假字名稱考

假字といふ語の意義につきては、古來種々の説あり。平田篤胤は古史徴開題記春の 卷十五葉ウラに左の如くいへり。
此を假名(カリナ)と云る義は、音の印を假に書て、象形の字の眞に、其物の形を畫たる字に對したる 稱なるべし。
(注) 今世に用ふる假字は、漢字を借りて書る故に、それに心を引れて、假に漢字を用ふる故 に、假字といふなど思はむは、未しき事ぞかし。
さて字を那といふ義は名なり、名とは師説の如く業の省言にて、事物に負たる符印をいふ 言と聞ゆるを、字をも名と云は、事にまれ物にまれ、此は葉の事、其は此の事と知るべき料に 作れる 故ならん。
(注)又按に、成の略語にて、事を成す由か、皇國に本より字の無らむには、唯々漢語のまゝに 字と云て、那といふ訓のあるべくもあらず、云々
かゝれば眞字と云も、象形の字をいふ本よりの古言なりけむを、漢字を専に用ふる世とな りて、彼は字、ことに義ありて、音の符と製れる神世の假字と異なるもの故に、彼をいふ稱と はなり にけむ。
伴信友は其著假字本末上巻の上二葉オモテにいはく、
かくて今つら/\考ふるに、漢字を召とりて、用ひたまへる世となりて後、なべての事は、漢 文ざまに書て其の意を達し、歌祝詞詔詞などの如き、言辭を主とする方には、もはら字音を かり用ひて書連らね、まれ/\には字訓を借り交へたるもありぬべし、これすなはち假字 なり。
といひ、次で字の名義に就きては藤原長親卿の倭片假名反切義解の文を ひきて、
字名義即物名也
といひ、何にまれ物の名を記す義なりと解釋せり。

其の他種々の説はあるらむも、畢竟文字の事を古より那といひしといふ説と、字の義 を和訓に名と讀み、假字をかりなと讀みたりといふ説とに外ならず。然れども予輩 より見れば、兩者ともに心ゆかざる説なるが如し。第一我國にて文字の事を那とい ひしといふも、其の古例は何處に求むべきか。例として假字眞字の二語を擧ぐるは、 これ説明せらるべき所の者を以て、説明する材料とする者にあらずや。又第二に字 を名とよみたりといふ説も、従ひがたきに似たり。如何となれば、文字の義なる字 の語を、人の名・物の名・所の名などいふ名の訓にて解せしこと、稍不可思議の命名法な ればなり。

是に於てか、予は試に一箇の臆説を呈出して、大方諸君子の高見を窺はんと欲す。そ はこの假名の語は、和語にあらずして梵語ならんとの考案これなり。勿論予の不學 無識といひ、且又梵語の支那に入り、梵語學の支那に輸入せられしより以後、數百年を 經たる今日に於て、殊に此等學問の支那のみか、我邦にても發達せざりし事蹟を知る 今日に於て、予は合理的に此の臆説を證明し得るだけの準備を爲しあたはざるを認 むるものなり、否少くとも予に取りては其の準備の難かりしを告白するものなり。 諸君子幸に先づ之を諒せよ。

さて予の臆説に従へば、假字とはもと梵語のカラナよりいでて、音或は音字といへる 義を有せるものにて、今日普通に梵語學上に用ゐるカラナといふ語と、同一語原に屬 するものなり。「モニ・ウィリヤム」氏梵英大辭典二百五葉にいはく、

Karana ; pronunciation ; articulation ; (in grammar) the term used in designating a sound or word when referring to it as an independent part of speech or as seperated from its context.
かの五十音図が、其の起源に關して種々の説あるにもかゝはらず、全く悉曇音韻組織 法、文字配等表に基きしものたるを信ずる予輩にありては、此等音圖に關係ありし當 時の學者等が、同時に亦梵語學者より此の音圖の上にあらはれたる文字の名稱を、梵 音にてカラナと命名したりと信ずるに躊躇せざるなり。而して其の學者等が原音 を寫すには、音にも義にも最も近き、假名或は假字の字を宛てたるなるべしと信ず。 かくの如くにして字の字が、名と相通の點より借用せられたる、單の音的萬葉假字に 過ぎざること、判然すべきなり。

殊に又古來假名の語の用法を検し來れば、これは單に平假字片假字の如き略字のみ に適用せられたるにはあらで、所謂眞字なる者にも、其の音だけを代表する場合には 適用せられたるが如し。即ち萬葉假名と稱するは、萬葉集中にある「フォネチック」用法に かゝる眞字を總稱せるが如し。

されば予の臆説は、カラナとは始め音標文字の義を有し、支那字たりとも、音標的なり しものには、この名稱を適用したりしを、我邦にては「カタカナ」「ヒラカナ」の發達ありし と共に、終に其の名稱は此の略漢字的音標文字の專用する所となりしならむといふ にあり。

或る論者は眞字の語を以て、假字の語より以前にありしが如く論ずれども、予輩は決 して之を信ぜざるなり。文學上其の證左あらば示さるべし。予輩は此の語が假字 に對する類推(アナロジー)の上より、後の人によりて考へ出されたる名稱たるを、公言 するに憚らざるものなり。