グローバル日本研究国際シンポジウム

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7世紀後半の斑鳩造像における亡命百済人の影響

鏡山智子(大阪大学)

『日本書紀』によれば、天智天皇2年(663)の白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に百済・日本が敗れたのち、百済から大量の亡命者が大挙して日本へ渡来したという。この出来事は古代文化史のうえでも大きな画期とされ、美術作品や考古遺物などを通して、彼らの日本における活動を探る研究がなされている。本発表もそうした研究の一つであり、奈良・斑鳩地域に伝来する7世紀後半期の仏像をとおして、亡命百済人との関わりを明らかにしようとするものである。

研究対象としてまず取り上げるのは、法輪寺に伝来する薬師如来像と伝虚空蔵菩薩像である。両像の像容は、法隆寺に伝来する金堂釈迦像と百済観音像に類似することが指摘されてきたが、法隆寺の仏像と相違する要素―薬師像の着衣形式、虚空蔵像の反花座と体軀のプロポーション―に着目すると、百済時代末期の造像様式の影響が指摘できる。また、これに関して本発表では、法輪寺から出土した7世紀後半期の文字刻印瓦に注目する。陽刻で圏線を表す形式が百済末期の瓦に近似することに加え、刻印された「木」や「国」の文字は百済系の氏族名を示す可能性がある。このように、仏像の様式と法輪寺の伽藍造営の両方において同じ百済時代末期の影響が認められることから、仏像の制作と伽藍の造営は同時期に行われ、さらには百済人が直接的に関与した可能性も想定されよう。

7世後半の斑鳩では、法輪寺の仏像以外にも、百済人との関わりが強く想定される遺品が伝えられている。それらの遺品をも含めて検討を行い、亡命百済人の動向について考える。

略歴

鏡山智子(かがみやまさとこ)。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程在学中。2014年4月より日本学術振興会特別研究員(DC2)。主な研究業績に「法輪寺薬師如来像・伝虚空蔵菩薩をめぐって」『美術史』178冊(2015年)、大阪大学総合学術博物館第19回企画展「金銅仏きらきらし」カタログの作品解説などがある。