― 『浪華今八卦』翻字データ凡例 ― 【 】内は左ルビが入る。 ☆内には音曲が入る。 ------------------------------------------------------------- 〈花街〉 狼華今八卦 全 浪花今八卦序 亡父{ぼうふ}外山翁{ぐわいさんおう}在世{ざいせ}の昔浪花遊里の情{じやう}を尽さんと江南大才亭の庭なる厠{かわや}隠しの萩垣を蓍{めど}に折考終つて色八卦の一書成る 今此書を考るに爻{かう}変{へん}じて前卦{ぜんくわ}のこときは十が一也 子として此変を正さすんは孝心空しと清浄{せう\゛/}閑情{かんせい}の地を求{もとむ}るにひんがしの山下{さんか}に貴得{きとく}の一亭あり 此大屋根の物ほしに昇{のぼ}り天地{てんち}四方{しほう}を礼拝{らいはい}し二軒茶屋{にけんぢやや}の串{くし}を筮竹{ぜいちく}となし考るに父か色八卦の一字をのぞき浪花今八卦 既に成る卦意{くはい}の明らかなる事よみ得て知るべし (乙お) 浪花外山翁嫡子 備四軒 (乙う) 浪花今八卦 桔梗【ききやう】卦{キチカウノクハ} 嶋の内并坂町の卦也 ○活気の人多く来リ 万{よろづ}花麗{くわれい}を好ミ色事時々かわりて久しからす 此所八卦{ハツクハ}の中にてさかんなる事の第一也 と父外山翁{ぐわいさんおう}色八卦の最初{さいしよ}に書しるしたる大意{たいゝ}はかわらねど其細{こまか}きに至{いたり}女良芸子のいきこみ客の粋{すい}がりやうていしゆ花車{くわしや}中居のもやう天地{てんち}黒白{こくびやく}とかわるが世界のありさまかわり行こそ興{けう}あれ しくじつたれど名八が逆様{さかさま}座敷{さしき}古人正三がからくり庭も皆新しきを求{もとむ}るゆへ也 茄子畑{なすひはたけ}は料理屋の亭{ちん}にふさがれ川のまん中にお山屋の出来るこしらへ夜番かへつて丁代を噛{カム}といふ時節 (一丁ノオ) 兔角古ルいは興{けう}なし 天王寺といふより天長寺といふが当世也といふも理窟{りくつ}がなふておかし 扨此卦のかわりめといふは女良の風俗{ふうそく} 衣裳{いせう}の物好 杯色八卦時代には紋ももやうも大きにうかち過て賎{いや}しき場もありしが今は物好キをこめて随分はすわにならぬやうにぐつとはり込ミ結講{けつかう}を第一とする也 少新町の風俗も加{くわ}へたるていにて女郎のいきはりも色八卦時代には役者にもせよ 何にもせよ 其色といふ物を隠さず強{つよ}うあらわにする所却{かへつ}て客へあたり物いひのある女郎程繁昌{はんぜう}せしが今{いま}は此所決てなし 其時代には色を隠さぬといふ強{つよ}ミをするを其色がつてんじやと客も真{しん}の粋{すい}をつかふて是をとがめずなじむ事なりしがよく\/思へば粋は粋でよけれど大切ツな金銀を蒔{まき}みす\/女郎の色を知りながら面しろがつているは粋倒{すいだおれ}れといふ物 (二丁ノオ) 実ツは心の底{そこ}がすめず金{かね}つかふて其様に気兼{きがね}するは是たわけの天上と諸客{しよきやく}ほんまの所へ気がついて中\/今は此粋をつかわず 一{いち}へ戻つて女良に大きにりんきを仕{し}ぶら\/色の男が知れてあつても女良の口から色はない\/とむりやりにないにせねばあはぬ心よく分別して見れば皆客のせちになりたるにて金銀のかわりだけ女良にも骨折らさねばおかぬといふ物になりたり 女良もよく爰を知りてみす\/色を隠しつめおのさまならでといふどびつこい場を閨中{けいちう}にてつとめ廿年前迄田舎客{いなかぎやく}にあてがふた所を今{いま}は地{ぢ}の人に持てゆく也 却{かへつて}て田舎客は負惜{まけおし}みにて粋にさはき皆せりふもあちらこちら也 兔に角此所へ入込ム客は利口過るが病で別て中{ちう}より以下の客なと其穴もすかさぬ此穴もくわぬと座敷かすゝどうて外から見ると傍{そは}に来て居るたいこ持の方がやつとのどかに見ゆる也 持て出るさかなにさへ心をくばり此暑中{しよちう}に口を焼やうな玉子とぢも面しろい 此次の吸物はなんにもなしにかいわり間引のすまし仕立であろふ 最ウいつもの青葉{あをば}が出る時分じやと板本{いたもと}の性根{せうね}迄さがすはつれなし (二丁ノウ) 又芸子{けいこ}の風俗を見るにかの奴{やつこ}といへるがゐなる一ツ躰{てい}すたり 芸より色をかざる事を専{もつはら}とす 昔{むかし}色八卦の時代は色{いろ}といふ物をかたくもてなし客がほれたと見る程かんじんの所をかたくあしらひ花車{くはしや}中居{なかい}に客より吹キ込ミ色\/と客に骨を折らせたうへ身のためになる事どもかたう約束{やくそく}して閨中{けいちう}の段に及ぶ事也 それゆへ客も芸子と契るは世界{せかい}にない物を我レひとり得たるこゝちにて味{あち}はひも情{じやう}も格別に覚へ 扨\/くどき落トすに隙のへた筈じや ほんまの初ツ物であつたとにゐまくらのじまんたら\゛/かたわきで聞て見れば此芸子跡の月の事てあつた さる寺の和尚{おせう}と心中に出たのをやう\/連て戻つた (三丁ノオ) 子はおろしたげな と埒{らち}もない噂此道も料理と同し事てうつわ万事くわせ方{かた}が第一也 今は此やうな芸子の場{ば}なく色する事少もはゞからず 中居相手にツイする噺にもかこうさんなら ワシヤする気じやと名の高いほうぐわんにははやあてがい肌{はだ}になるゆへそこでかの大はうぐわん思ふにはおれとさへいへばどいつでもすぐに出来る