―『妓者虎の巻』解釈データ― ------------------------------------------------------------------------------ げいしゃとらのまき じょ てんにおとめのおどりこあれば。ちにまたおとよとおとみあり。 みょうおんをもってべんてんとよび。ようしょくによってこまちとしょうず。 きくひとあんにたましいをとばしみるひとたちまちむちゅうとなんぬ。 (一オ) いまやりょうふのでんをのべて。げいじゃのしょわけ。こいじのてくだ。どうらくもののみのうえばななしに。ふすいあんがこんたんも。はなにあらしのねざしとなりけるよまちがていのさかもりに。 (一ウ) ほりものをけすていじょのみさお。これをうらむるおとみがしじゅうを。どうらくはだえにかきつづけて。よぶこどりとは。なづけはべりき。 てんめいななのとし ひつじのちゅうか たにしきんぎょだい (二オ) もくろく だいいち とうせいきゃんじたて だいに おとよがしっと だいさん まつさきのきつね だいし おとみがてくだ だいご いきたるおとよしたる(@)おとみをなやます (二ウ) げいしゃとらのまき ○だいいちきゃんじたて りょうごくもとやなぎばしのかたほとりに。はぎのえだおりどものこのまし(@)。ふすいあんとごうせるありけり 。 ここにいりきたるいっきゃくは。ろじうといえるいきおとこ。 なかさかやきにがたあたま。ひたいおおきくぬきあげて。うえにきうえだなかぎはちゃがえし。 したにこもんのつぶあられ。はんそでのもみじゅばん。いずれもんなきさやのえり。くろどんすのおびをしめ。いきなこもんのはおりきて。 (三オ) ほそからずふとからぬさめざやをおとしざし。おおはっすんのげたをはき。ひとがらのよききゃんじたて。 ひだりづまにてそともより [ろじう]せんせいおうちか <とずっとはいる> [ふすい]どうだろじうし。 ねっからあわぬな [ろじう]ききなまつばやにいつか。 ながしてかえりがけに。くらまえのわぎくがところで。いままでめくっておりやした [ふすい]まつばやはだれだな [ろじう]そめのすけさ [ふすい]しょかいか [ろじう]うう [ふすい]どうだころしたか [ろじう]いんにゃ。 いびをきらせてきたばかりだ [ふすい]そいつはかけるわい [ろじう]なにおもしろくもねい [ふすい]だいぶおそでがふころびた。 どこでかおたわむれのすじがあったな (三ウ) [ろじう]なにこりゃあかつらやにようがあっていまよしちょうをとおったら。いちもんじやのおせんめが。よびこむからちょっとよったらいまきちめがきていやあがってなんだかきなしにくるやあがった。 あいつもこのごろおきうのきち(@)といろごとだといううわさだ [ふすい]あのうまみちのおせんがなぜよしまちへみせをだしたか [ろじう]ううあいつもおっつけさんじゅうになろうが。まだうつくしいやつだよ [ふすい]やいまきちめはこのごろたちばなちょうへきたといっけがまたよしまちへこしたかな [ろじう]やっぱりどうぼうちょうにいるとさ またふかがわへかえるといっけ。 (四オ) あいつもよくほうぼうへすをかえるやつじゃねいか [ふすい]あいつがうまみちにいるじぶんよんだまんまだ。 やはりよしわらにいるほうがよかろうに [ろじう]なによしわらもいかぬのさ。 あいつもふかがわにいるときのげんきはいまじやあさらになしさ [ふすい]そうだろう。 しかしあいつがおもいつくとやらで。このたちばなちょうのげいしゃどもが。きょうげんをするそうだ。 せんどもみたのやしきとやらで。ふたつちょうちょうをしたげなが。おるいはぬれがみ。およねははなれごまで。ふたりともあてたそうだ [ろじう]やそれにつけておらあおとよにきれぶみをやってしまった (四ウ) [ふすい]そりゃなぜ [ろじう]このごろどこのやろうにかころびやあがったということだ。 それじゃあどうもがいぶんがわるい [ふすい]なに。そりゃうそだろう。 よくきいてみたがいい。 そしてそのきれぶみのへんじはなんといってよこした [ろじう]ききなとんだふといあまめさ。 きられるおぼえはない。ころしてしまえの。きがちがったかのと。こむずかしいだらだら。ふみよ。 めんどうだからはんぶんもよんじゃあみねい。 それにききねい。 こびきちょうのおとみめがこのごろはどうもならねい。 せんどもおれがわずらったら。きゃくをやめてひっこして。 (五オ) じゅうしごにちかんびょうしたが。まいばんさんどずつみずをあびて。なのかがうちしおだちで。よるひるねずについていたが。たいていきついやつじゃあねい。 それにとんだきぜんなやつよ。 やこんなことあむだ。 それといえばとおかまでににじゅうりょうないとならねいことがあるが。ごりょうでもあてがねい。 なんとほんざいもくちょうのかねかしはどうだろうな。 もうかすめいかしらぬ [ふすい]あいつもえいさ(@)でこりはてたものを。なにかすものだ。 ぬしゃきりやまがむすことこころやすいじゃねいか [ろじう]なにあいつもいかぬよ (五ウ) [ふすい]はてそりゃあ(@)こまったものだ [ろじう]けちな。 できねいときはできねいものだ。 このごろはとみやむじんばかりつけている。 ききねい だいろくてんのとみもじゅうしごまいつけておいたが。いまよってみてきたがはなへてもでていねい。 どうぞひとくめんしてみてください。 こんなにこまったことあねい。 といいながらきせるたばこいれをしまいたたんとする [ふすい]もうおそい とまらっしゃいな。 ちっとはなしたいこともあるから [ろじう]いんや。 こんやはかえらなにゃちっとすまないことがありやす (六オ) といいながらたちかえる。 うえののかねがごーんごーん [ふすい]こぞうさあねろよ [こぞう]だんなおとこをとりましょう だいに おとよがしっと はまのまさごげいしゃのなかにも。