客物語 凡例 ・左注は【】にて示した。 ・「(カギ)で示した。 ・@部分の注は最後に付した。 ・洒落本大成との異同も最後に付した。 --------------------------------------------------------------- 自序 怪{あやしき}を見{み}て怪{あやしき}とせざれば。大門{おゝもん}の待 伏{まちぶせ}も。其奇{そのあやし}き容{すがた}はなけむ。 客{きやく}をふる雪{ゆき}の夕{ゆふべ}。 横{よこ}に行{ゆく}微降雨{そぼ/\あめ}の朝{あした}寂莫{せきばく }たる居続日和{いつゞけびより}。 いざや彩面楼{みじまひべや}の客物語{きやくものがたり}なさんと。 @行燈{みせあんどう}の光{ひかり}を取{とつ}て。長燈心{ながとうしん }の百筋{ひやくすじ}も。義理{ぎり}と情{なさけ}の二{ふた}すじ三筋 {みすじ}。 (序三ウ) いとし可愛{かあい}を取交{とりまぜ}て。唯一筋{たゞひとすじ}に消残{ きへのこ}る。 雪婦{ゆきおんな}の八朔{はつさく}は是幽霊{これいうれい}の出端{では }なるか。 こはどふしいせふ格子先{こうしさき}。 密夫{まぶ}に逢間{あふま}が時有{ときあ}れば。按摩{あんま}の笛{ふ ゑ}のひう/\たる風醒{かぜなまぐさ}く吹{ふい}てきの字屋{じや}。 (序四オ) ぞつとする首筋元{くびすじもと}のひやかし通{つう}。 惚{ほれ}て手剛{てごは}き客{きやく}あれば。亦怕{またおそろ}しく手有{ てあり}の花嬢{おいらん}。 自多漂客{うぬぼれきやく}のお天狗{てんぐ}は。切掛{きりかけ}られし紋 日{もんび}の苦{くる}しみ。 彼熱鉄{かのねつてつ}も心{こゝろ}の裏茶屋{うらぢやや}。 筥吊燈{はこてうちん}の贈{おく}り狼{おゝかみ}。 ねらふは客{きやく}の足元{あしもと}にて来{く}るか不来{こぬ}@と折 {お}る指{ゆび}も。髪諸共{かみもろとも}に切禿{きりかふろ}。 (序四ウ) 化{ばか}さるゝ有{あり}。化{ばか}すあり。 夫是一箇{それこれいつこ}の妖怪館{ばけものやしき}。 爰{こゝ}に至{いたつ}て退治{たいぢ}する者{もの}は。函関{はこね} から東地{こつち}の先生{せんせい}。 必{かなら}ず魂{たましい}を奪{うばは}るゝ事{こと}なかれ。 親{おや}の異見{いけん}も闇雲{やみくも}に。迷{まよ}へば忽{たちま ち}つれないの舌{した}を出して引込禿{ひつこみかむろ}。 (序五オ) 身{み}をつき出{だ}しの笠一蓋{かさいつかい}。 身上棒{しんせうぼう}に振袖雛妓{ふりそでしんぞう}。 是{これ}を無功{むこう}の人{ひと}とや呼{よば}ん。 吁怕{あゝおそろし}ひ哉{かな}。 人{ひと}を惑{まとは}すの百々婆{もゝんがあ}。 忘誕{うそ}と実情{まこと}の正躰{せうたい}を今著述{いまあらは}した る一部{いちぶ}のありさま。 アヽラ (序五ウ) あやしやなア チヤチヤンと云爾{しかいふ} 紙華{かみばな}くらふ未{ひつじ}の春{はる}はつ文{ぶみ}の頃一寸七軒 {ころちよつとしちけん}の楼{らう}に登{のぼ}つて 式亭三馬述 (序六オ) 傾城買談客物語総目 第一回亡八楼穿古常情語{ばけものやしきのふるあなをうかつこと} 附リ高慢天狗大闘楼席話{かうまんのてんぐおゝいににかいをさはがす} 第二回純主大尽捕間夫語{どんすだいじんあやしきものをとらゆること} 附リ全盛娼妓契約幽霊話{ぜんせいのおいらんゆうれいとちぎりをむすぶ} 第三回薄情@妓嘘惑心語{ふるだぬきのこつてうきやくしんをかきころすこと} (序六ウ) 傾城買談客物語 発語 式亭三馬著 「傾城に誠なしとはわけしらず目黒に残{のこ}せしひよく塚{つか}とは唱歌 {はやりうた}の美言{びげん} 「死で花実{み}が咲ならばひよく塚にも咲はいなとは雑劇{じやうるり}の金 言也 其確論{くはくろん}の酔{すい}不酔を客{きやく}と問夫{まぶ}とに引分 て張リと意気路{いきぢ}の二道に磨{みかき}上るは北国の契情{きみ}なら でやは 誰が子かふり分髪{わけかみ}の頃よりも辛気苦界{しんきくかい}に身を沈{ しづ}めたつきもしらぬ人中におぼつかなくも馴{なれ}そめてしげりみどりの 友よぶこ鳥 (一オ) さるにても哀{あはれ}と思ふ至智{わけじり}に赤飯蕎麦{こはめしそば}の 世話たのみ引込禿の名もいつか振新伴新{ふりしんばんしん}の功{こう}をへ てはやぬしとなる部や坐しき 夜具敷初{やぐしきそめ}はいふもさら紋{もん}日の仕舞畳{たゝみ}かへ茶 や傍輩{ほうばい}の義理のしがらみ猶しもふへる気がね気つかひ こはきやりてが目をしのび間夫はつとめのたのしみとたがひに心あかし合ひ世話になるのを姉といひ憂{うき}をかたるを妹とよび その日をおくるくるしみも紅粉翠黛{こうふんすいたい}に表{おもて}をかざ り (一ウ) こま下駄と文がら入たるたんす長持{ながもち}御門徒{もんと}のお持仏{ ぢふつ}のことくかゝやき 青山流{せいさんりう}の活花{いけはな}は床がけの雪探{せつたん}を覆{ おゝ}ひ東江{とうこう}が額故物{がくこぶつ}となりて 撫牛{なでうし}とともに秘蔵{ひさう}なり 沈金{ちんきん}ほりの机上{きしやう}には勢語源語真淵{せうごげんごまぶ ち}の書入{かきいれ}本に枝折{しおり}をはさんで 百員{いん}の懐紙狂歌{くわいしきやうか}のすりものとよこたはり 允明{いんめい}が墨竹徴明{ほくちくてうめい}が蘭{らん}をうつして義之東坡{ぎしとうば}の釘{くぎ}の折 烏石広沢{をれうせきくはうたく}が蚯蚓{めゝず}を書{か}くは和漢{わかん}とつかぬちやらやうの筆法{ひつ ほう}か。 (二オ) その玉章{たまづさ}の拙{つたな}からて客人の長雄{ながを}を見くだし万 事伴新{ばんしん}にまかせて心雲上{うんしやう}にちかく酒と金とはどこか らわくか 孔方{おあし}の数量{かぞへ}しりたるをしらさるとしてしらざるをしりたる とする似{に}た山の通をてらすや中街{なかのてう}茶やが簾{すだれ}の内 ぞゆかしき ゆかりの客窈窕{ようてう}たる娼妓靡蔓{おいらんひまん}たる新造{しんざ う}もろとも外八文字つらなつて 花間笑語{くはけんせうご}の声しばらくもやまずおはい/\の神たち引みん たんのにんちくりんを欲{ほつ}し牽{たい}頭が (二ウ) 狂言乱舞乱席盃盤{きやうげんらんふらんせき}坐舗に嶋{しま}をなし十寸見 {ますみ}が妙音{めうおん}山彦{ひこ}にひゞくは鐘か 入相に花ぞ咲{さく}なる廓{くるわ}の風景仙境{ふうけいせんきやう}とやいはん楽国{ら くこく}とやいはん 釈迦{しやか}も孔子{こうし}も今の世にゐて見るならばうつゝをぬかし色を 色として賢{けん}にや換{かへ}ん されば琉球{りうきう}人を六度{むたひ}見たおやぢも志道{したう}金を一夜にな