―『妓者虎の巻』翻字データ― 凡例 ・漢字の踊り字は〃で示した ------------------------------------------------------------------------------ 妓者虎の巻 叙{ぢよ} 天{てん}に乙女{おとめ}の踊子{おとりこ}あれば。地{ち}にまたお豊{とよ}とお富{とみ}在{あ}り。 妙音{みやうをん}を以{もつ}て弁天{べんてん}と呼{よび}。容色{やうしよく}によつて小町{こまち}と称{せう}ず。 聴{きく}人暗{あん}に魂{たましい}を飛{とば}し見{み}る人{ひと}忽{たちまち}忙然{むちう}となんぬ。 (一オ) 今也{いまや}両婦{りやうふ}の伝{でん}を述{のべ}て。妓{けいしや}の所訳{しよわけ}。恋路{こひぢ}の手段{てくだ}。放蕩者{どうらくもの}の身{み}の上語{はなし}に。臥猪奄{ふすゐあん}が魂胆{こんたん}も。 花{はな}に嵐{あらし}の兆{ねざし}となりけるよ町{まち}が亭{てい}の酒宴{さかもり}に。 (一ウ) 入黒{ほりもの}を滅{け}す貞女{ていぢよ}の操{みさほ}。是{これ}を恨{うらむ}るお豊{とよ}が終始{しじう}を。どうらく肌{はたへ}に書{かき}つゞけて。呼子鳥{よふごどり}とは。なづけはへりき 天明七のとし 未の仲夏 田にし金魚題 (二オ) 目録 第一 当世侠風俗{とうせいきやんしたて} 第二 おとよか嫉妬{しつと} 第三 まつさきの狐{きつね} 第四 おとみか手段{てくだ} 第五 生{いき}たるおとよ死{し}たるおとみをなやます (二ウ) 妓者{げいしや}虎{とら}の巻{まき} ○第一侠風俗{きやんしたて} 両国元柳橋のかたほとりに。萩の枝折戸物好し。臥猪庵{ふすいあん}とこうせる在りけり。 こゝに入リ来る一客は。露時雨{うじう}といへる雅{いき}男。 中さかやきにがたあたま。ひたい大くぬきあげて。上に生{き}うへだ中着{ぎ}は茶{ちや}がへし。下に小紋のつぶ霰{あられ}。半袖のもみじゆばん。いつれ紋{もん}なきさやのゑり。黒どんすのをびをしめ。いきな小紋のはをりきて。 (三オ) ほそからず太{ふと}からぬさめざやをおとしざし。大八寸の下たをはき。人がらのよききやんしたて。 左りつまにてそともより [ろじう]先生おうちか <トずつとは入> [ふすい]どふだうじうし。 ねつからあわぬな [ろじう]きゝな 松ばやに五日。ながして帰りがけに。くらまへの和菊{わきく}が所で。今までめくつておりやした [ふすい]松葉やはだれだな [ろじう]染之介さ [ふすい]初会か [ろ]ウゝ [ふ]どふだころしたか [ろ]いんにや。 指{いび}をきらせてきた斗リだ [ふ]そいつはかけかけるはイ [ろ]何おもしろくもねい [ふ]大ぶお袖がふころびた。 どこでかおたわむれのすじがあつたナ (三ウ) [ろ]なにこりやアかつらやに用があつて今よし町を通つたら。一文字屋のおせんめが。よびこむからちよつとよつたら今吉めがきてイヤアがつて何ンだか気なしにくるやアがつた。 アイツも此頃おきうの吉と色事だといふうはさだ [ふ]アノ馬道のおせんがなぜよし町へみせをだしたか [ろ]ウゝあいつもおつつけ三十にならふが。またうつくしいやつだよ [ふ]ヤ今吉めは此頃橘町へきたといつけがまたよし町へこしたかな [ろ]やつぱりどうぼう町にゐるとさ 又深川へ帰るといつけ。 (四オ) あいつもよく方/\へすをかへるやつじやねいか [ふ]あいつが馬道にゐる時分よんだまんまだ。 やはりよし原にゐるほうがよからふに [ろ]なによし原もいかぬのさ。 あいつも深川にゐる時のげんきは今じやア(@)さらになしさ [ふ]そふだらふ。 しかしあいつがおもひ付とやらで。此橘町のげいしやどもが。きやうげんをするそふだ。 せんどもみたのやしきとやらで。ニツてう/\をしたげなが。おるいはぬれがみ。およねははなれこまで。ふたりともあてたそふだ [ろ]ヤそれにつけておらアおとよにきれ文をやつてしまつた (四ウ) [ふ]そりやなぜ [ろ]此頃とこのやらうめにかころびやアがつたといふ事だ。 それじやアとふもぐわいふんかわるい [ふ]なに。そりやうそだらう。 よくきいて見たがいゝ。 そしてそのきれ文の返事はなんといつてよこした [ろ]きゝな とんだふといあまめさ。 きられるおぼへはない。ころしてしまへの。気がちがつたかのと。小むつかしいだら/\。文よ。 めんどうだから半分もよんじやア見ねい。 それにきゝねい。 こびき町のおとみめが此頃はどうもならねい。 せんどもおれがわづらつたら。きやくをやめて引こして。 (五オ) 十四五日かんびやうしたが。まいばん三どつゝ水をあびて。七日がうちしほだちでよるひるねずについてゐたが。大ていきついやつじやアねい。 それにとんだきぜんなやつよ。 ヤこんな事アむだ。 それといへば十日迄に二十両ないとならねい事があるが。五両でもあてがねい。 なんと本ざいもく町の金かしはどふだらふな。 もふかすめいかしらぬ [ふ]あいつも永沙でこりはてたものを。なにかすものだ。 ぬしやきり山がむすこと心やすいしやねいか [ろ]何あいつもいかぬよ (五ウ) [ふ]ハテそりやテこまつたものだ [ろ]けちな。 てきねい時は出来ねいものだ。 此頃はとみやむじん斗リつけてゐる。 きゝねい 第六天のとみも十四五まい付ケておいたが。今よつてみて来たが花へても出てゐねい。 とふそ一くめんしてみて下さい。 こんなにこまつた事アねい。 