我牢獄

 もし我にいかなる罪あるかを問はゞ我は答ふる事を得ざるなり、然れども我は牢獄の中にあり。もし我を拘縛する者の誰なるを問はゞ我は是を知らずと答ふるの外なかるべし。我は天性怯懦にして強盜殺人の罪を犯すべき猛勇なし。豆大の昆蟲を害うても我心には重き傷痍を受けたらんと思ふなるに法律の手をして我を縛せしむる如きはいかでか我が爲し得るところならんや。政治上の罪は世人の羨むところと聞けど我は之を喜ばず、一瞬時の利害に拘々として空しく抗する事は余の爲す能はざるところなればなり。我は識らず、我は悟らず、如何なる罪によりて繋縛の身となりしかを。
 然れども事實として我は牢獄の中にあるなり。今更に歳の數を算ふるもうるさし。兎に角に我は數尺の牢室に禁籠せられつゝあるなり。我が投ぜられたる獄室は世の常の獄室とは異なりて、全く我を孤寂に委せり。古代の獄吏も近世の看守も我が獄室を守るものにあらず。我獄室の構造も大に世の監獄とは差へり。先づ我が坐する、否坐せしめらるゝ所といへば天然の巖石にして、余を圍むには堅固なる鐵塀あり。余を繋ぐには鋼鐵の連鎖あり、之に加ふるに東側の巖端には危ふく懸れる倒石ありて我を脅かし、西方の鐵窓には巨大なる惡蛇を住ませて我を怖れしめ、前面には猛虎の檻ありて、我室内に向けて戸を開きあり、後面には彼の印度あたりにありといふ毒蝮の尾の鈴、斷間なく我が耳に響きたり。
 我は生れながらにして此獄室にありしにあらず。もしこの獄室を我生涯の第二期とするを得ば我は慥かに其一期を持ちしなり。その第一期に於ては我も有りと有らゆる自由を有ち、行かんと欲するところに行き、住まらんと欲する所に住まりしなり。われはこの第一期と第二期との甚だ相懸絶する者なる事を知る。即ち一は自由の世にして、他は牢囚の世なればなり。然れども斯くも懸絶したるうつりゆきを我は識らざりしなり。我を囚へたるものゝ誰なりしやを知らざりしなり。今にして思へば夢と夢とが相接續する如く我生涯の一期と二期とは〓々たる中にうつりかはりたるなるべし。我は今この獄室にありて想ひを現在に寄すること能はず。もし之を爲すことあらば我は絶望の淵に臨める嬰兒なり。然れども我は先きに在りし世を記憶するが故に希望あり。第一期といふ名稱は面白からず、是を故郷と呼ばまし。然り故郷なり、我が想思の注ぐところ、我が希望の湧くところ、我が最後をかくるところ、この故郷こそ我に對して我が今日の牢獄を厭はしむる者なれ。もしわれに故郷なかりせば、もしわれにこの想望なかりせば、我は此獄室をもて金殿玉樓と思ひ了しつゝ樂き娑婆世界と歡呼しつゝ、五十年の生涯誠に安逸に過ぐるなるべし。
 我は我天地を數尺の大さと看做すなり。然れども數尺と算するも人間の業に外ならず。之を數萬尺と算ふるも同じく人間の業なり。要するに天地の廣狹は心の廣狹にありて存するなり。然るに怪しくも我は天地を數尺の廣さとして己れが坐するところを牢獄と認む。然り牢獄なり、人間の形せる獄吏は來らずとも折々に見舞ひ來るもの是れ一種の獄吏に他ならず。名譽是なり、權勢是なり、富貴是なり、榮達是なり。是等のもの我に對する異樣の獄吏にてあるなり。
 彼等は我に對しては獄吏と見ゆれども或一部の人には天使の如くにあるなり。彼等が人々を折檻する時に人々は無上の快樂を感ずるなり。我眼曇れるか、彼等の眼盲ひたる乎。之を斷ずる者は誰ぞ。