げうち干物{ひもの}のあたまを出汁{だし}につかふ 勘略{かんりやく}むすこもゐけん折檻{せつかん}を野暮{やぼ}と嫌{きら つ}てなじみ深密{ふかま}の実情{まこと}をたのしむげにや (三オ) 夕べの大尽{じん}は今朝{けさ}の紙屑{かみくず}ひろひとなりけふのあん まは一夜けんぎやう 変{かは}るははやき化物世界一度{ばけものせかいひとたび}大門をくゞれは 内證{ないせう}のからきを失{わす}れ たちまちわが身をうつせみのからりとたがふたましゐははやもぬけしてたのしみ に老をわするゝ [若菜{わかな}屋が一構{かまへ}]第一回 <○夜さくらは今をさかりと夕くれ時しきそめの客人ありと見へ竹村のせいろう はどぶのうへに山をなしてたれさまのさげ札天水桶となゝめなり (三ウ) 若ひものゝそろひかゝえがかははをりと色をあらそふ折しもつきだしのおいらん 有つて 初道中の茶やまはりなれはおしよくをはじめほうばい女郎けふは見たてのつれ道 中 今中の町よりかへりと見へて箱てうちんを万燈のごとくつらねかふろ大ぜいにこ ゝりのごとくどや/\とかたまりくるその跡へ しんざう一むれ内の前へくるとわれ先へかけだし ヤレうれしや火宅{くはたく}をのがれたといふあんばいでしきゐをまたぐ 引つゞひてつきだしのおいらんやりてがかたへ手をかけて まだちと足らぬ外八もんじそり身になつて入くる跡につゞひて 細見に一つぶゑりのおいらんたちつん/\ぜんとしてくり出すはるかのあと そなへはゐあつてたけからぬこの家のいちまひかぶ> ■{よびだし}若草{わかくさ} <上着は花色しゆすにゑびをぬひたるすそもやふ 下着はもえぎもをるのがくむくねずみじゆすにひちりめんのうらを付たる しごき髪はひやうこむすびくし二まひとかんざし八本は当時のお定リ也 新そう四人ついのゐしやうの二人かふろにばんしんつきそひうしろの方からちよ つとおいらんのゑりをなをしじふんもゑもんをつくろひて門口へくる> (四オ) [かゝへの仕事師][わかひもの]<ぎうだいのわきへならんで詞をそろへ> コレハおいらんおはやふござります [若草]アイいつそにきやかでよふすネ <ト目もとににつこりあいきやうをあらはしすつとないしよへ行> [かふろこいの]<おいらんの中をりのこまげたと新そうの下駄と一所にいくじなくさげる> [はんしんわけ里]こんな。そりよを持つてつたらのアノれんじのわきヘマアおきやヨ。 そして土{つち}の戸{と}さんの所{とけ}へいつて。 アノおいらんで申イす。 里通{りつう}さんによくおいでなんした後ほど参りイして御目にかゝりイせふ 。 たんとおたのしみなんしト (四ウ) それからのマアよく聞やよ アノわけざとが申イす。 この間御やくそくいたししたものはどうでおさりイす <ト何だかくだらねへ事をいつまてもいふ> [恋の]アイ [分里]サアはやくいきやヨ 「<内しよにてはていしゆ帳場よりとび出して> [亭主]コレハみんなおはやかつたの サァ/\こつちへ/\ どうだ中の町はにぎやかゝの [若]アイきつひ人込ミておざりイす モウやう/\で通つてまいりした [亭主]ヤレ/\くたひれたらふ それマア湯へへへらねへか 源兵へや/\ コレ源兵へは居ねへか (五オ) [禿]源兵へどヲヽ引 よばつしやるよヲヽ引 [亭主]長八でもいゝは 長八/\ [長八]ハイ/\ [亭主]長八{は}か 一寸そこへ何ンぞ出して下せへ [長]ハイ/\ かしこまりました [車井戸]ギイ/\引 <若者は台のもの茶やのおくりものと引ちがへてうなきやのあつらへはおかもち にもち来り 竹村の上あんまきせんへいを高つきにつみ上てもつて来たりしがしんざんと見へ てぎうだいのわきでうろ/\するを> [やりて]コレ/\ 竹村かこつちへよこさつせへ ついでにまめ小りんを百がたのみます <トはうぬが茶うけにするのなり 此高つきはちよつくり客人の口ふさぎと見へたり> [禿]<ふろしき包をかゝへて下駄をもつてまたきのせまひはしごをおりなから > かのとどヲヽ引 おいらんでよばつしやるよ (五ウ) [かのと]ヲイこんたアどけへく [禿]どこぞのたるまのゑんの下へいかア [かの]しつたかすかねへぞヨヲヽ引 <按するにくめんのわるいおいらんが七ツやへやるつかいならんか 御見物の君子御すいもじ被下へく候> [たいこもち浮世伊之介]<二かいからしやれながら下りて来り ずつと内所へ来る> 今日はおめつたう [亭主]アイ。 浮伊さんか。 客人はおやすみなすつたかの [伊]ハイ只今 トキニ此間は。御歌はどうでこざります <トかたさきからすこしへこんですはる> [亭]いそがしくてさつはりさ ホンニきのふお玉が池迄ついでが有たから善介にもたせてやッたツけが [女房]<帳を付ながら> アイたしか先生はおるすだといひやしたつけ (六オ) [亭]フムそりやアそうと浮伊さん 又景物点{けいふつてん}の俳諧{へいけへ}かはじまるよ [伊]ヘヱソリヤア妙でごぜへすネ ちと又よく心と出かけませふかハヽヽヽ さやうなら <ト高てうしにて表へ出かゝると出合かしらにはんか通二人> [鼠草{そさう}][無骨{ぶこつ}]衣裳{いしやう}付は大がい御すいりやう <二人なから黒ちりめんのふろしきづきんをくひにまきそのうへにさらしの手ぬ ぐひをくびにしぼつて 一向ねうちのないお太刀をきめてすこしみじかひぱつちをむりに引ツはつてはき 三度ばかりあらつてすこしつぎのあたつた足袋三まひうらのしもふりはなを 茶やのまへをやう/\にぬけて来てかけかまひもなひ女郎屋のまへをわざとかくれるやうな身ぶりをしてうれしがる風也> [無骨]どうだ浮伊 <トぐつとかうまんなり> [伊]ヤこれは無骨様すきと此間は (六ウ) [無]ホンニ京町のまんまだつけ [伊]ちといらつしやいましヤ あなたよふ入らつしやいました [鼠]アイ [無]コウなぜかへる マアいゝは チト久しぶりではなさふじやアねへか <トはいへど心の内てはアヽひよつとあがつたらこいつだけよけいだ 早くかへればいゝとむなさん用> [伊]<ぐつと見て取> ヘイ有がたふござります 只今ちよつと五十間迄さんじますから [無]フムそんならはやくいつて来さつし 待つてるぜ コレ茶やべへりは大きにあやしひぜ [伊]いづれなハヽヽヽしかし関所{せきしよ}をこします (七オ) [無]こいつはアあやまりだ [伊]さやうなら無骨さまヘイあなたさま [無][鼠]浮伊のちに逢はふ <チヤント中の間のとけい> <○二階の上り口には禿二三人出しものを引手すりへよりかゝつてはしごの下を のそき> さがりイ引す <トうつ向てゐるうしろの帯へ一人の禿引さき紙を長くむすひ付る> [禿]<ふり向て> かのえどんよさつせへ こんたはよくいたづらをするぞよ <ト平ツ手でむねのところをたゝく> [かのえ]<なきこへになり> ヲヤ/\/\アむねをたゝひたから三年いきねへよ コレよくしてくだせへ やりて衆{し}にそういふからいゝ <ト又ひら手て二ツ三ツたゝき合ふ> [禿]コレどうする [かのへ]しらねへは <トらうかを追かけおん廻す所へ明ざしきよりひよつくり出るはしやうめいいけ どりのせうづかのばアさんからつりをとりさふな> (七ウ) [やりて]コレこのがきめらは何をしやアがる ヱヱヽモいつ【言】ても/\聞かねへやつらだ おれか気がいゝからなをつけ上りやアがつてからに。 