美地之蠣殻 凡 例   一文が長い場合、次頁の最初の句点箇所までを、その頁内のものとしておさめた。   紋・印・花押・曲節記号等は△で示した。   三重は▲で示した。   角書は『 』で示した。   三行書きは★< >で示した。 ------------------------------------------------------------ 美地之蠣売{みちのかきがら} 序 深川{ふかがは}の遊{あそ}びは絶{たへ}ずして。しかももとの舟にあらず。 四ツ明きの拍子木{ひやうしぎ}は。店者{たなもの}の足{あし}を早{はや}め。八幡{まん}のぢやん/゛\は。子息株{むすこかぶ}の胸{むね}にこたへ。きぬ/\を。おしまぬ床{とこ}は。廻しに取{と}りし。色客{いろきやく}に通{つう}ず。 誠{まこと}に富{とみ}ケ岡{おか}の繁栄{はんゑい}は参詣{さんけい}を知{し}らずして。永代寺{ゑいたいじ}の門前{もんぜん}に群{くん}ず。 委{くわ}しくは辰巳{たつみ}を見{み}て。 (序一オ) 東方{とうばう}の通{つう}に成{な}らむと。かんたむを。くだひて。見徳{けんとく}の枕{まくら}に。五十番{ばん}の第付{だいつき}を願{ねが}ふも遊金{ゆうきん}の元手{もとで}にほしく。其{その}願望{くわんもう}は小{ちい}さく見れど。温石{おんじやく}なん。大病{たいべう}の心{こゝろ}をしらむとは。文盲{もんまう}に聞{きく}く。こぢつけなり。 奢{おご}る時{とき}は四畳半{しじやうはん}に。しびれをきらして。白魚{しらうを}も中落{なかおち}を嫌{き}らひ。見通{みとを}しに気{き}を転{てんず}れば。鯱{しやちほこ}も脊越{せごし}をいとわず。古{ふる}けれど中富{なかとみ}が道成寺は。大人国{たいじんこく}の風鈴{ふうれい}をおもひ。やすみ日の銭湯{せんとう}には。 (序一ウ) 小人嶋{こひとしま}の桶伏{おけぶせ}をかなしむも。みな買色{はいしよく}の道{みち}ならずや。 千金{せんきん}を死{ころ}す事{こと}はぬり盆{ぼん}をもつて。蚤{のみ}の玉子{たまご}をうつより安{やす}く。すくなき金子{かね}をつかふには。蛙{かいる}とんの葬{とむらい}を。車前程{おんばくほど}も。生{いか}さねど此小冊{このせうさつ}を見{み}て后{のち}は。ほれられもせず。ふられもせず。しやれて踏{ふま}るゝ美地{みち}のかきがらと題する而己 (序二オ) 安永八ツの としたつあした 恵方に向て 蓬莱山人 帰橋述 △△       (序二ウ) 美地の蠣売 武蔵{むさし}の国{くに}の吉原{よしはら}と。下総{しもふさ}に有る深川{ふかかは}の。間イにかゝりし両国橋のほとりに。天馬{てんば}といへる宗匠{そうしやう}有り。 右は船宿{ふなやど}の行燈{あんどう}十ヲさしのほうづきにひとしく並{ならび}。左は橘{たちはな}の芸婦{げいふ}前歯{まえば}のごとく軒{のき}をつらね。そのまん中に暮{く}らせども。門トは玄関{げんくわ}と勝手{かつて}を兼{かね}。庭は諸木{しよぼ@}をうへ込{こ}ませ。四季{しき}おり/\の詠{ながめ}をつけ。独{ひとり}身ニて世を渡{わた}り。片付て居る門口から [新傘{しんしや}]<鷹の羽八丈のはおりに。青茶返しの小紋の上着。かんとう嶋の下着に。むらさきほくそめの。半そのでのじゆばんに緋はかたの帯> (一オ) 是{これ}は先生御くろう。 きのふも月次{つきなみ}の御会に。参{めへ}りやせふとおもひやしたが。内がちと悪{あ}しくて参{めへ}られやしなんだ。 在天{ぜへてん}。買冥{べへめへ}のひらきは誰{だれ}が勝チやしたネ。 しつかりといふ所をして置やしたが [天馬]<たんこ嶋の羽織に。しまつむきの小袖に。うへ田八丈の。黄色かちな下着に。七ツ半頃の。ふうつの帯> きのふは不運{うん}で結もしやせん。 在天{ざへてん}は露孝{ろかう}さんがお勝さ。 御句{ぎよく}はひくひ所でござりやした      [新傘]何ンといふ句が参りやした [天馬]懐紙{けへし}を御目にかけやせう。 <と。やき杉の机の上から出す。 はやらぬと見へて。ほかより点取の懐紙もみへず> [新傘]天馬さん。 モウ。芝居や鵜{う}もちいさいねヱ (一ウ) [天馬]書抜{かきぬき}は何ンたろふと思ひなさりやす [新傘]どの句で有ろふか <と。おくを見て。> なるほど。 アノ鯉江{りこう}さんも能{よ}くいふねヱ。 <といふて見ている> 所へ祝鶴{しうくはく}は <くろ羽ふたひの袷羽おりに。みじんしまの。なゝこの上着に。しのぶすりの下着。繻半は浅黄に。入子びしのかのこ。緋ぬめの帯に。三ツなから。くろじゆすのはんゑりなり。 紋は雁の三ン羽とふところ [祝鶴]天宗{てんそう}うちにか [新傘]是は両先{れうせん}おめづらしひ。 その後{ご}はお目にかゝりやせん。 琴孝{きんかう}は <空色かへしの小紋のはおりに。黒はぶたひの上着。 くろ手は八丈の下着。 しゆばんはなるみしぼりのちりめん。 藤いろはかたの帯。 はんゑりは前に同し。 紋いてう鶴> [琴孝]まき屋のまへで足袋{たび}のこはぜかはづれたから。直して居{ゐ}たら祝公{しうこう}か来{き}たから。つれだつて這入{へゑつ}たのさ。 (二オ) 定会{でうげへ}にも出よふとおもつたが。おつ。けヱされねへ用は出来るし。勝{かて}はせす昼時分{ひるじふん}から夢{ゆめ}を見たのさ。 在天{ぜへてん}は外{ほか}でも有るめへむすこだろふの。 [新傘]何さ鯉江{りこう}さんの入句で▲江の島{しま}も跡{あと}を出す気{き}の汐干潟{しほひがた}といふ句が。ぬけたのサ。 俳諧{へゑけへ}も。モウ。よくどうしく案{あん}じネヱければ。いけねヱのさと。悪{わる}くはいふもんの。汐干と。