トいゝながらきせるたばこ入をしまひ立んとする [ふ]もふおそい とまらつしやいナ。 ちつとはなしたい事もあるから [ろ]いんや。 今夜はかへらにやちつとすまない事がありやす (六オ) トいひなから立帰る。 上野のかねかごん引/\ [ふ]こぞうサアねろよ [こそう]だんなおとこをとりましやう 第二 おとよが嫉妬{しつと} 浜の真砂{まさご}げいしやの中にも。神田のおかね。中村お国。平松町の文字たみなんどは。そのわざのよきのみなれとも。わざと心とやうしよくと。三ツびやうしそろふたるそのなもたかき花たちばな。橘町になにしあふ弁天おとよときこへしは。 (六ウ) 飛燕{ひゑん}があいきやう貴@が媚{こび}。ぐしがふうぞく西施{せいし}。やうき わがてうのそのむかし。小町衣通{そとをり}女三ンの宮あま津おとめのすがたにも。おさ/\おとらぬやうしよくなれば。もつたいなくもいめうして弁天おとよと名にたかし。 されは町方やしきをわかたず。くしのはを引さしきのかず/\。 猶いやましのおとよが心。うじうがきれ文きにかゝり。なんでもあふてこのうらみ。なんといわふやこういわふと。心みだるゝうきおもひ。 此夜のざしきはことさらに。ぐんじ兵衛一藤太与三左ヱ門。おんどゝいふ。 (七オ) すこびたる一座なりしが。中になまぎゝ。半か組{くみ}。いやみぞろひのさどうの文南酒たけなわにおよべるおりから [文南]コレ/\おとよ先生。きこうの手の。ほりものをすことはいけんいたしたい [豊]イゝヱわたしらが手にやア。そんなものはついぞおぼへがありやせぬ <トなにもなきほうの手をまくつてみせる中そゝにしてゆきをあざむくさもこまやかなるはだゑのしろたゑ> [文南]そつちの手を <トみにかゝる おとよはさま/\みせぬこなし みな/\たかつて> むりむたいにまくりみれば。たつ筆に二世も三世も露時雨{ろじう}女房{ぼう} [文南]さてこそ/\。 とんだ大キなほり物だ。 これをほるときやアさぞいたかつたらう。 ふた事もあるものた。 (七ウ) 木挽町のおとみが手にも。やつはり露時雨{ろじう}とほつてゐたがよもや。そのろじうてはあるまいさ [軍次兵ヱ]ろしうとほるが。はやるもしれない。 [一藤太]おとみとはせんどこびき丁のはらでアノみた娘か [文南]それ/\ あれはもと。佐〃木幸八といふ。さみせんひきの娘だが。中ばしからしばまでの。女げいしやのとう/\だ [与三左ヱ門]ろじうとは。かのひやうばんのいろおとこか [文南]さやうさ。 ほんににくいほどいゝ男さ。 第いちはなすじ目のうちすゞしく。くちびりうすくいろしろく。まるがほてなし。 (八オ) うりざねでなしほんにうのけでついたほども。いゝぶんなしのいろおとこさ。 それに。いきななり斗リしてあるくから。江戸中て今助六と。ひやうばんのたわらでござる [与三左]文南しはよくなんでも。あなをしつてゐ給ふことかな [文南]なんでもわたしがしらぬ事は。大方はござりませぬ。 おきゝなさいそのろじうと。おとみがとんだいろごとだね。 指{いび}きり。かみきり血酒{ちさけ}。日{ひ}きせう。 モウらんちきさはきといふ事さ。 それだからろじうもぐつとのぼりやアがつてにようほうにひきつりこむそのつもりにした所を。 (八ウ) ろじうがうしみのおばとやらが。もつてのほかふしやうちだげな。 それでおとみめが。此頃にかけこむといつてさわぐけな トきくよりおとよはかみさか立。身におぼへないむりいひかけて。 おとみにみかへてきれ文かだまされしかさんねんなと。 年ふれは石となるくすのきのとこばしらへひばちの火ばしさか手ににきり ヱゝくちおしいとはぎりなせば くだんの火ばしはくすの木の石のはしらへ八寸ばかりさしとをしける。 (九オ) そのありさま。みる人おもわずそつとせしがおとよはたちまち気はきやうらん。 きやうそうかはつてずつくと立すみ烈〃{れつ/\}とおこつたるごふくわの火ばちをふり上ケて。そばにしやれゐる文なんに。たまりもあらずなげつくれば。火ばちはあたまにかふせられ。何かはしらずまつくらやみ。 それはいは雪ににてとんでさんらんし。人はまつしろになつて這{はつ}てはいかいすといへり。 いかに文南はさぞくるしくや思ふらん。 これやちやばんの火ばちのはけ物。 両ごくにほしき男也。 (九ウ) 一藤太はしゆれんのはやなはおとよがこ手を高手にからけかごへおしこみ橘町へ。そう/\おくりかへしけり。 それよりおとよしよくじもたへて。二三日打ふせしが。二世の男をねとられし。そのあだ人にそわせじと。いのる心もわれながら。げにあさましやはつかしや。 アラ物うしの時参り。恋とうらみとねたましと三ツのかなわにらうそくの。もゆるほむらもむなかけの。かゞみにみちはてらせども。心はくらき川。もしつたひ。 水ひやうぼうと物すごくそらふく風もたゞならぬ。 たゞのやくしにならびたる。 (十オ) 秋葉のみやのしん/\と。しける一ト木の神{しん}ほくに石をひらふてうつ釘の。おとちやう/\とこたま(@)すれば。おもわず耳{みゝ}を打おゝふ。 さすが女のあどゝなさも。恋にはつのりいちねんりき。 一七夜がその間。木にうつくぎも人につうじおとみはまいよ物のけに。せめなやまさるくつうのありさま ふしぎなりける事ともとかや 第三 まつさきの狐 上がた店のむすこ雷義{らいぎ}といへるできぼし臥猪庵{ふすいあん}におとづるゝ (十ウ) [らいき]どふじや先生。 けざは早ふおきさんしたノ [ふすい]コレハらいぎしか 今おかへりがけだな [らい]イヤ/\うちからわざ/\きたのじや [ふ]それにしてはとんだお早。 