+++ E-Text +++ +++ Public Domain Data +++ +++ lemon102.lzh Ver.1.02 1994 +++ +++ 梶井基次郎(かじい・もとじろう) 1901/02/17-1932/03/24 +++ +++ 短篇集『檸檬』(1931年5月15日) +++ +++ 16/18 +++ +++ 入力 by zedd(木村成一), NAT26533, msm76750@pcvan.or.jp +++ 愛撫 梶井 基次郎  猫の耳といふものはまことに可笑(おか)しなものである。薄(うす)べつた くて、冷(つめ)たくて、竹の子の皮のやうに、表には絨(じう)毛(もう)が生 (は)えてゐて、裏はピカピカしてゐる。硬(かた)いやうな、柔らかいやうな、 なんともいへない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳とい ふと、一度「切符切り」でパチンとやつて見度くて堪(たま)らなかつた。こ れは残酷な空想だらうか?  否。全く猫の耳の持つてゐる一種不可思議な示唆力によるのである。私は、 家へ来たある謹厳な客が膝へあがつて来た仔(こ)猫(ねこ)の耳を、話をしな がら、しきりに抓(つね)つてゐた光景を忘れることが出来ない。  このやうな疑惑は思ひの外に執念深いものである。「切符切り」でパチン とやるといふやうな児戯に類した空想も、思ひ切つて行為に移さない限り、 われわれのアンニユイのなかに、外観上の年齢を遥かにながく生き延びる。 とつくに分別の出来た大人が、今もなほ熱心に――厚紙でサンドウイツチの やうに挾(はさ)んだうへから一と思ひに切つて見たら? ――こんなことを 考へてゐるのである! ところが、最近、ふとしたことから、この空想の致 命的な誤算が曝露してしまつた。  元来、猫は兎のやうに耳で吊(つ)り下げられても、さう痛がらない。引 (ひつ)張(ぱ)るといふことに対しては、猫の耳は奇妙な構造を持つてゐる。 といふのは、一度引張られて破れたやうな痕跡が、どの猫の耳にもあるので ある。その破れた箇所には、また巧妙な補片(つぎ)が当つてゐて、全くそれ は創造説を信じる人にとつても進化論を信じる人にとつても不可思議な、滑 (こつ)稽(けい)な耳たるを失はない。そしてその補片(つぎ)が、耳を引張ら れるときの緩(ゆる)めになるにちがひないのである。そんな訳で耳を引張ら れることに関しては、猫は至つて平気だ。それでは、圧迫に対してはどうか といふと、これも指でつまむ位では、いくら強くしても痛がらない。さきほ どの客のやうに抓つて見たところで、極く稀にしか悲鳴を発しないのである。 こんなところから、猫の耳は不死身のやうな疑ひを受け、ひいては「切符切 り」の危険にも曝(さら)されるのであるが、ある日、私は猫と遊んでゐる最 中に、たうとうその耳を噛んでしまつたのである。これが私の発見だつたの である。噛まれるや否や、その下(くだ)らない奴は、直(ただ)ちに悲鳴をあ げた。私の古い空想はその場で壊(こは)れてしまつた。猫は耳を噛まれるの が一番痛いのである。悲鳴は最も微(かす)かなところからはじまる。だんだ ん強くするほど、だんだん強く鳴く。Crescendo のうまく出る――なんだか 木管楽器のやうな気がする。  私のながらくの空想は、かくの如くにして消えてしまつた。しかしかうい ふことにはきりがないと見える。此(この)頃(ごろ)、私はまた別なことを空 想しはじめてゐる。  それは、猫の爪をみんな切つてしまふのである。猫はどうなるだらう?  恐らく彼は死んでしまふのではなからうか?  いつものやうに、彼は木(き)登(のぼ)りをしようとする。――出来ない。 人の裾(すそ)を目がけて跳(と)びかかる。――異(ちが)ふ。爪を研(と)がう とする。――なんにもない。恐(おそ)らく彼はこんなことを何度もやつて見 るにちがひない。その度にだんだん今の自分が昔の自分と異(ちが)ふことに 気がついてゆく。彼はだんだん自信を失つてゆく。