フランス国立東洋言語文化大学・大阪大学 国際共同シンポジウム

モノと文献でわかる古代・わからない古代

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播磨国風土記と考古資料が織り成す歴史的景観の復元

中久保辰夫(大阪大学助教)

『風土記』とは、西暦713年に中央政府より作成・提出が各国に命じられた地誌である。現在に伝わる5つの『風土記』のなかで、『播磨国風土記』は未完成の草稿本であったことが考証されており、現在の兵庫県南西部である播磨地域の古代社会の実態を探る上ですこぶる重要な情報を収載している。一方、当地域で実施された数多くの発掘調査は、古墳や寺院、集落や生産跡を検出し、文献に必ずしも記載されていない情報を豊かにした。そして、『風土記』が収載する伝承の年代にまでさかのぼり、その真実性を吟味できるようになっている。このような史・資料に恵まれた播磨地域は、文字で記された内容を考古資料によって批判的に検証し、あるいはその欠を補い、さらには考古資料を適切に解釈できる格好のケーススタディといえる。

本発表では、二王子との悲恋の末、玉丘古墳に葬られたという根日女(ネヒメ)伝承、政争により播磨に身を隠した於奚(オケ)・袁奚(ヲケ)二王子の伝承を取り上げ、考古資料、文献史料双方の特性を生かして検討したい。そして、風土記の伝承が必ずしも歴史的事実とは適合しないこと、しかしながら重層的に堆積した地域社会の歴史的景観がこうした伝承をつくり出していったことを試論として提示したい。


中久保辰夫(なかくぼ・たつお):2011年3月、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。2009年4月~2011年3月、日本学術振興会特別研究員。2011年4月より大阪大学大学院文学研究科助教、埋蔵文化財調査室勤務。専門は日本考古学。土器を中心に対外交流史、生活文化史、手工業生産史を研究している。最近の主要著作として『野中古墳と「倭の五王」の時代』(高橋照彦・中久保辰夫編、大阪大学出版会、2014年)、「『播磨国風土記』と考古資料が描く明石郡・美嚢郡の地域社会」(『考古学からみた播磨国風土記』播磨考古学研究集会実行委員会、2016年)がある。