うぬらアうぬ。 どうするか見やアがれ。 ソレきり/\うしやアがらねへか <トしかり付てらうかのかみくづをひろつてれんじからうちやり忽ちにつこりと かはつてこちらの坐しきへはいる 定て三会目なるべし △中ほどの坐しきには新ぞうの入りましりてお定りのげひぞう有といへとも世に あるしやれ本にゆずりてこれを略す △おもて坐しきには客人なきと見へて大勢よりたかつてべらアり/\となぶ りくひをしなからきやくのうはさと内中の事をならべてゐる そのすみつこに磁石{じしやく}のけんさきといふ身であんまにひねらせてゐる はこゝの内へとまりがけに来てゐる男也 但しひるのうちは二階をゆるしても日くれよりはきやくの外あげぬものなれども よつほどのいろけなしと見へて昇殿{しやうでん}をゆるされたやつなり (八オ) [風雅{ふうが}]コウみづのとさん おめへの口のはたを見な 乞食{こじき}のゑんまといふくまどりがあるぜ [みつのと]ほんだんすかヘ ヲヤばからしひ さつきいそひて文をかく時つきイしたらふ いつそつらひぞヨヲヽ引 [風]ナニそれにつらひが入るもんか [つちのへ]ぬしやアロくせになんなんしたよ [みつ]それだつてつい口がすべりイしたものを [風]大かたけふの惣菜{そうざい}は油揚{あふらげ}ののつぺいにくじらの こましるたらふ [みつ]よくさがしなんすよ ヲヤてうしのふたが見へんせん (八ウ) はやく立ツてお見なんしな 又なくなると内所でしかられんす <ト硯ふたも鉢さかなも手の及ぶたけはあらしてしまひかんさしでやうじをつか ひながらたかの爪をほうじてゐる> [風]<はやくはんがちつぷうとこほれる故ふたをとる> どぶ川さんそこにある白ひものは何ンだ 玉露糖{きよくろたう}じやアねへか チットくんねへ [どぶ川]是かヘサアおあんなんし <トつまんで出す> [風]<一口くつてかほをしかめながら> ペツ/\アヽこいつアおそれる おらア又玉露糖だと思ツたら花しほだ やつさおきやアがれ アヽむねがわりひ どぶ川さんおぼへて居ねへ [と]ソレおみなんし あんまりいぢがきたねへからいゝきびだんす (九オ) 今じぶんナニ玉露糖があるものか [大せい]ヲホヽヽヽ <おりかららうかをばた/\とかけだしてくる新そう> [はげ山]おぼへてゐろちく生づらめ <トすてせりふにてかうしんのきかざるといふ身ニてしやがんで居る> [と]はげ山さん何かはしやぎなんすネ [皆]いつそそは/\して見ぐるしひよ [風]ナンタはげ山さん 鶏{にはとり}へ懐{ふところ}をにぎらせて色男の喰あきをしてへといふ晩{ ばん}たの 客色{きやくいろ}の食傷{しよくしやう}はあとがむつかしひもんだヨ こいつア私が御異見{いけん}だ [はげ]それだつてもいつそ犬馬{けんば}さんがなぶんなんさあな (九ウ) アノ奴{やつこ}づらはホンニロがにくくつてなりイせん ヲヤこゝにも口のわりひ人が居さしつたツけ 風雅さんまだ居なんすかへ [風]まだといふせりふはあんまりつれねへこつた ハヽアごうせいおそるべし そうした所は水道{すいど}じりの常{じやう}とうろうと来て居るはへ [はげ]なぜへすそがひらツてへといふ事{こつ}だんすかへ。 よふすよ。 かんにんしておやんなんし [風]こりやアいゝ大てん違{ちけへ}へだ (十オ) りつはにつくり立ツたといふ気どりだはな [みつ]又久しひ合鏡{あはせかゞみ}さ ぬしの世事は聞あきイしたヨ 上たりおろしたり二丁目に有たほりぬきのやうでおざりイす [風]ヲヤごうぎとしやれが御上達{しやうたつ}だ こいつは二丁目だけ新しひはへ [つち]こんな/\そこを通るはだれだ [風]そこを通るは長袖{ちやうしう}じやねへか [禿]わつちざんす [風]おきやアがれ [つち]つむじかちよつと鼻野{はなの}をよんでくりや [禿]アイヽ引 (十ウ) [ど]はな野といへばあの子は内所のねこに鼠ツ子を取られたとつてめそり/\泣{ない}てゐゝした [みつ]又おゐらんに聞へたらしかられんせう あれほどきらひでゐさつしやるものを [風]<はまじり/\してゐたりしがながくずり出して下だんの戸を明ると 仏絵のひやうぐがかけて有まへにお仏器{ぶつき}がぶちかへつてゐる そばにはした銭か四文銭ましりに五六十有 そのわきにかんろばいのまげ物ふた茶わんになまつけのかうのものゝうへに茶や の女ほうの文あり> こいつア妙/\ <ト云なからかんろ梅をなめてしたなめずりをしながら又なまづけのかう/\を かぢる> [つち]ヲヤ風雅さん御不{ぶ}しやれなんすな おいらんに申イすよ [風]ヲツトそういつておめへ喰はふと思つてコウごしやうだからおんみつにし てくんな (十一オ) <ト又一切とつて跡の戸をしめる> みづのとさんでへふがんしよくがわりイぜ ひぢりめんの七明{あ}け雪の中へ小べんといふ色だ しりぞひて考{かんがみ}るにいろ客にわかれてよりさるほとに扨も其後といふ 語り出しだらふ きつひとやに付た新ホイそうしやアなかつた おめへ行水にてもなつたか [みつ]よしなんしばからしひ 行水になりやア色のわりイもんでおすかヘヱヽ (十一ウ) すかねへ/\ <トきせるてぶつまねをする> [風]アヽやにがかゝらア つかねへこつたがこゝの屏風はだれがかきやした [つち]たしか田中のべんしんさんでおした [風]フムこいつは妙出来{めうでき}だ 見世{やくしよ}のかべとは大ちげへな出来だ ホンニあんまさんモウいゝよ [あんま]ハイ/\ [はけ]ヲヤアノ人は大きな声てよんであるきなんすよ ぬしのくる時分はいつでも鐘{かね}四ツておすネへ [あんま]ハヽアイヱ私もお茶を引ますとはやく通りますて (十二オ) [と]ぬしやアいつそかわいそうだヨ 目が見へなんせんじやアおかみさんのかほもわかりイすめへ [あんま]ナニおまへかゝアか顔などは鼻でかひでしつております [と]ヲヤけしからねへやホヽヽヽ そんならこりよヲあてゝ見なんし <トふくろうにたかつたすゝめのことく大せいにて色々なものを出してあてさせ る> [禿]<あいひろうとのまをかもめんにもん所があるかねへかしれぬほとよこれ くさつたてんのぬのこをきて大ふうしの文をもつてほうツぺたをたゝきながら> 吉兵へとんこりよおたのん申イすと [吉兵へ]ナンダ御へんじか ナセこんや出す あすの朝てもいゝのにこいつはあたらしひナ (十二ウ) <ト二かいの上り口の天水桶のわきで文をとり分てゐる> [つち]こんたア今けヘツたか [吉]ハイ只今帰りました 忠さんから御手紙が参りましたつけ [つち]フムそしてこんたア又江戸へ行ついでがあるならちつとたのまれて下せ へ [吉]ハイ/\ [風]なんだ又治丹坊{ぢたんほう}じやアねへか モウうるせへしやれ本にもかきつくした文句{もんく}だ [つち]うつちやツて置なんし どうで同じ所へ落て行くから作者も書にくふおだんすとさ ぬしのしつたこつちやアおつせん (十三オ) [風]サア/\大へこみ/\はりこのだるまへむね打をくはせたといふもん だ [禿はなの]風雅さんなぜきのふのものをおくんなんせん サアいま御出しなんし おくんなんせんとくすぐりイすよ [風]アヽコレうるせへよしてくれ。 