商内神 ------------------------------------------------ 商内神序 売物{うりもの}に飾{かざ}れる。花{はな}のさくら鯛{たい}。 中{なか}の町{てう}にひらきしより。三枚{さんまい}の駕{かご}を飛{とば}すあれば。尾鰭{をひれ}をふる猪牙舟{ちよきぶね}あり。 孰{いつ}れ汐{しほ}さきにむかひし。黒鯛{くろたい}の歯{は}の白{しろ}みそに。こつてりとした甘味{うまみ}を喰{くは}せ。潮{うしほ}じたてにちよいとした。気{き}どりを見せて。客{きやく}を呼{よ}ぶ。 (序一オ) 是{これ}商売{しやうばい}のかゞみ鯛。 君{きみ}が目{め}もとの塩鯛{しほたい}に。甘{あま}ひと見らるゝあま鯛{たい}の。干 鯛{ひたい}工面{くめん}をするもあり。 (序一ウ) 客{きやく}の数々{かず/\}浜焼{はまやき}の。たい平楽{へいらく}を亦{また}しても。揚詰{あげつめ}にして奥津{をきつ}鯛。 たいの道具{たうぐ}の。みつ/\咄{はな}すいろ客{きやく}あれば。かすこ鯛程{たいほど}やすくされ。 小鯛かねては若{わか}ゑひす。 (序二オ) よんで小言{こゞと}を夕{ゆふ}がしの。鯛のあらを言{いゝ}ちらし。結句{けつく}基直{もとね}にならぬもあり。 売{う}るも色。 買{か}うも色。 時の相場{さうば}の銭次第{ぜにしだい}。 小判{こばん}のいびつ三郎{さふらう}か三分{さんぶ}の昼子{ひるこ}仁朱{にしゆ}の宮。 (序二ウ) 商内神{あきなひがみ}と題{しる}したる。 十偏舎主人か。買出{かいだ}しの手帳のはじめに。矢立{やたて}の筆{ふんで}をとつて 霍鳴楼のあるじ述 (序三オ) 自序 今年{ことし}。差礼{しやれ}の骨肆{みせ}を出{いだ}して。少{すこ}しく下情{かじやう}を売{う}るに至{いた}る。 されど。いまだ取付{とりつき}身上{しんしやう}のしみつたれにして。代呂{しろ}ものいたつて麁抹{そまつ}なるも。胸中{けうちう}の基手{もとで}乏{とぼ}しき故{ゆへ}なり。 しかれども。他力{たりき}をもとめて。ちくとんばかり。 (序三ウ) 其滑稽{きとり}を仕込{しこみ}たれば。若{もし}九牛{きう/゛\}が一毛{もう}も。好士{こうし}これを得{う}る事あらば。それこそ作者{さくしや}の海老{ゑび}をもつて。鯛{たい}をつるにひとしからんと。取{とり}あへず商内神{あきないがみ}と表題{ひやうだい}して。この冊子{さうし}の見世をひらき。則{すなはち}売帳{うりてう}のはじめにしるす (序四オ) 十偏舎一九 享和二壬戌孟春 (序四ウ) 十偏舎 算用の外に聞たりほとゝきす (序アキ五オ) 当座帳の尻のつまりはにつちがさつちもいかぬそろばんのたま/\客 ねからさん用のあはぬ夜は目斗ぱち/\ 大福帳の〆てねるよはねゝちのしれぬ候珠のまことかうがとくゐのつりだし物は極上@むるいとびきりの大手ごと 金銀出入帳の〆くゝりは目にみへぬふところのむなさん用 たがひのこゝろの店おろしはのびるはなげのかんぢやうあつて銭たらず (序アキ五ウ) ○発端 盛飾花楊{せいしよくくはやう}の如く。濃粧雪月{じやうさうせつげつ}を欺{あざむ}く。 妓女{きぢよ}が風姿{ふうし}には。千載{せんざい}の恨{うらみ}を散{さん}じ。万緒{ばんしよ}の欝{うつ}をひらくといふ。 李敏{りびん}が詞{ことば}さる事ながら酒{さけ}は微酔{びすい}にのみ。花{はな}は半開{はんかい}に見るを以{もって}却{かへつ}て。不了{ふりやう}の機縁{きえん}を思ふ。 見返{みかへ}りの柳{やなぎ}に。遺憾{いかん}の情{じやう}を残{のこ}し。衣紋阪{ゑもんざか}のつま上りに。着相{ぢやくさう}の袂{たもと}をひかる。 今戸{いまど}の煙{けふり}には。胸{むね}の火をくらべ。中田甫{たんぼ}の蛙{かはづ}に。腸{はらわた}を断{たつ}の思ひをなす (アキ六オ) 其充{みた}ざるをこそ。風雅{ふうが}の感情{かんじやう}とは云べけれ。 されば。売物{うりもの}に飾{かざ}れる花{はな}のよし原に。金{かね}の得意{とくゐ}は。算盤{そろばん}のけたをはづし。帳面{ちやうめん}の尻{しり}も結{む}はで。買{かい}かぶるあれば。ほり出{だ}しあり 色{いろ}と情{なさけ}のおろし売{うり}。 小買{こがい}にせんと。細元手{ほそもとで}の。小倉{こくら}の紙入{かみいれ}をひねくり廻{まは}す三人連{づれ}。 一本{いつぽん}きめて。昼{ひる}見世を覗{のぞ}きあるくは。吊帰{とふらひがへ}りと見へもなくひる斗だが承知{せうち}かと。あたまからきめてあがる (アキ六ウ) ○〈せかいはまじりみせながら。しろものゝ仕入手あつくみへて。大みせにおとらぬあきなひ。 かの三人は一ツかくツヽのとくゐにして。ざしきはおさだまりのうりことばにかいことば さかづきのとりやりに。打ておけしやん/\しやんとねができてとこへまはる。 初くわいきやくは[太九郎]四十ぐらいにて。すこしやつこがゝりしあたまつき めんちりのあわせばおり。枕元にぬぎすて。あいびろふとのつむぎのこそで。ふとんの上にはらばつている。 あいかたは[道しの]としのころ廿二三。 中じゝにてきりやう十人なみ。 いしやうにはでをこのます。あたまのわけを。あさぎちりめんにてくゝりしは。これ手とりのかんばんなり (アキ七オ) [道しの]ぬしたちやアけふはどけへいかしつたへ [太九郎]寺{てら}参{まい}りにさ [道]そりやアおきどくざんすね。 いつそ。うそをおつきなんす [太]しれた事さ。 おいらアふか川のうそつつきだ [道]深川のうそつつきたア。わつちらにやアわかりいせん [太]わかりんせんどうおちの人か [道]ヲヤ/\ぬしやアよく。いろ/\なことをいわつしやるよ。 ほんにけふのお一座{ざ}は。みんなきのかるいお方斗{ばかり}でおすよ [太]其中でおれがいつちおもい。 (アキ七ウ) このがけへだから [道]ナアニぬしがいつちかるくみへいす。 どふでもとしのこうだね [太]ヲヤ此わけへものをおやぢにしたの [道]そんでも。