― 『阿蘭陀鏡』翻字データ凡例 ―   ・漢文の返り点は「 」でくくって「レ」(鉤括弧付きのレ)「一」(鉤括弧付きの一)のように示した。   ・漢文の合符は「_」で示した。   ・漢字の繰り返しは「々」で表記した。   ・データ中の「〃」はにのじ点を表す。   ・データ中の「(」は,奥州訛りの会話部分に付された記号「(」を示す。   ・データ中の「{左:}」は,奥州訛りの会話部分に当てられた左ルビを示す。 -------------------------------------------------------------------------------------- 借着行長著 <青樓>阿蘭陀鏡{おらんだかゞみ}<全部五冊> 嶋原の傾城{けいせい}のあどけなき穴{あな}をさぐり 己惚客{うぬぼれぎやく}の遊{あそ}びのおかしきを手に取ごとく 書あつめたる本なり 銅脈先生跋 (見返し) <青樓>阿闌陀鏡序 老{おひ}ての計策{はかりこと}を思はず。眼前{がんぜん}の太平楽{たいへいらく}を楽{たの}しみとし。唐土{もろこし}の楊貴妃{ようきひ}。我朝{わがてう}の小野小町も手に入れて。金{かね}の生木{なるき}も鉢植{はちうへ}にして置顔{おくかほ}し。若{わか}きは二度{ど}なきものに。唱家{しやうか}の交{まじは}りせぬ人を愚{ぐ}とし。一寸{いつすん}斬{きら}るも。二寸も同じ罪{つみ}と。悪玉{あくだま}の一言{ごん}は背{そむ}かずして義理{ぎり}をたて。情{なさけ}をかけ。財宝{ざいはう}を費{つゐやす}こと。言{いは}ずと是{これ}は御推{ごすい}もじ。 (一オ) 今あらんだ鏡{かゞみ}にかくれば。真綿{まわた}で首{くび}の憂{うき}思ひ。 まいらせ候の長文{ながぶみ}は。牛{うし}の尿{ぜうべん}十八丁。 何がなにやら親父{おやぢ}の異見{いけん}。ちんぷんかんき身{み}にしまず。 (一ウ) 終{つゐ}に狸{たぬき}の陰嚢{きんたま}。八畳舗の裏屋住居{うらやすまゐ}となり。尻切草履{しりきれざうり}の郭通{くるはかよ}ひにお足{あし}の痛む時もあらば。夫{それ}ぞ誠{まこと}に出口{でぐち}のお茶{ちや}でもあがつて。お休{やすみ}なませとしかいふ 借着行長{カリキノユキナガ}戯述 (ニオ) 挿絵 (二ウ) 阿蘭陀鏡巻之一 詩{しに}云{いはく}@_蛮{めんぱんたる}黄_鳥{くはうてう}止「二」於丘隅「一」{きうぐにとヾまるといへり}於「レ」止{とヾまるにおゐて}知「二」其所「一レ」止{そのとゞまるところをしる}可「三」以「レ」人而不「二レ」如「レ」鳥乎{ひとをもつてとりにだもしかざるべけんや}といへども。日{ひ}暖{あたゝか}く。柳{やなぎ}青々{せい/\}として吹{ふく}風に。誘{さそは}れ出る小息子{こむすこ}や。 諸生{しよせい}の友{とも}の論語読{ろんごよみ}も。かたきをうしなひ。終{つゐ}に傷寒論化{しやうかんろんけ}して。めれなの符牒{ふてう}となること。是{これ}未{いまだ}礼記{らいき}の月令{げつれい}にも見えず。 (一オ) 兎角{とかく}当世{たうせい}は。江戸風俗{ふうぞく}言葉{ことば}さへまぬれば。大通{つう}とか。 粋{すい}とやらんに心得。着物{きもの}の好{この}み長羽折。 書出し能書{のふしよ}や評判{へうばん}付も。爰{こヽ}に入ツたる紙入は。とんだ大キい懐{ふところ}の。内はから/\下駄の音{おと}。胸{むね}は算用{さんよう}の思案{しあん}ばし。思はず直す衣紋橋{ゑもんばし}。 恋{こひ}の中道{なかみち}細長{ほそなが}う。毎々{いつ/\}までもおかわりなふと挨拶{あいさつ}は。皆{みな}此里{さと}の通言{つうげん}や。 (一ウ) お客{きやく}を二階{かい}へ提屋町{あげやてう}の。こゝに噂{うはさ}のとり/゛\に○去提屋{さるあげや}の二階に客を盗{ぬすん}だの盗{ぬす}まれたの。それが済{すむ}のすまぬのと。花車{くはしや}が挨拶{あいさつ}やりて引舟{ひきふね}が詫{わび}のと大{おヽ}もつれ。 隣坐敷{となりざしき}は江戸化言{なまり}の諸生{しよせい}。上州{しう}八丈の紅裏{もみうら}小袖に。紫縮綿{むらさきちりめん}の長羽折トいすりかけ。是見て呉{くれ}いといはん斗りは。五文も好{すか}ぬ顔付{つらつき}斑毛斎犬順{はんもうさいけんじゆん}。 (ニオ) 椽{ゑん}の手摺{てすり}に顋{あご}をのせ。庭{には}をながめて居ながらも。流石{さすが}医師{いしや}だけあつて。聞はつゝた俗語{ぞくご}を間違{まちがひ}ながらおり/\つかふ。 今ひとりは画馬通見{ゑまつうけん}とて是も同じく犬順仕込{しこみ}の江戸なまり。 おつとせが波枕{なみまくら}といふ身{み}ぶりで。根緒{ねを}さきに手枕{てまくら}し。無性{むせう}に悪口{わるくち}を云。 ○芸子{げこ}三人来{く}る。 自前酒{じまへさけ}を昆布巻{こふまき}で一杯{ぱい}引かけて。来{き}ながらそんな顔{かほ}もせず (ニウ) ゑて梅干{むめぼし}を米{こめ}かみへはり。小指{ゆび}のくゝつた手で帯{おび}をニツ三ツたゝき笑{わら}ひもせず。客{きやく}の顔{かほ}を見ながらヲヽしんどお出{いで}ナといひ/\居{すは}り。三味せんへのぼり付。水鉄炮{みづてつほう}を突{つく}といふ身ぶりで三味線{さみせん}をつぐ間{ま}もだまつて居ず。中居と咄{はなし}しながらお定りのうたちょつとひき。三味線{せん}は尻{しり}の方{ほう}へ押{おし}やり。 (三オ) 方隅{かたすみ}に硯蓋{すゞりぶた}の横昆布{よここぶ}さがし合ながら。客がよいのイヤわるひの。 髪結{かみゆひ}さんはお清{せい}さんの。お猶{なを}さんのと。口/\の噂{うはさ}は。小家{こいゑ}の嫁{かヽ}が亭主{ていしゆ}噂{うはさ}や漬物噺{つけものばなし}に等{ひと}し <犬順は皆おれにほ印であらふとおもふに。そばへよらぬゆへに少しはらを立> [犬順]コフおまへがた。金魚鉢{きんぎよばち}日南{ひなた}へ出{だ}したやうに。かた隅{すみ}にばかり居ずとちと爰{こヽ}へ来{き}ナ [通見]犬君{けんくん}足下{そくか}右{みぎ}の花賓賢{くはひんけん}のせりふどうした (三ウ) <花賓賢とは諸生仲間で美婦を云> [犬]<盃を下ニ置> マア聞{きい}て呉{くれ}い。おれもいろ/\方{はう}を付て見たが。一躰{たい}最初{さいしよ}は沈脈{ちんみやく}{左:ヲトナシイ}の症{せう}のやつだ。そこで内へいれる約束{やくそく}もしたよ。夫{それ}が段{だん}/\浮脈{ふみやく}{左:ウハキ}となりおつたゆへ。所詮{しよせん}だと思ひ去縁{きよゑん}したが。あの婦人{ふじん}も雀躍{じやくだつ}{左:ヤクタヽズ}の症{せう}と変脈{へんみやく}だ <ト脈論{みやくろん}でせりふをいふ> [中居]ハイモシおさかな <トかまぼこをはさむ> [犬]此かまぼこで森{もり}口{ぐち}の茶席{ちやせき}に。利休{りきう}もしたヽか腹{はら}を立{たて}られた。 (四オ) 挿絵 (四ウ) 挿絵 (又四オ) すべてこゝな酒をのむは。鰒汁{ふぐじる}喰{くふ}よりはまだおッかねヱよ。見子{けんし}も長く此酒呑{のま}ぬがゑいさア [通]そうだヨ。 