そうされるとからだかかのこまだらだ コレ手めへの顔を一寸見や ソレへつついのこそくり水がめのもりをとめやうといふぬりやうだからべちやア ねへ くひと胴{どう}とのそきつぎがあきれらア (十三ウ) しかしそうハいふもんの歌麿が大にしきへ出るのは今の間だらふ <トいへ共此詞はいつかうにわからぬゆへねつからおちがこず> [はな]何ンてざいますとヱ そんならアノ人形屋{にんぎやうや}の庄{せう}どんかきたら買{かつ}てお くんなんし [風]ムヽやるといふにサ 内所に置たからのつちにやらふヨ [はな]ほんざいますかへ そんなら油十文字親のあたまへ松三本をしなんし [風]コレマアちつとだまりや おくの方が何かそう/\しひ。やうだぜ (十四オ) □須更休題{それはさておき}奥室{おくざしき}には [無骨]<四五会目と見へる客ふり出来もせぬ狂歌はいかひをむしやうと人にき かせたがる風にて五丁町みんな近つき何でもしらぬといふを恥にしてけいこ所の せわかしら 狂言のかはりめを三日もはやくしるをぐつとかうまんにして万事かすりへまはる を通と心得やりてとかごかきにいやかられる人物也 ねつみやのきせるに五匁五十のとめをくらひ一両ばかりの床花の返しに来たたは こ入を みせかけふとんのうへに大あぐらでやく者付の坐かしら御とく用足袋かたを売ふ といふ手付をして 何かりくつをならべるそばに九郎介いなりのあまいぬといふ身でわかひものつく ばつてゐる うしろの方には歌かるたを八分された名代ふり新けゞんなかほをしていまいねふ りがさめたといふ顔色 [無骨]コウ若{わけ}ひ衆{し}や何もこんたを引付て古ひすじな狂言に山も わからねへ本読{よみ}をするじやアねへが (十四ウ) ぜんてヘアノ女の心いきが紅毛文字{おらんたもじ}の仮名{かな}アみるやう にわるくからんでさつはりとわからねへ 是がこれ初やうらならまだしもの事 [若]イヱサそこでごさりますから [無]ハテ聞ツしおなしみがひによろしくと日なたぼつこのうるしかきでまん丸 にかき廻さふとはぬしが附句のあたりめへだカ そりやアはや事とすべによつたらもれへ引もねへ事じやアなし たとへかんしやくのむしががつてんしねへでも水道の水かげんでせんじやうつね のごとくにさつぱりとそいつもせうが (十五オ) 一ツペんぎりほとけの顔も三度とやらで二へんとなつちやア品玉のヱヘンとちが つて種{たね}がつきやう おゐらア大こく舞{めへ}のこび八じやアねへがおぶさつてくるなどといふきた なびれたあそびは新造ツ子のおけらさんよりはモちつときんもつだ しらツ切リなせうがにやアこよひ一夜はおれが妻といふ場{ば}もあるがそんな やぼはいはねへよ (十五ウ) [若]夫はモウあなたがおつしやりませんでも私どもがせうちいたしております 先ン日いらしつた折もあいにくな客人でよんところなくおもらひ申ますし 又こんばんもとはどうも申上にくふござりますが御如才のねへあなただけにあま へまして御ねがひ申ますのでござります (十六オ) <ト手ぬぐひをひざのうへでひねくり廻してかたへかけて見たり又はづしたりた ゝみのちりをひねつてこちらを向てひたいへ付しりをもち/\してゐる> [無]願をきかねへなで牛{うし}しやアあんめへし こんなにしみつたれたふとんのうへにつくねんとしてゐるとはマアおいらは御人 躰がつり合はねへお人がらのすたつた事たが このふとんも八朔の白むくから二度斗リいろあげをして七ツ屋のくらげへもとゞ 年明まへでヤツトふとんに変{へん}じたのたらふ (十六ウ) あゝいふ女郎にかぎつて若ひものゝ帯をかりては昼みせの間に合せ下着といつち やア半衿{ゑり}と袖口ばつかりとりかへて いく度もはれをさせはり付のから草を脊負{しよつ}てきらずの百万石もとつた つらをして素見{すけん}の口こたへもうるせへやつだ 江戸ッ子のありがたさには御乳母{おんば}ちゝ一ツペへの時分から此里へ入り ひたつて女郎の新ン手といふこたア おいらが腹からおしへてやるのだ (十七オ) ごてへそうだが無骨さまといつちやア大町河岸{かし}みせいふにおよばずどこ の内へ行かふが一度もはたひた事かねへ 揚{あげ}屋町の湯{ゆ}はとめ湯にして角{かど}にいる雪駄{せつた}なを しがしまつて帰{けへ}る時分{じぶん}から あしたの朝{あさ}はみのわ田町のおはりばゝアのくる時分 茶屋のこたつへふんごんでむかひ酒の湯どうふを喰{く}ひ中の町へこへとりが ならんて若ひものゝ塩をもるころは (十七ウ) 白川夜ふねで居る九郎介いなりもしつぽをちゞめて朝日如来も照覧{せうらん} あれといつちやアおつなせりふだけれど おらアあんまりしかたがおもしろくねへ <トからくりのいひたてへやくはらひをこたまぜにしたるごとくとう/\たるべ んぜつへらり/\とかみそりのごとき舌をひるがへし 若ひもの一トのみとしやれる所へ一坐の客> [鼠草]アヽよつた <トいひながらしやうしをあけ> 無骨ざん何てこぜへす [無]おやかましふこせへせう (十八オ) おめへのおいらんへよろしく [鼠]ナニサおめへ <ト此鼠草がことばは少シしつかによむべし> [無]聞なせヘ アノ女郎のしかたが [鼠]イヽヱサ先刻からわつちが所へやりてが来て何ン分わりくどひてたのみや したからそれゆへわつちも何ぶんおそなはつた しかしおもふ事いはでやみなんもはらふくるゝわざとやらだから何ぶんいふもよ ふごせへすが 今夜の事は何ンぶん一ツ夕{せき}の論にあらずだから何ぶんわつちにおあつけ なせへ (十八ウ) いづれあすのはんにも来て此あとまくはわつちが狂言をかきやせう 何ふんわつちが心いきを御いやましくもよしなに御くませといふ所だ マア/\夫にきめてくんなせヘ <ト何ふん/\わつち/\といふ事をうるさくならへる> [無]ソリヤアおめへのいふこつたからまんさらおれもつき合をしらねへてもね へが [鼠]ハテサよふごせへす (十九オ) 何ふん胸中{けうちう}に有やす [若]<先刻より一向口も出されずきゝやくになつてゐたりしが> あなたさまよろしふ御ねかひ申ます [鼠]アイ/\ コウ何や若ひ衆{し}やこんたア マア下へいかつし おれが何ぶんあづかつたからまんざらにもしめへ [若]ハイ/\それはありがたふごさります いつれよろしう ハイ無骨さま <トしびれのきれたところを手をついてやつと立て行引ちがへて> [やりて]コレハモウあなたさまありがたふおざいます