シテ此ごろのおたのしみは [らい]気をかへてげいこじやわい。 それについてちとちゑを。からねばならぬわけといつは。アノおとみめろが事じや。 わしやゑらふほれたさかいに。なんとくどいておくれんか [ふ]いつぞあつたらはなしてみやしやう [らい]イヤぜんはいそげじや ハテじきにやつてこましたい [ふ]ソレヤアあんまりきうなこつた。 そふならよびにやりなさい。 したがあいつもはやるやつだからよびにやつてもいればいゝが (十一オ) ト云なからうらの文づかいをよんでおとみをきうによびにやる [らい]此広いお江戸じやが。またおとみほどゑらいやつも。とんとこちやみあたらぬ。 どふおもふてもこちや女郎(@)より。げいこがてつつりとするやうだ [ふ]わたしもげいしやはすきだけれど。心いきは女郎より。もつとわるいもんでござりいす。 それにきやくと一ツになつていかものぐひをしてしやれる所をみると。ぐつとあいそがつきる [らい]いつぞきこふとおもふたが女けいしやはなせ客{ぎゃく}よりも船頭{せんどう}を大じにしをるな [ふ]深川げいしやなぞとちがつて。江戸げいしやは。 (十一ウ) せんどうににくまれると。いろ/\の。あたをするゆへの事さ [らい]時におみつがあにめはくつきりとしたよい男じやはい [ふ]何アリヤアあいつがていしさ [らい]テモあにさん/\といひくさつてじや [ふ]げいしやのあにさんは大かたていしさ <トはなすうちおとみおさか来る> [ふ]サア/\さきから待かねた。 さぞくつさめがてたらふ たいていわるくいつていた。こつちやアない [おとみ]なにそれでも大きにいそいでめいりやした。 のふおさかさん [おさか]アイあんまりいそいできたいへい゛つそのぼせやすよ。 それにかつさんがきて。又れいの芝居ばなしで。ほんにしれツとうござりやした [とみ]それたが勝さんは気のいゝ人さ。 いつそや向じまてヤレ八さんかけんかの時も。 (十二オ) 三味せんや何かのせわをしてほんによくきのつく人さ [ふ]コレそつちのはなしはかりせずと。ちつとこつちへもはなしをまはしてくれろ。 時にらいきさん一ツのんでまいりやせう [らい]それもよごさんしよ [とみ]お坂さんさみせんをとつてきてくんな [ふ]さみせんはむだゞそへ。 それより酒にしや [とみ]夕ヘあか坂のおやしきて。夜明るまでのんでいやした [ふ]外の所でのんだ酒を。何こつちでしるものか。 なんでもけふはのませにやアならぬ ナアらいきさん [らい]いやであらふとけふは一ツ。すごして下んせ たのむぞへ [ふ]コレ小ぞう。かんができたら持ツてきや <小そうてうしをもつてくる> サアらいぎさんこつぷにしやせう。 これで一ツのんでまはすよ (十二ウ) [らい]コレなんにもさかながないそへ [ふ]さかなはさきで上やせう むめほしてももつてきや サアおとみほうさしやせう。 一ツのんでらいきさんへあけや [とみ]アコレでかへ [ふ]何そのやうにきもをつぶす事はない のむ所じやのむたらう [とみ]アノそんならたへやせう [さか]おとみさん。またのみなさつたらあたるによ [ふ]又おさかがそばからそれがてうしのさしで口。 トレおれかつきやせう <トつく おとみのんて> [とみ]らいきさん上ケやせう [らい]こりや一ツたべずはなるまい [さか]わたしがおしやくをいたしやせう <トつぐ らいきのんでおさかへさす> [さか]わつちやねつからたべやせぬ [らい]それても半分のまんせ [とみ]モウあの子はのむといつそねて斗ツリいやすによ [ふ]コリヤアおもしろい。 (十三オ) さみせんひかずといゝからサア一ツのみや [さか]そんなら半分たへやせう トのんで臥猪{ふすい}へさす [ふ]チトおさへませう [さか]コリヤむりたね。 そんなららいきさんおあいをおたのみ申やせう [らい]お手もとゝいひたい所じや [さか]モウおがみやす [ふ]こりやアほんにあんまりさかながない。 小ぞう角の酒やへいつてちよつとたまごをとつてきや [とみ]玉こをたべたらしかたがござりやすまい [ふ]そつちやアしかたもあらふかおれかしかたがあるまい。 しかしおさかぼうがのむとねるといふがちつとたのしみた [さか]<わらいなから> いつそもふめが。とろ/\してきやしたよ [ふ]おきやアかれ [らい]なんと先生モウおいでんか [とみ]どこへいくのたへ (十三ウ) [ふ]まつさきサ [とみ]また狐は出やすかね [さか]アノ犬がおかしいね [らい]おさかぼうおあいをのむから。先生へあげておさめとし給へ <トのでお坂へさす> [さか]てじやくにいたしやせう [ふ]それでも半分 [さか]コレこらうしやせ半分たべやす <トのんで先生へさす> [ふ]一ツうけて どふかおれ斗リのんでゐるやうだ [らい]まだおとみぼうはねつからあからぬ [ふ]イゝヱおとみほうにやアはなしかあるからけふはのまされやせぬ。 モウこれでお納やせう。 時に小ぞう舟はどうだ [こそう]さつきからまちておりやす [ふ]そんなららいきさんサァまいりやせう <トみな/\ふねにのる> [舟頭]おとみさんお久しうこざりやす [とみ]たれかとおもつたらくわなやの人だの。 (十四オ) おばさんはおかはりもねいかへ。 ホンニせんどのしほばまのまんまたね [ふ]おとみあんまりかゞみすぎるぞへ [とみ]又わる口ばつかり ちつとさみせんを出しやしやう <とおとみはいつしよにかすみの歌を引 ほどなくたゞのやくしの前へくるとおとみ引かけしさみせんをやめて。