art in the periphery
芸術とは何であるのかは、芸術をめぐる問いのなかでも一番基本となる問いです。
たしかに、現代において芸術の領域を定める境界はぼんやりしており、芸術とは何かに ついて明確な定義を得るのは不可能だろうと思います。
けれども、芸術の周縁にある 物事こそ、芸術理解の鍵となるはずです。
芸術の周縁からみたほうが、芸術の名のも とで何がおこなわれているのか、芸術はこれからどうなるのかについて、多くの手がかりを得られるでしょう。
哲学の一分野としての美学は、芸術をめぐって様々な問いを発してきた学問です。
過去の美学思想をとおして、基本となる考えかたを学ぶことができるでしょう。
現代の美学はまた、複数のジャンルにまたがる問題をあつかったり、芸術の周縁にある物事について考察したり、非芸術とみられる物事について関心をもったり、
芸術のフロンティアを開拓するような性格をもちあわせています。美学をとおして、芸術をめぐる諸問題について考えてみませんか。
研究分野を決める
大学の4年のあいだで何か一分野の小さな専門家になりましょう。
美学はたしかに分 野の制約のない自由なところが良いのですが、大学で何を学んだのと問われて曖昧に しか答えられないのは残念です。
以下を参考にして一つ分野を決めて、これについては人より詳しくなったと言えるようになりましょう。
美学関連分野 | 研究キーワードの例 |
---|---|
美学 | 集団的創造 雰囲気 人工知能 神経美学 |
現代アート | 参加 サウンドアート ビデオアート |
表象 | 身体の表象 建築の表象 |
写真 | ヴァナキュラー写真 建築写真 |
映画 | 初期映画 記録映画 実験映画 |
工芸 | 民藝運動 前衛陶芸 手仕事 中量生産 持続可能性 |
デザイン | 装飾 簡素さ 地域性 土着性 標準 空間 批評 |
研究キーワードを決める
研究キーワードは、自分の問題関心を一言であらわした語です。
たとえば、装飾・色彩・ 空間・表現・民藝・茶庭・身体といった語が、研究キーワードになりえます。
ベンヤミンといった人物名や、サヴォワ邸といった作品名は、研究キーワードになりません。
固有名はかならずしも問題関心をあらわすわけではなく、問題関心を明らかにするための通り道にすぎないからです。
研究キーワードがあなたの問題関心をあらわす語であるならば、研究キーワードには様々な問いがともないます。
たとえば、装飾という語ならば、装飾とは何であるのか、装飾はなぜ必要とされるのか、装飾はほんとうに必要なのか、といった問いがともないます。
研究キーワードを定めるとともに、自分なりの問いを立ててみましょう。
研究キーワードについて検討する作業は、自分の研究に一本筋を通すために必要です。
これが出来ていないと、何が言いたいのか分からない論文、一貫性に欠く論文になりがちです。
研究キーワードは、自分の問題関心をひとに伝えるうえで大いに役立ちます。
私たちは短い時間のなかで自分の問題関心をひとに伝えないといけない状況に置かれるので、一言で察してもらうのも大事です。
学び始めのうちは、問題関心はかなり漠然としているのが普通で、問題関心をうまくあらわす語がなかなか浮びません。
そうした場合は、教員とよく相談したうえで、研究キーワードを一緒に考えましょう。
研究が進むにつれて研究対象への理解も深まりますから、研究キーワードを自分で考え直すとよいでしょう。
テーマを決める
研究分野を決めて、研究キーワードを定めたら、研究テーマを絞ります。研究キーワードにあらわされる問題関心はそのままでは深まりませんので、独自の切り口が必要となります。 問題関心への自分なりの取り組みかたが、研究テーマに反映されます。 勉強とともにテーマは絞り込まれます。 卒論では、テーマを絞り込んで、1つの事柄について徹底して調べ上げ、徹底して考え抜きたいです。
研究テーマを決めるうえですること
1. 教員と相談する:最初は、教員と話し合って仮テーマを決めるとよいでしょう。
教員は、選択肢を多く持ち合わせており、最初にどんなテーマに取り組むならば有意義な勉強ができるか予想できるからです。
仮テーマについて調べるなかで、自分のテーマを 定めてゆきます。
2. 通史を読む:研究したいテーマがある場合でも、分野の通史を読むことで、歴史のなかで自分の関心がどう位置づけられるのか考える機会になり、他にもっと良いテーマと出会うかもしれません。
偶然の思いつきでなく、歴史をふまえて、自分のテーマを 定めます。
3. 学術雑誌をみる:各分野の学術雑誌をながめるならば、自分の知らない研究に出会うでしょう。
最近の研究動向を知るかもしれません。
各学会のホームページで学術雑誌 のバックナンバーのタイトルを閲覧できます。