ムヽコリヤどいつもよくまたじやと悟{さとり}がひらけるゆへあいそつかしてふたゝび目もかけず爰でひとつかしこがあると ドツコイいやじやと踏{ふみ}とまると コイツ手ごわいやつじやとはうぐわん面しろみか付て是からせりふづき恋らしう成てついには請出しといふ物になる (三丁ノウ) 今の芸子衆爰等をかてんしたがよいと今引ている古ル芸子の狒々{ひゝ}のやうになりたるがいふたも金言{きんげん}也 かう今のやうに芸子が箸早{はしばよ}うては職{しよく}がたきの咽{のど}じめに同じく女良の股{また}じめといふ物也 又近年ていしゆといふ物も甚粋{すい}がりて切レた事もするゆへひくい客をとろがる場{ば}もあるから自然{しぜん}とくろかり茶屋はいきつく事多ウし 又何年立てもりちぎにていしゆはめつたに座敷へ出ぬものと心得客か芝居ばなし仕かけると 只今の芸は兔角理窟{りくつ}がつまりませぬ 朝から皆にくい\/と思ふている 一日のむほん人をぜひ四番目{よはんめ}て首{くひ}を打タねばならぬ所をねつからかすり疵{きず}も付ケず今日は日もばんじましたれば是切{これきり}ではたしますると歌右衛門が断{ことわり}をいわれまする (四丁ノオ) どふもすまぬ事でこさります 扨こちの方{ほう}のねり物御らうじて下さりましたかといへば客されば源氏{けんし}じやそふなが あの鈴虫{すゞむし}といふにあたまに矢をさいた娘はどふした心じや ていしゆ答{こたへ}て アレは私も存ませいでとつくりと聞ましたらかるかや道心{どうしん}の上るりに新洞左衛門が娘ゆふしで使者{ししや}に参る時心を乱{みだ}さんために錫{すゞ}の御酒徳利の中へいもりを入れて其酒をのましたといふ仕組{しぐみ}錫の徳利の中に虫が入ツてあるゆへソコデすゞむしでござります 能ウいたしました大将{タイセウ}でこさります とほめるさりとは唐{から}やまとをさがしても此やうなわるい趣向{しゆかう}も又とあるまい (四丁ノウ) 必竟{ひつきやう}仕立がきれいなればこそ趣向{しゆかう}は耳{みゝ}も当{あて}られぬ次第也 めんよう此ねり物の作者{さくしや}は菊天{きくてん}じやといふ評判 いとしなげに ナンノ菊天じやあろ 皆思ひ\/にむちうにくろがるの也 此ていしゆ折ふし居つゞけ客があると表{おもて}の格子{かうし}の間へ座敷まはりの男を呼{よ}ひ小声に成て まだ旦那帰らしやれぬ アヽ気の毒{とく}な コレナヨトみつ寺の地蔵さまへ参ツて足うごかしの願{ぐわん}をかけておじや 足どめではないぞやといひ付るやうな馬鹿{ばか}茶屋は代々伽羅{きやら}もたかず へヽ\/\/と花車がついせう笑ひして今にかどをたやさぬ也 兔角ワツといふ面しろい茶屋は身躰{しんだい}のもてにくいも客がとろうなるゆへ也 (五丁ノオ) 客にも名代{なだい}斗で実入{みいり}のないけんしき倒{だを}れといふはうぐわん多ウし 此地ははなやかを表{おもて}にしたる所ゆへ客には上中下色々品ありてつかひかた甚不同あり 奈良じまの客があぶない物でもなく上布{ジ@ウフ}の客が当{あて}になる物 でもなし なりのきたない客にも目利{めきゝ}してぐつと遊{あそ}ばすといふ 亭主{ていしゆ}の肝{きも}は此江南より外になし 茶屋のはなやかはいふにも不及中居の切レル事爰に極{きわま}り茶やも段\/あらたなるはなやか茶屋出来るもやめるも早く是皆繁昌のするどき物也 古き名代{なだい}にてはのつとり貝半てつしり大七はんなり川作わつさり井筒しつとり富市若江嶋九どつこい大藤は気丈もの山がたのせ春てし六堺市堺清丸庄角ト丸も能く通り其外嶋の内道頓堀{とうとんほり}側{がは}数もかぎらぬはなやか茶屋いち\/言ふにも及はず 芝居側で能くも売れたるは八百六 扨近年ちくごの芝居の向ひ浜茶屋に堺屋三右衛門といふ芝居茶や出来たり 遊{あそ}ばふと云へばなんでも呼にやり 此あるじは竹本咲太夫也 此茶屋女房と支配{しはい}の人に渡してあるじは決て茶屋のていしゆならず さん用きかず 客あしらわず 年中{ねんぢう}ちやり浄るりの趣向斗をえ夫して芝居見にくる客もあそひに来る客もわが音曲{おんぎよく}の徳をしたふてくると覚へ客の座敷へ折にはゆかたがけで提{さげ}きせるで出てわが浄るりの当ツたはなしいふて仕舞ふとツイと座をたつ客とめて酒一ツといへば (六丁ノオ) 酒は嫌{キラ}ひじやともぎどうなこたへ誠に芝居かゝりには珍らしひ変物{へんぶつ}也 兔角人は名の売れるといふが肝心{かんじん}粋{すい}にも株{かぶ}のあるものでたとへ少劣{おとろ}へても粋株{すいかぶ}を持たるは今に用{もちい}られる事で南でも誓叟{セイソウ}うなづけばそれをよしとし東南{とうなん}ほむれば人なるほどゝ同意{どうゐ}する 前曾道{そどう}といひし株持{かぶもち}近年八幡山と名をかへ弓矢八幡枠を止メず此むれに色々株持ありたれど今は小むつかしい人になつているもあり (六丁ノウ) 是らは粋草臥{すいくたびれ}といふものにて橙{だい\/}のおとろえなるべし 又年古き株持{かぶもち}に里とうといへるあり 諸芸{しよげい}つたなからずして何をして当{アテヨ}うといふ 工{タクミ}なく富{とみ}もせずまづしくもあらず 只物にこらぬ遊{あそ}ひ好{すき}真{しん}の野等{のら}といふは此人にてついにあしき評判{ひやうばん}なく能イ噂もなく嫌{きら}ひなく誰{たれ}にも付合ふといふ名物{めいぶつ}売買にすると是らは取わけ高い株しや 