大かたあの肴{さかな}は班猫{はんめう}の骨切{ほねきり}だあろ <トはもの骨切とはちとむりな口合ぢや> [中]そんな悪口{わるくち}斗{ばか}り。ぬたの鉢{はち}の高名{かうみやう}とやらいわずと。つぎめに一ツ呑{のみ}なませんか [犬]こいつア一ばんはなせる婦人{ふじん}だ (又四ウ) <ト一杯{ぱい}つがせ。ぐつと呑{のみ}向うへほれば。琴野は膝{ひざ}を少しあとへひき。糸と顔を見合セ小声で> [芸子琴の]糸{いと}さんアノ木津{きづ}もよつほど二十四じやなア <ト悪{わる}口いひながらも全{まつた}くばちはたヽみの上にはおかず> ○<木津とは此里{さと}で坊主の事二十四とは五九十{ごくどう}といふ事> [げいこ糸]琴野{ことの}さんちよと耳{みヽ}かしんか <ト耳のはたへ口をやりあいつは郭{くるわ}へござるあんまとりに> 似{に}たなア <トいへば顔をちよと見て笑ひ/\> [琴]ほんによう似た。一向違{かうちが}ひなしの正中{まんなか}しや [犬]なんだかおまへがた。おれが顔{つら}を見てたれに似たの。かれに似たのと身替{みがは}りにでもたてるのか (五オ) <トいふも心の内には。あら吉かひな助にでも。似たかといふ気どりで無性{むせう}に衣紋{ゑもん}をつくり> 最前{さいぜん}から隣{となり}がとんだ高@{かうげん}だ <トふすまを少しあけ。のぞき> 済{すむ}のすまぬのと。井戸替{がへ}の跡{あと}じやあるめヱ。公{こう}。アノ老三版{らうさんぱん}{左:ヤリテ}を一寸見ナ。葬礼{そうれい}の辰頭{がしら}といふ顔{つら}だヨ [通]なんだか痔持{じもち}が屎{くそ}をひるといふ顔{つら}で。とられたの盗{ぬす}まれたのと。江戸芝居{しばゐ}の友切丸{ともきりまる}じやあるまい馬鹿{ばか}/\しい。 (五ウ) [犬]此間江戸北楼{ほくろう}。扇子屋の滝川{たきがは}おいらんから。俳諧{はいかい}の巻{まき}をわつちに点刪{てんさく}して呉{くれ}ひと登{のぼ}したヨ [芸子桜]アノモシわたしが詠{よん}だ発句{ほつく}直{なを}しておくれなませんか。そして付句{つけく}の忌言{いみことば}はどうで [犬]おまへもまんざらではあるめヱ。マアなんとだ聞{きか}しナ。 トいふに桜はハイト口をうごかし 酸漿{ほうづき}の実{み}をしぼりけん秋{あき}の暮{くれ} (六オ) [犬]随分{ずいぶん}それでも句{く}になるよ付句の忌言{いみごん}は又むつかしい ト。智者{ちしや}とも。賢者{けんしや}ともいはれんつら付に。墨{すみ}ながしの貴冷扇{きれいせん}をたづさへ。初心の茶をたてるといふ口本し。小鼻{こばな}をいからし。坊主{ぼうず}あたまをふりたてヽ。 夫{それ}誹諧{はいかい}は連歌{れんが}の業{わざ}にして貞徳{ていとく}に二物{じぶつ}となる。末々{すへ/\}の達人{たつじん}綾錦{あやにしき}に詳{つまびらか}なり。今専{もつはら}蕉翁{せうおう}のながれをくむ。勿論{もちろん}付句は式法忌言{しきはういみごん}多し。とかく初心{しよしん}はわからぬ句を鼻屎{はなくそ}と共にひねくり出{だ}さんと。こゝをさいこ屁{べ}と案{あん}ず。 (六ウ) 点者{てんじや}の透逸{しういつ}と究{きは}むは是。鸚鵡{あふむ}能{よく}言へども飛鳥{ひてう}を離{はな}れず。吾{われ}能言へども粋言{すいげん}を離{はな}れず。マヅ薩摩芋{さつまいも}と熊胆{くまのい}が差合{さしあひ}ます。時太鼓{だいこ}と線香{せんかう}は客に忌{いみ}ます。夫{それ}も約束と変{へん}ずれば七句去{ざり}てかまいませぬ。間夫{まぶ}と自前酒{じまいざけ}は表{おもて}を忌{いみ}ます。 (七オ) 是を覚{おぼ}ヘナ。 わつちが此頃{ごろ}の句に 古池{ふるいけ}や蛙{かはず}飛{とび}こむ水の音{おと} [桜]トテバもとまりますかへ [犬]世俗{せぞく}にいふ。四角な鶏卵{たまご}に逢{あふ}た泥人{どろぼ}が。やかな。なをらぬ留だ <ト面白ない口合をいひ。しらぬことゆへまぎらしている> [中居]桜さん其発句{ほつく}とやらで思ひ出した。アノ行{ゆき}さんは来{き}なますかヱ [桜]おまへはまだ聞{きか}ずかへ。せんどのナ。夫。事から彼{かれ}や是と。アノお方の内{うち}もやかましく。こつちの内もあの通りじやゆへもめて。それから別{わか}れたわいナア (七ウ) [中]<首を少しあとへひき> そうかいナ。どうやら瓔珞{ようらく}らしい。ほんに桜さんの前{まへ}じやけれど。あんなしんのあるおかたはないもの。そして郭{くるわ}へお出{で}なますかヘ <トいへば。ばちを持ながらひとつまねいて> [桜]マア聞{きヽ}ひナアあれ程{ほど}までになつた中{なか}。わしも余{あま}り心能{よふ}もなし来{き}てならちよと見たいとおもへど。其後来{き}なますことはきかぬ。 (八オ) ゑらきまりじやげな。一いきはナア爰{こヽ}へはなに来て居ても。こちらのと聞{きく}とぬけつかくれついたが。今は一向しゆみ方じや <ト声はりあげ三はきれても二世のゑんトうたひさみせんを二上りにしたり。三下りに。ばちでひさをたゝき。客のいふ事もきかずに咄してゐる> [犬]手前らはあちらの人のこちらのをと。火鉢{ひばち}の炉{おき}いらふやうナこと。余{あま}り座敷{ざしき}で旧客{きうかく}の咄{はなし}はよくねヱ。やぼ客{ぎやく}じや。馬{むま}に榲悖{まるめろ}だ (八ウ) といふ所へ。中居が耳{みヽ}の傍{そば}へ来{き}て。何やらいへば鈍{どん}な顔{かほ}して点頭{うなづい}てばかり居る。 芸子{げこ}は見ぬ顔していれど。迎{むか}ひの事と推{すい}し。外{ほか}の咄{はなし}に紛{まぎ}らし時鐘{ときがね}をかくさんと。面白ういひなすも。勤{つとめ}の習{なら}ひとて。世に苦界{くがい}の女{おんな}ほど商売{しやうばい}にせいだす者はないとおもふが。なんと皆{みな}さんそうじやねヱけヱ (九オ) 阿らんた鏡巻の一畢 (九ウ) 阿蘭陀鏡巻之二 豪飲{さけのみ}本生{ほんせう}をたがへずと。めれんになつても。蝋燭{らふそく}のかはりめに胸{むね}をいたむること。酔醒{ゑひざめ}の水にひとしく。腸{はらはた}に入{し}み。何となく中居を恨{うら}みにくむより外なしと。通見{つうけん}はつく/゛\顔{かほ}をうちながめ。 [通]手前{てまへ}は守{まも}り本尊{ほんぞん}が不動{ふどう}かしてとんだこわひ顔{つら}だ (一オ) ちと蛭子{ゑびす}さんでも。信心{しんじん}して笑{わら}ふたがゑヱ <トいへど中居はそしらぬ顔してゐるゆへ> [犬]併{しかし}手前はとんだ仕合{しあはせ}する相{さう}があるよ ト云へば。中居は傍{そば}へ寄{より}。手の筋{すじ}も見ておくれナ。わたしはちと約束{やくそく}した人がある。そこへいかれますかのイヤ姉{あね}きは大坂の新町にいられます。おやぢは土{つち}もちで。かヽさんは児買{ちごかい}のと@虚言{うそ}とは知{し}らずよいといふこと聞{きい}て。くさじのことや何もかも。内證{ないしやう}の訳{わけ}を咄{はな}す。 (一ウ) 芸子{げいこ}もわたしはこんな年の人。さきの心に。しんがあるかどうじやの。イヤわたしは難義{なんぎ}をするといふこと。