対話の現象学にむけて―現象学の可能性をめぐって―

浜渦 辰二(静岡大学人文学部)

(注記: これは、『哲学論文集』(九州大学哲学会編)第36輯[2000年9月25日発行]に掲載されたものです。)

はじめに

  哲学においては、古代ギリシア以来、或る意味では、対話にいつも重要な役割が与えられて来た。言うまでもなく、哲学(Philo-sophie)という語と同様、対話(Dia-log)という語もまた、古代ギリシア語に起源をもつ。ソクラテスの哲学の方法は、問答という対話であったし、プラトンの哲学の叙述形態は、その師の対話を再現することから始まる対話篇であった。一・二人称が中心となる対話形式に対して、アリストテレスの三人称を中心とした講義形式の叙述は、一見、対話とは縁遠いように見える。しかし、彼は人間を「ポリス的動物」と呼ぶかたわらで「ロゴスをもった動物」とも呼んでおり(1)、その行間を読もうとするとき、ロゴスを交わすことによってポリスを形成するという人間の姿が浮かび上がる。そこには、アリストテレスにとっても対話の役割が決して無視できないものだったことが窺われる。その後も、アウグスティヌスからガリレイやバークリを経てファイヤーアーベントに至るまで、対話形式で叙述する哲学者は綿々と続き、また、必ずしも対話という叙述形式を取らなくとも、トマス・アクィナスの「異論~反対~主文」という叙述形式から、カントの弁証論(Dialektik)の特に二律背反(Antinomie)や、ヘーゲルの弁証法(Dialektik)に至るまで、対話の精神が脈々と流れているとも言えよう。それゆえ、対話が重要な意味をもっているのは、必ずしもブーバーらに代表されるいわゆる対話哲学(Dialogphilosophie)と呼ばれる流れにおいてのみとは限らない。むしろ、一見すると対話とは縁遠いように見える哲学においても、対話の場面が論じられ、対話の問題が議論されていることがありうる。そして、そこにおいて、そもそも対話とは何か、対話はどのようにして成立するか、真の対話とは、といったことが浮かび上がってくる。小論は、そのような関心から、フッサールとハイデガーのいくつかの場面を取り上げて、それこそ一見すると対話とは縁遠いように見える現象学の出発点において、対話がどのように考えられていたかを考察し、それによって、<対話の現象学>にむけて一つの準備をするものである(2)。そして、それはまた、他の諸学との<対話>を通じて現象学の新しい可能性を開くためにも役立つことになると考えている(3)


一、フッサールにおける対話の欠如

  一見すると、<対話>は現象学にとって、とりわけその創始者であるフッサールの現象学にとっては、重要な意味を与えられていないように見える。そう見える理由として、次の三点がすぐにも思いつくだろう。対話哲学を代表するブーバーと較べてみれば、第一に、対話を重視するということは、「精神は言葉である」(50)(4)というように、精神(意識)より言葉(言語)を重視することを前提するように思われる。ところが、フッサール現象学は、自ら主張するように直観主義であり、言語(表現)は直接的な経験(知覚)に対して二次的・間接的であると考えられているように見える(5)。第二に、対話においては、「はじめに関係があり」(27)、この根源的関係のなかから「<われ>が現れる」(32)、「人間は<なんじ>に接して<われ>となる」(39)のに対して、フッサール現象学では、まず、他者のいない「原初的{プリモルディアル}な世界」にある自我が、次の段階で初めて他者と出会い、関係をもつ「間主観的な世界」が成立すると考えられており、「関係は二次的である」ように見える。第三に、それゆえ、対話において「関係は相互的」(24)であるのに対して、フッサール現象学では、自我が他者に対して優先的な位置を占めており、自他の関係は非対称的であって相互的ではないように思われる。

 実際、至るところで、「独白(Monolog)」の場面と「独我論的(solipsistisch)」な方法を重視していたフッサールにおいて、「対話(Dialog)」の場面が積極的に語られることはないように見える(6)。因みに、晩年のフッサールに個人的に接していたシュピーゲルベルクも、次のように報告している。「彼の思索は、親しい人びとだけを相手にしている時でさえ、根本的には独白であった。・・・彼は個人的な助手であったオイゲン・フィンクに・・・論敵の役割を演ずるように命じた。“共に哲学する(symphilosophein)”そのような試みにおいてさえ、彼はいつも自分だけを相手にしていたのである」(7)。さしあたり、これくらい挙げただけで、フッサール現象学のなかから対話について積極的な考察を期待するのは無理なことと思わせるのに十分であろう。しかし、それではフッサール現象学は<独白の哲学>であって<対話の哲学>ではないと言ってしまえるかというと、なかなかそう断定して済ますわけにはいかないところがある。ここで少し、フッサール現象学における<対話の哲学>を探ってみることにしよう。