三月の二のかわりを。よく引りこんで案じたねへ [祝鶴]わつちが句は。どふだのふ [新傘]おまへのは御成{おなり}めへの。 (二ウ) 見せものを。見るやうにはかれやした。 [祝鶴]時に新ぼう。 てめへの所へ。届{とゝ゛け}ものが有るによ。 <ト云なから金小倉の表にかきさらさのうらの付た。大かますの中から。四文銭と二朱銀を。わけ/\文を出し> きのふ。爰{こゝ}へくるはづで。出たが。ちつとしやくりが有つて。舛屋{ますや}へ行{いつ}たが。ぬしの事ばかりいつて。おきくが此ふみをよこしたヨ。 [新傘]おゝ方この文も。紙{かみ}くずの中からひろひ出して。敷{しひ}て寐{ね}て伸{のし}たのてごさりやせう。 [琴孝]何ンぞいきな事はなかつたか。 ひまなら一トくさりはなしねへ [祝鶴]用もねへから九十五文込。 (三オ) 挿絵 (三ウ) 挿絵 (四オ) 百といふいきまでも咄さうか。 <といゝなから。寄せ切レのたばこ入を出し。銀のおとしばりで。吸つける> まづ聞ねへ。 見通{みとを}しへ上{あが}ツた所が。昼立{ひるだち}の客{きやく}が帰{けゑ}つたと見へて。火も無ひ{ねへ}火鉢{ひばち}を置たから。足{あし}てよせるとつて。裾{すそ}をやふつたのさ。 それでごうがわひた所へ。お久{ひさ}か来ていふにやア。あの子はごさりやせんといふから。ぬすみにもならざア。 ちよつとかりてこひと云ツたら。江戸へいきなせいしたといつて。呼{よ}はせねヱのさ。 そんなら芸者{けいしや}を買{か}ツて帰{けへ}らふといへば。 (四ウ) 誰{だれ}ぞお呼{よび}なせへしの。何ンのといふから。おれも中勘{なかかん}といふ悪{あく}て。お時{とき}を呼{よび}にやつてくれろといへば。おめへもすきな事を云イなさる。 あれほど美{うつく}しひおてるさんをよびながら。どうしておときさんを呼{よ}ばれるもんだ。 またおそらく土橋{どばし}では。ぎやつと云て。鳴子{なるこ}の音{おと}を聞てから。鶴{くわく}さんをしらぬものはおぜへすめへ。 あの子も客{きやく}なしに歯{は}を染{そめ}たほどの子だものヲ。 どふしておめへヱ出るもんだと。大神楽{かぐら}の曲鞠{きよくまり}を見るやうに上ケたり下ケたりするからの。 (五オ) おれも仕{し}かたなしにあいつがうちの何ンとやら。豆人形{まめにんぎやう}のふた子といふ。けすひ新{しん}をば呼ばせたから。云てへ事をまきちらして。帰{けへ}ろふとおもつた所へ。江戸{ゑど}からおてるが帰{けへ}つたといふから。まづ落付{おちつい}て居{ゐ}たが。あんまり淋{さび}しひによつて。兼太夫が引込{ひつこん}だ。そのあとへ出る。へんちきなやろふを呼ンだ所が。古渡{こわたり}りの塩{しほ}からといふ声{こへ}を出していけねへのさ。 そうこふすれど。おてるか来{こ}ねへから。 (五ウ) 何をして居ると聞ケば。お菊{きく}かいふには。今江戸から帰{けへり}なあつたから。茶{ちや}づけをくつて居なせへすと云てから。しばらく過て来{き}ていふには。よふ御出なせへしたと。お定りの口上で。風見{かざみ}のからすを見るやうに。つんとすまして居るからの。一ツ呑まぬかといへは。大黒やでのんだが風にふかれてのぼせたのさと。照{て}らしてたばこを呑を見て。お菊も通つたきせるよの。あぢに座敷を見たからの。モシちつとあつちへおいでなせへしと。 (六オ) たはこ盆{ほん}をもつて引立{ひつたて}るからまづ階子{はしご}をば上つたが。仕{し}うちが気{き}にいらねへから。行燈{あんどう}を見つめて。銀目{ぎんめ}のへるほどたばこを呑{のん}で居たれば。 もし鶴{くわく}さん。わつちもきこんに。おめへの仕うちを。かんがへて居{ゐ}やしたが。どふかわたしに云ぶんの有るやうな顔{かほ}つきだが。おめへでもおぜへすめへ。 わつちにてへしてあやまりが有るから。それで。そうしなせへすのと。 おつかふせたから。 是{これ}まちねへ いふ事が有るでもねへ。 (六ウ) またねへでもねへのさ。 おれがだまつて居れば好{す}きな事をいふが。そんならわつちも聞{き}きやしやう。 昼{ひる}おれが来て口をかけたら。無{ねへ}と云ふから。跡{あと}でも付て来ひとたのめば。片道{かたみち}も漕{こい}でくるほと立ツて。江戸へ行{いき}なすつたから。あの子のうちの新造{しんざう}でも呼べといふによつて。こけな遊ひで待つて居た。 それになんだ。 大黒やで呑んて。風に酔{よ}つたののぼせたのと。お菊が遣{や}つた盃{さかつき}をば。綿{わた}でこせへたうさぎでは有るめへし。はねる事はねへもんだ。 (七オ) 大{てへ}そうらしい江戸て呑んだ小半{こなから}が。茶{ちや}わんの中の針{はり}を磁石{じしやく}で廻すよふに。付て爰{こゝ}まで来はしめへ。 あんな盃に一ツ百{そく}や二そく呑んだつて。いきつきそうな顔{かほ}つきかへ。 かぎやかなんぞの横座敷{よこざしき}て。店{たな}のやつらの帳面{てうめん}でも枕{まくら}の下に置たろう。 よしにしねへナ。 おめへのよふに。くずせんべいといふ心じやア。引ケねへによ。 店のやろうは。面{つら}が白{しろ}くつてもやわた黒{ぐろ}だよ。 (七ウ) 大{てへ}げへ朝{てう}せん長屋までも。渡海{とかい}を仕まつた女郎衆{しゆ}が。先{さき}を引{ひ}く/\大{おゝ}かたは。べつかうのかずがへるもんだ。 中には引ケるも有ろうがの。まだ抜{ぬけ}まいりの眼{め}にちら付く。顔{かほ}に青ミの付かねへのだ。 そういふやつは見世先キの梁{はり}にびら/\張ツて有ル。 為{ため}にやアならねへよしねへな と。上ケて云ツたら。 お照{てる}も暫{しばら}くなくふりをして。だまつて居{ゐ}たが。口舌{くぜつ}の古句{ふるく}が出たそうで。おつせへす所を聞やしたが。 