グローバル日本研究国際シンポジウム

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他者の言語で書くこと ー張赫宙論

下境真由美(オルレアン大学)

今日、在日朝鮮人文学はすでにその歴史を語ることのできる一ジャンルとして確立していると言える。その中でも、もっとも初期の作家である張赫宙(1905〜1997)は、第二次世界大戦中に発表した作品による国策文学のイメージの定着した作家である。日本語での執筆をやめ、北朝鮮へ帰国を果たした同世代の金史良とは対照的に、帰化の道を選んだことも、このイメージに拍車をかけている。しかし、その一方で張赫宙は、そもそもプロレタリア文学作家として、日本語作品を書き始めた作家でもある。プロレタリア文学と国策文学という、一見対照的なジャンルの双方に属する作家としての側面をどのように理解できるであろうか。また、朝鮮人でありながら、国策作家となったこの作家のエクリチュールをどのように理解することが可能であろうか。二言語で書く可能性を持ちながら、最終的に日本語、そして日本への同化を選択した作家を、植民地宗主国に迎合する立場を選んだ日和見主義者と考えることも可能である。しかし、張赫宙作品の裏には、歴史の流れの中で、自由選択によらない他者の言語で書くことになった作家の複雑な道のりを忘れることはできない。この作家の作品の読解は、この点を考慮に入れた分析をともなわなければならない。

略歴

下境真由美(しもさかいまゆみ)。オルレアン大学応用准教授。セルジー・ポントワーズ大学文学博士。一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了。比較文学、フランス語表現のアルジェリア文学、在日朝鮮人文学専攻。 “La défaillance du père : Une étude du Burin de Kim Hak-yeong, de Sang et os de Yang Seok-il et de Jeux de Famille de Yû Miri” (Japon Pluriel 10, Editions Philippe Picquier, 2014)など。