博士学位論文要旨


西夏貿易史の研究

佐藤 貴保


『大阪大学大学院文学研究科紀要』45, 2005.3, pp. 48-49.



 本論文は、十〜十三世紀にかけての中国西北部に建国された西夏国が諸外国、特に東で隣接する北宋・金朝との間で行なった貿易の実態を、西夏語文献及び漢語文献を用いて解明した。
 序章では、従来の研究に西夏語文献を活用したものが無いこと、西夏側における貿易の受益者が誰なのかを考察したものが無いことを指摘し、研究の独創性を示した。
 第一章「西夏─北宋国境貿易の展開」では、十〜十二世紀前半における西夏と北宋との国境付近で行われた貿易の担い手や交易品目を、北宋側の漢語文献をもとに分析した。その結果、国境貿易には西夏領内の牧畜民と北宋領内の農耕民との間で西夏建国以前から行われていた日用品貿易(穀物や畜産品など)と、官主導で行われる奢侈品貿易(薬草や絹織物など、いわゆるシルクロード中継貿易品)の二つの性格が併存していたことを明らかにした。
 第二章「西夏の用語集に現れる華南産の果物について─十二世紀後半の西夏貿易史─」では、十二世紀末の西夏で編纂された用語集に、西夏とは隣接しない南宋産の果物の名前が載録されている事実を指摘し、十二世紀後半に中国が金朝と南宋とによって南北に分裂していた時代にあっても、西夏が諸外国との貿易を盛んに行なっていたことを明らかにした。
 第三章「西夏法典に見る貿易政策─実見調査に基づく貿易関連条文の訳註研究─」では、十二世紀中葉に編纂されたカラホト出土西夏法典『天盛旧改新定禁令』の貿易関連条文を、現在この文献を所蔵しているロシアでの実見調査を基に訳註を行い、西夏政府は諸外国に派遣される使節が派遣先で私的に交易活動を行うことを条件付きで認めていたほか、西域から中国にかけてのシルクロード中継貿易で活躍したウイグル商人を優遇する条文が存在することを指摘した。なお、本法典を実見調査した結果、従来本法典を不鮮明な写真版のみで解釈していた先行研究が西夏文字を誤読している箇所をいくつか確認した。そこで実見調査に基づいた正確な釈読を巻末に附録として掲載した。
 第四章「朝貢使節による貿易活動」では、西夏から北宋や金朝へ派遣された朝貢使節が実際に派遣先で貿易活動を公認され、使節団員が奢侈品貿易を営んでいたことを漢語文献から明らかにした。また西夏法典の条文から、西夏皇帝が北宋や金朝から朝貢の引き替えに受け取った回賜品を、西夏の官僚や兵士へ恩賞として分配していた可能性を指摘した。
 第五章「朝貢使節の人選」では、前節で明らかにしたように私的な貿易活動を認められていた朝貢使節にはいかなる人物が選出されたのかを、朝貢使節の正使・副使の姓名・官称号から考察した。その結果、金朝へ派遣された使節には、正使に武官、副使に文官が選出され、西夏の王族以外の様々な民族・部族から選出されていたことを明らかにした。さらに西夏法典の編纂者リストや元朝時代の西夏遺民の伝記史料を基に、武官は宮中の宿衛出身者、文官は試験あるいは官僚養成機関での教育を経て採用された者である可能性が高いことが明らかになった。こうした考察の結果、西夏皇帝は政権に参与している構成員を使節団として派遣し、私的な貿易活動を許すことによって彼らに経済的な利益を分配し、政権の維持に役立てようとしていたと論じた。
 結語では、第一章〜第五章での考察をまとめたうえで、西夏国の国家構造の特徴にも言及し、西夏皇帝はシルクロード貿易の中継などによって経済的な利益をあげるとともに、西夏皇帝は政権の構成員に対し回賜品を分配したり、朝貢使節として私的な貿易活動を行う権利を付与したりすることによって政権を維持しており、西夏国が中央ユーラシアの遊牧政権に見られる特徴を具備していると論じた。


Copyright@SATO, Takayasu