なるほどおめへの云ひよふでは。 (八オ) 御もつともでもごぜへせうが。わつちがいふ事をも聞ておくんなせへし。 おめへさんが昼{ひる}御出なせへしたは今聞やした。 また江戸へ行ツたのはけふのてんとうさまをかけても。ほんで御せへす。 私{わつち}がうちの新造衆{しんざうしゆ}を。呼なすつたも知つて居やすが。そのめへにお時さんを呼ンでくれろと。お久{ひさ}さんになぜたのみなせへしたへ。 あの子も此土地{とち}では。一といつて二のねへ器量{きりやう}で。そのうへに上手{でうず}な子{こ}では有るし。 (八ウ) また。おめへのお利口で。おもしろくもおぜへせうが。わつちがやうなはかねへ女郎は。どうして御気に入るもんだけれど。もしへ。そこはまた鳥居{とりい}のならび。三ン屋ぐらで誰{だれ}しらねへものもねへ。 祝鶴さんだから。物日の十ヲや廿は。仕まつてくんなすつたつて。八チまんさんもあんまりな。家暮{やぼ}ともおもひなせへすめへ。 わつちがあしくもした事か。 実{じつ}に長くも来{き}なさるやうに。お心安{こゝろやす}ひで云ひやすが。無心{むしん}もついに云{いゝ}やしねへ。 それにあんまり情{じやう}のねへ。わつちを呼ぶがいやならけふでもあすでも。 (九オ) いゝ様{よう}に渡{わた}りを付たその跡{あと}で。お時{とき}さんでもどの子でも。茶やでも出しもしやしやうに。かつかうも悪{わる}ふ御ぜへせう。 先{さつき}も酒{さけ}を呑{の}まぬのは。此事を一トとをりいわうと思{おも}つてあゝしたのさ と。十九文見世の云立{いゝたて}をするやうに。好{すき}なせりふをいふからの。おれもゑら切{ぎり}こまつた幕{まく}さ。 [琴孝]それから方{かた}はどう付イたの [祝鶴]もう今日切{けふぎり}とおもつての。 コレさういふ事なら。江戸から帰{けへ}つて。直{ぢき}に来さうなもんだ。 (九ウ) 茶{ちや}づけをくふの。茶がまをくふのとじらして置て。また大こくやも町内{てうねへ}で。くちをきくやうても無ひ{ねへ}。 酒ばかり出す気のきかずにと。跡{あと}を残{のこ}して。いらぬ舟宿{ふなやど}の世話{せは}までやひたのさ [琴孝]よつぽとはなしの口ぶりては。深川{ふかかは}は上手に成{なつ}たが。まだ/\ そんな事では喰{く}へねへよ。 はじめは大分{だいぶ}。通{つう}のよふだが。紙{かみ}びなの古{ふる}ひよふに。先キからそんなに上ケたとつて。舟宿の世話までする事はねへ それ程{ほど}茶づけがあやしかア。手みじかくいつたかいゝ。 (十オ) あんまりうぬぼれなせりふだぞ。 おれならそういふ所でねへ。ちよつとつまんで咄{はな}そふ。 まづかうさ。 ちつといんぎん過るがの。 是{これ}おてるさん。 なるほどわつちが。おときを呼ばふといつたは。情{じやう}のねへやうだが。よく聞ねへ。 命{いのち}から二番と下ガらぬ。金を出してくるものを。其{その}くれへな我{わが}まゝは。いふめへものでもねへ。 またお時が出たとつて。ぶりけへそうな器{うつは}かへ。 おめへのやうな壱ツ本ン遣{づえへ}といふ女郎しゆに。 (十ウ) おゐらがやうな。斗{はかり}いふ客{きやく}が。どうしておく歯{ば}も立ツもんだ。 よくつもつても見ねへ。 茶づ@とつて。あれほと手間かかゝる物か。 わつちらよりは笘{とば}のいゝ。引ケる客衆{きやくしゆ}が昼{ひる}ツから来て。待{ま}つて居{ゐ}るのは知れたこつた。 そのわけをも一ト通り。通{とを}して行ケは帰{けへ}りもせふに。女までがぐるになつて。貧{ひん}にこそ遊べ一時や二タ時おそく来たとつて。亭主{ていしゆ}を呼べのかゝしを呼へのといふやうな。山王{さんのう}てもねへのさ。 こふいつちやア大{てへ}そうらしいが。 (十一オ) 土橋{@@し}での初勘定{はつかんぢやう}に。何国{どこ}の女郎がいくつ売{うつ}たの。何屋の抱{かけ}へが。着{き}もの一チをとつたのと。手習ひの師匠さまより先へ知ると。迚{とて}もうぬぼを蒔{ま}かふなら。通{つう}の事では聞いゝが。色男{いろおとこ}のうぬぼれは。御気にはさわらふが御免{こめん}だ。 桟橋{さんばし}の霜{しも}を最{も}ちつとふめは。悪{わる}しやれの黒{くろ}吉は今の間/\ [祝鶴]琴公{きんこう}のいふのは。一チ/\いゝ所だが。そのよふにもいわれんのさ。 かんばんがいゝと。 ノウ新公{しんこう} [新傘]両先の御遊論{ごゆうろん}もきつい所て御座りやすが。 (十一ウ) なるほど先の面{つら}か悪{わる}ひと。からみがなくて遊ひよふ御さりやす。 その御ついでに此ふみのわけはへ [祝鶴]それをよこしたは見通{みとを}しさ。 昼{ひる}のおれに逢{あつ}ていふには。おとゝひ新傘{しんしや}さんが来なすつたが。わつちもてうど爰{こゝ}のうちへ出て居やしたが。どふも客が帰らねへから。その訳{わけ}をはなして御帰{けへ}し申やした。 其後{そののち}は腹{はら}を立{たち}なすつたか御出なせへせん。 どふぞ御連{つれ}申て来てくんなせへし と。おれに手を合てたのんでよこした。 (十二オ) あれほどぬしにほれて居るものを。最{も}ちつと買{か}つて遣{や}ればいゝに [新傘]そういふ事なら今から行て見やせう。 おめへも御出なせへしな。 [祝鶴]おれもちつとは当{あて}も有るから。行{いつ}てもそんじやアねへのさ [新傘]何{何}当{あて}所かお照{てる}さんを買ながら。 さあ参りやしやふ 天宗{てんそう}も付キ合だ 行{いき}ねへな [天馬]私{わたし}も行てへか。今夜{こんや}は即点{そくてん}を取りに来るはづだから。行にくひ [祝鶴]留主{るす}だといへばいゝはな。 大名か町人か (十二ウ) [天馬]何家中{かちう}さ [祝鶴]屋しきなら銭{ぜに}にもなるめへ。 今ン夜ばかり。