大学生ならあえて洋雑誌をみてみましょう。勉強になります。
テーマを決めるうえで考えること
1. 好きや嫌いを超えよう: 私たちは芸術を自分の趣味によって判断しがちですが、自分の好き嫌いにとらわれすぎると、自分の思い込みから抜け出せません。
芸術をわざわざ学ぶのは、自分の趣味を超えて、芸術がもつ意味について考えるためでしょう。
関心のないことをする必要はありませんが、好き嫌いとかいった自分本位の動機よりも、他人にいかに有意義かを説明できるテーマが望まれます。
2. 地道な歴史研究に取り組む: 現在進行中のことを現場で活躍している人ほどに深く理解するためには、自分もなかに入って内側から見なければなりません。
それでなければ、文学部の学生に向いているのは歴史資料にもとづく歴史研究です。
各分野の通史をとおして読んで、現代にとって意味のありそうな話題を見つけるとよいでしょう。
3. 教員の専門に近いと良い勉強ができる:教員はけっして芸術のすべてに精通しているわけではありません。
教員の得意分野にかかわる研究をすれば、良い指導を受けられます。
教員はその分野について良いテーマについて知っているはずですし、どんなテーマに取り組んだら有意義な学びができるか助言できます。
教員の授業はテーマ決めの ヒントを得る良い機会です。
4. 洋物をするなら本気でしよう: 海外の対象について論じるとき、実際にその作品を体験したり、原語で資料を読んだりするのが必須です。
そうでないと二番煎じとなります。語学力を生かして海外の対象にぜひ取り組みましょう。
たしかに、日本にかんするテーマならば実際の作品にあたるのも容易で、作家の手記などの1次資料にあたれますし、多くの基本文献を読めます。
海外の人と交流を深めたい人はむしろ日本の文化について理解を深めるのもよいです。
5. 二つの領域を横断するテーマ:二つの文化領域を横断するテーマは、複数の角度から問題をとらえるうえで有効ですし、現代らしい意味をもちえます。
二つの国のあいだで活動した人物に焦点をあてるのもよいでしょう。
異なる芸術ジャンルに共通する原 理を見出すのは、特定ジャンルに属さない美学らしいテーマです。三つ以上だと分かりにくくなります。
6. 問題関心からテーマを立てる:好きな作家について調べてみるのも良いのですが、問題関心にもとづいて研究キーワードを定めたうえで、問題について正面から論じるようなテーマを設定することを推奨します。
自分の好き嫌いを超えて、問題を見 つけて解答を見出していく態度をとるようになってほしいからです。
7. メジャーすぎずマイナーすぎず:あるテーマについて検索したところ多くの本がヒットした場合、そのテーマについて調べる必要はないと言えます。
他人が調べたことの受け売りに終わる恐れがあるからです。
けれども学び始めの人は、いくらか位置づけがなされている事柄から始めたほうが、基礎知識を身につけるのに有効です。
知られていることの知られていない部分に注目するのはよいかもしれません。
研究テーマを題目として表明
研究テーマはかならず研究題目すなわちタイトルとして表します。
例えば「イサムノグ チの空間造形についてー現象学からの考察」とする場合には、「空間造形」が研究キーワードすなわち自分の問題関心をあらわす部分です。
一見すると「イサムノグチ」が論 文の主眼になっているように見えますが、この部分はむしろ自分の問題関心を深めるための具体例とみるべきです。
副題の「現象学からの考察」は、自分の問題関心にたいする方法論です。
副題はもう一つの切り口であるので本題で言い尽くされていれば省くこともできます。
AAAの BBB についてーCCC の観点からの考察
AAA: 自分の問題関心を深めるための具体例
BBB: 研究キーワード=自分の問題関心
CCC: 自分の問題関心を深めるための方法論
研究題目を先に決めておくと、構想もまとまりやすく、計画も立てやすくなります。
しっくりこなくなったら変えればいいだけの話です。
題目はまた他の人があなたの取り組みを知るうえでも欠かせません。
題目をとりあえずでも始めに決めてから研究に取りかかります。
研究分野 | 研究キーワード | 研究題目 |
---|---|---|
美学 | 空間 | 現象学における身体空間論 |
美学 | 気分 | 空間論における気分の問題 |
美学 | 雰囲気 | ベーメにおける雰囲気の美学 |
美学 | 触覚 | リーグルにおける触覚の議論 |
美学 | コミュニケーション | デューイと美的コミュニケーション |
美学 | 創造性 | 集団の創造性をめぐる考察 |
美学 | 人工知能 | 人工知能による芸術創作 |
美学 | 深層学習 | 人工知能は美を学べるか |
美学 | クオリア | 機械は色を感じているのか |