にはかにくるしみけしきなる> [ふ]おとみほうどうした <トみな/\おとろく 此内に舟すきぬればよう/\と心づいて> [とみ]わつちやどふしやしたつたへ もし向はたしかやくしさんでなアノとなりのもりは。なにさんでござりやすへ [ふ]あれは秋葉さ [とみ]アノもりをみると。おもはずぞつとしやしたが。ほんにこはい所たね [ふ]何こはい所だろふ。 春さきはたいていにきやかなこつちやない <とはなすうちふねはまつさきへつく 皆〃船より上る> [らい]まづいなりへまいつてこやう [ふ]おまへはおさかほうをつれて。まいつてきなさい わたしやおとみほうとはなしかあるから。 (十四ウ) はつたやに待ていやす <トらいきはおさかつれいなりへまいる ふすいはおとみはつたやのにかいへあかる> [とみ]モシいゝみはらしたね [ふ]おとみよふかある こゝへきや [とみ]わらいながら なんたへばからしい [ふ]ばからしい事でもなんでもねい。 はなしといふはアノらいきか事だ [とみ]らいぎさんかどふしやしたへ [ふ]あいつかてもなくほれてゐるのた。 くどいてくれろとうるさくたのむ。 それゆへけふこゝへきたのた。 定ていやでもあらふけれど。ハテほれたかほさへすれば。てまへのためにもなる事だ [とみ]それたとつてばからしい。 いやだと思つてそんな事かなるものてござりやすか。 そしてマアよくつもつてもこらうしやし。 (十五オ) とうわたしかハテそんな事かなるものでこさりやす [ふ]手まへのいふのも尤だか。ハテ手まへのないしよのわけもしつてゐる。 おれかこふいふもわかるまいか。こゝをよくきいてくりや。 ろしうはともたち。れいきはついとり。 とつちのひいきといふ時は。ろしうかひいきならしやしない。 ひつきやうこういふも。つまる所はろじうかためた [とみ]なせ又ろじうさんのためになるへ [ふ]あれかおとよにきれにくい。ないしよのわけをしつてゐるか。 [とみ]なる程ろしうさんのはなしではきゝやしたか。なにかきれるにもきれにくい。むつかしい事か。あると。いひなさつたかその事かへ [ふ]サそのわけといふは此まへろじうか内を出た時にやげんほりに店をもつて。 (十六オ) ゐるうちの何やかは。みんなおとよがすごしておいた。 それに手まへもしつての通り。ろじうがすきなアノなぐさみ。 その時分は。わけてあれもしあわせわるく。おとよがきものやあたまのものまで。みんなあつめて一時に。廿両といふものかりた。 今切るにはそのかねを返さねば男がたゝぬ。それでろしうもこのごろは。いろ/\とくめんすれと廿両のことはおいて。十両もできぬそふた。 なんとてまへらいきをたまして。金をかりてろじうへわたしおとよへかへさせ。さつはりときらせたくはおもはぬか [とみ]さあきらせたさはきらせたけれど [ふ]サそこだによつてとくしんしや (十六オ) [とみ]らいぎさんをだましてもかへ。 それでもどふもそんな事は [ふ]ならぬといへばおとよはきられぬ。 それではろじうへまことがたゝぬよ [とみ]サそれは [ふ]いやならばいやといや <トおとみしはらくしあんして> [とみ]そふいふ事なら [ふ]どふともするのか <トいふ所へはしごばた/\らいぎおさか上りくる> 臥猪次のまへ出て とふたらいぎしなんぞうつくしいものでもこなんだかノ [らい]おさかぼうがきつねをみたで。それでゑらうひまどつた。 時に内〃のやうすはの。 [ふ]ハテ先生がする事だ。 しよさいがあつてたまるものか [らい]ヱゝありがたい とおがむ <此うちおとみはおくざしきより立出てらいきに向ひ> [とみ]らいぎさん。だいぶおそかつたね。なんぞおもしろい事てもあつたもしれぬ <トすこしやくきみ> [らい] 何犬ときつねをみてきたばかりじや [ふ]サ一ツたべやせう <ト手を打 女来る> ヤはやくなんぞもつてきやれ 一ツのみたい [女]かしこまりました <いり内吸物てうしすゝりぶたいろ/\と持はこぶ> [らい]なんとこゝのげいしやでも。又よびにやろふかな [ふ]なにむたゝよしたがいゝ [とみ]おさかさんさみせんを <トいふ内おさかさみせんをとつてくる てうしをたかくたちきを引> 此うち酒事しばし先生立ておくのさしきへ行おとみを。呼 同しく立て行ク [ふ]さつきいつた通りらいぎをこゝへよこすからいゝよふにあわせておきや [とみ]それてもとんだあんまりきうたね [ふ]ハテけふあうといふこつちやアなし。口さきでれいのちよ/\らさ [とみ]そんならマアとふともしやせう [ふ]よこすぞよ と <又こちらのざしきへ来て> (十七オ) らいきしちよとあそこへおいで [らい]いきはいかふが何ンじやいの [ふ]なんてもマァはやくいきなさい <らいぎうれしけに立ておくへゆく。 おとみはおくのすみにうつむいてゐる> [らい]なんのこつちやしらん あそこへいねといふからきたのにあほうらしい <トひとりこといふ> [とよ]もしちよとこゝへおいでなんし [らい]何ンじやナ [とみ]さつきから段〃先生さんのおはなしてきゝやしたが。ほんの事でそふおつしやいすかヱ。 わたしどもがやうなものをそふおつしやるはつがございせぬ。 おたましなんすでごさりやしやう [らい]たますとはあきないめうり。 夷大黒かけ奉り。わしやとふから先生を。大ていたのんたこつちやないわい。 さだめておきにやいるまいが。心の内で手をあわする [とみ]こふもうしいすうへからは。こつちにうそはこざりやせぬか。 (十八オ) おまへちやにしておくんなんすなへ [らい]そふおもふて下んす事なら。