さうで御{ご}ざりますかのと。銭{ぜに}の入らぬことゆへ真{しん}に成{なつ}て尋{たづね}る。 中居はよいといはれたとおもひ [中]モシナ此煙草{たばこ}は遠{とを}い奥州{おうしう}とやらいふ。奥{おく}のお客{きやく}の国{くに}から出る。狼{おい}の川原{がはら}とやら。 (二オ) ちょつぽりのんで見なませんか <狼の川原とは仙台の名葉也> [犬]なんださいの川原だ [中]アホウ。おいの川原じやといなア [犬]おいの川原だ。従弟{いとこ}の川原があきれる <ト云/\のみ> こいつアいけねヱ香{か}だ。三五夜{や}の放屁{ほうひ}ときている。一服{ふく}で嘔吐{けんゑつ}の催{もよふし}だ [糸]おれんどんアノ奥州{おうしう}とやらは。浄{じやう}るりにある所かい。どんなお客じやへ (二ウ) [中]鼻{はな}の高い脊{せい}のひくい御侍{さふらい}さん。大方たとへの通りどこやらが。あの割合{わりあひ}ではおもひやらるゝ <ト口へ手をあてハヽヽヽヽヽトわらふ> [犬]なんの馬鹿{ばか}らしい。鼻{はな}が大きく高いのイヤ小男のとそれで大きくば。江戸の団{だん}十郎や。又婦人{ふじん}なりや。此郭{くるは}の中ノ町{てう}とやらに居{ゐ}た。中居{ちうきよ}などア馬{むま}から干鱈{ひだら}だ。何事もみな其物に応{おうじ}たものだ。 (三オ) そこで孔子{こうし}といふ人が君々{きみ/\たれば}臣々{しん/\たり}父々{ちゝ/\たれば}子々{ここたり} ト。婦人{ふじん}とおもひ。とつても付ぬ事を知{しつ}た顔{がほ}して引{ひき}ことにいふも。博識{ものしり}しや。面白いおかたじやと思はれなば。なんそのはしかけにもならんかと思ひ云。 また芸子{げいこ}中居がたばこ入扇子{あふぎ}などを見て。こりや一向粋{すい}じやおくれんかといへば。いやともよういはず。 (三ウ) あなたのことなら。随分{ずいぶん}/\とばかり。いふては居{い}れど心にはけふお旅{たび}町で銀壱両に買{かう}てきた物をと。夜中{やちう}にかへり戸{と}をたゝくよりは猶{なを}胸{むね}にこたへ。いけぬ婦人{おなご}なれば一入おしう思ふ。 犬順{けんじゆん}は桜{さくら}を見て。よその恋{こひ}めと何{なに}がなわるくいはんと。 コヲ通公{つうこう} <トあごておしへ> アノ妓舞{ぎぶ}が紋{あや}見ナ。金箔{ぱく}で石塔{せきたう}へ付うといふ紋だ [通]うそアねヱよ。 (四オ) 時に公{こう}は。角唱亭{かくしやうてい}の訳合{わけあひ}聞{きい}たか [犬]おうさおゑねヱ。腸{わた}を所持{しよじ}しておる。きやつも大黄剤{だいわうざい}の症{せう}と来{き}ているヨ [通]アノまた。米焼{たき}めは早打{はやうち}じやあるめヱ。夫{それ}にいつも手繦{たすき}がけで茶{ちや}をくむべらぼうだ [犬]あいつ黒い顔{つら}にほうげたと下駄{げた}の向鼻緒{むかふばなを}ばかり赤くしおつて。 嘸{さぞ}臭気{しうき}甚{はなはだ}しかろ [通]そんなに悪{わるく}いふな。あれも去男{さるおとこ}と紅閨{かうけい}の枕{まくら}をかはす気取{きどり}で契話{ちわ}ッてるヨ (四ウ) [犬]そりや大方糞問{こゑとい}屋の男だあろ <トらツちもない悪口{わるくち}をあたひつこういふゆへ> [中]モシナ咄{はなし}は庚申{かうしん}にしなましてマアちよツとお吸{すい}ナ <ト吸椀{すいわん}のきせを取箸{はし}をのせ出し> 芸子{げこ}さん方{がた}もいきなませんか <トいひ/\火ばしでらふそくのしん切るは。はたの喰{くう}をおそい顔してみぬといふ負{まけ}おしみの手品{てじな}也。 芸子{げこ}は一口吸て見れど。あまりうまうないものゆへ。何{なん}たらどん。ちよつぽりやりんかと。椀{わん}のふちをはぢき箸{はし}をふいて中居へやる> [桜]琴{こと}のさん一向{いつかう}粋{すい}じやなア。ちと盃{さかづき}まわしんか <トすべて芸子{げこ}中居のことばは皆{みな}跡{あと}へ引ク。迷子{まいご}よぶ気どりでよむべし> (又四オ) 挿絵 (又四ウ) 挿絵 (五オ) [琴]モシナはヾかりさんながら <トいひさま紙を出{だ}して肴をうけゑびをはさめば。いやいなア此やうになるまで芸子せいとはあんまりむごい。なんぞといやみをいひくさるト盃をさし。モシ一ツおあがりナア> [犬]おつと思ひざしか。恐悦{けうゑつ}だ/\ と云々調子{てうし}ちがひにうたひ出{だ}せば。芸子{げこ}はいやそうな顔{かほ}して中居と。咄{はなし}しい/\三味せんを取あげひき出{いだ}す。うたひしまうやしまはぬにモシナ。おひとつおあがりナアトいひ/\手をたゝき [中]御銚子{おてうし}直{なを}しておくれやア (五ウ) <ハイトこめろは片手に銚子持ながら桜ニそつと何やらいへば。まつてゐるかへと桜は立て下{した}へ行> [中]<こゑはりあげ> 吉さんおくれやア <吉さんとは此里でらふそくの事> [犬]今清浄{せうじやう}{左:セウベン}におりた三筋{すじ}めはおゑねヱやつだ。坐舗{ざしき}なかばで行{ゆき}さんとかなんとかにわかれたの。はなれたのと。丸一石うるしじやアあるまヱ。それに若{もし}も来{き}てかと松風村雨{さめ}の。一躰{たい}訳{わけ}が須磨{すま}ぬ浦{うら}じや。いつそあかして文{ふみ}やろうか。 (六オ) 向うへゆきさんのイヤ行平のと。胸{むね}をやきなべにしおつて。貧乏人{びんぼにん}の葬礼{さうれい}でじあいばかりしあがる横{よこ}だ。 <トいふ所へさくら帰れば。そしらぬ顔でまけおしみに奥ざしきの客{きゃく}のことを云> とんださわぎだアノ柱{はしら}にもたれて居{おる}おやぢは。無芸{むげい}だそうで。最前{さいぜん}から茶碗{ちやわん}ばかりたゝきばらひにしあがる。所謂{いわゆる}三歳{さい}の児{ちご}の一言{ごん}も八十の翁とはあの事だ。 (六ウ) ト悪口{わるくち}言もしらず。三味せんのひきしまいには。いつでもヨウ/\御苦労と。やぼな顔{つら}でほめている。 犬順{けんじゆん}坐敷{さしき}も面白うないゆへ。芸子{げこ}はたいくつし。そろ/\けんをはじめる [琴]桜{さくら}さんひとつついで置んか [桜]おつとよし/\それ。丁{ちよう}かけな。半かけな/\/\ <ハヽヽヽヽト笑ひさはぐ> [通]<知つた顔してもしらぬことゆへおしへてくれともよういわず> わつちは金閣寺{きんかくじ}はいけんだから。行司{ぎやうじ}/\。犬順も同じくすきな。 (七オ) 是は負{まけ}おしみに傍{そば}へもいかずに居れどだん/\面白くなるゆへ。負{まけ}た者には呑{のま}せ/\ とさはぎたて。金谷{きんこく}の酒数{しゆすう}誰{たれ}と。さはぐ中にもこびた詞{こと}はなれず夫から笑ふやら手をたヽくやら。 跡{あと}に面白い口合もむだもたんとあれど。さわぎにてとんときこへぬ 阿らんだ鏡巻の二了 (七ウ) 阿蘭陀鏡巻之三 出口{でぐち}は迎{むか}ひ@燈{てうちん}に。大夫{たいふ}もこゝにまつのいろ。 入来{く}る客{きやく}の花美{くはび}の中{なか}。素見{すけん}手拭{てぬぐひ}ほうかふり。 小店{こみせ}の客の声高{こはだか}く。帯と雪踏{せつた}に身をうち込{こん}で。