通言総籬 ---------------------------------------------- 通言総籬叙 彦国佳言{げんこくがげん}を吐{はく}こと。 鋸木屑{をがくず}の如{ごと}く霏々{ひひ}として絶{たえ}ず。 粤{こゝ}に京傅{きやうでん}青楼{せいろう}の通言{つうげん}を酸@1{ずつう}に呑{のみ}こんで。 頓{とみ}に茶表紙{ちやびようし}の一冊{さつ}を吐{はく}。 是{これ}鉄拐{てつかい}が仙術{せんじゆつ}にあらず放下師{ほうかし}の小刀{がたな}にあらず。 閲之象牒中{これをみるにかたちてふちう}に顕{あらは}れ聴之言文面{これをきくにことばぶんめん}にとゝ゛まる。 (口ノ一オ) 闇{くらやみ}に引出{ひきいた}す牛台{ぎうたい}の囁{さゝやき}廷{まのあた}り。 中街{なかのちやう}に駻{わし}る駒下踏{こまげた}の音{をと}耳{みゝ}にちかし。 実{げ}にも籬{まがき}といへば。 朝顔{あさがほ}の泣腫{なきはらし}たる清楊{めもと}に昨夜{ゆふべ}の疳積{かんしやく}を残{のこ}し。 二十七明{あけ}の長{ながき}を慷慨{なげき}ては花の@2{しぼめる}を愁{うれへ}ず。 逢夜{あふよ}の短{みじかき}を恨望{うらみ}ては@3{さかり}久しき花を羨{うらやむ}。 旦{あさな}/\の笑顔{わらひがほ}晩々{ゆふな/\}の泣皃{なきがほ}も。 (口ノ一ウ) 色無垢{いろむく}の衣領{ゑり}にさし入たる容{すがた}に。 鼓子花{ひるがほ}の閃屍{ほのめく}も壷盧{ゆふがほ}の色白{いろじろ}なるも纏{まと}ひ咲{さく}。 総籬{そうまがき}は善{よく}花街{くわけい}に通{つう}じて然{しか}も花実相対真{くはしつあいたいししん}に腸{はらわた}を断{たつ}。 我{われ}かの籬{まがき}の下{もと}に店三弦{みせさみせん}の一チを打{うつ}て。 番新{ばんしん}の万{ばん}を知{し}るに至{いたら}ずといへども。 二と三ンの緒{いとぐち}を肇{ひらき}。 (口ノ二オ) 猿人卿と共{とも}に京傳を愛{あいす}の一曲{ひとふし}を唱{うたつ}て。 糸巻{いとまき}をチトひねること爾{しかり} 文きやう自書 自序 我{ワレ}嘗{カツテ}いへること有{アリ}。 青楼{セイロウ}は我為{ワガタメ}の雪隠{セツチン}なりと。 夫{ソレ}如何{イカン}なれば。 持{モツ}たが病{ヤマヒ}の腹痛{フクツウ}に脳{ナヤミ}金屎{カネグソ}をひらんが為{タメ}。 尻{シリ}をぼつ立{タテ}て。 此{コノ}@4{サト}に通{カヨ}ふこと繁故也{シゲキガユエナリ}。 (口ノ三オ) 若{モシ}貧客{ヒンカク}我{ワガ}屎{クソ}を喰{クラハ}ば。 驀{タチマチ}黄金{コガネ}の@5@6{ウジ}とならん。 一チ日例{レイ}の長屎{ナガグソ}に退屈{タイクツ}の余{アマ}り。 此{コノ}妄作書{ムダガキ}をなしてかた屎の堅{カタキ}をして。 びり屎のずるきに和{ヤハ}らげ。 世に其屎の撒様{ヒリヤウ}を伝{ツタ}ふ。 (口ノ三ウ) 通客{ツウカク}といふとも我{ワガ}胯{マタグラ}を覗{ノゾカ}ずして。 何{ナン}ぞ尻{ケツ}の穴{アナ}の広{ヒロキ}ことをしらん。 吁{アヽ}屎{クソ}が惘{アキレル}にあらずや。 于時{トキニ}天明七年丁未{テイビ}孟陬{モウスウ} (口ノ四オ) 山東屋のひとりむすこ 京ばしの傳述 (口ノ四ウ) 通言総籬凡例 ○此書{コノシヨ}は論語{リンギヨ}に所謂{イワユル}。 損者{ソンシヤ}三友{ユウ}を以{モツ}て大意{イ}とす。 蓋{ケダシ}総籬{ソウマガキ}と題{ダイ}せるは。 流行{リウコウ}に後{ヲクレ}たる古句{フルク}の。 雑无{マヂリナキ}を以ツて也リ ○艶治郎{エジラウ}は青楼{セイロウ}の通句{トマリク}也。 予去々{キヨ/\}春{ハル}江戸生艶気椛焼{ムマレウハキノカバヤキ}と云{イヘル}。 冊子{サウシ}を著{アラハ}してより。 己悌惚{ウヌボレ}なる客{キヤク}を指{サシ}て云爾{シカイフ}。 因{ヨツ}て以ツて此書に仮{カリ}て名{ナ}とす。 気之介{キノスケ}志菴{シアン}共{トモ}に彼{カノ}冊子{サウシ}に出{イヅ}る所{トコロ}の名也リ (口ノ五オ) ○@7妓{オイラン}及{ヲヨビ}雛妓{シンゾウ}少妓{カムロ}の言{コトバ}。 其侭{ソノマヽ}を記{シルス}が故{ユエ}に。 @8{カタコト}を不{ズ}@9{アラタメ}仮名{カナ}違{チガヒ}を正{タヽ゛サ}ざるは。 其{ソノ}音{オン}の訛{ナマレル}を知{シラ}しめんが為{タメ}なり (口ノ五ウ) 通言総籬{つうけんそうまかき} 金{きん}の魚虎{しやちほこ}をにらんで。 水道{すいどう}の水{みづ}を。 産湯{うぶや}に浴{あび}て。 御膝元{おひざもと}に生れ出ては。 拝搗{おがみづき}の米{こめ}を喰{くらつ}て。 乳母{おんば}日傘{ひからかさ}にて長{ひとゝなり}。 金銀{きんぎん}の細螺{きさご}はじきに。 陸奥山{みちのくやま}も卑{ひくき}とし吉原{よしはら}本田の@10筆{はけ}の間{あい}に。 安房{あわ}上総{かづさ}も近{ちか}しとす。 隅水{すみだがは}の@11{しらうを}も中落{なかおち}を喰ず本町の角屋敷{かどやしき}をなげて大門を打{うつ}は。 人の心の花にぞありける。 江戸つ子の根生骨{こんじやうぼね}。 万事に渡{わた}る日本ばしの真中{まんなか}から。 (一オ) ふりさけみれば神風{かみかぜ}や。 伊勢町{いせてう}の新道に奉公人口入所{どころ}といふ。 簡板{かんばん}のすぢむこふ。 いつでも黒格子{くろこうし}に。 らんのはち植{うへ}の出してあるは。 芝蘭{しらん}の友{とも}を旦那{だんな}と称{しやう}ず。 江戸がみの。 北里{きたり}喜{き}之介か住居{すまい}。 飽魚{ほうぎよ}のいちぐらに同{おな}じ門口{かどぐち}。 くだすだれの外{そ}トに。 仇気屋のひとりむすこ [ゑん次郎] <黄{き}の無地{むじ}八丈に。 けんぼうにてとめがたの小紋{こもん}をおいた上着。 三ツついに嶋{しま}かんとうの下着。 こんちりめんのらせんしぼりのしゆばん。 下着はみな黒なゝこのうらゑり。 うらは花色ちりめんのすそ廻{まは}し。 胴{どう}うらは白羽二重{しろはふたへ}。 身はゝ゛ひろき仕立。 あわせばおりくろの無地八丈。 まへ下りながき仕立。 五丁ひもゝあやまるとかいつて黒のひらうちのちよんがけ。 帯はおなん戸茶どんすの小もよう。 づきんをゑりまきにして。 中の町ぞうり。 八わたぐろのくつたび。 花かいらぎのわきざし。 かみはよし原ほんだ。 すは町のおやじがぬいたひたい。 (一ウ) 二日めのさかやき> おしやうさきへはいらつせへ <ゑん二郎かたへ出いりのたいこしや> [わる井しあん] <くろちりめんの小袖。 おなんど茶なゝこのはおり。 酒さびにてはなのさきあかく。 ちかめなり。 あさがほのあふぎにて。 くだすたれかたむけ> 喜のぼうお宿か。 ゑんさんがきさしつたよ <トうちへはいりみれば。 あがりはなに女ぼうのさしづをうけながら。 あをちやのはげた布子に。 もん所のついているきれではんゑりをかけたやつをきた。 小女。 しもやけだらけな手て。 たゝきつちのながしのうへで。 ちん{狗}にゆをあびせている。> [小女] こうしているもんだよぢつとしていやアレごろうじまし。 いつそうれしがります [女房おちせ] <つやなしうへだ。 あぶらじみた小そで。 くろなゝこのはゝ゛のひろいはんゑりこびちやなゝこの帯。 わきのほうへまわし。 まへだれのかわりに。 さらさのふろしきをおびへはさみ。 かみはいなぎむすび。 おはぐろをおとしてしらは これははんに。 おはぐろを。 つけやうといふしたく也。 まだ左エ門といふ字のつかぬかゝあ。 此女房もとは松ばやのさるおいらんのせわしんぞうなりしがねんあけのゝち。 (二オ) かねて久しいいろきやくにて。 喜之介が女ぼうになりし也かみの毛のうすい所と。 みゝのわきのまくらだこにて。 あらそはれず。 まだ里の言葉がやまず> そのまんま二かいの日あたりへつれていつてほさせや。 ヲヤ志庵{しあん}さんよくおいでなんしたね。 ゑんさんかへ。 此問はお早々でござりやした。 うちでござりやすは <ト仕{し}かけたしごとをかたよせる> [えん] こゝのうちのながしは松はやの湯どのといふもんだの [しあん] 本町の棚[たな]したもありやす <喜之助は中じきりのはしらによりかゝつていて。 さみせんをしのびごまてひいている。 なりはつむぎじまのそで口のちときた。 うらゑりの小そで。 もへぎさなだの。 下タじめを帯にしている三味せんを下に置> [喜之介] これはおそろいなすつて。 (二ウ) さあこちらへ [ゑん] てへぶねむそうなかほの [しあん] きやくをにがしたしんぞうといふかほだぜ。 丁子屋だと帳場{てうば}てしかられたといふかほだ [喜の] ゆふべはつまさんの茶ばんで。 舛屋へめへりやした。 けさ八ツにけへりやして今をきやした [ゑん] つまさんはやつぱり 深川のせかいかの [しあん] おみなもごふてきなやつだよ。 このごろもどこのか番頭{ばんとう}にかゝへを仕{し}て。 もらつたそふだ <深川にて。 かゝへをしてもろふは吉原でしんぞうを出すに。 ひとしきことなりや [喜の] 此間も御供て尾@12喜やの。 (三オ) およふ。五介。鶴太夫。長二。ぢんす。仲吉。 なぞといふ。 うぞうむぞうを引つれて。 むこふじまがこざりやした [ゑん] ときやうさんや。 ぶんきやうさんと。 ちがつて青{せい}ろうへはとんとござらねへの。 はいかいと義太夫はきついもんだそうだの <トいゝながらこしから。 ゑち川屋が仕立の。 あんべらの。 内ぬひ。 りうさのねつの。 ついたさげのたばこ入からきせるを出す。 すい付る女房はせんとくの火ばちにかゝつているひろしまやくわんのちやをついで両人へ出す。 喜の介はよりかゝつている。 たはらや宗理がかいた。 きくのはん戸だなから。 豆のはいつたこんへいたうをいだし> [喜の] これでもあがりやし <トゑん二郎がまへゝおく> [しあん] ゑんさんが酒をのまつしやらねへは。 玉にきずだよ (四ウ) [喜の] めいよう今の通は下戸さ <トうれしがらせる> しあんさんにやあいゝものがある。 きのふ長崎屋のこはんが所から隅田川をもらつた。 おちせかんをさせや。 しかしさかなが何も。 あんめへす [しあん] かん見まいのこぶ巻はなしか。 あのなべのはなんだ [ゑん] よくげひをいふやつだ [おちせ] おいしいものではなしさ。 けさのおつけでこざりやすは [しあん] <ずつと立てなべのふたをあけ> おきやあがれ。 とうふ汁がかじけている。 きつい松葉屋の晦日どうふだこいつア。 つめたくちやいかぬやつだ (五オ) [喜の] おうたがひは。 はれやしたか [しあん] うなぎをとりにやりは [ゑん] どうだろうといふ事かもふいぢめるの <トきんからかわのまへさげから。 なんりやうを一片ほうりいだす> [喜の] 青か白か [しあん] やつばりすぢを。 長ガやぎの事さ <あを。 白。 すじ。 みなうなぎの名なりうなぎくひのつう言也。 女ぼうは小女にいゝつけてほりへてうへとりにやる [おちせ] 早くよ [喜の] ときにゑんさん京町の新造けへの色事も見だしになつたじやあござりやせんか [ゑん] それでふさいでいるのさ。 二かいのうちに。 こゝのわりひ女郎があるからよ <ト住よしやがはつた青きんとやきがねの。 ぬのめぞうがんの。 のべのきせるてむねをたゝいて見せる> (五ウ) [しあん] ぜんてへ万ぎくにしよさをつけて。 とつしが相手にするから。 はいらねへわな <トちやらすやうにうれしがらせる> [ゑん] けさもおわりやの男が文を持てきたがけいせいも内せうとたて引になつて引込て いるそうよ。 何かあはれなくさぶえ入のうしろてよまうといふ。 ふみだつけ <トふたへづるの両口の引かけのかみ入レから。 やけばのゑづをみるやうにみよしへべにずりの半切へ書た。 文をほうりだす。 喜の介はとつてひらき。 としてと書た所からさきをよんでみる。 何かいろ/\なてんとりを書。 しよせん中の丁でのあい引もきをつけるだろうしわたくしもたて引だから。 江戸丁のかたをつけて。 いつそはれてきてくれろと云ぶんてい。 末にぜひ/゛\といふ事が十斗かいてある。 じつはばんしんとのなれ合て。 (六オ) ゑん二郎をいろじかけでよぶきやうげん此ごろはやる手也と。 さとつていればきのすけはふとい女郎とおもひよんてしまひ> [喜の] 出恋のすへぜん何かありがてへ句{く}ね。 あの女郎はたしかにはんごろしに仕{し}て置なさると。 仇{あた}をしやすにへ [ゑん] やりてがいふにやあ。 はれてお出なさるとも二かいを御ゑんりよなさるともと。 かわ羽{ば}をりのひもをみるよふに。 両方へくゞらせていふからどふもならねへ。 こふなつてみればふびんだよきついことをきりかけもしめへから。 江戸町のかたを付て。 いつそをもてむいていつてやらうかとも思ふよ (六ウ) [喜の] そふなされば。 きついくどくさ [しあん] 恋つれてむまい所。 アヽいろおとこには何がなる <そばにある三味せんをとつてつめのさきでめりやすをひく> <歌> 「水無月も流れはたへぬ浮世のきしに夜舟こぐてふふり袖のかほにまがきのあとつくほどに。 はてなうきなのてならひもくさめ/\のやるせなく。 [おちせ] モシそのめりやすが此ころひろめのあつたすがほとやらかへ。 そのあとはどふだへ。 [しあん] 泰琳{たいあん}がみやうにふしをつけたよ <歌> 「文のさきめの口べにもほかへうつさぬ心とは。 (七オ) 神/゛\さんもどこやらも。 とふにせうちであろけれど <合方> ほれたしやうこをいつみしよと思やかたきしわすられぬわすられぬ身はおもひいだしもせぬほどに。 思ふているぞへわしやほんにさつしてくだんせわしが名におのじを付ていつかさて。 つくろひのなき夏のふじ [喜の] 京傳がいつぱいに。 うがつた文句だ [ゑん] かなやの白妙がついぜんのめりやすは何ンとかいつたつけの [しあん] それはなつ衣さ [おちせ] (七ウ) 花ぐもりは四代目の瀬川さんの。 ついぜんだそうだねへ [ゑん] まへの瀬川はどふしたの [喜の] かんのんの地内にいやしたかかこわれたそふでごさりやす [おちせ] 玉の井さんはやつぱり仲町にいるかねあの子もふしやわせだねへ [しあん] そふだそうさ。 ぢめへだそうだから。 そふおふな所をみたてに出て居るのだろう。 このぢういくよしのおいさに。 ことづけをして。 よこしたつけ [おちせ] ぜんてへうわきから。 をこつた事さ [しあん] おめへのやうに喜のさんにじやうをつくした人も。 あるにノウ [おちせ ヲヤばからしい [しあん] よしはらいらいばからしいを。 ひさしぶりてきいたわへ <トわらふ。 女房ははごいたの茶ほうじて。しあんをしたゝかたゝく。 此うちゑん二郎は京町のいろ事のうぬぼればなし喜の介はウヽありがてへウヽそうさと。 いゝかげんにあいさつしている所へ下女はうなぎをかつてくる。 にようぼうはかんをする> [喜の] 御心安ひからそのまんまだしや [おちせ] ヲヤそれでも [ゑん] いゝわな/\ <トいふゆへはかまのないちろりのまゝいだす> [しあん] こいつア着ながしのちろりだの。 しやれたもんだ <此あいださけになりうなぎもあらかたたいらげてしまふ> [喜の] ホンニ住よし町の川治から。 茶入を持てきておきやした。 (八ウ) ころうじやし <ト戸棚から茶入を二ツだしてみせる。 土いろ糸ぎりくすりのかゝりあんばいをみて> [ゑん] こいつあ京がまだはへ。 新兵衛か万右ゑ門だろう金一枚くらいかの。 こつちらはいつかふなものだとんだねき物だ。 