モシ無骨さまヱこよひはさぞおはら立でおさいませう (十九ウ) ごかんにんなすつて下さいまし モシへこぶまきさんへお大事になさりイしヱ <名代ふり新> [こぶまき]<うつかりとして無骨がかほをましり/\と見てゐたりしが急に 気か付たやうに> 「アイ [やりて]<新をよひたし> モシへむつかしひ時の名代はわけておいらんの為でおさりイすヨ <ト小こゑていひ聞かせ> 「へヽヽヽヽハイさやうならごきげんよふ <口の内で> いま/\しひと <行過る> ○<あとは三人かうしんのきかさる見さるいはさるにてさるとはつまらぬさるま つ客木からおちたるふり袖 しんさう大風の吹たるあとのごとくにて夜ははや五更{かう}のころなれば (二十オ) うはぞうりのをとしはらくたへ田中のかはづ不寝{ねず}かあぶらをついでまは るもらうかのおとのしば/\にやりてがモシへとおこすこゑ もてた夜床のほち/\もふられた床のはいふきも名代のいひきにひゞきはるか 土手のあたりときこへて犬のとをぼへものさびしく 俗にいふふうりんそはこのさとでいふ> [おかくらの声]そばアイそばイヽ引 第二回 北方{ほくはう}佳人{かしん}あり 一度{ひとたひ}@{ゑめ}ば其城をかたふけ 二度{たひ}よろこべは其国をかたふくとは美女{ひじよ}をほめたる詩{から うた}を今の遊里{ゆうり}の名によぶもいやといはれぬいろすがた (二十ウ) しかも北州{ほしう}水あそび 粋とは水のいさぎよく諸分{しよわけ}しかたの行とゞき心をこゑによませたり やぼとは月{くはち}のかへ名にて水にうつれるかけの月もと 本躰{ほんたい}にあらざればとり所なき空人{うつじん}も金か光らすびんつき やいとによる物ならなくに柳にうけてあいしらふ一坐のものがなる口の酒ひたし なる大さはぎ のめやうたへといつよりもめれんになつて純子{とんす}大尽{しん}けふ若草 をもてなしとて (二十一オ) 気をなぐさめの大茶はん 何がな御きけんとりがしに本間の床{とこ}に居なをれば <よひたしおいらん> [若草]<みす紙を口にくはへてちよいとよこつまにて 五色はなをの上そうりをはきらうかをはた/\とてうづに立て行く> 色ゆへに身をはふすゐの猪之介が昔は人にもたせたるたいこを 今の世わたりに浮世/\ともろ人に呼はれて爰へきさくもの それにつゞひて紙子の狸{り}八蛸{たこ}の吉兵へ乱{らん}十乱次洞{とう }兵へ伝七いふも更 (二十一ウ) 名高き太夫たいこもち女げいしや。 もろともにむだをいふありしやれるあり みな/\屏風のかたかげにこゝをせましと居ならんだり <ほどなくおいらん> [若草]<てうつよりかへる> [げいしや大ぜい]サアおいらんこちらへ入ラつしやいまし <トからだをひねつて少し通り道を明る> [ばんしんわけ里]おいらんサアおめしかへなさりイし <トまねきをたす> [若]<まねきをきかへるどうはひちりめん 廻りはもをるにて鼠しゆすにうらの付たるしごきをしめる> [わけ里]<おいらんのきものをぬひだまゝにてそばのゐこうへかけたばこをす ひ付茶やの女房へ出ス> [茶や女ぼうおてつ]<いたゞひてのみ又一ぷくつひて> おいらんと出す <この内さま/\のしやれおかしみ有て> [おてつけいしやたいこ]ハイさやうなら御きげんよふ (二十二オ) <トみな/\立上る> [若]おさらばよ <トいつたばかり> [ふり新ふる川]おてつさんおぼへてゐなんしへ [てつ]又あんな事をいはつしやるヨ 何をおぼへてゐますヘ <ト云なからはいり口のはきものを手/\にとる> [ふる]よく此間おいらんの所へ来なんせんね [てつ]アレあんな事をいはつしやる あれほど参りましたものをや [ふる]いつへ [てつ]花さんのお坐しきをしまつてまいつたらおまへさん硯はこと草紙{さう し}をまへに置てゐねふりをしてゐさしつてからに [ふる]ソリャァほんだんすかヘ (二十二ウ) ヲヤ/\よくうそをつきなんす [てつ]イヽヱほんとうでございますよホヽヽヽヽ [わけ]おかさんおさらばよ [茶や下女]<かみさまのはきものとじぶんのと一ツにもち> ハイさやうなら <トみな/\やりてへやのまへえ行てまた> ハイさやうなら <トこしをかゞめてはしごはた/\> 「<うきよ伊之介はこのどさくさのまぎれさいわひ跡へのこりて明へやへしのび ゐる 次の間にばんしんかふろばかりにてみす紙をふとんの間へはさみ屏風をたて廻は せば しばらく閨中{けいちう}のこんたんは作者がおあづかり申んす> [わけ]<おいらんのくしとしのぎをわりかみでぬぐひその上をみすかみへつゝ んでくる/\と箱へしまひながら> 「コレ雪野や そりよヲしまつたらノ水道しりのめうがやへ行てかんせうがを買ッてきや (二十三オ) チツトきり/\しやヨ <トいひ付あたりの人目をしのびそつと明へやへ行> [わけ]<小こゑになつて> 伏猪{ふすゐ}さんかよくまつて御出なんした さぞきうくつでおさりイせう [浮伊]わけ里さんか純子{どんす}さんの床はモウおさまりやしたか [わけ]アイ今およりイした モシ伏猪さんへおまへさんの御心じやア さぞつらひこつておさりイせうがむかしは昔今は今たとへ人中でどんなにくやし ひ事が有イすとも おいらんの事を思ひなんすならばじつとしんぼうしてつらひ月日をおくらしなん し (二十三ウ) ハテおまへさんいつまでそうしたすがたでもおだんすめへ 又御かんどうでもゆりイしたら今のしんくをむかし語リと梅かゑのじやうるりに 有る通リ それをたよりにおたのしみなんしてかならず/\たんきな事をなさりイすな ヱ [猪]イヤモウおまへの御心ざしは有がてへともうれしひともホンニ御礼のいひ やうもねへ 若草はそのはづだがかけかまひもねへわたしが事をそれほどまでに実{じつ}を つくして思つてくんなさるとは (二十四オ) たとへあすが日死ぬとつても此御心ざしはわすれねへ [わけ]ナンノ御礼に及イせう 常から気ぼそひおゐらんのうまれ付 ひよつとマアつきつめた事でも有た時は跡に残ツてわたくしがどうマア苦界{く げへ}かつとまりイせう それが是かと思ふに付ても猶おゐらんがいとしぼく ハテ姉女郎の身の上にどのよな事がおざんすともとも/\力を合せやつて (二十四ウ) 世話になつたりなられたりするのが苦界の忘草{わすれぐさ}でおざりイす 夫に付てもおいらんにくれ/\異見{いけん}を致イした アノ純子{とんす}さんが来さしつたらどうぞして五十目ほどのむしんをお云イ なんし そうすりやア当分のしのきにもなりイせふ かならず/\外の客人にあしくあたりなんしては内所の手まへやりて衆{し }のおもわく茶やはもちろんどこ爰も壱つにわるくなりイすから (二十五オ) おまへさんの身のつまる事でおだんすからずいぶん心で心をしかつてモちつと張 リをもつて御出なんしと申イしたら なみだをこぼして御聞なんした 思ひ出しイすとモウ/\わたくしがむねがいつぱいにはりさけるやうになりイす <トほろりとこぼす一トしづくは妹女郎の一すじにせい一ツぱいのしんじつ也> [猪]何から何までおめへひとりの心づかひ いかにとしがいかねへでも若草もあだおろそかには聞やすめへ (二十五ウ) [わけ]かうしてゐる間も人目がうるさふおだんすから早{はや}くおかへりな んし おつ付ケ引でおざりイせう 今宵{こよひ}も又私が首尾してお上ケ申イすからいつもの所へそつとしのんで 御出なんし <ト何から何迄気を付てじよさいない所{しよ}をいぶせくも忍で浮猪は帰りけ る> △[夫とはかはる純子大じん]アヽがうぎとあつくなつた <ト上着はぬひでゆうきつむぎのあいぎ下はりうもんおなんどかへし柳しほりの きぬじゆばん くろなゝこの帯を前て結ひしねまき姿> [若草]<がもとへこの大じんはなはだのろくなり通へども気に入らぬ客人なれ ば為になるのもうちすてゝ (二十六オ) ふてうしなる事ばかりゆへばんしんにゐけんをされよんところなく口を合てゐる > [純]アヽよつたぞ/\ 何が紙子や銅兵へめがむりこぢつけにのませをつたによつてがうぎとよつた/\ アヽフウゲイフウイヤ又のたまくでいふのではなひが金と心と男ぶりと三ツそろ つたものかあらば苦界のつらひ事もあるまひ そこて我等が持こまれるじや アヽうるさひ/\ ノウ若草コレどう思ツてゐやるぞや <ハヽヽヽトはないきあらくよりそふはちつとむりなたとへなれどもとらにおつ かけられた手おひしゝのごとし> (二十六ウ) [若草]<ふせう/\に> イヽヱモウそりやアおまへさんがおいひなんせんてもぞんじておりイす だんなさんをはじめ茶やのごてさんはいふにおよばず ぬしが御出なんせんと堀{ほり}の内{うち}のにつてん【日蓮】さんへ願がけ やら塩物だちを致イすやらほうばい衆もてん/\に 純子さんはなぜ御出なんせんとあすこやこゝの部や/\でかいらうびをしばつた り紙で蛙{かいる}をこしらヘィしたり ヤレ盃を下しめ{しめ}てしばんなんしの (二十七オ) <[作者曰]待人のましなひはさま/\あれとも今もつはら用る法は ○うなぎを一本くひそのくしを客の名をかきたる紙へさし畳の四ツ辻へさし込て 跡をふみ付てをくなり 又法れいこくと客の名を元結紙へかきその上へびん付をまぜおはぐろにてかき廻 し/\にる也 その跡は又畳の四ツ辻へ入てふみ付置也 是いたつて秘なりといへ共さるおいらんに聞かきして爰にあらはす也> と大勢よつてさはぎイすよ ホンニおまへさんはくるわにおすまひなんしておやどへあそびに御出なんすやう でおざりイす [純]イヤそいつがおれがたのしみだが扨々遊{ゆう}人とつき合ふと毎日あそ びでいそがしひ けふも湖月{こけつ}と万葉子{まんようし}が歌の会から廻つて来たが翌{あ した}も又千利が所へ茶の湯に行 (二十七ウ) あさつては猶いそかしひ 入木堂{にうほくだう}が書会{しよくわい}と丹青{たんせい}が画会{ぐは くはい}が落合ツて是非にといふから行かねばならぬ さうすると惣六と白兵衛がどうぞ江嶋{ゑのしま}鎌倉へ御供いたしたひと云 何から先へしやうやら ヤレ/\通といはれるも金もちといはれるもうるせへ/\ おらアモウ橋の下にこもを着てゐるやつや帳場に居はつてきまじめでゐるやつら がやぼでうらやましくてならねヘ (二十八オ) <トしまんたら/\うぬほれにむせうとのばすはなの下 長夜も里はみじかきにわけて春宵一刻{しゆんせういつこく}もまつ身となれば 長はしごかけしや そでのぬれぬ先つゆにもおぢる軒のつま そのつまゆへにこひしのぶ時刻もよしと> [浮世猪之介]<白しやうぞくの裾より下をこんにそめゆうれいとすがたをかへ てなんなくうら戸口より二階へしのべは> [はんしんわけ里]<小こへになつて> 浮猪さんか [猪]わの字か [わけ]サアこつちへ付て御出なんし <ト手を引て明へやへしのばせる> ○<折からとなりの女郎屋は夜をうちあかす客のしゆかうつる賀がこゑのしん内 ぶし 「ながき長夜もふけゆけば木竹もねふる折よしとねまきのまゝにわか草は 床をぬけ出明キへやにしのびてひとり猪之介が風情見るよりすがり付 なみだに実をあらはせり (二十八ウ) [大せい]ヤンヤアヽ引 <こちらの明へやには[若猪]二人さし向ひにてさま/\のこんたんありといへ とも人目をしのぶ恋中なればくはしき事は作者にも聞とれず> [若草]アレ聞なんし となりでうたふ新内ぶし ぬしとわたしが二人のわけをつゝむとすれどあらはれんした じやうるりにまで作られて同じつとめの人たちになぐさみ物になりイしちやア わたしはともあれぬしの身が五丁中{ぢう}へたちイすめへ (二十九オ) [猪]ハテさて今さらどうするもんだ うき名の立ツは恋路のならひかくごのまへとは云ひながらコレ若草おのしはこゝ ろがかはつたナ。 <トわれをわすれて声をたかくするゆへはつとおどろき又ひそ/\> 妹女郎の鏡といつてもおしくねヘアノわけ里が此ころの世話大ていの実じやアね ヘ ホンニかげじやア おがんてゐる それに引かへうぬがこんじやう アノ大じんの金にほれたゞひつてんと見くびつて今じやアおれを長さほ下地アそ のはづよ (二十九ウ) 口をもとでにかせぎあるくいやしひたいこもちのぶんぜへでもつてへねへおいら んと色事をとは思つて見れ ど 時々はむかしの事を思ひ出してアヽおれも不孝のばちとはいひながらこんなにし がなくなつたかと ひとりむしやくしや気をもんでもおもてはうはきに見せかけて 坐しき/\のむり酒と涙{なみだ}をひとつにのみこんでくらす心のはかなさ は (三十オ) けんばんのせんかうより立ぎへのする細{ほそ}ひ身のうへ 夫もたれゆへ清玄{せいげん}じやアねへがみんなうぬゆへまよつたは <トやゝはら立のくぜつの序開人目しのべはひそ/\と声をもたてず男なき たゝきたひのも音やせんむしやぶり付にもあたりをはゞかりはぎしみかんでむね んのなみだ 岡目からみるときはつんぼうとおゝしのけんくはをするやうなり こゝらが尤だぞ/\と切落しのジヤ/\もの也> [若草]コレ申伏猪さん むりは男のならひと云{いゝ}すがソリヤアあんまりうたぐりだんす <トひざにもたれてしのびなみだ> いゝてへことは何やかやいつぱひ心にありイすがなみだでむねがはりさけイす (三十ウ) [隣]新内「ぐど/\いふもぐちながらいつぞや下の日待の夜 だんなさんがた芸者{けいしや}しう多くの中でこなさんのおとしはなしや口合 におもしろひ坐の持やうじや すいたらしひとかげことに [若]ほうばいしうがより合なんしてぬしのうはさをなんすを聞てわたしが心の そのうれしさはとびたつやうでおざりイす (三十一オ) すぎしも二人がうき名が立ツてぬしは二階をとめられなんす 又そのうへに親ごさんの御かんだうをうけなんすし あとにのこつたわたしが身もおやかたさんのりやうけんですまされるたけはと おしんでおくんなんしたがそれさへよんところなひわけでとう/\こゝへくらげ へしてとても今までのやうにあふ事もなりイすめへと (三十一ウ) 思ひ付てのたいこもち定めてぬしもつらふおざんしやう アヽどうぞしてかうしたらと杖にもはしらにもわけ里さんを便{たより}にして 何から何までせはになりイす 是ほと心をつくしイしてもそんなにぐちばつかりいひなんすからひよつと心がか はつたかと ホンニ/\あけしひひまはおざんせん [新内]「くがひする身を立るとて義理一ツへんのあたつきはけつく心のもめる たね (三十二オ) どうぞおまへも実にして逢ひとをしたひ恋のよく かつてな事を願{ぐはん}に願大師さんの御みくしも日にはいくたびうらやさん [伏猪]愚痴{ぐち}は恋路のならひといふがちつともあはずに日をおくるとど うかかうかとうたがひが出てつい一口もいひ過{すご}す むねさへわかれば何ンにもねへから腹{はら}が立ツたらかんにんしや (三十二ウ) <トなみだをそでゝふひてやる> [若]わたしも人のうはさにもぬしがあすこのかうしさきでたれ/\さんとさし むかひでおもしろさうにはなしをして居なんしたの そんじよそこのうら茶やへはいんなんしたのと聞イしてはたきつけられると知り ながら [新内]「しみ/゛\はらもたつた山夜はあかつきの夢ならてはれてあはれぬひそ /\こゑ (三十三オ) <「いつの間にかは[とんす大じん]手しよくヲたづさへ> 曲もの見付た <トとびかゝる出合かしらに> [ばんしんわけ里]<手しよくをふきけすしんのやみ> [純]今のはたしかに [わけ]このごろうはさのゆうれいでおさりイす 第三回 身のはてはいかにと問{と}ふもうし嶋{しま}やとはぬもつらき鐙{あぶみ} てふ それは向ふの武蔵野をけふはなやきそ [若草]はつまにはなれてきのふけふ浮名のたちしとがめにてわかな屋が別業{ へつげう}に禿壱人{ひとり}に (三十三ウ) そへ番{ばん}の喜介といへば身のうきをいつ喜{よろこび}に助{たすけ}ん とおもへと 儘にならの里{さと}夫にも似{に}たる興福寺{こうふくし} [木魚の音]ポク/\/\/\ [勤行{ごんぎやう}の声]南無阿弥陀仏{なむおみたうふう}/\/\/\/\ [かふろ恋の]モシおゐらんの所ヘア@おてらさんじやアとうふでもお売{う }ンなんすのかへ なんでおざりイすヱ <トしんくにくらすおいらんの心もしらずにあどなきはさすが禿のならはし也> [若]<ふとんの上よぎにもたれてうすゆき物語をよんでゐる> (三十四オ) あれはむかふのお寺さんがおつとめをしなんすのたヨ [恋]ヲヤ坊さんもつとめをしイすかネ モシへそんならお寺にもやりて坊さんといふがおざりイしやうネ [若]ヲヤ此子はヤいかなこつてもヲホヽヽヽ <トたま/\はうきをなぐさむ心のたすけまたとり上るうすゆきものがたり> よみくせ「なみだとともにたちわかれしに女{おゝな}。 おのこの袖をひかへてかくこそ詠{よみ}けれ 月出ばそなたの空をながむべし (三十四ウ) かたふかはまたおもへみやこぢ 男かへし やみの夜は思ひたえなんうらめしや 月なきとても我はわすれし かくいひて立別れしたがひの心のうちおしはかられてあはれなり 男も志賀のさとに三十日になるまで日をおくりけり その跡にうす雪何としてか病ふの床にふし今をかきりと見ゆる (三十五オ) <とよめばよむほど我身のうへにつまされて思はずこぼすなみだのしづくかふろ が見つけて> [恋の]モシおいらんへ その本はあはれでざいますかへ 又おしやくにでもさはんなんすりやアおわるふおざりイすヨ [若]ナニサあんまりよみ入ツてついなみだがこぼれたよ アヽなんのうそかまことかしれもせぬ此本をホヽヽヽ <トわらひにまぎらす口もと目もと。滝川粧ひ。 一もと。もゆびをくはへんそのすがた (三十五ウ) なるほど七十五匁では大極無類の大安うり 弁慶さんでもこいつはのろくなりさうなもの也> 「<寮もりおやぢ> [五六七{ころしち}]ハイ若草さまさぞ御たいくつてござりませう お茶をこしらへましたからサア/\おあがりなされませ <ト最中の月を一寸口取に出ス> [若」ヲヤおぢイさんかならずおかまひなんすなへ [五]何さおまへさま わたくしも御そんじの通@たん/\のふしあはせでたつたひとりの娘めをおやか た{親方}さまへおたのみ申ましたが 只今ではおまへさまのしんざうになりましてわけ里/\と御ふびんがつて下さ りますげな (三十六オ) それに付て娘めがきのふの文にもおまへさまを御大切にいたせと申てくれ/\申 付てよこしました かならす/\御気づかひなしに御保養{ほよう}なされませ ソコデかの純子大尽づらめがおまへさまをしたひをつてこんどの騒動{そうどう }をさいわひに爰から内々でうけ出すといふうはさもござります (三十六ウ) ハテわかひ内は二度とござりませぬ そのうへにおまへさまがたは人よりつらひ色のあきなひをなさるこつちやによつ て アヽ間には合はぬ事もあろし又もうかる事もあろし その内にも相揚{さうは}がくるへどマア@ろばんの玉ちがいな事はおよしなさ れませ てん/゛\の気に入てアノ人ならば亭主{ていしゆ}にしたひあれならば女房にせふト (三十七オ) そこでシャンと直が出来る 私が娘なども又かやうな事がござりますまひ物でもなひ モシそんな時にはとそんしますゆへおまへさまの御心がなをさらいとをしぼうご ざります 夜前{やぜん}もつく/゛\とかんがへましたが。 どうして見てもコリャかけをちなさるより。外にしかたはござりませぬ。 それじやてゝ。親ごたちにも一寸かほみせて。ソシテどこぞしれぬ所へ身をかく して御出なされませ。 (三十七ウ) ハテ私ひとりかぶりますればどこもかしこも角{かど}はなひ ハテ丸ひはあたまのやくはん おやぢモむすめが御恩報{ごおんほう}じとぞんじますりや。 すこしもつらくはござりませぬ <ト@けんおくばにかみまぜてすいを通したおやぢが詞> [若草]は<さしうつふき暫く詞もなかりしが> ホンニマアわけ里さんと云そのおやごさんと云おふたりながら是ほどまでふかし ひ御恩になりイすとは (三十八オ) どうした先キ生のやくそくでおだんする いかにさうざんすとておまへがたおふたりになんぎをかけイしちやア行すへが思 はれんす [五六]ハテおいらんのやうにもなひそのよなやぼをおつしやりますな しらがでこそあれいにしへは本田あたま皺{しは}こそよつたれそのむかしはう すげしやう長ばをりのはやり出しに 歌「よかのんし/\と。