とんなしんぢうてもしてみせませう [とみ]ほんにかへ と <いだきつくひようしに> [さか]おとみさん/\ <トよふ> [とみ]よびやす あの子は口のわるい子だから。こんな事がひよつとしれると。たいていわるくいふこつちやござりやせぬ <トゆかんとする むりにすそをひきとめて> [らい]コレまだはなしたい事かあるはい [とみ]アレたれかきやすといふに <トふりきつてさしきへゆく らいきもまぬけたつらつきにて跡よりさしきへ出くる> [ふ]なんとらいぎしあんまりおそくなつたなら内かわるくはないかへ [らい]たとへわるしとも大じないのさ [とみ]何それじやわるふござりやす サアモウおかへりなされやし [らい]モ一ツのんでいにませう <ト手をたゝき女をよぶ> なんそさかなをもつてき給へ (十八オ) <トいふよりもれいのなめし。でんかく。大ひらちやわんもりのるいをいろ/\もつてくる らいぎはけしきとつて何もくわす。 先生はむしやうにうちくらふ らいきはおとみかくいかけの汁をとつてこれをうまそふにすいした打しなからわかくいさしのしるをおとみかせんのうへにおく ほとみはこれをかつてくわす> [らい]おとみほうはなせしるをたべやらぬ [とみ]わつちや。むしけてしるはきらいさ [らい]そんなら。此平をくふてたも。 <ト又わかくひかけのしらをおとみかひらととりかへる おとみこれをさらにくわす> [らい]そのうちでなんなと一しなくふて下され [とみ]みんなわつちかきらいな物たよ [らい]それてもその松たけはくふたらう [とみ]何それもなまのでなけりやアたへやせぬ <先生にこ/\わらふ> [らい]そして手前は何かすきた [とみ]わつちやなんてもみんなきらいさ [らい]それても芝居はすきたらう [とみ]いゝへそれは猶きらいさ [らい]そりやうそじやらふ (十八ウ) やくしやはたれがひいきしやへ [とみ]おまへに似てゐるアノ市山伝五郎とやらか。 ほんにしみ/\すきやした [らい]その伝五郎といふはかたき役か色事しか [とみ]いろ事しでござりやす [らい]それか。わしににたといふのか [とみ]しかみひばちをわらずにそのまゝ [らい]なにやふを [とみ]イゝヱうりをニツにさ [らい]よい男かの [とみ]外にやアごさりやせぬ [らい]とふぞ市山をみたいものた ヤきけば此頃橘町のけいしや共が。狂言をするそふだ おれが此頃のこらすよんでアノ白木やをさせてみたい 役わりはさしづめ先生 [ふ]ハテおとみはおこま。 おまへは才三さ [らい]わしかにもてきやうかの [ふ]出来ねいてどふするものた。 (十九オ) なんてもかみゆひのまねをするのとおこまにたきつかれる斗リたものを。 [らい]こりやアとふそしてみたいものた 筆太夫をよんでほんまにやらかしてこまそう <トはなす所へよしわらより先生をむかひにきたり 先生は此所に名のたかきおこんとおるいをよひにやり二人のけいしやを引つれてよしわらへいそきゆく らいきはおとみおさかとともにかのほく水にふねをうかふ。 又つれ引のひんかのこえ 舟はほとなく柳はしにつく [らい]おとみほうあしたすぐによひにやるそよ [とみ]あしたもあさつてもおやしきへまいりやす とふぞあさつてのそのあしたにしておくれなんし [らい]それはちつとまちびさしいか明後ゝ日はそんならきつとしや <トこれよりらいきは舟をあかりするか丁へかへりけり (十九ウ) おとみおさかは此舟にてすぐに木挽町へかゑる> 第四おとみが手段{てくだ} よ町が亭と聞へしは。前に蒼海漫〃と総房二列を見はらして風色類まれ也けり。 雷義は此日の約束なれば。墨水玉河の友を誘ひ。此所に傲遊なす [玉河]呼にやつたは雷義子だれだ [らい]おとみさ [玉]アノ木挽丁。のか [らい]ヤそれさ [玉]あれには。つがむない色があるが。しつてゐるのか [らい]何そふいふ事はないはづじやが [玉]貴公はそんなら何ンにもしらぬな。 あれにやアとんだ咄しがあるよ [墨水]そふいふはなしをおらも聞た。 (二十オ) 弁天おとよとそのおとみと色あらそひだといふ事だ [玉]そしてゆびを切たりほり物をしたりおとみめはいつそきちがひのやうになつてさはぐげな。 其色男の名はたしかなんとかいつたつけ [墨]なんでもやげんぼりの方のものだ。 おとみがきたらば手をまくつて。ほり物をみるがいゝ <二人つれだち朱ぬりのこまげた 雪をあざむくかよわきすあしに黒びろうどの細ばなを。 さて上着には黒ちりめんに染出し紋の秋しの牡丹 ちやじゆすのうらにすそまはりは。金いとのつぼ/\ぬい 下きにニツ重しは江戸むらさきのちりめんむくに江戸づまに白あがりにあきのちぐさをそめなせりひぢりめんのながしゆばんに同し色のきりたていもし 山ぶきの紋がらのもよきどんすのはゞひろをび いはがたの丸ぐけに柳のこしをしめきる如くおさかもついのはでいしやうにてよ町かもとへ入来り> [とみ]おばさん此頃は。おとう/゛\しうござりやす [茶やノかゝ]きついおみかぎりだの さきからおきやくが待{まち}かねてだよ (二十ウ) [とみ]二かいヘ <トおさかをつれだち二かいへ上る> [墨]サァ/\まちかねた。 まつほのさしみ [とみ]いつそいそいでくるとつて。ついあそこでころびやした [玉]おらア羽をりげいしやにしたいものだ [さか]なんの事たへ わつちらア。そんな事アぞんじやせぬ [墨]サおとみさんこゝへきなさい <トらいぎがそばへよぶ。 おとみらいぎがそばへすりよる> [らい]あんまりそはへよらつしやるな しかりてかあらふぞよ [とみ]おかしな事をおつせんすな。 なんたかねつから通りやせぬ [墨]コレおとみさん。 