此ぢう数奇{すき}屋川岸の伏甚{ふしぢん}から瀬との玉川と滝波を見せによこしたが。 尤遠州の書付があつたが。 四十両だいだ目がでるの袋は白地の小ぼたん。 一つは権太夫だつけどれもはくさきはよかつた [しあん] 此間橋場で江月{こうげつ}のよこ一行{いちぎよう}をみやした一片{いつへん}の雲自西自東{くもにしよりひんがしより}といふ語{ご}さ。 (九オ) ひやうぐもようござりやした。 天地はやつばりふとじけだか。 風帯{ふうたい}一文字はあんらくあんさ [ゑん] をれにゆづツてくれめへかの [しあん] はなしやすめへよ [喜の] 角町の惣六がかうらいの御所丸{ごしよまる}きんかいをもつていやしたつけ。 品川{しながわ}の万千{ばんせん}がもつている松花堂{せうくわどう}のほていはとんだ出来のいゝものさ。 万千{ばんせん}といへばモシまだおめへさんにはなさねへが。 柳郊{りうこう}さんか村田屋て大いろごとさ。 (九ウ) 何とかいふ女郎でござりやした。 此比は村田屋の部屋は扇屋といふもので。 万千もおつまもうたをよみやす。 [ゑん] あそこのその歌といふ女郎をおれがかつたよ新宿からこした橋本は又あつちへかへつたそふだの。 おいろといふいゝ女郎があつたつけ。 妙国寺{めうこくし}の仁王にてふちんがあがつていたつけ [喜の] たゝ゛あさのけしきばかりの所だよ。 問屋ばて馬{むま}のいなゝくには。 あやまるて (十オ) 大木戸の石かきにせきだの金のはさんであるのは。 なんだの [しあん] あれは何んのかぐわんをかけるのさ [ゑん] おいらはあの土地におひてはふ通{つう}だよ。 ちつとたびもしてみやうす。 とうじにいつた時賀達{かたつ}か所へ。 いつたまゝだ [喜の] 御ぞんじなくつてもな所さ [しあん] しかしいてきだもきみありだよ。 吉原ならつけとゞけの文をやろうといふ所へ。 台{だい}の物{もの}をおくりやす [喜の] いやもふ台の物がきちやあおゝさわぎさ。 こわがるものはお鷹匠{たかしやう}の御留{とまり}いやかるものは五ツがはりに正めんをはるの。 (十ウ) にぎやかなのはゑびすこうさ。 みこしをこしらへてにかい中をかづく内もあり。 めしたき男をゑびすにこしらへて。 はやしたてゝありくうちもありやす。 ぜんてへしろうと芝居のはやる所さ [おちせ] モシまへかたは松ばやでも度々狂言がごさりやしたねへ [しあん] 丸ゑびやなぞにもよくあつたよ [おちせ] ぼくがさんが工藤で。 玉屋の山三さんが五郎で。 大門の四郎兵衛さんがすけ成{なり}で。 (十一オ) おかしい事がござりやしたつけ [喜の] 狂言といへば宗十郎松が六けんのおさくをきれて。 ふる石のとよくらへこつていくそうさ。 おかしいじやあねへかネヱ [ゑん] あいつが中洲{なかづ}てめつかちの地ごくをかつたときほど。 おかしいことはなかつた [おちせ] モシてへぶきなつくさいよ。 さんやそこじやあねへか [ゑん] ほんに芝居のゆきがらうそくへふつたといふにほいた。 それおしやうぬしのはをりだそふだ [しあん] さあ/\こいツア大さはぎだかゝあにしかられることを仕だした (十一ウ) [喜の] もちつとの事でもろせをたのみにいく所だ [しあん] しやれ所ではネヱはな [ゑん] やけぼこりでいゝのさ <此間女房の手りやうりにて。 たまごのあつやきにわさびじやうゆ。 古なすにもり口のかくや梅ざけのあんばい。 ゑん二郎しあんへ茶つけをいだす> [ゑん] なるほどおしやうはよくくふぞ。 ぬす人には極つた [しあん] もし松ばやじやあ小梅の青いのを出すノウ [喜の] あれはつけめさ。 扇屋のせんべいの。 丁子やのてうあしのぜん。 四ツ目屋のかすていら。 竹屋の水貝{みづかい}しづか玉屋のゑましむぎ。 (十二オ) こいらはつけめさ [しあん] 丁子屋じやあねへが。 はてなといゝてへ所だ [喜の] はやり言葉もあぢなものだ。 ちよつといゝだすとむしやうにはやるよ。 此ごろのはやりは扇屋のきかふさん。 丁子やがはてな。 ぶしやれまいそ。 おたのしみざんす。 松ばやがじやあおつせんか。 王やのおにのくび。 大文字やのしらアんもよくいふよ。 さまといふ事をせといゝやす。 ゑちぜんやはしんにといふことをたんといふね (十二ウ) [ゑん] 丁子やの日{につ}てんさんと。 きれいでざんすよと。 松ばやの山寺と。 さかことは。 いつの間にかすたつたの [喜の] 今でもぼう/゛\ていふものは。 しつたかさ [しあん] おちさんおめへはよくしつてるだろう。 大かなやの正月の仕着{しきせ}はなんだつけの [おちせ] たしか地が黒で色入の花たてわき。 角のつたやが鷹{たか}のもやうさ。 わかなやが若松にかすみ。 中あふみやが花ごうしでござりやす。 (十三オ) 鶴屋はぼたんのすそもやうの時もあり。 ひぢりめんの無地の事もござりやす。 角の玉屋はぼたんさ。 松がねやがさくら川さ。 松ばやのくじやくしぼりと。 大ゑびやのほうわうがよくまちがひやしたつけ [ゑん] あふぎやの十二ひとへ丁子屋の若松にがく{額}はよく人がしつてる [おちせ] 瀬川さんのつき出しの時は。 いつでもかれいで八ツはしにかきつばたのもやうてごさりやす大文字屋のつき出しはいつでも。 (十三ウ) とかくさかなのもやうさ [ゑん] 正月元日に礼にでるのは。 大びしやばかりだの [おちせ] さやうさ [喜の] つき出しの時へ屋もちばかり。 うちへのこるはどふしたわけだしらん [おちせ] あれはさわかりやせんよ松ばやはぜんてへかてへ内でござりやす。 女郎衆にうはぞうりをはかせやせん今でもはくものは。 瀬川さん。 松人さん。 へ屋もちてふたりばかりござりやしやう。 そしてれい日にはみんなぞうりさ。 (十四オ) くしかふがいも中座迄{まで}ぞうげまきゑでござりやす。 さんやでへふいぶるによ。 ちつとさしくべればいゝ [しあん] 丁子屋もかてへ内だよ。 きやくのまへはうはぞうりを手にもつてとふるの。 きやくのこねへ女郎はつるしがとぼると中の町へださねへね。 二かいに小便所の二ところ有と。 はしごを庭からあがるやうに付てあるは。 丁子やばかりだ [喜の] まるゑびやにははしごが二所あるによ。 扇屋の小便所ほど遠{とほ}ひのはあるめへ。 さむいじぶんなぞはてへぎだよ。 半七がかつぱを着てとこをまはすも久しいだらけだ。 玉屋もかてへうちさ。 そしてはやく見せをひかせる内だよ松ばやじやああね女郎の事をわつちらんといふね扇屋じやあざしきでといゝやす丁子やじやああね女郎のそのあね女郎の事をおほきいおいらんといゝやす [ゑん] 玉屋といへば紫夕{しせき}が <小むらさきがことなり> 将基{しやうぎ}はあがつたかの (十五オ) こんぢう我物{がぶつ}が香角{きようかく}のまぜで。 二ばんまけたそうさ [ゑん] 琴基{きんぎ}書画{しよくわ}をやるきだの。 けいせいにもいろ/\なくせがあるものだ。 きさかたが。 水かゞみのめりやすがすき。 瀬川が茶のゆ。 歌ぎくが地ぐちのてんとり。 すがはらが梅をたち。 わかづるがはいかい。 ひなづるが団{だん}十郎びいき。 松人がどふしたのだへ。 丁山がちよつとみな。 たき川が三ツ七宝{しつほう}の紋{もん}所をかへず。 九重がかふろの外に男の子をかゝへておくことなどは。 (十五ウ) 今でのうがちだ [しあん] こんぢう今戸の墨賀{ぼくか}がりやうへめへりやしたら。 いづゝ屋のせんぺい。 くわれき松屋のぎよみんいづみやのこゑん。 いの字いせ屋のせいら。 長崎屋のこはん。 おはりやせつ久。 かんぼくといふいしや。 そうしやうのとりう。 なぞがきていて。 梅枝点{ばいしでん}の <ばいしとはすがはらが事なり> はいかいをしていやした。 いなぎも源氏{げんじ}の書入にこつていやすよ。 地内のおたみがしんでちからおとしさ。 (十六オ) ぼくがもつりに斗{ばかり}かゝつていやす [ゑん] けふは廿六日だのあさつては三河じまのふどうへいこうぜへ。 