もはや自分がある「高さ」 にゐるといふことにさへブルブル慄(ふる)へずにはゐられない。「落下」か ら常に自分を守つて呉れてゐた爪が最早ないからである。彼はよたよたと歩 く別の動物になつてしまふ。遂にそれさへしなくなる。絶望! そして絶え 間のない恐怖の夢を見ながら、物を食べる元気さへ失(う)せて、遂には―― 死んでしまふ。  爪のない猫! こんな、頼(たよ)りない、哀(あは)れな心持のものがあら うか! 空想を失つてしまつた詩人、早発性痴呆に陥つた天才にも似てゐる!  この空想はいつも私を悲しくする。その全き悲しみのために、この結末の 妥当であるかどうかといふことさへ、私にとつては問題ではなくなつてしま ふ。しかし、果して、爪を抜(ぬ)かれた猫はどうなるのだらう。眼を抜かれ ても、髭(ひげ)を抜かれても猫は生きてゐるにちがひない。しかし、柔らか い蹠(あしのうら)の、鞘(さや)のなかに隠された、鉤(かぎ)のやうに曲(まが) つた、匕首のやうに鋭い爪! これがこの動物の活力であり、智慧であり、 精霊であり、一切であることを私は信じて疑(うたが)はないのである。  ある日私は奇妙な夢を見た。  X――といふ女の人の私室である。この女の人は平常可愛い猫を飼(か)つ てゐて、私が行くと、抱いてゐた胸から、いつも其奴を放して寄(よ)来(こ) すのであるが、いつも私はそれに僻[辟]易するのである。抱きあげて見ると、 その仔猫にはいつも微(かす)かな香料の匂ひがしてゐる。  夢のなかの彼女は、鏡の前で化粧してゐた。私は新聞かなにかを見ながら、 ちらちらその方を眺めてゐたのであるが、アツと驚きの小さな声をあげた。 彼女は、なんと! 猫の手で顔へ白粉を塗つてゐるのである。私はゾツとし た。しかし、なほよく見てゐると、それは一種の化粧道具で、ただそれを猫 と同じやうに使つてゐるんだといふことがわかつた。しかしあまりそれが不 思議なので、私はうしろから尋(たづ)ねずにはゐられなかつた。 「それなんです? 顔をコスつてゐるもの?」 「これ?」  夫人は微笑とともに振り向いた。そしてそれを私の方へ抛つて寄来した。 取りあげて見るとやはり猫の手なのである。 「一体(たい)、これ、どうしたの?」  訊(き)きながら私は、今日はいつもの仔猫がゐないことや、その前足がど うやらその猫のものらしいことを、閃光のやうに了解した。 「わかつてゐるぢやないの。これはミユルの前足よ」  彼女の答は平然としてゐた。そして此頃外国でこんなのが流行るといふの で、ミユルで作つて見たのだといふのである。あなたが作(つく)つたのかと、 内心私は彼女の残酷さに舌を巻きながら尋ねて見ると、それは大学の医科の 小使が作つて呉れたといふのである。私は医科の小使といふものが、解剖の あとの死体の首を土に埋めて置いて髑(どく)髏(ろ)を作り、学生と秘密の取 引をするといふことを聞いてゐたので、非常に嫌(いや)な気になつた。何も そんな奴に頼まなくたつていいぢやないか。そして女といふものの、そんな ことにかけての、無神経さや残酷さを、今更のやうに憎み出した。しかしそ れが外国で流行つてゐるといふことについては、自分もなにかそんなことを、 婦人雑誌か新聞かで読んでゐたやうな気がした。――  猫の手の化粧道具! 私は猫の前足を引張つて来て、いつも独(ひと)り笑 ひをしながら、その毛(け)並(なみ)を撫(な)でてやる。彼が顔を洗ふ前足の 横側には、毛脚の短い絨氈(じうたん)のやうな毛が密生してゐて、なるほど 人間の化粧道具にもなりさうなのである。しかし私にはそれが何の役に立た う? 私はゴロツと仰向[き]に寝(ね)転(ころ)んで、猫を顔の上へあげて来 る。二本の前足を掴(つか)んで来て、柔らかいその蹠(あしのうら)を、一つ づつ私の眼(ま)蓋(ぶた)にあてがふ。快い猫の重量。温かいその蹠(あしの うら)。私の疲れた眼球には、しみじみとした、此の世のものでない休息が 伝はつて来る。  仔猫よ! 後生だから、しばらく踏み外(はず)さないでゐろよ。お前は直 ぐ爪を立てるのだから。 (昭和五年六月) 1930/06