かんだのおかね。なかむらおくに。ひらまつちょうのもじたみなんどは。そのわざのよきのみなれども。わざとこころとようしょくと。みつびょうしそろうたるそのなもたかきはなたちばな。たちばなちょうになにしおうべんてんおとよときこえしは。ひえんがあいきょうきひがこび。ぐしがふうぞくせいし。ようき わがちょうのそのむかし。こまちそとおりおんなさんのみやあまつおとめのすがたにも。おさおさおとらぬようしょくなれば。もったいなくもいみょうしてべんてんおとよとなにたかし。 (六ウ) さればまちかたやしきをわかたず。くしのはをひくざしきのかずかず。 なおいやましのおとよがこころ。ろじうがきれぶみきにかかり。なんでもおうてこのうらみ。なんといおうやこういおうと。こころみだるるうきおもい。 このよのざしきはことさらに。ぐんじひょうえいっとうだよざえもん。おんど(@)という。 (七オ) すこびたるいちざなりしが。なかになまぎき。はんかぐみ。いやみぞろいのさどうのぶんなんさけたけなわにおよべるおりから [ぶんなん]これこれおとよせんせい。 きこうのての。ほりものをすことはいけんいたしたい。 [おとよ]いいえわたしらがてにゃあ。そんなものはついぞおぼえがありやせぬ <となにもなきほうのてをまくってみせる なかそそにしてゆきをあざむくさもこまやかなるはだえのしろたえ> [ぶんなん]そっちのてを <とみにかかる おとよはさまざまみせぬこなし みなみなたかって> むりむたいにまくりみれば。たっぴつににせもさんぜもろじうにょうぼう [ぶんなん]さてこそさてこそ。 とんだおおきなほりものだ。 これをほるときゃあさぞいたかったろう。 ふたこともあるものだ。 (七ウ) こびきちょうのおとみがてにも。やっぱりろじうとほっていたがよもや。そのろじうではあるまいさ [ぐんじひょうえ]ろじうとほるが。はやるもしれない。 [いっとうだ]おとみとはせんどこびきちょうのはらであのみたむすめか [ぶんなん]それそれあれはもと。ささきこうはちという。さみせんひきのむすめだが。なかばしからしばまでの。おんなげいしゃのとうとうだ [よざえもん]ろじうとは。かのひょうばんのいろおとこか [ぶんなん]さようさ。 ほんににくいほどいいおとこさ。 だいいちはなすじめのうちすずしく。くちびりうすくいろしろく。まるがおでなし。 (八オ) うりざねでなしほんにうのけでついたほども。いいぶんなしのいろおとこさ。 それに。いきななりばかりしてあるくから。えどじゅうでいますけろくと。ひょうばんのたわらでござる [よざえもん]ぶんなんしはよくなんでも。あなをしっていたまうことかな [ぶんなん]なんでもわたしがしらぬことは。おおかたはござりませぬ。 おききなさいそのろじうと。おとみがとんだいろごとだね。 いびきり。かみきりちざけ。ひきじょう。 もうらんちきさわぎといふことさ。 それだからろじうもぐっとのぼりゃあがってにょうぼうにひきずりこむそのつもりにしたところを。 (八ウ) ろじうがうしみのおばとやらが。もってのほかふしょうちだげな。 それでおとみめが。このごろにかけこむといってさわぐげな ときくよりおとよはかみさかだち。みにおぼえないむりいいかけて。おとみにみかえてきれぶみかだまされしがざんねんと。としふればいしとなるくすのきのとこばしらへひばちのひばしさかてににぎりええくちおしいとはぎりなせばくだんのひばしはくすのきのいしのはしらへはっすんばかりさしとおしける。 (九オ) そのありさま。みるひとおもわずぞっとせしがおとよはたちまちきはきょうらん。 ぎょうそうかわってずっくとたたずみれつれつとおこったるごうかのひばちをふりあげて。そばにしゃれいるぶんなんに。たまりもあらずなげつくれば。ひばちはあたまにかぶせられ。なにかはしらずまっくらやみ。 それはいわゆきににてとんでさんらんし。ひとはまっしろになってはってはいかいすといへり。 いかにぶんなんはさぞくるしくやおもふらん。 これやちゃばんのひばちのばけもの。 りょうごくにほしきおとこなり。 (九ウ) いっとうだはしゅれんのはやなわおとよがこてをたかてにからげかごへおしこみたちばなちょうへ。そうそうおくりかえしけり。 それよりおとよしょくじもたえて。にさんにちうちふせしが。にせのおとこをねとられし。そのあだびとにそわせじと。いのるこころもわれながら。げにあさましやはずかしや。あらものうしのときまいり。 こいとうらみとねたましとみつのかなわにろうそくの。もゆるほむらもむなかけの。かがみにみちはてらせども。こころはくらきかわぎしつたい。みずひょうぼうとものすごくそらふくかぜもただならぬ。 ただのやくしにならびたる。 (十ウ)あきばのみやのしんしんと。しげるひときのしんぼくにいしをひろうてうつくぎの。おとちょうちょうとたますれば。おもわずみみをうちおおう。 さすがおんなのあどとなさも。こいにはつのるいちねんりき。 じゅうしちやがそのあいだ。きにうつくぎもひとにつうじおとみはまいよもののけに。せめなやまさるくつうのありさまふしぎなりけることともとかや> だいさん まつさきのきつね かみがたみせのむすこらいぎといえるできぼしふすいあんにおとずるる (十一オ) [らいぎ]どうじゃせんせい。 けざははようおきさんしたの [ふすい]これはらいぎしか いまおかえりがけだな [らいぎ]いやいやうちからわざわざきたのじゃ [ふすい]これにしてはとんだおはや。 してこのごろのおたのしみは [らいぎ]きをかえてげいこじゃわい。 それについてちとちえを。からねばならぬわけといっは。あのおとみめろがことじゃ。 わしゃえろうほれたさかいに。なんとくどいておくれんか [ふすい]いつぞあったらはなしてみやしょう [らいぎ]いやぜんはいそげじゃ はてじきにやってこましたい [ふすい]そりゃああんまりきゅうなこった。 そうならよびにやりなさい。 