喜のぼう [喜の] めへりやしやう [ゑん] あとげつのふどうほどけいせいのでた事はおぼへねへ。 ノウ喜のほう。 まづきさかたか。 たはらやのよしのにしき戸の若づるがでるし七こしがでるし七里がでるし扇屋のかたうたがでる [喜の] 岩越もてやした。 からこともたしかみかけやした。 げいしやもでへふ見かけやした。 (十六ウ) あさをに駒次。 おりせ [ゑん] ひやうごやのおくにもきたつけ。 なるほどげいしやははんじやうだ。 けんばんにそばがたへぬはづだ <ざしきへ十ウでるとけんばんで一分がそばをかふなり> [しあん] もし羅月{らげつ}がいもうとはいつ梅と。 やうじやのおいくを。 そうじめへにしたといふかほだねへ。 あれでうすいもがねへといゝ娘さ [ゑん] 何いゝものかうすいも所か。 ひめじかわの紋{もん}がらといふつらだ。 ときにちよつとよつて大ばなしになつた。 (十七オ) ちよふどいゝじぶんだの。 もふ昼みせのおみきどつくりもひけたらう。 喜のぼうあいばつせへ。 こんやは一町目のつもりだノウおしやう [しあん] おちさん喜のさんをあづかるによ。 おれといつちやあふりしんのいちやつきでもさせるこつちやあねへいろ男のていしを持と心づかいだよ [おちせ] だいじのもんだがおかし申やしやふ <トはいへども。 此ころよしはらからきた文を。 ちらとみたゆへ。 喜の介がいろ事のできた事をしようちでいる> [喜の] おともをいたしやしやう。 (十七ウ) おちせきものをだしてくりや <ト喜のは一町目ときいてあいた口へもちなり。 女ほうはつうゆへいろめにもださず。 立て戸だなのかさねだんすのひき出しから。 ゆうきじまの上着くじやくしぼりにせきちくあられのへりをとつた下着。 ひぢりめんのじゆばん。 くろ上田のはおり。 これはゑん二郎にもらつたのゆへ。 女ぼうのつうにておはむきにきせてやる。 善の介は着てしまい。 かみ入をふところへ入レ> [喜の] ちよつとびんをなでつけてくりや <女ぼうはさしている。 二分ほどするつげのくしでなでつけ。 松ばかんざしで。 びんの所をまきこむ> [しあん] <歌> 「むすぼれし。 千すぢをわけてみだれがみ手にとり/゛\のもの思ひ [喜の] おきやあがれ [おちせ] サアよふごさりやす。 あれせわしない [ゑん] こゝのうちの戸だなが。 丁山がつぎの間といふもんたの <喜の介はゆかうびやうふにかゝつている。 若松屋のわかつるが出したもちつきのてぬぐひをとつてたもとへいれ> [喜の] サアお出なさりやし <ゑん二郎しあん立てかつてへいづる> [おちせ] ヲヤしあんさんやけあなが目にたちやせんは。 モシづきんはよしかへ [喜の] こふともし四蝶{してう}さんの所から人がきたら。 たつの口へでもいつたといつておきや。 それもよしこれもよし <トそこらを見廻しながらかつてへいで> 何かわすれたやうだはへ <ト少しかんがえて> ヲヽそれ/\ふくい町の豊国{とよくに}が所から人がきたら。 わすれずに此ぢうのやしきのを二分やるのだよ (十八ウ) <トだんはしこの小引だしからうら付を出し> こいつもはかなくなつたす <トはいて出る。 狆{ちん}が跡について出そうにする小女はだきながら。 ゑん二郎と。 しあんがぞうりをなをす> [しあん] これゆひぬきがをちてるよ [ゑん] ちかめがとんだ物をみつけ出したおちさんいつてきやす [おちせ] さやうならこきげんよふ。 ヲツトおつむりがあぶねへ [喜の] サアおさきへ <此間柳ばしより大さんばし迄船中のしやれよしはらやうじのふさならであまり長/\しければこゝにもらす ○其二 けふ此比はいたこやかるい沢{ざは}てはやる時分{じぶん}。 きうへ田ぞろいにゆかたを下タ着{ぎ}。 こび茶ざやの袖くち。 もへぎさなだのうら付でとんだあやまるなり西のくぼのがぜんぼう谷や。 本所のわりげすいあたりて見かけるてあい。 くら宿でいやかられるなま通ども二三人。 両方へわかれて土手のはしを通りながら。 ひとりのにほんざしくわへぎせるをはたいて [里風] アレ/\みさつせへ。 (十九ウ) 田中のほうから。 三まいの早かごがくるが。 いまじぶんなぜあねへに。 いそがせるだろうの [花暁] ほんに何者だろうのこいつはげせねへはへ <といふうち。 早かごは土手のきはまてきたり。 また田中のほうへ。 かづきもどす> [友次郎] あれみさつせへ。 かつぎもとすぜヘヽきこへた。 あれはたしかかこをかき習{なら}ふのだ [里] なるほどそふいへば。 中にへんなやつかのつて居る [花] なんになつてもならひのいることだの。 これ公{こう}が所に孔方{こうほう}は少{せう}/\なしか。 小ぎくを一帖{でう}かいてへ。 (二十オ) をれはすこぶるすこぶる秋風{しゆうふう}だて [友] 青楼{せいろう}のきやくが。 そんなけびなものを持ものか。 きんならいつくらもある。 けいせいのわるがみを。 かすりごうしとさつせへな [花] それでもかみかねへと。 何かふところがいねへやうだ [里] コレかみをゆふなら。 こゝのかみいどこがいゝぜ。 こつちらのかみいどこは。 へたたぜ [友] 此高札揚はよくできたノウ。 八十両かゝつたといふことだ。 どふいふもんだらうの [花] こうとくじのもんじやあねへか (二十ウ) <トしやれながら来り。 跡よりわるいしあん。 きたり喜之助まんなかにはさまれてゑん次郎。 きたりうのでんがく扇にて。 夕日をよけながら。 きれいごとにてゆう/\と来る。 なまつうどもは。 跡をふりかへり/\見て。 ゑもん坂をゝり。 中ゆびとくすりゆびで。 ひたいをくるりとなでゝみて。 はなをちんとかみ。 うはまへのゑり先を一ツひつはり行すぐる> ○川竹の流れはたへずしてしかも元{もと}のきやくにあらず。 さとにうかるゝむだ人は。 かつきれかつなじみて。 久しく来る事なしといへども。 つき出しからなじみて年{ねん}のあくる迄くるきやくもまたすくなからず。 何がどふだかわからねど。 たゞ人のきをつりあぐる大よせ小よせのくるはの名とりが。 すらりとおならびなされて。 (二十一オ) よい中の町の夕景色{ゆふけしき}。 左{ひだり}りの竹村に比{ひ}して。 右側{みきがは}の七けん軒をなぶ。 はでな遊{あそ}びを駿河屋{するがや}がまへ。 此時まじめなるらんとしやれながら。 門口{かとぐち}より [しあん] 此間はおせはでごさへした [ゑん二郎] おしやう。 むふの兵庫やに居るのが。 丁子屋のつき出しだ。 よつぼと瀬川{せかは}といふばがあるによ [喜の] かほるとは先{まづ}名がうつくしい <トいゝながら。 三人あがる。 下女は手をふきながらいで> [下女] これはおそろいなすつてよふ御出なさりました。 モシゑんさんがお出なさりましたよ (二十一ウ) <女房おふじかつてより出る。 おゑんと茶つむきのふとで。 黒七子{なゝこ}の帯。 かみは京ぐる> [女房] よふお出なされました [ゑん] 主人はどこだ [女ぼう] たゝ゛いまおざしきへ。 まいりました。 ホンニ江戸てうから度々{たび/\}お人でこざりました。 よほどお久しぶりてござりますね [ゑん] 久しぶりもてへそふだ [しあん] 吉原じやあ四五日こねへと。 久しぶりのよふだそふさ [女房] モシゑんさん。 京町に何かおせかいが。 おできなすつたそふでござりますね。 あんまりおうわきをなされますな。 それでお久しぶりだと申ますのさ <ト三人がこしの物をとつて中ごしになつていて。> (二十二オ) ねへきのさん [ゑん] いんにやよそれにもわけのある事。 どふてしまいはろくな事には。 なるめへと思つて。 こつちへはさたなしにした [女房] それはよふごさりますが。 もし江戸丁へでもしれましては <ト少しまじめでいふ> [喜の] そのおせけへもすんだ事だそうだ。 もふこゝ切リの事さ [女房] さやうなら。 