 デンマルクの狂公子を通じて沙翁の歌ひたる如くに我は天と地との間を這ひめぐる一痴漢なり。崇重なる儀容をなし、威嚴ある容貌を備へ、能く談じ、能く解し、能く泣き、能く笑ふも、人間は遂に何のたはれことなるべきやを疑へり。然り、我が五十年の生涯に萬物の靈長として傲るべき日は幾日あるべき。我は我を卑うするにあらず、我自ら我を高うせんとするにもあらず、唯だ我が本我のいかに莊嚴を飾らしむるも遂に自らを欺くに忍びざるなり。
 我は如何に禪僧の如くに悟つてのけんと試むるとも我が心宮を觀ずること甚深なればなるほど我は到底悟つてのけること能はざるを知る。風流の道も我を誘惑する事こそあれ、我をして心魂を委ねて趣昧と稱する魔力に妖魅せらるゝに甘んぜしめず。常に謂へらく、人間はいかにいかなる高尚の度に達するとも必竟するに或種類の偶像に翫弄せらるゝに過ぎず、悟るといふも悟ること能はざるが故に悟るなり。もし悟るといふことを全然悟らざるといふ事に比ぶれば多少は靜平にして澹乎たる妙味ありと雖、是も一種の階級のみ。人間は遂に多く辯ぜざれば多く默し、多く泣かざれば多く笑ひ、一の偶像に就かざれば他の偶像を禮す、一の獄吏に答責せられざれば他の獄吏の笞責に遭ふ、これも是非なし。獄吏と天使とを識別すること能はざる盲眼をいかにせむ。
 奇しきかな我は吾天地を牢獄と觀ずると共に、我が靈魂の半塊を牢獄の外に置くが如き心地することあり。牢獄の外に三千乃至三萬の世界ありとも我には等差なし。我は我牢獄以外を我故郷と呼ぶが故に我が想思の趣くところは廣濶なる一大世界あるのみ。而して此大世界にわれは吾が悲戀を湊中すべき者を有せり。捕はれてこの牢室に入りしより凡ての記憶は霧散し去り、己れの生年をさヘ忘じ果てたるにも拘はらず我は一個の忘ずること能はざる者を有せり。啻に忘ずること能はざるのみならず數學的乘數を以て追々に廣がり行くとも消ゆることはあらず、木葉は年々歳々新まり行くべきも、我が悲戀は新まりたることはなくしていや茂るのみ。江水は時々刻々に流れ去れども我が悲戀はよどみよどみて漫々たる洋海をなすのみ。不思議といふべきは我戀なり。
 もし我が想中に立入りて我戀ふ人の姿を尋ぬれば、我は誤りたる報道を爲すべきにより、言はぬ事なり、言はぬ事なり。雷音洞主が言へりし如く我は彼女の三百幾つと數ふる何の骨を愛づると云ふにあらず、何の皮を好しと云ふにあらず、おもしろしと云ふにあらず、樂しと云ふにあらず、我は白状す、我が彼女と相見し第一回の會合に於て我靈魂は其半部を失ひて彼女の中に入り、彼女の靈魂の半部は斷れて我中に入り、我は彼女の半部と我が半部とを有し、彼女も我が半部と彼女の半部とを有することゝなりしなり。然れども彼女は彼女の半部と我の半部とを以て彼女の靈魂となすこと能はず、我も亦た我が半部と彼女の半部とを以て我靈魂と爲すこと能はず。この半裁したる二靈魂が合して一になるにあらざれば彼女も我も圓成せる靈魂を有するとは言ひ難かるべし。然るに我はゆくりなくも何物かの手に捕はれて窄々たる囚牢の中にあり。もし彼女をして我と共にこの囚牢の中にあらしめばこの囚牢も囚牢にあらずなるべし。否な彼女とは言はず、前にも言へりし如く我が彼女を愛するは其骨にあらず、其皮にあらず、其魂にてあれば、我は其魂をこの囚牢の中に得なむと欲ふのみ。
