【凡例】 ・庵点はカギ型のものは「 で、山がついているものについては『で表した。 ・話の中の章立ては《 》で表した。 ----------------------------------------------------- 当世穴知鳥 (一オ) 序 夫{それ}兼好かつれ/\草に日色このまざらむをのこはいと騒々{そう/\}敷玉の盃にも底{そこ}なしとかたい奴ツを第一にいじめ誠や我{わが}国は大{おふき}に和{やワ}らくといふ腹{はら}なれば人の心石{いし}火矢{や}のごとくにもあらず (一ウ) 花に鳴鴬か長唄を諷へは水に住蛙{かはず}は三味線をひく 美婦一曲をうたへば猛{たけ}き武士{ものゝふ}の心をも和ケ目に見へぬ鬼{おに}かみをも感{かん}ぜしむるなれは当世{とうせい}のしやれを更に禁{いまし}むべきにもあらず (二オ) 唯北方{たゝほつほう}の無垢世界{むくせかい}に生{せう}を請{うけ}んこそ本意{ほんい}ならめと貴賎上下千差万別{きせんしやうげせんじやまんべつ}の気{きゝ}見馴聞{みなれきゝ}なれしを取{とり}あつめ今様{いまやう}の穴{あな}をあらはし (二ウ) 百囀り{もゝさへつ}りの心を直{すぐ}に北遊穴知{ほくゆうあなち}どりと題{だい}して石部{いしべりう}の学者{がくしや}たちの眼玉{まなこたま}を驚{をとろか}しむる而已(のみ) 松寿軒東朝 安永六丁酉のとしの春 《当世穴知鳥》 (三オ) 花のもとに帰らん事を忘{はす}るゝは美景{びけい}によれり 樽{たる}の前に酔を勧じては薫りくる春の風も山ぶき色の光りあらざれば黄金{をうごん}の肌{はだへ}をさぐる事あたわず 北方の吉原はいふもさらなり 南方に品川東方に深川西方に根津 音{おと}羽中ウを飛{とは}せて四{ヨ}ツ手の懸声猪牙船{ちよきぶね}の勢ひも朝暮{てうぼ}いさぎよく色でかためた世中の有さましやれに高慢{こうまん}を第一にして虚{うそ}と味噌とは胸{むね}のうちに封{ふう}じ籠{こ}メ我こそ色男と心得いきな風俗に躰をかため年中ぬらくらで斗リ日をくらす清助といふ者 元は富沢{とみさ}町辺に小屋しきを持て居る古着(ぎ)屋の若旦那家普{かぶ}なりしが (三ウ) 何に懸るも渡世{とせい}に疎{うと}く適{たま}/\親父の名代{めうだい}に自身{じしん}番へ出れば林{りん}間に酒をあたゝめて公用を闘{かき}諸事に取り〆{しま}りのないやつ故勘当まではゆかねども親まへを仕くじり近頃は久松町に裏{うら}店をかり少しの元手をもらひ幼少より見馴{みなれ}たる事なれば古着のせり売して世をわたりけるが (四オ) たま/\うら波の壱本も儲{もふけ}るといなや有きり呑んて仕廻南鐐の一片も残ると忽に欠{かけ}出し晦日/\には大屋米屋に虚{うそ}八百の言訳{いゝわけ}なしても八百跡引ケに斗りしなし 商{あき}内の下手な替りに借銭を倍{ふや}す事が大の功者近所て知らぬ者もない男なり 或日浅草仲町の仲間市に出て少しの物を買とり (四ウ) 先是て能くすれば南鐐ぐらゐはもふかると売らぬ先から早ヤ一盃遣ツ付る気に成ツて並木の町をぶらつき市で買ツた長脇指をおとしざしの風情きつとした色男の気て二十軒の湊屋の床凡に腰をかけ お六さん久しいの と茶を飲{のみ}ながらも (五オ) 往来の女の皃{かお}を詠{ながめ}てゐる所へ長谷{はせ}川町辺にて質{しち}商売する大和屋の手代喜七観音堂の方へ行をちらと見付て大喜/\と呼かければ [喜七]『ハア是は清助さま此間はすきとお目に懸りませぬ と小腰{ごし}をかゞむれは [清助]『コレサ/\それしやア堅いはなマア/\久しぶりだ一ふく呑ミさ/\ [喜七]『アイ と喜七腰を懸れば清助は喜七を無たいにすゝめこみ (五ウ) サア/\ずい行{いき}/\ とふたり連{づれ} 清助がからみそに喜七がりちぎ 先ツ船宿から と相談きわまり裏{うら}門を出て北新町へ懸り聖天町から堀で マアおれが心安イ船宿があるコリヤアおれが久しい事大イの恩{おん}を懸て置イた所さ とちよつとにもみそを言イ三河屋の見世を覗{のぞ}けば内より後家{ごけ}が声をかけ 清幸さんお珍らしい御出だネマアお上んなんしあなたお出なんした (六オ) [喜七]『アイ [清助]『コレかゝさん此男はおれが兄弟ぶんだからたのむによ [後家]『アイおはつにお目に懸りやした是からおたのみ申んす [喜七]『アイおせわになりやしよう [下女とめ]『アイお茶ア上リんし [清助]「ムウおとめどうだちつと逢{アハ}ねいうちに大{でへ}ぶ美しくなつたナン ト大喜能{いゝ}のふ [喜七]『アイサきつい事ツてござります [清助]『しかし此ごろはきつく尻{しり}が大キく成ツた ト一ツたゝく [とめ]『ヱヽモ (六ウ) およしなんし [後家]『アリヤアわたしに似てさ [とめ]『アノ清幸さん久しい物さ [清助]『コレかゝさんけふはとんと遊ふ気じやア出ねいがの 此男に道で逢ッての一盃呑ンてからの思ひ付だが先けふは茶屋を止{や}メの奢{おごり}なしのずい行{いき}のずい帰りといふしやれだがおらアともかくも此男は奉公人の事ツたからきつい奢はさせにくい それに大見世は大かたおれがふさがりだから幸にして (七オ) いつそ半じやれと出よふと思ふが何ンとどこぞ能{いゝ}とこが有ふかの [後家]『アイいくらもござりやす [清助]『そんならどこがよからふの [後家]『若松屋になさりませ [清助]『何サ悪{あく}さ/\ [後家]『なぜへ [清助]『おらあそこじやアもとまきを買{けゑ}やした [後家]『アイそんならば京町の海老屋になされませぬか [清助]『ムヽそりやアよしさ/\ [喜七]『そんならゑびやにおきめなされませ [清助]『ヲイさあそんなら大喜一ツ打やせう (八ウ) [喜七]『アイ [三人]『シャン/\ 何かにつけて惣雪隠{せつちん}ほとみそをひりちらし程なく薄昏{くれ}になれは [清助]『サア/\かゝさんモウいきやしやうがけふはみんなゐないネ [後家]『アイけふは権八は宿へ参りやすネ 藤兵衛はかけを取りにやりやしたが何さわたしかおともいたしやしよふ とちやうちん付て 是おとめや [とめ]『アイ [後家]『藤兵衛か帰つたら早くよこしてくりやよ [とめ]『アイ [後家]『爰を明やんな (九オ) 〈[とめ]「アイといゝなからはきものをなをせば〉後家さきへたち [とめ]『アイゆるりとおあそびなんし 《土手のゆきゝ附見立》 四ツの時をきらはず日本堤{つゝみ}の往来{ゆきき}に挑灯は星{ほし}のごとく貴賎高下千差{しや}万別の中に彼両人は後家が先達にて土手へさしかゝればうしろのかたから モシ旦那そこはぬかります もそつと右へおよりなされまし といふを (九ウ) ふり返りて見れば是も堀の挑燈を先へ立て三人連の客壱人は花色ちりめんの小袖に紅粉{べに}かばのうら紺ちりめんの羽織に緋{ヒ}ちりめんの筒{とう}うらが四五寸下まて見へる様に仕立四ツめ結の一ツ紋壱人は黒綸子の小袖に浅黄むく黒たんごに玉虫裏の袷羽織又壱人はちと軽{かる}イと見へて上田八丈の格子{こうし}嶋の羽織にちヽふ絹の目引小紋の小袖 (十オ) いかにもしかつへらしい声て 〈「こんちりめん石部金太夫〉 「イヤ武左どのモシ貴公とは久々での御参会でござる 度々御文通に預りましても彼是と勤仕に暇{いと}のない拙者が儀でござれはとんと御出会相成かたく委{くはし}き御紙面に貴報さへつと/\に相ならぬ訳故心外にうち過ましてござる 今晩の御同道此金太夫に置ましては千万大慶至極に存まする 〈黒ちりめん形{カタ}井武左衛門〉『ハヽア石部氏の仰の通り (十ウ) 自分儀も殿の御目がねを以て当役儀を仰蒙りまして此かた一向に寸ン暇{か}を得ませぬ故に誠にお物違に罷リ有ましたが今日は久々にて御門出ツ致ましたも貴公の御誘引{ゆういん}なし下されたれはこそ存よらず能イ鬱散{うつさん}を仕るたん過分至極に存まするなん と新五左せまじき物はみやつかへとは能ふいふた物じやの 〈上田八丈の羽織苔野新五左ヱ門〉左様でござります (十一オ) 甚以私儀も御用多に罷有まして片ン時も役所をはなれませぬ所に御両所様の思召をもちまして今晩の御供此新五左衛門いかばかりかそい忝イ仕合にそんし奉ります [武左ヱ門]「是さ新五左ヱ門其様におりめ高ではわるいそや 屋敷はやしき又こふ悪所へ同道するからは今宵一夜はとんと格式にかまわずずつとやわらいだがよいぞや ナントさがみや (十一ウ) そふではないか [船宿の男]『なる程左様でござります イヤモおまへさまのやうなすいなお方にあなたのようにおかたくなさつてはおあそびになりませぬ [武左ヱ門]『ヲヽサそふしやテイ [船宿の男]「ちとおくだけなされませ [金太夫]「成程武左殿の仰らるゝのが御尤じや [船宿の男]「イヤちとおまちなされましらうそくのしんを切ませう [金太夫]『そりやけしたは [船宿の男]『イヤ是は私一生の無調法 [新五左衛門]『サア/\早ふともをせい/\ [武左ヱ門]闇夜燈{あんやともし}火なふしては歩行成りかたしじや (十二オ) 〈船宿は番屋へ立ち寄り火をともす〉 此うちに彼二人は行過て [清助]「是々大喜今の三人はとんだやつらしやアネヱか [喜七]「アイサ [清助]「此しやれた世の中にもあんなこけどもが有ノウかゝさん [後家]『ホンニネ [喜七]「しかしどれも人からの衆でこざりました [清助]『ナアニサどこへ行ツても女郎にかわひがられぬやつらさ ト噂のうちに土手も半{なかば}過になれば田町の方から [新交]『是賎鳥{せんてう}やあんまり急きやんなサア (十二ウ) こけが女郎買に行やうにそんなにせくなア [賎鳥]「なんた新交今夜はなんぞといふとあちな事斗ツリいふはい あんまりいやみからみをいふネイ [新交]「ハテおのしやアあぢにぢくねた事をいふなおらアそんな気しやアいわねヱハイ 云にくゐ事ツたがおれも新交と云ツちやア石原から中の郷きつてつらを見しられた男だア [賎鳥]「なんだヱあんまりみそをひるネヱおのしがそうならナおれも相応にナ (十三オ) 水がみの銀ぎせるでな賎鳥サン/\とナ立られてナ来たもんだア [新交]「コレおのしがそんなじやくぼくを云のもナ おらアがつてんたア アノ此中かねつき堂のおはなが帯をおのしがかりてな吉田町の伊勢屋でナ縄{なほ}目にあわせた事をおれがちよつと口を出した事を今に気に持て居るからそれで此頃は何ンぞといふとあぢにひねくるのだア [賤鳥]『ハテ色々なごたくを引すり出スハイ (十三ウ) それじやアなんの事はねヱおれにさうさせるのだア コレそんなしつけいを云はふよりやアなおのしちつとたしなみやれヨ [新交]「なんだおれにたしなめとはなんの事ツたアおら何もたしなむおほへはねヱハイ [賤鳥]「ヱイコレおれがしるめいと思ふか ヱイあんまりりつはな口をきくねヱ 夫あの跡月ナおのしも鐘下のお市にかんざしをやつたがあれもきゝやア割下水のはた元に勤て居ル おはしが二三年跡から心がけて漸{よう}ぐとこしらへたかんざしだけな (十四オ) それにマアかあいそうに一年にたつた三分弐朱の給金で勤るやつの物を色をしかけてかんざしをあやなすといふ事がある物か ホンニおのしも引事にかけちやアこうしやなもんだア [新交]「是ヱヽあんまりそんなたあことをぬかすねヱ 云ハせて置ケばとほうもねヱあごのたゝきやうだア なんにせい是しやアすまねヱそ [賤鳥]『すまざアとふするイヤどうするのだヱ、〈ト云ときはるか跡から〉△ 是ヱヽ [万八]『ふたアリなからマアまてヱヽ (十四ウ) と声をかければ [二人]『そふいふなア万八しやアねヱけヱ [万八]『ムヽヨ といひながら息を切て欠来り 是ナアおのしたちやアなんの事ツた おとなしくもねヱ マア/\/\何ンでもそれじやア済ねヱからなんてもおれ次第にしやれ 能イよやうに訳を付やうマア角トの酒屋まで来やれ とむりにふたりを引つれて跡へ帰る所を朧{おぼろ}月夜にすかして見れば三人ながら仲蔵が定{さだ}九郎といふかたちなり [清助]『大喜あれ見やれ (十五オ) 色/\なやつがあるもんだノ [喜七]『アイサ [後家]『ホンニ人からのわるいねヱ△ 扨又大音寺前のほうからすみる茶色の様な声{こへ}で長うた 『かさをさそなら春日山是も神のちかひとていとしとのごと合相傘のしつほりと〈田中の方から〉 [彦]『五郎じやアねヱけい [五郎]『彦かヱ [彦]『ムウわりよウさつきからたづねたア [五郎]『なせ引 [彦]『今夜そゝりに行てな仕廻にナ伏見丁へ上るへいとおもつてよ [五郎]『ムウそりやアいきたな (十五ウ) [彦]『ムヽヨ [五郎]『ヤちくるいめ [彦]『きまりであろふが [五郎]『きつとだ/\ [彦]わりやア今迄とこに居たヱ引 [五郎]『おらアな入谷の十がとこでナ能{いゝ}ばくちができるときいたからナ此中こしらへた大嶋の半てんをナ釜鳴屋へくらわしてナ壱ツ本かりてな道のわるひにナゑつちらおつちら行{いく}やいなやなアニ三番でナみんなはたきおとされてナヒィに成てけゑつたはイ [彦]『ヤそいつアいけねいナ [五郎]『ムウヨきいてくれろへ まだあらナその上にナ (十六オ) 今朝{けさ}弐百で買た日和下駄{ひよりげた}のナ歯{は}をふんげいたはイ [彦]『イヤそいつアいけねヱナ [五郎]『ムウヨ [彦]『それから見ちやアおらアよつほどりくつが能{いゝ}ワィ [五郎]『どうしたヱ [彦]『となりうらでナ七八百もふけたからナ直に山谷の小{こはり}屋でナおごつてきたワィ [五郎]『そりやアおつだなしたがあそかあよせば能{いゝ}はい [彦]『なぜ [五郎]『ハテ酒がいけずかつぎがわるしかそうていあだらけねヱ ハイそれよりやア佐野屋へいけば能{いゝ}はいまつ酒が (十六ウ) (※十七丁なし) よしかとうふが大きいワィ ヱヽ是あぶねヱワイそれみろころんだは [彦]『ヱヽいめゑましいはなをゝふみ切たアホンニはつつけと云道たア [清助]『イヤ今夜はいろ/\なやつらに出あふ晩だ [喜七]『ホンニきゝてい事をきゝやすネ 是より衣紋坂へさしかゝり清助白イ手ぬぐいを出して前がゝりにかふれば [喜七]『モシ清考さんそれはどふしたおしやれでござります [清助]『イヤサ是から先は通る程の者がみんなおれを知ツてゐるからゆだんがならぬ (十八オ) 夫レに五十軒からぶつたつて中の町は両かわそのうへ第一にするがやのかゝアしうが見付ても大の悪也 大かなやの女郎も中の町へ出て居よふもしれずほんにうつかりとあるかれるもんじやアねヱ [喜七]『如何さまおまへさまの事なればそうも有そうな物さ [後家]『ホンニおまへさまンのやうにしやうのわるいお方もござんすめい [清助]『ヲツト声高しモウお屋敷前に成やした と清助小声に成て大門へ入リ (十八ウ) 是々大喜今大門に居た禿はおれをおれを見付はせなんだか [喜七]『イヽヱ [清助]『扨もあぶなかつた [後家]『モシ清幸さん今大門に立て居なんした新造{ぞう}さんがおまへさんをじろ/\見てわらひなんしたにヱ トのせかけられ [清助]『それには大イの訳有リさアリヤア去年おれが五六度も買たやつが出した新造さ とうそとみそとの中の町から京町へ入リ海老{ゑび}屋の見世をさし覗{のぞ}けは (十九オ) 中{なか}座もまだ半分の余{ヨ}もならんで居{イ}れば清助そゞろになりこけか十九文見世を見物するやうにきよろ/\と見廻し [清助]『コレかゝさんあんまりどつとしたのも見へねヱノ [後家]『何さよふこざんすにへ [清助]『是大喜どれにしやる [喜七]『アイとれも/\美しい揃へで目うつりがいたします [清助]『何さといつもあんまり気の有のは見へねヱ [後家]『モシヱそふおつしやるけれとネ此くらゐ揃た内がそんなに有ルものじやアござんせんにヱ (十九ウ) [清助]『それもそうけい サア大喜早くきめやれ [喜七]『アイマアおまへどれになされます [清助]『コレかゝさんアノ文を書てゐるやつがどうかよさそうたがどふもつらがみへねヱ [女郎住の江]『千とりやア [禿]『アイ引 [住の江]『めしつぶを持てきやア [千鳥]『アイ引 [住の江]『そしてノウ 二かいへいつてノ清花{きよはな}さんの客衆{きあくしう}にノ封{ふう}じ紙を二三めいもらつてきてくりやア ト顔を上る [清助]『ヲットよし/\きれい/\こいつはすごいかゝさんおらあれにしやう [後家]『アイさあおまへさんはヱ (二十オ) [喜七]『アイわたしかのはおまへ能イやうにたのみます [後家]『イヱサそうおつしやらずとお見立なんし [喜七]『アイ [後家]「モシヱ今こつちらを向イて何か云なんしたのはヱ [清助]『それよりやアアノかんざしであたまをかいて居るのが能からう [後家]『アノお子か [喜七]『アイあれに致しやせう [清助]『サア/\それてきまり/\ [後家]『サアそんならおはいりなされまし ト先へ立てモシ若イ衆へお客さまンがござんすヨ [若者源兵衛]『ヱヽイ御上りなされまし [清助]『サア若イ衆コレ腰{こし}の物をたのむよ 小柄は中橋/\といわれぬ先に (二十ウ) 階子{はしご}をあがりサアどこだノ 《廓中の諸訳》 若イ者座敷へ入サア是へお這い{は}入なされませトあんどうをかきたてる [後家]「モシ若イ衆へ今云たおふたりさまを間違はぬようにおたのみ申やす [若者]『アイ [清助]『こりやア能{いゝ}座敷だノあそばふなら諸事表座敷の事ツた [喜七]『アイサ [清助]「掛物はなんだ休山か布袋だなんだアノ花の生{いけ}ようのぶきようさ (二十一オ) 水ぎわが第一わるいおらが生るとまだよつほどおつがあるテ [廻し禿]『アイお茶ア上りんし [清助]『ヱヽコレわりやアいつ江戸へ来た 国{く}ニアどこだ伊豆{いつ}か遠州{ゑんしう}か [廻し禿]『ヱヽモすかねヱノウ トいふうち若イ者多葉粉盆二ツ持て出て [若者]「アイちとこちらへおよりなされませ [清助]『ヲツトのみ込/\ 是で調度女郎衆の居り所がきまるといふ時〈住の江が禿ちどり〉盃台持て出る [清助]『ヤ是リヤアとんだ美しいノ [喜七]『いかさまネ [千鳥]『おかみんすヨウ [清助]『したがモウこはめしくさくなつたおいらんのむなさきへつかへる時分だ (二十一ウ) [千鳥]『すかねヱノウ [後家]『又清幸さん穴ををおつしやります [清助]「今夜おれが水あげをしてやらうそ [若者]『ヱおまへさまぬかつた事をおつしやります水上はモウとふに私がいたして置ました [千鳥]しつたかヨウトせなかを一ツたゝいて行 [みな/\]「ハヽヽヽヽヽこいつア能{いゝ} トみな/\わらふうち女郎二人来る〈清幸が相方はすみの江表ざしき也大喜が相方はらうか座敷にて松風禿は遣はず〉 [若者]『サアこつちへおいでなさりまし [女郎二人]『アイ トたんすのそばへ居{すは}る〈ト座敷はしはらくしんとなる〉 (二十二オ) 若イ者盃をはじめハイあなたへ御上申ますと清幸へさす [清助]『マア/\大喜 [喜七]『イヱ先上りまし [清助]「そんならおさき と一ツ呑み住の江が方をしり目て見ながら台の上へをく [若イ者]『モシとなたへ [後家]『アイあなたサ [若イ者]「ハイ ト住の江が前へ出ス すみの江ちやうしの口でこつちりとして台の上にをく若イ者大喜がかたへ出す [喜七]『ちとおあげ申やしやう [住の江]『マアおとり上なんし [喜七]半分受る [清助]『ハテひとつのみやれナア [喜七]『アイ ト盃松風がかたへ遣ル (二十二ウ) 松かぜ少し請て [松かせ]『モシおかさん上んしよウ [後家]『アイちとおさわり申やしよう [松風]『アイおあいをおたのみ申んす [清助]『ちと見申んしようか [松風]わつちやア呑んせん [清助]『初会にやアとこの女郎衆もそうした物さ と盃をとる 若イものゆるりとお上りなされませ 『モシかみさんおたのみ申ます ト立て行ク [清助]『こりやアねつからひやだ [後家]『そんならちとおかけなされまし [清助]『ヲイ ト火鉢へ懸る大喜鼻がみにてあふく 〈此所にて吸物出る盃しはらく廻る〉 (二十三オ) らうかよりヘイこりやアどなたもようお出なされましたと〈船宿の若イ者藤兵衛〉 『ちやうちんけして座敷へ入 [後家]けふはおそかつたの [藤兵衛]『アイやう/\今帰りやした [清助]『とうた藤兵へきついもつたいだの [藤兵衛]『イヱサけふはモウほう/゛\あるいてげつくりくたびれやしたしかし帰つて聞{きけ}ばおまへがお出ときゝやしたから茶づけを一ツはい立ながらかつこんでじきに参りやした [清助]『ソリヤア御苦労{くろう}/\ [後家]『ほんにあの大文字屋の文はとゞけやつたか [藤兵衛『アイ [後家]そして (二十三ウ) 下谷のはちつともきたか [藤兵衛]『アイイヱサるすたからお帰りまでまてと男衆かいひやしたから待ツておりましたれはやう/\五時分になつて帰らしつてネとふで二三日のうちにおれがいくから今夜はマア帰れとつてネほんに三文にもならすに帰りました [清助]「そりやアきつく茶になつたノ [藤兵衛]『ヤモ一言もござりませぬ [後家]『コレ藤兵衛やおらモウいくにヨ [藤兵衛]『アイ [後家]『モシおふたりさまゆるりとおあそひなんし (二十四オ) アイ女郎さんがたおいとま申んすヨ [二人]『アイ [後家]『コレ藤兵衛やおむかいは何時かきゝ申てきや ト後家ちやうちん付てかへる [清助]『是さ大喜そんなに火をあふきやんなア女郎衆の髪へ灰がかゝるはナア [喜七]『アイ是はそゝうをいたしました [清助]『そしてマァ炭かたんといろうと思つて女郎衆の顔が青さめて来たはなナ [住の江]『ヱヽ気が違つたそふた [藤兵衛]『清幸さん又きつい穴サ [清助]「よしか [藤兵衛]『アイよしさ [清助]『サアそんなら一ツいきやしやう (二十四ウ) [二人]『アイ [三人]シャン/\ [清助]『しかしこんなに穴斗ツリいふと女郎衆のしうちがわるくなるもんた [藤兵衛]『モシそれも穴かへ [清助]『よしさ [喜七]『よしさ〈是よりちくち〉 [藤兵衛]『よしさ [清助]『よしさか茶をたて [藤兵衛]『をたて [清助]『をたて [藤兵衛]『をたてがながし [清助]『なかし [藤兵衛]『なかし [清助]『なかし組かしら [藤兵衛]『かしら [清助]『かしら [藤兵衛]『かしらかくし [清助]『かくし [藤兵衛]『かくし [清助]『かくしによらい [藤兵衛]『によらい [清助]『によらい [藤兵衛]『によらいのわたし [清助]『わたし [藤兵衛]『わたし [清助]『わたしけない [三人]『ハヽヽヽヽヽ (二十五オ) [清助]『けないとは大のさし合 [藤兵衛]『ヲツトそのけないて一ツ上りませ [清助]『何さおれ斗ツリ呑はなアサア/\大喜一ツ/\ [喜七]『アイ とひとつ呑てさす [清助]『ちよつと揚屋町 [藤兵衛]『アイそんならちよびとおあいをおたのみサ [住の江]『アイぬしのおあいならひとつのみんしよウ とちやうと呑 [清助]『イヤちつとやけるハイ [松風]「モシヱおめへよりやアわつちかネやけんすよウ [禿共]「アイおめしよう上りんしと〈たん/\ならへる〉 [藤兵衛]『サア/\お膳か出やしたちとお上りなさりまし (二十五ウ) [喜七]『モシ清幸さんお上りなさんし [清助]「何さめしは{シヤア}内でもくうはナァ諸事のみ事さ/\ [藤兵衛]『そんならおひらてもお肴に上りんし [清助]「さらはひらをくわんとて トしやれながら明て見て なんだ此切身は鯖じやアねヱかイヤコリヤアスコ来たはイヤモ甚くさし/\長いもにしいたけとはきつい病人イヤおらをは麻疹{ばしか}てもしたと思ふそふた 〈此間女郎はふたり向合てゆふへのきやくのはなししてゐる〉 『禿衆おちやアもつてきてもらおふぞへ (二十六オ) [清助]『サア/\大喜此ひら皿{さら}で廻すそ [喜七]『イヱ/\それは大の悪{アク}でござります [清助]『何さ一盃づゝぐい呑さ/\ といきもせずにぐいと呑んて大喜へさす〈大喜はしよう事なしに受る禿八分めほとつく〉大喜ちよつと口を付れば [住の江]『モシヱわつちが助て上んしよう と住の江すつと呑んて [住の江]『コレちどりや此平アそつちへ下ヶや となげる〈若イものきたり〉 [若イもの]『モシちとあちらへお出なされませ [清助]『おつとのみ込/\ と両人立ば [藤兵衛]『アイおたばこ入はわたくしか持て参ります (二十六ウ) と藤兵衛つゝいて廊下座敷の中程松風か部屋へとろ/\と入 モシ清幸さま今のうち [清助]『なんだれいこくか呑込/\ [喜七]『マアこゝから遣しませう [清助]『何サおれか方からやるはなアと〈ないものをあるやうにいへは〉 『大喜藤兵衛に一角わたせば [藤兵衛]「行燈のきわてあらためそんならわたくしはおいとまにいたしませうお迎{むかい}は何時へ [清助]『ハテ七ツサノウ大喜 [喜七]『アイ [藤兵衛]『そんならゆるりとおあそひなされませ (二十七オ) とちやうちん付て階子{はしこ}をおりる [清助]『ナント大喜此たんすも中はからてあらふノ [喜七]『そふかネ [清助]此ふとんは大{デヱ}ぶすへくさくなつた [喜七]『アイそれても夜着は能イ物のはてゞごさります [清助]『何さおらか仲間の市にせり物に出ると八十四五ぐらひに外ふめねヱきさまなどの見せへ持て行と四百こみの三分ぐらゐ外付ケはせまい [喜七]『アイマアそのくらゐな事でこさりませう [ちとり来り]もしへあつちへおいてなんし (二十七ウ) [喜七]『サアそんなら清幸さんお出がよふござりませう [清助]『マア/\爰て一盃やつつけふ [ちとり]『イヽヱマアあつちへきて上りんしよふ ト手をとり大喜も一所に表座敷へ行キ住の江が床へ入ル千{ち}どりはたんすから何やら出して出て行 [清助]『コレ大喜ヤおらがやつは余ツ程きん/\物だの [喜七]『アイサ美{うつく}しいものでござります [清助]『何サ夫よりマア此夜具を見やれ仲間市へ出しても百四五十匁斗リが物は有 (二十八オ) こん地の錦にそして緋{ひ}ぢりめんの三ツ [喜七]『もしへもん所は三ッ柏でござります [清助]『ヤそりやアおれと同し紋だなんときついか/\ [喜七]『ヤモすごい事さ [清助]『此茶だんすの中はどうだ ハゝア一ツはさぜん豆一ツは梅ぼしの煮たのだ 是さ此ように酒しほだくさんに煮るから此あまつたるさ [喜七]『モシ/\それはきつい悪でござります [清助]『しかし此たばこぼんは安イコレ/\下の引出しにはみす紙の残リが少し (二十八ウ) こりやアなんだハヽヽヽヽ引ツへがしが四五まい有 こちらの引だしはなんだハア金竜丸だ [喜七]「モシ今に来やせうにヱ [清助]「扨とちがひ棚はどうたハァ浅草のくわんおんのみゑいと三河じまの不動が有ルこつちらはなんだハヽヽヽヽヽ改名が張ッて有 [千とり来たり]「モシヱ何をしなんすへ と云すてゝ火入を持てゆく [清助]サア大喜一ツ盃呑ふ [喜七]「イヤわたくしはモウ御めんなされませ [清助]「ハテつき合だ一はいのみやれ とつべたいやつを茶わんへうけて (二十九オ) 喰ちらしの硯ぶたを引よせ残りししゝたけや梨子の小口切をつまみかゝる所へふたりともに来り またおやすみなんせんかと屏風の際にすわる [松風]「ヨウ酒をのみなんすネ [清助]「アイ諸事酒の事さ [松風]「モシあつちへお出なんし と大喜をつゝけは [清助]「そんなに早くねたがらねいもんたヨ 大喜もつとあそびやれなア [松風]「イヽヱぬしのおじやまになりんす (二十九ウ) こつちへおいでなんし と大喜を引ツ立 モシ住の江さまンおやすみなんし モシヱゆるりおしけりなんし と大喜と一所に部屋へゆく 大喜床へ入レは [松風]夜着をかけてやり 床の上へ直りて モシヱあの清幸さんとやらは能ク酒をのみなんすネ引 そしてマア能クしやれなんすね引 トたばこすい付て出しぬしもちつとおしやれなんし 是やそこを通るのははる野じやアネヱか (三十オ) 「アイ是やアたのみてヱ事があるよウ 「なんでありんすヱ としやうじを明る 「あのノ能子だからの茶を一ツへい持て来てくりやア 「アイ 「そしてまだ用がある と立てはる野が耳へ口を付てアノヽ源兵衛にのそつとノ云ツてくり 「何をヱ 「アノさつきにノたのんで置イたじやぜんまめをノはやくこしらへてノかみさんの目にかゝらネヱよふにしてノそつとよこしてくりやといつてそつとそふ云ッてくりやヨウ (三十ウ) [禿]「アイ ト行 扨松風は立てたんすからみす紙を出して又床へ上りたはこを吸付て出しそのきせるにて松風も一ツふくすいよぎのうちへ入る時春野茶を持てくる 茶わんをとり [松風]「のみなんせんか [喜七]「アイ ト大喜一口のめば松風そのあとをのみ モシヱぬしやアとこでござんすへ [喜七]「わたしやアいなかさ [松風]「何いなかだへ [喜七]「アイ [松風]「ヱヽにくいノウ トロのはたをふつつり [喜七]「アヽイタヽヽヽヽ (三十一オ) 松風屏風を引廻し 今夜は大ぶさむうござんす ト夜着の中へ入 いつそ手あしがひへてなりんせんちつとあつためておくんなんし と夫からだん/\とあぢなしうちになり そのうちのわけはしらす 「扨表座敷には住の江あんどうをかんざしでかきたて文を多ばこぼんの引出しから取出して読ム 清幸は ムウ今夜はさむい事ツた それにゆふへろくにねなんだからねぶくつてならぬ (三十一ウ) [住の江]「そんならねなんしなア [清助]「アイ ト夜着を足でひろげて半分きて寐る 住の江は火をせゝりながら枕元で楊枝を遣ひなから多ばこを吸ば清幸はおれにも大かた吸付てくれるてあらふとおもつて居れどそふもなく二三ぶくのんで [住の江]「千鳥やア引 [千鳥]「アイ引 [住の江]「アゝ幾里さんのざしきへいつてノ客衆にノ [千鳥]「アイ [住の江]「源さんの所へふみを (三十二オ) 一ツ本届ケておくんなんしと云ツてきてくりやア [千鳥]「アイ [住の江]「コレ [千鳥]「アイ [住の江]「そしてもふねや [千鳥]「アイ 「夫より住の江は硯はこを出して墨を摺リ又たばこを吸かんざしてあんどうをつつついてゐる所へ障子の外トより [清うら]「住の江さまンねなんしたか [住の江]清うらさんか這入なんし [清うら]「アイ ト内へ入 モシおゆるしなんし ト清幸へあいさつして今夜の一座の咄しをして半時程あそんで そんなら住の江さまンおさらばへ (三十二ウ) [住の江]「もつと遊びなんしナァ [清うら]『アイぬしさんお休みなんし と出てゆく 夫より住の江はまた硯箱を出し文をなが/\と書。 巻しまいて ヱヽくやしいナァ ト筆を捨て床へ入 夜着のうちへ半分入リ今夜は大ぶあつつくるしい晩だ と鼻へ袖をあてゝ寐る 清幸は先ツねられたので少しおち付キ人心地になる 此内何やらしばらくしづかなり しばらくして住の江床を出 (三十三オ) かみを持て小用に行 清幸も小用に行 又床へ入て待てゐる 扨となり座敷のせうじの外客の声にて 『コレ文しうモウおきねヱか〈床の内より二のうらが声にて〉 『イヽヱなんでも夜の明ケネヱうちやア帰{ケヱ}しやアしい せんぬしもマァいつてねなんし コレサふみさんじつとしてねてゐなんしヨ トいふをきくに付ても清幸は気もすまず多ばことあくびをたかい違イにして居る住の江は半時程過てきたり 文を封じて (三十三ウ) 是から上書をしてもらつてこようと又立て行 清幸はその内そら寐入して居たれどひとりなれば永イあくびを四五十ほどして耳をすましてきけは向ふ座敷の床にて是ももて客と見へて [女らふにしきの]『モシヱコレサちつと目をさましなんしヨ トゆする [田舎客]『ヤアおらアハア余ツほどうんねたそうだ [にしきの]『サァめさましに一ツぷくのみなんし [田舎客]『おらア多ばこよりリヤア酒サ一ツはい引かけべい (三十四オ) サアそれのかんなべサ取てくれなさりやう [にしきの]『ほんによくのみなんすそ お前はしんしつかねヱから酒を呑んじやアねて斗ツりゐなんす そしてマアいつきなんすへ [田舎客]『ヤアハアさいぜんも言た通り十日時分にやア江戸サ立て帰るからマア当分はこられネヱヨ [にしきの]『そしていつごろ江戸へ出なんすヘ [田舎客]「是から又十月になると冬荷を附ケて江戸サへつんでるのだア [にしきの]「ヱヽモウお前のやうな旅うと衆ウを (三十四ウ) 大じにするわつちやアきついこけでござんす ホンニわつちに斗リ気をもませてからにト一ツつめる [田舎客]『アイタ/\いんにやそりやアいゝなさるなサ おいらも一年に三度つヽ江戸サへつんでるがおとゝしの春ふつと爰サへきかゝつてから江戸サへくるたんびに万事うつちやつて爰サへ斗リ来て居る程のしんじつたア [にしきの]『そんならわつちがよふなもんでもかわいゝかへ [田舎客]『ハアテ扨そりやアしれたアこんだア (三十五オ) [にしきの]『それがほんならね宵にいつた事をわすれなんすなヱ [田舎客]『アンニわすれるもんたア しかしさつきもいふ通りだア おらが国にやアちゞみはねいヨウ ちゝみはノありやアいちごといふ所から出るヨ おらが国じやアきぬやつむぎふとりのるいてなけりや出来ネヱヨ [にしきの]『それでもモウなくツちやアなりんせんヨ [田舎者]『ハアテ扨むりな事をいふ女郎衆だア いゝわさそんだら今度しやうで金でくれべいハサ [にしきの]『イヽヱそりやうそでござんす (三十五ウ) 今度といふと又わすれなんすヨ [田舎客]「ハアテ扨うたぐりのふかいハアテそんだら今夜おいていくべいはさ [にしきの]「ほんにかへ [田舎客]「ムウヨさあ/\此酒ちくとべい助てくれなさりやうサ [にしきの]「ヱヽモウねなんしヨゥ トあとはひつそりとなる 扨それより廊下座敷へ新造の声 「モシ松風さまンヘアノね住の江さまンの客衆はぬしのつれ衆しやアござんせんか [松風]「アイ [新造]「なんだかいつそはらを{ア}立て (三十六オ) いつそ小ごとを言ツて居なんすよ [松風]「ハアそして住の江さまンはどふしなんした [新造]「おいらんもねて居なんすよ 早くきておくんなんし [喜七]「ハアそりやア行ずは成めい と起る [松風]「イヽヱやつはりねたふりをして居なんし わつちがいつてきんす とらうかヘ出て聞は [清助]「そふた{テ}い今夜はいめヱましい晩だア なんの事アネヱ川止にあつたよふだア とんと宵からおれをあげぼしにして (三十六ウ) やう/\今床へはいつてたはいはネヱそふた{テ}い宵からひんしやん/\して鬼ぶるめヱをくわせらア おれをばナンダきついこけだとおもふそふだ トむしやうに手をたゝく [松風]来リ「もしへぬしやア何をそんなにいひなんすヘ マァふしやうしてねなんしヨ ト云時大喜もきたり 「モシ清幸さんコリヤマアなんの事ツてこさります [清助]「ヤコレ大喜マアきいてくりやれナァ 宵からのしうちがそうた{テ}い おれが気にくはネヱけれども何もおのしへのつき合だとおもつて (三十七オ) むしをこらへてゐればほんにほうすのネヱ事ツた 是ナ大喜も知ツてゐる通り吉原の事タアノ 五町に家の数が何ンげん有て茶釜の数がいくつどびんやすり鉢の数までも知て居るおれだアあんまりそんなにこけにしてもらうまい [松風]「マァ/\ようござんす ふしやうしてお上なんし ト松風は住の江をモシヱ/\とゆすりおこせば住の江は今目の覚たよふな顔をして (三十七ウ) なんだへ [松風]「モシアノネぬしがいつそはらを立て居なんすハナ トいわれてふしやうくに起上り [住の江]「ヱヽ通らネヱきせるだ とはいふきを一ツとんとたゝき モシヱなんの事ッてござんすへ あんまり大キな声をしなんすなヘ アノよその座敷へ聞へてもわたしよりやアおまへか外聞がわるふござんしやうにヱわたしもネ見立られたがふしやうだからネ勤る事はそうおうに勤ておきんしたにへ (三十八オ) あんまりそんなに太平とやらをいひなんすなへ といへば清幸はやたらに手をたゝけば下タではくゝり戸の音がくわら/\/\ [清助]「モシ松風さんお前ちよつと若イ者てもやり手衆でもよんでくんなんし [松風]「何さみんなよくねて居んす ヨモシ住の江さんマァちつとねかし申しなんし といふ所へはしごをどた/\ちやうちん下ケて [藤兵衛]「アイおむかいにまいりました (三十八ウ) [清助]「ムヽ藤兵衛かいゝ所へきたマァきいてくれろ トいふより早く明ヶの鐘がごん/\烏がかあ/\/\駒下駄の{おと}ががらり/\ 北遊穴知鳥終 (三十九@オ) 安永六年 丁酉正月日 神田鍛冶町弐丁目 池田屋伝兵衛 (三十九@ウ) 宇井蔵書 ------------------------------------------------------------- 注) 五オ7:床凡→「床几」とあるべきところの「几」を「凡」と誤写か 丁数「三十九@」:@→判読できず。洒落本大成では「三十九了」 ・二オ4 きせんしやうげ → 大成 きせんじやうげ