あの中でおめへさんが。いつち分別{ふんべつ}らしくみへいすはな [太]とんだことを。おらアいくつだとおもひなさる [道]ぬしかへ。 こふと。 もふわつちらよりやア廿四五もうへでおつしやうね [太]そりやァおいらがほうが。うへにならアあたりめへだが。こゝしやアいちばんちやうすにして。おめへのほうがうへだろふ (アキ八オ) [道] ヲヤかんにんしておくんなんし。 よが世ならわつちらア。まだきむすめでおさアな [太]ヱヽきのつゑへ 〈トやきぎせるをあてるまねをする。 はやおのれは十ぶんもてる心もち也〉 [ごん七]〈いちざなり せうじのそとから〉 どふだ太九郎さん。 もふけへりやせう [太]ごんさんか コレへゝらつし [ごん]おらアけへるよ [太]マアきさつし。 入口{いりくち}にたつて居{い}ずと。花{はな}やの柳{やなぎ}じやアあんめへし。 〈ごん七うちへはいる〉 [道]もしへ。 おめへさんはなぜけへるとおつせへすへ (アキ八ウ) [太]まだよかろふ [ごん]おらア昼{ひる}斗遊{あそ}んでけへるつもりだ。 もふ追付{おつつけ}くれるはな [太]くれてもいゝじやアねへかへ [ごん]ナニ実{じつ}は。おらは火{ひ}のばんだアな [道]火のはんたア。あのたけへ。ひのみやぐらとやらへあがつてゐなんすのかへ [太]ナアニありやアお屋敷{やしき}で鑓{やり}もちの雪陳{せつちん}だ。 権{ごん}さんわりいことをいふぜへ 〈トにがわらひする〉 [道]ぬしたちやアたつた今来{き}なんして。日がくれてもよふすはな。 すぐにおいでなんしな (アキ九オ) [太]ごんさんおれがのみこみだ。 すぐにゐつゞけさら/\としなせへ 〈トいふところへ今ひとりのつれも来り〉 [里三郎]露情{ろせい}さん。 ちよつとおめに 〈トかたすみのほうでまねく〉 [太]なんだ誹名{はいめう}をいふこたア御{ご}めんだ。 やりてがいやがる。 何だこけへきな [里]そこしやアわりい。 ちよつとこけへ [太]きびのわりい。 ざしきからはすに呼{よび}出されるやつは。どふでろくなはなしじやアねへ 〈トいゝながら。かたすみのほうへよつて何かべちやくちやいふ。 これはひる斗遊んでかへるつもりのところ。ちうやになつてはめん/\のふところのさんだんがちがうゆへ。そのそうだん也 (アキ九ウ) あらかたきまつたとみへて〉 [太]もふ/\それでよかろふ 〈トもとの所へすはる〉 [ごん]里三{さ}こうどふする [里]どふするものか。 いるのたはな。 そして太九郎さんの邪魔{じやま}にならア。 はなしがあるからこつちへきねへ [道]ナニよふすはな。 もつとおはなしなんし [ごん]マアいつてきやしやう 〈トふたりながら。つれだち出て行〉 ○〈しんぞうしのざき。 あはたゞしくかけてきたり。ずつとはいり。ヲヤといつて。びやうぶのそとへ出〉 [しのざき]おいらんへちよつと [道]なんさんすへ そう/゛\しい 〈トいゝながららうかへ出何かはなして又ざしきへかへる〉 [太]コウおめへ。いく所があるならいつてきねへ。 (アキ十オ) こつちはいゝから 〈トわざととをつたことをいふ〉 [道]なぜへ [太]なぜじやアねへ。 色男{いろおとこ}がきたろふから。 それで今のひそ/\ものだろふ [道]ソリヤアお有{あり}がたふすよ。 そんならいつてきいしやうと。申たらよふざんしやうが。マアやつぱりおきらひなんす。 ぬしの所におりいせう 〈トよぎのそでのうへゝねころぶ〉 [太]ヲヤそんなら。祭{まつ}りの牛{うし}を見るよふに。しかたなしにねるといふもんだの [道]よくいわつしやるよ。 (アキ十ウ) そんでもぬしのよふに。そんなにいつておくんなんす客人{きやくじん}は。こつちもけつくでしにくふおすはな。 ソリヤア苦界{くげへ}といふもんでざんすから。いくらも客人のさしやう事もおすが。そんなときやア。もふ/\気苦労{きぐらう}でなりいせん [太]気{き}のきいた客は。あんまりやアねへものよ。 おいらは。又ほんのこつたが。爰{こけ}へこそ初{はじめ}てきたが。いつでもきんかんどふふと。肴{さかな}の市{いち}を。見ずにけへつた事のねへ男よ (アキ十一オ) 〈これはほうこう人か。きむすこのよふに。あさもとつぱかはして。くらい内からはけへらず。よがあけて。ゆふ/\とけへるといふを。みへにいふせりふ也。 山やのきんかんどふふ。ゐつゞけのちやづけによくでるやつにて。さかな市は。中の丁の。さかなの市也〉 そして細見{さいけん}の鬼門{きもん}に。直{なを}つている。 やり手ばあさんにまで。可愛{かあい}がられ。わけへしゆにもついど。わらアたかれたこたアねへ から。そのおかげにやア。どけへいつても。すいふろの。しろくならねへうちに。へゝるといふもんだ 〈わらをたくといふは。わるくいふことをいふなり。 また水ふろの白くなるとは女郎よりさきへはいるといふこと也〉 (アキ十一ウ) といふもんだから。おめへかたのくげへといふことものみこみきつているはな。 それだから。座敷{ざしき}をあけたの。何のかのと。いさくさをいふ客を見ると。こいつアいたらねへやつだと。おかしく思{おも}つてゐるくらへだから。どこの内でも。あんまりかみがられたこともねへのさ [道]ソリヤアそふでざんすよ。 ぬしのよふな客人斗{きやくじんばかり}でおすと。てへ/\いゝこつちやアおざんせんが。此間もきいておくんなんし。 (アキ十二オ) これも初会{しよけへ}の客人でおすが。そのばんに馴染{なじみ}の客人が来なんしたゆへ。ざしきをむりにあけて。もらいゝしたが。もつともわつちもわるふおざんした。 どふも。なじみの客人が。はなしなんせんから。初会{しよけへ}の客人のとけへ。いかずにいんしたら。わけへしゆをよんで。いつそこゞとをいゝなんして。おけへりなんしたが。大かた道{みち}では犬{いぬ}にでもくつつかれなんしたろふ。 (アキ十二ウ) ちつとの間ざしきをあけたとつて。そのくらへの事は。だまつてゐておくんなんすと。そこじやア。魚心{うをこゝろ}あれば。水心あるとやらでおざんすものを。 そのときなんざア。いつそ苦労{くろう}をいたしいした。 