 フッサール現象学の現象学としての出発点は、『論理学研究』の第二巻の第一研究「表現と意味」だったと言えるが、それが開いた道は、デリダによれば、「現象学全体がそこにはまり込むことになった道」(8)であり、まさにその出発点において、フッサールは「対話」を捨てて、「独白」に現象学の道を据えたように見える。しかし、(すでに別の機会に論じたように)(9)フッサールのここでの主眼は次のことにあった。つまり、「生きた対話(Wechselgespraech)」という、表現の「コミュニケーション的(kommunikativ)機能」においては、「話し手の“思想”を表す意味作用(Bedeuten)」と「話し手の心的体験を表す告知作用(Kundgeben)」とが絡み合っている。それに対して、「他人との交流において自らを伝達するということのない心的生活」においても、その表現は意味を持ち、その意味を理解するという意味作用が働いているが、それが話し手の心的体験を聞き手に伝えるという告知作用は働いていない。そこで、彼は「対話」の場面から「孤独な心的生活」の場面に目を転じる。というのもここでの彼の関心は、告知作用よりも意味作用にあり、何よりも、意味の同一性と意味作用の多様性との相関関係を取り出すことにあったからである。意味作用を告知作用と区別して取り出すためにこそ、「孤独な心的生活」に目を向けたのであって、「対話」の場面を切り捨てることに彼の主眼があったわけではない。

 このことを踏まえたうえで、もう一度この第一研究でフッサールが「独白」と「対話」について語っていることを読み返してみると、いくつか興味深いことが見えてくる。

 まず、「独白」についてであるが、ここで、プラトンが「思考」を、「声を伴わずに内部で心が自分自身と行う対話」(10)と呼んでいたことを思い出そう。これは、孤独に行われる思考といえども<自己との対話>という対話的性格をもっている、という重要な指摘で、これがその後の哲学に、哲学にとって対話が持つ意味への認識をもたらしたとも言える。しかし、「思考」はともかく、「対話」の問題そのものを考えようとする時、この指摘はどれだけ有効なものとなりうるだろうか。フッサールが「孤独な心的生活」と呼んだのは、まさに一人で思考している場面と言ってもよいが、それを彼は「対話」とははっきり区別して、それもまた一種の「対話」だなどとは言わない。彼にとって、「対話」とは表現がコミュニケーション的に機能する場面であり、コミュニケーション的に機能するとは、意味作用とともに告知作用も働くことだった。声を伴った「独白」はそれとははっきり異なっており、「独り言を言っている人は自分自身に話し掛けているのであり、言葉は彼にとって、自分自身の心的体験の指標となっている、と私たちは言うべきであろうか?」(42)(11)と自問したフッサールは、即座に「私はそうは思わない」と否定している。そこでは、意味作用だけが働いていて、告知作用は働いていないからである。フッサールは続けて、「人は独り言のときにも話しているのであり、そのとき、自分自身を話し手として、しかも自分に向かって話している者として捉えることは可能である」(43)が、「しかし、このような場合、本来のコミュニケーションの意味で話しているのではなく、何も伝達してはおらず、ただ自分を話し手で伝達をする者として想像しているだけである」(ibid.)と主張する。要するに、フッサールにとって、「独白」は想像された「対話」ではありえても、本来の意味での<他者との対話>とは呼べない。「対話」とは単に同一の意味に関わる意味作用だけから成り立つ場面ではなく、それにたえず告知作用のもたらす<異他性(Fremdheit)>が絡みついてくる場面だったのである。

 では、他方で、「対話」についてどう語っているか、見てみよう。フッサールによれば、「伝達(Mitteilung)」というのは、一方で、「話し手が“何かについて自らを表出する”という意図をもって」語り、他方で、「聞き手がその意図を理解することによって」初めて可能となるのであり、「話すことと聞くこととは、すなわち、話すことにおける心的体験の告知(Kundgabe)と聞くことにおけるその聴取(Kundnahme)とは、互いに関係し合っている」(39)と彼は言う。或る人が別の人に何かを伝達すること、すなわち、話すことと聞くことは、一方だけで成立するものではなく、互いに一方が他方を要求し、互いに関係し合っている。「伝達」という時、それは相互的なやりとりを含意する「対話」に比べて、一方から他方へという一方的な関係であるかのように考え勝ちであるが、フッサールによれば「伝達」においてすでに、話し手と聞き手は相互的な関係にあるわけである。この相互的関係について、フッサールは、「私が誰かの言うことに耳を傾ける時、私は彼をまさに話し手として知覚し、私は彼が物語り、証明し、疑い、願望を述べるのを聞く」(40)と述べる。そこから彼は、「聞き手は告知する人物自身を知覚するのと同じ意味において告知を知覚している」(ibid.)のであるが、「ただし、彼をその人物たらしめている心的現象が、ありのままに私の直観にやって来ることはできない」(ibid.)と言う。要するに、「相互理解というのは、告知と聴取のなかで展開される両者の心的作用の何らかの相関関係を要求するが、両者の完全な同等性を要求するわけではない」(41)のである。

