オーストラリア辞典
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Northam

ノーザム


西オーストラリア南西部、パースの東97キロに位置する。
人口:6,300(1996)、6,791(1981)、7,400(1966)、2,096(1901)、252(1881) 。


 ジェームズ・スターリング総督によって、イギリスのデヴォンにある村の名前がつけられた。ノーザムの町はモートロック川とエイヴォン川が合流する地点、かつてアボリジナルのニュンガーの土地であった場所に位置する。1830年にロバート・デイルRobert Daleと入植者の一団がダーリング山地を越えてエイヴォン川流域まで到達し、ついでジェームズ・ヘンティーJames Hentyがさらに北へ進出した。彼らは、ノーザム地域へ足を踏み入れた最初のヨーロッパ人と思われる。1830年に町の測量が行われ、1833年に官報で公示された。ノーザムへの入植が活発化するのは1836年からである。1867年に蒸気製粉機が導入され、1871年にはパースとの間に電信線が敷かれた。1886年に鉄道が開通し、1890年代の中頃には金鉱地帯まで延長された。この鉄道操車場の建設とゴールドラッシュが、ノーザムの町に繁栄をもたらした。1900年にエイヴォン川にダムが建設されたが、洪水により1903年に崩壊、1907年に新しく再建された。1930年代にウサギが大発生し、34年にはウサギの処理工場が設立された。1933年には警察によって町のすべてのアボリジナルが集められ、モー川居留地Moore River Settlementに強制移住させられた。その理由は衛生上の問題であるとされた。第2次世界大戦直後の1946年には、イタリア人戦争捕虜4,000人が本国送還のためノーザムに集められた。戦後は移民収容センターが置かれていた。同地域では主に小麦の栽培と牧羊が行われ、また大規模な軍事基地も置かれている。またカーティン工科大学のキャンパスがある。

 藤井秀明1001