しやれたものでござります (三十八ウ) ハヽヽヽ モちつとうき/\なさりませ 今にも喜介が帰りましやう きのふちよつと伏猪さん迄相図{あいづ}をしらして置ましたが後{のち}ほど ゆるりとおはなし申ませう ト少シはこゝろはらさせんときさくな老{おひ}がざれことをいふ 越くればいほさきやはや寺々に鳴{な}り渡{わた}る初夜{しよや}の勤行{ ごんぎやう}@{きん}の音{をと} 諸行無常{しよぎやうむじやう}の鐘{かね}がふち (三十九オ) 底{そこ}にひゞきて虫の音{ね}も隅田{すみだ}の川の遠里{とをさと}に いと物{もの}さびし草笛{くさぶへ}の哀{あは}れは同じ [浮世猪之介]過{すぎ}し夜{よ}よりのもつれごと 今はくるわの内をかまはれ [若草]がしるべにて世渡リもうきみのわの里お針が方にわびすまひかねて今宵 としのび出 たづね来つれど内のしゆび相図{あひづ}いかにとしらひげや ひそかにそこを見めぐりて戸口によれどかた/\と (三十九ウ) かたはのあしのふるはれしひさしの小かげにしのびゐる寮{りやう}あづかりの [五六七]夫とこゝろへ戸をほそめ善はいそげと [若草]を門{かど}へ連{つれ}出戸をぴつしやり [猪]若草か [若]伏猪さんうれしふおだんす [猪]うれしひ <ト手をとり行んとするところへ> 扨こそのがすな合点と道をふさひで邪魔するふたり [猪]心得たりと身がまへし ヤア邪魔ひろぐおのれらはノリ地 [二人]かねておきやくの鼠草と無骨だ (四十オ) [猪]シテ又それが何でさゝへる [二人]ヲヽわけをしらぬはお道理さまよ うぬらがおための大々尽{しん}純子さまと内通して二人かあやしひなりふりを 見分るための廻しもの 今まで尽{つく}した心の竹村すつかりまいつて上あんばい サアぢんじやうにこつちへわたせ <トすかさずとりつく[無骨]がうでくびふりもきつてずでんどう> コレ待なんし <トとびつく[鼠草]> [猪]かうふり合セた袖の梅 是も他生のゑんやらな (四十ウ) <トはねのけられてもかまはぬ[無骨]またうちゝる小かいなとり> 酔がさめずはよしなんし <トつきはなされてひよろ/\/\> その狂言の山屋がとうふみぢんになさんとがむしやの [二人]<つかみかゝるをもんどり打せ> さつてもくだをまきせんへい [無]なげられ山のかんろ梅 <トうしろからかみのゑりしめを> [猪]ヲヤ又口舌{くぜつ}でおざんすか <トすぐにかた手のせなくるまはづみに> [鼠]ころり三まひかご [猪]土手八町より [無]口八ツてう <口はたつしやのがむしやもの> [二人]両方打込二挺{てう}立これは [鼠草]と[無骨]が相打たがひにうんとのりかへれば (四十一オ) <垣根をそつと寮守り[五六七]> そんならおまめでおふたりさま [猪]只今までのふたりが御礼 [若]わけ里さんへもよろしくへ [五]御礼に及ばぬ落付く先は [若]文のたよりで [猪]御しらせ申さふ [五]まづそれまでは [若][猪]来春{らいしゆん}の後篇{こうへん} [下やしきの時まはり]チヨン/\/\/\ 傾城買談客物語尾 (四十一ウ) 後叙 娼門{ちよらうや}を劇場{しばい}に比{ひ}して見{み}れば彼{かれ}に 大道具あり是に紋日の大仕掛{しかけ}あり されば娼婆{やりて}が眼{め}玉の黒幕{まく}は色事の二階{かい}を客留 {きやくとめ}茶屋が簾{すだれ}に売切の札はなけれと 大門を打大尽{じん}あり 将舗{はたしき}初の蕎麦ふるまひは聊俳優{いさゝかやくしや}の絶句{ぜつ く}に等{ひと}し 八朔{はつさく}の白無垢{しろむく}も女郎の胸{むね}の中{ちう}がへり 惚{ほ}れた切たの早変{はやかはり} 夜邸{みせ}しらする鈴の音は拍子{ひやうし}木ならぬ清攬{すがゝき}に 又昼@{ひるみせ}を引返しの幕明{あき}富本十寸見{ますみ}の一曲{いつ きやく} 名見崎{なみざき}が高調{てう}子はしかも此@{さと}に止る予がおゐらん 式亭主人例{しゆじんれい}の居続{いつゞけ}の帰去来{かへるさ}に青楼{ いろさと}の楽屋{がくや}を探{さくり} すなはちいなりまちの予に跋{ばつ}せよと云 お先真黒{まつくら}闇試合{しあい}の事なれば唯贔負{たゝひいき}連の引 ツ立に 板本の大入ならん事を神かけおたのん申んすと云爾 式亭門葉 楽亭馬笑跋 (四十一ウ) 跋 夕部{ゆうへ}の床{とこ}に行水{ぎやうすい}と断{ことはつ}て朝{あし た}の風呂室{ふろや}にひやかさせ 浴衣染{ゆかたぞめ}の意気路{いきぢ}あるとも振新{ふりしん}ねぶつたき 小紋{こもん}は着{き}ず 禿{かむろ}が髻{つと}の針{はり}うちもいつしか癪{しやく}の手管{て くた}を見習{みなら}ひ 三蒲団{みつふとん}に身を投{なげ}させ胸{むな}つくしに首{くび}を〆 {しめ}て 和{やは}らかきころし文句{もんく}は太平{たいへい}を吐{は}く酒客{ のたまく}も一文銭の吝坊{しわんぼう}も 切{きつ}て出{いだ}す生爪{なまづめ}にはいかでか夜具{やく}もせざら んや 其敷初{そのしきぞめ}に式亭主人言葉{ことば}の綾{あや}や錦{にしき} をつゞり (跋ノ二オ) 仕立{したて}上{あげ}たる折はしの紙半襟{はんゑり}の纐目{ぐけめ}も しらぬ野暮{やぼ}なる予 此書{このしよ}をぐる/\素見{すけん}して忽{たちま}ち見立{みたて} の悟道{ごどう}を発し 引過{ひけすぎ}ならぬ暗闇{くらやみ}の恥{はぢ}を秋葉燈{あきはとう} の明輝{あかるみ}へ出{いた}し 何{なに}か酔道{すいとう}しり顔{がほ}にしかいふ 鈍々亭祭和樽識 (跋ノ二ウ) 後叙 聞説{きくならく}ましでもおつせんとは鶴楼{くはくらう}の俚言{りげん} にして相応{さうおう}ざんすとは玉楼{ぎやくらう}の確言{くはくげん}也 しかはあれど水道{すいだう}尻{しり}の光{ひか}る螢{ほたる}にはいは ぬ思{おも}ひの胸{むね}をこがし 中田甫{なかたんぼ}の蛙{かはづ}に針{はり}をさして客待宵{きやくまつ よひ}をかこち あるは見返{みかへ}りの柳{やなぎ}に三曲{さんきよく}の道{みち}の隔 {へだゝ}りたるを恨{うら}み 日本堤{にほんつゝみ}の雪景色{ゆきけしき}も黒塀{くろべい}の内{うち }に見残{みのこ}すなど方食{ほうしよく}の言{ことば}の中{うち}にも (跋ノ三オ) おのづから花実{くはじつ}の余情{よせい}をとゞむる其{その}あらましを 式亭主人が机上{きせう}に筆{ふんで}を走{はしら}せ 書尽{かきつく}したるそのしりへには天窓{あたま}をかくより外{ほか}は あらじ 跋友 十返舎一九 {跋ノ三ウ} ----------------------------------------- ≪注≫ 序三ウ 廛×こざとへん 序五オ 歟 序六ウ 女×搖-てへん 二十ウ 口×笑 三十四オ ノ 三十七オ そ 三十八オ ゐ 三十九オ 金×声 ≪異同≫ 五ウ割注  おりなから      →  大成17.262上段7 おりながら 二十二オ  女げいしや。もろとも →  大成17.268下段8 女げいしやもろ とも 二十三オ  明へや        →  大成17.269上段9 明べや  二十三ウ  明へや        →  大成17.269上段14 明べや 三十四ウ  [恋]ヲヤ坊さん   →  大成17.273下段2 [若]ヲヤ坊さ ん    跋ノ二オ  其敷初{そのしきぞめ}→  大成17.277上段6 其敷初{しきぞ め}