したがあいつもはやるやつだからよびにやってもいればいいが (十一ウ) <といいながらうらのふみづかいをよんでおとみをきゅうによびにやる> [らいぎ]このひろいおえどじゃが。またおとみほどえらうやつも。とんとこちゃみあたらぬ。 どうおもうてもこちゃじょろうより。げいこがてつつりとするようだ [ふすい]わたしもげいしゃはすきだけれど。こころつきはじょろうより。もっとわるいもんでござりいす。 それにきゃくとひとつになっていかものぐいをしてしゃれるところをみると。ぐっとあいそがつきる。 [らいぎ]いつぞきこうとおもうたがおんなげいしゃはなぜぎゃくよりもせんどうをだいじにしおるな [ふすい]ふかがわげいしゃなぞとちがって。えどげいしゃは。せんどうににくまれるといろいろの。あだをするゆえのことさ (十二オ) [らいぎ]ときにおみつがあにめはくっきりとしたよいおとこじゃわい [ふすい]なにありゃああいつがていしさ [らいぎ]でもあにさんあにさんといいくさってじゃ [ふすい]げいすあのあにさんはおおかたていしさ <とはなすうちおとみおさかきたる> [ふすい]さあさあさきからまちかねた。 さぞくっさめがでたろう たいていわるくいっていた。こっちゃあない [おとみ]なにそれでもおおきにいそいでめいりやした。 のうおさかさん [おさか]あいあんまりいそいできたいえ@いっそのぼせやすよ。 それにかつさんがきて。またれいのしばいばなしで。ほんにしれっとうござりやした [おとみ]それだがかつさんはきのいいひとさ。 いつぞやむこうじまでやれはちさんがけんかのときも。さみせんやなにかのせわをしてほんによくきのつくひとさ (十二ウ) [ふすい]これそっちのはなしばかりせずと。ちっとこっちへもはなしをまわしてくれろ。 ときにらいぎさんひとつのんでまいりやしょう [らいぎ]それもよござんしょ [おとみ]おさかさんさみせんをとてきてくんな [ふすい]さみせんはむだだぞえ。 それよりさけにしや [おとみ]ゆうべああかさかのおやしきで。よあけるまでのんでいやした [ふすい]ほかのところでのんださけを。なにこっちでしるものか。 なんでもきょうはのませにゃあならぬなあらいぎざん [らいぎ]いやであろうときょうはひとつ。すごしてくださんせ たのむぞえ [ふすい]これこぞう。 かんができたらもってきや <こぞうちょうしをもってくる> さあらいぎさんこっぷにしやしょう。 これでひとつのんでまわすよ (十三オ) [らいぎ]これなんにもさかながないぞえ [ふすい]さかなはさきであげやしょう うめぼしでももってきや さあおとみこころうさしやしょう。 ひとつのんでさいぎさんへあげや [おとみ]あのこれえかえ [ふすい]なにそのようにきもをつぶすことはない のむところじゃのむだろう [おとみ]あのそんならたえやしょう [おさか]おとみさん。またのみなさったらあたるによ [ふすい]またおさかがそばからそれがちょうしのさしでぐち。 どれおれがつぎやしょう <とつぐ おとみのんで> [おとみ]らいぎさんあげやしょう。 [らいぎ]こりゃひとつたべずばなるまい [おさか]わたしがおしゃくをいたしやしょう <とつぐ らいぎのんでおさかへさす> [おさか]わっちゃねっからたべやせん [らいぎ]それでもはんぶんのまんせ [おとみ]もうあのこはのむといっをねてばっかりいやすによ [ふすい]こりゃあおもしろい。 (十三ウ) さみせんひかずといいからさあひとつのみや [おさか]そんならはんぶんたべやしょう <とのんでふすいへさす> [ふすい]ちとおさえましょう [おさか]こりゃむりだね。 そんなららいぎさんおあいをおたのみもうしやしょう [らいぎ]おてもとといいたいところじゃ [おさか]もうおがみやす [ふすい]こりゃあほんにあんまりさかながない。 こぞうかどのさかやへいってちょっとたまごをとってきや [おとみ]たなごをたべたらしかたがござりやすまい [ふすい]そっちゃあしかたもあろうがおれがしかたがあるまい。 しかしおさかぼうがのむとねるというがちっとたのしみだ [おさか]<わらいながら> いっそもうめが。とろとろしてきやしたよ [ふすい]おきやあがれ [らいぎ]なんとせんせいもうおいでんか [おとみ]どこへいくのだえ (十四オ) [ふすい]まつざきさ [おとみ]またきつねはでやすかね [おさか]あのいぬがおかしいね [らいぎ]おさかぼうおあいをのむから。せんせいへあげておさめとしたまえ <とのんでおさかへさす> [おさか]てじゃくにいたしやしょう [ふすい]それでもはんぶん [おさか]これごろうじやせ はんぶんたべやす <とのんでせんせいへさす> [ふすい]ひとつうけてどうかおればかりのんでいるようだ [らいぎ]まだおとみぼうはねっからあがらぬ [ふすい]いいえおとみぼうにゃあはなしがあるからけふはのまされやせぬ。 もうこれでおおさめやしょう。 ときのこぞうふねはどうだ [こぞう]さっきからまちておりやす [ふすい]そんなららいぎさんさあまいりやしょう <とみなみなふねにのる> [せんどう]おとみさんおひさしゅうござりやす [おとみ]だれかとおもったらくわなやのひとだの。 (十四ウ) おばさんはおかわりもねいかえ。 ほんにせんどのしおばまのまんまだね [ふすい]おとみあんまりかがみすぎるぞえ [おとみ]またわるぐちばっかり ちっとさみせんをだしやしょう <とおとみはやへがき@かすみのうたをひく ほどなくただのやくしのまえへくるとおとみひきかけしさみせんをやめて。にわかにくるしみけしきなる> [ふすい]おとみぼうどうした <とみなみなおどろく このうちにふねすきぬればようようとこころづいて> [おとみ]わっちゃどうしやしったえ もしむこうはたしかやくしさんでね あのとなりのもりは。なにさんでござりやすえ [ふすい]あれはあきばさ [おとみ]あのもりをみると。