「意妓口」翻字データ 凡 例 ・匡郭の外側で上部にある注は、「上欄注」と記した上で、〈  〉を付して記した。 ----------------------------------------------------------------------------------- 覚 一 二階へこたつ仕然申間@事 一 河岸迄あんか持出候共風烈之節堅無用之事 一 客人身之用心大切ニ相守リ可申事 月日 (扉/丁なしオ) 意妓口題言 振鷺亭主人撰 @{さきに}上永巷{かみなかちやう}の外傳{ほんだな}を著{あらは}し維歳{ことし}下冨岡{しもなかちやう}の内典{でみせ}を編{へん}す 明人{みんぴと}の北里{ほくり}志平康記{こうき}の流{たぐひ}煙花書{しやれほん}の本羲{もとで}にして清{しん}の曼翁{まんおう}が板橋記{きやうき}に效{ならつ}て斯{この}土{ど}橋記を作{つく}る彼舩亭{かのふなやど}の巨燵{こたつ}は囲火{あんくは}にして被@{なしみ}の洞房{とこのうち}を想像{おもひださ}せ@{こゝ}に@@{おしうり}の火縄{なは}賣あれは楽戸{けんばん}に所徳{ていり}の煮懸南蛮{にかけなんばん}あり (序一オ) 蓋{けだし}金陵{よしはら}の五丁珠市{ふかかは}の千蝶{てふ}名謁{おなじみ}の楽藉@{げいしやかい}は目今{いま}の男楽女伎{たいふはおり}が號{な}を呼{しら}ず 蝶は菜種{なたね}の花{はな}知{し}らず 菜種は蝶の味{あぢ}しらず 君{きみ}にあふ野の夜{よる}の鶴尾花{つるおばな}か許{もと}に招{まね}かれては扁舟{ちよき}の危{あやふき}を忘{わす}れ交起{かしば}があくる門戸{おゝと}の鍵{かぎ}は向卯{きぬ\/}の眼{ねふり}を覚{さま}す三春舘{さんしゆんくはん}の旧迹{あきち}は今空{むな}しくヘン\/艸に一夜の夢{ゆめ}を慷{なげ}ききのふの梳篭{しんこ}けふの上頭{いたかしら}となる    (序一ウ) 是をや籤牌坊{よせば}の富廟{はちまん}に備{そな}ふ意妓{いきの}口といふ [マワシ]三勝さん@{みの}屋へ出ます おゝかた半七@んだろふ みのやといふと嬉しさふな出やふだとは隔室{へや}の妬{そねみ} (序二オ) 鬱散{したから}の酒は烏亀{たんな}の情{なさけ} うろたへて出る事はねへ おまんまでもたべていきなとは@児{むかみさん}の奇察{わるずい} イヱとをしになるお客たから茶やでたべますとは@門{こともや}を出る捨詞{すてことば}待身{まつみ}なりやこそ 畳{たゝみ}さんその十露盤{そろばん}つくを宗{むね}として予近来北国{よしはら}を断{たつ}て東山{ふかかは}の一寸切遊{ちよつきりあそひ}を是{よし}とす    (序二ウ) 惟{たゞ}棚{みせ}の間{ひま}を惜{おしむ}所以{ゆゑん}の法{ほう}なり 扶桑橋辺{ふさうきやうへん}魚米市之{ぎよべいしの}隠士{いんし}筆{ふで}を算用帳簿{さんやうちやうぢやう}に@{そゝ}ぐ 門人 関東米写 (序四オ) 子供屋部屋{コドモヤノヘヤ}囂々{ガヤ\/タル}図{ヅ} とやについた子 口がかゝつた子 宵とまりのある子 女かみゆひ あいてゐる子 (序四オ挿絵) しまひのある子 ひきまゆをおとした子 玉の帳を見てゐる子 用事を付た子 (序五オ挿絵) 土橋意妓口目次 第一回 @屋{あかねや}半七於舟宿{ふなやどにおゐて}女房園之{にょうぼうそのが}感金算段{かねのさんだんをかんず} 第二回 美濃屋{みのや}三勝昼{よひ}置見通{とまりのみとをしに}宵泊于緑朝直{ゑんのあさなをしをかきおきす} 第三回 内塞茶屋有懸{うちでせきぢやにかけあり}部屋妬無拠突出切文{へやであふられよんところなくつきいだすきれぶみ} 東山見番{ふるかはけんばん}意妓{いき}の口{くち} 振鷺亭主人撰 第一回{だいいつくはい} 花{はな}は盛{さかり}に月{つき}は隈{くま}なきをのみ見{み}るものかは @湘{げんしやう}日夜{にちや}東{ひんかし}に流{なかれ}去{さる}臨海橋{ゑいたいはし}の人音{ひとおと}はいへ木長{なが}屋の出這入{ではいり}にひとしく新堀{しんぼり}の河岸蔵{かしくら}は印{しるし}の@形{やまがた}情妓{あいかた}の鬢差{ひんさし}かと疑{うたが}はる されば義仲{よしなか}巴{ともへ}御前{ごぜん}の鞍痕{くらたこ}の有股{もゝ}に打こみ義経{よしつね}暴風{しけ}の晩{ばん}に逆櫓{さかろ}を押{おし}て新地{しんち}の端{はな}をのつきるは静{しつか}といふ妓婦{はをり}が〈アサヽノアスサ〉 (一オ) まだ\/の潮来{いたこに}せつこみ項羽{こうう}の山を劈{つんざ}く勢{いきほ}ひも床{とこ}ばなれがのろく虞子{ぐし}が朝{あさ}なをしとなり信陵{しんれう}の好色{こうしよく}はちよつと借{かり}を初会{しよくわい}のつらで他{ほか}の晩妓{としま}を呼{よ}び孫朝{そんてう}の大酒{てうさいぼう}は芸者買{げいしやかい}ともちあげられてゝゝゝゝゝゝ{ぽち\/\/} なをしの書付{かきつけ}に酔{ゑひ}を醒{さま}し陶朱{とうしゆ}の商上手{あきなひじやうす}も雛妓{しんぞう}の算段{さんだん}におよばす 東坡{とうば}が赤壁{せきへき}の月見も豈東山{あにふかかは}の夜宮{よみや}を懐{おもは}ざらん (一ウ) つかひすごせし後朝{あさかへり}はとんだわるひ心もちとなり後悔{こうくはい}前{さき}に立{たゝ}ざればてうちん持{もち}を後{あと}にたてると同じく大河{かは}の恋風{こひかぜ}は浮花{うはき}な頬{つら}をなぐり内河{うちかは}の旭{あさひ}は目が覚{さめ}てから睡{ねふ}し 実{げに}も女郎買{かい}は夜{よ}が明{あけ}てからおさきまつくらとなるもの歟{か} 妓{ぢようろ}の秘{かく}す事なれど待{まち}人には盃{さかつき}を下タしめでしばりおけばその客かならず来りにくしと思ふまじないにはその客のまへの寸をとつてこよりにむすび寝{ね}たる床{とこ}の畳{たゝみ}の下にひそかに隠{かく}しおけば客そのこよりをとりすてぬうちは他{た}の女と合{あ}ふてもかの事は出来ぬとなり (二オ) かくこんたんをしつくしては西瓜売{すいくはうり}の行燈{あんどう}も白紙{しろかみ}て見せ紙屋が手ならひの師匠{しせう}へ年始{ねんし}の礼{れい}にくるは何{なん}のためなるかと思へば七夕{たなばた}の短冊{たんざく}をうらん仕込{しこみ}とぞ かく先{さき}から先へくゞる世にあるものは妓{ぢようろ}の誠{まこと}なきものは客の信節{しんせつ}なり (二ウ) その誠{まこと}を感{かん}じては尚{なを}にげべくきれべきは此惑{まどひ}ならずや @{あゝ}思ひにはどうした花のさく事そ 〇〈こゝに舟やど軒をならべし中にあつちらで通りのよき一軒の舟宿大和やとかきしかけあんどうは与三兵へか筆意をあらはしそうどうこのかまのふたは一のとりゐのごとくごたいさうなり [女房]はあつちでざしきをしてゐたあがりゆへしろう人とちがひはなしがあふゆへ客が多し かたぼつけにて仏だんの三ツぐそくをたすきがけてみがひてる