 対話においては、話し手と聞き手が何かを共有することが必要である。それが同じ意味の伝達という側面である(12)。それがないと、対話はそもそも成立しないであろう。しかし、他方で、対話においては、話し手と聞き手がまったく同じ体験をもつわけではない。同じ体験を持たねば理解が成立しないというわけではない。両者の間に何らかの差異性がなければならない。さもないと、対話はそもそも必要ないことになろう。フッサールが、対話においては意味作用と告知作用が絡み合っていると言うとき、そこでは、お互いの体験の差異を認めながらも、意味を伝達しあうことができる、という<対話>がもつ言わば「同一性と差異性」の構造に触れていたのではなかろうか。


二、フッサールにおける対話哲学

  さて、『論理学研究』第一研究は、決して「対話の排除」を意図したものではなかったことを確認したいま、改めてフッサール現象学全体を見直していくと、そこには至るところに、対話のもつ構造や対話の可能性を探るための議論が散りばめられていることが見えてくる。シュピーゲルベルクは、フッサールの思索を「独白」と特徴づけたが、他方で、フッサールはさまざまな形で「対話」を求めていたとも言える。因みに、フッサールが残した膨大な書簡集(全10巻)の編者シューマンは、或る書簡の「手紙は一種の訪問です」というフッサールの言葉を引きながら、「フッサールにとって手紙を書くことはいつも、彼の仲間(Mitmenschen)との思想交換の次善の手段であった。・・・手紙は彼にとって、“不在の者との間で理解し合うための手段”であり、そうである限り、直接的な対話(persoenliches Gespraech)、本当の訪問の不満足な代用品であった」(13)、と述べている。ここで、フッサールの書いたものに散りばめられた<対話の哲学>を少し収集してみよう。

 先ほどの第一研究でもまず初めに、「コミュニケーション的(kommunikativ)機能を満たすことが表現の本来的な使命である」(39)と述べていたように、フッサールが或る意味で、独白よりも対話の方に、あるいは、独我論よりもコミュニケーション的な自他関係の方に重きを置いていたことについては、いくつかの例証を挙げることができる。例えば、『論理学研究』から十年後の一九一〇年にも、「私は孤立して生きてはいない。私は他の精神達と共通の生、主観性の分離にもかかわらず統一的な生を生きている」(XIII, 92)と記している。このような論述は、その後も継続され、二〇年代には、「人間の生活はすべて、コミュニケーションによるものである。たとえそれが独白的な時といえども、その経験や認識の所与は、他者を通じて引き受けたものや、他者を通じて合意したもの、結局のところ他者を通じて確証されたものを指示するような意味を受け入れている」(VIII, 394)と記しているし、三〇年代にも、「私の生は初めから共同体的な生である」(XV, 420)とか、「初めから私は他者とともに生きている」(XV, 527)といった論述が見られる。

 このような議論をもとに、自我は他者との対比のなかで初めて自我たり得る、という<対話哲学>的なテーゼも展開されている。つまり、再び一九一〇年代に戻ると、「誰もが他者からの区別において初めて自分を同定し、初めて自分を一つのものとして正しく認識する。・・・自我は、自我と非自我との区別によって自分を区別し、個体化する」(XIII, 244)と記し、さらに、「私が他の自我について知ることによって初めて、この自我はこの自我に、多くのうちの一つに、つまり個体的な自我となるのである」(XIII, 245)、それゆえ、「我は汝との対比のなかで初めて構成される」(XIII, 247)と記している(ここも含めて、フッサールはしばしば、「我と汝」という言い方も使っている)。このような論述も継続されて、二〇年代には、「私が自分を人間として経験するのは、“他者”という迂回路を経てである」(XIV, 416)と述べられ、三〇年代の『危機』書でも、「自己意識と他者意識は不可分である」(VI, 256)と述べられている。こうした議論は、先に挙げた<対話哲学>的な要因が、フッサールにも決して欠けていたわけではないことを示していよう。

 しかし、もう一つ重要な点で、しかも、ここにおいて<対話哲学>と袂を分かつことになるのは、上のことから更に、リアルな世界もイデアルな世界も間主観的に成立していることが強調されていることである。よく引用される『イデーンⅡ』(一九一〇年代執筆)の個所には、「自然というのは、間主観的な現実であって、単に私と私の気に入った隣人にとってのみならず、私たちすべて、私たちと交流し、私たちと事象や人間について理解し合うことのできるすべての人にとってある現実である」(IV, 86)と記され、それゆえ、「物理学的な事物といえ、私たちと交流の可能なすべての個人にとって通用している、という仕方で間主観的に共有されている」(IV, 87)と記されている。同じことは、二〇年代にも、「数学においてすら、私は万人に関わっており、真理は間主観的である」(VIII, 395)と述べられている。ここにおいて、フッサールは、<対話哲学>と違って、自他の関係を世界(あるいは、ブーバーの言う「それ」の世界)との関係と切り離したところで考えるのではなく、二つの関係が絡み合っていると考えていた。つまり、もう一度『イデーンⅡ』から引用すれば、「私たちが共通の周囲世界にいること―私たちが人格的な結びつきにあること、二つのことは関係し合っている。私たちの生活の共同性と間主観的な結びつきにおいて共通な周囲世界が私たちにとって立ち現れていないならば、私たちは他者にとって人格たりえないであろう。本質からして、一方のことは他方のことと一緒に構成されるのである」(IV, 191)ということになり、それゆえ、有名な欄外注に記されているように、「我は汝を要求し、我々、“他者”を要求する。我はさらに事象世界への環境を要求する。それゆえ、私、我々、世界、これらは互いに関係し合っている」(IV, 288Rb.)というわけである。

