全国高等学校世界史教員研修会 御案内

大阪大学 21世紀 COE プロジェクト「インターフェイスの人文学」
「シルクロードと世界史」班 代表 森安孝夫(教授・博士)

文部科学省が推進する21世紀 COE (Center of Excellence) プロジェクトとして,大阪大学文学研究科・文学部が主体となって申請した「インターフェイスの人文学」が採択されましたが,我々は「シルクロードと世界史」班としてその一翼を担っております.その活動の一環として,今夏,全国高等学校世界史教員研修会なるものを企画いたしましたので,御案内申し上げます.

現在,我が国の経済・外交が大きな岐路に立っていることはマスコミを通じて周知のとおりでありますが,昨今のさまざまな出来事を見ていますと,政治・経済・外交面で日本を率いるリーダーたち,並びにアジア・アフリカ・オセアニア諸国など海外の現場で活躍する外交官やODA経済援助のスタッフたちに,あまりにも欧米中心的な見方が浸透しているために生じた摩擦や不都合が目に付きます.某衆議院議員と外務省との疑惑に典型的に現れたようなアジア・アフリカ外交の脆弱さは,氷山の一角にすぎないのです.その責任の一端が,明治以来の日本を支えてきた西欧近代主義と,それに依拠する現在の高校世界史教科書にあることは否めません.現在の世界史教科書は,西洋史と東洋史の寄せ集めで,しかも東洋史は中国中心であり,「シルクロード」という名称によって代表される東洋と西洋の間の世界(草原・オアシス世界と海洋世界)を脱落させてきました.また歴史はともすれば暗記科目として扱われ,その背景にある歴史の流れについて思考することを求めてきませんでした.高級官僚・外交官のようなエリートのみならず,海外経済援助やNGOの場,あるいは商社などで働く者にとって,現地の歴史と世界史全体の大きな流れとを把握しておくことは必須の要件であるにもかかわらず,現状では理科系はもとより,文科系でも法学部・経済学部・外国語学部や国際系学部の出身者の大多数の世界史認識は,高校世界史のレベルで終わっているといっても過言ではないでしょう.そのために上記のような不都合が生じ,場合によっては国益さえ損なっているのです.このような状況は今後も続きますから,おおもとの高校世界史教育を見直すことこそが肝要となります.

具体的に,本年度の大阪大学文学部の入試問題とその答案を例にとって説明いたします.問題は,インドシナ半島において,19世紀初頭に成立していた3つの王朝名と,現在の5カ国名,そして両者の関係を答えさせるものでした.植民地のことは一言も聞いておりません.出題の意図からすれば,主語は当然,ベトナム・タイ・ミャンマー(ビルマ)・カンボジア・ラオスの5カ国,及び阮朝・バンコク(チャクリ)朝・コンバウン朝の3つでなくてはなりません.しかるに受験生の答案には,出題者の意図に対応するものが半分ほどはあった反面,フランスとイギリスを主語にする答案が3〜4割はありました.その答え方は判で押したようにほぼ同じで,フランスはピニョーを送り込んで阮福映を助けて国造りをさせた(これは事実に反し,西欧側の拡大解釈)ことによって,その後ベトナム・カンボジアを保護国化し,イギリスはビルマを植民地化してインド帝国に組み込み,中間のタイだけが英仏の緩衝地帯となったおかげで独立を維持できた,というものです.これは現在の高校教育の実態(もちろん責任の大部分は西欧からの目で記述している教科書にあり)を反映しているものだろうと思います.

「近代歴史学」の主流をなしてきた近代主義と西欧(時に欧米)中心主義,東アジアにおける中華主義など「勝者」や「中央」の歴史の陰では,かつて華々しい活躍を見せた遊牧騎馬民族が野蛮人ないし非文化人の代名詞にさえなり,海洋民や商人は歴史の脇役として軽視されるような,多くの不公平がまかり通ってきました.しかし,勝者や中央の歴史を支えてきたところの「個」,たとえば国民国家から出発する単線的発展の歴史はすでに過去のものであります.最新の歴史学は,多くの文化や力が「インターフェイス(境界・接点)」の場(歴史空間)において交錯し生成・発展・消滅を繰り返す歴史,ネットワーク・情報などの歴史に注目し,例えば「近代」や「国民国家」がいかにして「結果的に」成立したかを問い直しています.そこでは遊牧民や海洋民,そして商人たちが歴史の主役となるのです.