文字{もじ}はしらねど矢立{やたて}は前に。ぶらり/\とぞめきゆく。 六丁町に誰{たれ}しらぬ者なき長さんは。黒羽二重{くろはぶたへ}に長{なが}羽おり。忍{しの}ぶ頭巾{づきん}のおくゆかし。 (一オ) のふれんまねけば禿{かぶろ}が文箱{ふばこ}。ハイと持{もて}くる花やかに。ひかれ廓{くるわ}の賑{にぎは}ひや。 誰{たれ}も思はずつい爰{こヽ}にとつつとはいれば目はやき [中居]長さんお出ナ。夜ぜんはモシだん/\ <と云声に走{はしつ}ていづる> [花車]モシ長さんお出ナ。やぜんはモシナ。段々お有がたう [粋長]アイゆふべは大におせわ <ト云ひ/\あがる向に大夫三人居> [大夫]長さんどうで [長]アイおかわりもないか [太]二階{にかい}に待{まつ}て居{ゐ}なますぞへ。 (一ウ) [中]長さんモシお腰{こし}の物 [長]ヲツトそれ <トわきさしわたし神の棚の大じん人形をしりめに見て二階へあがる向ふより> [禿]長さん/\大夫{たゆふ}さんがまだお出なませぬかと。宵{よひ}から出口へ二度人を尋{たつ}ねに [長]どこに居るちよとしらしてたも。シテ客{きやく}は誰{たれ}じや [禿]ハイおやしきのお方{かた} [長]夫{それ}は此間からの茂佐左ヱ門とやらか。マァ早{はや}う知らしてたも。 <ハイト禿は菜種{なたね}大夫の床へゆく帯を引ずりつまおりをくはへながら> [芸子糸]長さんお出ナ。もう逢{あひ}なましたかへ。よふ毎晩{まいばん}来{き}てあげなます (二オ) 挿絵 (二ウ) 挿絵 (三オ) [長]マア爰{こヽ}へはいりナ。 <トいふところへ二タ布のひもの見へるほど。つまをからげはしつて> [げいこ小梅]長さん/\やぜんはモシだん/゛\。ちと又知らしておやりなんで。御願ひ申ます。姉{あね}キお客{きやく}は誰{たれ}で [糸]すかぬ諸生{しよせい}客で。薬{くすり}の名{な}のやうなことばかりいひくさる。一向{いっかう}いやで/\はやうとれてほしい [小梅]わしもしゆみ方{かた}の。座敷{ざしき}で気色{きしよく}じや。今も中居衆{しゆ}と石{いし}で一杯{はい}やつてきた <トいふに髪をちよと見て> (三ウ) [いと]すかさずつとへ簪{かんざし}いやみじやナ撥尻{ばちのしり}も@{くゝつ}ておきいナア [小梅]これでもいにくさらんしんきやの。それにあんまり気{き}がない。きよさんが宵{よひ}になんたらでゑらかんてきおこすの。どうじやあろ [長]くつつりとゑら花やがし様。おたのしみ [小梅]アホウ長さんきらいやの <ト手をふり上そつと打{たヽき}> なんぞいひなますか。わたしがやうな者にだれもくさじになつてくれてがない <トいふところへ来{く}る> [中]うそ/\。 (四オ) 長さん聞{きヽ}なませ。毎{まい}ばん/\ちよいといきの。ちよいとばやいに。ゑらわあ/\さんじや。とうしてやろ [小梅]お慮外{りよがい}さん。なめくさりやの。 トいひ/\長さん又のちほどヽ。皆{みな}つれ立て座敷{ざしき}へ。行{ゆく}もかへるも別れはつらき恋心{こひごゝろ}。 うそとはうその皮{かは}にして。うそはまことの骨{ほね}。 まよへばうそも実{まこと}となり坐敷をよう/\と。ぬけつ隠{かく}れつ爰{こヽ}に来{き}て。襖{ふすま}にもたれ喰{くい}さき紙{がみ} (四ウ) [なたね太夫]モシナ今時分に何{なに}しにきなました <トいへば粋{すい}長も。さすがふところ子{ご}ほどあつて。ふるてなせりふいふ> [長]遅{おそ}うて悪{わる}くば帰{かへ}らう。どんな晩{ばん}にさんじて嘸お邪魔{じやま}になりませう。どうで田舎侍{いなかさふらひ}のやうには <トいふを目でしらせ小声になり> [太]コレきこへると悪{わる}い。静{しづか}にいひなませ。あほらしい田舎者{いなかもの}を好{すき}さうなものか。大躰{たいてい}思ふてもみなませ。モウこんりんざいいやで/\ <トいふを皆{みな}迄いわさず> [長]そうらしいもの。 (五オ) きけばよい客じやげな。兎角{とかく}今の浮世{うきよ}は鏡{かヾみ}山にある。其角{きかく}が発句{ほつく}や又此頃の狂歌{きやうか}ニ うかれ女{め}は色もなさけもきぬ/\のゑりもとにつくあかつきのかね よう聞{きい}たがよい。東里{とうり}ばかりかとおもへば。いまの大夫も算盤{そろばん}づめでかきよせるのか <トいふに大夫は。茂佐左ヱ門へきこへるかとあんじ。そこらをうろ/\ながめこゑをひそめて> [太]アホウ。あんまりでわたしや物がいわれぬ。 (五ウ) そんなさもしい。衿{ゑり}もとにつくのと [長]それが腹{はら}がたつか <トいふ口おさへ> [太]コレひよつと聞{きこ}へて <ト隣{となり}をおしへ> 此{この}客{きやく}しくじつては爰{こヽ}な手前が[長]だまりをれ。それ程{ほど}かばうは侍{さふらい}めがかあいヽか <トいふ口又おさへんとするをふりはなし耳に口あてるをつきたをせばこけながら> [太]アレまだかばうのなんのといひなます。わたしが心がしれんじやあるまいし。よしない事をはらたてなます <トしく/\なく> (六オ) [長]そんな事は聞{きヽ}に来{こ}ぬ。ほんにわしはゆふべも遅{おそ}う帰{かへ}つた。今宵{こよひ}は表{おもて}のしまらぬ内にドレ帰{かへろ}ふ <ト立あがるを。すかりつけばつきとばす。たばこ盆がつたり。かまはずむりにとり付て。心はせけど隣をはヾかり。よふ/\耳へ口をあてなき声にて> [太]コレナア此まゝでいなふとは。あんまりむごいマアわたしが心を推量{すいりやう}して見なませ。ゆふべも出{で}られぬ床{とこ}をぬけて出{で}て。一へんさがせど帰{いに}なました跡。わたしばつかり心を尽{つく}しても。そんな水くさいことばかり。 (六ウ) たとへおまへにたヽかれうがふまれうが。そうしられる人にしられるとおもへば。わたしや腹{はら}はたヽぬが。せめてわたしが思ふ半分も思ふてくれてなら。疑{うたがは}るヽこともあるまい物とおもへば。わたしやそれがはらがたつ <トなき/\男の帯をしつかと持て居る。粋長も少し小声になり> [長]わしも疑ふまいものか。ゆふべもせんどまたせ何ンの返事もせす ト咄し最中{さいちう}に。となりの茂佐左ヱ門。灰{はい}ふき十二三たヽきアハン/\ト咳{せき}ばらひ七ツ八ツする。 (七オ) こなたはなをもひそ/\し。息{いき}をころして耳{みヽ}を出{だ}したり口出したり。漸{よう/\}互{たがひ}に点頭合{うなづきあひ}。笑{ゑみ}をふくんで床{とこ}へ入り。大夫は禿{かぶろ}に鏡袋{かゞみぶくろ}を取りにやり。あをぬきに寐{ね}ながらのべ鏡を見て。顔{かほ}をふき。ちとおよりなませもくちの内。 (七ウ) 臼{うす}となり杵{@@}となること。これ学{まな}ばずしていたる処とこゝに略{りやく}す。 此あとは大口{おヽぐち}いはぬ事。 かゝさんがしかつてじや 阿らんた鏡巻の三畢 (八オ) 阿蘭陀鏡巻之四 奥州{おうしう}化言{なまり}の茂佐{もさ}左衛門も。朱にまじはれば赤{あか}うなり。小便{べん}に行{ゆく}に中居{なかゐ}が付けば。出ぬも今は少しも恥{はぢ}入る気{き}なく。たヾひとり蒲団{ふとん}の縫{ぬひ}めへ指{ゆび}つヽ込ンだり。