弐百五十取らすに行{いき}ねへな。 琴公{きんこう}も行くだろうの [琴孝]わつちは御めんだぞ。 新傘とぬしのとり持に。行くよふなもんだ。 それよりはかうした遊ひはどふだろふ。 表{おもて}へ上つてぬしとわつちと。女郎を買こなして見よふではねへか。 新ぼうと天宗には。なんでも飛切{とびきり}といふ子を買はせるが。どうだろふ。 [祝鶴]是はなるほどおもしろからふ。 みんなもそれにしねへな (十三オ) [新傘]そんならわたしもそうしやしやう。 舟宿は何所{どこ}がよふ御ざりやせうねへ [琴孝]やつぱりそこの二見屋{ふたみや}が能{よ}かろふ。 <と四人ながら支度をして。そこらをかたつけ。宗匠はとなりへかぎなどたのみ。舟宿へつれ立て行> [祝鶴]かみさん。 一ツ艘{さう}こせへてくんねへ。 [女房]ハイ。庄八どん。 はやくこせへさつせへ。 何所{とこ}で御ざりやす。 堀{ほり}かへ。 [琴孝]何さあぶら堀{ほり}さ。 <と四人は河岸へ行。船頭は火なわはこと。帯で着物を壱つくゝり。下ケて来る> [女房]八どん降りさうだによ。 苫{とま}をもつて行かねへか [船頭]西だから降{ふ}りそふもねへ。 サア御召{めし}なさりやせ。 (十三ウ) <四人は舟ニのる> [女房]ハイさよふなら。 御きげんよふ。 <と舟をつき出す段々橋を出て川中ニ成> [新傘]何ンとアノ白魚{しらうお}といふ物は火{ひ}が好{すき}かねへ [祝鶴]その事ではなしが有るはな。 いつか佃嶋{つくだしま}のやけた時白魚{しらうお}のうへを逃{にげ}たとさ [琴孝]そんならおれが居る下は。白魚が付てあるくだろふ [新傘]火性{ひせう}かへ [琴孝]なにさ。 むねがやけるはな。 <みな/\笑ふ> [祝鶴]コウ新地{しんち}も淋{さび}しくなつてはいけねへぞ。 四季庵{しきあん}も夏のどうぐだ。 ナント天宗。 此ごろに舟俳諧{ふなはいかい}はどうだろふ。 [天馬]それもよふごさりやせうが。 (十四オ) やつぱりぬかるみ芸者{けいしや}をつれて。向{むか}ふ嶋{しま}もよふごさりやせふ。 [琴孝]むかふのかどのすみ屋もいゝ内だが。おしい事に二階{にけへ}がねへから。廿六夜にわるからふ。 <段々舟はひのみの下より横川へはいる> ▲アノ辰巳{たつみ}に書{かい}た。かやば町から。如雷{じよらい}が。新五左衛門をつれて。此近辺{きんへん}の店{たな}おろしをしたが。よく書{かい}たのう。 大方{おゝかた}親阿{しんな}がかし蔵{ぐら}を見せてへと云ツたも。爰{こゝ}らだろふ。 しかし今じぶん。あんな不通{つう}は少{すく}ねへよ。 (十四ウ) むすこ/\といふやつが。引かれぬ工面{くめん}をするのさ。 [祝鶴]此{この}乞食小屋{こじきこや}にいゝ娘が有ツたが。どうしたのふ。 [琴孝]久しく見へねへのさ。 と <はなしも過て油ほり近くなる> [船頭]もしヘ何屋へ御出なさりやす [祝鶴]何屋が能かろふの [琴孝]わつちやア何屋てもいゝ。 新ぼうが近付{ちかつき}の所へ行{い}かふ。 [新傘]近付はござりやせん。 松葉やばかりは久しく参りやした。 焼{やけ}た後は建{たち}やせん。 田舎{いなか}とやらへ引ツ込だそうに御ざりやす [船頭]どなたもおちかづきがなくは。 (十五オ) 挿絵 (十五ウ) 挿絵 (十六オ) 上田屋がよふこさりやす。 <といよ/\そうだんきまり舟はうらやぐらの所へつく> 汐{しほ}がねへからもう先へは参{めへ}りやせん。 ぬかりやすから。こちらの舟を。もやつて御出なさりやし。 申/\。 いよ/\上田屋でござりやすね。 お跡{あと}からしまつて参りやす。 <四人はつれ立上田やへ行くゝ゛りを明てはいる> [ぎん]お客{きやく}だよ。 お常{つね}どん見通{とを}しへお連{つれ}ねへ。 <四人ははしごをあかり。見通へ行女はたはこ盆を持行。灯を付なから> [つね]となたぞお名ざしでもござりやすかへ [祝鶴]なにさ。 だれでもいゝから。中としまを呼{よん}てくんねへ。 新公{しんこう}は名{な}ざしはねへが。 (十六ウ) 遠慮{ゑんりよ}なしに云ツてやんねへ。 天宗{そう}もだれぞ有ろふ。 [新傘]せんど堀留{ほりどめ}で見た。おかなとやらを聞{きい}てくんねへ。 おめへはどうなさりやす。 [天馬]わたしは誰{だれ}ても。能{よ}ふこさりやす。 [祝鶴]なんのこつた。 宗匠{そうしやう}のやうでもねへ。 去{さ}リ嫌{きらひ}なしに名さして遣{や}んねへナ。 らも名ざしは有るけれど。訳{わけ}が有るから。見徳{けんとく}なしに。ふり出すのさ。 [天馬]そんならおつれとやらを。聞てくんねへ [つね]聞て見{み}やすよ。 有るならみんな呼申やすよ。 (十七オ) <おつねは裏へ聞に行。おとめは硯ふたと。てうしを持て。ねむ。さうな。顔つきで来る。> [とめ]壱つお上かりなせへし。 <四人は女郎の有なしを聞キたく。酒もろく/\。のまず待つている待っている所へ。お常ははしごの下より。声をかけ。> [つね]おとめどん。ちよつと来ねへ。 <とはしごの下へ呼。ちいさな声で。> 見番{けんばん}へ行{いつ}て見{み}て来たりや。あとはみんないゝがの。おつれさんは丸が付イて有るよ。 どうしよふの。 [とめ]アノほうづだからいゝはな。 どの子でも呼{よび}ねへな。 <この見ばんに。丸の付たは。江戸へ行たか。用事にて余所へ行たる。印なるべし。> [つね]もしへ。 おかなさんは御座{ござ}りやすが。おつれさんは。ござりやせんから。お直{なを}さんに。おそのさん。 (十七ウ) おかなさんに。おみをさんを。呼ひ申やした。 [祝琴]誰{たれ}でもいゝのさ。 芸者{げいしや}を二タ組{くみ}ばかり。呼{よひ}にやつてくんねへ。 [つね]羽{は}おりにしやうかねへ。 [祝琴]太夫がいゝわな。 <おつねは呼ひに行。