よふござりますけども <ト立て神だなのよこ手かたなかけへわきざしをかけ。 しよくだいをともし手あぶりをかたよせて。 盃{さかづき}だいをまん中へ出す> [ゑん] いのじいせやの二かいにうしろをむいているのはだれだ [女房] 扇屋の扇のさんで御ざります [喜の] ぶたいはなれたものさ (二十二ウ) [しあん] つたやのさんしう。 靍屋の在原。 此春のつき出しはどれもあたりだ。 丁子屋の名山を此中向嶋で見かけやしたが。 七越といふきみがござりやす [ゑん] 丁子やといへば。 みさ山もとんだうつくしくなつた [女房] 松ばやのをはやく見たふござります。 <此内吸物すゞふたどんぶりいろ/\出る> ちつとおすいなされまし [しあん] サアはじめなさへ [女房] さやうなら <ト酒になる。 とゝゑん二郎へ又盃まはる。 女房へさし祝義をする。 みな一通り盃すみ。 此間ニ松田やを。 しまいニやる> [ゑん] むかふ通るは藤兵衛じやねへか [しあん] 藤兵衛/\が三人通る [喜の] おきやあがれ [ゑん] コレ/\藤兵衛/\ (二十三オ) [しあん] でたがねへ藤兵衛/\ [喜の] 藤兵衛ます藤兵衛はまゝの紅葉哉 [ゑん] これちつとだまらねへか <藤兵衛はいのじいせやのまへあたりできゝつけかけてくる> [藤] これはどなたかとぞんしました。 ごきげんよふごさりますか [ゑん] とこぞへ行のか [藤] ひなづるさんのおざしきへ参リます [ゑん] ざしきでなくばはなそうと思つてさ [藤] それは残念{ざんねん}でござります松蔵。 藤二。 三味子や。 我物{がぶつ}がまいつてをりますから。 ぬけにくうござります。 今晩{こんばん}はやはり一町目でござりますかモシきのさまとらけんはどふでござります (二十三ウ) [喜の] 又まかさうと思つて。 いそくならいつてきねへ [藤] さやうなら御めんなされまし <と何かせわしく又かけて二丁目へはいる二町目より竹屋の歌ぎぬ出てくる跡より歌菊出てくる> [ゑん] おしやうむかふからくるのはだれだと思ふ [しあん] 竹屋の歌衣さ [喜の] こいつはきつい。 それでは近眼{きんかん}とは思はれねへはへ。 [しあん] 顔も提燈{てうちん}の紋所もわからねへが。 禿がみゝのわきへ黒い糸をさげているのは歌衣と大文字やのはた巻斗さ [ゑん] あじな所にめきゝがあるの [女ぼう] お二人ながら竹屋の千両箱で。 ござります [しあん] 歌菊が地口はどふだの [女房] もふ一ツあがりませんか。 ゑんさんお茶づけわへ [ゑん] 腹{ふく}中まん/\さ <しあんてうしいぢつて見て> [しあん] もちつとあつくしてくんなさへ <いわしときすのほうろくやき。 かわりの吸物出るふたをとつてみて> [喜の] イヤアかもせんば。 葉付大根。 ありがてへわへ。 [しあん] 料るもんだよ <ト云所へ滝川がかふろ来る> [めなみ] 若{もし}へお藤{ふじ}さんに。 おいらんでおつせへす。 あのけさのふみをとゞけておくんなんしたかと <のれんをひつはりながらいふ> [女房] ムヽそふ申てくりや。 けさ程三保蔵にもたせて遣しましたが。 おるすだと申て御返事は参りませんと。 申てくりや <トかつての方ヲむき> ノウ三保蔵御返事はこなんだのう <勝手より> [三保蔵] まいりません/\ [めなみ] そんならあの。 (二十四ウ) そふ申しいしやう [女房] ちつとあそんでいかねへか [めなみ] しかられんすよ [ゑん] コレあの子や [女房] めなみあなたがなんとかおつしやるよ [めなみ] なんでおざりいすへ [ゑん] おいらんととふちさんによくいつてくりや [めなみ] アイそふ申しいしやう <ト出ていく> [女房] とんだ利口な子でござります。 三保蔵や其送り物は。 玉やのたが袖さんのおざしきへ行のだよ。 そしてみつさんは七ツにかへらつしやるそうたから。 かごやがきたら三てふだよ <そつちこつちするうちゑん二郎があいかた松田屋のおいらんおす川むかいに来る 眉如翠羽肌如白雪腰如練素歯如含貝嫣然一笑惑陽城迷下蔡 其ふぜい。 (二十五オ) 田丁のかたばみや久兵へがぬつた。 からいとの惣ぬひにだてもんのうちかけ白じゆすのへりとりむく。 かみは手がらわげ。 かみのうへは小間物屋の見せの如く。 禿のかみ一人は。 はりうち。 一人はやつこしまだ。 うつくしくかみゆひの長二がてぎわをみせ。 ふり袖しんぞう。 川波せわしんぞう玉夕。 つきそひきたるばんしん玉夕。 おいらんのゑもんをなをし。 打かけの下リたるをなをしゑんさきへこしをかける。 おす川につこりとわらひ> [おす川] おふじさんどふなんしたへ <トいつたばかり> [女房] さあおいらんお上リなされまし [おす川] こゝがよふすよ [玉夕] ゑんさんよくお出なんしたね [喜の] いつもうるはしいおかほつきね [しあん] 何かむしやうにきれへてござりやす [玉夕] なぶつておくんなんすなおがみんすにへ <引トいふうち松田屋わかい者清二。 てうちんをけし。 おたのみ申ますと出て行。 玉夕は茶地のろきんの長づゝから。 きせるを出し。 たばこをつけておいらんにわたす。 又つけてゑん二郎みな/\へやるおす川禿のみゝへ口をつけて。 何かいゝつけてやる [おす川] いの字いせ屋にときやうさんがいさつしやるから。 (二十五ウ) おれがいふとつて。 よくお出なんしたといつてきや <禿はむかひへ行。 あげゑんの下から犬がのひをして出る> [川波] ヲヤアわつちといへば。 びつくりしいしたよ [女房] 此お盃はわたくしがおあつかり申ましやう。 お雪やすぐにつれ申しや [ゑん] 五町と万里と。 おしづ八百吉をよびにやつてくだせへ [女房] かしこまりました <下女てうちんをともし先へ出る。 けいせいも立みな/\いづる> [女房] さやうならおいらん [おす川][玉夕] おやかましうござりいした [女房] どなたも御きげんよう <みな/\一町目へまがりさきへ行喜のはちよつと松田屋のみせ先へより> [喜の]井川さん。 夏里さん。 どふなすつた。 何かしんになツてかきなさるね (二十六オ) [井川][なつ里] でへぶ道がちかふおすね [喜の] こんやはゑんさんのつきやいさ <ト云所へ。 ぢ廻り二三人みえさきへきたり> [地廻り] ナンダあかいべゝに青いべゝに白ひべゝをきてこゝの見せはなんの事はねへ。 げくわの薬箱といふもんだ <トあくげんをはき行過る> [夏里] エヽすかねへぞよ <ウ引> [喜の] 後程お目に懸{かゝ}りやせう <ト松田屋へはいる。 みな/\のうれんのそば迄行。 うちはどん/\とにぎやかにてともべやのまへにおいらんたちのてうちんならべてありながゑはかべにおいをかけてならべ。 廻しかたはたき火にあたり大がまのうへの十二のとうみやうはけんびし。 山十五とびやうの山をてらす [茶や女] 源兵衛どん/\ <トいゝながらみな/\のはきものをそろえ上ル。 そう花の札のはつてある下の。 帳ばに。 番頭伊平治いで> [伊平二] 源兵へ/\。 お客人だぞよ。 <みな/\はしごを上る。 跡じりにて女郎四五人のこへで。 ゑんさんよくおいでなんしたと。 くち/\にいふ [源兵へ] すぐにざしきへいれ申そう <ト先へ立てゆく。 だれぞ禿大ふうじの文を。 ひやうし木にうちなから> (二十六ウ) [禿] たのもど <ウ引> そつちでさきつからよばつしやるぞよ <ひとりの> [禿] こんたあどけへ行 [禿] 長崎やへ行は [禿] さがりい <引> す <おす川はいつの間にかどこへかなくなり。 ばんしん玉夕。 ふりしん川波。 つきそひざしきへはいる。 かふろはおいらんと。 しんそうと。 じぶんのこま下駄をもち。 梅ばちを書た。 天水けのうへゝをく> ○そもおす川が坐敷のこのみ。 中の問の飾夜具{かざりやぐ}は錦{にしき}の山の如{ごと}く。 一面{めん}の琴{こと}は遥{はるか}に見る滝{たき}に似たり。 