おもわずぞっとしやしたが。ほんにこわいところだね [ふすい]なにこわいところだろう。 はるさきはたいていにぎやかなこっちゃない <とはなすうちふねはまつざきへつく みなみなふねよりあがる> [らいぎ]まずいなりへまいってこよう [ふすい]おまえはおさかぼうをつれて。まいってきなさい わたしゃおとみぼうとはなしがあるから。はつたやにまっていやす (十五オ) <とらいぎはおさかつれいなりへまいる ふすいはおとみはつたやのにかいへあがる> [おとみ]もしいいみはらしだね [ふすい]おとみようがある ここへきや [おとみ]わらいながらなんだへばからしい [ふすい]ばからしいことでもなんでもねい。 はなしといふはあのらいぎがことだ [おとみ]らいぎさんがどうしやしたえ [ふすい]あいつがてもなくほれているのだ。 くどいてくれろとうるさくたのむ。 それゆへきょうここへきたのだ。 さだめていやでもあろうけれど。はてほれたかおさえすれば。てまえのためにもなることだ。 [おとみ]それだとってばからしい。 いやだとおもってそんなことがなるものでござりやすか。 そしてまあよくつもってもごろうじやし。 (十五ウ) どうわたしがはてそんなことがなるのでござりやす [ふすい]てまえのいうのももっともだが。はててまえのないしょのわけもしっている。 おれがこういうもわかるまいが。ここをよくきいてくりゃ。 ろじうはともだち。れいぎはついとり。 どっちのひいきというというときは。ろじうがひいきならじゃしない。 ひっきょうこういうも。つまるところはろじうがためだ [おとみ]なぜまたろじうさんのためになるえ [ふすい]あれがおとよにきれにくい。ないしょのわけをしっているか [おとみ]なるほどろしうさんのはなしではききやしやたが。なにかきれるにもきれにくい。むずかしいことが。あると。いいなさったがそのことかえ [ふすい]さそのわけというはこのまえろじうがうちをでたときにやげんぼりにたなをもって。いるうちのなんやかは。みんなおとよがすごりておいた。 (十六オ) それにてまえもしってのとおり。ろじうがすきなあのなぐさみ。 そのじぶんは。わけてあれもしあわせわるく。おとよがきものやあたまのものまで。みんなあつめていっときに。にじゅうりょうというものかりた。 いまきるにはそのかねをかえさねばおとこがたたぬ。 それでろじうもこのごろは。いろいろとくめんすれどにじゅうりょうのことはおいて。じゅうりょうもできぬそうだ。 なんとてまえらいぎをだまして。かねをかりてろじううへわたしおとよへかえさせ。さっぱりときらせたくはおもわぬか [おとみ]さあきらせたさはきらせたけれど [ふすい]さそこだによってとくしんしや (十六ウ) [おとみ]らいぎさんをだましてもかえ。 それでもどうもそんなことは [ふすい]ならぬといえばおとよはきられぬ。 それではろじうへまことがたたぬよ [おとみ]さそれは [ふすい]いやならばいやといや <とおとみしばらくしあんして> [おとみ]そういうことなら [ふすい]どうともするのか <というところへはしごばたばたらいぎおさかあがりくる> ふすいつぎのまへでてとうたらいぎしなんぞうつくしいものでもこなんだかの [らいぎ]おさかぼうがきつねをみたで。 それでえろうひまどった。 ときにうち@のようすはの [ふすい]さてせんせいがすることだ。じょさいがあってたまるものか [らいぎ]ええありがたいとおがむ <このうちおとみはおくざしきよりたちいでてらいぎにむかい> [おとみ]らいぎさん。だいぶおそかったね。 何ぞおもしろいことでもあったもしれぬ <とすこしやくぎみ> (十七オ) [らいぎ]なにいぬときつねをみてきたばかりじゃ [ふすい]さひとつたべやしょう <とてをうちおんなきたる> さはやくなんぞもってきやれ ひとつのみたい [おんな]かしこまりました <いううちすいものちょうしすすりぶたいろいろとものはこぶ> [らいぎ]なんとここのげいしゃでも。またよびにやろうかな [ふすい]なにむだだ。よしたがいいい [おとみ]おさかさんさみせんを <といううちおさかさみせんをとってくってくる ちょうしをたかく> このうちさかごとしばしせんせいたちておくのざしきへいくおとみを。よぶおなじくたちていく [ふすい]さっきいったとおりらいぎをここへよこすからいいようにあわせておきや [おとみ]それでもそれでもとんだあんまりきゅうだね [ふすい]はてきょうあうというこっちゃあなし。くちさきでれいのちょちょらさ [おとみ]そんならまあどうともしやしょう [ふすい]よこすぞよ <とまたこちらのざききへくる> (十七ウ) らいぎしちょとあそこへおいで [らいぎ]いきはいこうがなんじゃいの [ふすい]なんでもまあはやくいきなさい <らいぎうれしげにたちておくへゆく おとみはおくのすみにうつむいている> [らいぎ]なんのこっちゃしらん あそこへいねというからきたのにあほうらしい <とひとりをいう> [おとよ]もしちょとここへおいでなんし [らいぎ]なんじゃな [おとよ]さっきからだんだんせんせいさんのおはなしでききやしたが。ほんのことでそうおっしゃすかえ。 わたしどもがようなものをおうおっしゃるははずがございせぬ。おだましなんすでござりやしょう [らいぎ]だますとはあきないみょうり。 えびすだいこくかけたてまつり。わしゃとうからせんせいを。たいていたのんだこっちゃないわい。さだめておきにゃいるまいが。こころのうちでてをあわする [おとみ]こうもうしいすうえからは。こっちにうそはござりやせぬが。 (十八オ) おまへじゃにしておくんなんすなえ [らいぎ] そうおもうてくださんすことなら。どんなしんじゅうでもしてみせましょう [おとみ]ほんにかへ <といだきつくひょうしに> [おさか]おとみさんおとみさん <とよぶ> [おとみ]よびやすあのこはくりのわるいこだから。