第二章	日本語の概念
 國語即ち日本語
 日本語と日本語以外の言語
 日本語内の言語の相違

【國語即ち日本語】
 國語即ち日本語は、世界の言語の一つである。元來國語といふ語は、一般には國々の言語をさしていひ、特殊化しては自國語の義に用ゐる。それ故、我國で國語といへば日本語の事であるが、支那では支那語、英國では英語、佛蘭西では佛蘭西語をさしていふ。處が、アイヌ語や猶太語のやうに、自分で國家を成さない民族の言語は、普通之を國語とは云はない。しかし此等の言語と、國語といはれる言語との間に性質上の差異がある譯ではない。どちらも世界に存する多くの違った言語の中の一つである。
 我國では、また國語といふ語を他の意味に用ゐる事がある。學校や教育に於て國語といふのは、學校の教授科目の一としての國語科の意味であって、國語教育、國語讀本などの國語はこの意味である。世間に最廣く知られてゐるのは多分かやうな意味の國語であらう。又漢語など外國から來た語に對して、本來の日本語をさして國語といふ事もある。國語假名遣(字音假名遣に對して)などの國語はこの意味である。しかし、國語學に於て、單に國語といふ場合には、日本語と解すべきである。
【日本語と日本語以外の言語】
 日本語は世界の言語の中の一つである。即ち、日本語の外に、之と違った言語があるのである。現に、日本語は普通、日本の言語であると考へられてゐるが、日本の範圍内に於てさへ日本語以外の言語が行はれてゐる。即ち北海道のアイヌ人はアイヌ語を用ゐてゐるが、これは日本語とは全く違った言語である。《又朝鮮人は朝鮮語を用ゐるが、これも日本語とは全く違った言語である。臺灣の土着民が用ゐる所謂臺灣語は支那の廣東省及び福建省方面に行はれてゐる言語(客人語、泉州語、[シ章]州語等)であって支那語に屬する。又臺灣の生蕃の用ゐる蕃語は、南洋方面に廣く行はれてゐる諸言語(マレイポリネシヤ語族)と同種類のものである。其他樺太の土人ギリヤクGiljakオロチョンOrotchonツングースTungusなどの言語も、また日本語とは別なものである。》さすれば日本語は即ち日本の言語であるといふのは不正確であるといはなければならない。
 それでは、どうして日本語と日本語以外の言語とを區別すべきかといふに、日本の領土内にあっても日本語以外の言語を用ゐてゐる人々は、古くから日本本土に住ってゐる日本民族とは別の集團をなして生活し、言語ばかりでなく、風俗習慣や信仰を異にし、別の歴史を有する違った民族である。これ等の諸民族の用ゐる言語に對して、日本民族の用ゐる言語が日本語であって、日本民族自身の言語としては日本語の外に無いのであるから、日本語は即ち日本民族の言語であると解すべきである。
【日本語内の言語の相違】
 以上のやうにして日本語と日本語以外の言語との區別は明かになったが、それでは日本民族の言語である日本語は、すべて一樣であって少しも違ひのないものかといふに、決してさうではない。現代の日本語について見ても、土地によって言語の相違があって、東北の言葉、關東の言葉、關西、中國、四國、九州などの言葉皆それ%\違って居て、一寸聞いては外國語かとおもはれるほどのものもある。又社會の階級によっても違ひがあって、遊ばせ言葉を用ゐるものもあればベランメー言葉を用ゐるものもある。子供の言葉、大人の言葉、老人の言葉と互に違った所があり、職業、身分等による違ひもある。又文字に書く時の言語と談話に用ゐる言語との間にも違ひがあり、殊に手紙に用ゐる候文などはその差異が著しい。又、同じ日本語でも、時代による相違がある。古事記や萬葉集の言語、源氏物語や枕草子の言語、保元平治や平家物語の言語、謡曲や狂言の言語、近松の歌舞伎狂言の言葉や、洒落本や黄表紙の言葉などを較べて見れば、互に少からぬ差異があって、時代によって如何に言語が變化するかがわかる。
 かやうに、日本語といはれてゐるものの中にも、隨分多くの言語の相違があるのであるが、我々は、この種々の言語を全然別のものとは考へず、何れも日本語であると考へてゐる。それは、これ等の言語が何れも日本人の用ゐる言語である所から起った常識的判斷のやうにも見えるけれども、その根柢には儼然たる言語上の事實が横はってゐるのである。即ち、これらの種々の言語は、互に違った點が少くないにしても、大體に於て一致や類似が多く、根本に於て共通する所があるものである事疑ない。畢竟その差異は根本的のものではなく、同種のものの變異であり、同一のものの變形であると見るべき程度のものである。之に反して、日本語以外の言語は、例へば英語のpenと日本語のペン、支那語のtien(天)と日本語のテンのやうに、いくらかの一致や類似は見出されるにしても、違った點が非常に多く、根本に於て全く別種のものであり、特別に之を學んだものでなければ、全く理解する事が出來ない。
 要するに、日本語は、日本民族が自己の言語として昔から用ゐ來った一切の言語をさしていふのである。
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