 さて、このように、フッサールが書き残した膨大な著述のなかから、<対話哲学>的な要因を拾い集めることは不可能ではない。ところが、問題なのは、このような叙述はすべて経験的・内世界的{ムンダン}な次元いてであり、それに対して、超越論的な次元と事情が変わってしまうように見えるという点である。つまり、一九二九~三〇年頃に書き残したものにも、一方で、「最初の人間は他者であり、そこからして初めて、私自身は人間という意味を得ることになる」(XV, 19)と述べながらも、翻って他方では、「超越論的には、私が最初のものである。・・・それゆえ、私の超越論的な自我と私の意識的な存在から、超越論的な他者としての他者へと通じる超越論的な道が続いている」(XV, 114)という論述が見られる。内世界的次元においては、対話的な自他関係を強調しながらも、超越論的次元においては、独我論となってしまうように見えるのである(14)。こうなると、対話哲学的な要因はまったく反故にされるかに見える。この経験的・内世界的次元と超越論的次元の関係をどう考えるか、一九二七年に「ブリタニカ論文」の共同執筆をめぐってフッサールとハイデガーの対立点となったものであった(15)。それをどう考えるか、それによって<対話>の問題がどうなるのか、これらはここでひとまずペンディングしておき、いったんフッサールから離れて、ハイデガーに目を向けることにしよう。


三、ハイデガーにおける対話哲学

  フッサールと違って、ハイデガーのうちには、より多く<対話哲学>的傾向を見い出すことができるように見える。しかし、『存在と時間』においても、一方では対話を重視しているように見えながら、他方では結局それが反故にされ、結局のところ、対話が等閑視ように見える。論者から、「他者の不在」が指摘される所以である(16)。少し詳しく、見てみよう。

 『存在と時間』(17)では、現存在(Dasein)が同時に共同現存在(Mitdasein)と規定され、そのなかで、言語の実存論的=存在論的基礎が「語り(Rede)」にあることが論じられ、そうした文脈において、対話の言わば構成要素とも言える「聞くことと語ること」について次のように述べている。「聞くこと(Horen)は話すこと(Reden)にとって構成的である。・・・~に耳を傾けること(Horen auf ...)は、共同存在としての現存在が他者に向かって実存論的に開かれてあること(Offensein)である」(217)と。「語ること」そのことよりも「聞くこと」の方に重心が置かれ、それが<他者へと開かれてあること>とされている。しかし、それに続く論調は少し微妙である。つまり、「聞くことは更に、それぞれの現存在が自分のもとに担っている友人の声を聞くこととして、現存在が彼のもっとも自己的なありうることに向かって第一次的に本来的に開かれてあることさえをも、構成している」(ibid)と。ここで、「聞くこと」は、<他者の声を聞くこと>から、「自分のもとに担っている友人の声を聞くこと」へとずらされる。この「友人の声」に或る邦訳者が「すなわち、後に述べられる如く、良心の声」(18)と説明を付け加えているのは、ハイデガーの言外の含みを露呈しているとも取れる。

 この点にすぐに戻るとして、いま少し『存在と時間』の論述を辿ると、「語ること」はすぐに否定的な様相を帯びてくる。つまり、現存在の日常的あり方は「ひと(das Man)」という「頽落(Verfallen)」したあり方とされ、そのなかでの「語り」は「次々と話しが伝えられ、受け売りをして話す(Weiter- und Nachreden)」こととして「おしゃべり(Gerede)」(222)と呼ばれるに至る。こうして、「現存在は、本来的に自己でありうることとしての彼自身から、さしあたって常に既に抜け落ちており、しかも“世界”へと頽落している」こととなり、それが「非本来性」と呼ばれるわけである(233)。ここでは、ますます<ひとの語りを聞く>ことは「おしゃべり」を聞くこととして、「非本来的」な「頽落」した現存在のあり方とされることになろう。

 それでは、それに対して現存在の「本来的」なあり方はどこにあるかと言えば、ハイデガーはそれを「死への先駆的決意性」のうちに見出す。そこにおいて現存在は、「ひと」という非本来的なあり方から立ち返り、本来的な自己を見出すことになるが、そこで現存在は「良心の声(Stimme des Gewissens)」(356)を聞くことになる。良心は、「語り」の一種である「呼び声(Ruf)」となって現れる。とは言っても、この呼び声は「何を呼びかけるのか?」と言えば、「厳密には何も呼びかけない」、つまり、「何も言明(aussagen)しないし、世界の出来事について何も情報を与えないし、何も物語(erzahlen)らない」(363)のである。だから、「その呼び声が、呼びかけられた自己のうちで“自己との対話(Selbstgesprach)”を開始しようとすることは、もっともありえないことだ」(273)とハイデガーは言う。「良心はただもっぱらしかも常に、沈黙する(Schweigen)という様態で語る(reden)」のである。ここでは、何も語ることのない「良心の声」に、「何?」と問い返すことなく、ただ聞き従うことがあるのみで、もはや<対話>を特徴づけていた<語る-聞く>の相互的関係は見出すことができない。