こんなことがひょっとしれると。たいていわるくいうこっちゃござりやせぬ。 <とゆかんとする むりにすそをひきとめて> [らいぎ]これまだはなしたいことがあるわい [おとみ]あれだれかきやすというに <とふりきってざしきへゆく らいぎもまぬけたつらつきにてあとよりざしきへいでくる> [ふすい]なんとらいぎしあんまりおそくなったならうちがわるくはないかえ [らいぎ]たとえわるしともだいじないいのさ [おとみ]なにそれじゃわるうござりやす さあもうおかえりなされやし [らいぎ]もひとつのんでいにましょう <とてをたたきおんなをよぶ> なんぞさかなをもってきたまえ (十八ウ) <というよりもれいいのなめし。でんがく。おおひらちゃわんもりのりおをいろいろもつてくる らいぎなけしきとってなにもくわず。 せんせいはむしょうにうちくらう らいきはおとみがくいかけのしるをとってこれをうまそうにすいしたうちしながらわがくいさしのしるをおとみがぜんのうえにおく おとみはこれをかってくわず> [らいぎょ]おとみぼうはなぜりつをたべやらぬ [おとみ]わっちゃ。むしけでしるはきらいさ [らいぎょ]そんなら。このひらをくうてたも。 <とまたわがくいかけのひらをおとみがひらととりかえるおとみこれをさらにくわず> [らいぎ]そのうちでなんなとひとしなくうてくだされ [おとみ]みんなわっちがきらいなものだよ [らいぎ]それでもそのまつたけはくうたろう [おとみ]なにそれもなまのでなけりゃあたべはせぬ <せんせいにこにこわらう> [らいぎ]そしていえまえはなにがすきだ [おとみ]わっちゃなんでもにんなきらいさ [らいぎ]それでもしばいはすきだろう [おとみ]いいへそれはなおきらいさ [らいぎ]そりゃうそじゃろう (十九オ) やくしゃはだれがひいきじゃえ [おとみ]おまえににているあのいちやまでんごろうとやらか。 ほんにしみじみすきやした [らいぎ]そのでんごろうというはかたきやくかいろごとしか [おとみ]いろごとしでござりやす [らいぎ]それか。 わしににたといふのか [おとみ]しがみひばちをわらずにそのまま [らいぎ]なにようを [おとみ]いいえうりをふたつにさ [らいぎ]よいおとこかの [おとみ]ほかにゃござりやせぬ [らいぎ]どうぞいちやまをみたいものだ やきけばこのごろたちばなちょうのげいしゃどもが。きょうげんをするそうだ おれがこのごろのこらずよんであのしらきやをさせてみたい やくわりはさしずめせんせい [ふすい]はておとみはおこま。 おまえはさいぞうさ [らいぎ]わしかにもできそうかの [ふすい]できねいでどうするものだ。 (十九ウ) なんでもかみゆいのまねをするのとおこまにだきつかれるばかりだものを。 [らいぎ]こりゃあどうぞしてみたいものだ ふでだいふをよんでほんまにやらかしてこまそう <とはなすところへよしわらよりせんせいをむかいにきたり せんせいはこのところになのたかきおこんとおるいをよびにやりふたりのげいしゃをひきつれてよしわらにいそぎゆく らいぎはおとみおさかとともにかのぼくすいにふねをうかぶ。 またつれびきのびんがのこえ ふねはほどなくやなぎばしにつく> [らいぎ]おとみぼうあしたすぐによびにやるぞよ [おとみ]あしたもあさってもおやしきへまいりやす どうぞあさってのそのあしたにしておくれなんし [らいぎ]それはちっとまちびさしいがみょうごごにちはそんならきっとじゃ <とこれよりらいぎはふねをあがりするがちょうへかえりけり (二十オ) おとみおさかはこのふねにてすぐにこびきちょうへかえる> だいし おとみがてくだ よまちがていときこえしは。まえにそうかいまんまんとそうぼうにしゅうをみはらしてふうしょくたぐいまれなりけり。 らいぎはこのひのやくそくなれば。ぼくすいたまがわのともをさそい。このところにごうゆうなす [たまがわ]よびにやったはらいぎしだれだ [らいぎ]おとみさ [たまがわ]あのこびきちょうのか [らいぎ]やそれさ [たまがわ]あれには。つがむないいろがあるが。しっているのか [らいぎ]なにそういうことはないはずじゃが [たまがわ]きこうはそんならなんにもしらぬな。 あれにゃあとんだはなしがあるよ [ぼくすい]そういうはなしをおらもきいた。 (二十ウ) べんてんおとよとそのおとみといろあらそいだということだ [たまがわ]そしてゆびをきったりものをしたりおとみめはいっそきちがいのようになってさわぐげな。 そのいろおことのなはたしかなんとかいったっけ [ぼくすい]なんでもやげんぼりのほうのものだ。 おとみがきたらばてをまくって。もりものをみるがいい <ふたりつれだちしゅぬりのこまげたゆきをあざむくかよわきすあしにくろびろうどのほそばなお。 さてうわぎにはくろちりめんにそめだしもんのあきしのぼたん ちゃじゅすのすそにすそまわりは。きんいとのつぼつぼぬい したぎにふたつかさねしはえどむらさきのちりめんむくにえどづまにしろあがりにあきのちぐさをそめなせりひぢりめんのながじゅばんにおなじいろのきりたていもじ やまぶきのもんがかのもよぎどんすのはばひろおび いわがたのまるぐけにやなぎのこしをしめきるごとくおさかもついのはでいしょうにてよまちがもとへいりきたり> [おとみ]おばさんこのごろは。おとうどうしゅうござりやす [ちゃやのかか]きついおみかぎりだの さきからおきゃくがまちかねてだよ (二十一オ) [おとみ]にかいえ <とおさかをつれだちにかいへあがる> [ぼくすい]さあさあまちかねた。 まつほのさしみ [おとみ]いっそいそいでくるとって。ついあそこでころびやした [たまがわ]オらあはおりげいしゃにしたいものだ [おさか]なんのことだへ わっちらあ。そんなことはぞんじやせぬ [ぼくすい]さおとみさんここへきなさい <とらいぎがそばへよぶ。 