フランス国立東洋言語文化大学・大阪大学 国際共同シンポジウム

モノと文献でわかる古代・わからない古代

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都に運ばれた塩

柳沢菜々(京都精華大学)

塩は人間が生きていくために欠かせない栄養素のひとつである。日本列島では岩塩などは手に入りにくく、古代においては、土器で海水を煮詰めて塩をとりだす土器製塩が主流であった。本報告では、塩の生産と流通に注目することで、八世紀における律令税目のひとつ、調の特徴について考えてみたい。

平城宮・京跡からは、調としておさめられる塩に付けられていた荷札木簡が多数みつかっている。点数として最も多いのは若狭国からの塩荷札木簡であるが、平城京でみつかる製塩土器は備讃瀬戸内・大阪湾岸のものが多く、荷札木簡から判明する塩貢納国と一致しない。このことから、平城京に運び込まれる塩には、荷札を付けて運ばれる税としての塩と、荷札を必要としない流通ルートによって入ってくる塩が存在したことがわかる。

調として多くの塩を納入していた若狭国は、非常に小さい国であるが、国をあげて塩の生産に取り組んでいた。また、天皇の食膳に関する神事を伝統的に掌ってきた一族である高橋氏が、自らの祖先伝承によって若狭国との強い関係性を主張している。若狭と同様に小国で、高橋氏との関係が深く、調の生産に特徴がある国に志摩、安房、伊豆があり、調として海藻、鰒、堅魚をおさめている。塩・海藻・鰒・堅魚は神事に用いる最も主要な供物である。調制には天皇がおこなう神事の供物を徴収し、天皇の支配を示す意味があったのであり、若狭の塩は象徴的なものとして、律令制の導入とともに生産体制が整えられた。


柳沢菜々(やなぎさわ・なな):大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。大阪大学大学院文学研究科博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(PD・京都大学)を経て、2016年より京都精華大学人文学部特任講師。研究テーマは、日本古代における天皇の経済基盤。主要論文に「古代の園と供御蔬菜供給」(『続日本紀研究』389号、2010年)、「律令国家の山野支配と家産」(『ヒストリア』235号、2012年)などがある。