あくびをしては小べんにゆけど。まだ帰{かへ}らぬは悪{にく}や。かわやへいたのではないか。誰{たれ}ぞと見れど引舟{ひきふね}も居ずと。そろ/\立てだんばしごから。こわ/゛\のぞく台所{だいどころ}。 (一オ) 下駄{げた}の音すりや心に心{こゝろ}をよろこばし。床{とこ}へゆかんとすればハイ芸子{げこ}さんがた詰{つま}ると三ツといひ捨行{すてゆく}。 こりや違{ちが}ふたと又立のぞく。 門{かど}は往来{ゆきき}の鼻唱{はなうた}に。わしがおもふは是より東コレナン/\と一度{ど}に騒{さは}ぐ禿{かぶろ}ども。 これぞと思ひ身{み}をひそめば。幸次さんおまへか。いヽやと答{こた}ふあんま取に。茂佐左ヱ門は猶もはらたて。鼻声{はなごゑ}にてなまりかけ (一ウ) [茂佐左ヱ門]最前{さいぜん}から(いちやい{左:いつかう}/\別{わか}り申さない。幸次さんうまいかとは(あん{左:なに}だア。喰{くらひ}物だべいか。(うつしゆ{左:あヽ}それよ。うらアが(すべた{左:大夫}が <トだんばしごへ片足おり台所の女を手まねきし> これさ姉子{あねこ}おいでやれ [引舟]ハイおよびなさりましたか [茂]ヲヽよんだてや/\ [引]なんぞ御用がござりますか [茂](おかなく{左:たんと}用があるてや。先刻{せんこく}大夫がどこさアやらいきやり申て。今に(もんら{左:もどら}ないさア。 (二オ) 全躰{ぜんたい}あれさアとは(らちやなく{左:とほうもなく}。(うらア{左:わし}とは(ふんばり{左:ひつぱり}があるでナ。是は(にした{左:そなた}ちや。しるべい事だねヱサ。此さき身請{みうけ}して本国さア(かたつて{左:つれて}(あいぶと{左:ゆく}と云たれば。(やんだ{左:やだ}ともいわず。しかし年{ねん}の内{うち}はどうかサ勤{つとめ}たい趣{おもむき}かたる。是忠臣{ちうしん}のめんじ。其分{ぶん}にさし置た。其時かたみを(けてござい{左:くれい}と。いツたれば。(半てん{左:ぢば@}をとん出{だ}し。こんな(下な{左:わるい}ものさアと跡{あと}は泪{なみだ}アで(かつぷした{左:うちふした}。 (二ウ) うらア{左:わし}も一別{べつ}以来{いらい}出ぬなみたアを(しこたま{左:ぎやうさん}こたんとながいた。あまり(がいに{左:ひどう}思ひ上衝{じやうしやう}したやらア。きかず{左:つんぼ}のやうになるやら。からだは(鼠{ねずみ}作{つく}り{左:てんかん}のやうサであつたを。(おかつぱ{左:まヽよ}と心を直しても。半てんをみれば思ひ出し。短金{たんきん}で(あぶ{左:すでに}なく。道中サあゆはれず。難義{なんぎ}も苦{く}におもはアないで帰国{きこく}さアしたてやサ。 (三オ) (ひらはまけねヱ{左:うそはつかぬ}。これでも(よかんべい{左:よかろう}ものと思ふか。どうだてや/\ [引]イヤもうあなたさんのお噂{うはさ}はかね/゛\大夫{たゆ}さんのお咄{はなし}で承つておりますが。ほんにあなたの事なりや <トこゆびのはらをおやゆびでおさへ> もう/\是程も大夫さんに如才{じよさい}のないことはハイわたしが。よう知て居{おり}ます [茂]マア/\(聞{きか}はれ{左:きかしやれ}や此度{こんど}登{のぼ}りと聞{きく}と(いきみ{左:しり}を(かいさま{左:さかさ@}にして家{い@}さアの。(あつぱ{左:はゝ}(わらし{左:子ども}やど(おかた{左:かヽ}も。(いつけて{左:すてヽ}おき (三ウ) (たつた{左:すぐに}今京さアにつき申て。(一ばん{左:さき}に来{き}申シ。大夫に(いきやい{左:ぶじにあふた}。(やい/\{左:これは/\}(おつつぱら{左:ひさしぶり}で。あつたなべいと。昔{むかし}語{がた}り。またア以前{いぜん}の通{とをり}(くつついた。{左:なじむ}コレ是は大夫がうらアに(けた{左:くれた}(半てん{左:ぢばん}だサ。余りに(がいな{左:ひどう}/\やぶれたゆへ。此やうに(てんぺん袋{ふくろ}{左:づきん}の裏{うら}や。(けつわり{左:ふんどし}にし申たサ。 (四オ) 斯{かく}厚{あつ}@思ふべいうらアが気{き}だサ。夫{それ}にかう(むぞう{左:むがう}するとは。うらアが深{しん}せつ等閑{なをざり}にする段。(たまげた{左:あきれた}事だサ。大夫はそんな者ではないべいが。こりやどうした物だべい。 <引ふねはおかしさをかくし。おやぢの異見{いけん}きくといふ身ぶりで居{い}るに。ひとつもわからねど。といかへされもせず大ていすじ右衛門で> [引]あなたさんのお詞{ことば}皆御尤{もつとも}。しかしたゞ今も申ます通り。何ンの大夫{ゆ}さんがあなたの御深切{しんせつ}を等閑{なをざり}にしなませう。 (四ウ) たしか宵にお客{きやく}の御連中{れんぢう}さん方{がた}がお出なました。大かたそこに。いつも大夫さんにあいせいのイヤすけいのと。酒{さヽ}のお相手{あいて}。坐舗のばやいがわるうて帰{かへ}りなますもかへられず。それでおひま入わたしがちよと見てさんじませう。定{さだめ}て大夫さんは。はやう帰りたいと思ふて居なませう <トいひ/\立て。粋長{すいてう}の床{とこ}へ行> ○犬順{けんじゆん}坐敷は盃も廻{@@}し。芸子{げこ}は三味線仕廻{しまい}/\中居と咄{はなし}し。ふろ敷のむすびめへ手を入れ持{もち}ながら。客よりさきに中居へいんでこうや。又後程{のちほど}へといひ。客の顔{かほ}を見てモシナ今晩{こんばん}はだん/\お有がたう。ちとおねがひ申ますと。お定{さだま}りをいふて。雪駄{せつた}直しのいにしなのやうに箱を提{さげ}。跡{あと}を見い/\下{した}へゆく。 (五オ) 挿絵 (五ウ) 挿絵 (六オ) 二人{ふたり}はあとに投足{なげあし}し。椽{えん}をどん/\い@し。花車{くはしや}めが勤{つと}めに出{で}ぬのイヤ柱{はしら}の端{はた}にゐた芸子{げこ}は首{くび}だの。がんくびのと。大夫を待{まち}ながら。咄して居に。 (六ウ) 隣{となり}の茂佐左ヱ門がせりふを聞{きい}て [通]犬君{けんくん}隣{となり}のせりふ聞たか。居去{ゐざり}といふけだ物はあるが。なをされといふものア聞かなヱ。それに心中{しんちう}がしれんの銅{あかヾね}のと。あんまりで臍{ほそ}が妙見{めうけん}まいりだ [犬]かまはずおけい。高か田舎{いなか}の。なもやぼだふつだ。なんぼ粋{すい}がつても蟷螂{たうろう}が斧{おの}だヨ (七オ) <ト言に> [中居]<ちよツと袖をひき> モシナ。ありやお屋舗のお侍{さふらひ}さん <トいへば@{@@}ぬ気{き}になり肩{かた}をぬぎこたへなはちまきし> [犬]ナンダ侍だ。菖蒲皮{しやうぶかは}が。おツかねヱか。ちと切られてヱ。ひひやりと。ア西瓜{すいくは}じやあるまい [中]モシナどうぞわたしにめんじて。とかくさきが <ト指{ゆび}二本たせば> [通]二本だ。ゑいわさア。六本にして明{あけ}まで詰{つめ}てやれ。コリヤやい。居酒{ゐざけ}やの徳利{とくり}は石を以て口{くち}をそヽぐ。流{なが}れの里{さと}を枕{まくら}とするおれだ。孫楚{そんそ}はアいわねヱ (七ウ) <ト@しい中からわるい口合もかまはずいふ> [犬]なんぼ此郭{くるわ}が小べんへのめつた鞠{まり}と来{き}てゐる。丸い人がらな所でも。そんな事いふては。当世{たうせい}のまゝ焚{たき}も禁穴{きんけつ}だ。馬鹿{ばか}/゛\しい <中居はモシナ/\ト手を合せど聞いれず> [通]又河東{かとう}見をれ。どんな物だ。 おつむりのお道具{とうぐ}で焼寺{やけでら}の二ヶ寺や三ヶ寺の再建{さいこん}は杓{しやく}もいらねヱ大方一目{ひとめ}見やがつたりや。此世{よ}の暇乞{いとまごひ}となりおろうかならずたのんで酒{さけ}の肴{さか@}にやア延齢丹{ゑんれいたん}に金屑丸{きんせうぐはん}。独参湯{どくじんたう}でも煎{せんじ}てもらひあがれ。 (八オ) アヽぜれて@奴郎{やろう}だ <トいへば中居は猶@犬順が手を持てひけばひかれながら> [犬]自慢{じまん}じやアねヱが。おいらはまた。さのみ男ぶりもゑいといふじやアないがどうだか。美婦{ひふ}には好{すか}れる性{せう}だ。是も又込{こま}るよ。緋縮綿{ひぢりめん}の底衣{ゆもじ}と鼈甲{べつかう}の呑酸{おくび}が出{で}て。此比は心持かして。肌{はだ}に鱗{うろこ}が出{で}そうだ。折々{おり/\}は白粉{おしろい}の気{き}をうけるやら。流糞{りうふん}に大込{おヽこま}りだヨ [通]おいらが世界{せかい}又きけ。一寸{ちよつと}の小便{べん}が弐匁三分だ。 (八ウ) 雪隠{せつちん}へ行{いきや}は店仕廻{みせじまい}の五六輩{ぱい}づゝだ。そこで金銀は遣{つかい}はたし春色{しゆんしよく}も価{あたい}千金に売{うり}払て。浮世{うきよ}三分五厘のたくはへはなうても。廓中{くはくちう}へ来{き}てはどんな物だ。出口の茶やが迎{むかひ}に出{で}りや。新八や門{もん}の与右ヱ門。寄場{よりば}の男に送迎{おくりむかひ}の子供{こども}迄が総下坐{そうげざ}だ。うそはア言ハねヱ [犬]どうだか。うぬはゑらく鼻{はな}がつまつたそうだ。又迎{むかひ}がくるとわるい。はやく片隅{かたすみ}でマアふんとかめ <ト悪口{あくかう}の所へ下{した}より中居がハイモシ大夫{たゆ}さんがおいてなましたといふ (九オ) ○引ふねは茂佐左ヱ門がねまのからかみをひらき> [引]モシおゆるしナ。ほんにわたしが申ました通り。大夫{たゆ}さんは奥坐敷{おくざしき}に御酒{ごしゆ}のお相手{あいて}。モウ今おかへりなます。わたしに茂佐さんがひかりなませぬやうによろしう <ト此所引> 申て呉{くれ}いと。一向{かう}あんじていなます程{ほど}に。必{かならず}ひかつてあげなますなへ [茂]承知{せうち}/\近{ちか}比{ごろ}太儀サ休まれ/\。ハイ御{ご}ゆるりと御休{おやすみ}な。 <トよきにかぢとる引舟や。あづま男に京女郎のいとやさしさ。見かけはいとけなきわづか三本たらぬ猿{さる}大夫も。犬順を一目見るよりすかぬ客ゆへお出ナの外無言{むごん}。 (九ウ) ふたりはにわかに衣紋{ゑもん}を直{なを}し。学者{がくしや}らしい顔さへすればほれる物かと思ひ。ニツ三ツ覚{おぼへ}へた異国{いこく}ことばをつかひ無性{むせう}にこびて。斎号{さいがう}をよぶ> [通]斑毛斎{はんもうさい}足下{そくか}の(トクヘン{左:仕合}如何{いかん} <片{かた}カナは皆異国{いこく}ことは也> [犬]不佞大{ふねいおヽ}(ドロンコ{左:酔}に及{およ}び候。時に予{よ}愚按{ぐあん}をめぐらすに。今隣席{りんせき}の雑言{ざうごん}。頗{すこぶる}本意{ほんい}ならず。是全{まつた}く枉士{わうし}なるか [通]なんのさア。其罪{つみ}を悪{にく}んで其人だ。たゞ赤@{せきふつ}{左:アカマヘダレ}の悪{にくみ}を悔{くやむ}よ [犬]斯{かく}同気{どうき}相求{もとめ}たる汝{なんぢ}。其薄{うす}くする所の罪{つみ}を厚{あつ}くして。のふれん。ひらり烏ガアの。(ヲマン{左:帰}なんとだ [通]足下{そくか}何{なんぞ}不「レ」知「レ」足乎{たることをしらさるや}遊{あそぶこと}必{かならず}有「レ」方{はうあり} (十オ) [犬]愚者{ぐしやの}罪{つみは}必{かならず}堕「二」地獄「一」{ぢごくにおつ}だ [通]近「レ」色{いろにちかづき}遠「レ」賢者{けんにとをざかるものは}@{くらし} [犬]鳴呼{あヽ}俗哉{ぞくなるかな}汝{なんぢ}好「レ」色{いろをこのむこと}如「レ」好「レ」徳{とくをこのむがごとし} [通]豈{あに}朋友{はういう}何{なんそ}背哉{そむかんや}願{ねがはくは}容皃{ようはう}鬱金香{うこんかう}与「レ」我ヨ{われにあたへよ} [犬]唱之里{しやうのさとの}銘{めいに}曰{いわく}苟{まことに}日{ひヾに}新{あらたに}日日{ひヾ/\に}新{あらたに}又{また}新{あらたに}造{つくる}長袖{てうしう}是{これ}如何{いかん} [通]<長袖{てうしう}には殆{ほとんど}ゆきつまり> 長州{しう}とは硯石{すゞりいし}の事か [犬]馬鹿{ばか}よ。ふり袖新造{しんぞう}の事だト。 <いひ/\手をた@けば。ハイト中居おれん首{くび}をかたふけ。おも/\しい顔{かほ}ではらをおさへながらくる> [通]手前はどこぞわるいか。 (十ウ) 黄金{わうごん}にきわだの粉{こ}をかけたといふ顔{つら}だ [中]ハイ積気{しやくき}で腹{はら}がいたみます [犬]ドレこゝへ来ナ <ト立テひざしみやくを見> とんだ発熱{ほつねつ}だ。総身{そうしん}(アベ{左:火}のごとし <ト懐中よりむらさきちりめんのふくさに包たる赤地錦{にしき}うらの紙入より丸子少し出し> 此薬を(カツカ{左:水}にて呑{のみ}なさへ [通]イヤ手前は薬なくとも治{ぢす}よ。吉久{よしひさ}が燧{ひうち}じやないがうけ合だ [犬]それはどうして治すよ [通]ハテれん積{しやく}なんぞ大病{たいびやう}の心をしらんだ [犬]コリヤ一ばんあやまつた。 (十一オ) 妙{めう}だ/\ と鼻唱{はなうた}で。小べんにゆきヽの人のおともなく。ふけゆく空{そら}の物すごぐ。かすかにきこゆる。うどんそばきり 阿らんだ鏡巻四了 (十一ウ) 阿蘭陀鏡巻之五 とこ入リのまけおしみは。通{つう}も不通{ふつう}も通見{つうけん}の手をとつて。中居{なかゐ}が奥坐舗{おくざしき}へ引{ひつ}ぱれば。マア待{まて}。犬{けん}はどこへいた/\と。言ひ/\ひかれてゆく。 犬順{けんじゆん}は何がなほれさしと。ろうかの柱{はしら}を異国言葉{いこくことば}をもつてよむ シネツプ{左:一} トツプ{左:二} レツプ{左:三} イネツプ{左:四} イワン{左:五} アルワン{左:六} シネベシ{左:七} トベシ{左:八} アシキ{左:九} ワナケリ{左:十} (一オ) ちようど十本あるといひ/\。坐敷を見れば誰{たれ}もゐず。たヾ紅の付た爪折{つまおり}や。紙{かみ}に肴{さかな}が包{つヽん}であるやら。 せつかく聞{きか}さうと読{よん}だものと。独{ひとり}ぼやきながらも。かうしてゐては中居めがモシ一寸{ちよと}お出ナとぬかそう。一寸こいこわいなと。うぢ/\して。尻{しり}からおされて行も古し。アヽ酔{よふ}たも猶古風{こふう}と。紙くずだらけのたはこ盆{ぼん}提{さげ}て。南をはるかにと謡{うたひ}で床{とこ}へゆき。狸寐入{たぬきねいり}といふ。