おとみらいぎがそばへすりよる> [らいぎ]あんまりそばへよらっしゃるな しかりてがあろうぞよ [おとみ]おかしなことをおっせんすな。 なんだかねっからとおりやせぬ [ぼくすい]これおとみさん。 やげんぼりからごとづてがあったっけ [おとみ]そりゃおきせさんじゃあございやせぬかえ [ぼくすい]いんやそんなもんでなしさ [おとみ]なんだかねっからおかしいね (二十一ウ) いっそさけにでもいたしやしょう きょうはなぜからいぎさんがねっからげんきがござりやせんね [らいぎ]なんじゃかもやもや。こころもちがわるい。 あたけたいな。 いっそさけでものんでこまそう。 <とちゃわんをもってじゃくにぐっとひっかける ○おとみそのちゃわんをとって> [おとみ]なんでえあんまりおおきすぎやす。 わたしがはんぶんすけてあげやしょう <トらいぎがのみさしをとっておちみはんぶんのみ> [ぼくすい]やんやあやかりものめ やらいぎさんさっきのことをあれきいてみなさんねいか [らいぎ]これおとみやけんぼりのほうのことづてはてまえこころにおぼえあろうが [おとみ]おのおるいさんかえおよねさんかえ [らいぎ]いんやそんなものじゃあない [おとみ]おんならおたみさんかおぎんさんかおかねさんかおまきさんか。 (二十二オ) あのこたちよりほかに。ことつけをされるものは [らいぎ]なにおんなじゃない。 おとこじゃわい おはえのてににあるおとこじゃ [おとみ]わっちがてになにがあるえ [らいぎ]なにがあるかまくってみさんせ [おとみ]ばからしい わっちゃあいやさ [ぼくすい]そんならなにかみせられぬことがあるな [おとみ]なるほどほったひともありやしたが。そりゃとうにきれてしまってみのうえさ のうおさかさん [おさか]あのこならとんだふるいのさ いまじゃそういうことはござりやせぬ [らいぎ]そんならここでけしてみや [おとみ]ぜいぶんけしもいたしやしょうが。わっちひとりばからしい いやさ [おさか]ひとのみばかりあらためずとらいきさんおまえのてをおみせなんし [らいぎ]さあみせましょう <ともろなばぬいでりょうてをくっとあらためさすれどむねにけのあるばかりにてほりのもなどはさらになし> [らいぎ]なんとどうじゃあるないが。 きれいなものであろうがの [おとみ]そんならおまえわっちがなをほってさえおくんなんすと。わっちがてのもけしんしょう [らいぎ]おれがほったらこなんはけすか。 いくつでもほりたいものじゃ [おとみ]およしなんしわっちらがなを。ほりなさったら。がいぶんがわるうござんしょう [らいぎ]そんなことをいわんすならいまじきにほりましょう [たまざわ]こりゃあおもしろかろう。どれわたしがほってやりましょう <とはりをとりよせほりにかかる おとみそのはりととっておりてすてて> (二十三オ) [おとみ]もういいかげんに。じょうだんをなさりやし。 しまいにゃあこまりなんしょうぞえ [らいぎ]そんならてまえ。けすきがないの [おとみ]ずいぶんけしもしやしょうけれど。そうはなりやせん。こんどのことさ [ぼくすい]らいぎさん。それじゃあおまえすんめいぞえ [らいぎ]これおとみどうあってもそんならいやか [おとみ]あいいやでござんす <らいぎむつっとする> [らいぎ]そんならけさずとままにしょうわ どうぞてなのをみせさっしゃい [おとみ]みせることもなおいやさ [らいぎ]そんならみずとおきましょう <とてれるところへにょうぼうさかなをもちきたり> [にょうぼう]なんだかおまえさんがたは。くぜつばかりいっておいでなされやす ちっとごしゅになされませぬか (二十三オ) おとみさんちっとひきなさいな。 <おとみさみせんをとりよせて。さかもりのうちうたをひく。 にょうぼうはおくのまへふとんをもちまくらをおきて> [にょうぼう]おとみさん。ちょっとおめにかかりやしょう <とおとみをよんで> っこにちっといてくれな <とざしきへいきらいぎがせなかをつく らいぎはなうたにておくのざしきにいく> [らいぎ]おとみなんだ [おとみ]きょうはなんとおもってか。だいぶ。いろいろのことをおっしゃいすね [らいぎ]なんとおもってもいやせんけれど。きけばこなんはいろごとがあるそうな。 そんならいままでのはうそじゃの だましたのじゃな [おとみ]なぜだえ [らいぎ]はてほりものもけすまいし。わしにもほらさぬからはこれうらみじゃぞやおとみさん。 あるならあるとかくさずとなぜにいうでたもらぬぞ (二十四オ) さりとはつまらぬ。むごいしかたじゃ <となみだぐむ> [おとみ]それほどにまで。それほどにまでおもってくれなんすうえからは。なにまあおかくしもうしやしょう。 わけをおはなしもうしいすと。ながいことでござんすがほんにぎりえばっかりしいした。 またけされぬというわけは。このはるわたしb¥がはしかのとき。いっそつまらぬことばかりござんして。そのひとのまえから。にじゅうりょうかりやした それをかえしてしまわぬうちは。どうもけすにもけされやせぬ。 あそこでそのわけをはなしたくてもみんながきいていなさるまえ わるくおもっておくんねんすな [らいぎ]そういうわけとはつゆしらずに。むりばっかりいいやした そのかねわしがかすさかいでほりものけしてかねかえしさっぱりときれさんせ <とかいちゅうよりかねをだしにじゅうりょうおとみにわたす> [おとみ]ごしんせつはわすれやせぬ。 かねさえかえせばどうなりとも [らいぎ]さあかねかしたうえからはほしものをけしてたも <とのっぴきさせずもくさをとりよせ。てをとらまえてけすほりもの かかるところへおさかきたり> [おさか]ごぜんがでやした。 あがってまたゆっくりとおはなしなんし [らいぎ]いまいくというてたも <とすゆるもぎさのやけいるもろしうがためとこらえるおとみ ひとまのそとにはのそとにはたまがわがたかごえを> [たまがわ]これこれあんまりまくがながい。 