近年は頭{かしら}も半白{ハンパク}となりかけたれは衣裳{いるい}万たんはでを止め同行かしらかといふやうな只の親父風俗{おやちふう}なればいまた勝手知らぬわかはうぐわん喰イかけて見て跡へも先きへもゆかずツイに降参{かうさん}して三略{さんりやく}の大事{だいじ}を聞く事也 (七丁ノオ) 此人の人柄甚こうとうなるゆへさる方の番頭申スは 此方の若旦那の事万事貴公様をお頼申ス とあれは里とうこたへて 大船にのつたやうにおもわしやれと請合ひ段\/此息子を引廻はされしか 大船に乗たやうにと請合ふたも道理随分太長{ふとなが}い帆柱ほどな趣向{しゆかう}を立させ遊{あそ}ひの沖へこぎ出させ水{みづ}の音{おん}に引かれてとふ\゛/粋{すい}に仕立一ツの株持にしてやられた 兔角粋のみばへを守{も}り立て血脈{けちみやく}のたえぬやうに骨を折る狼花{らうくは}の一物{いちぶつ}也 一能{いちのう}あるものは用{もちい}られずといふ事なく足{あし}を能巻{よくまく}ものは則巻足{けんそく}と時の帝{みかど}より官名{くわんめやう}を給ひ是又一ツの株を得る はうぐわんに又粋株ありて粋甲{すいかう}と世に鳴りし跡今名をついでさかん也 (七丁ノウ) 李{すもゝ}の郷{さと}に住める助松はうぐわん近年高名{かうめい}又爰に浪花{らうくは}の眼{まなこ}なる町に鉄{くろかね}といふはうくわんあり 替名はクワク\/といひてクワクは靍の字か 只千年経{へ}ても心の替らぬといふ事此人一躰{いつたい}見えを取ル事ときこへにぜいをする事は甚嫌{きら}ひにてばたつかずうわつかず気の高い所此はうぐわんにならぶものなし 浪花江南{かうなん}におゐて名を求{もとめ}んと欲{ほつ}するものは先ツ遊亭{ちやや}を撰{ゑらむ}事なるに此人一ツ反{たん}ちなみたる人を捨ず 人知らぬ福新といふ茶屋を引立堺清を捨ず 自身{ししん}は諷{うた}ふ事も好まねど長うた好キにて法師続イて芸子のさらへかうなど随分のとやかなる遊{あそ}ひ しかも下戸にして座しらけず 近来の妙物{みやうふつ}也 左右{さゆう}の人には越左桐烏{えつさとうう}其外弁慶かぶもてうしにのつて顔をかへる事か嫌{きら}ひ甚よき捌{さばき}といふ所也 (八丁ノオ) 近年ふと竹本綱太夫に出合ひ甚気に入り懇望{こんぼう}せらるゝ 扨此綱太といふはアノ小音{せうおん}にして見物{けんぶつ}の耳{みゝ}をゆかへ引付ケこれを能{よく}聞かすといふ名人{めいじん}浄るりのかたり打におゐては今の世の上手此人に及ふものなし ちいさいなりして座中を腰に付ケる筈也 かゝる上手ある太夫なれば人の気に入ル事もはやく是ら太夫中{たゆふちう}の粋{すい}にてそのむかしは俄{にわか}に名を取り愛{あい}のある事 此やうな太夫もなし 此綱太右のクワクはうくわんにはじめて逢{あい}し時クワクより送り物有しがある日クワクはうぐわんの宅{たく}へ綱太夫まいりあないして中戸前へ通りしが綱太が跡に日雇{ひよう}とおぼしき男二人付キ来たり 中庭を鋤鍬にてめつたにほりかける店の手代中仕おどろき 是は何をするのじやととがむる 綱太夫しばしと押とめ 是には段々様子がこさります お目長{なか}う御ろうして下さりませ といふうちクワク大尽{ほうくわん}内より出 是は太夫どの何事かと申さるゝ間にはや中庭幅{はば}一尺底{そこ}へ二尺斗件の日雇{ひよう}ほり込ミけれは綱太夫日雇をひかへさせ 扨旦那様へ申上ます 先日は身にあまりましたる御音物{こいんもつ}ありかたふそんしますがお礼のおじぎを致しますのがどふでも頭{づ}が高うござりますゆへお庭を是程堀らせました と右のほり込だる所へ頭{かしら}をつつこんで一{いち}礼をなしたり クワクもあきれ是{これ}は\/いたみ入と手をたゝき子共よソレかなだらいに湯を取て太夫殿のあたまをあろふてしんぜいといわれた (九丁ノオ) 綱太は日雇にそれ\/と知らせは山土二荷になひ込ミ右の穴元トのことくにうづめて 扨おいとまと綱太夫は帰りけり 兔角はうくわんは仕似{しに}せが大事にて金{かね}つかひながら弁慶のやうに見ゆるはうぐわんあるもの ふと台所酒のみ付ると其くせがつくものじや 糞仕{ふんし}のわるい客は茶屋にもめいわくする事也 油屋三蝶世にあられし比ぬるいのなんのといふたけれと又是程のはうぐわんもめつたにはないもの 此人のはうぐわんかぶ其跡が遊んである 望ある人此株を譲{ゆづ}り請て相続{そうぞく}すへし 岩二も古人となられたよし此所の卦は強気{がうき}はなやかにして此所近きに住む人には僧も医者{いしや}も粋をつかふ別て此所にて療治{りようぢ}近年大ウはやり英才{ゑいさい}の良医{りようい}あり (九丁ノウ) 病家{びようか}へいても病の見立のよい上に粋をつかはるゝゆへに病論{びやうろん}の外のはなしに病人も気をはらし今しかゝつた頭痛{づつう}もツイ忘るゝゆへ此人の徳を名茶{めいちや}になぞらへ一チ森さま\/とはやる也 世の物好{ものすき}といふものかけ合ふとかけあわぬがある事なるに近年の中居の前だれのひもめつたにけつかうがよいと心得大峰{おゝみね}大先達{たいせんだち}のゆるし袈裟{げさ}見るやうな裂{キレ}を尻に巻立{まきたて}よつほど気の毒千万な物中居の魂魄{こんはく}が前だれの紐{ひも}にとゞまつてある事也 下タぐゝりをあらわしてするも太夫といふ場{ば}にはない事 (十丁ノオ) 兔にかく小女童{こめろう}小奴にいたる迄肝{きも}のヱライ所かごの者の尻{しり}のふりやう迄が外の里{さと}より伊達{だて}にて強気{がうき}はなやかの卦別て六七月大事よく卦意{くはい}を信{しん}じて力を入れて通ふべし 此所をはじめ牽頭{たいこ}の事を出さぬは 牽頭素鑑{けんとうすかん} 右の書近日出し候ゆへ沙汰に不及候 龍胆【さゝりんとう】卦{りうたんのくわ} 蜆川曾根崎新地の卦{くわ}也 外山翁卦の面{おもて}に新町に京の祇園町をくわへし所とありふしぎなるは此父が色八卦の時代に少もかわらず (十丁ノウ) 女良芸子のいきぢも前にかわる事なく女郎は所{しよ}\/の仕かへも流れも入込ムど爰の風俗におしうつるゆへぼいやりとなるほうにてかどはなけれども一ツ躰{たい}ぬるし 其かわりに下作{げさく}にはならぬほう也 蜆川北かわ東のはじめより西の果{はて}迄茶屋の間{あい}\/にある刻多葉粉屋ふくろ物や惣躰もやうのいきごみ寸分前に違はず かわりたるは南かわの菱屋鯉屋松坂屋面影{おもかげ}なきこそ変卦{へんくわ}也 あふみ宇平治といふたいこモウ七八十でもあろふがやつはりケンの強ひ自慢{しまん}しているげな 前躰{ぜんたい}浜手の客は老若{らうにやく}にかぎらず遊びかたのいつでもかわらぬものにて一躰{いつたい}此所てうしのくるわぬ卦{くわ}也 (十一丁ノオ) 此変卦{へんくわ}に中町といへるは色八卦時代より甚おとろえて今はやう\/二三軒残り客ていはやはり蔵やしきの下役外記左門たん平など其外存もよらぬ年寄客 しかもいんつう択{さわ}なるがなんぞ外の用のやうな顔してずつと内へはいり裏座敷てあいかたをよび元トより下戸なれば酒は禁{きん}じ河内やへ卅二文ののつぺい二ツいふてやつて女郎と鼻{はな}つき合はして是を喰ひ床へ入ての其長さ味よふつとめるとひぢりめんの下ぐゝりぐらひは請合ふて去ヌる 是等爰のふところ客也 (十一丁ノウ) 又こつほり町は蜆川の東に続きはるか品{しな}くたりたり 是も色八卦時代とは相違{そうい}して今は近き町のはたらき人あるひは在郷人打ましりむせうにくろがる 皆いくたり来ても色せりふにて 扨\/あつかまし女郎はかへ詞のせんぼうあがくは 扨置きさんせう迄いみそんなじやないといふ事をいまだにいふて居る所也 爰の露地{ろぢ}を行ぬける時 扨さたないのもある物じやと思ふて立ている事かならず無用りんきする男がうしろから足かいてこかすもの也 恐るべし\/ やまさきといふ所是も近来のわき物其はしめは料理屋田楽屋におこり花火の見物所なりしか今は色線香をお焚{たき}て一ト切二タ切の定メとなり (十二丁ノオ) 能肥{よくこへ}たらんちうもあれば素人出{しろとで}の三曲もあり はいつたがさいご外へぬける所なく是を号{なづけ}て鼠袋町{ねずみふくろまち}といふ屏風の極楽おとしにかゝる事疑{うたがひ}なし 同色八卦の時代になかりしなら村屋敷梅が枝新地大経寺前新屋敷といふはおはつ天神よりいなり山の近辺菜種御殿{なたねごてん}といへる 右五ケ所大かた同時に涌出{ゆじゆつ}せし所にてむせうにめかしかけ客も園八ぶし専{もつはら}やりかけ鍬{くわ}遣ふ人は少はね付るやうのいきほひもおかし 爰等皆むせうにすいがり甫のはやり詞をすうきを以て聞付け覚へ自慢{じまん}もおもしろし (十二丁ノウ) 麗菱【つるびし】卦{くわくりようのくわ} 高津新地六万台{ろくまんだい}勝曼{セイまん}尼寺此卦にあたる此高津新地は色八卦時代も世上の請あしく淋しかりしが年\/におとろへかけ行燈もまだらにてらせつりがね筋はやつはり在所者を引倒{たを}しみぞのかわは家ぬしよりちか頃普請{ふしん}ありて家居あらたに向ウの大みぞも掃治{そうぢ}しただけ当分は嗅{くさ}みもうすし タロの祈祷者おろし薬やなど浪花のはきだめ所となり遊所の姿はなし どふぞして持直しは有ルまいか 日々此所にて商売にかゝるは惣嫁問屋斗也 (十三丁ノオ) 六万台前に格別相かわらず平野辺より南の百性綿の出来はつほ麦のぬすみだめ爰にて消行ク事也 ふごを一荷になふていそ\/はいるとあるじの親父等田なべの彦さんなんと思ふて出て来てじや イヤけふはさやしに来たと荷をおろしどふじや 磯めはまめなかト尋る 嚊こたへてまめな段かいのおとゝいの晩も向うの鑰屋へ客衆といてなんじややら言ひ上がつて磯さんが二八の鉢を庭へ打付てわつたげなきもな子ではあるわい ヲヽなんでもけふはあいつ打て取ろ ホンニ親父此しろ物よいやうにしてとふごから布のふくろとり出す (十三丁ノウ) 親父口をほどいて コリヤ赤豆{あづき}じやな いつものしろ物ならう たしかへるけれど赤豆はいやな物じやなア ハテ扨赤豆じやてゝ同し事じや テウドそれが九升ある しかもようにゑるのじや 親父あたまかき\/めいわくな物なれど廿四文がへて九升しめテ弐百廿四文 それよりはどふもならぬ [客]それでは安スけれど気がせく。まけてやろふ。