囲{かこい}の常釜{ぜうがま}は松風の音かと驚{おどろ}き。 ゆこうの小袖は楓{かいで}の紅葉{もみぢ}したるが如し。 本間の天井{てんぜう}には四季{しき}の草{くさ}いろ/\。 をの/\花の手柄{てがら}をみせ。 はりつけには朱廉{しゆれん}を画{えかい}て雲上{うんしよう}にちかしちん金彫{きんぼう}の机{つくへ}に。 (二十七オ) 羲之{ぎし}の墨帖{ぼくてう}をちらし。 湖月万葉{こげつまんやう}のそうしを並{ならべ}異香{いきやう}四方にくんじて大尽{だいじん}の紙花こゝにつき。 竜{たつ}のくひなる玉。 つばくらめの子やす貝{がい}も。 こゝに持{もち}来るべしと思ふばかり座敷の真中{まんなか}に銀{ぎん}しよくをてらし。 朱蒔絵{しゆまきゑ}のたばこほん。 さんぼうの盃台。 かけばんなをしてある> [しあん] 家名は松をもつてし。 紋所は柏{かしは}をもつてし。 床柱{とこばしら}は栗{くり}をもつてす (二十七ウ) [喜の] サアむづかしい事をいゝだした。 此からかみはだが書た [玉夕] 弁州{べんしう}さんがおかきなんしたよ [ゑん] もふとまりはしれたから。 大のみにするがいゝ <此うち廻し方盃てうし持来り。 らうそくのしんを切て行所お定りの通。 なかい吸物持来る。 茶やの女てうちんをけし。 はきものと一所にらうかへをく喜の介にあがるふりそで> [夏浜] 政さんよしなんしいつつつてはしごへ札をはらせんすにへ+ <引トいきをきつてかけ来る> [しあん] 休日の湯屋を見るやうにでへぶはしやぐの [喜の] そんなにさわいだら又。 やりてがみせ三味線の一といふ声{こえ}で。 りくつをいをふが [夏浜] それでもからかいんさアナゑんさんよくお出なんしたね。 お雪ぢんどふした <ト茶やの女のかたへとりつく跡よりしあんにあがるふりそで夏いろ来る (二十八オ) [ゑん] 此子達{このこたち}二人リはむしやうにうつくしくなつたよ [玉夕] あいさいつそいろけづきんしたよ。 礼日もふり袖の跡おさへは。 ぬしたちふたりさ [ゑん] 早くつき出しになつた所をみたい。 其時はしらぬかほだらうの。 夏いろさんの初日は。 をふかたおしやうがするだろう [しあん] アイサその時になるときものゝあんじがござりやす。 うはぎはまぐろのたきのぼり。 むくはぼたもちのちらしさ [夏いろ] よしておくんなんしばからしい [玉夕] お雪どん一ツのまつせへナ [夏浜] どれおれがついでやらうよ [茶女] イヽエこゝへおくんなさりまし (二十八ウ) [夏いろ] 一ツのまつせへ [喜の] おいらんはどけへいかしつた今迄いさしつたやうだか。 もふどけへかみえななつた。 ほとゝぎすのようだ [ゑん] 松田屋のけいせいもだろうそくを見るやうに折ふしたちぎへかするてあやまるよ [玉夕] わつちらんは今一生のきやく人の所へ。 あいさつに。 下タざしきへお出なんしたよ。 琴のやよび申してきや。 川波さんたばこを。 出しておくんなんし [川波] 此引だしかへおつせんよ [玉夕] ヱヽじれってへ。 そこにあるからおみなんし [しあん] きゝようかるかやをみなへしときこへるはへでへぶ地口が御上達{しやうたつ}だ (二十九オ) [玉夕] それてもしれつたふおすアナ <ト云所へ。 するがやの男。 おくり物もち来る。 朱のちんきんの丸ぼん。 あらい朱のかくひらはたまごほり。 さんぎてのどんふりには。 はつけにきしやうゆをかけたやつ。 これでちやづれといはぬばかりけいせいへのてんとり。 ちや屋かつうなり> [茶や男] ゑんさんに七右ヱ門申ますこんはんはよふお出なされました。 只今玉やのお客人を納ましてそれへ参ります。 まつびら御めんなすつてくださりましと。 申付ました。 そして玉やで小紫さんかあなたへよろしくと。 をつしやりました <トもち/\してかへる所へおもてざしきのをいらんかみはしのぶわけさゝりんとうのへりとりむく斗うちかけにして来る> [とめ山] ゑんさんよくお出なんしたね [ゑん] イヤアとめ山さんとふなさりやした。 (二十九ウ) はなしかあるからちよつとこゝへお出なせへ [とめ山] マアちよつといつて後にまいりいしやう <トかたのあたりてちよつといろけをみせ。 おく二かいのほうへゆく入ちかつておす川みすのはなかみてむねをあふぎながらきたる> [おす川] もふなんたかわからぬ事のきゝてになつてまいりした [喜の][しあん] おいらんこれはとふでござりやす [玉夕] これ/\はまいりしたへ [おす川] きいした/\ [玉夕] じやあおつせんかへ [おす川] あいさ [しあん] おめへかたはしやあねへかの蚊{か}はねへかのと。 大音寺{たいおんじ}めへのとふしやああるめへし <みな/\わらう> [おす川] もしへ下タでめりやすの本をもらつて参{まい}りした。 (三十オ) 長崎屋でぶんきようさんがおひろめなんしたのでおすいつそあだでようよ [玉夕] ヲヤおみせなんし。 すがほとやらいふめりやすかへ。 早く覚{おぼ}へとふすねへ [おす川] まあのちにおみなんし <此うちぜん出る。 きうるしのわん。 せいひつむしくいのくわいせきせんにて二つき松田屋ゆへしよく物はびなり。 こん立はこゝにりやくすちよくばかりは松田屋のつけ目にて。 れんこんのらん切也。 はしははこねからとりよせる荻の先をけずつたの也。 これもこゝのりうぎ也。 みな/\はらはよきゆへ。 茶ひんとともにならべたはかり。 ぜんはさしきの捨{すて}小舟となる。 こゝへ女げいしや。 八百吉おしづ。 たいこもち五町万里。 するかやていしゆ。 七右ヱ門来り。 大さはぎになる。 此所のしやれ。 あまりそう/゛\しくて。 きゝとれぬゆへ。 こゝにりやくすそふこふするうちひけをうつゆへ。 ゑん二郎がとこをおさめ。 喜之介。 しあんも。 それ/\のさしきへ行けいしやたいこ持みな/\かへる。 おす川が次の間をたてきりてうあしのぜんをとりまき。 しんぞうとも。 けひぞうをはじめるすゞりぶたの上にくわへの丸には。 こほうかのゐしやのあたまの如く。 しゝたけのうまには手習ぞうしを引キさいたるに似{に}たり。 (三十ウ) ようらくでのふた茶碗{ちやわん}のなかは。 ふるなすのつけたのにきじやうゆをかけたやつ> [川波] しあんさんはどうふなんした [夏いろ] いつそもふよいきつてねてしまいゝしたいつそすかねへちかめぼうづて。 おすよ。 すかねへぞよう <ウ引> [川波] おやばからしい。 何もたべるものが。 おつせんよ <ウ引> [夏いろ] となりへ梅づけをとりにやれば。 ようしたねへ。 これ/\その子はだれだ。 此土{ど}びんへ茶を一ツもつてきてくりや。 いゝ子だぞよ <ウ引> <トいゝながら。 はしのかわりにした。 松ばのかんざしを。 あんどうへ。 つつさして。 ふいてさすおす川かかぶろは両ざしをぬいて。 りやうしのふたへ入レて。 ちかいだなへをき。 ねまきを帯へはさみ。 おいらんのくしかうがへをしまひ。 火を入レて来りそこらをかたつける> [玉夕] もふいつてねや。 また長火鉢へあたつてべん/゛\と起{おき}て居{い}めへよ (三十一オ) <長火ばちといふは物禿のあたるひばちもつとも下にあり> [禿ことの] さやうならお休なんし <くろもじのやうじをくひながら> [嶋浦] 玉夕さん/\ちよつと顔をお出しなんし [玉夕] 何んでおすへ [嶋うら] あのね/\。 これ/\がさつき見せへ参りしてね。 あさつてこやうと申しいしたよ。 ぬしにもよく言{いつ}てくれと申て。 おしやべりをだしきつて参りしたぬしにもとんだうらみがある言{こと}のはのと言{いつ}て参りしたよろこんでおくんなんし [玉夕] わつちといへばかたつきし主のきなんすのを待切{まちきつ}てをりいさアなア。 此中の文を届{とゞけ}てくんなんしたとおつせへしたかへ文さんもあんまりすかねへふにんじやうだよ (三十一ウ) [嶋浦] はらをおたちなんすな。 