きりおとしててをたたく。 めしでもくってはらへちっと。みをいれてはなすがいい。 なにかがさめるはやきたまえ [おとみ]そんならまあいってから。あとにまたはなしやしょう <とおとみはむこうざしきへ (二十五オ) らいきもあとからにこにこでる> [ぼくすい]らいぎさんどうだわかつたかな [らいぎ]おおわかりおおわかり [たまがわ]それでもほりものをけさねばすめぬぞ [らいぎ]それもわかったで [ぼくすい]わかったとばかりいってもすまぬものだ [らいぎ]おとみそのてをださっしゃいな [おとみ]なんだいばからしい わっちゃあしりやせぬ [たまがわ]それみたか なにけすものだ <とゆうゆえにらいぎはみせかがりいろいろときをもめどもみせぬゆえこらえかねて> [らいぎ]いんやけしたよ [ぼくすい]なにけした おきやあがれ こりゃおかしい きついうそだぞ おとみさんとぶだけすきはさらになしじのじゅうばこだろうが <おとみはろじうへしれようかとふたりへかくしけさぬふりしてらいぎをじらす> [おとみ]かわいいおとこのなだものを。めったにけしちゃあなちやせぬよ [たまがわ]けされまいもっともなことだ (二十五ウ) しかしそのように。なんぼおもっていなさっても。このごろろじうはたちかえって。まいばんおとよがかんびょうするげな。 そのしょうこにはこのごろは。おまえのほうへはこめいがの <ときくよりおとみはおどろきて> [おとみ]そりゃまあほんのことかえ [たまがわ]ほんのことくらいかくすりのせわかなにかをして。まいばんねずについているげな [おとみ]どうしてしっておいでなんす。それがまあほんのこっちゃあ [らいぎ]ほんおこっちゃどうするつもりだ [おとみ]おとよさんがさぞうれしゅうござんしょうということさ [おさか][ぼくすい]それをきいちゃあおとみさん。そうしちゃあいられまいがな [おとみ]なぜえ [ぼくすい]かくしなさんな よくしってる。 なんでもほりものをせさぬからは。しもごもいらないろじうがかかあだ (二十六オ)らいぎさんむだだぞえ おもいきってしもうがいいによ [らいぎ]ほりものさえけしたなら。いいぶんはあるまいがの [たまがわ]そりゃあまたしれたことさ [ぼくすい]どうしてあのこがけすものか [らいぎ]だしてみせてくりゃ [おとみ]いいえわっちゃあいやさ [たまがわ]これをけせばとんだことだがらいぎさんじゃあけされまいさ <というゆえにらいぎはいよいよきをじらしおとみがそばえたちよって> [らいぎ]これおとみみせてくれねばわたしがたたぬ [おとみ]ええもうわっちゃあいやだというのに <といいながらおとみはたつ。 らいぎこれをひきとめて。いろいろてをださせんとす おとみこれみせまいとにかいのあがりくちまでにげてゆく> あとよりおっかけくるうはずみにらいぎはにかいをふみはずしまっさかさまにすてんどう (二十六ウ) うんとばかりにきぜつなす こしをぬく。 ちゃやのふうふはおおきにおどろきいしゃなどよんできつけをあたえようよういきをふきかえせばむりむたいにかごにのせてするがちょうへかえせしはきのどくながらおかしかりき> だいごいきたるおとよししたるおとみをなやます ろじうおとみがかようかみももよりよければせんせいより。たがいにつうろなしけるが。かのせんせいはまつざきより。よしわらにおおながし。 しごにちやどへかえらねど。かかることとはおとみはしらずろじうかたへおくるふみも。せんせいかたにとどこおり。ろじううがおとみへやるふみも。せんせいのてがみかと。るすのでっちがとどけねば。たがいにうらむるいぶかしさ あくじせんりはふせぎがたく。おとみとらいぎがいろごとと。しゃくりてあればろじうはせきこみ。このごろやるしごどのふみも。ようじあるのにへんじもしおらず。ふしぎとおもいいたりしが。またもやほかへくされあい。 ひともしったるこのろじうが。つらをけがすかしょうわるめ。 (二十七オ) そういうやつとはしらずして。おとよにまできれたことはやだれしらぬこものもなきに。ひとにわらわせはじかかす。おもえばにくきあのおんなどうしてくりょうざしきよたかと。りょうごくのまつしまよりおとみをにわかによぶつかいに。もしざしきへでおったら。いったさきまできいてこいとせいてやるひとはやたちかえり。おとみはよまちに。きゃくはらいぎと。きくよりろじうはこころならず。じきによまちへふみこんで。ことのしつをたださんと。いそいでわたる。 (二十七ウ) きょうばしを。ふたりづれでたかばなし [たまがわ]あのおとみめ@。なんとほんにのりものをけしたろうかの [ぼくすい]はてあのかかあめとこをまわして。らいぎとおとみをよびやあがって。うすぐらいひとまのかたすみ。びょうぶをくっとひきまわし。ものおとたえてしめやかに。ほりものをけすもぐさのにおい (二十八オ) なんでもあいつは。きまったにちがいはないがそのばちで。ちわがこうじてにかいから。ころがりおちたあのざまはおかしかったじゃあなかったか <ト> はなしきくよりろじうはせきこみ。あゆむともなくぎんざちょう。みぎへまわればゆみまちの@つるうちやがむかいかど。 おとみはよまちをたちいでしがらいぎがつれのしゃくりしをおんなごころにまこととこころえこれほどおもうこころにみがえまたもおとよにたちかえるろじうがあくしょううらめしく。かほでしらするこころのしっと (二十八ウ) ろしうをみれどつんとしてものをもいわず。いきすぐる [ろじう]これまておとみと <こえかくれどひぞってみせつはなうたあしらい> [ろじう]うぬこのごろいろごとが。できたとおもって。あいそのつきたそのつらあなんだ [おとみ]ええこっちってあいそがつきたわな。 いけあつかましい。 そりゃあわっちにいうのじゃあるまい おとよさんとのかどちがえかえ [ろじう]こいつはいわせればとほうもねい。 