もちろん,つい最近の高校世界史教科書には新しい学問動向を反映したものが登場しただけでなく,従来大きなシェアを占めていた教科書にも内容に補訂が加えられつつある一方,高校世界史教員の中に新しい学問動向を積極的に取り入れておられる方がいることも承知しております.しかしながら,まだそのような流れは細いものであります.この流れを太くし,確かな史実に基づいた公平な世界史認識を高校世界史教育界全体の潮流としていくための小さな一歩として,我々のプロジェクトは企画されました.

我々がめざす世界史再構築の立場は,西欧中心でも中華主義でもありませんが,その反対に,アジア中心主義でも民族主義でも偏狭な愛国主義でもなく,もちろん唯物史観や自虐史観でもありません.歴史の見方は常に多様であり,どれか一方に偏ることは許されません.敢えて言えば,堅実な fact-finding を中心とする実証主義です.善悪の判断とか価値観とかは立場が違えば簡単に逆転するものでありますから,我々はあくまで史料に基づく事実の把握に基礎を置き,一部ではなく全体を捉えるべく,多様な見方の間を往復しながら,歴史認識を深めていくという姿勢を堅持するのです.

我々は,研究者と教育現場を結ぶ者の層の薄さが,日本の歴史教育の最大の弱点と考えております.高校の世界史教員は,一部には研究の最前線にたっておられる方もいらっしゃいますが,多くは学問のプロと一般知識人との間に立つ重要な役割を担った高度職業人と認識しております.実証的に研究している若手の専門研究者より,個別に発見された事実を大きな世界史に結び付ける視点が芽生える可能性は,高校教員の方が寧ろ大きいとさえ考えております.今やドイツ文学者でさえ世界史の中の日本史が書ける時代であり,アメリカのアフガニスタン・イラク攻撃の歴史的評価は,将来の検定によるのではなく,もっと自由であっていいはずです.そのためには,高校教員の方々の奮起が一層望まれるところであると考えます.

今回の研修会の開催場所・日時・プログラム,並びに主催者側講師紹介は別紙の通りであります.会場は100名余を収容できますので,広く全国から参加者を募集したいと考えます.参加費・教材費などは一切無料です.但し,参加予定者の条件と致しまして,次の三点を設定させていただきます.
 1)3日間全てのプログラムに出席できること,
 2)研修会後1週間以内に2〜3枚程度のレポートを提出していただけること,
 3)各都道府県の高校社会科研究会ないしそれに準じる機関・団体の推薦を受けた者,あるいは私的研究グループの代表として研修後そこに成果を還元できる者.

100名中,60名につきましては既にホテルを確保いたしました.残りの40名程度を宿泊を必要としない関西通勤圏より募りたいと思います.

COE プロジェクトは5年継続の予定ですので,第2年目に当たる本年を第一回とし,できれば今後も続ける意向を持っておりますが,なにしろ初めての試みですので,どのような反応がいただけるのかまったく分かりません.今回の御案内送付先も関西ないし西日本に限定すべきなのかどうかさえ手探りの状態であります.従いまして,まず本状を全国に送付すると共にインターネット上にも公開し,都道府県別の参加希望者の有無・人数を把握したいと望んでおります.その上で,遠方からの参加希望者につきまして,宿泊費・交通費をどの程度まで負担できるか検討させていただいた上で,御返事を戴きました方々に再度,直接の御案内を差し上げる所存であります.別紙の「参加希望者調査用紙」にて御回答いただきますよう,御願い申し上げる次第であります.

2003年3月22日  不宣謹状



全国高等学校世界史教員研修会 プログラム

会場:
大阪大学附属図書館本館 A棟6階 図書館ホール


8月5日(火)【一日目】


8月6日(水)【二日目】


8月7日(木)【三日目】