ていしゆはいろでもつた中ゆへ名をよぶ〉 [女房]源さんかんてらを見てくんなせい [源]市やろうはどこへいつた 〈市とは内の船頭の事也〉 [女房]かしへ行やした 〈トいふ所へ店者のまだ青ひ客跡先を見廻してにこ\/しながら門口をひよいとはいる〉 [女房]ヲヤ丈{ぢやう}助さんお出なさいまし (三オ) きつひ御見かぎりね 〈トいひながら茶をだし〉 おとりさんから文{ふみ}がまいつております 〈ト状さしの文を見わけて出すを一の富でも取たやうなかほでさつそく封を切る〉 [丈介]御やうすかた\/申上奉候 まづとや時しの御さゝはりあらせなふ御機けんさまよく御入らせ遊はし候やうけ給はり度そんし上候そゑまし我身事もかはりなふなからへおり候へは御きもしさまやすふ思し召下されかし (三ウ) [丈介]きもじさまとは誰{たか}事で有ふ [女房]おあんじなさるなといふ事サ [丈]サアよめぬは 〈ト文をもつた手がうれしさふにふるふ〉 「扨とやおまへさま御事はせんし御かへりのせつさつそく御入らせのやうに仰られ候へ共御いらせもなく候へはしみ\/くろうになりじれつたくふさひで斗おり候へはすこしはふびんと御くませ下されせめて折\/の御はこばせありし候へは上なふ御うれしくそれのみ神かけいのり奉候」 (四オ) ちくしやうめ [源]ちくしやうと書{かい}てはございやすめい [丈]「また\/御はなし申上度事候まゝいづれ二三日のうちにどうぞや御内のしゆひ遊はし候て御入らせ下されかし」 はなしが有と書{かい}て有が何ンのこつちやらふな [女房]さればねへ [丈]「まことに申上たき山\/なれと御らんもあるまじくと何事も御めもしさまとたのしみに申のこし奉候 (四ウ) めてたくかしく 「ツサちくるひかんとんびめ」 とりより 丈助さま 何兵衛{なにべい}たらふネ [女房]御もと衛{おんもとへ}サ [丈]ゑらふ書{かき}くさるはへ     〈トお定りのかへすがきから二三べんくりかへし見て折目たゞしくたゝんで懐中する遊びも此内がほんのたのしみ也〉 「サヽ行{い}てやらずはなるまひ はやふ舟をこしらへておくれ [女房]お出なさるはいゝがせんどのやうにおづるけはなりませんよ [丈]げいしやもかはん たつた七匁五分限{きり}じや 〈トいふ所へ船頭市かへりかたの手ぬくひをとるがあいさつにて〉 (五オ) [市]中河岸{なかかし}は出やせんから大さんばしへ廻{まは}しやす 〈ト艪をおろす〉 [女]西だから降{ふり}もしめへ 苫{とま}はいるめへのう 〈トいひながら枕箱とうすべりとせんどうのあはせをふろしきにつゝんでゑんばなへ出しておく 是は見とをしへきかへて出るのなり〉 [丈]船{せん]しうしほ時はよひかな とんとモウ気がせくおいそぎじや 〈トそゝくさのみかけたきせるをかゝてへていれかゝる〉 [女房]ソレまだ吸{すい}がらにお火が [丈]とんとやけじやはへ 〈ト立上ツてそばにある茶わんをけとばすところ\/とこけて行ツてちんかよくねてゐるかごの中へはいるとちんきもをつぶしてとんで出る〉 [狆]ワアン\/ [女]ばか丈助さんだは [丈]ちんにおれがなじみを見せたいほんまのト一{といち}じや (五ウ) [狆]ワアン [丈]こいつはたまらぬ 〈トにけだしながら〉 かしまでお送{おくり}はかへつて花やかでわるひじや [女]さやうなら 〈トはきものをなをす〉 [狆]〈もあかりはな迄おくつて出て〉 ワアン [女]市どん四ツまへにつれ申てけいらツせいよ [丈]狆おさらばよウ引 〈トかけたす〉 [女]モシお手ぬくひが [丈]ホイ 〈ト立かへりその手ぬくひを取てじたらくにかぶると弥〉 [狆]ワアン\/\/ [女]きつひおせつこみサ [源]こいつもでいぶつらがしやくんできたの [女]お祖師{そつ}さまの御もりものをやるからもひとつわんといへ [ちん]ワアン\/ ▲〈扨きやくは狆におひ出されて表かくらへと急ぎ行たましゐははやすそのじしんばんのわきにあがつているべし (六オ) かく用をかゝへたせはしなひ客が多ければよびだしの切をきるもよきあんじなり さればごふくやに夕べけの五六人ツヽたへぬも尤の事ぞかし 是はそれには引かへあかねやの半七がむすめおつうをおぶつてくる〉 [うば]わつちらが旦那{だんな}さんはこつちらにおいでなさりやすかへ [女]ヲヤおんばどんおとう\゛/しいの [うは]是を旦那さんへ 〈トそのより旦那さまと上書した文を出ス〉 [女]御しんぞさんはよくやかましくおつしやらねへ [うば]ついぞなんにもおつしやつた事はございせん [源]おこし申しやな 〈トどてらのなりで三味せんをかゝへて女房にけいこしてもらふ 吉原すゞめをつめの先てひく〉 三下リ「そふしたきゝくとしら菊のおなじつとめのその中にほかのきやくしゆはすて小{を}ぶね (六ウ) [女房]モシヘおかみさんから何か急な御用をおつしやつてつかはしやりやしたよ 〈トゆりおこす こゝにあかねやの半七は女郎かいにもつてこひといふいろ男にてとしはまだ三十になるかならずと見へてはゞのせまき本こくらのおびにランタツの唐ざんのあはせおくみはしまゆうきでどうをいたしめにしたあはせかさねがひざつこのとこでちらとむくれ客ふとんの上にわりさんしよの龍もんのはおりをかけたまゝたはひもなくねてゐるは土ばしの三かつといきしなふといふ中とてふとした事からもつれ出しせつこんでゆくわけとなり夜とまり日とまりのうへ此五六日ぶんながしのけさの帰りにちよつとよつてやきしやうがのあさ茶によひをよびだしてぶつたをれたまゝ今おこされて目をさまし〉 (七オ) [半七]内からつかひがきた やしきの用たらう アヽとんだわるひはらあんべいだ 〈ト女房からきた文の封を切ると中から小つぶがいくらかあるを取てかね入へ入ながら〉 おつうきたか風をひかねやうにはやくおつかさんとこへいきや [源]おんばとん川びたりの餅{もち}をくひにきさつせへよ [うは]アイ 〈トおつうをおぶつてかへる〉 [女]又さつき三かつさんからお手紙がめいりました 〈ト文を出す〉 [半]ばかなつらな晩{ばん}に来てくれろだらふ 〈トふうを切べに筆でこせん紙へ五六まひ書たを見なから顔色かはる〉 [女]なんといつてよこしなさいやしたへ (七ウ) [半]病気{ひやうき}で引ツこむから二三日きてはわるひといつてよこしたがあすの祭{まつり}二日の仕舞{しめへ}もちつと心付た事もあり何ンにしろがつてんがいかねへ きてはわるひといふ事が一ツそくばかり書てある 今から行{いつ}て黒{くろ}ひともあかるひともあらつて見るぶんの事よ はやく舟をこしらへさせてくんねへ [源]アノ子もなまごろしな事をいつてよこした うつちやつておきなせへし (八オ) 一本入させて中へのつこむ法{ほう}もありやす あすも又すきにいかれるこつてこぜへやすは [女]アノ子もそういつてよこしなさるほどではこん夜{や}お出なさつちやアむだが出来ませふ 御しんぞもおつしやらねへほどむねで御あんじなさるもんだからあんどさせ申てそれから又お出なさいまし ホンニ気まぐれな旦{だん}那だよ おまへさんはなぜそんなだらふ 〈トひんねぢた文がらて火鉢をみがく〉 (八ウ) [半]はや緒{を}の切れた夢{ゆめ}を見たからのりだすなといふしらせだらふ こんなやさきに行ツてはかならずわるひもの こんやは内にねやせうよ 〈ト何くはぬ顔で外へ出る〉 [女]お送{おく}り申ませうか [暮六ツの鐘]ボヲン [半]おそのと三勝とはたとへて見れば深山木{みやまぎ}と都{みやこ}の花じやなア ▲〈かくて半七は内へ帰らずむりに一座をこしらへてつれの舟宿からのり出すそのわけは商売にする茶や舟やどへもめんぼくなひほど足かちかくかんを付られる身のうへはみな心のひがみから人をうたがふ此時節 一人では行にくきわけなれはなりかゝるふかはまりとなりては遊びくがいのつらさにまさる女郎買はたゞあさぎこそよけれ (九オ) 第二回 〈上欄注 こゝの内にはなるこがなきゆへよぶなり〉 [うらのさんばし] 〈にて船頭〉 みのやアヽ\/ [女]〈ともへのもんのちやうちんをさげて出て来リ〉 ヲヤ半七さんどなたもお出なあいまし 〈トやねぶねのみよしをとらまへ中を見るとてうちんの紋がいつもと違て居ル故〉 大和やさんじやアございやせんネイ 〈トいふは外からのつてきたゆへなじみの舟やどへ茶やからしらせてやる事也〉 [半]よし河岸{かし}の五条{でう}やといふ気のきいた船宿さしらせてやらずといゝぜ [女]それでもやまとやへ跡{あと}でネイ [半]よしサ さアあがんねへ (九ウ) [候兵へ]ナニあがれこけが栄螺堂{さゝゐだう}へのぼりやアしめいし此舟も蟻{あり}の餌食{ゑじき}になるだらう 〈トわる口をいひながらさんばしへあがる つゝひてくゞり出るは〉 [権八]コレサまちねへ アノ椀{わん}の中へひよぐりこんで見せやふ 〈トさすかうか川通の乗{のり}なれたとてもやつてあるふねへかゝらぬやうに何もごせうとおぼしめしがもつたかけわんがよしごのそばに一丁あがつてゐる中へ小べんをびんさしのやうにひよぐりこむ〉 [女]サア御出なはいまし 〈ト先に立ツてへいじ門のくゞりをはいりにはからすぐにろうかのさる戸を明てみな\/はいる〉 [半]孔雀{くじやく}の間{ま}より鼓鳴館{こめいくはん}へ這{へ}入らふ 〈ト向つて右はくじやくの額{がく}のかゝつている見通し左のこめいくはんへはいる〉 [候]和歌町の夢本{ゆめもと}だと鼓{こ}鞍楼{あんろう}といふものだ (十オ) あそこの鶴{つる}の三ぶく対{つい}も久しく見たものよ [権]こゝの見通しは向ふの秋葉{あきは}寺といもせ山といふものだ [半]びいどろのとうろうをとぼしたもこないだのやうだのう 〈トいふ所へしよくだいさかづきだいをもつてくる〉 [娘分]ヲヤ半七さん三勝さんはけさおめへさんがおけいりなはつてからたしか引ツ込みなせへしたよ [半]ソリヤアせうちだがだれぞ中どしまといふ所を 〈ト口ニはいへと心にふさき何かかんがへ姿候兵衛権八はそは付てゐる〉 [娘分]モシ思しめしでも [候]なしサ\/ (十ウ) [娘分]そんならやはらか所がよからうネイ [候]すのたつた所がいゝ とうふがなくは湯{ゆ}でも吸{す}はふ [娘]おいろさんがなくばおはにさんにしねへ モシおめへさんはお雪{ゆき}さんだつけネイ あの子をおよびなはいますか [権]ウだれぞ二組{くみ}ばかり [候]一組だの二組だのとけい者{しや}も重箱{ぢうはこ}といふものだぜ [娘]はおりにせうかねへ [権}太夫がいゝはな [候]はをりと太夫とまぜて袋{ふくろ}はまけてもらはふ [女]すきな事をいひなはいますよ (十一オ) 〈ト立ツてよせばへ聞に行出しものを持てくるとしまの〉 [娘分]ヲヤ\/半七さん なんだへきつひまじめだネヘ 扇{あふぎ}をチヨンとさしてサ 〈ト扇をひつたくつて〉 どなたもよふ御出なはいまし ちつとおすひなさいまし 〈ト吸もの三人の前へ直し船頭のかげぜんもすへておく〉 [権]としまだけさばくもんだの [娘]なんとかおつしやいますね 〈トひやかしながら松葉ながしで前髪をかきおびへ手をはさむもはやり也 船頭は艪をしまつて来り手ぬくひを手に持ツたまゝきうくつさうにかしこまる〉 [権]船ンしうか すはつた所はそうばんをうたふといふ身がありやす (十一ウ) 〈トいふ所へけんばんからかへり〉 [女]釣屋へ大一座があがりやしたからかけていきやしたが板にいゝのはさつぱりなしサ おいろさんは酒によつてゐるからとことはりだからお花さんにしやした おゆきさん来やす [娘]よくアノ子はいつこくをいふ子だ とまりの初会なざアいつても酒によつたのむしがいてへのといつて出てこねへよ 〈トいふ所へ太夫伊十兵次羽をり夏吉来り一座のかほをつらりと見て〉 [伊十]イヤ半さん一別{べつ}以来けさのまンまでござりますネ (十二オ) アハヽヽヽ [権]ちよんびらとちかづきに 〈トさかづきをなげる〉 [伊]モシふさりましたからやつぱりひろつてのみていのでござります [半]また藤{ふち}たなへとうふをくひにいかふか [伊]入舟の湯{ゆ}へ這{へ}入の山の朝{あさ}酒から釣{つり}といふ所もわるくはねへやつでございます こないだあげ汐{しほ}には大野やのどふのおち口でやみと@{はぜ}がつれます [兵次]ゑび釣ならきやうだいじめへから三間堂{どう}の方へのぼるとざらサ (十二ウ) [半]ゑびすの宮の三次ほど釣すきなものもあるめい [夏吉]毎日こつてゐなさるねへ [半]やぶのとなりの亀がとこのほりはおしひ事にせめへ 根津{ねづ}のほりもいゝス [伊]せんといゑき漂{みよ}てまつぱだかながきつ子が賽{さい}の河原{かはら}にさうどう の有つたやうにとり巻てゑさのおし売にあつた時ほどおかしかつた事はございやせん [半]アノまつはだかなはらへ人形{ぎやう}を書{けへ}て釣竿{つりさほ}の糸へやんまをいわひ付てた十ウばかりのやろツ子はりこうなやつよ (十三オ) 〈トげいしやとはなしの合ふがなじみのざしきの風体にてはむかぬがふう\/にて〉 [候]コレげいしやをかつたかかはねへかしれねへ ちつとにぎやかにしねへか やだアといふとはなのあなへぺん\/草{くさ}を@{いけ}てよせ場{ば}のいろりへよしごを生{はや}すぞ [兵]なるほどねお客がお心安ひとめいようしやうばいをわすれる [権]ひかずとものこつたらふぜ [伊]是も御しうぎ [兵]聞も御客の苦界{くかい}とやらサ (十三ウ) [夏]三下り「日ほん橋からふか川がよひちよきにゆられてゑいたいばしじやとひナ松にすみよし つくだしんちじやないかいな ふる石場{いしば}にしん石場おもてやぐらうらやぐらどはし仲丁海{うみ}にすそつぎ三間どうゑひすの宮にはニけんちや屋ア引 チンチヽリチチヤン\/ 〈此てうしを合す時ふたりの子ともくるゐしやう付は爰に略す 候兵へは[お花]中どしまにて初会此うたふ中に候兵へはあたりさはりをいひ権八はこくうにさはぎ半七はふさひでゐる お花は一ツ内の子共ゆへよこをむいて何かないしよばなし 権八がのは[お雪]じみに丸まげのまたがへしといふとしまにてうらだけさばきかける〉 お花さんこつちへよんねへナ (十四オ) 〈ト立ツてすはり直す〉 [兵]おてうしがねへきつねけんでいかふか [候]なんだかしみつたれだ [権]しみつたれとはふどうさまに引上られた文学{もんがく}だらふ [娘]おめへさんはいつそ世事{せじ}がいゝねへ [伊]旦那はまだ酒がしみつたれねへンだらふヨ [娘]ヲヤ\/引まみへの猫{ねこ}が出たよ どこでかゝれてきたのだらふのふ [候]引まみへをおつことしてゐる所へ口がかゝつてうろたへて付て出てくるつらか見てい (十四ウ) [伊]ひきと申せば此間山のみな本の庭{には}へ六ツ足の蟇{ひき}が出たと申ますが考{かんがへ}へて見るに御客の足のちけへといふ吉相{さう}だらふとみんなも申ております [兵]モシ御はなしを一ツ 〈トしかつべらしくなり〉 石かけにかにと舟むしが日なたぼつこをしてゐて申にやア岸{きし}どをりを舟がくるとにげるを かちとするもんだからきさまの穴{あな}へにげこむめへもんでもねへから舟虫だのかにだのといふしやべつはねへ (十五オ) たがひに一ツにげ仲間と思つて下せへとはなし合ている所へくるちよきのお客が聞付ておれも其仲間だ 〈トみな\/わらふ所へ〉 [女]〈きたり〉 ハイ半七さんへ 三かつさんから御口上 病気でおりますからおざしきへはまいりません 床{とこ}に待ツておりますとサ [権]イヤ有かたひ 〈ト手をうち〉 ちつとどうとかいふ所だらふ [兵]此場{ば}は一ツ旦{たん}引取ふ 此げいしやはいけずるひ はやく箱{はこ}をしまはねへか [夏]糸箱でも手つだいなせい (十五ウ) [伊]此伊十なとを一ツでポンハイ明キますは 半さんおまへにはついぞ出ません しかしこんばんは高ひものどなたも又かさねてはまけます アハヽヽヽヽ [船]ソレ@{ばつた}がゑりへとつ付た [女]ヲヤびつくりしたよ 〈ト先に立てみな\/どや\/とニかいへ上る〉 ▲〈右見通しの一件の内ニかいの角八畳にははや三人のわり床を廻して有 されば三かつざしきへ出られぬわけといふははぎやの客にあすのよみやのしまひはしてもらへど半七をせいてしかけをたのみしきやくははらをたつてまちがひとなり八はたやへ借金であつらへしがあたまのものもうけねばならず気がもめてゐる所へ半七がきたゆへうそをいつてやつたしんじつがありやこりやとなりてなをじれつたく座しきのながひもこんきがなくしみつたれななりでは初の一座とげいしやの前へかつかうわるくそれゆへのにせやまひなり (十六オ) 床のまの方へよせて屏風を引廻したる中に[兄弟分の女郎]かみはいぼじりまきにごてんぼうをさしたやつ はや床のりくつもすんだとみへこゝにおち付てはなしてゐる〉 〈上欄注 ごてんぼう一名かくしぼうばいむすび天神にもさすかうがいなり〉 おめへ半さんきなつたじやアねへか [三かつ]病気{ひやうき}だからくるなといつてやつたにちやんときたはな [兄弟分]そりやアそうとけさだんなへよばれてどうした 〈此たんなといふは子供やのていしゆの事をいふ〉 [三]きゝねへな マアだんなのいゝなさるにやア手めへあすの祭{まつり}をどうするつもりだ おいろ〈おいろは一ツ内にて三かつにつゞひてあきなふゆへ中のわるひ子也〉はおれに咄{はなし}も有ツたがといひなさるからじきさま胸{むね}へきたからわつちがいつた事をきゝなせへし (十六ウ) 四軒{けん}の茶やじやアそうをうに顔もうつておりやすツサ まつり二日のしめへぐれへおきやくの念{ねん}をつかひなさるにやア及{およひ}やせんとづゝ かり立ツてへやで三弦{さみせん}をひきながらかんがへて見やすにおいろさんが半さんのりくつを旦那へふつこんだにちげいねへのさ うらみが有ならじかにいへはいゝ [兄弟分]ウヽさふさ [三]いつて見たがいゝ 又のつきつていヱへる子じやアねへはな (十七オ) おいろさんばかり立ツてわつちをつぶしなさるなら旦那でもお持仏{ぢぶつ}さまでもねへから達引{たてひき}によしんばねんを入ても半七さんに仕めへを付させせわに成きやくの五人や六人しくじつてもと思ひやすよ [兄弟分]三かつ@ん\/ おめへ奉公にニツはねへからかならず気をはやく持{もち}なさんな いたこのもんくで当リなさるからだんなも苦労{くろう}にしてゐなさるはな へやのもめるもせうちさ おいろさんと物をいゝなさらねへもせうちでわたいにわけてやれといひなはつたよ (十七ウ) [三]ホンニ半七さんは初会{しよくはい}からもめつけイした客人{きやくじん}でどふいふ事か呼{よん}で見たく夫から苦労{くろう}くげんをしてさんだんとはたらきとやりくりと借金{しやくきん}とで是程迄に訳{わけ}た中 今さらおしひとは思ひやすがいつそこん夜{や}ことはつてしまはふかと思ひやすよ [兄弟分]おめへといふものもわからねへもんじやアねへかへ いゑ木長屋の板頭で五日勘定にいつもほめられるおめへが何ンの色のひとりぐれい旦那もしつてしらねへかほはせうちた (十八オ) 此頃うちおめへがあちだから半さんもせつこんで足がちかくたくさんさふに思ひなつてももし来なさらねへやふになるとなんでもねへものにしてしまつてさひしひ晩{はん}などへやにゐても心ぼそくむけいにやりたくつてもまけおしみて手がみも出しにくゝついのちごひをしやすもんだよ 半さんとおめへはたとへのこぎりでひつきつても切れるゑんじやアあるめへはな [三]そんなにわつちやアわき目からものろくなつたと見へやすかへ (十八ウ) ほんに折のわるひ晩{ばん}に内のしんざうしを名代に出しておひても気をもんで夜{よ}あけまへに逢{あひ}にくるやうにしもしとぼしはなかつたかと湯で床{とこ}のやうすを聞イたりまだ三年ンの年季{ねんき}もぬけもしやのすへにもと思つてる半七さんがつまらねへ時は出居衆{でいし}てすごす気{き}だものを 客{きやく}にあびせて用事{やうじ}を付旦那へ願つた墓{はか}参りもむちやくちやでのびたとて草葉{くさば}のかげからかゝさんもよもやむりとは思ひなさるめい (十九オ) 目鼻{はな}の明かねへ半七さんではねへがつかひすごしたあげくだもの むりな事がいはれるものか 心づかひもしておくのにこゝのしかたも気にくはねへ 為になるやうにせうで付届{つけとゞけ}もしてをくのに船宿もむねきなはらがたつ 茶やもかへさせ船やどもかへさせ半七さんの顔を立ざアわつちやアしんでもくらしくツてうかみやせんよ 〈トなみだはら\/と枕にしがみ付てなく〉 [兄弟分]なんの気をくさらして癪{しやく}でもおこしなさんな (十九ウ) 赤玉でものみなんねへか {三}気がはつてゐるから何ンともねへ おめいまだこつちへ来て長やぶるまひをしねへとおいろさんがいつたを聞{きい}たからわつちが黒しゆすの帯{おび}をやつてあしたはやくしねへ口がやかましひはな 〈ト兄弟分のよしみとて部やのたんすのかぎをはながみ入の中から出してやる〉 [兄弟分]ホンニお客のきげんはどうともしいゝが部やのつきゑゝがとんだむづかしひよのう 一ツ内に居りやアあさ晩ものをいわねへでもわるひから何でもあしたさかなをこしらへるからおいろさんと手を打てしまひなせいなヨ (二十オ) [三]さきの出やふによつてすみすましのならねへ筋{すじ}もねへのさ 〈といふ所へみな\/あがりきたるゆへ〉 [兄弟分]床が廻るさふだ いきやせう [三]のちに [兄弟分]半さんもきげんよくしてこんやけいしなせへしよ 