やげんぼりからごとづけがあつたツけ [とみ]そりやおきせさんじやアございやせぬかへ [玉]いんやそんなもんでなしさ [とみ]なんたかねつからおかしいね (二十一オ) いつそ酒{さけ}にでもいたしやせう けふはなぜか雷{らい}ぎさんかねつからげんきがござりやせんね [らい]なんじやかもや/\。心もちがわるい。 あたけたいな。 いつそ酒でものんでこまそう。 <ト茶わんをとつて手じやくにくつと引かける ○おとみそのちやわんをとつて> [とみ]なんたへあんまりおゝきすきやす。 わたしが半ふんすけて上ケやせう <トらいぎかのみさしをとつておとみはんぶんほどのみ> [墨]やんやあやかりものめ ヤらいぎさんさつきの事をアレ聞て見なさんねいか [らい]コレおとみやけんほりのほうのことづけは手まへ心におぼへあらふが [とみ]アノおるいさんかへおよねさんかへ [らい]インヤそんなものしやアない [とみ]そんならおたみさんかおぎんさんかおかねさんかおまきさんか。 (二十一ウ) あの子たちよりほかに。ことづけをされるものは [らい]何女じやない。 男しやはい 手まへの手ににある男じや [とみ]わつちが手に何があるへ [らい]何があるかまくつてみさんせ [とみ]ばからしい わつちやアいやサ [墨]そんなら何かみせられぬ事があるな [とみ]なるほどほつた人もありやしたが。そりやとうにきれてしまつてさつはりとした身{み}の上さ ナフおさかさん [さか]あのこならとんだふるいのさ 今じやそふいふ事はござりやせぬ [らい]そんならこゝでけしてみや [とみ]ずいぶんけしもいたしやせうが。 わつちひとりばからしい いやさ [さか]人の身{み}斗リあらためずとらいきさんおまへの手をおみせなんし (二十二オ) [らい]さアみせましやう <トもろはだぬいて両手をぐつとあらためさすれとむねにけのあるばかりにてほり物なぞさらになし> [らい]なんとどふじやあるまいか。 きれいな物であらふがの [とみ]そんならおまへわつちが名をほつてさへおくんなんすと。わつちが手のもけしんしやう [らい]おれがほつたらこなんはけすか。 いくつでもほりたいものじや [とみ]およしなんし わつちらが名を。ほりなさつたら。外聞があるふござんせう [らい]そんな事をいわんすなら今じきにほりませう [玉]こりやアおもしろかろう。 トレわたしがほつてやりませう <トはりをとりよせほりにかゝる おとみそのはりをとつておりてすてゝ> (二十二ウ) [とみ]もふいゝかげんに。じやうだんをなさりやし。 しまいにやアこまりなんしやうぞへ [らい]そんならてまへ。けす気{き}がないの [とみ]すいぶんけしもしやせうけれど。そふはなりやせん。 こんどの事さ [墨]らいぎさん。それじやアおまへすんめいぞへ [らい]コレおとみどふあつてもそんならいやか [とみ]アイいやでごさんす <ト雷{らい}ぎむつとする> [らい]そんならけさずとまゝにせうは どふぞ手なのをみせさつしやい [とみ]みせる事もなをいやさ [らい]そんならみずとをきませう <トてれる所へ女ぼうさかなをもちきたり> [女ほう]なんだかおまへさんがたは。くぜつ斗リいつておいでなされやす ちつと御酒{しゆ}になされませぬか (二十三オ) おとみさんちつと引なさいな。 <トおとみさみせんをとりよせて。さかもりのうちうたを引。 女ほうはおくの間へふとんを持枕を置て> [女]おとみさん。ちよつとおめにかゝりやせう <トおとみをよんで> こゝにちつといてくれな <トさしきへ行らいぎがせなかをつく 雷{らい}ぎはなうたにておくのざしきへ行> [らい]おとみなんだ [とみ]けふは何ンとおもつてか。だいぶ。いろ/\の事をおつしやいすね [らい]なんとおもつてもゐやせんけれど。きけばこなんは色事があるそふな。 そんなら今迄のはみんなうそじやの だましたのじやな [とみ]なぜだへ [らい]ハテほり物もけすまいし。わしにもほらさぬからはこれうらみじやぞやおとみさん。 あるならあるとかくさずとなぜにいふでたもらぬぞ (二十三ウ) さりとはつまらぬ。むごいしかたしや <トなみだぐむ> [とみ]それほどにまでおもつてくれなんす上{うへ}からは。何マアおかくし申やしやう。 わけをおはなし申いすと。長{なが}い事てごさんすがほんにきりでばつかりしいした。 またけされぬといふわけは。此春わたしがはしかの時。いつそつまらぬ事斗リごさんして。その人のまへから。廿両かりやした それをかへしてしまわぬうちは。どふもけすにもけされやせぬ。 あそこでそのわけをはなしたくてもみんなかきいてゐなさるまへ わるくおもつておくんねんすな [らい]そふいふわけとはつゆしらすに。むり斗リいひやした そのかねわしがかすさかいでほりものけしてかねかへしさつはりときれさんせ (二十四オ) <トくわいちうより金を出し廿両おとみにわたす> [とみ]御しんせつはわすれやせぬ。 かねさへかへせばとう成とも [らい]サア金かしたうへからはほり物をけしてたも <トのつひきさせすもくさをとりよせ。手をとらまへてけすほり物 かゝるところへおさかきたり> [さか]御ぜんか出やした。 あかつてまたゆつくりとおはなしなんし [らい]今いくといふてたも <トすゆるもぐさのやけいるもろしうかためとこらゆるおとみ 一間のそとには玉河が高声> [玉]コレ/\あんまりまくかなかい。 きりおとして手をたゝく。 めしてもくつてはらへちつと。みを入てはなすがいゝ。 