だん/\。盃も廻り。とうこふするうち。女郎おみをは。古手返しの小袖に。とび八丈の下着。赤合羽をみるやうな。色の。じゆばんに。三ツながら。くろしゆすの半ゑり。もへぎはかたの帯。紋は五三の桐もお定り。 さしものは中くらひ。おそのは八丈のかわり嶋に。なんきん返しの下着。二ツ。桃色もくめのじゆばん。半ゑりは前に同し。茶地の金なしもうるに。から花をおりし帯也。 紋鬼蔦も古ひやつなり。 おかなは鼠色ちりめんに。紫と白と五分程ツヽの。棒しまのうら。こび茶の小もんと。嶋ちりめんの下着に。浅黄ちりめんのしゆばん。半ゑりは前に同し。 くろびろうどに。金さらさおりと。腹合セの帯。 紋は菊蝶もうぬほれなり。 お直は番茶ちりめんに嶋つむきの下着。 (十八オ) 藤色しぼりのしゆばん。半ゑりは前に同し。ひわ茶しゆすの帯。紋は八重梅の。飛んで並ひしも通人への的中也。 何れもとばはよし。 是は正月の仕かけなり。 秋にもなれば紬しまのたくひ也。 髪は前の方をいてうの如にし。うしろはひのしの柄のよふに。引出して結ふ嶋田なり。 新傘は来しとみるよりかけ出し。おかなと廊下ニてさゝやく。 是は外のうちニて。名代に二三度もとりし故。此うちにては。初会のぶんにするやうに。たのみ居る。 おきんは芸者の三味せん箱。持て通りながら。ちらりと見て行。新傘は何気なく居る。 [きん]こつちへ御這入{へゑり}なせへし。 <女郎は火はちを中におき。ならぶ。おかなは。新傘が方を。見ぬやうに見てわらふ> もし壱つおあがりなさりやし <と。盃だいを新傘へやる。 おかなへさす。 琴孝はおその。祝鶴はおなを。天馬はおみを。おさだまりの通りに済。 その所へ芸者津摩太夫。三味せん引豊治。さはぎ庄蔵。三味せん引利十。座敷へはいり。四人の顔を見廻し> よふ御出遊ばしました。 [祝鶴] (十八ウ) 持{もち}合セた壱つ上よふ。 [庄蔵]是は指{さし}上ませふ。 [祝鶴]そんなら太夫へお相{あい}さ。 <船頭は櫓{ろ}を仕まひ来て。後ロから。おぎんが目をふさぐ。> [きん]誰{だれ}だ。 どうもしれねへはな。 [津摩]あてゝ見ねへ 柳橋{やなぎばし}だよ。 [きん]待ちなよ。 <と。うしろへ手を廻し。さげどうらんを。さぐり見て> 此金物{かなもの}は庄八どんだ。 よしねへな。 [船頭]<女郎の顔を見て> 是{これ}はみなさま。 おそろひだ。 おぎんとん。 きついもんだぜ。 [きん]わつちらが勤{つとめ}るところはどうだ。 おそろかへ。 <此うちお定りの通。津摩太夫本を出す。 豊治はてうしを合せる。 津摩は祝鶴が顔を見。かんがへながら> [津摩]あなたは。おちか付で。御座りましたか。 (十九オ) お見しり申たやうで御座ります。 [祝鶴] 久しい跡に裏{うら}で近付になつたけれど。そんな所は。ねへ場処{ばしよ}さ。 [きん]津摩さん。 一段かたんねへな。 [津摩]何ンにしやしやうね。 [琴孝]外のものはいやだ。 伊太をば聞てへの。 [津摩]ハイ。さあ弾{ひ}きねへ <と津摩太夫は一段かたる。 出し物も持つてくる。 おきんは何やら。女房と?く。> [女房]おかなさん。 ちよつと来ねへ。 <おかなははな紙を持。廊下へ出ル。 女房はちいさなこゑにて> もしおめへは。アノ。新傘さんとやらに。お近付だそうだが。どこの内て。出なすつた。 相見{あいみ}たげへのこつたから。 (十九ウ) しらせてやらねへければ。なりやせん。 云{いゝ}ねへな。 <といわれておかなも。少しいやみの有るゆへ。こまり。しばらくかんがへ。> なるほど。アノお客にたつた一度。久しい跡に。嶋屋のうちで。出たばかりさ。 けふはアノお客ひとりではなし。 つき合で来なすつたけれど。みんなが初会{しよくわい}だに。おればかり裏{うら}では悪ひから。初会のぶんにしてくれろと。いゝなすつたから。おぎんどんも見た通り。 咄{はなし}をして居たのはね。その事を通{とを}したのさ。 それだによつて。知らせてやらずと。よふごせへす [女房]そういふ訳{わけ}ならいゝが。ほんに そうかへ (二十オ) <と云つてかんかへ/\。下へおりる。 おかなは元の所へ居る。 津摩太夫も 一段かたり。庄蔵も長うた声色などつかい。いろ/\いきまも有れども。風りうの本にくわしければ。今更書もむだ也 [ぎん]もし。ちつとあちらへ。おいでなせへし。 <と硯ふたてうしを持。四人か先に立廊下を行。 床は表の座敷なり。 新傘と琴孝祝鶴と天馬との。わり床なり。 [琴孝]おらが長屋は爰{こゝ}らかの。 新ぼうけふも隣{となり}だの。 [新傘]さやうさ。 相かわらず。おこゝろ安く。 [祝鶴]新公は向ふだの。遠くて能ひぞ。 [新傘]それはなぜへ [祝鶴]ふた茶わんの。唐{から}くさを見るやうに。からむから。やかましくつて寝られぬ。 ノウ天宗 [天馬]あの子ば@@@もごせへせん。 (二十ウ) おめへの隣{となり}も。あんまりしづかでも。御座りやせん。 <女郎四人壱人/\の床へはいり。いきまは一度なれど。壱人/\。初めよりあらわす。> [その]<琴孝か床へ来て。手をたゝく。 しばらくしておとめ来る。> おとめどんか。おらが内への。多葉粉をとりにやつてくんねへ。 ついでにの。茶も壱つよ。 <あいとおとめは。せうじを引立行> もしへ。小菊を二枚。おくんなせへし。 [琴孝]お安ひ御用さ。 <おそのは枕をほどき。段/\古ひ紙を取。中から。おめいこうのもちをみるやうな。赤ひくゝりし物を出し。まき直し枕のうへ江のせ。いわへる> [とめ]おそのさん。明ケてもよしか。 [その]明ケねへな。 <おとめはやくわんに膳を持そへ。たもとへはおそのかたのみし。多はこを紙につゝみ。入てくる> [とめ]さあ一チ膳お上りなせへし。 <琴孝は起き物をもいわすふたをとり> (二十一オ) [琴孝]なんだ <と平皿のふたを取> つゝ切の肴にせりか。 