お定{さだま}りの場所{ばしよ}も。粋{すい}がつて寐{ね}ながら屏風{べうふ}の唐詩{とうし}をよむ (一ウ) [犬]なんだ子昂流{すごうりう}だナ主人{左:しゆじん}不相{左:ふさう}ナニ識{左:をる}でもなし  偶坐{左:すみざ}ンウヽ為{左:ため}林{左:はやし}泉{左:いづみか}莫{左:なにアヽ}@{左:それト} <画引{くはくひき}がないとわからねへと。よめぬ所は口のうちでいひ。大夫をまたぬ顔{かほ}で居れど。人情{にんじやう}のあさましさに。足音がすればおり/\。屏風{べうぶ}の外{そと}をのぞき。心のうちにはなにして居{ゐ}をる。遅{おそ}いやつだと。口外{こうぐはい}へ出さず。うぢ/\して又よむ> (二オ) 挿絵 (二ウ) 挿絵 (三オ) 酒嚢{左:さかつぼか}なんだ中自{左:ちうじ}有銭{左:ありぜに} <トいふ所へ大夫くれば。見向{みむき}もせず。心中{しんちう}には恐悦{けうゑつ}を催{もよふ}し。よめぬ所もよめる顔{かほ}して読{よん}で居る。 大夫{たいふ}は天窓{あたま}の道具{だうぐ}も取り。着替{きかへ}して枕元{まくらもと}にすはり。たばこをのみ。二ふくめはお定りゆへと。いやながらもハイモシとさし出す。 犬順{けんじゅん}はうれしけれども何気{なにげ}なく。ヲイトよそ目しながらきせるをとり。何やらいひ/\のむ> [太]モシ蒲団{ふとん}召{めし}ませんかヱ <トいへば博学{はくがく}といふ所を見せんと> [犬]イヤ不佞{ふねい}は(青州{せいしう}{左:サケ}の服廻{ふくくわい}致し。聊{いさヽか}寒{さむ}くはなきぞ [太]シテあなたの御{ご}姓名{せいめい}は何と申ますヱ (三ウ) [犬]愚名{ぐめい}は斑毛斎犬順{はんもうさいけんじゆん}。略{りやく}して犬{けん}と申ス [太]今迄は嘸{さぞ}かしおなじみさんが [犬]イヤ中々さやうの儀は毛頭{もうとう}これなく。兼々{かね/\}足下{そくか}の美目{びもく}@{はん}{左:ウツクシ}たることを。拙{つたな}き此身に耳入{しにう}いたし。願{ねがは}くは一刻{こく}片{へん}時たりとも嬌面{けうめん}の枕{まくら}をかわさん幸縁{かうゑん}のなきやとおもひしに。今当席{たうせき}の次第。近比{ちかごろ}歓服{くはんぷく}仕ル <トいへば大夫はもとよりすかぬ客にこびるゆへ。猶こうるさく思ひしが。少しなぐさまんとすねた顔もせず> [太]数ならぬわたしへ初会{しよくはい}から。御{ご}しんもじのおことばさりながら。更{さら}/\実{まこと}と思はれず。よいかげんになぶりなませ (四オ) <ト契話{ちわ}といふ顔で手をつめれば> [犬]尊手{そんしゆ}で御恨{おんうらみ}の打擲{てうちやく}有がたし。斯{かく}足下{そくか}に任{まか}せし不佞{ふねい}が身を。そんなに疑{うたが}ひ給はゞ。寧{むしろ}。胸中{けうちう}をわつてみせ申さんや [太]どうやらさういひなますと誠実{せいじつ}とは思へども。兎角{とかく}自{みづか}らが心定{こゝろさだ}かならねば。唐土{もろこし}の石公{せきこう}が。張良{てうりやう}へ約言{やくげん}し。心厚{しんこう}の見給ひし事もあれば。一ツの功{こう}を見せ給へかし (四ウ) <是には犬順もこまりゆびをきるも俗{そく}也髪と思へど髷{わげ}はなし> [犬]嗚呼{あヽ}賢哉{けんなるかな}足下{そくか}。此上は作軽羅{けいらとなつて}着細腰{さいよほにつかん}予{よ}が心。是{これ}にて疑{うたかひ}はらし給へと <手をふところへつヽ@み> 一寸{ちよと}気海{きかい}{左:シタハラ}が辺{ほとり}へやらせ給へ <ト云手をしつかともち。余程{よほど}非学者{ひがくしや}と見てとりさすが大夫ほどあつて詩経{しきやう}の語{ご}をひきて> [太]手{て}寒{つめた}く氷柱{つらヽ}のごとし。口にはほれる油をいひなましても。なんぼ苦界{くがい}の私{わたし}でも。高ひも卑{ひく}ひも姫{ひめ}ごぜの得心{とくしん}なきに不作法{ぶさはう}な。自{みつか}らが胸{むね}の曇{くもり}の晴{はれ}るまでは指もさヽしはせぬ (五オ) <トすこし立腹{りつふく}の躰{てい}をすれば> [犬]御腹立{ふくりう}去{さり}ながら。五条の天神{てんしん}医師{いし}冥加{めうが}。神{かみ}の誓{ちか}ひをかけまくうへは。豈{あに}虚言{きよこん}は一切{せつ}申さぬ [太]成ほど夫{それ}で疑{うたが}ひ晴{はれ}ました。随分{ずいぶん}お心にしたがひませう <トうしろむきにねがへりすれば> [犬]蓋{けだし}不佞{ふねい}を痴簡{ちかん}{左:アホウ}とおもひ好み給はずや。況{いはんや}予{よ}開中{かいちう}に入ツて軍{ぐんノ}を起{おこ}さんと欲{ほつす}るに。汝{なんぢ}背面{はいめん}{左:ウシロムキ}は是{これ}如何 [太]アホウ契話{ちわ}にすることしりなませんか <ト云ニ犬順も少し心おちつかせこびるをやめて> (五ウ) [犬]ちと寄{より}なさへと <手をもてば> [太]ヲヽせわしマア待{まち}なませ <ト外{@@}のはなしにまぎらかす> モシナ。芝居{しばい}へいきなましたかヱ [犬]此間いたよ。夫{それ}も聞{きヽ}ナ廓中{くわくちう}へこうとおもひ。出{で}た途中{とちう}で由男{よしお}と奥山{おくやま}とに逢{あふ}たれば。コレハ旦那{だんな}御久しぶりマア御機嫌{ごきげん}さんで。ちと芝居へ御出なさりませんかと。無理無躰{むりむたい}にすゝめおつたゆへ。つれ立ていた向{むかふ}から。野巫内{やぶのうち}先生{せんせい}と。勧学{くはんかく}屋大八とが。同道で来{き}て。 (六オ) 茶会{ちやぐはい}がある来{こ}いといはれたを。断{ことはり}いふて行{ゆく}所へ。乱山{らんざん}先生{せんせい}と。雨蛙{あまがいる}の正太{せうた}とが。西{にし}山へ物産{ぶつさん}にゆくと。咄{はなし}して居{ゐ}られた其後{うしろ}から。犬{けん}さん/\と呼{よん}だ。誰{たれ}じやとおもへば。新地{しんち}のお袖{そで}にお柳{りう}めが。嵯峨{さが}へ行{い}て山の気{け}しきを詠{なが}め。一句{く}ヅゝするほどに。来{き}て呉{くれ}ひといひをるを断{ことはり}いひ。大方自前行{じまへゆき}じやあろ。其替{かは}りに躰{からだ}は身{おれ}がしてやろ程に。南側{がは}へ付{つけ}さして置{おきや}と云て別{わか}れ芝居{しばゐ}へいたが。こんどは大分よくしをるよ。 (六ウ) 其帰{かへ}りに河原{かはら}の茶やに休{やすん}でいたりや湊川{みながは}先生{せんせい}とテレメンテンのおやちがわせて。円山{まるやま}に書画{しよぐは}の寄会書{よりあひがき}がある。是非{ぜひ}ニ来{き}て呉{くれ}と頼まれたを。いろ/\と断云て戻{もどつ}たが。モウ毎日{まいにち}/\看版{かんばん}書{かい}て呉{くれ}ひの。イヤかけ物にする自作{じさく}の詩文書{しぶんか}けいの。イヤ能興行{のふこうぎやう}する出勤{しゆつきん}して呉ひのと。遊事{ゆうじ}に殆{ほとんど}込{こま}るよ (七オ) <トいふ内も。あすはアレニコレト。口の内でいふて居る。大夫はうそとしりながらも。