 しかも、この呼び声について「誰が呼ぶのか」と問えば、「“それ”が呼ぶ」のであって、呼び声は「疑いもなく、私と共に世界の内にある一人の他者から来るのではなく、私から、しかし私を超えてやって来る」(275)とハイデガーは述べている。ここにはもはや、<他者との対話>の占める位置はなく、<対話>という言い方が可能だとしても、それはせいぜい<“それ”との対話>ということに。ひとはしばしばそこでとの対話>ということを考えるかも知れないが、ハイデガーはそうすることには必ずしも組しない。それは、やがて後のハイデガーにおいては、「ある(Es gibt.=“それ”が贈与する)」によって語られる“それ”となっていくことだろう。そこに至る手前まで、ハイデガーの著作をもう少し辿っておこう。


四、ハイデガーにおける対話から存在の思索へ

  いま指摘したことは、『存在と時間』からほぼ十年後の論考『ヘルダーリンと詩の本質』(19)において、もっとはっきり出てくるように思われる。ここでも、一方では、<対話(Gespraech)>(20)が重要なものとして強調される。例えば、こう述べている。「われわれ―人間―は一つの対話である。人間の存在は言語のうちにその基礎をもっているが、言語は本来、対話においてはじめて生起する。といっても、対話は言語が遂行される一つの仕方であるだけでなく、対話としてのみ言語は本質的である」(38)と。さらにハイデガーは、「対話とは何か?」と自問して、答えて述べる。「言うまでもなく、何かについて互いに語り合うことである。・・・語ることができることと聞くことができることは等しく根源的である。われわれが一つの対話であること―それは、われわれが互いに聞くことができる、ということを意味している」(39)。ここには、<対話>の原型と言うべき「話すことと聞くこと」との相互関係がはっきりと主張されている。

 しかし、問題はその先であろう。が対話であって以来―人間は多くのことを経験し、多くの神々の名を呼んだ。言語が本来対話として生起して以来、神々は言葉となり、世界が現出する。・・・神々が名づけられ、世界が言葉となるそのことにおいて、われわれ自身がそれであるところの本来の対話が成り立つ」(ibid.)。ここでは、対話の成立根拠として「神々」が呼び出される。「しかるに、神々が言葉にもたらされるのは、神々自らがわれわれに語りかけ、それを要求する時にのみ可能である。神々を名づける言葉(Wort)はいつもそのような要求に対する応答(Antwort)である」(ibid.)。ここには、<言葉(Wort)-応答(Antwort)>という仕方で<神々との対話>が語られていると言えるかも知れない。しかし、そのような応答をするのは誰か。それは、ハイデガーによれば、詩人なのである。ここでは、もはや誰もが日常的に行う一般的な<他者との対話>は視野から見失われてしまっている。問題になっているのは、詩人が特権的に行う<神々との対話>なのである。

 しかし、それはどのような対話なのか。ハイデガーは、「詩とは、言葉による、言葉における建設である」(41)が、「何が建設されるのか」と言えば、そこでは、「存在するもの(存在者)を全体として担い、それをくまなく支配しているものが明るみにもたらされねばならない。存在するもの(存在者)が現象するためには、存在が開示されねばならない」(40と述べる。ここに、『存在と時間』においてすでに主張されていた、存在と存在者との「存在論的差異」が姿を現す。そのうえで、こう述べる。「詩人が神々を名づけ、すべての事物をそれが何であるかにおいて名づける。だが、この名づけるとは単にさきに既に知られていたものに名前をただ付け加えるにすぎないのではなく、詩人は本質的な言葉を語ることによって、このように名づけることによって存在するもの(存在者)が初めてそれが何であるかへと命名されるのである。こうしてそれが存在するもの(存在者)として知られるようになる。詩とは、言葉による存在の建設である。それゆえ、留まるものは過ぎ行くものから汲み取られることはなく、単純なものは混乱したものから掴み取られることはなく、測りは測られないもののうちにはない。根拠を深淵(無根拠)のうちに見出すことはない。存在は決して存在者ではない」(ibid.)と。こうして、本論文の表題にある「詩の本質」も、この存在論的差異に基づいて、「詩は言葉をもってする存在の建設である」(ibid.)と規定されるに至る。そこから、「それゆえ、詩は言語をあらかじめそこにある材料として取り上げるのではなく、詩そのものが初めて言語を可能にする。詩は、歴史的な民族の原言語(Ursprache)なのである」(43)と言われるに至る。

