― 『二もと松』翻字データ凡例 ―   ・庵点は「¬」で示した。   ・傍線の引かれている部分は「””」で括って示した。 -------------------------------------------------------------- 叙 三善為康{みよしためやす}か遊女{ゆうじよ}の記{き}は長{なが}ひ斗{ ばか}りて味{あじはひ}うすし 今{いま}此二{ふた}もと松{まつ}はわつかに数紙{すし}のうちに閨中{ けいちう}の趣{おもむき}を顕{あらは}し越後{ゑちご}なまりのおかしみ は顋{あご}を廻{まは}し座敷{ざしき}と共{とも}にはつす (丁付なしオ) 於戯{ああ}浦人か花柳{くるわ}の世界{せかい}にあかるき事{こと}秋葉 {あきは}の神燈{しんとう}もおよはさらん歟{か}なを春{はる}の発兌{ はつだ}の突出{つきだ}しより何{いづれ}もさまの御評判{ごひやうばん} あしからす見たまへかしとしか云 (丁付なしウ) 子の初春 (丁付なしオ) 江戸ノ町二丁目の角に於て 売油老人誌 (丁付なしウ) 発語 呉竹{くれたけ}の藪のうち軽尻馬{からしりむま}に小室節{こむろぶし}う たひし俤{おもかげ}もいつか昔{むかし}になりけらし たゞ編笠{あみがさ}は田町に名{な}を残したれ共かぶるとは禁句{きんく} にて鳥追{とりおい}のものと成{なり} (イオ) 恋{こい}の闇{やみ}をてらすたそや行燈{あんどん}に間夫{ふかま}は文 を巻{まき}かへしあるひはうら茶屋{ぢゃや}に引{ひき}まはされててれん 遣{つか}ふよね達{たち}もあり 家名{いへな}新{あたら}しきは格子{こうし}先{さき}に目じろ多{おゝ }くして足{あし}の踵{かゝと}をふまれるをもしらず (イウ) 鼻棒{はなぼう}にてうちんをキツク/\といはせて急{いそ}ぎもやらぬ茶屋 の若{わか}ひ者{もの}は江戸見物{けんぶつ}の案内{あんない}にも似{ に}たり あかつき起{おき}の衣{きぬ}/\におさらばへの一言{ひとこと}は好{す い}た不好{すか}ぬの差別{しやべつ}なく憎{にく}いと可愛{かわい}の 和光同塵水波{わこうどうじんすいは}のへだてはなし (ロオ) ほんに思{おも}へば実情{じつぜう}外{そと}に溢{あふ}れ詞{ことば} にあらはれてもやつぱり可愛{かわい}といふより外{ほか}なけれは則{すな はち}じれつたいと前髪{まへがみ}をこすり付{つけ}て歯形{はがた}をの こすに止{とゞま}る而已{のみ} されはいたりやすきは女郎{ぢようろ}買{かい}の境{きやう}にして又{ま た}至{いた}りがたきは真{しん}の大通{だいつう}也 (ロウ) 老子{ろうし}おやじが洒落{しやれ}て曰{いわく}通{つう}とすべきは常 {つね}の通{つう}にあらずといへりさはとて此{この}小本{こほん}はそ の通{つう}を論{ろん}ずるにもあらず野暮{やぼ}にならんとするを教{お しゆ}るにもあらず (丁付なしオ) 只{たゞ}先達{せんだち}の糟粕{そうはく}をくひ過{すぎ}て酔{よい} まぎれに管{くだ}をまくと察{さつ}し給{たま}ふべしと爾{しか}云{い ふ} 作者みづからしるす (丁付なしウ) 二{ふた}もと松{まつ} 越路の浦人著述 第一話 客{きやく}は越後{ゑちご}ものにて五十斗{ばかり}のおやぢ也 あい方{かた}は留新{とめしん}にて年頃{としごろ}十八九と見へたり 顔{かを}かたち殊{こと}之外{ほか}やさしく此{この}客{きやく}の目 鼻立{めはなだち}に少{すこ}し似{に}たる処{ところ}あり (一オ) 座敷{ざしき}のやうす最早{もはや}床{とこ}廻{まは}りてあんどうを少 {すこ}しそむけ客{きやく}は床{とこ}のわきにつくねんと居{すわ}つて 居{い}る所へ廊下{らうか}にうはぞうりの音{おと}バタ/\/\/\/\ /\ せうしを明{あけ}てずつとはいり [合方名は松がへ]ヲヤぬしはなぜそこにすわつてお出なんすへ (一ウ) [客人]わしは又{また}そこへあがつたらそんまばちがあたろかと思ふて居ま す あんまりおけつかうな金襴{きんらん}でふかりかゝやくひとんだスケ上るのは よろさつ”しや”れ [松]ヲヤばからしうざんす <とむりに手を取て床の上に引あげる> コレサなぜぬしはそんなにちいさくなつて片端{かたはし}へよんなんす (二オ) [客]わしはこんがなハヤふわ/\しるきんのひとんねくろまつて寝{ね}”ち や”いつこにハヤ気{き}がつまつてわるいがのし モシあしのあくどの胝{あかぎれ}にふつかゝつたら夜着{よぎ}のうらもひと んの表{おもて}もみり/\もり/\とふ”つさ”こかと思{おも}ふスケ ほてからふやつこい汗{あせ}がでるがのし イヤハヤ暑{あつ}なつたぞ おけつのわれめからふんぐり玉{だま}びつちりと汗{あせ}かいたスケちつと 爰{こゝ}をだして涼{すゞ}まして下{くだ}され (三ウ) [松]ヲホヽヽヽヽそしてさつきからおなかがぐふ/\とならつ”しや”るがも しひもじいのをこらへていなんすか [客]ナニふもじくはないがけふ宿屋{やどや}てこんぼうをおつけにしたがん をくふたスケいつこにハヤ腹{はら}がはつて屁{へ}かこきたうてならんのを こたへて居るスケはらの中{なか}でみんなてん”ぢよ”くだまへ屁{へ}がへ りをしるのだのし (四オ) [松]ヲヤばからしい <とわらいながら> てうづはへいつて出{だ}してきなんし 〔客〕イヤてうづは遣{つか}はんでもいゝが”せよ”んべんもいつこにはや筒 {つゝ}いつはいにつまりきつて居ます (四ウ) サアコヲせよんべん桶{おけ}のあるとこをハヤ教{おしへ}て下され [松]ヲヤ <とおきあがり> こつちへ来{き}なんし <とてうつばへつれてゆけば> [客]イヤハヤとつけもない爰{こゝ}も二階{かい}だのし コヲ/\どこのくに二階{かい}から”せよ”んべんこくといふ事{こと}があ ろかのし マアわしはこきますまい (五オ) 下に居るお”ぢよ”ろのあたまへでもかゝると気のどくたのし [松]ふさけさつ”しや”んな ばからしい サアはやくたれなんしな [客]そふして”せよ”んべんこいてもだいじやないかへ どふも下に居るふとにかゝりそふでおつかないよふだ [松]蛇{へび}も大蛇{だいしや}も居ることではおつせんよ (五ウ) 気{き}をぜうぶに持{もつ}て”ひよ”ぐりなんしな 夜{よ}がふけいすわな [客]アイ <としりをぐるりとまくつてうしろむきになつて見たり前むきになつたりしてま ご/\する> [松]ヲホヽヽヽヽヽヽどふしなんすのだへ [客]コラハヤどふせうばいつこにはや”せよ”んべんこきづらいがのし <とやう/\にたれて> アヽすつかりとした <とわらいなから床にはいりて> わしが今{いま}こいた”せよ”んべんが下{した}のせう{衆}のあたまやき もんにかゝらんかのし (六オ) [松]とんだくろう性{せう}だよ ヲヤぬしの紋所{もんどこ}はわたしが紋{もん}とおんなじ事だヨ [客]<いわれて松がへかかほを見つめ> おまいいど{江戸}のふとか [松]マアそんなものさ [客]イヤうそだかいちご{越後}だかどふだへ [松]ゑちごとやらならどふさつしやる [客]イヤハヤもしいちごだといふとソラハヤなアがいともなアがいともおいち がまん”ぢよ”{饅頭}の毛{け}の程{ほど}さのはなしがごさらのし (六ウ) <と少しなみだをもよふして> なんともぶちほうなこんだがアノおまいは此{この}わしが娘{むすめ}の前方 {まいかた}ふとかどいにかどわされたのにどふか目鼻{めはな}だちがよふ似 {に}て居なさる [松]ヲヤほんにかへ (七オ) [客]<おき直りて> コラおまいいちごだかといふに [松]アイ [客]コラ/\とんださべりになつた おまいいくつの時{とき}こゝへござつた