久しいものよ。 そこつた岸{きし}おかわにごみといふ平だ。 <汁のふたを取> 三味せん弾{ひき}の眼{め}をくふよふな蠣{かき}だ。 てめへも壱{い}つ盃{ぺい}くわねへか。 [その]わつちは精進{せうじん}さ。 [琴孝]食{めし}は [その]たち物{もの}さ [琴孝]おれもおゝかた。くふめへとおもつた。 なぜ初会ではそういふの。 [その]初会だの裏{うら}たのと。訳{わけ}もかぼちやもねへけれど。喰たくなければ喰やせん。 <とはなしなからいや/\琴孝は二三盃喰ふ> [とめ]お茶につけてあげやせう。 (二十一ウ) <そふこふする。内喰仕廻ふと。> ハイ。左やうならお休{やすみ}なせへし。 [その]もしへおめへに聞{き}く事か有りやす。 けふはわたしが親{おや}のねんきだがね。 男と一所に寐{ね}ねへのが。孝行{こう/\}てごぜへせうか。 又お客{きやく}を大事{じ}にするが。孝行{こう/\}でごせへせうかねへ。 わつちが思ふには。一ツ所に寐{ね}ねへ方が。孝行だろふとおもひやす。 [琴孝]かわつた事を聞くの。 そう云{いふ}日なら。おゐらかやうな。竹光{たけみつ}を可愛{かあい}がるが孝行{こう/\}さ。 [その]あんまりあきれて。ついぞねへ [琴孝]何があきれる。 (二十二オ) [その]エ〃引 もうおめへ程。しやうぶ革{かわ}ならいゝわな。 <是は芝居で申上ますと。花道から出る役者は。人の悪き通言也> [琴孝]そんな事をいつて。寐るつもりか [その]おめへも又かわつた事を。云ひなさる。 寐たければ寐るはな。 [琴孝]是{これ}気{き}をよくして居れば。太平楽{てへへゑらく}な。 うぬか親{おや}はなんだ。 おゝかた馬糞{まくそ}さらひの頭取{とうどり}だろふ。 よしにしろ。 以女郎八人換小判一両{じようろうはちにんをもつてこばんいちりやうにかう}。といふ。 土地に居ながら。てめへのからだを見るやうに。ねるのゆるめるのと。蕎麦{@@}がきでも (二十二ウ) こせゑはしめへし今夜ばかりは虱か喰つてもかゝしやアしねへ 大きなごたくはおきやアがれ [その]おきやアかれとはなんの事たへ ほうそう棚か吉原の女郎衆の床に有ると聞やしたおめへの安く云なさるこんな土地にはごぜへせん こふいふ勤はするけれどわたしか里{さと}は大名さ あんまり安くしなさんな おめへのよふな通り者は腰元{こしもと}はしたにうやまはれ夏{なつ}涼台{すゝ゛みだい}て見たはかりさ <とあをむけに成ツてあしをちゝ゛める> [琴孝]大名とは何{なん}の事{こつ}た (二十三オ) おらが国にはねへ乞食{こじき}だ。 寐るなら廊下へ出やアがれ。 [その]何さ寐やアしやせん。 おめへを通だといふ事さ。 そんなに腹を立なさる。訳{わけ}もあんまりごせへすめへ。 なんぞかお気にさわつたら。ちつとは不勝{ふせう}しなせへし。 何ンのかのといつたのは。わたしが悪ふごぜへした。 [琴孝]まだ好{すき}な事をいやアがる。 わたしだのかり橋だのと。乞食の内が近所だつて。一ツ所にふんでもらふめへ。 大名とやら。改名{かいめう}とやらの。娘ならおれは塩屋の惣領{さうれう}だ。 てめへのやうな顔{かほ}のいゝ。 (二十三ウ) 胸{むね}のいけねへ女郎はな。土でこせへた人形{にんきやう}よ@@買{かは}ふといつても直{ね}はしねへ。 おらはな。面{つら}はこんな不器用{きやう}でも。着物{きもの}の下はぜんまいだ。 二本の足の爪{つま}先キから。本ン田にまげたはけ先まで。水道{すいど}の水とにが塩{しほ}が。日に一度さし引する。 今頃面屋{めんや}へ払{はら}はふが。十軒店の二階でも。箱入野郎{はこいりやろう}が卅八両といふ代ロ物で。てめへなんぞとくらべては。とうしみに釣{つ}り鐘{かね}だ。 傾城{けいせい}の心のしがく所と。金持{かねもち}の金玉は。つべてゑ物と云{い}ふからは。 (二十四オ) あしくするもがつてんだが。そういふたとへの女郎はな。張{は}りもいきぢも知りぬいた。北国{ほくこく}あたりの遊女の事{こつ}た。 こんな所に居るならば。羽おりの丈ケても長{なげ}へ客{きやく}は。有りがたひとは思はずに。勝手{かつて}なねつを引出すが。よしにしろ。 おきにしろ。 あんまりあきれてアヽつがもねへが。火もねへから。取てこひ。壱ツふくのまふ。 [隣]<おかなは床へはいり。帯と上着をぬき。後ロの方夜着のすそのうへ江おく。> けふはよつほど寒ひねへ。 おめへもうへをぬぎねへな。もめたら内でわるからふ。 (二十四ウ) [新傘]そんなら壱ツぬかふかねへ <と云なから。羽おりと上の着物を脱。屏風へかけ。おびをしめる。> [かな]屏風{べうぶ}へ掛{かけ}なさんな。 寐ると用心か悪ひはな。 わつちが畳{たゝ}んで上ケやせふ <と云てたゝむ> 羽おりは下へ遣ろうかね。 [新傘]いゝわな。 用心を能くして寐るつもりか。 [かな]なんのこつた。 そうじやアねへがの <と云なから。のひ上り。屏風を引まわす。> なぜおめへはあれほど美{うつく}しひ。おぬいさんを呼なさんねへ。 なんそ訳{わけ}でも有るからは。わたしが内の子では有し。取持ツて上やしやう。 [新傘]おめへもほんになんのこつた。 あの子をわつちが。よびたければ呼けれど。 (二十五オ) さつきもあすこではなす通り。きのふも嶋屋から文か来て。どうぞお縫{ぬい}を呼べと云ふから。あすこの内ては。おめへを出さねへによつて。爰{こゝ}のうちで出てくんねへ。 [かな]どうして悪{あし}くおもふもんだ。 おめへさんさへ。そういふお心なら。 したがの。さつきおめへと廊下{らうか}で咄しをしたのを。おきんどんが見つけて。かみさんにはなしたそうで。わたしをかみさんが呼出して。アノお客に出た内へ。知らせて遣るといふからの。ちよ/\らをいつて置{おい}たはな。 (二十五ウ) <と咄して居る所へ。爰の内より。あいたひにて。嶋屋うちへおかなを呼し。なしみの客来しわけを。知らせてやりしゆへ。女は高つきに。せんへいを持ち来たり。 せうじの外から。> [女]おかなさん。 明ケても能{よ}しか。 <といわれて。新傘もおかなも。返事をせずに。息をつめ。寐たふりをしている。 女は明てはいり。度々おこすゆへ。よつたふりにて。かほをあげ。> [新傘]誰{たれ}だとおもつたら。おみねか。 なんに来た。こん夜{や}りくつを云つたつて。わからねへよ。 いふ事が有なら今度{こんど}聞かふ。 しかし此子を呼んだのは。わつちかみんな悪だ。 大そうらしい船頭{せんどう}までおこして。連{つれ}る事はねへ。 アノ舟宿ははしめてだに。 <と茶やの女のむつとするやうに。おかなを立ていふ。 おかなはいろ/\と。云イ訳の工風をし。物をもいわず死た如くになる。 (二十六オ) 船頭もはしめての客ゆへ所の茶やも大事也。 又客も大事也。 質にとられし。あまいぬのごとく。なつて居る。> [みね]なるほど。 おかなさんを。呼なせへすも。能ふごぜへすが。何も申やすめへ。 此訳をば。この間に付やしやう。 <とせうじを立て行。 跡よりおかなも立て行。 小用所のわきニて。嶋屋の女とさゝやき居る。 新傘は跡にたはこをのみ。まてどくらせど来ぬゆへ。高つきのせんへいを。鼠のくふよふにして待ている。 暫くしておかな来る。> <新傘>どふ云つて遣んなすつた。 [かな]わつちもこのくらひな事は。かんがへて置て出るものを。 [新傘]それてもあの女がいふ所は。おめへの方へあたるやうで。気のとくだはな。 [かな]気遣{きつかい}な事はねへ <と云なから。たはこをのみ。屏風を引廻し。床の中へはい@。> おめへのあしもつべたひの。 (二十六ウ) わつちが足{あし}も立つて居たから。つべたいよ。 聞{きゝ}ねへな。 わつちが知らせて遣るなといつたに。内からそういつて遣つたから。こまつたが。廊下{らうか}へ出て。少{ちいさ}な声{こへ}でいふには。 おみねどん。けふ爰{こゝ}の内で新傘{しんしや}さんが。わたしを呼なすつたから。船頭衆{せんどうしゆ}にしま屋の内へ。知らせて遣つてくんねへと。たのんだにの。アノ人の云ふには。どういふ訳か知らねへが。けふはアノきやく衆も。付合で来なすつたそうだから。知らせて遣らずと。 よふごぜへせう。 (二十七オ) 能くつもつても見ねへ。 独{ひとり}のお客{きやく}で。跡の連衆{つれしゆ}もさわくといふもんだと留{とめ}たから。わつちがやめにしたふうに。船頭衆の前{まい}をいつて置たから。今あすこで新傘さんに。何ンのかのと云イなすつたけれど。枕元にアノ人が居るから。だまつてゐやした。 とおもいれかつひでやつたりやア。お峰{みね}かいふには。 大キにおせわでごさりやした。 今ン度から蔦屋{つたや}のうちへ。来なさるやうに。おめへを。おたのみ申やす と。云ツて帰{けへ}つた。 (二十七ウ) なんと上手なもんかへ。 [新傘]なる程人をかけるは。きついもんだね。 所の女さへ。そのくらひなもんだに。わつちらが様{やう}な者は <と笑ふ。 此所色/\仕うち有つて。はなしも無くしづまりしは。世話に云ふ。屏風より外知る人もなし。 しばらくして。たはこをのみながら起キかへり。> [新傘]さつき琴孝がやかましくいつたを。おそのさんとやらは。能くしづめたの。 [かな]初手{しよて}には。おそのさんも。きつく出たけれど茶{ちや}わん鉢屋{ばちや}の転{ころ}んたやうに。そう/゛\しひ客だから。はやくそこをば。勤{つと}めたのサ。またアノ子は土橋{どばし}でもよく売{うつ}た物さ。 <祝鶴は新傘がむかふなり。 (二十八オ) ねふさうな声をして> [祝鶴]新ぼう帰{けへ}らうじやアねへか。 行{いつ}てもよしか。 [新傘]淋{さみ}しくつてなりやせん。 御用もなくはおいでなせへし。 <といわれて。たはこ入きせるを持。起てくる> [祝鶴]おかなさん。 女で女をだますのは。長局{なかつぼね}のこまよりは。おそろしひぞ。 [かな]おやかましくつてお気{き}のどくたね。 [新傘]壱盃{いつはい}お上りなせへし [祝鶴]酒よりやア。おらがいきまを聞{きい}てくんねへ。 まづこうさ。 かうじ町の象{ぞう}ほど有るからだを。持{もつ}て来{き}ていふには。 もしおめへに。願{ねか}ひが有るといふから。 (二十八ウ) 何ンたと聞ケば。おめへがとんだ不通なら。どうでもつうくつが出来るけれど。屋敷の鉄棒{かなぼう}。町の羽二重といふ仕うちの。革{かわ}はおりと見たから。打明け{うちあけ}て云ひやす と。おれをば。番{ばん}所の。すゝはきといふ。雑{ざう}もつにたとへて。 たのむから。なんのこつた。不器用{きやう}な。水鉄砲{みづてつほう}を見るやうに。しびらずとも。いゝねへなといつたら。 わたしが内のこゝろ安くする。女郎衆が。年ン明ケでの。明日{あす}行{いき}やすが。とうぞ逢{あつ}て来{き}たうごさりやす。 そればかりならいゝけれど。借{か}りが有るから。 (二十九オ) 遣{や}つて仕{し}めへ てへと。たのむによつて。行{いつ}てこいと云ツたれば。今に帰{け@}りやアからねへ。 がそれはまだ。がつてんづくで。遣つたとおもへば。気{き}もすむに。おのしがいざこざ。天馬{てんば}がいびき。琴孝が悪{わる}じやれ。 やかましくつて寐らりやアせずと。 <はなす所へ。お直は帰り。せうじを明てはいり。> [なを]有がたふこせへしたねへ <と。祝鶴がそばへよる。> [祝鶴]あつかましい寄りやアがんな。 蒲団{ふとん}とおればかり。野郎{やろう}の根付{ねつけ}と云{い}ひてへが。どんな貧乏{びんぼ}な道具屋{たうぐや}でも。こんなふとんに。緒〆{おしめ}もねへ。 