 しかし、ここまで辿ってみると、本論文の初めに確認された、<対話>のもつ相互関係性が薄れてくるのに気づく。確かに、「人間の現存在の根拠は、言語の本来的な出来事としての対話である」と言いつつも、「原言語は、存在の建設としての詩なのである」(ibid.)ということになる。ところが、この詩人が言葉を得てくるのは、もはや<対話>からであるようには思われない。確かに、<他者との対話>ではないにしても、<神々との対話>からだと言われるかも知れない。しかし、その対話はどのように行われかと言えば、「詩人は、神の稲妻に曝されている」(44)とハイデガーは言う。「詩作とは、根源的に神々を名づけることである。しかし、詩人の言葉にその名づける力が授けられるのは、神々自身がわれわれを言語へともたらす時のみである」(45)と述べたうえで、ハイデガーは、「では、神々はどのように語るのか?」と自問したのち、「いにしえより、神々の言語は目くばせである」(46)というヘルダーリンの言葉を引きながら、こう言う。「詩人が語るのは、この目くばせに捕えて、それを更に民族へと目くばせで伝えることである。このように目くばせを捕えることは受け取ることであり、しかし同時に、新たに与えることである」(ibid.)と。ここに神々との<対話>があるというのは、もはや牽強付会としか思えない。ハイデガーが、「詩人はこのように自らの使命のゆえに最高の孤独(Vereinzelung)のうちにとどまることによって、彼の民族を代表し、したがって真実に彼の民族のために真理を獲得するのである」(48)と言う時、もはや<対話哲学>の影を見ることはできないだろう。

 ここでは、これ以上ハイデガーの著作に、<対話の哲学>を追い求める余裕はない。因みに、ハイデガーの作品にはいくつか「対話(Gespraech)」という語を表題に含む作品(21)があるほか、<精神科医との対話>を意図したゼミナール(22)もある。しかし、それらでも、もはや、重要なのは、<他者の声を聞く>ことではなく、<存在の声を聞く>ことになり、そのため、<他者の声を聞く>という<対話>の原型的次元が跳び越えられてしまっているように思われるのである(23)。 


おわりに

  対話の原型は、私と他者の間での<話す-聞く>の相互的関係にあるだろう。<自己との対話>や<神々との対話>(あるいは、<神との対話>や<自然との対話>をここに挙げてもいい)が語られるとしても、それはあくまで、<他者との対話>という原型的な場面からの比喩においてではないだろうか。フッサールにおいてもハイデガーにおいても、まずは、このような<他者との対話>という原型的な対話の場面の重要性が指摘されていた。ところが、フッサールにあっては、超越論的な自我の探求のなかで、他方、ハイデガーにあっては、存在の思索=詩作への沈潜のなかで、どちらにおいても、原型的な対話の場面は見失われてしまうように思われる。こうして、結局のところ、どちらにおいても、<対話の哲学>とは反する方向に行ってしまうような結果となるわけである。しかし、そのような結末は別にして、それぞれのなかに<対話>の問題を考えるための手がかりになるものがいくつか仕掛けられていることは少なくとも確認できたのではなかろうか。最後に、いま一度、晩年のフッサールに立ち返って、もう一点だけ、議論の展開としては不十分ながらも、<対話の現象学>に貢献できそうな点を示唆することで、この論考をひとまず閉じることにしたい。

 フッサールの問題点として、経験的次元と超越論的次元の関係をどう考えるか、という問題が残されたと指摘したが、一九二〇年代以降の発生的現象学の試みは、或る意味でそれを解決しようとする試みだったとも考えられる。つまり、フッサールは、そこにおいて、二つの次元を<静態的>に対立するものとしてではなく、<発生的>な関係のなかで捉え、他者経験がもつ超越論的な問題もまたこの<発生的>な考察から取り組もうとしていた。そういう脈絡のなかでフッサールは例えば、「共同精神Ⅰ」と題された草稿(一九二一年)では、「衝動的な“母性愛」(XIV, 165)に触れ、「共同精神Ⅱ」という草稿(同年)では、「受動性が、すなわち本能的な衝動生活がすでに間主観的連関を打ち立てる。」(XIV, 405)と記し、晩年(一九三三年)にも、「大人の伝達と交流は、大人になる前の伝達と交流の形成を前提している。例えば、母と子の」(XV, 582)と記している。ここでフッサールは、間主観性の源泉をこのような衝動的受動的な次元に見据え、そのような「衝動(Trieb 欲動)そのもののうちに、他者としての他者への関係性がある」(XV, 593f.)として、<対話>の源泉を言わば<母と子の間の対話>に見ようとしている(24)。しかし、本来の意味での<他者との対話>を考えるとき、このような源泉のみから考えられない、別の次元があるのではなかろうか。現に、いま触れた「共同精神Ⅰ」の個所には、すぐに続けて、「これはまだ社会的な作用ではない」(XIV, 165f.)と記していた。つまり、ここでは、<共同性>の源泉を<母と子>という次元に見ながらも、他者と関わる<社会性>の次元がそれとは異なる源泉をもつことを示唆している。フッサールの発生的考察は、ますます前者の<共同性>の源泉へと向かっていくが、それは同時に、それとは異なる源泉をもつ<社会性>の次元を逆照射しているように思われる。そのような次元の発生的な源泉を、とりあえず対比的に、<父と子>という次元と呼ぶことができるのではないだろうか。フッサールは、「原初性(Primordialitaet)とは衝動体系である」(XV, 594)と述べ、いま見た<共同性>の衝動的な源泉は、この「原初性」の次元であったが、彼が『デカルト的省察』でもあれだけ詳細を尽くして論じていたことは、この原初性を破るものとして<他者>が登場し、そこからして初めて間主観性の次元が開けてくるということであった。そして、それをもたらすのは、<父と子>という次元なのではなかろうか(25)。その意味では、フッサール自身は、「最初の他者は、母であり、父である」(XV, 604)と記しているが、これは訂正されねばならない。つまり、<母>がもたらす<共同性>の次元と、<父>がもたらす<社会性>の次元が区別されねばならなかった。そして、それは<他者との対話>にとって不可欠の二つの次元、すなわち、自他のあいだの共同性(同一性)の次元と自他のあいだの異他性(Fremdheit=差異性)の次元に対応するものなのではなかろうか。  ここで示唆された二つの次元から<対話>のもつ構造を明らかにするのは、<対話の現象学>の一つの課題となるが、それを展開することはまた別の機会に譲らざるをえない。