ヲツトソレ嚊磯さん呼んでこい アイと走る客わらんづ解き奥へ上がる 蛸{たこ}の足{あし}二本に酒一トてうしたんぽにてこしらへる [客]声をかけヒヤがよいぞ\/ といふうち女郎くる 此間京之介がかるわざ芝居で聞て来た (十四丁ノオ) キタワイナアといふ歌を女郎小声にてうたひ\/奥へはいる 南の方から茄子{なすび}しろ瓜になひつれて爰の内を見入れ [彦兵]へやは来ているか戻りにくるのじや\/ といひ\/走{はし}る所柄{ところがら}のもやうおかし 尼寺前やつはり前のごとく門口に立はたかつてしろものがみづから呼込む所は品くだりて前の通じやが近年よき置屋出来て堀江なん地の出みせ新やしきの出ばりなどありて呼屋も段々出来て女郎もよほどめかす事客がひどう酒に酔ふと女郎いたわりこのやうにゑいなさつたにはうす茶がよい といふ あるじのかゝが しけさんこい茶といふのもあるそふな (十四丁ノウ) ナアハイそりやあるけれどな こい茶といふのはつねはのまぬのじやわいな 元日に紅絹{もみ}のきれにぬいこんでふり出して酒でのむのがこい茶じやわい なととそと取り違へていると見へる こんな事いふくせに客がふとはなしにきのふ千日でごくもん見たがすじかいの久助といふやつじやといふト 女郎ムヽそれはこわい物御ろうじたな ソリヤすいほうであつて廿四ケ国が付てあつたがみせ出しが有つたげなときぶい事いひ出してしらけるあんばい茶の湯ばなしにかけ合ぬ そぎつぎなおかしみ 兔に角近年はなやかめく事也 勝曼{せうまん}色八卦時代とは大イにかわりはなやかになりたるは此地也 (十五丁ノオ) 坂のほとり能置{よきおき}屋呼や出来随求{ずいぐ}門前の新茶屋より清水のあたり迄つゞく 隙ナ日は女郎うち着のゆかたがけてせんだく物の相槌打て居れどおくり込ム 段には越後じまの紺がすりてりがきにかのこ紋 勿論{もちろん}芸子といふ物ありて余ほどはなやか行者講の参会平三郎で酒えんふつと呼んだ芸子のつりで山一組の大先達なしみ出来て講中も入込むからなじみ女郎の鏡袋にだら介も絶{たへ}ずやぶいのたぐひも入り込折には詩{し}のかいた扇持ている女郎も見へ 亀野さん子細らしい扇じやナア と呼屋のかゝがとがめると (十五丁ノウ) アイこれはな学文{がくもん}の書{かい}てある扇じや と答{こた}へる 又山伏とも医者とも見へぬ客爰な呼屋にて大ウだて夜なか時分に コリヤもてぬ といひ出し これから畑{はたけ}へねぶかぬすみにいて此肴に出てある鯛をなんば煮にせふ と言出し女良芸子宿屋のかゝ引連{つれ}レて物好キの遊{あそ}び取ツて戻つて酒になりくぜつになり女良がいふには ワシヤしんじつ女房になる気じやと聞イてくだんの客 そしたらありやうの事いふてきかそ おれは生花の先生じや とおのが口から先生といふやうな間違ひ者も入り込ミ?やかに遊{あそ}ぶ事也 (十六丁ノオ) 花菱【はなひし】卦{くわりようのくは} 安治川霊符{れいふう}八軒茶屋編笠茶屋真田山玉造同新宿屋 安治川色八卦時代{じだい}に替らず やはり船手斗の所外の客筋まれにて少も前にかわらず かわりたるはひぢりめんの湯具{ゆぐ}古イのに新しひはつかけも止{や}ミすつはりとした事 観音丸の源さま春日丸の七さまと客のわざになれて女良も能{よく}日和{ひより}見る也 (十六丁ノウ) れいふはたうとくも天満宮の東どなりにて参詣{さんけい}のなぐれ足 爰へ立よりおかげをかふむる 爰も甚はなやかめかしのくのなじむのと東天満あたり色事する若ものも入り込ミ折にはもめん問屋とも見へたる番頭男{ばんとうおとこ}注文て町廻りのついでに立よりなじみへ人やつて 扨呑かけると何かなしにたこのつぶ\/切に生姜酢ひやし物の替りには宮{みや}の内へ西瓜{すいくわ}の切リ売を買にはしり ナントよかろがな とあるじの女房が仕こなし 顔切レる嚊{かゝ}じや といふて客相応に悦ふ事親父はるすかと良へと客の尋ねに サア聞てくれなされモ あのこちの親父の歌をよむのでたいてい隙がとれてめいわくでこさります (十七丁ノオ) そこの壁{かべ}に皆はつてこさります 見ておくれなされ といふ客 ドレと壁を見れば如瓶評{ぢよへひひやう}でした五文字付の巻也 歌と覚たもおかしくこんな所は折\/ゆくとよいはなしがあるもの也 八軒茶屋此所れいふうに近しといへどれいふとは大キに品かわれり 女郎はおじやれの姿{すがた}ありて素人{しろと}づくりのたい也 客は侍に親父客旅{たび}がけの商人など望メば弐匁五ウト膳も出来女郎は表{おもて}は前だれ客が来ると衣裳{いせう}着かへめしくへば給仕{きうじ}する酒のめば酌{しやく}する色八卦にいひし かん板の首などは人がくわぬゆへ今はとんとない事表に見へるが正味の首也 (十七丁ノウ) お講に参つた禅門{せんもん}など新門からはいつてそつと遊ひ御堂{みどう}の役所{やくしよ}へやろふと思ふた包ミ銀{がね}の一両 ツイ女郎にさし出し 汗手ぬぐひなと買はしやれ ナンマミダ\/ 編笠茶屋すゞめすしに店{みせ}をかざり北の方の家{いゑ}じりに入口あり 客てい万事前にかはらず多{おう}く町色事の出合に繁昌する也 真田山玉造新たち家 此あたり前に相かわらず品{しな}くだりたり 新家{しんけ}の方{ほう}も在所{ざいしよ}請なれははか\゛/しき事もなく玉造いなりのへんは近来しろ人{と}出多ウし 肉喰{にくくい}ゆだんすへからず 蔦菱【つたびし】卦{てうりやうのくは} 上塩町野渡町馬場先此三所今は皆一ツ也 一丁目ははるか品{しな}くたりたり 右三所の呼屋皆はなやか茶屋置屋もれつきと色八卦時代{じだい}とは大に風俗かわり近来甚はんなり也 前は青梅{おうめ}しま糸しま黒紬{つむき}下着に伊達を見せて奥{おく}ゆかしう後家出てかけ落浪人の娘なとゝいふても誠{まこと}しげにしつほり所なりしが近年繁昌するにしたがひしんの色里めかしたいこみせ行燈かゝやかし女郎芸子のいせう随分はでに嶋の内にまけじと力{りき}む事也 (十八丁ノウ) 馬場先塩町呼屋はなやかに数しらず 辰らんせとしげ能{よく}人の耳にあり のど町にては古人{こじん}春羅{しゆんら}二斗庵{にとあん}のくつと若い時分茶瓜{さくわ}といひし比又前之蘭古{らんこ}右三酔{さんすい}の逗留{とうりう}の中東方庵{とうぼうあん}と号{なづけ}し一亭{いつてい}あるじのあざなはアワテともいふ 其外田中屋跡も居{きよ}をかまへ又目にたつは熊坂やといふのれんさる客是を見て 大きに剥{はぎ}そふな呼屋じや といへば此所の座持殿こたへて 全ク左様ではない ちよつと来たお客でも足がとまりとふ\゛/ 翌日{よくじつ}の朝めし喰ふてお帰りなさるゆへ朝飯{てうはん}から出た熊坂屋でこさりますとやつた置{おき}屋には森田屋といふものはだちて女郎万たん今はけしからず高上{かうじやう}めく所は繁昌してよけれどまへのやうな雅{が}なる所はうすくなりたり (十九丁ノオ) しかるに爰に一ツの隠窟{いんくつ}あり のど町馬場先筋より半丁北に表口に卓子の表札{ひやうさつ}をかけて貴得斎{きとくさい}といへるあり 此あるしは人の知りたる粋株持{すいかぶもち}にて異物{いふつ}の類{るい}也 前躰{ぜんたい}此野渡町の呼{よび}やのすがた 先ツずつと持て出るとさんもまつ四角なからくり台{だい}のやう なにいやみな盃兔角切ずしといふものは出さねば叶{かな}はぬ事のやうにこれが爰の性根{せうね}にて酢{す}のもの出してひやし物出すともふ此上は地しんつなみが来てもかまわぬとなんにも出さぬ事じや (十九丁ノウ) と心得て居るが爰のおしきせなるに此貴得斎{きとくさい}といふは先ツ客這入るとなんじやも知らずソツと詞がかゝり座につくとずつと出す酒さかなうつわ一トキは物好{ものずき}ありて只の親父ならず 料理{りようり}は甚心をもちひ又ある時はざわ\/と安う付ケる料理にも面白うくわせ名{め}イ飯{はん}何時でもゆきがゝりに間{ま}に合はせ料理{りようり}はかあいそふにはづかしげなき事也 ていしゆも馬の合ひし客には座敷へ出てさま\゛/とうがち咄折には取ておきの三絃{さみせん}にておかしいこへで長歌も一興{いつけう}先芸子呼べとも女郎呼へとも言はず (二十丁ノオ) 女房はさすが其客\/の気{き}を汲{く}んで相応に呼ひ物あてがい面しろがらす事じや ていしゆの馬の合ふた客に座しきへ出ているはよいか其間に料理場は料理人斗なればさかな等{とう}の仕打{しうち}只の事になる也 此所の女房といへるも是迄げん気も又面しろみも色\/として来てもはやとしもしまりたれば少も粋{すい}のつかいたい事はなけれど親父{おやぢ}かゝる仙人{せんにん}ゆへかゝ狂言を若う粂太郎が芸{けい}の性根{せうね}にてつとむる事也 なんても女夫ともいやみのないのがうまい所じや 大きからねと座敷へ通れば東請にて向ウはふるの山根{やまね}生駒{いこま}打つゞき庭{には}も作り捨{すて}ていやみなく芭蕉{ばせう}に雨{あめ}を聞きかたゑには蛙{かはづ}飛込む水の音ともいふべき池もあり (二十丁ノウ) 垣をひらきひかしのかたへ四五歩{しごほ}ゆけばはたけありて茄子{なすひ}間引菜{まひきな}なとおのづからなる 露を持けい市中{しちう}をのがれたるこゝち涼し 何にもせよ此地へくる人此所へ来ぬは風流{ふうりう}の至{いた}らぬなるべし 此比も隣座敷へ十五六な美{うつく}しひ芸子か来て三絃{さみせん}つぎかける 何をひくてあろふ 大方一ツ夜着あたりであろといふ うちひき出すを聞けば年{とし}をかさねてよわいお客はみな門口{かどぐち}てお礼申すやとわるくちの手まりうたいまだにうたふ さりとは腹をかゝへる事 (二十一丁ノオ) 爰等が此所のむかしの残りたる所? 二三年もまへの事てあつた 女郎が呼屋のかゝとのはなしにさゝやき声{こへ}で いんまあそこの細間{ほそあい}でいたちさんに逢ふた といふのを此客聞取ツて いたちにさま付するからはどふで猫又{ねこまた}かなんぞばけものであろふ と買ずてにして裏道からにげて戻つた客があつた さま\゛/とおかしきもやうある所殊に此近辺{きんへん}諸粋{しよすい}ありて一筋西へ行と塩町七八丁目にも色\/の隠士{いんし}あり 八丁目には南柯{なんか}といふ多能{たのう}の人 是{これ}も粋の株{かぶ}もちにてなんても馬場さき段\/繁昌近年のうちぜひねり物が出る筈 (二十一丁ノウ) 其時には作者にはことはかゝぬおれといふものがひかへている と南柯楽{たの}しんて居らるゝげな 近年陽気{ようき}日々にさかんの卦也 力{ちから}を入てあそぶへし 〈げんせうじの行当り駒が池のほとり評に不及〉 桧扇【ひあふぎ】卦{くわいせんのくは} なんは新地の卦也 此所の女郎芸子は新町にも堀江にもかまはず近き嶋の内を敵{てき}として是にはげみ合ふ心ありてかへつて力{りき}む事強{つよ}し 近比はげいこもげいをはげみ万事はなやか也 嶋の内のていしゆ中居色事出合の場此中にも女郎芸子に甚不同ある事価{あたい}かわらずしてゑほうくわほうある也 (二十二丁ノオ) 爰も色八卦時代{じだい}にさしてかはる事なし 新屋敷是も此卦{くは}にぞくす 此所は前躰{ぜんたい}むかしはうきすといふて船{ふね}かたの客人り込し所大イに繁昌せしが中比とんとさび渡りたるしをちか比又みせつきをはじめ万事はり込ミしより又立{たて}なをり近来{きんらい}は女郎芸子もはなやかに衣裳{いせう}は坂町にかけ合ひしろと出といふ物はいづれのさとにもすくなきものなれと此所にはくろとのしろとといふもの折々あり