〈トいふはなじみのきやくが。中の丁にきていることを。さきほとしんそうがしらしてきたゆへ。そろ/\と。あみをかけておくせりふ也〉 [太}ソリヤアはじめて。遊びにきた客だろふ。おいらがはたけにやア。薬{くすり}にしたくても。そんなやぼてんはねへよ 〈ト此内たばこをのんでははたきついではのみはいふきにすいから山のごとくにたまる〉 (アキ十三オ) [道]ほんにぬしのよふに。さばけてゐなんす客人{きやくじん}にやア。めつたなこたアいわれんせんが。わつちやア。いつそくらうになる事がおざんすが。どふも。いゝにくうおさアな [太]言{いゝ}にくいといふは。何か今夜{こんや}も。なじみがきたといゝなさるのか [道]ナアニそふじやアおつせんがね。 ことによると。きなんす客人がおざんす。 もつとも。ふけへなじみといふでもおざんせんが。よんどころねへきやく人で。わつちやアもふ。いやでおすけれども。どふもしかたがおざんせん。 (アキ十三ウ) せんどもあしくして。けへし申んしたから。よもやもふ。きやアしなんすめへとおもいゝすが。ひよつと。今にでもきなんしたら。どふしんせうと。いつそ。それがくらうでなりいせん。 〈トよぎの上へもたれてうつふく〉 [太]いゝはな。 きたらきたように。其時{そのとき}の相談{さうだん}さ [道]ぬしがもふ。そんなにいつておくんなんすが。うれしくてなりいせんよ (アキ十四オ) 〈トいふ内にらうかより〉 [ふり新]おいらん。 ちよつとお出{いで}なんし [太]ソリヤもふきたぜ [道]じれつてへのふ 〈このなじみの客といふは。こよい二かいめのきやくにて。ちとあんばいしきのある客にて。せんこくより。おいらんが心の内にはまちたいくつしていたることなれば。ざしきをでるには。さもいやそふにふせう/゛\に立出しが。らうかへでるとすぐに。うはざうりを。よこちよにはいてかけだす [太]いめへましい 〈ト硯ぶたなどを。づまみぐひしているところへおいらんしばらくして来り〉 [道]もしへどふしんしやうね。 今の客人がきなんしたとさ。 そのくせむつかしいきやく人で。ざしき迄。貰{もらは}にやア合点{がつてん}しなんせん。 ぬしが初会{しよけへ}だとつて。いゝよふにすると思ひなんせうが。くげへのことを汲分{くみわけ}てゐなんす。ぬしのことでおすから。こんな。わがまゝな事を。おねげへ申んす。 (アキ十四ウ) もふどふも。おきのどくざんすねへ 〈きやくもすこしはかほいろがちがつてきたれどもせんこくいつぱいにいつておいた口があるゆへいやだともいわれずしかたなし〉 [太]どふせこんやア。こんなめにあはふとおもつた。 しかたかねへは どふとも/\ [道]かんにしておくんなんし。 わつちが直{じき}にいきいすから。 ちつとの間{ま}名代{めうたい}をとつておくんなんし (アキ十五オ) ヱゝもふこよいにかぎつて。じれつてへのふ 〈トかんさしにてつふりのうしろをかく 此うちわかいものそつと入〉 [若者]おいらん今のことは [道]もふよふすよ [若]コリヤアあなた。 いろ/\なことをおねげへ申て。おきのどくでござります [太]これも時{とき}の廻{まは}り合{やわ}せだ 〈ト此内しんぞうしのざききたる〉 [道]しのざきさん。ぬしをあつちらへお連{つれ}申ておくんなんし [しの]もしお出{いで}なんし 〈トきやくのはをりかみ入をもつてたてば。きやくきせるたばこ入をもつてまこ/\する〉 [若]サアこふいらつしやいませ (アキ十五ウ) 〈となりざしきのうた〉 すまぬこゝろの中にもしばしすむはゆかりの月{つき}の顔{かほ} ○〈かのなじみのきやくといふは[吉三郎] まだとしは廿一二中ぐらゐのところのむすこかぶと見へてまんざらでもなきゆうき仕立。 せんこくより外のざしきに。ちや屋げいしやをあいてにして。のみかけ。かほは少しさくらいろのほろよいきげん。 おいらんはをりのそでをひきて。さしきへつれきたる。 尤こよひ二かいめのきやくなり [道]すぐにこけへお出なんし 〈トふとんの上へつれ行〉 [吉]よしねへ いろ男{おとこ}のねた跡{あと}の。まだ毒気{どくき}もさめぬ所{とこ}へ。きみのわりい。 そして紙屑{かみくず}がでへぶあるの。 〈トわざとよつたふりをしてよろ/\する (アキ十六オ) つきたをすよふにふとんの上に引すへ〉 [道]人の心もしりなんせんで。いろ/\のことをおつせへす。 ぬしのきなんしたことをきゝいすと。もふ/\嬉{うれ}しくつて。とひたつようにおもいゝしたが。折{をり}わるく。昼{ひる}からの客人で。やう/\のことでもらいゝした。 ほんにぬしゆへ。てへ/\の心づけへを。したことじやアおざんせん 〈トたばこをすひつけ出し客のかほを見てにつこりと笑ひ〉 ほんにぬしやア。此あいた神田{かんだ}とやらだとおつせへしたが。ほんとうざんすかへ (アキ十六ウ) [吉]そふさ [道]そんなら神田に。アヽなんとかいゝなんした。 ソレつふりのはげた。いつそよく。拙{はな}しをしなんす。おぢいさんがありいすが。しつてゐなんすかへ [吉]ソリヤア神田にも。ぢいさまアいくらもある [道]アノなにさ可幸{かこう}さんとかいゝなんした [吉]ヲヽそりやアしつてゐやす [道]そして此あいだぬしやア。兄{あに}さんが有{ある}とおつせへしたが。その兄さまは。どんなおかたでおすへ [吉]おめへいろ/\のことをいふ(アキ十七オ) それを聞てとふしなさる [道]わつちやアね。 とんだ心安{こゝろやす}くしたお方が。其神田{そのかんだ}とやらにゐなんしたが。そのお方に。も/\ぬしがいつそよく似てゐなんす。 兄弟{きやうだい}といつても。ちげへねへよふでおすから。それでお聞{きゝ}申んす [吉]おいらが兄{あに}きなんざア。遊びにやアきたこともねへが。わつちが似てゐるといふは。ソリヤアおめへの色男か。 [道]ナニそふじやアおざんせんけれど 〈似ているといふはじつは此おいらんがふかくいゝかはせし客なれ共今はとをざかりて来す。 (アキ十七ウ) あさゆふこひしくおもつているゆへ。そのきやくに似たるをうれしく。いつそそは/\していてうつりやすきはこの道にして。