なにかゞさめる 早{はや}き給へ [とみ]そんならマアいつてから。後にまたはなしやせう <トおとみはむかふさしきへ (二十四ウ) らいきもあとからにこ/\出る> [墨]らいぎさんどふだわかつたかな [らい]大わかり/\ [玉]それでもほりものをけさねばすめぬぞ [らい]それもわかつたて [墨]わかつたと斗リいつてもすまぬものだ [らい]おとみその手をたさつしやいな [とみ]なんだへばからしい わつちやアしりやせぬ [玉]それみたか 何けすものだ <トゆふゆへらいぎはみせたがり色〃ときをもめともみせぬ故こらへかねて> [らい]いんやけしたよ [墨]何けしたおきやアがれ こりやアおかしい きついうそたぞ おとみさんとぶだけすきはさらになし地のぢうばこたらうが <おとみはろじうへしれようかと此事をふたりへかくしけさぬふりしてらいぎをじらす> [とみ]かあいゝおとこの名だ物を。めつたにけしちやアなりやせぬよ [玉]けされまい尤な事だ しかしそのやうに。なんぼおもつてゐなさつても。此頃ろじうは立チかへつて。毎晩{まいばん}おとよが看病{かんびやう}するげな。そのしやうこには此ころは。おまへのほうへはこめいかの <ト聞よりおとみはおどろきて> [とみ]そりやアマアほんの事かへ [玉]ほんの事くらいか薬のせわや何かをして。まいばんねずについているげな [とみ]どふしてしつておいでなんす。 それがまあほんのこつちやア [らい]ほんのこつちやどふするつもりじや [とみ]おとよさんがさぞ嬉{うれ}しうござんせふといふ事さ [さか][墨]それをきいちやアおとみさん。そふしちやアいられまいがな [とみ]なぜへ [墨]かくしなさんな よくしつてる。 何ンでもほり物をけさぬからは。 (二十六オ) 四も五もいらないろしうがかゝアた らいぎさんむだゞそへ おもひきつてしもふかいゝによ [らい]ほり物さへけしたなら。いゝぶんはあるまいがの [玉]そりやアまたしれた事さ [墨]どふしてあの子がけすものか [らい]出してみせてくりや [とみ]イゝヱわつちやアいやさ [玉]これをけせばとんた事だがらいぎさんぢやアけされまいさ <トいふゆへにらいきはいよ/\気をじらしおとみがそばへ立よつて> [らい]これおとみみせてくれねばわたしかたゝぬ [とみ]ヱゝもふわつちやアいやたといふのに <トいひながらおとみはたつ。 らいきこれを引とめて。いろ/\てをたさせんとす おとみこれみせまいと二かいの上り口までにげてゆく あとよりおつかけくるふはづみにらいきは二かいをふみはづしまつさかさまにすてんどう (二十六オ) うんとばかりに気ぜつなす こしをぬく。 茶やのふうふは大きにおどろきいしやなどよんで気つけをあたへやう/\いきをふきかへせばむりむたいにかこにのせてするか町へかへせしはきのとくながらおかしかりき 第五生{いき}たるおとよ死{しゝ}たるおとみを脳{なやます} 露時雨{ろじう}おとみがかよふかみももよりよけれは先生より。たがいにつうろなしけるか。かの先生はまつさきより。よしわらに大ながし。四五日やとへかへらねど。かゝる事とはおとみはしらずろじうかたへおくる文も。先生かたにとゞこほり。ろじうがおとみへやる文も。先生への手紙かと。るすのてつちかとゞけねは。たかいにうらむるいぶかしさ あくじせんりはふせぎがたく。 (二十六ウ) おとみとらいぎが色事と。しやくりてあればろしうはせきこみ。此ごろやる四五どの文も。用事あるのに返事もしをらす。ふしきとおもひゐたりしが。またもや外{ほか}へくされあい。 人もしつたる此ろしうが。つらをけがすかしやうわるめ。 そふいふやつとはしらずして。おとよにまできれた事はやたれしらぬものもなきに。人にわらわせはぢかゝす。 おもへばにくきアノ女 どうしてくれうさしきよたかと。 りやうこくの松{まつ}しまよりおとみをにはかによぶつかひに。もしざしきへ出{で}おつたら。いつたさきまできいてこいとせいてやる人はやたちかゑり。 (二十七オ) おとみはよ町に。きやくはらいぎと。きくよりろじうはこゝろならず。じきによ町へふみこんで。ことのしつをたゞさんと。いそいてわたる。きやうばしを。ふたりづれでたかばなし [玉]アノおとみめは。なんとほんにほりものをけしたらうかの [墨]ハテかゝアめかとこをまわして。らいぎとおとみをよびひやアかつて。うすぐらいひとまのかたすみ。 (二十七ウ) びやうぶをくつとひきまわし。物おとたゑてしめやかに。ほりものをけすもぐさのにほひ なんでもあいつは。きまつたにちがひはないがそのばちで。ちわがこうじて二かいから。ころがりおちたアノざまはおかしかつたじやアなかつたか トはなしきくよりろじうはせきこみ。あゆむともなくぎんざ町。みぎへまわればゆみ町のづる打やが向かど。 おとみはよ町を立出しがらいぎがつれの<しやくりしを女心にまことゝ心へこれほどおもふ心にみかへまたもおとよに立かへるろしうがあくしやううらめしく。 (二十八オ) かほでしらする心のしつと ろしうをみれどつんとしてものをもいわず。行すぐる> [ろしう]コレまておとみ と <こへかくれどひぞつてみせるはなうたあしらひ> [ろ]うぬ此頃いろごとが。出来たとおもつて。あいそのつきたそのつらアうぬなんだ [とみ]ヱゝこつちてあいそがつきたはな。 いけあつかましい。 そりやアわつちにいふのじやあるまい おとよさんとのかどちがへかへ [ろ]こいつはいわせればとほうもねい。 うなアそれがおれがまへで。ぬかされる事か。 それに今きけば。うぬほり物までけしやアがつたな [とみ]けさないでどふする物だな。 