かこわれていた女郎のきやくにはなれ親のうちにまい\/しているうちしろと同前になり マア三月{みつき}出て見やう といふやうなもあり (二十二丁ノウ) 又せたいやぶりの中居などくろき中のしろうと是を黒肉{くろにく}といふてうまみのある事也 爰{こゝ}らを考へあそぶべし 芸子といふものは中\/長歌ではとんと間{ま}にあはぬ事園八{そのはち}ぶしといふ物あたり浄{じやう}るりなればやつこの道行とあしかりと二はん覚{おぼ}へていれば恥{とうぢ}はかゝすげいこ三味せんもつと右や左りの長者さまとめりやすうたふと客も心得扇さつと押ひらき中{ちう}役者の物まねさわぎどう中{なか}へ夜{よ}なきのうどん屋呼込ムもおかし (二十三丁ノオ) 兔角{とかく}近年{きんねん}は女良大キにはなやか相応{そうおう}のぜんせい賑{にぎ}はふ事也 此所の置{おき}屋の大将はよしのや女郎数多{あまた}あり 続{つゞい}て播新さつまやよきしろものを出{いだ}す なんでも今一段はやらそふならば此通り筋{すじ}の町幅{まちはゞ}をもう五六間ン広うして西の浜のつき当{あて}柳のある所に出口の門{もん}をこしらへ東のすだれやのある所に同じく門ンをこしらへ御堂筋{みどうすじ}から道頓堀{だうとんぼり}へわたるやうに橋{はし}をかけ女郎にもかぶろを付け日傘{ひがさ}を男にさしかけさせておくりこみ新町のうつしを仕たいと此所にとし古ルい分別者{ふんべつしや}がいわるゝゆへ なるほどそれはよかろふが先ツ引船かふろ引つれてはそれ程の人数{にんじゆ}のはいる広い呼屋があるまい (二十三丁ノウ) といへば イヤ\/かぶろやかさもちの男はおもてのみせにこしかけさしておくとあるやぶいか山ぶしの供のやうでおかしかろ といへば イヤまだかんじんの事をわすれた やり手に跡から蒔絵{まきゑ}の竹の筒にせんかう入れて持たすとやつはり新屋敷がはなれいでおかし 近比めつきりはなやか段々はんぜうすべし 黒船新地ひげそり近年のわき物ひけそりもかけあんどうにてめかす事也 うちまけのてんがうしが卅日女房を出すなどひやうしがなをると銀立{たて}てつれていぬるなどこれらしろと出にて折にはあれど兔角出入せわしき卦{くは}顔のかはる事早し (二十四丁ノオ) なんばおくら堤{つゝみ}近比新たち家ありてこそのていのものやりかけたれどはか\゛/しからず なんちの野かわ七けんの将門{まさかど}茶やといへるみせ付のるい出来れども格別の事もなし 宝結【たからむすび】卦{ほうけつのくは} 堀江の卦{くは}也 衆人入リ来り迎{むかい}甚性急{せいきう}也 と外山翁{ぐわいざんおう}前卦{ぜんくは}に申されし通此所其時より格別かはらず少いやしみあれど器量{きりやう}よき芸子を出す所にして女良げいこのかね付袖つめなどはなやかに賑はしき場所銀{かね}つかひといふものでなく銭つかひといふものゝ多{おお}ク入込む卦也 (二十四丁ノウ) 桐董【きりのたう】卦{とうたいのくは} 新町の卦也 此所は万代{はんたい}不易{ふゑき}の容{すがた}なれど時々のなりゆきにて外山翁時代とは相違{さうい}せり かはらぬものは道中八文字揚屋入のすがたと女良のかりかし門ン\/のかため太鼓{たいこ}のさため也 いつの比よりかあわざに別{べつ}のみせ付キ此物ずきはとんと新町けをはなれてみせのかざりもあやつりの四段めとおばしき道具にて此さま少おとりたれど先ツ賑{にぎ}やかなが一興{いつけう} (二十五丁ノオ) 其外横町\/鹿州{ろくじう}茶やもそなへよくなり別て此ろくじうといふ物近年のはやりにて天神をあやまらすほどのいきほひじや といふて僧正坊{そうじやうぼう}といふ也 此所の風俗{ふうぞく}大{おう}やうにしづかなるを元とするゆへ六月のにわかもやつぱり南の風{ふう}にてはあたらず 新町にわかといふ物一ツていあるも尤也 太夫の風俗{ふうそく}も十人が中{なか}にふたりは少ぐわつさりもあれどせりふ仕{し}うち備{そな}えを乱{みた}さず (二十五丁ノウ) くるわといふ場をすてぬこそ命なれ なんぼう色をきかしたるすいも年がおいこんで目尻に小じわが出来歯{は}もみがくといたむやうになつてはすいがつてもくろがつても女良の請あしき物 爰でこそいんつうといふ物でなければいかぬ所大病人に人参{にんじん}のますといふ場也 いんつうで色をもたすとしより客はとかく新町でなければ叶はず @人{はくじん}などの手にかゝるとあつちの勝手斗して ヨイヤサとむごいめにあわせる これしんそこつたなきゆへ也 嶋の内でいやがる事は新町でもいやな筈なれどぜんたいかぶろだちより客のつとめかたはかうした物と覚へ込ミ閨中{けいちう}の情{じやう}を大事につとめる所ゆへ年{とし}寄り客をやらず (二十六丁ノオ) やさしき志{こゝろざし}あり ほれるではない 自然{しぜん}と其情{ぜう}になれたる物にてつたなみのないゆへ也 若男のわけひきあしきには大イにはぢをあたへるやうの事あれど年{とし}より客をやるといふは新町になき事是{これ}南京{なんきん}といまりとほど情の違ふ事也 此味はひを噛{かみ}しめよろづぬるい所に面しろみ有る事を覚込{こみ}し客は一生忘れず七十に成ても八十に成ても銀{かね}つかへはくるわへ来る物也 太夫の情{ぜう}にあげ屋の姿{すがた}かけ合はねばゆかぬ事三寸八ぶのばちて長歌がひける物でなく細イ糸の胴へしみ込やうな音{ね}じめで先年{せんねん}江州{ごうしう}たながみ川がかたらるゝ物でもなし (二十六丁ノウ) 此所は閨中{けいちう}の色情{しきぜう}厚{あつ}くもてなし姿はあどなふ仕立る此段は女良斗の事にあらず 諸芸者にもある所芸にはしみて姿にしまぬやうにするが則上手也 高いの也 芸にしむとは執心{しうしん}あつくこる所すかたにしまぬとはかたちに其もやうなき也 たとへばはいかい師がよそへいてのあいさつにも五七五を合はせて ☆お宿に?