あはぬおとこをおもふあまりに。せめてもといふ。うはきがかへつてこくなるものなり〉 [吉]そふしてその人はどふしたへ [道]そりやアわつちが兄弟{きやうだい}のよふにした。傍輩衆{ほうばいしう}の客人で 〈これはうそ也 わざとそのみのきやくとはいはず〉 とんだ心いきのたのもしい。おかたでおさんしたが。今はいなかのほうへ。いきなんしたといふことでおさア。 私{わつち}もおせはになりいした客人ておすが。てうどぬしのよふな。可愛{あい}らしい目つきで。わらひなんすときなんざア。いつそよく似{に}てゐなんすから。もふ/\うれしくつてなりいせんよ (アキ十八オ) [吉]ソリヤアいゝ人に似てゐて。大きにわつちが仕合{しやわせ}だ [道]もしへ是{これ}から見捨{みすて}ずにきておくんなんし [吉]しれたことさ [道]ほんにかへ [吉]おめへがたに啌{うそ}をつくと罰{ばち}があたらア [道]にくらしいのふ 〈トつめる。此うちたがひに。くす/\わらひながら。しつつこく。つめりやい しまいには客のてへくいつく〉 [吉]アイタヽヽヽヽ [道]ソレ見なんし 女にやアまけてゐなんすといゝものを (アキ十八ウ) 〈トいゝながらまくらもとのてうしさかづきをひきよせ〉 ひとつおあがりなんせんか [吉]もふ御めんだ [道]わつちやア。たべゝせんけりやア。ならねへことがおすはな 〈トなみ/\とついではんぶんほどのみ下におく〉 [吉]宜{よろし}くお上{あが}りなせへ [道]アイサわつちやアぬしにいゝてへことがおすがね。 とふもいゝにくふおざんすから。おもいれよつて申いしやう [吉]何ンだ よはずといゝねへ。 サアきかふ [道]アノね。 是{これ}からほんに来ておくんなんすかへ [吉]くるたんか [道]そんなら (アキ十九オ) アノね。 はらをおたちなんすなへ [吉]何を [道]いまわつちが申しいすことを。 こういつちやアどふか。ぬしを見くびるよふざんすが。わつちやアいちづにお呼{よび}申たふすか ら。ちつともぬしの心遣{づか}ひのねへよふにと。おもいゝすから。 打明{うちあけ}ておはなし申んすにへ。 ぬしこそなんとも。おもつてはいなんすめへが。わつちやアもふ。ふけへなじみの客{きやく}人のよふに。思つておりいスから。言{いゝ}にくいことを申んす。 (アキ十九ウ) かならず腹{はら}をおたちなんすなへ ソリヤア。ぬしだとつて。はじめてこけへきもしなんすめへし。初会{しよけへ}はこう。二度{にど}めはこうだといふことも。いわずともしれたことでおすが。爰{こゝ}をよく聞分{きゝわけ}ておくんなんし。 ぬしをあなどるじやアおざんせんが。いつまでも末永{すへなか}く。きておくんなんすよふに。そんな事も。何もかも。相談{そうだん}づくにしておくんなんし。 コリヤアわつちが。おたのみざんすよ。 (アキ廿オ) [吉]そりやア有がてへお心ざしだね。 しかし又なんぼわつちらがよふなしみつたれでも。そふ又。見くびつてくんなさるこたアねへよ 〈心の内にはうれしさ山/\なれ共。わざとひそつたことをいふ。 たとへきん/゛\にふそくなき。万両ぶげんのだんなかぶでも。こゝは人じやう。かねづくでなければ。人の心いきはわからぬもの よくをすてゝかゝるけいせい これよりうへのまことはなし。 此おいらんまつたく。このきやくをあなどるにあらず。 ほれた■からは。とんだあどけなくみへて。まだかねのさいかく。何かのやりくりおぼつかなく。むりな金のさんだんをさせては。えんのきれるもといと。とんだふかいところまでおもいすごして。かくはいふなるべし。〉 [道]ソレそんなに。わるく聞{きゝ}なんすから。いつそじれつたふすはな どふしたらわつちが心いきがしれいせう。 (アキ廿ウ) 是ほどまでに思つておりいすものを 〈ふとんにかほをおしあてゝ。ばつたりとくしをおとす。 客はかんざしに目をあぶながつて。かほをそむけて〉 [吉]おめへはでへぶ商{あきな}ひが上手{じやうず}だ。 是では買{けへ}にこざアなるめへわへ 〈トわざとひぞる。 おいらんだんまりにてかみつく〉 [吉]いてへわな [道]それたとつて。はらがたちいす。 なぜそんなにうたぐりなんす。 ソリヤア指{ゆび}を切{きる}の髪{かみ}を切{きる}のと。よく人のいふことでおすが。そんなことより。わつちやア。ぬしがこふだと。いゝなんすこたア。今でもどふともしいす心ておすから。欲{よく}をすてゝ。ぬしを呼{よび}てへ心いきは。しれきつておりいすものを。 (アキ廿一オ)  じれつてへのふ 〈トさかつきをとりしが又下において手をたゝく〉 [若者]およびなすつたアあなたかへ [道]喜助どん どふぞ火をちつとおくんなんし 〈此内おいらん。 小だんすよりなにか紙につゝんだものをとりいだし。火ばちの火をかきさがして。てうしをかける。 折からわかいもの。火をもちきたるを。すぐにひばちへいれさせ〉 [道]きすけどん。 なん時だへ [若]ひけすぎでござりやす [道]まだ用がありいすによ。 もしへひとつおあがんなんし(アキ廿一ウ) 〈ト盃へついで〉 喜助どん。 ぬしが今宵{こよひ}は近付{ちかづき}にならふと。おつせへしたが。さつきのとりこみで忘{わすれ}んした。 もしその盃{さかづき}をあの人へさしておくんなんし 〈トそでからそでへ。紙につゝんだものを。そつと客の手へわたす。 客もいぶかしながら。たもとにて。ひねくり廻してみれば南りやう二ツ。 さてはとしやうちして [吉]あげやしやう [若]おいたゝき申やせう 〈ト盃をてにもちながら。ひたいできやくのてもとをみている〉 [吉]ヲイおさかな 〈トべつにふところのかみ入より壱分だしてやる〉 [若]コレハお有かたふこさいやす。 おいらん宜{よろ}しう 〈トでゝ行 ちかごろ床へいつて。わかいものへはなをやるとがはやりもの也。 (アキ廿二オ) わかいものもざしきとちがつて。とこでもらへは。台のものといふところを。ちよつとした。ちよづりのさいぐらいにてすますゆへ。少しでもわかいものゝふところへ。みいりのよいよふにとの心づかい也。 [吉]コウしまつておきな 〈トおいらんがよこした。一分をほうりだす おいらん。