ソクラテス Sokrates 前470/469―399 |
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生涯 |
古代ギリシャの哲学者.祖国のために生涯に三度従軍したほか,カレイポン(Xaireiphon)によってもたらされたアポロンの神託に基づいて、市井に人々と問答し吟味しつづけた(彼はこれを母の職業をもじって産婆術とも称した)が,ついに「国家の信奉する神々を信奉せず、別の新奇な神霊を信奉し,かつ青年たちを腐敗させる」かどで告発され、死刑の宣告を受け,刑死した. |
著作 |
著作はない.したがって彼の業績を知るためには,他人の書いた著作を参照しなければならない.そのようなものとしておよそ次の四つのものが挙げられる.アリストファネスの喜劇作品『雲』,プラトンの25篇ほどの対話篇,クセノフォンの数点の「ソクラテスもの」,アリストテレスの『形而上学』などにおける報告である. |
思想 |
【無知の知】プラトンの『ソクラテスの弁明』によれば,ソクラテスの生涯を導いて,それを決定づけたものは「だれもソクラテスより知恵あるものはいない」というアポロンの神託であった.この神託は,はじめはソクラテスにとって「謎」であった.彼は「自分が知恵ある者だなどということには全く身に覚えがない」という〈無知の自覚〉と「神が嘘を言うはずはない」という〈神の信仰〉との間にはさまれて,アポリア(行き詰まり)に陥ったからである.そしてその後,神の神託が誤りであることを示して神を反駁すべく,世間で知恵ある者だと思われている三者−政治家,詩人,手職人−のもとを訪れた.そこで彼が発見したことは,その三者はそれぞれ「自分が知恵ある者だと思っているが,実はそうではない」ということと,彼自身は,例えば善や美などということを「実際に知らないので,彼らのように知っているとも思っていない」ということであり,この無知の自覚の点で自分の方が彼らより「ほんの少しばかり」知恵ある者であるということであった.こうして神託の謎は解け,それが反駁されない真理であることを彼は承認した.しかし,ソクラテスは,彼を知恵ある者だとする世間の人々の偏見を前にして,神のみが知恵ある者だと主張する一方,この神託を「人間たちよ,お前たちの中では,ソクラテスのように自分は知恵については全く価値のない者だと自覚している者が最も知恵ある者なのだ」と一般化して解釈したのである.無知の自覚が「知恵」の名に値し,しかもそれこそが唯一の「人間の知恵」であるという「無知の知」のこの逆説は,裏を返せば,ソクラテスの自己が,そして人間の自己が無に他ならないことを告げているのである.【魂の気遣い】「無知の知」が人間の自己の〈無化〉を説くものであるとすれば,「魂の気遣い」は人間の自己の〈形成〉を説くものある.『ソクラテスの弁明』によれば,ソクラテスがアテナイ市民につねに訴えていたことは,この魂の気遣いということであった.彼にとって魂とは各人の「自己自身」であって,「生きること」をその固有のはたらきとするものであり、魂を気遣うとは,「生きること」をその固有のはたらきとする魂の「徳」を気遣うことである.また「徳」(アレテー/よさ)とは,各々のものがその固有のはたらきをよくはたす卓越さである。したがって魂を気遣うとは,魂がその固有の働きである「生きること」をよくはたすように気遣うこと,つまり「よく生きるよう」に努めることであると言える.では,魂の「徳」(よさ)とは何であろうか.ソクラテスみずからは,魂の「徳」について無知なる者であり,この知恵を愛求する者であるという意味で、自らをフィロソフォス(愛知者=哲学者)と称し,この知恵を愛求する活動をフィロソフィア(愛知活動=哲学)と呼んだのである. |
参考文献 | 『西洋哲学史』東京大学出版会,『現代哲学入門』有斐閣双書, 『岩波哲学・思想辞典』岩波書店 |
執筆者 | 重田謙 |