そふして又いちごはどごで名{な}はなんといゝました [松]<こなたもこゝろにあたりあれば> わたしは越後{ゑちご}の新潟{にいがた}のもので子{こ}どもの時{とき} はお波{なみ}と申いした [客]<われをわすれ思はず大きなこへをしていわんとせしが心づきあたりをは ゞかり小ごへになり> (七ウ) ヤアそれではコラ/\おれが娘{むすめ}だ/\コラとと{父}だは/\ <といふもさきかつはなみだにて> コレマアとゝを見わすれたか <といわんとすれとせきくるおんあいのなみだ> うながてふどもつつのときおれとかゝと寺参{てらまい}りにいつてろすの折{ おり}に <とまたなみだをこすりまだゞきをしながら> ふとかどいが来{き}てうなに猿轡{さるぐつわ}はめてつれていつたとて (八オ) 近所{きんじよ}のふとが道{みち}まであつぱいづらに成{な}つてはしつて 来{き}てしらしたスケ そらといふてかゝも気違{きちが}ひのやふになつておつかけたども何ハヤどご へぬげて連{つれ}ていつたやら どふしてもめいないスケ其{その}日をうなが日にして法事{ほうじ}したり年 忌{ねんき}ともらふたり何かしたども かゝは又うなが事をあんじて積{しやく}の病{やま}ひがおこつて (八ウ) <手ぬぐひて目をふき/\して> とふと死{し}んでしまふた <とむすめがかほを見れば> [松]<わつと泣だせしか心付はをくいしばりこらへる> [親]<是も同じくなみだをおさへて> おれは又あんまりうながなつかしいスケもしもどごでかあう事もあろかと善光寺 {ぜんかうじ}様へお参{まい}りしるといふて内{うち}を出ててふどおとゝ い此{この}いどへ着{つい}たがもしや此吉原へでもうられはしまいかと思ふ たスケこん”にや”爰{こゝ}の町{まち}へきて見たれば此{この}うちのむ せ{見世}におれが子の目はなだちによふ似{に}たよふなのが居たども十三年 {ねん}もあわんもんだスケ何{なに}しれるもんか (九オ) それだども虫{むし}がしつたげであがりたふて/\ならんスケ儘{まゝ}の皮 {かわ}かね壱分{いちぶ}すてろ (九ウ) 是{これ}も娘{むすめ}の為{ため}法事{ほうじ}したと思{おも}ひま” せよ”と了簡{りやうけん}してあがて見たれば似{に}たと思{おも}ふたも そのはづの事だぞそれも早{はや}くしれたで互{たが}ひにかなしいめにもあ わんでうろしいこんだ 是もほんね/\町{まち}のおぼすな{氏神}さまがおふきあわせだ (十オ) [松]<しじうなみだにくれゐたりしが> エヽモどふいたしいせうごめんなんし <とおやとならんていたる床の中をうろたへて床のそとへおりる> [親]ナニだいじやないそこへおりて風をふ{引}くなや [松]モフ/\こんなとこでお目{め}にかゝりいしてはづかしうざんす それに又宵{よい}から色{いろ}/\ぞんさいな事{こと}ばつかり申いして 悲{かな}しうざんす (十ウ) かんにしておくんなんし [親]コラ/\ばかいふな なんにも大”じや”ない はづかしいこともへちまもない さても/\うなはおゝきになつたことわい国にいた折は <手まねをして> やつとふとふろ{ひとひろのこと}程{ほど}であつたがいつこに見忘{みわす }れた (十一オ) [松]わたしが人{ひと}にかとはかされてからのかんなんは今更{いまさら} いふも長{なが}い事ざんすからゆるりとおはなし申いせうがわたくしはおきゝ なんし 今{いま}はこゝの内{うち}での一ばんのおいらん松山{まつやま}さんとい ふについておりいすがわたくしをほんの子{こ}のやうに可愛{かわい}がつて 何{なに}もかもせ話{わ}をしておくんなんすからいつそ勿躰{もつてい}ね いよふでざんす (十一ウ) 此{この}末{すへ}折{おり}もあらばたんと礼{れい}をいつておくんなん し 今夜{こんや}はおいらんは椀屋{わんや}の久兵衛{きうべい}さんといふ客 