あいさつもせず。うつむいている〉 [吉]おめへなぜだまつていなさる。 たかゞあれしきのかねがねへかとおもつて。いゞかげんに人をやすくしなさるがいゝよ 〈トはいふきとん/\。おいらんなをもだんまりにて。少し目もとうるみてうつむく。 此うちわかいもの。ちよびとしたうすでのはちに。あり合せのやき玉子と。ゑびのつけやきにはせうが。どんぶりに。するがむめの青づけ。さとうたつふりとかけて。ひろぶたにのせて [若]もふ何もござりやせん。 道しのさんおてうしわへ (アキ廿二ウ) [道]よふすよ [吉]是は御ちそうだ [若]ハヽヽヽヽ 〈おかしくもねへことをわらつて出て行。 きやく手しやくにて少しのみ。はせうがをつまんではのさきにてしやり/\とおとをさせてくふ〉 [吉]おいらんひとつのみなせへ [道]マアおあかんなんし [吉]おめへどふした [道]どふもしいせんが腹{はら}がたつてなりいせん [吉]なぜだ [道]ぬしのこゝろいきを。そふとはしらずに。わづかなかねをだして。わつちが心をさげしまれるが。くやしくつてなりいせん。 ほんとうに又。実{じつ}がありいすならば。ちつとはくみわけておくんなんし。 (アキ廿三オ) いち度{ど}や二どお出なんした客{きやく}人に。あつかましくこんなことがしられるもんじやアおつせん。 かねはわづかでもぬしを呼{よび}てへ心{こゝろ}いきが。あまつてのことでおざんすものを。 ぬしをみくびるといふ。わけじやアおつせんけれど。あてつけて。あゝしなんしたは。わつちが心をしりなんせぬゆへ。むそくにしられたと。おもいゝすりやア腹{はら}がたちいす。 あれもおめへさんに。だしてやつておくんなんしたアいわれず。わつちが手からやつちやアわるし (アキ廿三ウ) なぜ又。今宵{こよい}あゝすると思ひなんせうが。あれもあゝしておきいすと。あしたからでもぬしのとけへ。文{ふみ}がやられんすといふものでおすからさ。 もふ/\てへ/\のおもひじやアおつせんよ [吉]もふ/\わつちがわるかつた。かんにしなせへヨヨ 〈トきせるでわきの下をつゝく。 につこりとしておき上り〉 [道]なぜこんなきになつたのふ 〈トいやといふほどきやくをつめる〉 [吉]コウそれをおいらがしつた事か 〈トよぎのゑりを引かぶる〉 [道]しつたことでおすよ (アキ廿四オ) 〈トよぎをぐつとまくつてぶつつかるよふに客のはだへひつたりと〉 声{こゑ}は@@{くゝもる}夜着{よぎ}の内。 鼎{かなへ}にあらで。兼好{けんこう}が。筆{ふで}も及{およば}ぬ好意{こうゐ}の情{じやう}。 家{いへ}を忘{わす}れ。身{み}を忘るゝ。私{し}色の道には。巧拙{こうせつ}も論{ろん}ずべからずと。作者{さくしや}も須臾{しばらく}筆を休{やすめ}ぬ ○〈こゝにかのねごかしにあいたる客[太九郎] 廻しざしきの。うすぐらきあんどうに。雁首のくすぶるばかり。たばこ入のそこをはたき。よのあけるをまちかね。一座のざしきをさがしあるき。まこ/\してとりちがへ。よそのざしきへずつとはいり〉 [太]権{ごん}さん。 どふだ もふけへろふか 〈トいふこへに。くつつきやつてねていたりし客。目をさまし〉 (アキ廿四ウ) [客]だれだ/\ 〈トいふかほをみて〉 [太]これはそゝう。 御めんなせへ [此ざしきの相方]だれだのふ ふけいきな 〈きやく。ふとんのわき。ある。かみ入をかたよせ〉 [客]おへねへよい/\だ 〈此内太九郎。こそ/\とにげだし。やう/\つれのさしきへさがしあたり。のぞきみて〉 [太]権{ごん}さんは爰{こゝ}かな [ごん]太九印{たくじるし}か へゝんなんし [太]今門違{かどちげへ}をして大きにしかられた 〈ト枕元にすわる〉 [ごん]太九さま{たくさん}さぞちぎつたろふ [太}ナアニ聞{きい}てくんねへ。 店{たな}たてをくつてとんだめにあつたはな。 馴染{なじみ}の客がきたのなんのと。おつうからくつて。むしやうに人を団子{だんご}にしやアがつて。そして風{かぜ}の神{かみ}でもおくりだしたよふに。跡{あと}@やアかまいつけもしねへ。 (アキ廿五オ) りくつをいふもしつているが。たかゞあへつらア。くぼへやつらだと。こつちで了簡{りやうけん}つけているも。こゝはふんどしのしろくなつたおかげたはな [ごん]ぜんてへ。いめへましいやてへぼねよ。 おいらもてへげへ。ひやめしをもつた。金杓子{かなじやくし}のよふに。のろまにされてしまつたはな 〈トむしやうにはなすこへに相方目をさまし〉 [相方]もしおゆるしなんし 〈トてうづにてゝ行〉 [ごん]ざまアみな 〈トわるくいふ 此内今ひとりのつれか来り〉 [里三郎]サア出立{しゆつたつ}の支度{したく}にしよふ [太]足元{あしもと}のあかるいうち。出かけるがよかろう。 したがりさこうばかり。地{ぢ}にしたといふかほだ [里]ナニ中ぐらぬよ おめへたちやアどふだ [太]おいらアもふいのちに別条{べづでう}がねへといふばかりで。とんだめにあつたアな。 ぜんてへおらア。昼斗{ひるばかり}あそんでけへらふといつたに。里三公{りさこう}がいたがるから。付{つき}やつていたゞけむだをした。 此{この}わりは。きこうにもふりかけにやアうまらねへ [里]とんだことをいふわな おめへがなをしてゐよふといゝ だしたは。 そして権{こん}さんの勤{つとめ}はおれが出{だ}しているかどふする [ごん]コレきさまもきたねへことをいふもんだ。 そりやア跡{あと}てとふともすらアな。 おいらなんざア。きのふもこまかたまでの舟{ふな}ちんと。土手{どて}のちやだいをだしておいた [里]そりやアおたげへよ。 田丁{たまち}でくつた団子{だんこ}のぜには。みんなおれがはらつたはな (アキ廿六ウ) [太]コウぬしたちやア爰{こゝ}で。そんなしみつたれなことをいふもんじやアねへ。 人がきいたら外聞{げへぶん}がわりい。 そりやそふと。里さこうそこに。はした銭{ぜに}があらは十六もんばかりかさつし [里]なんにする [太]けへりにたばこをかうはな 〈これもきのふこゝへくるときは六十四のこくぶを。五匁かつて。いれてきたりしが。