ぬしがつれ申てきいすとさ。 あさつてはしまつていろとつて。 まいりした [玉夕] ぬしといへば。 うれしがりきつているの [嶋浦] それでもうれしうおさな [玉夕] それはそふと川波さん。 さつき山崎の人に。 ひな形をやつておくんなんしたか [川波] もつてまいりしたよ [玉夕] けふは廿六日だね。 うれしうおす。 あしたはかみあらひ曰でおすよ <ト云所へしんぞういつてふ。 しやくをおさへながらきたる> [いつてふ] 玉夕さんへごしやうでおすから。 なんぞくすりをおくんなんし。 (三十二オ) いつそもふしやくがいたくつてなりんせん <トかほゝしかめていふ> [嶋浦] わつちらんの所にきわう丸がおすから。 まあざしきへお出なんし [玉夕] ぬしのきやく人は。 おかへんなんしたじやあねへかへ [いつてふ] 松さんはかへりしたが太兵衛どんがをくりにしてやろふから。 でろとつて。 夏花さんと民の戸さんと。 いちざておすよ [玉夕] ムゝはつか [いつてふ] あいさ。 ざとうの坊主{ぼうず}で。 さけをよくのみひすよ。 さつしておくんなんし。 わつちといへばなぜこねへに。 (三十二ウ) びやう身ンになりいしたらうねへ [嶋浦] ゑいじんさんに。 見ておもらひなんしたかへ [いつてふ] やつぱりしやくだとおつせへしたよ。 それでもあんまり引込{ひつこむ}と腰元{こしもと}にするとおつせへすから。 けふもむりに。 みせへでへした [玉夕] しま浦{うら}さんこゝの次の間へしのびをおこめなんせんか [嶋うら] よしいしようよ <トはなすうち時はうつり。 八つもすきて倉{くら}まはりのひやうし木かつち/\と打ツて廻れば。 皆々いつくへかなくなつてしまひ。 小便所のきわには。 かけばんと盃だいおくり物のから山のことく。 水だいのかめつんとしてうしろをむき。 江戸丁二丁目相生屋御ぜんめんるい所と書た。 そはのせいろう。 れんじにさみしく。 二てふつゞみごばん人形のさはぎもいつしかしづまり。 おくざしきにて琴のね。 さへわたる。 きくじとうは。 なつんどかつま音と。 今迄しやれたるざしきもたまりの天神。 いびきのおとはかいるのなきごゑにまぎれ。 火の用心のかなほう。 あんまのこゑもしづまり。 くさも木もけいせいもねて。 ばけものとほとゝぎすとねこばかりおきているころ。 夜はしん/\とふけわたる折よしとしんぞうがあいづにけいせいのうしろ姿。 (三十三オ) きたり喜之介がひやうぶの内へはいる此所の妙意作者しはらくあづかりなり。 此本をみる人。 たいてい御すいさつあれかし。 むかふさしきは死ね死なふといふ中とみへ廻しひやうぶのたいこうぼうもよたれを流すばかりのむつ言。 ほつち/\のはなしごゑ> [女郎] それおみなんしふとんの外{そと}へおちなんすな。 マアこつちらをおむきなんし/\ [客] あやまつたら。 ふしようながら向{むい}てやろう。 むかせられるは恩{おん}ならず向{むい}てやるのを恩{おん}にしてだ [女郎] 男心のにくいのも嬉{うれしき}ほどのやぼとなりいしたのさ。 サア誤{あやまりい}すから。 お向{むき}なんし。 さみしうおさアナ。 ぬしにきゝ申しいす事がおすにへ。 ゆふへどけへお出なんした。 京町かへ [客] フウおつな事をいふの。 京町のねこがあげや町へ通{かよ}つたうわさは聞{きい}たが。 おれか京町へいつたさたはまだきかなんだ (三十三ウ) [女郎] よしておくんなんし。 とめ川さんか中の町て見かけたと。 おつせへした。 サア本{ほん}とうにおつせへし。 /\。 おいゝなんせんと。 くすぐりいすにへ [客] これさよさねへか。 ぶちのめすぞよ [女郎] そりやあうそでおすが。 ほんに主{ぬしや}ア。 わつちをよんでおくんなんすきかへ [客] 此比はでへぶ。 ぐちになつたぜ [女郎] それでも若。 ぬしのとつさんやかゝさんが。 ふしようちな時は。 どふしんしやうねへ。 それを思{おも}ふと。 死たふおすよ [客]それよりまだ先{さき}が丸二年三月といふ物だから。 其中{そのうち}にはそつちに。 とんだ事ができるだらう [女郎] よくつもつておみなんし。 (三十四オ) 五年このかたはつちがみのためにもわるし。 ぬしのためにもわるいと。 たび/\あきらめて見ても。 思ひ切れんせんものを。 ほんにあく縁{えん}でおつしやうよ。 ぬしもそふ思つておくんなんし。 あれさまたねなんす。 はなへ小よりを入レんすにへ [客] これさあやまつたよ。 こんやはむしやうにねむい。 たばこを吸付{すいつけ}てくりや。 てめへおれが事ばかりそんなにいふがをれが顔{かお}のたゝねへやうな事をするなよ。 こんなのろい句を出すやうになつちやあ。 たまらねへ [女郎] まだ其やうにおうたがひなんすなら。 (三十四ウ) 此うへゝゆびの二本や三本は。 いとひゝせん [客] てめへに指{ゆび}を切てもらつたとて黒焼{くろやき}にして。 むしぐすりにはなるめへし。 しほをつけてやいてもくはれねへ [女郎] そんならどふすればよふす。 じれつたふすにへ [客] 何かあじにゑきもねへ事をいゝ出した。 少しはらがきたはへ。 さつきそこにあつたのはなんだ [女郎] 仕切場{ば}でおすよ <仕切場よは鶯もちの事也> [客] そいつはあやまる。 れいの小梅のかり/\するので。 ちやづりにしやう [女郎] これ/\太兵衛どん/\。 これさごしやうになるからの茶づけぜんを一ぜんこさへてきて。 (三十五オ) くたせへ。 <かゝるせかいに引かへてとなりざしきは大かんしやく> [女郎] あれさおよしなんししやくがいとふすよ。 さわつてもおくんなんすな。 けがれんすぬしやあわりいしやれだよ [客] そんならどふしても。 あの客をきれる事は。 ならねへな [女郎] それがきにいらねへで。 主{ぬし}かお出なんせんでも。 きれる事はなりいせん。 わつちやしやうじきぬしのすいりようのとふり。 あの客人にほれていんすはな [客] てへぶてめへは白ラばけに。 ごふてきをいふな。 それじやあもふりやうけんがならねへはへ [女郎] りやうけんとは。 両方の手にけんをもたせる事かへ。 (三十五ウ) あぶなふおす。 およしなんし [客] 何んだこいつア。 いゝかと思{おも}やあがつて。 おれがこふいふ句を出ス日になつちやあ。 かくごうしろ。 まづでへ一チこの枕{まくら}の紋所も気にくわねへ。 此きものゝ裾{すそ}もようのあたりもはくじよう仕{し}てしまへ [女郎] これさそねへに足げにしなんすな。 大事の色男の紋でおさアナ [客] こふすりやアどふするこれへ。 しやうぶ刀{がたな}の身{み}をみるよふに。 白イこばかりぬつてつら斗{ばかり}うつくしくつても。 いきしにのねへ女郎はきれへだ此女郎は此くらいなやつ。 (三十六オ) こいつは此位なやつと。 てへげへ女郎のねうちをしてつきやつてやれば。 いゝかと思つて。 をかへあがつた河童{かつぱ}をみるよふにぐにや/\する女郎はこつちから。 おさらばだはへ [女郎] サア/\それをきこふばつかりでおすそんなきに入らぬ女郎なら。 はやくおさらばをして。 おかへんなんし [客] けへらうがけへるめへが。 うつちやつておきやあがれ。 おれがいちやあそねへにこはいか。 どふりでぶる/\ふるへるな。 これへ中の町の何屋のうらにやあ。 せつちんが何軒{げん}あつて。 (三十六ウ) 何やの裏{うら}にやあはきだめがいくつあると。 四ツ手にわかざりのかゝつている時分から。 きつねのまいこむ時分まで三ツぶとんの上におしづまつていりやあ。 どけへいつても色男{いろおとこ}一疋の役{やく}はしてくる男だあ手めへの顔{かほ}をふむにはて間隙{ひま}は入らねへ跡でうまるめへぞよ [女郎] ぬしやあ紙屑拾{かみくすひろい}かへよく閑所{かんじよ}やはきだめを知てお出なんす男一疋といゝなんすからはたゞし犬{いぬ}の生{むまれ}がはりかへヲヤきみのわるいじゆずかけとやらなべかぶりとやらじやおつせんかへもふいゝなんす事がなかア。 ゆるりつとお休{やすみ}なんし (三十七オ) <トいゝながらまくらとはなかみをもち出て行。 きやくははらがたつてならねども。 せんかたなく。 ねるにもねられず。 あんどうのむだ書をよんでまぢ/\しているうち。 七ツのひやうし木もなりて時うつり。 田中の方の寺/\にてはじやん/\のはんしやう。 思はれるのもあきられぬのもつまるところはみな遊びのもよう。 ゑん二郎はよいより。 京丁のわけにておす川とおふくぜつそれもおす川しやうとくゑん二郎をすかぬゆへ。 いさゝかな事を手にしてねるつもりの。 みなきやうげんにて。 うちのまへの松かざりをみるやうにうしろ合せの白川よふね夜はさらりとあけてれんじ のすきまからさしこむあかりに。 長持のほこりきらめくかわたれどき。 下ではどつし/\と米をつくをとねずの男はあんどうをひきにくるいれかはつて> [茶や男] ゑんさんおむかいに参りました [ゑん] フウアヽもふその時分かの [茶男] おつしやつたよりは少シ おそいくらいでござります [ゑん] 喜のやしあんはどふした [茶男] 喜のさんは只今。 おしたくをなすつてお出なされます <ト云所へしあんかあいかたの夏いろざしきへ置たはおりをとりにくる。 跡よりしあんをきてくる。 喜之介もみすのかみにてかほをふきながらをきてくる。 なつはまもあとよりきたる> [ゑん] さあすぐにかへるう (三十七ウ) [夏浜] 羽織{はおり}のゑりがおれんせん。 お待なんし [しあん] おいらんはてへぶおつかれの <トいへともおす川はたわいなし。 みな/\ろうかへ出る。 ねずは二かい中の紙くづをはきあつめ。 あんどうはせんがくじのせきとうのやうに。 ならべてある> [喜の] 此紙屑{かみくず}をもやして置{おく}とおぎやア/\といふやつができやす [しあん] こふ紙屑{かみくず}をはき集{あつめ}た所は。 羊{ひつじ}のへどゝいふもんだ [ゑん] いゝ/\ <トはしごををりる。 板はなに文がならべてあり。 はしごの下にはをくり物のからつみかさねてある茶屋男ぞうりをなをす> [茶屋] おまへさんのは。 此二重{ふたへ}ばな緒{を}で。 ござりますかね [夏浜][夏色] 此間にお出なんしへ <くゞりをがら/\とんとみな/\出る> [ゑん] おほきにおそくなつた。 かごははいつているか [茶男] いれて置{おき}ました [しあん] とんだわるい心持{こころもち}。 二曰ゑひになりやした <玉やにてはもふ大戸をあけ。 (三十八オ) こうしをきれいにあらいて。 しきいにしほをもつてある。 りやうりばん肴をかつている> [りやうりばん] 此いかはあをりじやあねへか [肴売] なに真{ま}いかさ。 かな川だアみなさへ。 此あついことを。 あをりやするめいかだと。 安{やす}ひはな。 [りやうりばん] だれかれんつに。 したがいゝ [肴] 何さとんだ事をいゝなさらア。 此ちくせうめしつ/\。 此あぢやアどふだへ。 いゝいほだアみなさへ。 なまむぎだあ。 はねだでもこふいふ丈長{たけなが}はねへはな <トいふをよそにきゝ。 三人はするがやのまへまで来る> [ゑん] こしの物を出{だ}してくりや [茶男] マアちつとおよりなされまし [喜の][しあん] すくがようござへしやう [ゑん] そふさ/\ [茶男] さやうならと <くゝりよりうちへはいり三人のこしの物を出してわたす。 むかふのひやうごやなぞにては。 もふみせをひらきわかいものあげゑんをふき。 (三十八ウ) のうれんをかける。 竹村のまへには名札をはがした。 跡のあるせいろうつんである。 かしのきやく八ツを打て上るてやい。 ふしみ町のかたより二人つれにてかへる一人はきりやのよこての小便所。 むかふのはめへ小べんで。 のゝ字をかきながら> [鬼勝] コウ鉄{てつ}へまてへ。 いつ所{しよ}にゑゝべゝ。 ゆふべわが女かきてないふにやアナ。 きいてくんなさへ。 鉄さんといふものはわからねへものでござへやす。 こんぢうさよじさんに一本ンかりてたて引キをしてあげてやつたに。 今夜もしらんかほをしていやす。 あんまりおしかつゑゑ。 八ツを打てあがるきやくはみんなあのくらいなもんだ。 なんのかのといやアがつたからな。 をれがナいゝかげんに戸尻{とじり}を合せておいたぜ。 あいつアとうもろこしを。 よこぐふわへにしやうといふ。 つらだナア <ふしみ町がしは八ツにみせを引ゆへ八ツを打てあがるとす一本にてすむこれこみづなきやくのする事也> (三十九オ) [鉄] ほんにそふいつたかとんだきまぐれじやあねへか。 こんぢうは二朱銀をほうり出して。 酒肴付てあすんできたア。 あいつがいふなア五年ほど跡{あと}のこつたあ。 こん中{ぢう}もナ。 きらずにあみをいれていつたやつで。 ほぞを七八へゝつけやあがつた。 あすこのやてへぼねは。 をゝかたあいつがくらいつぶしてしまうだろう、 あのずうてへをみやなまとい持{もち}にすればいゝぜ。 ヱヽくさびをそぎたくなつた <ト云はせつゐんへ行こと也> [鬼勝] なんでもばんにやあ虎やへあがるべゝざへ。 こいつアおもひつきだつけな/\ (三十九ウ) <エヽ引> <ト行過る。 大門の口番人の火をたいてあたつているてすりによりかゝつて。 こぶまきのにこゞりといふしんぞう。 しもげたやうなかふろ。 きやくをつけている。 これましりみせ以下の。 女郎とみへるなり> [新造] <おゆなてうしのこゑにて> どふなんしたへ [喜の] お久しいの何今時分{じぶん}までうか/\している客があるものか。 いゝかげんにしてけへりねへ。 とんだねむそうなめだ。 みつのへさんによくいつてくんねへ [新造] おさらばへ <ゑん二郎しあん喜之介三人は。 江戸ぶしをうなりながら。 大門を出る> [茶男] かづさや <ア引> [かご] アイこゝでござりやす <ト白玉やのたな下のあたりにて。 へんしをする> [ゑん] なぜこつからのせねへ [茶男] 高札ができてから。 大門のきはへかごがなりません <むかふより泉やの娘下女をつれ。 朝参りよりかへる> [ゑん] お夕{ゆう}さんでへぶお早いお出の (四十オ) [ゆふ] ヲヤゑんさんどふ被成ましたけさは山谷のしやうぼうじのびしやもんさまへ参りました [ゑん] こゑんさんによくいつてくんなさへ [ゆふ] さやうならおしづかに [かご] サアめしまし [茶男] おはき物はついたかさやうなら此間ニ [ゑん] よくいつてくりや [かご] こつちらのだんなお羽をりをもちつとおいれ被成まし [かご] ぼうぐみよしかどつことな <トかご三てふともニあぐる> ○をくられて行てうちんとわかれ路にきくかねとはかたげてみればつりあはぬ大じんきやくにこいとらうおくるけいせい道心者{どうしんじや}ものもらひ同士{どし}朝咄{あさはな}し。 (四十ウ) 口{くち}よりけむの出る頃{ころ}。 立や今戸{いまど}のかはらけむ。 すはる四ツ手に三人は。 にほん堤{づゝみ}を一ツさんに。 いそがせてこそ <三重引> 行空の 山東京伝戯作 総擁大尾 ------------------------------------------------------------- 注) 十六オ二 こんぢう→45下14 こんちう 十七ウ七右 此ころ→46下7右 此ころ 二十オ二 だろうの→46上12 たろうの 二十一ウ二 なふ→46上12 なろぶ (洒落本大成にも注あり) 二十一ウ五 むふ→46上15 むかふ (同上) 三十八オ二右 紙くづ →57上7左 紙くつ @1やまいだれ×肖 @2くさかんむり×焉 @3のぎへん×豊 @4廛×おおざと @5虫×羌 @6虫×良 @7女×良 @8言×包 @9こざとへん×攵 @10髟×大×夕 @11魚×白 @12多×゛ 歌い出しの記号は「で表した。