+++ E-Text +++ +++ Public Domain Data +++ +++ lemon102.lzh Ver.1.02 1994 +++ +++ 梶井基次郎(かじい・もとじろう) 1901/02/17-1932/03/24 +++ +++ 短篇集『檸檬』(1931年5月15日) +++ +++ 13/18 +++ +++ 入力 by zedd(木村成一), NAT26533, msm76750@pcvan.or.jp +++ 蒼穹 梶井 基次郎  ある晩春の午後、私は村の街道に沿つた土(ど)堤(て)の上で日を浴(あ)び てゐた。空にはながらく動かないでゐる巨(おほ)きな雲があつた。その雲は その地球に面した側に藤紫色をした陰翳を持つてゐた。そしてその尨大な容 積やその藤紫色をした陰翳はなにかしら茫漠とした悲哀をその雲に感じさせ た。  私の坐つてゐるところはこの村でも一番広いとされてゐる平地の縁(へり) に当つてゐた。山と溪とがその大(おほ)方(かた)の眺めであるこの村では、 どこを眺めるにも勾配のついた地勢でないものはなかつた。風景は絶えず重 (じう)力(りよく)の法則に脅(おびや)かされてゐた。そのうへ光と影の移り 変りは溪(たに)間(ま)にゐる人に始終慌(あはただ)しい感情を与へてゐた。 さうした村のなかでは、溪間からは高く一日日(ひ)の当るこの平地の眺めほ ど心を休めるものはなかつた。私にとつてはその終日日(ひ)に倦(あ)いた眺 めが悲しいまでノスタルヂツクだつた。Lotus-eater の住(す)んでゐるとい ふ何時(いつ)も午後ばかりの国――それが私には想像された。  雲はその平地の向ふの涯(はて)である雑(ぞう[ざふ])木(き)山(やま)の上 に横はつてゐた。雑木山では絶えず杜鵑(ほととぎす)が鳴いてゐた。その麓 (ふもと)に水車が光つてゐるばかりで、眼に見えて動くものはなく、うらう らと晩春の日が照り渡つてゐる野山には静かな懶(ものう)さばかりが感じら れた。そして雲はなにかさうした安逸の悲運を悲しんでゐるかのやうに思は れるのだつた。  私は眼を溪の方の眺めへ移した。私の眼の下ではこの半島の中心の山(さん) 彙(ゐ)からわけ出て来た二つの溪が落合つてゐた。二つの溪の間へ楔子(く さび)のやうに立つてゐる山と、前方を屏風のやうに塞いでゐる山との間に は、一つの溪をその上流へかけて十二単衣(ひとえ[へ])のやうな山褶が交互 に重なつてゐた。そしてその涯(はて)には一本の巨大な枯木をその巓に持つ てゐる、そしてそのために殊更感情を高めて見える一つの山が聳えてゐた。 日は毎日二つの溪を渡つてその山へ落ちてゆくのだつたが、午後早い日は今 やつと一つの溪を渡つたばかりで、溪と溪との間に立つてゐる山の此方側が 死のやうな影に安らつてゐるのが殊更眼立つてゐた。三月の半頃私はよく山 を蔽(おほ)つた杉林から山火事のやうな煙が起るのを見た。それは日のよく あたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸ひする日、杉林が一斉(せい)に飛 ばす花粉の煙であつた。しかし今既に受精を終つた杉林の上には褐色がかつ た落ちつきが出来たゐた。瓦斯体のやうな若(わか)芽(め)に煙つてゐた欅 (けやき)や楢(なら)の緑にももう初夏らしい落ちつきがあつた。闌(た)けた 若葉が各々影を持ち瓦斯体のやうな夢はもうなかつた。ただ溪間にむくむく と茂つてゐる椎(しひ)の樹が何回目かの発芽で黄な粉をまぶしたやうになつ てゐた。  そんな風景のうへを遊んでゐた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上か ら青空の透(す)いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて来るのを見たとき、不 知(しらず)不識(しらず)そのなかへ吸ひ込まれて行つた。湧き出て来る雲は 見る見る日に輝(かが)やいた巨大な姿を空のなかへ拡げるのであつた。  それは一方からの尽(つ)きない生成とともにゆつくり旋回してゐた。また 一方では捲きあがつて行つた縁(へり)が絶えず青空のなかへ消え込むのだつ た。かうした雲の変化ほど見る人の心に云ひ知れぬ深い感情を喚(よ)び起す ものはない。その変化を見(み)極(きは)めようとする眼はいつもその尽きな い生成と消滅のなかへ溺れ込んでしまひ、ただそればかりを繰り返してゐる うちに、不思議な恐怖に似た感情がだんだん胸へ昂(たか)まつて来る。その 感情は喉を詰(つま)らせるやうになつて来、身体からは平衡の感じがだんだ ん失はれて来、若しそんな状態が長く続けば、そのある極点から、自分の身 体は奈(な)落(らく)のやうなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思はれ る。それも花火に仕掛けられた紙人形のやうに、身体のあらゆる部分から力 を失つて。――  私の眼はだんだん雲との距離を絶(ぜつ)して、さう云つた感情のなかへ捲 き込まれて行つた。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのであ る。それは雲の湧いて出るところが、影になつた杉山の直(す)ぐ上からでは なく、そこからかなりの距(へだた)りを持つたところにあつたことであつた。 そこへ来てはじめて薄(うつす)り見えはじめる。それから見る見る巨(おほ) きな姿をあらはす。――  私は空のなかに見えない山のやうなものがあるのではないかといふやうな 不思議な気持に捕へられた。そのとき私の心をふとかすめたものがあつた。 それはこの村でのある闇(やみ)夜(よ)の経験であつた。  その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いてゐた。それは途中にただ一 軒の人家しかない、そしてその家の燈(ひ)がちよ[や]うど戸の節(ふし)穴 (あな)から写る戸外の風景のやうに見えてゐる、大きな闇のなかであつた。 街道へその家の燈(ひ)が光を投げてゐる。そのなかへ突(とつ)然(ぜん)姿を あらはした人影があつた。おそらくそれは私と同じやうに提灯を持たないで 歩いてゐた村人だつたのであらう。私は別にその人影を怪(あや)しいと思つ たのではなかつた。しかし私はなんといふことなく凝(ぢ)つと、その人影が 闇のなかへ消えてゆくのを眺めてゐたのである。その人影は背に負つた光を だんだん失ひながら消えて行つた。網膜だけの感じになり、闇のなかの想像 になり、遂にはその想像もふつつり断(た)ち切れてしまつた。そのとき私は 『何処』といふもののない闇に微(かす)かな戦(せん)慄(りつ)を感じた。そ の闇のなかへ同じやうな絶望的な順序で消えてゆく私自身を想像し、云ひ知 れぬ恐怖と情熱を覚えたのである。――  その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟(さと)つた。雲が湧(わ)き 立つては消えてゆく空のなかにあつたものは、見えない山のやうなものでも なく、不思議な岬(みさき)のやうなものでもなく、なんといふ虚無! 白日 の闇が満(み)ち充(み)ちてゐるのだといふことを。私の眼は一時に視力を弱 めたかのやうに、私は大きな不幸を感じた。濃い藍(あゐ)色(いろ)に煙りあ がつたこの季節の空は、そのとき、見れば見るほどただ闇としか私には感覚 出来なかつたのである。 (昭和三年二月) 1928/02