かへりには十六文の五匁なり〉 [ごん]サアでかけよふ/\ 〈此内里三郎が相方。はをりをもち来り。きせる。 外のてやいもてんでにひつかけ。ばた/\とでかける〉 [里三郎があいかた]モシよふおいでなんしよ [若もの]又いらつしやいませ (アキ廿七オ) 〈三人ろく/\あいさつもせず立出る くゞり戸ぐはらりにのき下の犬が目をさまし〉 [犬]わん/\わアんわアイ/\/\/\ ○既{すで}に。鶏犬{けいけん}の声万戸{こへばんこ}に響{ひゞ}き。紫雲東{しうんひんがし}によこたふ。 撞{つき}だす鐘{かね}は。湯{ゆ}とならで。人の眼{め}をさまし。告{つげ}わたる烏{からす}の声{こへ}は。廊下鳶{らうかとんび}と倶{とも}に起{おき}て。二三寸連子{れんじ}を開{ひらき}。たばこの火を運{はこ}ぶ。 振新{ふりしん}が足{あし}おと喧{かまひ}すく。小便所{しやうべんじよ}の下駄{げだ}の音最繁{もつともしげ}し (アキ廿七ウ) 〈はやがへりの客ねとぼけごへにて〉 [唄]おとつさんや。おつかさんにしかられて。そんなよはいきで。つまるものかへ 〈道しのがきやく〉 [吉]ごふぜいにつまつた 〈トきせるを。灰吹にてむせうにたゝく〉 [道]とふして上ケいゝしやう 〈トかんざしにてほじりぽん/\とふいて。すいつけさしいだし。きやくのひざにもたれて。いつぺん。かまで。ゆでられた。といふかほつき。 大たふさのかつ山。うしろへあふのき。まへがみ。ふたかは目の上にかゝるを。かんざしにてかきあげ/\たゝうつとりとしたるかほにて〉 [道]もしへ。なぜわつちやア。こんなになりいしたね [吉]どふしなさつた [道]もふ/\。なんだか。気がおかしくなつて。いつそものをいふちからもおざりいせんよ。 (アキ廿八オ) なぜこんなにしておくんなんした [吉]おいらはしらねへわな [道]ナアニ。ぬしがこんなになさりいしたわな。 ゆふべからの嬉{うれ}しいに引かへて。けさはお帰{けへ}りなんすだろふとおもいゝすりやア。悲{かな}しくつて/\なりいせん。 どうしんしやうね [吉]おめへがそんなにいつてくんなさると。千年{せんねん}もなじんだよふな気{き}になつて。いつそ帰りたくねへ気になつたが。これでもつまらぬものだ (アキ廿八ウ) [道]それだから。すぐにお出なんしといふこともいわれいせん。 もふ/\いゝ苦労{くらう}をもとめんしたよ 〈トかぢりついて。客のはなのさきへ。かつ山をこすりつける。 ばいくはのにほひにたまらずぐつとしめつけて〉 [吉]いつそのくされに。けふはいよふか [道]ソリヤほんとうにかへ したが。ゐなんしてもよふすかね [吉]いゝ事はねへが。幸{さいわ}ひ親仁{おやじ}は。田舎{いなか}へいつて留守{るす}だから。けふはながしときめてしまいやせう [道]ほんに今度{こんど}からは。お留{とめ}申いすめへが。けふばかりはそふしておくんなんし。 (アキ廿九オ) 其かわり御ちそうをいたしいしやう [吉]そりやア有{あり}がてへね。 時{とき}にけふゐるにしちやア。遣{や}り手や何かにやるものは。みなやらざアなるめへ。 金{かね}はいくらでも爰{こゝ}にあるから。いゝよふにしてくんなせへよ [道]ソリヤのちにいゝよふにいたしいす [吉]ほんにコレみな。ゆふべの一分{いちぶ}が。まじ/\と爰{こゝ}いるわな 〈トわらひながらたばこほんの引だしへ入んとしてかの引だしににかみにておりし蛙のあるをちらと見つけて〉 [吉]ヲヤなんだへ (アキ廿九ウ) 〈おいらんはつとおもつて取にかゝるをふりはなし〉 蛙{かいる}のせなかに。与{よ}七とかいてあるは。 コリヤア待{まち}人のまじなゐだね 〈此さとにてきやくをよぶまじないに。紙にてかいるをおり。それに客の名を書て。これへ針をさして置客のきたることをちかつて。其客きたる時はこのはりをぬいて。かいるをながす。 とりどころもなきわざくれながらこゝがいろざとの情なるべし おいらんはかほをあかめてうつむく [吉]ゆふべからみんな。 おめへがいゝなすつたこたア。啌{うそ}といふことが是でしれた。 おそろしい心いきたね 〈トかのかいるを。道しのゝふところへいれ。きせるたばこ入をしまい帯を〆ル〉 [道]ぬしやアどけへおいでなんす [吉]どけへいくもんだ。 けへるはな [道]なぜへ 〈ト少しなみだぐむ〉 (アキ三十オ) [吉]けへりたくなつたからさ 〈トずつと行にかゝる とびついてだきとめ〉 [道]マアお待{まち}なんしな。 下にいて私{わつち}が申いすことを聞ておくんなんし [吉]ナニサこんなに。まじないをしてよびてへ客があるものを。何おいらがよふな者{もの}に [道]そりやア此訳{わけ}をおしりなんせんから。そふおもひなんすは。 むりじやアおざんせんが。此客人に私{わつち}がほれてゐるの。何のといふわけじやアおざんせん。コリヤアてへ/\。せわになりいす客人でおざんすからさ。 (アキ三十ウ) それともぬしのお気がすみいせずは。此客人をきれいゝせうから。どふぞ。きげんをなをしておくんなんし [吉]きれるとつて。おいらがついてゐやアしめへし。それが。あてになるものかへ [道]そりやアこうしておくんなんし。 今度{こんど}其客人がきなんした時。ぬしのとけへ。おしらせ申いすから。どふぞきておくんなんし。 そふしいすと。其客人を翌日{よくじつ}までもとめておきいして。つきだすどころをじきに。お目 にかけいしやうはな (アキ卅一オ) [吉]ソリヤア大かた。外{ほか}のよい/\客を。その客だといつてか [道]ヲヤごしやうざんす。 ぬしやアどふいへばこういふと。よくじらしなんす。 くらアしいすによ 〈トたゝくまねをして。ずつとたち。小だんすより。かんさしを二本いだし〉 もしへ。こりやア其客人がもつて来て。おくんなんしたのでおざりいすから。お見なんし。与{よ}の字{じ}と。こつちらに道といふ字がほりつけておざんすにへ。 (アキ卅一ウ) それだからこういたしいすは 〈ト火ばちの火の中へいれ。かんざしの文字のとこをやき。へしおりまげ〉 コリヤアぬしに上ケ申しいしやう。 きせるにでもうたせなんし 〈トほうりだす 客も心とけて〉 [吉]おめへ。