人{きやくじん}の深{ふか}い訳{わけ}のあんなんすに出{で}てお出なん すよ 又その客人{きやくじん}の名{な}をみんながたゞ椀久{わんきう}さんわん 久{きう}さんとばかり申いす (十二オ) [親]エ <といわんとせしがいろを直して> ハアそら又{また}な”ぢよ”な訳{わけ}のあるふとだ [松]どふいふもこふいふも誠{まこと}に深{ふか}しい中{なか}でお出な んすが今{いま}はそのわん久さんはかんどうとやらを受{うけ}なんしていな んすそふでざんすが一{ひと}しきりの全盛{ぜんせい}に引{ひき}かわり今 {いま}は落{おち}ぶれてしがないなりばつかりしてしのんでお出なんすから いつそかわいそうでざんすよ (十二ウ) [親]フウはてなコラそんがに落{おち}ぶれたふとはナ猶{なを}大じにかわ いがるもんだ かならずばかにしるもんでない ふとの身{み}のうへだと思{おも}ふな イヤいつまで居ても咄{はな}しはつきないスケ又{また}かへつて此{この} あいさにこふか (十三オ) [松]ヲヤどふいたしいせう ろく/\に咄{はなし}もせずに 責{せめ}てひけまでお出なんし [親]イヤ/\又おそなると町{まち}の犬{いぬ}がおつかない [松]ほんにそふだといふ事ざんす すんなら又いつお出{いで}なんすへ つとめの事{こと}はわたくしがほうでどふともいたしいす (十三ウ) 夫{それ}とも内證{ないせう}へあかして表{おもて}むきはれてお出なんす か [親]<かぶりをふりて> まだそんがな事もはやい/\ちつと了簡{りやうけん}もあるスケやつばり客{ きやく}にしておけ 又金{かね}のことはちつとも苦{く}にしるなうな もちつとは覚{おぼへ}て居るかしらんがおれはたんと田地{でんち}も屋敷{ やしき}ももつて居たスケそれをみんな売{うつ}て金{かね}にして持{もつ }てきた (十四オ) ソラなぜといふにおれがろすの内ふとに預{あづけ}て置{おい}てもし”ひよ ”つといんごく{遠国}の旅{たび}でし{死}んでもしると跡{あと}はみん なふとのもんになるスケ [松]ほんざんすか [親]ヲヽ <とおびをしめ直し出かける> 〔松〕<小ごへにて> モシヘ下で若{わか}いしがお前{まへ}のはきものを直{なお}すからかまは ずおはきなんし (十四ウ) そして道{みち}は覚{おぼ}へてお出なんすか [親]ヲヽあんじるな <とはしごをおりてくる> [わかいもの]<わらぞうりをとつて直せば> [松]<おもはずしらず> ナニうつ”ちや”つておき <といひかけてきがつきたればこちらの事にいひまぎらかし> わたしをこれぎりにしてうつちやて置{おき}なんすときゝいせんにへ [親]<心のうちにはおかしけれど> アイ/\ [わかい物]<くゞりをあける> [松]おさらばへ (十五オ) 第二話 爰{こゝ}に松{まつ}が枝{へ}はふしぎに親{おや}にあひ心{こゝろ}も いそ/\と松山に此事を咄{はな}して悦{よろこ}ばせんと何心{なにごゝろ }なく座敷{ざしき}の入口{いりくち}にきかゝるに何かやうすありげのこん たんなればとなりのあき座敷{ざしき}に身{み}をひそめて居る 身にかへておもふ人にはとふざかりおもはぬ人のしげ/\にくるもつとめのうや つらやせう事もなきあだまくら (十五ウ) 今は松山も仲の町へもてられぬほとになれども切るにきられぬくされゑん 番頭{ばんとう}しんぞう松か枝かやりくりにてたまに逢ふのも氷{こをり}の 地{ぢ}ごく針{はり}の山禿{かふろ}下地{したぢ}の子供{こども}にま でも心を置{おい}てせりふたのしむ中{なか}なれども人目{ひとめ}をしの ぶほどかへつて可愛{かわい}いとしの増{まさ}りしが只{たゞ}何事もはて は椀久{わんきう}が身づまりとなる斗{ばか}りなれは松山も今は心にこふと 覚悟{かくご}をきわめ今宵{こよい}はことさらにむつまじく語{かた}りあ ふ (十六オ) [わん久]<又しきりにふさいで> ふたりがこんなにうわき咄{ばな}しどころじやアあるめへ (十六ウ) [松山]<火鉢の火をわる紙をおりてそれであふいでおこして居ながら> それでなくてさへこの頃{ごろ}は心ぼそくおもつていゝすに又ふさぐ事をおつ せいすヨ ほんにおまへさんがそんなになんなんしたも元{もと}はといへはわたくしゆへ <と少し声くもりて> かんにしておくんなんし <といひながらめそ/\と泣> [わん久]<火ばちのはいのかたまりをひばしてひろいてかた脇につみあげたり 同し字をいく度も書たりして居たりしかためいきをつきながら> (十七オ) ばかアいわつしたとへてめいがいくらよんだとておれがほうでおとなしくして居 ”りや”アこんな”にや”アならねいヨ 今になつていくらくよ/\といつたとて死{しん}だ子{こ}の年{とし}をか ぞへるよふなもんだ 今夜{こんや}ぎりでなごりにさへすればなんのこたアねい [松山]<もつて居たきせるでわん久がもつた火ばしをおもふさまにたゝきおと す> (十七ウ) [わん久]コリヤどふするのた <と立てひさをはたきて> なんのまねだか気{き}がしれねい [松山]気{き}のしれねい事がおすものか [わん]アヽしれた左様{さやう}ならばまい日参{まい}りませう [松山]そんなこつ”ちや”おつせんはな <とむつとしている> [わん]わけもいわすにはらをたつせ コレそんなにせうさいふくのよふにふくれずともいゝじやアねいかコレサ <とちよつとこそぐる> (十八オ) [松山]およしなんし [わん]<松山かまへにまはり両手をついてかほを見てにつこりとわらいながら ゆびてひざをつゝく> [松山]おふざけなんすな <とわきへむけば> [わん]なんといふみぶりた いもむしか孑孑{ぼうふり}むしか <とぐつとだきよせわきのしたをこそぐれば> [松山]ヲホヽヽヽヽおよしなんし せつかく腹{はら}をたとふとおもつてもどふもおまいさんの顔{かを}を見る とはらがたゝれいせん (十八ウ) モシヘ今{いま}のはネもふ是からしんぼうをするからこゝへは来はしねいとで もいつておきかせなんせば結句{けつく}うれしく思{おも}つて遠{とふ}ざ かりいせうにおかしな気{き}にかゝる事をおつせいしたからいつそはらが立{ たち}いした [わん]へそでなくてよかつたがモシおれが死{しん}たらどふする (十九オ) [松山]にくらしいよなぜか男{おとこ}といふものはぜうのないものざんすか 責{せめ}て思ふ四半分のその半分{はんぶん}も察{さつ}しておくんなすと 嬉{うれ}しうざんす ほんにそしてなんぞといふと愚痴{ぐち}たのばかたのといゝなんすがおまいさ んとわたくしか中{なか}のこたアたれしらぬものもなく一通{ひととふ}りや ふたとふりの中{なか}ではなし (十九ウ) おまいさんも少{すこ}しはさつしておくんなんし是{これ}がぐちにならずに いられいせうか <と一むらさめのばら/\/\> [わん]コレどふした コレサなくなヨ 廊下{ろうか}へきこへるわな ソレ顔{かを}を早{はや}くふ”きや”な <とたもとから手拭ひをだしてやる> せつかくたま/\くるに泣{ない}たり何{なに}かしてさ (二十オ) [松山]ほんにたま/\お出なんしたにそれでもどふも [わん]モフいゝ/\いわづとも別{わか}り切{きつ}ていらア [松山]そしてモフほんとうにお出なんせんかたとへ今{いま}こふなつてもた ま/\にきなんすをたのしみに思{おも}つていゝしたが <とわん久にしがみつきまたも泣出しそふなれば> [わん]ナニサ (二十ウ) よしや突{つき}だされたとて格子{かうし}までゞも余所{よそ}ながらこず にいられるものか くるよ/\ <とこなたも目にもつなみだを見せじとまぎらかし> ばかにてめいは泪{なみだ}もろくなりもなつた [松山]ヲヤほんにわたくしとした事がこんな手前{てまい}がつてを申いした かんにしておくんなんし モフ何{なに}もいふなとおいゝなんせうが (二十一オ) [わん]モフ何もいふな/\ 利{り}に落{おち}て居るはな [松山]モシヘもふたつた一言{ひとこと}いわせておくんなんしおがみいすヨ [わん]利{り}くつぽい事{こと}ならいやだ/\ [松山]ナアニまづ”ちよ”つといつて見いせうか はらをおたちなんすな [わん]おれにはらをたゝせる事ならよせ/\ [松山]<わきにあつたかんざましを二三ばいあをつきりでひつかけてむせる> (二十一ウ) [わん]またあばれのみが始{はしま}つた だれもおしみはしねいヨ <とせなかをさする> [松山]<よう/\おもひきりて> アノネもふ今夜{こんや}ぎりにしておくんなんし [わん]何を [松山]あすびを [わん]どこへいく事を [松山]この二階{にかい}にきなんす事さ [わん]<きかぬふりにてうた> ¬わしにばかりは誠{まこと}と思{おも}ひ はまりやすきは粋{すい}の渕{ふち} (二十二オ) しづむものなれば思{おも}へばさいな ほんに不粋{ぶすい}がまし”じや” もの心しらずやあけの空{そら} [松山]そこらがあたりさ 今{いま}までわたくしにほれられなんしたを因果{いんが}だとあきらめなん してさつはりとわたくしにきれて仕舞{しまつ}ておくんなんし <とうつてかはりしことはにいつかうにがてんはゆかねども居直て> (二十二ウ) [わん]なるほどじつのある事をいふもんだわへ コレわりやアうそにもしろ死{し}なばもろともといひかわした事も有{ある} ぜ それからとふ/\こんなになつたも一日でも夫婦{ふうふ}になつて見たいばつ かり それにひきけいなぜ今{いま}になつてわ”りや”ア <とせきたつこゝろをおししつめあたりをはゞかり小ごへ> (二十三オ) 今さらこんなみれんらしい事をいふもあんまり智恵{ちへ}がねいがわ”りや” ア モフじつごかしでつき出すつもりだな コレそふいふやつだと早{はや}くしつたら <と又せきたつ心をしつとこらへて> イヤこふして居てごうはぢをはたかふより <と身づくろひをよる> [松山]そのマアしみつたれたなりを能{よく}つらの皮{かわ}あつくきなん した (二十三ウ) あすは色男{いろおとこ}でもよびにやつて今夜から身あがりして ほんにマア何から先{さき}へしよふか嬉{うれ}しくて手{て}につかねいぞ ヨウ ヲホヽヽヽヽヽヽ <とたんすからもぐさをだし久兵衛二世のつまとほつたうでのほりものをやきけ す> [わん]<さすがのわん久もはらをたつにも余りのことにあきれはて今はいとし かわいの心はどこへやらなくなりろうかへ出て立かへり> おのれ見やアがれ今{いま}にかほを見けいしてやるぞ (二十四オ) <と是をわかれの詞にてふりむきてゆかんとする> [松山]おしのつよいあすからは橋{はし}の下{した}で菰{こも}をかぶる がきいてあきれいす <とこなたも是がわかれのすて詞> 此時{このとき}深夜{しんや}寂寞{じやくまく}として廊下{ろうか}の八 けんいと幽{かすか}に@{とう}/\とちらつき金棒{かなぼう}の響{ひゞ き}身{み}にしみ/゛\とチリン/\/\/\/\/\△軒{のき}には (二十四ウ) [わん]<あまりの事に松山がしうちのがてんゆかざれば又こうしさきにやうす を伺ふ> [松山]<わん久をむりばらをたゝせてかへして後とこのうへにおきなをりとわ ずがたりのしうたんのなみだながら> 久{きう}さんへかんにしておくんなんし 今突出{つきだ}したのは”せよ”せんわたくしといふものが有{あつ}てはい つまでもおまいさんのしんぼうの”じや”まと思{おも}ひつめいして死{し} んでしまいゝせうとかくごはいたしいしたけれど 爰{こゝ}にたつたひとつよみしのさわりは内證{ないせう}と松{まつ}が枝 {へ}さんの事旦那{だんな}さんもおかみさんもわたしがまだひつこみの内{ うち}から何から何まてせ話{わ}にしておくんなんしたに (二十五オ) おまいさんに出{で}いしてからいつか此やふにこりかたまり外{ほか}の客人 {きやくじん}にでるがしみ/゛\いやになり何{なん}の咎{とか}もない客 人をふりつけたり突出{つきだ}したりいたしいしたのが (二十五ウ) 今{いま}になつて気のどくさつらさ後悔{こうくわい}いたしいすが 近{ちか}い頃{ころ}は仲{なか}の丁{てう}へもでられぬやふになつても 内證{ないせう}ではやつはりわたくしをかわいがつておくんなんしておまいさ んの事はしらぬふりをしてお出{いで}なんす 松が枝さんといへばわたくしを親のやうに思{おも}つてういもつらいも語{か た}りあひ互{たが}ひにちからをつけあふたに (二十六オ) 内證{ないせう}と松がへさんに一言{ひとこと}の礼{れい}もいわずに今{ いま}死{し}ぬとはなんぼおまいさんの為{ため}だとて是{これ}が悲{か な}しくなくてどふいたしいせう さつしておくんなんして今夜{こんや}はらをたちなんした心{こゝろ}のいつ までもかわらぬやうにさつはりと心{こゝろ}を切{きり}かへ人{ひと}にほ められなんすやうにしんぼうをしておくんなんし (二十六ウ) 草葉{くさば}のかげでもきゝたうざんす <といふもなみたのしやくりなきよふ/\に書おく文もあとやさき今はかふよと みへしにとなりのあきざしきからあわたゝしくかけこみうしろからとりつくは> [松がへ]<ふるへながら> おいらんへきこいゝせんにへこれほどにまで思{おも}ひつめなんした事{こと }ならなぜ一言{ひとこと}いつておきかせなんせんマア/\ (二十七オ) [松山]アレサおがみいすはなしてくんなんし わたしはモフどふあつても死{し}なねばならぬ義理{ぎり}とぎりになりいし た かまはずに死{し}なして [松枝]みんなやうすは聞{きい}てしつておりいすマアどふなさりいすともち よつとおはなしなんし <とむりやりにおさへとめる> (二十七ウ) 世{よ}の中{なか}にぎりほどつらゐものはなしとは今{いま}松山{まつや ま}が身{み}のうへなり 番頭{ばんとう}しんぞう松{まつ}が枝{へ}がしんじつは誠{まこと}から 出{で}た誠也{なり} [松山]<たもとで涙をふきながら> としはもいかぬ身{み}でわたしをそれほどにまでおもつてくんなんすは嬉{う れ}しうざんす [松か枝]わたくしやアどふしたらおいらんの恩{おん}がおくられよふと思{ おも}つたばつかりでけふまであだに月日{つきひ}を送{おく}りいしたのが かなしうざんす (二十八オ) 何{なに}をいふにもアヽどふぞこふしてあげいしたいのあゝしてあげいしたい のとおもふ事は山{やま}ほどありいすけれどまゝならぬはしんぞうの身{み} でいつそじれつとふおもいゝす (二十八ウ) これほどにまでおもつておりいすのになんぼ久{きう}さんの為{ため}でも必 {かならづ}/\お死{しに}なんすな 死{しん}で花{はな}は咲{さき}いせうか 夫{それ}ともどふあつても死{し}ぬ気{き}でお出{いで}なんすならわた くしもモフいきてはおりいせん [松山]はからしいヨ わたしがなくなつた跡{あと}で香花{こうはな}でも手向{たむけ}てくれる はお前{まい}ならではありいせんにへ (二十九オ) こういふ苦界{くがい}の身で死{しに}いすから浮{うか}む事はおろか大方 {おゝかた}この二階{かい}のうちを魂魄{こんはく}とやらが迷{まよ}ふ でおつせうほどに おまへがたつた一度{いちど}でも水{みず}むけなりとしてくんなんしたらよ の人{ひと}のおだいもくよりかわたしが為{ため}になり (二十九ウ) 三十〜三十二落丁 したたらすけさんでもおあんなんし [松山]ナニねるとじつきに落付{おちつき}いすサアもふいつて寐{ね}なん し [松かへ]アイ <といつてやつはりもじ/\している> こんやはさつはり眠{ねむ}たうざんせん目{め}がさえきつておりいすといつ ている内 [八ツの拍子木]チヤン/\/\/\/\/\ [松山]ソレ見なんし モフ八ツでざんすよ はやくいつてやすみなんし (三十三オ) コレサ一ふく吸付てくんなんし [松がへ]アイ <とあまりにいそいできせるのすい口のかたへたばこをつがんとしてきがつきき せるを取直し> ヲホヽヽヽヽ [松山]どふしなんしたへ [松かへ]すい口{くち}とがんくひと取{とり}ちがいゝした [松山]ソ”リヤ”ねむいのをこらへていなんすからさ [松かへ]ナアニちつともねむつたふはおつせん <とたばこをすいつけてさしだす> [松山]<これもたばこのなごりとは心の内でおもひながら何げなきやうすにて > こんやはたばこもむまくないよふでおす (三十三ウ) [松かへ]そふでお出なんせうとも ホンニ”しや”くのさしこむのはどんなでお出なんすへ [松山]モフ落付{おちつき}いした <とやかくするうちすや/\とねたふりをして見せる> [松かへ]モフねいりなんしたそふだ <とそつとのぞいて> おいらんがあんまり久さんの事を苦{く}にしなんすから此ごろはよつほど顔{ かを}がおやせなんした (三十四オ) アヽまださつきの”しや”くがむなさきにつかへて居る <とむねをさすり> なぜだかどふも爰{こゝ}がはなれたうないぞ それでもこふして居て目{め}がさめなんしたらおしかんなんせう <としぶ/\立て行間もなくたれとはしらず又からかみをそつとあけはいるゆへ 見れば> [内證の女房おつう]どふだへ <といわれて> [松山]ヲヤ <とびつくりすれば> [おつう]ヲツトしづかにしなよ (三十四ウ) 外{ほか}へもれてはわりいから マア何{なん}にしろ下{した}へおりて咄{はな}しませう 怖{こわ}い事でもなんでもない 委{くわ}しいわけは咄{はな}さねばわからず マアわたしとひとつに <とつれて行内證の茶ざしきには> 燈台{とうだい}のとのし火ほそく 更{ふけ}わたる月{つき}はいとさやかに腰せうじに冬枯{ふゆがれ}の木末 {こずへ}をうつし (三十五オ) 真鍮{しんちう}のしかみ火鉢{ひばち}のさくら炭{ずみ}あはれに時{とき }ならぬ蛍{ほたる}の俤{おもかげ}をなし くろぬりのふちの燻{ろ}はいたくらとなりて鳥{とり}おどろかぬ鼓{つゞみ }の昔{むかし}に似{に}たり 折{おり}から松山{まつやま}をつれてくるは [おつう]ハイ旦那{だんな}へつれて参{まい}りました [てい主]アイ/\あとのからかみを立{たて}”さつ”しやい (三十五ウ) [からかみ]スウトン時{とき}に是{これ}厳冬{げんとう}夜永{よながく }して一人さむさも身{み}にしみ/゛\とふけわたる日本{にほん}堤のかた をいと遙{はるか}にまよひ子をたづねる かね太鼓{たいこ}のおと ドヽンカン/\/\/\ (三十六オ) 内證の茶ざしきにての異見はあまりに事長けれは二篇目にゆつりてまづ此初篇の 御評判をうかゝふのみ 二もと松前編大尾 (三十六ウ) 注) ・JISコードない漢字は@に置き換え、下に示した。       二十四ウ5 @火×童 洒落本大成との異同 丁付なしオ1 歟な      → 大成271上6  (与×欠)な 丁付なしウ1 江戸ノ町    → 大成271上9 江戸町 四ウ5    出してきなんし → 大成273下14 出てきしなんし 七ウ4    どごで     → 大成274下8 どこで 十六オ6   せまふ     → 大成277上4 せりふ 二十二ウ1  粋の渕     → 大成278下11 粋の淵 二十四オ4  ヲホヽヽヽヽヽヽ→ 大成279上9 ヲホヽヽヽヽヽ 二十八オ5  くんなんす   → 大成280上  くれなんす 三十五ウ3  くろぬりの燻 → 大成282下  くろぬりの炉