〈トいひすてゝはづす三勝はとしが十八ばかりあらひかみをおとしばらのしまだにわらにてゆひ半月のいすのくしをちよいとさしまへかみの所よりかけむすびのかんざしをさしおしろいなしのすかほよせぎれの本八丈のねまきにはゞ二寸の糸さなだの下〆白ちりの下おびにてしりをむけてねたふりをしてゐる 是はこよひ半七をじらすさんだんなり その所へみな\/来り男げいしゃはすぐにいとまごひをしてかへる 但女げいしやは下にまつてゐる事なり〉 [娘]モシ夏吉もけいしやせうかねへ (二十ウ) [半]〈ウヽト床へはいり三勝がねすがたを見てものもいはずせなか合せにねる [候兵へ|権八]も床へはいりほどなく二人のあいかたも来る〉 [お雪]ナニわつちかへ お心よしのむねきものさ 〈トろうかをいさんで床へ来りおびをとひてびやうぶへかけながら〉 三かつさんおやかましふごぜいせふ [お花]三かつさんおたのしみだねへ 〈トいひながら床へはいる 候兵衛はぼうだらになつてすじかひにねてゐるゆへ〉 モシちつとびやうぶのほうへよつておくんなせへし ゑこじのわるひねやうをしなはる 〈トあとはむごん 此子はかゝへにてまだかどがあるゆへ客もかひにくきかたなり となりのおゆきはじまへをかせぐとしまゆへたんごなり〉 [お雪]モシはをりを下へあづけなさらねへか [権]かうよぎのたゝんである所は初午の獅子{しゝ}といふもんだ (廿一オ) 〈トよぎをかけかゝると両方の袖に入て有まくらがおつこちる〉 [雪]モシ紙を一めへおくんなせへし 〈トぢかみまくらを権八にあてがひ紙の四角をひんねぢつてがら\/枕をする〉 [権]此まくらがみは出来あひの茶ほうじにもなる [雪]モシ手を出しなせへし [権]なんた 〈ト手のひらを出すをかた手でたゝくと〉 [女]〈来る〉 およびなはいましたかへ [雪]こゝだよ たどんを入てくんねへ ついでに茶も一ツよ [女]ハイ 〈トしやうじを引て下へ行〉 [権]此茶はおれも片手たゝひたからおめいと半ぶんツヽのまふ [雪]五分{ふ}でもすきなさらねへネ (廿一ウ) [権]さやうサ すいて見せるは玉子の目きゝ ひあたりのべつかう ソレ五分でもすきが有ルなら切込ミなせ [雪]ついぞねへ おめへさんがたのやうな革{かは}じやアごぜへせん わたいは是でもまだ初心{しよしん}さ [権]初心とへ そのをと一ツ所にしまつておひて折ふしほしなさるだらう 初心のかびたなアいかねへものだ [雪]おきやくのひましになつたもくへねへものさねへ (廿ニオ) [権]おめへもかねざしで五分もすかねへたちだ [雪]わたいは女だからくじらさしさ [権]おめへのやうなくじらがあるとくろひ雪がふつてるりこんの白魚{しらうを}ができるだらふ [雪]舟宿衆{し}の天井{てんじやう}じやアあるめへしあげたりおろしたりしなはいやすネ 〈自註ニ曰このしやれ舟宿の天井にある艪のあげおろしの事也〉 アイモシ 〈トやつと手のはいる手まへのたばこを権八かきせるについで出す〉 [権]アヽいろ男には何がなるへ 〈トきせるをちよいとはたく〉 [雪]色男たアどんなものだへ (廿ニウ) [権]こんなものさ 〈トしたを出しべつかつかうをする〉 [雪]アホヽヽヽ\/ へんちきなかほをしなはるおまへの鼻のあなは蓮根{れんこん}のやうだよ モウおがむからよしなせへし はらすじがざくじのやうによれ切れやす あんまり色気{いろけ}がねへよ [権]色気がなくてもいでといふ日にやア此面{つら}でも女ころしさ [雪]わたいも半ころしにしなつた内たね なまごろしにしておきなはるといきりやうかとつ付やすよ [権]いきりやうがいやなら弐朱でも取付てくんねへ (廿三オ) コレおがむ [雪]ふけいきなあんまり口をきくとかきがねがはつれて耳{みゝ}へぬけうらになると紙くずひろひが腹{はら}の中を通リぬけるから不用心でごぜへす [権]おれがぬけうらはいゝがおめいの井戸ばたがはしやいでいるだらふ つわでてうづにいきはあやまるせ [雪]ヲヤきついしやれさ [権]そういつても此口にはほれたらう ほれたか コレどうだ へんとうぶてへんとさま出ぬうちやかへしやせぬ (廿三ウ) [雪]アイほれました [権]とこにほれた [雪]わたいがかういふ四角なもんだからおめへさんのやうな丸ひお客がよふごせいすは [権]四角だの丸いのとあら木のもんを見るやふにすみ切角の人間もねへもんだ [雪]それでもむづかしひおきやくがありやすはな おめへさんのやうな世事{せじ}のいゝ客人はおかほれがしやす [権]川ぼれがすると土{ど}左衛門だ そういつてもおめへのあんべヱしきにやアほれたよ [雪]ほんにかへ (廿四オ) うれしひねへ [権]小づかひの一包{つゝみ}もやりてへ [ゆき]なにをへ [権]ともれいのこはめしを [雪]きざな [権]かつぎてだの [雪]アイサ五十五〆中ウぱらさ [権]中木場の川岸{かし}に力もちの石がならんでゐたがおめへの名もほつて有だらふ [雪]わたいらがやうなものにほれられたもおめへさんのゐんぐはたねへ [権]ゐんぐはもつくばつてゐるうちはいゝが立ツておどつちやアかぶしまひさ (廿四ウ) [雪]よく口をきゝなはる すかアならねへかへ [権]くちがすくなると歯{は}と舌{した}が三ばいづけになつていつぺいのめるのさ [雪]おめへさんはよく口をきゝなはるがあたりさはりをいゝなはらねへからいつそまんさらでねへよ [権]かきなさるならかはらけの小の字のやうにざつと手がるくかきなせい [雪]わたいは十ツぺんずりにかきかける気さなどゝうくからいゝ 〈トはらんばいになつてゝやうじをつかふ〉 [権]うくものは上ケしほのおかはじやアねへか [雪]きたねへたとへだ きれいにしやれなせへしな (廿五オ) [権]きれいにしやれるものはなんだらう [雪]雨おちのきしやごかへ [権]ふるし\/ コウト [雪]わらへ\/ つかへるやつさ [権]何ぞいゝてへ 〈トかんがへる〉 [雪]ちつとねやうじやアねへかねへ [権]モウ半丁ほどしやれてへ [雪]ホンニおめへさんの口は剃刀{かみそり}だよ [権]さびたさうだ はさみ小刀{こかたな}とぎにちつととかせやう [雪]にくひ口をきゝなせへすな [権]おめいのあいきやうを一トちよぼほどくんねへ (廿五ウ) [雪]コリヤア人のをくすねてきたのさ おめへさんのやうに外{そと}で世事のいゝ御方は内ではとんだやかましひもんだよ [権]内で是では気ちがひだ [雪]ホンニさふだらふよ わつちらが内のだんななどもにがむしをくつつぶしたやうなかほをしてゐなせへすが見番{けんはん}などでは大じやれださうさ それでなくてはしめしがきかねへネイ [権]しめしおん事さ [雪]モシおめへさんがたの一座はどうもわからねへ どつちのほうだへ (廿六オ) [権]けふは出番さ [雪]出番もすさまじひ 今ときの店衆{たなし}はたばこぞんさ やつぱり女房もちのほうが思ひやりが有ていゝのさ [権]そんならおれにホのじとレのじか [雪]さればねへ [権]女郎衆{し}といふものはどういへはかういふとよくそらツたばけるもんだ [雪]さうばかりでもねへのさ [権]そんならにげてくんなせへ [雪]アイにげやせう