小山仁示(53年卒)「会長就任のあいさつ」
記念講演 北尾 悟(86年卒)「生徒・授業・学校~一教師からみた九〇年代教育事業~」
第14号(1999年)
記念講演 脇田 修(名誉教授)「大阪大学日本史研究室の五十年」
米田雄介(59年卒)「正倉院宝物の管理について」
記念祝賀会参加記 横山芳子(69年卒)・禰宜田佳男(82年卒)・細川知里(3年)
第13号(1998年)
記念講演 竹下喜久男(66年博士修了)「芝居興行人と見物衆」
第12号(1997年)
記念講演 山内晋次(85年卒)「航海と祈りの諸相」
研究   松下 浩(87年卒)「特別史跡安土城跡の調査」
第11号(1996年)
記念講演 栗山和之(79年卒)「博物館 その日ぐらし」
動向   中田佳子(78年卒)「消えた原爆切手と原爆展─アメリカで迎えた原爆50周年─」
第10号(1995年)
記念講演 原田敬一(74年卒)「日清戦争の国際シンポジウムに参加して」
福永伸哉(82年卒)「阪神大震災と考古学」
第9号(1994年)
記念講演 本城正徳(76年卒)「近世の経済構造をめぐって―門下生からみた脇田先生―」
西本昌弘(79年卒)「長山先生と古代国家形成史論」
第8号(1993年)
巻頭小稿 井上寛司(66年卒)「黒田先生を偲ぶ」
動向   小松素彦(53年卒)「現代シルクロード事情「天山北路」」
第7号(1992年)
巻頭小稿 芝原拓自(教授)「自ら蒔いた種」
第6号(1991年)
巻頭小稿 脇田 修(教授)「研究と発想」
原 美幸(57年卒)「ドイツ東西統一、一周年によせて」
第5号(1990年)
巻頭小稿 小山仁示(53年卒)「朝刊拾い読み」
記念講演 武田 章(84年卒)「歴史は暗記科目でよいのか―小・中・高の歴史教育―」
第4号(1989年)
巻頭小稿 時野谷 勝(名誉教授)「平成の年を迎えて」
田中文英(62年卒)「権門体制論が提起されたころ―一受講生の目を通して―」
大西 愛(65年卒)「歴史資料の保存という仕事」
第3号(1988年)
巻頭小稿 梅渓 昇(名誉教授)「考古学研究室の発足にさいして」
研究   西本昌弘(79年卒)「楽浪・帯方二郡の興亡と古代日本」
第2号(1987年)
巻頭小稿   井上 薫(名誉教授)「大唐西域記の旅」
研究     河野通明(63年卒)「明治農具絵図について」
森 明彦(78年卒)「鏡の中の世界」
第1号(1986年)
時野谷 勝(名誉教授)「史友会の発足に当って」