 日光を遮斷する鐵塀は比しく彼女をも我より離隔して雁の通ふべき空もなレ。夢てふもの世にたのむべきものならば我は彼女と相談る時なきにあらず、然れどもその夢もはかなや、始めて我をたばかりて後にはおそろしき惡蛇の我を卷きしむるに終る事多し。眠りを甘きものと昔しの人は言ひけれど我は眠りの中に熱汗に浴することあり。或時は我が手して露の玉に濕ふ花の頭をうち破る夢を見、又た或時は春に後れて孤飛する雌蝶の羽がひを我が杖の先にて打ち落すこともあり。かつて暴らかりしものを彼女に會ひてより和らげられし我が心も度々の夢に虎伏す野に迷ひ、獅子吼ゆる洞に投げられしより再び暴れて暴れて我ながらあきましき心となれり。眠りはしかく我に頼みなき者となりしかど、もし現の味氣なきに較ぶれば欺かるゝ丈も慰めらるゝひまあるなり。
 現に於ける我が悲戀は雪風凛々たる冬の野に葉落ち枝折れたる枯木のひとり立つよりも激しかるべし。然り、我は已でに冬の寒さに慣れたり。慣れしと云ふにはあらねど我はこれに怖るゝ心を失ひたり。夏の熱さにも我は我が腸を沸かす如きことは無くなれり。唯だ我九腸を裂きて又た裂くものは我が戀なり。戀ゆゑに悶ゆるにあらず、牢獄の爲に悶ゆるなり。我は籠中にあるを苦しむよりも我が半魂の行衞の爲に血涙を絞るなり。雷音洞主の風流は愛戀を以て牢獄を造り、己れ是に入りて然る後に是を出でたり。然れども我が不風流は牢獄の中に捕繋せられて然る後に戀愛の爲に苦しむ。我が牢獄は我を殺す爲に設けられたり。我も亦た我牢獄にありて死することを憂ひとはせざれども、我をして死す能はざらしむるもの則ち戀愛なり。而して彼は我を生かしむることをもせず、空しく我をして彼のデンマルクの狂公子の如く、我母が我を生まざりしならばと打ち喞たしむるのみ。
 春や來しと覺ゆるなるに我牢室を距ること數歩の地に黄鳥の來鳴くことありて我耳を奪ひ我魂を奪ひ、我をしてしばらく故郷に歸り、戀人の家に到る思ひあらしむ。その聲を我が戀人の聲と思うて聽く時に、戀人の姿は我前にあり。一笑して我を惱殺する昔日の色香は見えず、愁涙の蒼頬に流れて紅ゐ闌干たるを見るのみ。
 軒端數分の間隙よりくゞり入るは世の人の嫦娥とかあだなすなる天女なれども、我が意中人の音信を傳へ入るゝことをなさねば我は振りかへり見ることもせず。いづこの庭にうゑたる花にやあらむ折にふれては妙なるかをりを風がもて來ることもあれど、我が戀ふ人の魂をこゝに呼び出すべき香にてもなければ要もなし。氣まぐれものゝ蝙蝠風勢が我が寂蓼の調を破らんとてもぐり入ることもあれど、捉へんには竿なし、好し捉ふるとも我が自由は彼の自由を奪ふことによりて回復すべきにあらず、況して我戀人の姿をこの見苦しき半獸半鳥よりうつし出づることの望むべからざるをや。
 是の如きもの我牢獄なり、是の如きもの我戀愛なり。世は我に對して害を加へず、我も世に對して害を加へざるに、我は斯く籠囚の身となれり。我は今無言なり、膝を折りて柱に憑れ齒を咬み眼を瞑しつゝあり。知覺我を離れんとす。死の刺は我が後に來りて機を覗へり。「死」は近づけり。然れども、この時の死は生よりもたのしきなり。我生ける間の「明」よりも今死する際の「薄闇」は我に取りてありがたし。暗黒! 暗黒! 我行くところは關り知らず。死も亦た眠りの一種なるかも、「眠り」ならば夢の一つも見ざる眠りにてあれよ。をさらばなり、をさらばなり。

岡島昭浩入力
底本、岩波文庫『北村透谷集』島崎藤村編 昭和2.7.10 (昭和16.10.5 第14刷)
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