そふいつても可愛{かはいゝ}心いきだね。 もふ一言{いちごん}もねへ。 かんにしなせへ。 其客人も為{ため}になる人なら。つきださずともいゝわな。 あんまりうたぐり過{すご}して。おきのどくなことをした。 其代{かは}り。笄{かんざし}はおいらが施主{せしゆ}につきやしやう (アキ卅ニオ) [道]ナニよふすはな。 ぬしのお心さへすみいすりやア。なんにもいりいせん。 もふ/\わつちが心にやア如才{じよさい}はおざんせんから。かならず。うたぐつておくんなんすなへ。 [吉]ハイかしこまりました [道]いろ/\なことで。気をもませなんすから。いつそくたびれいした 〈トよこになり。よぎをはなの上までかぶつてきやくのかほをじろ/\見ている〉 [吉]なんだな。 きみのわりい [道]ぬしやアもふおかみさんがおざんしやうね [吉]ナアニまだなしさ (アキ卅二ウ) [道]ほんとうにかへ。 ア ね。 わつちやァとんだばからしい。ねがひがおざんす [吉]なんの願ひだ [道]わらひなんすなへ アノひよつと。ぬしのよふなほれている。亭主{ていし}をもちゐしたら。ね。おもいれ夫婦{ふうふ}げんくはをして。見たふすわな。 わつちらがとこの内證{ないしやう}で。おかみさんがいつそ。りんきふかくて。よく夫婦げんくはをしなんすが。わつちも。あんなにして見てへと。うらやましくつてなりいせんよ (アキ卅三オ) [吉]おめへもへんちきな事をいふ。 なにけんくはがおもしろへものか [道]けんくはは。おもしろくもおざりいすめへが。そのあとて。又いつしよにねて。中{なか}なをりのときは。さぞたのしみでおつしやうね 〈トかほにそでをあてる〉 [吉]そんなら。是からけんくはを仕よふか [道]サアいたしいしやう 〈ト引よせてほそき手もおるゝばかりたきしめる。 この道しの。いたつてはつめいにて。ばんじにしよさいなきしろものなれ共又こゝらのあどけなきことをいふ。 こゝがけいせいのじやうにてせんりやうのねうちの所也 (アキ卅三ウ) 一座のきやく〉 [風水]どふだ吉さんもふけへりやしやうか 〈トはいり枕元にすはる〉 [道]けふは逗留{とうりう}をしなんすとさ [風]吉さんほんにか [吉]おいらんが御馳走{ごちそう}をするから。いろとつてさ [風]ソリヤア大かた。御ちそふはしよう。 銭{ぜに}はそつちで出せといゝなさるのだろふから。こうしやせう。 おめへとたつた二人{ふたり}で。生簀{いけす}へてもめへりやしやう [道]ヲヤにくらしいのふ 〈ト此内風水か相方〉 [とこ夏]ぬしやアばからしい。 そこらちうをたづねいしたはな (アキ卅四オ) 〈トはいつて吉にむかひ〉 けふは御とうりうざんすかね 〈トいゝながら吉がかほをみてわらひ〉 道しのさんそふでざんすよ [道]モウそれだからうれしうおざんすよ 〈トかほをかくしてわらふ これはこの吉がいぜんのきやくによくにていることをゆふべよりはなしやいたる事なればなり〉 [風]何がうれしいかわからねへ [とこ]ぬしたちのよふな。いゝ男がきておくんなんしたから。それで道しのさんも。わつちもうれしいといふことざんす [風]おきやアかれ。ソリヤアゆふべの客の事か。 コウ道しのさん聞てくんねへ (アキ卅四ウ) ゆふべ東水{とうすい}さんとやらいふ色{いろ}男がきて。大さはぎよ 〈東すいといふはこのとこなつかきやくにておやぢ也 わざとからかつていろおとこといふ〉 [とこ]アイそふさ。 ソリヤアおめへさんよりかア東{とう}すいさんがよつぽどいゝ男さんすものを。 そのはづの事でおざんす 〈女郎もわざとからかつていふ〉 [風]ほんにそふよ。 どんないゝ男だか見てやろふとおもつて。ふすまの間から覗{のぞ}ひて見たら。とこ夏{なつ}さんかほれたも。むりはねへ男よ。 なんのこたアねへ。 蔵{くら}の壁{かべ}にかいてある。親玉{おやだま}がよこむきのにつらといふ。やせこけた親仁{おやぢ}よ。 (アキ卅五オ) なにが。常夏{とこなつ}さんが其親仁{おやぢ}のひざへいきなりにもたれると。道中{だうちう}すご六の虎{とら}が石{いし}をだかへたよふに。此ずうてへを。しなびた腕{うで}で。トやつていたはな [道]よくいわつしやるよ [とこ]サアニありやア。啌{うそ}ざんすはな。 東水さんはてへ/\いゝ男じやアおざんせん。 それだから。そのほうへ斗いつておりいして。ぬしひとりを。ねごかしにしておきいした いゝきみざんす。 (アキ卅五ウ) そふしたらお聞なんし。 いつそはらをたつて。酒{さけ}をむしゃうにおあがんなんして。しめへにやア。らうかへ大のしなりになつて。ねていなんしたわな [風]ナニ大のじなりになるもんだ。 太のじなりだ [とこ]太のしなりたアへ [風]ハテこう手足{てあし}をおつぴろげると。大のじたが。其したに。コレ見なちよつぽりと。こゝに点{てん}があるから。太の字{し}なりだ。 それも此点{てん}がどふかすると。ぐつとながくのびることがある。 (アキ卅六オ) そふすると木{き}のじなりよ。 そこで。木のよふになつたといゝやす。 なんといはれをきけば。ありがたかろふ [道とこ]ヲホゝゝゝゝゝゝ [風]まづおいとまいたしやしやう [道]もつとおはなしなんしな [風]イヤ揚{あけ}や町{まち}の湯{ゆ}にでもへゝつてこよふ。 [とこ]うちでおへゝりなんしな [風]イヤ生鮑{なまがい}を塩{しほ}でもむよふに。れいこくをごし/\とやつた湯{ゆ}はおそれやすよ [とこ]にくらしいのふ 〈トつれたちて出て行〉 (アキ卅六ウ) 諺曰{ことはざにいはく}契情{けいせい}の寔{まこと}は。食言{うそ}の皮{かわ}。 啌{うそ}は寔{まこと}の骨{ほね}。 万客{ばんかく}嘗{なむ}る口紅彩{くちべに}の。濃{こい}もあり。薄{うすい}もあり。 一概{いちがい}には論{ろん}ずべからず。 さきに呪{まじない}の蛙{かいる}は。賓人{きやく}を待{まつ}の結構{けつこう}なりと。 是異邦{からくに}の候先生{こうせんせい}が蛙{かいる}となつて。閭闔門{しやうかつもん}に馬元{ばげん}を待{まち}たる例{ためし}にもあらず。 