用事が有りて御意得たし。 と切レ迄字入れていふたらうつとしうてたまるまい (二十七丁ノオ) なんば新地にしんぞうぶれをする男 ☆さるやしき出ほん肉しろと福新から出られます 近年のしろ物でゴザイ といふが名代{なだい}にて皆人の耳にとまる此男つねに途中{とちう}でちかづきにあひ ☆今日はきつうあつうゴザイ とやつはり新造ぶれの音声{おんせい}しみ付てある也 竹本芝居の三絃に靏沢文蔵といへるあり 浄るり三絃のどてんぜう 扨人柄は公家のおとし子かとも見へすがた詞にも三味せん引らしい事少もなく一入上手にぞ思はるれ 兔角片いぢは下手のはじめある人かぶき役者の評判に芸に少のくせなく丸うするは粂太郎也 といへば傍に居る片意智{かたいぢ}先生{せんせい}の曰{いわく} イヤ\/久米太郎にもやはりくせがある ムヽどふしてくせがこさります と押て問へは件のいぢ先生日{いわく} 其丸うするのがかれがくせじやといわれた 栢{かや}がなつて有ても木は椎{しい}の木じやといふやつにはのいて通すがよし 新町の風俗はくせのない所が一段高上な場時\/のはやり詞を禁{きん}じはやり染を着ず 万事此ていゆへぬかつて見ゆれど是{これ}くせのない上品{しやうぼん}也 近年くわくちうに現銀売の料理屋みせなど出来たるはつらいけれどくらい物のはやるが当世{とうせい}の風俗本町から北の堺筋に夜みせの肴屋のある時節なればせう事がない いかていのはうぐわんたりとも此新町の味覚ざるはどこやらあそびかたに目がつまぬ也 (二十八丁ノオ) ちまち太夫の請出し千三百両見事此はうぐわんの商売すじ千三百両が米{こめ}をつんだらよつぽど見事にあろとぐちなわろがくやむもおかし 是{これ}につけてもおしき粋のかぶ持は川崎やがぶつ急度はうぐわんのかぶ持最一ト度はなやかゞ見たいあたまの兀{はけ}るがおしい\/ 何は兔もあれ名をなさんと思はば浪花西方浄土に至り九軒のうてなにのほり佐渡や町に紫雲{しうん}の襠{うちかけ}越後町の音楽{おんがく} 爰にはちすのうへを契らずんば青{せい}\/たる凡夫{ぼんぶ}粋道{すいどう}にうかみ上がる事あるまじ しやくしかけを買ふ鍛治やの五郎介も五良す\/といわるればしぜんと髪も五たいづけにする事を止{やめ}て腕{うで}まくりせぬやうの気になる (二十八丁ノウ) 則これが人柄{ひとがら}の能{よく}なるゆへ也 鹿州{ろくじう}とても心は松の位にならいかいげりして 政野ヤア と禿{かぶろ}よびつれるすがたおかしうもあるけれど斯{かう}する物じやと覚へし所つくり物にあらず うるはし此所の卦意{くわい}ははじめて入ツて中程にぬるしとうとみそれより外の遊里{ゆうり}を経{へ}て至りいたれる所又此地へ戻る 十ヲ経{へ}て一に帰るの卦也 人間六十一の本卦{ほんけ}より格別面しろみ増す所也 古人はい人{じん}の貞峨{ていが}杖にすがりて亀菊太夫に夜毎かよひしも此所なれば也 信{しん}をあつくして通へば不男たりとも色が利{きゝ}出すといふ所は爰斗也 (二十九丁ノオ) 信ずべし\/ 附録 七情星{しちぜうせい}の占{うら} 女良をはじめ地の女にもせよ 色事にて先キの相手の虚実様躰{きよじつやうだい}をうかゞふ占{うらかた}也 女より男うらなふもくりかた違ふ斗 奇々妙々の占也 占法 左にあらはす所の七星{しちせい}うらなわんと思ふ時女を二十と立テ男を十と立テ合はせて三十也 占ふ日朔日なれは壱ツと入れ二日なれば二ツと入れる 卅日迄其数の通り入れる (二十九丁ノウ) たとへは男女合はせて卅と立テ占ふ日九日なればこれを九ツ入れて卅九 これを七払{はらい}といふて七ツつゝありたけ引く 卅九の内五七卅五払ふと四ツ残る これを七星{しちせい}の一のしるしより次第に二三四と右の残り四ツ目の所を見て知るへし 女から男を見るはやはり右之通りにして残りたる数にて星をくる時七つよりきやくに六五と逆{さか}にくりとまる所にて見るべし 此占{うら}は只男女きよじつ斗の法にて十{とを}か十ヲあたらずといふ事なし 嘲{あざけ}るべからす 信ずへし 安永二癸巳晩夏 (卅丁ノオ) 挿絵 (卅丁ノウ) ----------------------------------------- 注) ・「粋」字は、実際は「粹」字で表記されている。 ・五丁ノウ 上布{ジ@ウフ} @部分にかすれあり。「ヤ」か。 ・十六丁ノオ 答{こた}べる 洒落32下9 答{こた}へる ・十六丁ノオ ?やかに 洒落32下16 賑やか ・十七丁ノウ 弐匁五ウト 洒落33下8 弐匁五分 ・二十二丁ノウ ぞくす 洒落36上10 そくす ・二十二丁ノウ さび渡りたるしを 洒落36上12 さび渡りたりしを ・二十六丁ノオ @ → 女×百 ・卅丁ノウ 挿絵 洒落本大成p.41にみえる挿絵と同一であった。