うそしやアねい これみてくんな (二十八ウ) <トけしたほり物をはらたちまきれにまくつてみせる もとより一てつたんりよのろじうおとみがもとゝりひつつかみこほりのやいばぬきはなしわきはらから胸{むな}もとまでくつとつつこむ一トゑぐり。 おとみはくるしきいきをつき> [とみ]ヱゝうらめしいろじうさん。 きけば此ごろおとよさんに。又たちかへるしやうわるの。 じやまになるゆへころすのか。 しぬる命はおしまねど。たまされたが口おしい。 そふいふむごい心もしらず。あけくれこがるゝむねのうち。 先生さんのはなしには。にわかにおまへの身のうへも金のいる事があつて。くろうさんすと聞たゆへ。らいぎさんをだましてから。廿両かりとつたそのきりづめにほり物まで。けすもおまへに心ン中の。心も身をもけかさねど。女の身にはづかしいおそろしいだまし事。 (二十九オ) そのばちゆへに此しにやう ぬしにまかせた此命。お手にかゝつてしぬ身は。うれしいといひながら。ひとりの母のゆくすへのたよりにおもふそのおまへが心かかはつてころすとは。おまへはおにかろじうさん。 たゞうらめしいはおとよさん。 心にかゝるはひとりの母うへ。わたしがしんだそのあとでたれをちからにうき月日。なきしにゝしになんす。そのかいほうのしに水をとるこのわたしがさきだつて。なげきをかけるふこうのつみ。ゆるさせ給へはゝうへ様 と南無{なむ}あみだ仏も四句{く}八句。 しゞうをきいてろじうはおどろき。 そふとはしらずはやまつたか。くちおしやざんねんや。 (二十九ウ) 人のしやくりとまちがひとで。むざんにそなたをさしころし。何めんぼくになからやう。 アレ町内イは十えはたへ。のがれかたなき此ばのしき死出{しで}三津をもともなわんと おとみをつらぬく刃{やいば}にてはら十もんしにかききつて。たがいにひしといたき合ヒ。おとみはにつと打わらふかほもつほみの花の色 二八の春もまたすしてちりてむなしく成にけり。 おとよはかくと聞よりも前后正たいなかりしがやう/\と心づき二世まてちかふ恋中をねとりしのみか心中とはみなおとみめがなすしわさ 口をしやうらめしやと。ふししづみたるやまふの床。 おとみが母は悲たんの。なみだ気{き}もさかのほつて狂乱{きやうらん}し。 (三十オ) 小石をひろふてたもとにあつめ相引ばしよりまつさかしまにそこのもくすと成にけり。 おさかはしんみの兄弟{きやうだい}にわかれしよりも猶かなしく。おとみかしかいをほうむりてなみたのしるし七{なゝ}そとは。 七日/\のとひともらひもこゝに一ツの怪談{くわいだん}あり 時うしみつる頃おいに。夜{よ}な/\もゆるおとみがはかはら。 陰火{いんくわ}の中にわゝたる泣声{なきごへ}。 しうそうこれをしつめんとあらゆる法をしゆしけれど。さらに此ことやまざりし。 此寺のけいだいに。よをのがれすむらう人あり かのなき声{こへ}のいふかしく。しさいそあらんとうかゝへば。風嫋々{じやく/\}と物すこくめざすもしらぬしんのやみ。 (三十ウ) 手まりほどなる一ツの丸き火{ひ}。橘{たちばな}町のそらよりとひ来て。おとみがつかにおちるとみへしが。陰{いん}くわたちまちもへあかる。 中におとみがそのすがたかげのことくにあらわれてさも切〃{せつ/\}たるこわねにて あらおそろしのおとよさん。ゆるし給へゆるしてと。おめきくるしみなきさけぶ。 らうにんとくと見すまして。来国光{らいくにみつ}を引ツこぬき。まつこうにさしかさしておとみをなやます心ンくわの玉を。まつニツにきりくだけば。左右{さゆう}へ。はつとぞきへにけり。 青{あを}きほのほももへやみて。おとみとみへし六角{かく}の一ト木{き}のそとばと成にけり。 (三十一オ) くわい力{りよく}乱神{らんしん}はかたらじとらうにんふかくもこれをかくし。かつて此さたせざりしとや 此夜はおとよもとりわけて。ものくるわしくみへけるか。もだへつかれし苦脳{くのう}のひまか。せうたいもなく打ふしぬ。 ともにつかれしかんびやうの人もいねむる牛{うし}のこく。 くさ木もしつむをりからに。おとよがわつとさけびし一ト声{こへ}。みな/\おどろきめをさます。 心ならずも母おやは。コレおとようなされてか。きをつきやいのとゆりおこせどなんのいらへもあらいぶしぐ。 いたきおこせばいきたへてこほりのごとくひへわたる 母はおとよがみゝにくちおとよいノフとよびいくれど。 (三十一ウ) はるかにへだつしやばめいど。 二十の坂もまだこへで。無常の秋の夕しぐれ。 しるもしらぬもきゝつたへしほらぬ袖ぞなかりけり。 さればおとよが一ねんのしんくわとなつておとみがはかを。なやませしそのしやうこは。彼浪人の一刀に。くだんのしんくわをきりける時にアツト一トこへさけびしが。そのまゝおとよがいきたへしも。ふしきの中の。ふしきといふへし。 もとよりしゝたるしうねんのいきたるひとをなやませし。たぐひは古今におほけれど。いきたるひとの一ねんの。 (三十二オ) しゝたる人をなやませし。ぜんだいみもんのありさまを。一睡に夢{ゆめみ}ければそのあらましをしるし侍る 天明七ツのとし さつき 妓者虎の巻終 ------------------------------------------------------------------------------ 注 ・四ウ7 @→大成では「ア」とされているが、不明確。 ・七オ1 @=女×巴 ・十ウ2 @→「こ」が不明確。「たますれば」か。 ・11ウ5 @→「女。郎」と思われる読点が見られる。