うなあそれがおまえで。 ぬかされることか。 それにいいまきけば。うぬもりものまでけしやあがったな [おとみ]けさないでどうするものだな。 うそじゃあねい これみてくんな (二十九オ) <と消したほりものをはらだちまぎれにまくってみせる もとよりいってつたんりょのろじうおとみがもとどりひっつかみこほりのやいばぬきはなしわきばらからむなもとまでぐっとつっこむひとえぐり。 おとみはくるしきいきをつき> 「おとみ」ええうらめしいろじうさん。 きけばこのごろおとよさんに。またたちかえるしょうわるの。 じゃまになるゆえころすのか。 しむるいのちはおしまねど。たまされたがくちおしい。 そういうふごいこころもしらず。あけくれこがるるむねのうち。 せんせいさんのはなしには。にわかにおまえのみのうえもかねのいることがあって。くろうさんすときいたゆえ。らいぎさんをだましてから。にじゅうりょうかりとったそのきりづめにほりものまで。けすもおまえにこころんなかの。こころもみをもけがさねど。おんなのみにはずかしいおそろしいだましごと。 (二十九ウ) そのばちゆえにこのしによう ぬしにまかせたこのいのち。おてにかかってしぬみは。うれしいといいながら。ひとりのははのゆくすえのたよりにおもうそのおまえがこころがかわってころすとは。おまえはおにかろじうさん。 ただうらめしいはおとよさん。 こころにかかるはひとりのははうえ。わたしがしんだそのあとでだれをちからにうきつきひ。なきじににしになんす。そのかいほうのしにみずをとるこのわたしがさきだって。なげきをかけるふこうのつみ。 ゆるさせたまえははうえさま となむあみだぶつもしくはっく。 しじゅうをきいてろじうはおどろき。 そうとはしらずはやまったか。くちおしやざんねんや。 (三十オ) ひとのしゃくりとまちがいとで。むざんにそなたをさしころし。なにめんぼくになかりょう。 あれちょうないはとえはたえ。のがれかたなきこのばのしのぎしでさんずをもともなわんと おとみをつらぬくやいばにてはらじゅうもんじにかききって。たがいにひしといだきあい。 おとみはにっとうちわらうかおもつぼみのはなのいろ にはちのはるもまたずしてちりてむなしくなりにけり。 おとおはかくときくよりもぜんごしょうたいなかりしがようようとこころづき にせまでちかうこいなかをねとりしのみかしんじゅうとはみなおとみめがなすしわざ くちおしわうらめしやと。 ふししずみたるやまうのとこ。 おとみがはははひたんの。なみだ (三十ウ) きもさかのぼってきょうらんし。こいしをひろうてたもとにあつめあいびきばしよりまっさかしまにそこのもくずとなりにけり。 おさかはしんみのきょうだいになおかなしく。おとみがしがいをほうむりてなみだのしるしななそとは。なのかなのかのといともかいもここにひとつのくわいどん@あり ときうしみつるころおいに。よなよなもゆるおとみがはらから。 いんかのなかにわわたるなきごえ。 しゅうそうこれをしずめんとあらゆるほうをしゅしけれど。さらにこのことやまざりし。 このてらのけいだいに。よをのがれすむろうひとありかのなきごえのいぶかしく。しさいぞあらんとうかがえば。かぜじゃくじゃくとものすごくめざすもしらぬしんのやみ。 (三十一オ)てまりほどなるひとつのまるきひ。たちばなちょうのそらよりとびきて。おとみがつかにおちるとみえしが。いんかたちまちもえあがる。 なかにおとみがそのすがたかげのごとくにあらわれてさもせつせつたるこわねにて あらおそろしのおとよさん。ゆるしたまえゆるしてと。 おめきくるしみなきさけぶ。 ろうにんとくとみすまして。らいくにみつをひっこぬき。まっこうにさしかざしておとみをなやますしんかのたまを。まっぷたつにきりくだけば。さゆうへ。はっとぞきえにけり。 あおきほのおももえやみて。おとみとみえしろっかくのひときのそとばとなりにけり。 (三十一ウ) かいりょくらんしんはかたらじとろうにんふかくもこれをかくし。かつてこのさたせざりしとや このよはおとよもとりわけて。ものくるわしくみえけるが。もだえつかれしくのうのひまか。しょうたいのまくうちふしぬ。 ともにつかれしかんびょうのひともいねむるうしのこく。 くさきもしずむおりからに。おとがわっとさけびしひとこえ。みなみなおどろきめをさます。 こころならずもははおやは。これおとようなされてか。きをつきやいのとゆりおこせどなんのいらえもあらいぶしぐ。いだきおこせばいきたえてこおりのごとくひえわたる はははおとよがみみにくちおとよいのうとよびつくれど。はるかにへだつしゃばめいど。 (三十二オ) はたちのさかもまだこえで。むじょうのあきのゆうしぐれ。 しるもしらぬもききつたえしぼらぬそでぞなかりけり。 さればおとよがいちねんのしんかとなっておとみがはかを。なやませしそのしょうこは。かのろうにんのひとたちに。くだんのしんかをきりけるときにあっとひとこえさけびしが。そのままおとよがいきたえしも。ふしぎのなかの。ふしぎというべし。 もとよりししたるしゅうねんのいきたるひとをなやませし。たぐいはここんにおおけれど。いきたるひとのいちねんの。ししたるひとをなやませし。ぜんだいみもんのありさまを。いっすいにゆめみければそのあらましをしるしはべる (三十二オ) てんめいななつのとし さつき げいしゃとらのまきおわり ------------------------------------------------------------------------------ 注 ・二ウ6 @→「ししたる」か? ・三オ3 @→原文「物好し」。読み方不明。 ・四オ4 @→原文「おきうの吉」。読み方不明。 ・五ウ7 @→原文「永沙」。読み方不明。 ・六オ1 @→原文「そりやテ」。「そりやア」の誤りか。 ・七オ8 @→『江戸語辞典』の「すこびる」の項の用例では、「なんど」とされている。