又比翼紋{ひよくもん}の簪{かんざし}を取其志操{しさう}をあらわす事。姜皇后{きやうくはうこう}が衣裳{いしやう}を謝{しや}し。簪{かんさし}を脱{ぬき}て。宣王{せんわう}に報{ほう}ずる。 (アキ卅七オ) 其至誠{そのしいせい}をならへるにもあらさるべけれど。おのづから其影迹{ゑいせき}に預{あづか}ること。実{じつ}に一笑{いつしやう}するに堪{たへ}たり。 猶帖数{てうすう}を累{かさぬ}るに。いとまなければ。余{よ}は後編{こうへん}にゆづりて。相恋{あいおもふ}此両子の行末{ゆくすへ}をしらせまいらせんことを希ふ而己 (アキ卅七ウ) ----------------------------------------------------------------- 《注》 JISコードにない漢字 ・アキ24ウ2 @=さんずい×冥 ・アキ24ウ2 @=さんずい×幸 ・アキ25ウ2 @=に×濁点 洒落本大成との異同 ・アキ7オ7「このます」→大成13下15「このまず」 ・アキ8オ8「こ+しやア」→大成14上13「こ+じやア」 ・アキ10オ3「いるのた」→大成15上3「いるのだ」 ・アキ10オ7「なんさんすへ」→大成15上7「なんざんすへ」 ・アキ12オ1「おめへかた」→大成15下13「おめへがた」 ・アキ13オ6「さきほと」→大成16上13「さきほど」 ・アキ13オ6「しんそう」→大成16上13「しんぞう」 ・アキ13ウ1「すいから」→大成16上16「すいがら」 ・アキ14ウ5「づまみぐひ」→大成16下17「つまみぐひ」 ・アキ15オ6「しかたかねへ」→大成17上8「しかたがねへ」 ・アキ15オ8「めうたい」→大成17上10「めうだい」 ・アキ16オ5「さしき」→大成17下4「ざしき」 ・アキ17ウ8「といふは」→大成18上11「といふは。」 ・アキ18オ1「なれ共」→大成18上12「なれ共。」 ・アキ18オ2「していてうつり」→大成18上13「している。うつり」 ・アキ18ウ7「つめりやい」→大成18下8「つめりやい。」 ・アキ19オ8「くるたんか」→大成18下16「くるだんか」 ・アキ20ウ4「ひそつた」→大成19上16「ひぞつた」 ・アキ20ウ5「けいせい」→大成19上17「けいせい。」 ・アキ20ウ5「ほれた■」・・・「ほれたみ」か、不明→大成19下1「ほれた目」 ・アキ20ウ8「はな」→大成19下3「はな。」 ・アキ20ウ8「どふしたら」→大成19下4「どふしたら。」 ・アキ21オ5「それた」→大成19下8「それだ」 ・アキ21ウ1「心て」→大成19下12「心で」 ・アキ21ウ4「喜助どん」→大成19下14「喜{き}助どん」 ・アキ22ウ1「やるとが」→大成20上8「やることが」 ・アキ22ウ3「ほうりだす」→大成20上10「ほうりだす。」 ・アキ22ウ3「うつむいている」→大成20上11「うつむいてゐる」 ・アキ22ウ8「何も」→大成20上15「何{なに}も」 ・アキ23オ2「手しやく」→大成20上17「手じやく」 ・アキ25オ2「わき。ある」→大成21上14「わきにある」 ・アキ25オ3「さしき」→大成21上14「ざしき」 ・アキ25ウ2「跡に(濁点)やア」→大成21下3「跡じやア」 ・アキ25ウ5「おかげた」→大成21下6「おかげだ」 ・アキ25ウ8「て+行」→大成21下10「で+行」 ・アキ26オ1「つれか」→大成21下10「つれが」 ・アキ26オ5「別条{べづてう}」→大成21下14「別条{べつてう}」 ・アキ26ウ2「権{こん}さん」→大成22上2「権{ごん}さん」 ・アキ26ウ3「いるか」→大成22上3「いるが」 ・アキ26ウ3「コレ」→大成22上3「コウ」 ・アキ26ウ4「跡{あと}て」→大成22上4「跡{あと}で」 ・アキ26ウ5「とふ」→大成22上4「どふ」 ・アキ27ウ1「犬が」→大成22上15「犬か」 ・アキ27ウ7「喧{かまひ}すく」→大成22下3「喧{かまび}すく」 ・アキ27ウ8「下駄{げだ}」→大成22下3「下駄{げた}」 ・アキ28オ5「大たふさ」→大成22下9「大たぶさ」 ・アキ30オ3「置客」→大成23下2「置。客」 ・アキ30オ4「なるべし」→大成23下3「なるべし。」 ・アキ30オ6「心いきた」→大成23下5「心いきだ」 ・アキ30ウ1「なみだ」→大成23下7「なみた」 ・アキ33オ1「ア ね」→大成24下8「アノね」 ・アキ33オ4「なへ」→大成24下9「なへ。」 ・アキ33ウ6「仕よふ」→大成25上2「仕{し}よふ」 ・アキ33ウ7「引よせて」→大成25上2「引よせて。」 ・アキ33ウ7「たきしめる」→大成25上3「だきしめる」 ・アキ34オ7「ても」→大成25上9「でも」 ・アキ34オ8「そこらちう」→大成25上11「そこらぢう」 ・アキ34ウ7「おきやアかれ」→大成25上17「おきやアがれ」 ・アキ35オ2「いふは」→大成25下2「いふは。」 ・アキ35オ2「とこなつか」→大成25下2「とこなつが」 ・アキ35オ2「にて」→大成25下2「にて。」 ・アキ35オ2「也」→大成25下3「也。」 ・アキ35オ4「さんす」→大成25下4「ざんす」 ・アキ35オ7「とこ夏{なつ}さんか」→大成25下7「とこ夏{なつ}さんが」 ・アキ35ウ1「につら」→大成25下9「にづら」 ・アキ35ウ5「サアニ」→大成25下12「ナアニ」 ・アキ35ウ8「した」→大成25下15「した。」 ・アキ36オ1「大のし」→大成26上1「大のじ」 ・アキ36オ7「太の字{し}」→大成26上5「太の字{じ}」 ・アキ36ウ3「[道とこ]」→大成26上8「[道|とこ]」 ・アキ36ウ8「つれたちて」→大成26上13「つれだちて」 ・アキ37オ2「口紅彩」→大成26上15「口紅粉」 ・アキ37オ8「皇后{くはうこう}」→大成26下1「皇后{くはうごう}」 ・アキ37ウ1「簪{かんさし}」→大成26下2「簪{かんざし}」 ・アキ37ウ2「あらさる」→大成26下3「あらざる」 ・アキ38オ~アキ40ウ 該当跋文なし→大成27 序アキ五ウ:極上@・・踊り字?「く」?