床{とこ}を明{あけ}てあるくのも。 (二十九ウ) 大{てへ}げへ程が有るもんだ。 今頃まで勤{つとめ}れば。と屋をして居る。夜鷹{よたか}でも。七八百に二八もくふほど。かせいで来る時分だ。 いけあつかましい四ツ足だぞ。 [なを]それだから訳をたのんで行{いつ}ツたのに。 四ツ足とは何ンのこつたへ。 あんまり髭{ひげ}が多過{おゝすぎ}やす。 [祝鶴]まだうは事を云{イ}ヤアがる 四ツ足は知{し}れたこつた。 うぬが床の中を見ろ。 四ツの足の跡{あと}か有る。 髭が多{おゝ}ひの少{すくな}ひのと。意久{ゐきう}が似面{にづら}は書{か}くめへし。わゐらがやうな替{け}へ玉と。口をたゝくと夜{よ}@明ケる。 (三十オ) 新ぼうおれは帰{けへ}るによ。 [新傘]そんなら腹{はら}を立たずとも。壱つ上つて御出なせへし。 [かな]お直さんも寄ンねへな。 わつちがかんをして来やしやう。 <おかなはてうしを持下へ行。 琴孝は此さわぎを聞。おきてくる。 おそのもくる。> [琴孝]もふ帰{けへ}るか おれも行{いか}ふはの。 [新傘]おめへはあしたで能ふごせへしやう。 [祝鶴]いんにや用が有るから行{いき}やせう。 <おかなはかんをして左の手に。菜つけを。手しほさらに入て。持つて来る。> [かな]サアひとつおあがりなせへし。 あをつきりで。初{はじめ}やしやう。 <と茶わんへ少しつぎ。のむまねをして。祝鶴へさす> [祝鶴]いゝかんだそ <と皆々少しヅヽ呑支度をする。> (三十ウ) [琴孝]アノ宗匠はどふするの [新傘]置ひて行{いつ}てもよふごせへせう。 [琴孝]それでもしらせて行{い}かずは悪るかろう <と。みな/\支度して。天馬が床へ行> [祝鶴]目をさましねへな。 おめへはあした帰{けへ}つても。能{よ}かろふぜ <と。いわれ目をさまし起かへり> [天馬]大きに酔{よ}つたぞ。 モウ何ン時{どき}だ。 あした組合{くみゑへ}の内に。評{へう}ものが有るから。帰{けへ}りやせう。 コレ帰るぜ起{おき}ねへか <と。おみをを。おこす。 目をこすりなから> [みを]まだいゝわな <と云なから。のびをしたその手で。髪の物をかぞへる。 是は。人の悪い客の。ましり来りし故。もしもあ@られもせんかとの。仕うちなり。> [天馬]サア行{いき}やしやう。 (三十一オ) <と起てしたくをする。 女郎も起て帯をする> [男]お舟は能ふござります。 <四人は連立下へおりる。 おかなは。新傘を脇へ呼。ちいさな声で咄しながら> [かな]いつ御出なせへす。 お縫{ぬい}さんの訳{わけ}も有るから。はやく来ておくんなせへし。 しま屋の内の女は。なんと云{い}つても。おめへのお心次第{しでへ}だから。お頼み申やすによ。 <みな/\草履{ぞうり}をはく。 女郎四人口をそろへ。> [そ|か|み|な]おちかひ内に。 <と跡の無ひよふにいふは。客の帰るをうれしかる。古来よりの捨ことばなり。 みな/\連立。門を出る。 起し番の茶やの男は。てうちんを持ち。先キに立。> [祝鶴]今夜{こんや}のよふな。いま/\しひ晩{ばん}はねへ。 [琴孝]そうさのふ。 この腹{はら}いせは。裏{うら}やぐらか。すそつぎで。 (三十一ウ) [新傘]後篇{こうへん}にそれは [天馬]待{ま}ち給へ/\。 <からすがカア/\> 子息{むすこ}の耳{みゝ}に鐘{かね}は上野{うへの}か浅草{あさくさ}歟 『裏裾』小きれ商ひ 近刻 『俳諧』ほこりよせ 近刻 (丁付なし一オ) ○目録板元 江戸堀江町四丁目多田屋利兵衛 廓{くるは}の大帳{だいてう} 遊子方言{ゆうしほうげん} 婦美車紫@{ふみくるまむらさきかのこ} 美地之蠣殻{みちのかきがら} 廓中奇譚{くわくちうきだん} 南閨雑話{なんけいざつわ} 辰巳{たつみ}の園{その} かよふ神{かみ}の講釈{かうしやく} (三十三オ) 格子戯語{か@しけご} 自惚鏡{うぬぼれかゞみ}       記原情語{きげんじやうご} 俗談諺草{ぞくだんことはざぐさ} 繁千話{しけ/\ちわ} ふくさ懐紙{くはいし}★<かせん廿七文 五千いん三十文 百いん廿六問> くゝ里猿{ざる} 月{けつ}下清談{せいたん}五冊 噺手本忠臣蔵{はなしてほんちうしんぐら} 清美問答{せいひもんとう}五冊 (三十三ウ) -------------------------------------------------------------- 注)    @の置き換え  JISコードにない漢字   ・三十三オ2 @=鹿×子  その他   ・一オ6   @=不鮮明。大成では「く」(230上6)   ・十一オ2  @=不鮮明。大成では「る」(234下8)   ・十一ウ1  @@=不鮮明。大成では「どば」(234下14)   ・二十ウ8  @@@=不鮮明。大成では「かりで」(239上8)   ・二十二ウ8 @@=不鮮明。大成では「そば」(240上5)   ・二十四オ1 @@=不鮮明。大成では「り。」(240下5)   ・二十六ウ8 @=不鮮明。大成では「る」(242上1)   ・二十九ウ2 @=不鮮明。大成では「へ」(243上8)   ・三十一ウ1 @=不鮮明。大成では「が」(243下6)   ・三十一オ8 @=不鮮明。大成では「げ」(244 4)   ・丁付なし二ウ1 @=不鮮明。大成なし。「う」か?    洒落本大成との異同   ・序一オ   俗字か?   売     → 大成229上1 殻   ・一オ1   俗字か?   売     → 大成230上1 殻   ・一ウ7   仮字漢字  御目    → 大成230下2 お目   ・二オ4   濁点欠落  とふところ → 大成230下7 とぶところ   ・十二ウ7  濁点欠落  行てへか  → 大成235上17 行てへが