美学 | 自然美 | カントにおける自然美の問題 |
美学 | 環境美学 | 風景の美をめぐる諸問題 |
映像 | 建築写真 | 建築写真の伝える雰囲気の問題 |
映像 | 環境写真 | 環境写真というジャンル |
映像 | 仮想身体 | 現代メディアにおける仮想身体 |
映像 | 仮想空間 | 現代メディアにおける仮想空間 |
映像 | 記録映画 | ドキュメンタリーに音楽は必要か |
工芸 | 民藝 | 柳宗悦の民藝思想 |
工芸 | 誠実さ | 民藝運動における誠実さの主張 |
工芸 | 陶芸 | 濱田庄司の陶芸思想 |
工芸 | 織物 | 日本各地にみる絣の伝統 |
工芸 | 手仕事 | 現代社会における手仕事の継承 |
工芸 | 現代工芸 | 現代工芸と3Dプリンター |
デザイン | 装飾 | 19世紀英国における装飾の文法 |
デザイン | 装飾史 | 美術史家リーグルの装飾史 |
デザイン | 図案 | 明治大正期における装飾図案集 |
デザイン | 簡素さ | 日本文化における簡素さの発見 |
デザイン | 批評 | ファッション批評の歴史 |
デザイン | 製品デザイン | ブラウンからアップルまで |
デザイン | 良いデザイン | 各国のデザイン賞を比較する |
デザイン | ヴァナキュラー | 現代建築にみる新しい土着性 |
デザイン | 労働 | 装飾美術家モリスの労働観 |
デザイン | 参加 | デザインにおける市民参加 |
デザイン | 景観デザイン | 景観デザインの歴史 |
デザイン | 音風景 | 音風景をつくる試み |
デザイン | 衣服 | 環境に配慮した衣服のありかた |
デザイン | 絵本 | デジタル時代の子どもの絵本 |
デザイン | 触覚 | 本のデザインにおける触覚要素 |
デザイン | タイポグラフィ | ルーダーの実験タイポグラフィ |
美学
美学という学問がこれまでどんな問題に取り組んできたのかを知りましょう。 佐々木健一『美学辞典』の見開きの目次をみると、創造・様式・価値・解釈・批評というように、美学が論じてきた問題がわかります。 小田部胤久『西洋美学史』は、重要な美学思想家の思想が紹介されていますが、同時にまた美学の問題が分かるようになっている入門です。 英語の概説書 The Routledge Companion to Aesthetics の目次にも、思想家の項目や、問題別の項目が並んでおり、全体を見渡したうえで、自分の関心のある項目から読んでみるといいでしょう。 たとえば、従来は一人の人間の「創造」が問われましたが、集団における「創造」を問うとしましょう。このようなとき、上記の書をま ず手がかりに従来の議論をおさえておきます。
工芸思想
工芸はけっして古くさい分野ではありません。 今日ではハイテクと結びつきから伝統技術が見直されつつありますし、手仕事のありかたも変化しています。 工芸とは何かについて理解を深め、工芸とデザインとの関係から考えるのであれば、工芸思想家である柳宗悦の著作を読むことから始めるといいでしょう。 文章は、美しく理解しやすく書かれています。柳の思想を基準として、他の考えかたを見つけたり、現代の異なる状況を考えたりできます。 工芸には、漆芸・陶芸・染織など分野に分かれていますから、興味のある分野の通史も読んでみましょう。
デザイン史
デザインの大きな歴史を知り、デザインの現況について知り、そこではじめて、景観・ 建築・製品・衣服・文字それぞれの歴史研究にかかることができます。 文学部の学生は、 文献を読むのが得意なはずなので、デザインの歴史研究を推奨します。 高安啓介『近代 デザインの美学』は、近代・造形・構成・形式・空間というようなデザインの基礎概念について説明しており、19世紀から20世紀にかけてのデザインの歴史の大きな傾向についても各所で説明していますし、 同時代のアートとの関係にも触れていますので、入門書として最適です。 美術出版社から出ている『世界デザイン史』あるいは『日本デザイン史』は、フルカラーですので持って読んでおくといいでしょう。
タイポグラフィ
グラフィックデザインの分野でもとくに重要なのがタイポグラフィです。 古くは活版印刷術のことでしたが、現在では活字 type をもちいたデザイン全般を言います。 高安『近代デザインの美学』では、活字とは何かといった問いに始まり、近代タイポグラフィの歴史とともに重要な考えかたを紹介していますので、 ここから入って、参考文献などにあたるといいでしょう。インスタグラムにはイメージがあふれています。 自分でソフトウェアを使えるようになることも大事です。視覚手段をもちいた伝達のありかたの変遷をたどる仕事はどうでしょう。 高安研究室に資料がありますので、まずご相談ください。