あしらはねばまたいやみとおもひ> [太]ほんに万能博学{まんのふはくがく}も嘸{さそ}おこまりさん。大方開帳{かいてう}参抔{など}しなましたら。御足よりは御首{おくび}が痛{いたみ}ませう [犬]そふさア天窓{あたま}あげて歩行{あるく}間{ま}がないよ。けふも祗園{ぎおん}町の美妻{びさい}の香煎{かうせん}屋のおやぢと。一力太郎右ヱ門が来た。皆{みな}あの連中{れんぢう}は立花{りつくは}の弟子だト <知{しつ}た顔{がお}するあほう者とおもひながらも。あまりきヽぐるしくそろ/\なぶりかけかゞみの銘{めい}をいふ> [太]あなたのやうにちかづきの多{おヽ}ひ御{お}かたなら。アノ天下一人見和泉守さん知{しつ}ていなますかヱ (七ウ) [犬]随分ちかづきだ。此間も遊びにいつたよ [太]よめさんよびなましたげな。どこから来{き}なましたへ <トいへばアレハ夫何ニ/\としらぬ事ゆへ口の内でいふ大夫はなを/\たづねかけ [太]そんなら中臣{なかとみ}の磯次様{いそじさん}は定めてお心やすうしなませう [犬]磯次かアレトハ兄弟{けうだい}ぶんだよ [太]ほんにどこに知規{ちかづき}があるまいものでもない <ト胸中{けうちう}には米もらひと兄弟分かとわらはれもせずそしらぬ顔で> それでは行{ゆき}さんも大方知{しつ}てんで (八オ) <トいへばゆきさんとは色の黒い。壱文に五ツ六ツ売。だどんのやうな男とはしらず。尋るからは定めて美男の粋{すい}人。殊に名もすいなれば大かた柳を一夜見ねばねられぬといふ人もしやくさい中{なか}ではないかと。わるくちもよふいはず> [犬]行{ゆき}は大通{だいつう}ものだ。此間も扇九{せんく}へつれていてやつたよ [太]そんならゆきさんの弟{おとヽ}の丸市さんわへ。 <是も定めて粋{すい}人もししらぬといはゞ。やぼとおもはれんかと> [犬]丸市とは行{ゆき}よりはまだ熟懇{じゆつこん}だ。ほんに堅{かた}いものはかんで喰{くは}すほどの中だ <ト聞{きく}に大夫はたち上り。ほんに京中の人を大方ちかづきといふからは定めて脱肛{だつこ}の気{き}ちがひとも従弟(いとこ)ぶんぐらひで。あろふといひ/\下へゆく」> (八ウ) 犬順{けんじゆん}は大かた時刻{じこく}うつりしゆへ。手洗{てうず}であらふと。少し心用意{ようい}し待{まつ}てゐる所へ引舟{ひきふね}が来{き}て。屏風{べうぶ}の傍{そば}へ居{すわ}り。 アノ承りますれば。あなたさんはゆきさんの弟ご。丸市さんとはお心やすうしなますげな。大躰{たいてい}聞{きい}てもいなませうが。わたしの所の大夫さんとは深{ふか}ひ中。殊{こと}にあなたさんも丸市さんとお心安けりや猶のこと。こんな事が聞{きこ}へてはすまず。 (九オ) 勿論{もちろん}大夫さんも義理{ぎり}のたゝぬ事。さいしよから丸市さんの御れん中としれてあるなら。出{で}なますはつもなし。又あなたも外{ほか}に御気{き}に入つた。よい大夫{たゆ}さん方{がた}呼{よび}なますにもよけれど。今時分にそんな事もならず。お気のどくさんながら。お内{うち}でお休{やす}みなさつたと思し召。今晩{こんばん}の所はおひとりお休みなませ。憚{はヾかり}さんながら丸市さんへよろしうおつたへなされてへ。 (九ウ) ほんに一{いつ}かうおきのどくさん。 おさびしかろ と。いひ/\下へゆく。 犬順は何{なん}にも云{いは}ず。冬{ふゆ}むき火鉢{ひばち}をとられたやうな身ぶりで。何ンのいわいでもよいこといふて。今さらアレハ間違{まちがひ}じや。しらぬ人。虚言{うそ}じやともいはれず。病人{びやうにん}の死{しん}だ跡{あと}へ見廻{みまふ}たやうなものだと。医師{いしや}たけのたとへをいひ。合床{あひどこ}をうら山しくおもひ。引手{ひきて}のとれたあとから口明{あい}てのぞいて見たり。うろ/\立て台所{だいどころ}をみれば。夜{や}ばんの女が半ゑりにちり紙をあて。ゐねぶつて居{ゐる}より外。誰{たれ}もゐず。 (十オ) いつにかわつて夜{よ}のあけるをまつはこよひばかりだと。れんじの障子{しやうじ}を明{あく}れば。むかふの松にはや一ばん烏{からす}。 犬順が顔{かほ}を。ためつすがめつうちながめ。アホウ/\/\/\ 阿らんだ鏡巻の五了 (十ウ) たれもゆく茶やは かねとは聞しかど かうはまらうと おもは ざり けり 挿絵 (十一オ) 漢文跋 (十一ウ) 漢文跋 (十二オ) 広告 (十二ウ) 広告 奥付け (丁なしオ) ----------------------------------------------------------------------------- 注) @の置き換え  JISコードにない漢字   ・巻1一オ2   @=糸×民×日   ・巻1五ウ2  @=言×言×言   ・巻3一オ2  @=火×兆   ・巻3四オ1  @=糸×舌   ・巻4八オ1  @=門×市   ・巻4十オ5  @=くさかんむり×市   ・巻4十ウ2  @=りっしんべん×民×日   ・巻5二オ4  @=言×曼   ・巻5四オ4  @=目×兮  その他    ・巻2一ウ7   児買のと@   =印刷不鮮明 ・・・  大成92上11では   児買のと。   ・巻3八オ1  {@@}    =虫食い  ・・・ 大成97下11では   {きね}   ・巻4二ウ7   {左:ぢば@} =虫食い ・・・ 大成98下11では   {左:ぢばん} ・巻4四オ1(データでは巻4三ウ) {左:さかさ@}=印刷不鮮明 ・・・ 大成99上6では  {左:さかさま}   ・巻4四オ1(データでは巻4三ウ)          {い@}    =虫食い   ・・・  大成99上7では   {いゑ}      ・巻4四ウ1  厚{あつ}@  =虫食い  ・・・ 大成99上13では  厚{あつ}く       ・巻4五オ7  {@@}し   =虫食い   ・・・ 大成99下8では  廻{まは}し   ・巻4六ウ7   い@し     =虫食い   ・・・  大成99下13では  いわし   ・巻4七ウ2右 @{@@}ぬ気{き}になり      =虫食い   ・・・  大成100下4右では 負{まけ}ぬ気{き}になり   ・巻4八オ7  {さか@}   =虫食い   ・・・  大成100下16では  {さかな}   ・巻4八ウ2  ぜれて@    =虫食い   ・・・  大成100下17では  ぜれてヱ   ・巻4八ウ2右 猶@      =虫食い   ・・・  大成100下17右では 猶々   ・巻4十ウ6  た@けば    =印刷不鮮明 ・・・  大成101下15右では たゝけば   ・巻5五オ3左 <手をふところへつヽ@み>                  =印刷不鮮明 ・・・  大成104上7左では <手をふところへつゝこみ>   ・巻5六オ2右 外{@@}の  =印刷不鮮明 ・・・  大成104下2右では 外{ほか}の 洒落本大成との異同   ・巻1七オ2 {てんじや} → 大成90下14 {てんしや}   ・巻5六オ1 [太]   → 大成104下1 [犬]   ・丁なしオ左隅(「浪華書林 河内屋太助」の左隣)         シケル   → 大成107下(底本写真版) 記載なし