サア\/ [権]ごされやせき候 ホウホ [雪]ヲホヽヽヽヽ お花さんわたいがお客はとんだきさんじたよ (廿六ウ) アノ子はどうした ねたさふだ [権]モシそばやでごさいやす 箱を取にまいりやした 〈トびやうぶをたゝく〉 [雪]アレサねかしておきなせへし わたいもかうやつてねやうと 〈あをむきになる〉 [権]よこにねネイ [雪]アレサわつちやアいや くすくつてへよ ちよつといぢつて見なせへし 〈トゆびをとらへてはらをおさへ〉 癪{しやく}のゐ所をさすらせるも裏{うら}からなじみ気どりだからさ これほどにしやすからぜひきてくんなさらねへければならねへぎりじやねへかへ (廿七オ) [権]だき心がどつしりとしていゝ [雪]どつさりしていゝものはせうばいやの大がみさまと大道臼{だううす}じやアねへかツ もしおびをおときなさいしな 〈ト小くらのおひをといてたくり出ス〉 [権]ヲツト手がいてへ [雪]手がどうしたへ [権]手は手さ 手だから手さ 〈トまじめかほを見てふき出す〉 [雪]ムヽ 〈トわらひ跡はひつそりとなる これきげん上戸の女郎も気のおれぬあそひなり〉 ○〈こなたのとこにははらだち上戸のよいざめと見へてはなのつまつたこへで〉 [候]コレもちつとちんまりとねろへ 此女はふやけたさうだ (廿七ウ) [花]ナニヘ ひしきて酒でものみてへのかへ [候]なんだこいつア酒のみ客をとりこなせヱヽもしねへで大かた座しきへ出たゑちごやの松風せんべいやすゝりぶたの柚{ゆ}まんぢうのぬすみぐひでしよくもたれがしたのか 屁{へ}ひりの神のもふし子かあぢなほうをつんむいておつぺしたかぼちやのよふな嶋田のまげばかり大{てへ}そうだがしぼりばなしのまげいわへも大{おほ}かたいわ井のさうりのはなをだらふ (廿八オ) コレまはし元ゆひをこしらへてうるぜ 角ことぢもよしにしろ うしろざしもおきにしろ 箱{はこ}打かつるのはしのやき付がさうをうだ くしは当世風に山斗リ高{たか}ひが切まぜでしたものだらふ ついでにめし物もふんでやらふ なんだ定紋{ぢやうもん}のすがぬひが白だむしのやうだは いけふさ\/しひあまじやアねへかへ [花]ふさ\/しひとは何ンのこつたへ (廿八ウ) このごろさすぴら\/か緋あふぎのかんざしの事かへ [候]にが汐{しほ}のさつぱツ子を見るやうにぴこしやくしやアがると@{よつで}のせんどうしやアねへがのつけにそらすぞ 〈トだん\/こゑが高くなるゆへお花は上手をつかつて見れとなを\/やかましくなり舟やと女ども丸めに来り一座もおきて立あふ〉 [権]なんだな外に客も有もんだ しづかにしなせへな [娘]お花さんおめへどうしたのた [花]茶もくんで来やす たばこも付て上やす つとめる事もしておきやした わるかつたらごふせうなせへし (廿九オ) しよじいたらねへわつちサ [候]しり目でにらむなへ われがしり目がはやればナめつかちの干{ひ}ものが出来るはへ 此女郎は年中板をしよつてめう代にばかり出てゐるからねざうがわるひ 見{けん}ばんへざうきんをもつていつて廻しに板をけさせてこいしかたによつちやア顔を立て惣花の札もはらせめへものでもねへがすべたに達{たて}引も犬{いぬ}のくそも入るものか たれだと思ふへ おれが内じやア見世のやつらに女郎を惣菜{そうさい}にしてくはせちよき舟やねぶね三てうたちながしのそこりにのつこまれ台所{だいところ}のたゝき土は女郎のなみだですべるはへ 舟宿の女房のすき紙は御そんじよりの封{ふう}切らすでふき大天狗{ぐ}小天狗の二タリ人船 どうで高まきゑの枕箱{まくらはこ}からかんしやくを引出すからは中の上か本床{ほんどこ}かてうしをなげる用心 しらがらくためら店さらしめら正月やめあま酒めおでんしらきくあんべいよしめ [花]きつひめのじの字{し}づくしたネイ (三十オ) やくしさまへのぐはんがけかへ [候]何がどうした 〈トふみにかゝるゆへみな\/取さへてろうかにそうに立大さはぎになる〉 [娘]アノ子もじよせいのねへ子でごぜいやすは 下へかつこうかわるふこせへす 〈トよつてかゝつて上手ごかしにする〉 [候]木場{ば}の材木{ざいもく}をみるやうに立ごかしが気にくはねへ 和歌町へいつてのみなをす うつちやつておけ 〈トはしごはた\/〉 [娘]いゝ出しなしつちやアきゝなさるめへから御きげんまかせにするがいゝはな 〈トせんどうにいゝ\/下へおりる〉 [半]おれもいかふはの [権]おめへはのこつて身ぶんの所をわけてきなせいな 〈候兵ヘは玄関へかけ出ス おくつて出たる〉 (三十ウ) [雪]モシ二三日の内に 〈ト権八がせ中をたゝく〉 [候]いま\/しひ ○〈さて大風の吹た跡となり半七が床の中ニは〉 [花]アノ客人はけいつてくる客じやアねへはな ばか\/しく長ひ床{とこ}でソレノきたねへから用心をしたが気にあたつてじぶくり出したのだはナ [雪]わたいがおきやくはひやうひやくでいゝよ 半さんつれ申てきておくんなせい [半]お花さん壱つのみねへな 〈トいふ所へ下から〉 [女]モシ見番から札がきれますとさ [花]とまりツぽうに出るはつれへのふ [雪]モシ半さん (卅一オ) こんやはあやまつてゐなはるね いつもきげんのわるひと入あはせるといゝよ 三勝さんも気を揉{もん}てゐなはるからこんやはいぢめなはんなへ 〈ト二人ながらすてせりふありて明てかへる跡はこんみりとなり下の見通しは四ツ明のきやくとみへて太夫のこへニて〉 シヤウルリジンク「舟は帆{ほ}でもつ帆は舟でもつ土橋なか町は色でもつ チヤチヤチヤン\/ [作者曰]〈此本右うたふ頃の流行也〉 ▲〈さて二階はしんとなつてとなりざしきの床の中は四ツむかひの直しざかなにしよく台をつけられて義理ではをりをかつて茶づると見へ〉 歌「思ひきらしやれもふなかしやんな わしはなかねどそれこなさんが ○〈こなたの床ニは半七かせなか合三かつはあんまをもませてゐる〉 (卅一ウ) [半]なんだかなきさうなばんだ [三]何ンだか親{おや}にはなれたやうな心もちだ [あんま]さけが過ませふ [三]酒でものまねへけりやアうまらねへはな 内で付てくれた名でもおの字名でなくては土地にふさはねへさうでこんなにくろうをするのだらふよ [あん]まへどおまへさんの内からひな松さんといふか出なさいやしたが仕合のいゝ女郎衆{し}でございました [三]はじまらねへとじれつていと思ひなからおかみさんをおひ出してはいらふといふ法{ほう}もつみだねへ (卅ニオ) わつちは女房もちなどの御客のせわになる気はむじからつきりねへよ 〈ト半七にあてゝいふ 半七はそしらぬふり 其所へ〉 [娘分]三かつさんちよつと [三]何ンだ いゝねへな [娘]萩{はぎ}やからおきやく [三]ウヽよし\/ 〈トうれしさふにはねおきて〉 モシ半七@んはぎやからかりにきやした おめへにもはなしておく銀兵ヘさんサ むづかしひおきやくだがネたのむ事はしてくれるのサ あすの仕かけがまちがうと内のおかみさんがひゐきといふもんだからお色さんがこんだの勘定{かんちやう}に板{いた}がしらでわたいが板わきにでもなつて見なせへし (卅ニウ) どのかほでそばをふるまはれて居られるものかへ それゆへ手紙を出して祭{まつり}のこんやむかひにやる訳{わけ}だからネちよつといつてめいりやす 宵{よひ}とまりとか何とかいゝやすがモシ床へでも廻るやうなぎりでおそくなつても必{かならす}わるく思つてくんなせへすなへ 〈トぜつにかけて半七をせかせる手ごと也〉 [半]あんまりよくも思はねへのさ [三]なんのじよせいもなくつて (卅三オ) 〈トつんとして床を出て行くははらのたつたものなり さて又こゝから半七が舟宿へしらせてやりしゆへ船頭源来り手ぬぐいをひねくりまはしなから枕元につくばひ〉 [源]おむかひに参りました [半]源か こんやはつきゑへで外からのつてきたからしらせてやらずともいゝととをしておいたに 〈トいふ所へ女来り〉 [女]源どん [源]なんて有ますこんぴんちやん [女]三かつさんの [半]直し肴で源にのましてくりや 〈トいふゆへとまりとなり女肴をもつてきたれと半七は気くたひれてすや\/ねるゆへ二人でのみくひをしなから〉 [女]きのふはひまでからだにもちあつかつてゐたよ けふはおつけへされねへぼとにぎやかだつた (卅三ウ) [源]おらんほうはずでへひまだから内へまはつてもおやかたへきのとくだ あしたア舟をたでに出ねへけりやアならねへ 奉公た [女]さうさ 奉公してゐてもわるひきをだしちやアすまねへのさ [源]かういふ字あまりのいたこがはやるよ 「おれをツヽ突{つき}だし外に女ぼうらしひやくそくてもしやアかるがせいごうぬがねんねこしたとこへもゝんがアといふてばけて行く ヱヽヤレコレコレハイトツコイ (卅四オ) [女]こつちじやアあんまりいたこはひかねへよ おめへ舟うち場{は}へとまりにいきねへ かわいさうによくするさうだ [源]うらの昼夜{ちうや]壱分をしまつておひた [女]しやれらア 〈トつきたをし〉 ねてゞもゐるかと下で思はれちやアわるひ よくおよつたからひイていくよ 〈トひやうぶを廻し源も下へ行 かくて時うつりなんの手かしれぬ夜中のすゝりぶたはその床の中のゆかしくねる名代にねぬ客は小すぎにかきし口上書にあすあひにくるやとまつにつらし 夫帳場は引ケてかたなかけはゴウセイスムユウのごとくつくねんたるおき番の女どうこひはちの麦ゆのたきりはいひきかとうたがはるかし場の男はつみかさねたる三味せん箱とともによこたはり舟やどへやのあたまかづは十さしのほうつきににたり (卅四ウ) ふきんはしめしかこにかけあらひばしはかめのこざるにつるしてあり すでに夜はあけるに三分はやき [八まん鐘]ボヲン [客]舟をそふいつてくれ [女郎]まだはやひはな [女]富岡のおふねが出来ましたよ [鶏{にはとり}]コツケコウ [烏{からす}]カアヽ\/ [路吹口のつき米や]ガタリクサリ 第三回{くはい} くり明る廊下{らうか}の戸の音{をと}はいけそう\゛/しく秋葉寺のふせ鉦{かね}は出入の肴やのくる頃{ころ}なり (卅五オ) その比目{きぬ\゛/}におくり出客をかへして一ねふりにはや廻しは床{とこ}を上{あげ}にきて包{つゝん}でふろしきを引ツちよい女郎はおこされてから夕べの紅顔{こうがん}たちまち青{あを}さめて子どもやへかへるきのふはけふの一トむかし 是朝なをしの時いたれるかな [源]〈おきて来り〉 モウめいりませう [半]ウヽ 〈トのびをした手で屏風をあけてみると日がさしこむ三かつは何時に来ては入てねたかせなか合〉 [半]とんだおそくなつた 一ツぱいのんでいかふ 〈トいふ所へ女来たるゆへ〉 あさなをしといふとおき番はねむひかほだ [女]わたくしやアねやアしませんよ (卅五ウ) 〈けふは八月十四日にて八まんのよみやゆへいつもよりはや起にて娘分そろへの前だれをかけて出て来リ〉 [娘]ヲヤ半七さん けさも又おずるけたらふネ [半]されは [娘]本てうしても三下カリでもといふ御あいさつだねへ 〈ト三かつをゆりおこす おこされて[三かつ]はびんのほつれをかきなでる ふてたすがたにはりをもちねおきのかほのうつくしさ 半七がまよふたも尤の事也〉 [娘]モウ湯の出来たじぶんてございやす 髪結{かみゆい}さんがまつておりやせふ いつて御出なさいやし [三]そんならそうしやうかネヘ 〈トぞつとすかほのながし目に半七にものをもいはず出て行はあぢにきのもめるあさなり〉 [娘]こゝははきませふ (卅六オ) 中六畳{ぢやう}へおいでなはいまし [半]二かいの見通しから海のけしきを見ながらおがいをつかはふ 〈ト中のざしきへくる こゝから海が見へる也〉 [娘]べんてん洲{ず}かよくはれたよ [源]此天気じやア帆{ほ}をもつてむかふ洲{す}へ投網{とうあみ}に出られやす [半]だれぞうつくしひ所をいつてやらふ 夏吉といゑ吉を [娘]あさだからねへ 〈トいふは口明のきやくはゑんぎにどこの茶やでもにぎやかにげいしやをよばせたがるものなり 入かはつてま一人のとしまの[娘分]たしものとぜんをもつてくる〉 けふはまだなんにもございません (卅六ウ) 〈といふ所へほどなく夏吉いへ吉きたり少しはなし有て〉 [いへ吉]あさだからにぎやかなものをひかふねへ [半]つなでくるまがきゝていの [夏吉]ヲヤつなで車をひくときめうにゑんがきれますとさ [娘]やつぱりしつぽりと五大力{りき}がいゝよ [いへ]〈ばちをもつた手を一ツなめててうしをあはせ〉 ヲヤねがかはつたよ のちにふらねばいゝ [なつ|いへ]チヤン メリヤス「いつまでぐさのいつまでもなまなかまみへもの思ひ チヽチントン\/ツンテン 〈このうたをうしろにして三かつ本みがきにして出てくる そのすがたけさ仕立おろしのしかけはごり\/するむらさきちりめんの折つるのすそもやふ (卅七オ) 下着は白ちりめんで三ツ人がらよくきこなしこいおなんどにてつせんからくさの織切絽地金の帯をあだにむすび下ケ小杉十帖ばかりかみ入にまきて帯にはさみ白りんずのぬきゑりからすじかひにかけ香のひもを見せ長じゆばんと長ゆもじは日にかざしても見へぬやうなひちりめん 但しひちりめんのゆもじはちか頃外場所にてたまさかにしめる事也 つむりはふめるべつかうものゝあみだざしに小紅やの松かね香を匂はせ嶋田くつしのもみぢあけ いちかかつこうよくできてかみゆひの手ぎはを見せおしろいののるうりざねかほのすゞをはりしまぶたの少しあをきも心にくし いつたい中肉にしてはり有てあいきやうふかく少しこゝむがくせのおしたてなり こんなしやつつらもけさが見納と思へばいかしておくかくやしひ半七が心の内 ものゝいひたひほどまけおしみでいわれず三かつもわきがほじまんにすましてじらしてはみるものゝもしやこれぎりできなさらずはと気にかゝりそはへよりたひほどりきみでよられす〉 (卅七ウ) [半]けさの朝酒はまよひの打どめになるかして何かさつぱりとしたやうな心もちだ 今までせけんへつかずともよひうそをつきあだなくろうもしたもんだが是がいゝ引しほだらふよ 大しほならさんばしでなべかまでもあらはふよ [いゑ|なつ]「たとへせかれてほどふるとてもゑんとじせつのすへをまつ 合チンチ なんとせう チヽンチヤン\/ [半]おれはかはつたしやうとくで腹のたつ所がおかしくなりふとした事がかんしやくにさはり用事{やうじ}もおわるからふ (卅八オ) 是を思へば夫婦してかせぐが世の中他所行{たしよゆき}のなつた時分{じぶん}みんなも見たであらふ まだ朝がへりの船くらくあんかを入てしやれて行くにアノ市場の向河岸{むかふかし}で目あかしの魚{いを}〈目あかしとはあけがたのりやうくれがたのりやうはふさみと云〉をよつてゐる@{かゞり}のあかりで見れば夫婦だがうつかりとしてはすぎられぬものだ (卅八ウ) もろ町のかみさんたちは仕事の間に帆{ほ}をぬひゑさやのにやうぼはめゝずをさすが針{はり}めどより手かるひもしやうばいに身を入るといふもの 女房かあて字{じ}まへのいの字{し}のやうに角{つの}を出すもしよたい大事に思ふから女房のばちもあたるめいものでもねへ ソレヨむきみ屋の河岸{かし}のごみためにさいてゐる菊{きく}でも見て一ツ刻{こく}もはやくけいりませふ (卅九オ) こけが新地{しんち}の洲{す}へのつかけたやうに引かゝつてゐてがうはぢをさらさうより檜垣{ひがき}のいかり綱{つな}をのつきる時いつそ引ツからまつて死ねばよかつた 是もかうの屋のかしのいなりさまをいつものりうちした罰{ばち}だらふよ ぐちな事をいふやうだがけさ明がたひよくござのかゞりのきれたゆめを見たよ [なつ|いゑ]「たがひの心うちとけてうはべはとかぬ五大力{りき} チンチ [娘]なんだかあぢだねへ大分{でへぶ} (卅九ウ) [娘分]半七さんは泣上戸{なきじやうご}におなりなすつたさふだよ [半]なひていゝものはうぐひすと女郎し斗りさ [三]おつな事をいゝなせへすが夕べことわつて行やしたから一ツもよけいとよくばつてぬすみを売{うつ}たわけサ さんだんたから病気{ひやうき}のうそもありうちさこゝを一ツくみわけねへおめへさんではねへが女郎買の仕{し}やうもわすれなせへしたかへ 〈トしり目てにらむ〉 [半]手めへおかしな事をいふの (四十オ) [娘]三勝@ん一ツのみなせへな [三]つぎなさんな のめねへによ [源]ナニのめねへといふ事があるもんだ 〈トむりに手をおさへてなみ\/とつぐ〉 [三]つれへのう 〈トいゝながらいきもつかずにのみそばにあるつゝ茶わんを出して〉 のどがかわくからもう一ツぺい [娘]気がちがつたさふだ よしねへ [三]いゝはな 〈ト又ぐいのみ〉 くろうを十万坪{つぼ}へうつちやつたからけさは一人で浮{うく}のさ [なつ|いゑ]「さはさりながらかはる色なき御ふぜい トンツ [半]モウ何ン時だ [源]四ツでもごぜいしやう (四十ウ) むかい船が出ましたらふ [なつ|いゑ]「やがてあをぞへ かたろぞへ チチンテン おしき筆{ふで}とめそろかしく チヤン [半]わり花にでもしてやつてくんねへ 〈ト金入からざらりと明て金を小ぎきのかみに引ねぢつてなげだしついと立てうらはしごをかけをりにはへとんでをりさんばしから舟へちよいととびのる みな\/あはてゝおくつて出る 出ぬものは三かつ一人也 若ひものは札ごとはきものをもつて出る せんどうはまくら箱を引さげて出る 跡から女は引出しをあけてつりを入る 娘ぶんはさんばしにたつてゐて〉 [娘分]源どんコレサいゝしらけにしなさつちやアこつちでもすみやせんから二三日の内にきつとつれ申てきてくんなよ (四十一オ) 〈トいふこゑを跡にはや舟はうみの茶やのまへえくる 左りは八まんの門前の堀にて戸場出入の舟宿のあるかし也〉 [半]向ふからぞうきんのやうなつゝツぽをきてろをおしながら何か呼{よん}てうりにくるはなんだの [源]あれかへ [ろくに舟のむきみうり]ばか\/\/\/ばか\/\/\/\/ヱヽイ 山東{ふかかは}意妓口{ゐきのくち}畢 (四十一ウ) 附録 関東米識 右縁{ゑん}切の段先生の活文{いきたしやれほん}にして弐朱作者と割床{とこ}の論{ろん}ならず 抑{そも\/}もてるふられるのおもしろみは未{いまだ}遊の浅黄{ぎ}にて名馴{なしみ}深{ふか}くなりてはつらひと義理{ぎり}と理屈{くつ}と腹{はら}のたつ事斗に成もの也 譬{たと}へは是より末を書かば三勝はどうしても来ると思つててゐて一月も立元が惚{ほれ}てる二人が中泣たり笑{わら}つたりして呼とめた客ゆへ惜{おし}く成て誤{あやまり}の文{てがみ}を出し茶やからも舟宿へ迎ひに来る 此時半七行{ゆか}ねば未{いまだ}運{うん}の尽{つき}ざる人也 (跋オ) 是非{ぜひ}立帰る故三勝も達曳{たてひき}をしてどうらくにて年季{き}をふむやうになるもの也 誠に客によき引しほあり 女郎に捨時{すてとき}あり さらばとて女郎の突{つき}出すは情{なさけ}しらず逃{にげ)るはむちやな客{きやく}なり 略情通趣識士{わけしりきやくしん}前編{ぜんへん}の覆{くつかへ}るを見て後編{こうへん}の戒{いましめ}とすべし 深川大全{ふかかはだいせん} 振路鳥先生作 全五冊 芳原遊仙窟{よしはらゆうせんくつ} 同作 一冊 傾城人相鏡{けいせいにんさうかゞみ} 同作 一冊 白無垢芳町桜{しろむくよしちやうさくら} 同作 一冊 (跋ウ) ------------------------------------------------------------ 《注》 JISコードにない漢字 ・覚2      @=かねへん×甫 ・題言序一オ3  @=郷×向 ・題言序一ウ1(データでは序一オ;被@の)     @=おんなへん×朱 ・題言序一ウ1(データでは序一オ;@に)      @=奥の上半分×号の下半分 ・題言序一ウ1(データでは序一オ;@@の;一字目) @=てへん×(俊-にんべん) ・題言序一ウ1(データでは序一オ;@@の;二字目) @=隹×口 ・題言序一ウ3  @=さんずい×(揺-てへん) ・題言序二オ5  @=記号(○の中に●三つ) ・題言序二オ5  @=さ×半濁点 ・題言序二ウ3  @=卑×鳥 ・題言序二ウ4  @=にんべん×昌 ・題言序四オ3  @=さんずい×賎 ・目次序五ウ2  @=ひへん×西 ・第一回一オ3  @=さんずい×元 ・第一回一オ4  @=記号(山の形の絵文字) ・第一回三オ2  @=くちへん×于 ・第二回十二ウ7 @=さんずい×少 ・第二回十三ウ5 @=てへん×乖 ・第二回十六オ4 @=冬×虫×虫 ・第二回十七ウ5 @=さ×半濁点 ・第二回廿九オ3 @=四×会 ・第三回卅八ウ  @=たけかんむり×(講-言) ・第三回四十ウ1 @=さ×半濁点 洒落本大成との異同 ・題言序二ウ3ルビ「むかみさん」→大成174上12「おかみさん」 ・第一回七オ7「龍」→大成178下5「竜」 ・第二回十オ4「うか川」→大成179下11「ふか川」 ・第二回十ウ8「ふさき」→大成180上5「ふさぎ」 ・第二回廿九ウ5「二タリ人」→大成188上6「二タ人{リ}」 ・第二回卅三ウ8「ぼと」→大成189下11「ほど」 その他 ※序一ウ2「所徳の」の「徳」は,実際は「ぎょうにんべん×十×四×一×心」で記されている。 ※序一ウ4「號を呼ず」の「號」は,実際は「号×乕」で記されている。 ※序二オ2(データでは序一ウ)「旧迹は」の「旧」は,実際は「くさかんむり×隹×旧」で記されている。