(1)アリストテレス『政治学』一二五三a。
(2)<対話の現象学>というテーマについては、ストラッサー(S. Strasser, The Idea of Dialogal Phenomenology, Duquesne University Press, 1969)やヴァルデンフェルス(B. Waldenfels, Das Zwischenreich des Dialogs, Sozialphilosophische Untersuchungen in Anschluss an Edmund Husserl, Martinus Nijhoff, 1971)の先駆的な仕事があるほか、リチャード・カーニー編『現象学のデフォルマシオン』(現代企画室、一九八八年)が補論「対話の現象学をめぐるノート」で、ハイデガーからガダマー、リクールへの「解釈学的対話モデル」を簡単に論じている。わが国では、宮原勇『ディアロゴスの現象学』(晃洋書房、一九九八年)がハーバーマス、アーペル、ガダマーらの議論を中心にしながら、「コミュニケーションの現象学」の章でフッサールも射程に入れて論じているほか、少し遡って、中岡成文「対話と実践」(『新岩波講座哲学10行為 他我 自由』岩波書店、一九八五年、所収)は、現象学をも視野に収めながら、もっと広く対話哲学の問題点を論じている。小論は、これらからさまざまな刺激を得ながらも、あくまでフッサールとハイデガーの書いたものとの<対話>のなかで問題を考える、ささやかな試みである。
(3)筆者自身の<対話の現象学>というテーマへの関心は、九州大学哲学・倫理学研究会報告『ディアロゴス』創刊号(一九八八年)の「編集後記」や、柏田康史ほか共著『哲学するために』(北樹出版、一九九一年)所収の拙稿「他者」末尾の、対話哲学と超越論哲学についての議論が出発点になっている。筆者は、それらを背景としながら、九州大学哲学会平成11年度大会シンポジウム「現象学の可能性」において提題「精神医学と現象学の対話」を発表する機会を得た。その後、同提題の一部は、「対話の現象学のために:フッサールとハイデガー」(『人間存在論』第六号、二〇〇〇年三月)として発表した。小論は、そこで論じ残したこととシンポジウムでの議論から着想を得たこととを論じたものであり、同拙稿と言わば姉妹篇を成すもの、更に言えば、そのまえに発表した拙稿「見えないものの現象学のために」(『西日本哲学年報』第5号、一九九七年)と三部作を成すものである。
(4)マルティン・ブーバー『我と汝・対話』岩波文庫、一九七九年。以下、本文中括弧内に同書の頁数のみを略記する。
(5)ここでは、フッサール現象学にとっての言語の問題について論じる余裕はないので、さしあたり、拙著『フッサール間主観性の現象学』(創文社、一九九五年)の第三章「経験と言語」および第九章「他者と言語」を参照されたい。
(6)フッサールの使う語彙について、私が代表として関わっているフッサール・データベース(http://www.ipc.shizuoka.ac.jp/~jsshama/j/HUA-home.html)で調査しても、"Dialog"という語("dialogisch"のような派生語も含め)は、唯一、『第一哲学』第Ⅰ巻のなかでバークリーの著作『ハイラスとフィロナスとの対話』に言及する時に使われるのみであるのに対して、"Monolog"という語("monologisch"のような派生語も含め)は、いくつかの個所で自らの議論をする時に使われている。以下、フッサールからの引用で、「対話」と訳したもとの語は、"Wechselrede"ないし"Wechselgespraech"であり、他に彼が使う近い言葉としては、"Kommunikation"(コミュニケーション)と"Mitteilung"(伝達)がある。
(7)H. Spiegelberg, The Phenomenological Movement, Martinus Nijhoff, 1982(3d.). 最近、待望の邦訳が出版された。立松孝弘監訳『現象学運動 上・下』(世界書院、二〇〇〇年五月)一六九頁以下。
(8)J. Derrida, La Voix et le phenomene, p.1.(高橋允昭訳『声と現象』理想社、一九七〇年)。
(9)前掲拙著第九章、および前掲拙稿「対話の現象学のために」参照。
