フランス国立東洋言語文化大学・大阪大学 国際共同シンポジウム

モノと文献でわかる古代・わからない古代

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山の神、蔵王権現の信仰とイメージ

藤岡穰(大阪大学)

仏教において山は常に信仰の場であった。仏教世界の中心にそびえる須弥山(しゅみせん)のように教義のなかで信仰された山もあれば、霊鷲山(りょうじゅせん)のように実際に釈迦が説法したとされる山もある。そして、仏が住み、教えを説いたとされる聖なる山の存在は、インドだけでなくアジア各地に広まるとともに、山は清浄なる修行の場としても重視された。

奈良県南部にそびえる金峯山(きんぷせん)は日本の最も代表的な山の聖地として知られる。7世紀末に役小角(えんのおづぬ)が開いたとされ、以来多くの仏教修行者たちがここに登り、祈りを捧げてきた。伝承によれば、役小角の修行中に人々を救済する尊像として姿を現したのが蔵王権現であったという。金峯山信仰はやがて役小角を開祖とする修験道として一宗派を確立するが、蔵王権現はその本尊として信仰をあつめてきた。

ところが蔵王権現について歴史学的に検証してみると、実際には9世紀末頃に初めて金峯山に安置された尊像とみられ、しかも以降はむしろその存在が秘匿されることによって様々な伝承が作り出され、信仰が形成されていったようである。蔵王権現に関しては、そうした伝承こそが信仰の実体であった。

蔵王権現は日本各地の霊山にも祭祀されたが、何より金峯山に数多く奉納されたことが特筆される。そのうち鏡像(きょうぞう)や懸仏(かけぼとけ)には蔵王権現の伝承に基づく様々な光景が表されていることを指摘する。また、独立した金銅仏についても、蛍光X線による成分分析を踏まえつつ制作工程や信仰形態について私見を述べてみたい。


藤岡穣(ふじおか・ゆたか):1990年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程中退。1990~1999年、大阪市立美術館学芸員。現在は大阪大学文学研究科教授。専門は東洋美術史、特に東アジアの仏教美術史。主な著書・論文に『日本美術全集11 信仰と美術』(共著、小学館、2015年)、『聖徳太子信仰の美術』(共著、東方出版、1996年)、「京都・某寺と兵庫・慶雲寺の半跏思惟像」(『美術フォーラム21』32、2015年)などがある。