(10)プラトン『ソピステース』二六三E。藤沢令夫は、『イデアと世界』(岩波書店、一九八〇年、二五頁以下)において、それを「言葉(ロゴス)の対話(ディアロゴス)的性格」を主張したものと捉えて、次のように述べていた。「音声は、それを発した人が自分でそれを聞くことができる。・・・語る人は、自分の語ることを同時に聞きながらでなければ、はじめから語ることはできないのである。むしろ、聞くということは語ることに間接的にともなう付随的行為ではなく、語ることがそれ自体本質的に聞くことでもあり、語り手は本来的に自分自身の聞き手であるというべきであろう。・・・「語る」ことはそのまま「聞く」ことであり、「語り手」はすなわち「自分自身の聞き手」であるというこのことこそ、言葉(ロゴス)がそれ自身のうちにもっている対話(ディアロゴス)性の根源であり、そしてこのロゴスのディアロゴス性こそは、思考ということの本質をなすものにほかならない。思考とは、自己自身との対話である」と。思考を一種の対話と捉えることは、思考のもつダイナミズムを表すのには適切な比喩かも知れない。しかし、それは下手すると、私のなかで想像されただけの対話となり(後述するようにフッサールはそういう場面を想定している)、想像された対話者はともに私の分身でしかなく、そこでは、思いもよらない、異質なものとの出会いという、本来の対話がもつダイナミズムを逆に見失いかねない。ヘーゲル的な弁証法が「全体性の暴力」とされ、それに統合されてしまわない「他性」が主張されることになる(レヴィナス)所以であろう。
(11)E. Husserl, Logische Untersuchungen, Bd.II/1, Husserliana Bd.XIX/1. 以下、本文中括弧内に同巻フッサリアーナ版の頁数のみを略記する。その他、フッサールからの引用はすべて、フッサリアーナの巻数をローマ数字、頁数をアラビア数字で略記する。
(12)ただし、ここでフッサールの関心はもっぱら意味の同一性と意味作用の多様性にあり、意味が自他の間で同一である場合がモデルとして考えられていた。ところが、フッサール自身、この後に、自他の間で意味の違いが生ずるように見える「偶因的(okkasionell)な表現」(XIX/1, 85f.)について論じているが、その扱いは、これまたフッサール自身後に自己批判しているように(XVIII, 13)、意味の同一性と意味作用の多様性という図式に無理やり押し込める、というようなものであった。このような反省のなかから、自他の間での意味のずれといった問題も、間主観性の問題へと持ち込まれることになる、と言ってよかろう。
(13)E. Husserl: Briefwechsel, In Verbindung mit Elisabeth Schuhmann, Herausgegeben von Karl Schuhmann, Bd.10. S.1f.
(14)フッサール現象学が、経験的な独我論ではないが超越論的独我論である、とヴァルデンフェルスによって批判される所以である(Waldenfels, op. cit., S.234)。
(15)フッサールに宛てられたハイデガーの手紙(IX, 600ff.)を参照。
(16)前掲拙稿「対話の現象学のために」参照。
(17)M. Heidegger, Sein und Zeit, 1927. Gesamtausgabe I. Abteilung, Bd.2, 1977.以下、本文中括弧内に、この巻の頁数のみを略記。
(18)辻村公一訳『有と時』(世界の大思想28)河出書房、一九六七年、一九六頁。
(19)Ders, "Holderlin und das Wesen der Dichtung"(1936), in: Erlauterungen zu Holderlins Dichtung, Gesamtausgabe I. Abteilung, Bd.4.以下、同書からの引用は、本文中括弧内に、この巻の頁数のみを略記する。
(20)ハイデガーの場合、「対話」と日本語で訳される語は、たいていの場合、"Dialog"ではなく、"Gesprach"である。
(21)例えば、『言葉への途上』に収録された「言葉についての対話より(Aus einem Gesprach von der Sprache)」(1953/54)(in: Unterwegs zur Sprache, Gesamtausgabe I. Abteilung, Bd.12)。同書についても、論ずる予定であったが紙数が尽きてしまった。近刊予定の新しい邦訳の訳者である高田環樹氏には、「訳者あとがき」の原稿を読ませていただき、いろいろ教えられるところがあった。ここに感謝するとともに、それを生かして同書を論ずるに至らなかったことをお詫びしたい。
(22)メダルト・ボス編、木村敏・村本昭司訳『ツォリコーン・ゼミナール』(みすず書房、一九九一年)
(23)前掲拙論「対話の現象学のために」でこの点を論じているので、参照されたい。
(24)ここの辺りについて、詳しくは、山口一郎『他者経験の現象学』(国文社、一九八五年)の第二部第二章を参照されたい。
(25)この問題について、現代の少年犯罪の背景として指摘される<父性の不在>に触れて論じたことがある。口頭発表「対話の現象学への一つのアプローチ」(臨床と哲学の研究会、二〇〇〇年六月例会)を参照。