辭書といひ、文典といひ、國文教科書といひ、其の出版は、年一年と増加せり。然れども、 此等は、大抵古人の糟粕を舐むるに止るか、しからざれば、西洋人の著書を摸倣し若く は其の學説を換骨脱胎したるに止り、能く國語の歴史を研究し、國語學上の沿革に鑑 み、廣く蒐集し、精く討査したるものにはあらず。況んや、理想的に、國語學上の問題を 解釋せんと試むる者に至りては、其の數極めて蓼々たりと謂はざるべからず。しか も、稀に其の人あり、其の説あれば、其の人は、即ち新奇に趁るの人、其の説は、即ち邪 説妄論なりと、一概に擯斥し去られざるはなし。
試に之を徳川氏時代の國語學史に於ける語源論に見よ。我が國語の語源は、如何に 研究せられたるか。貞徳益軒等が唱へたりし語源常感説。白石が執れる歴史的語 源研究法。成章が説きたる一元分殊論。或は篤胤,守部,殘夢,元盛等が種々に解釋を 試みたる一音一義説。若くは鈴木朖が音聲考、物集高世が辭格考等に主張せる言論 のオノマトポエチック説。此等は、皆それ/\一種異様の光彩を、語學史上に放てるも のにあらずや。就中朖が所説の如き、歐洲の言語學者より先に、其の名案を説き出し たる観あるにあらずや。而して、明治盛世の國語界は、此の語源論上に於て、果して幾 何の進歩をかなせる。誰か前數氏に凌駕したる説を唱道せる者ぞ。大學の教授、師 範學校の教授、國學院の講師、學士會院の碩學、國文國語界の諸先生にして、誰か進んで 此上に解釋を試みたる。悲いかな。
然るに、今や大矢君あり。敢て世人の試みざる此の問題を、こゝに解釋せんと試みら る。壮なりと謂ふべし。君は、越後の人、夙に篤學を以て鳴る。茲に國語溯源を著し て、言語の起源、活用の原理、係結法の起れる所以、形状言の語尾の本義等を明らめ、進ん で、之を公にして、其の説を世間に問はれんとす。而して、氏は、洋學者にあらず。有名 なる大家の弟子にもあらず。たゞ、日夜斯學研鑽の餘、深く思を、國語構成上の原理に 潜め、幾多惨憺たる經營の後、遂に此の著あるに至りしものなり。誠に此の書は、日本 人が、獨立せる工夫に基きしものにして、言語學が我國に輸入せられし迄の日本の國 語界に、出色の著述なりと評するも、決して不當にあらざるべし。
余は言語學を修めたるもの、多くの點に於て氏の所説と見解を異にせざるを得ず。 然れども、これ固と學説上當然たる事に屬し、余が此の著に對して、充分の敬意を表す るに、聊かの關係あるべきものにあらず。
今や、大矢君は臺湾總督府の招きに悠じて、力を國語教授の上に致さるゝよし。願は くは、此の書を著したる熱心と、學識とを以て、速に、該島に於ける國語教授法を一變せ られん事を。明治の國語學者が、徳川氏時代の國語學者に對して、獨り誇り得べきは、 新領地に我が神聖なる國語を扶植し得る名譽を享有したるにあり。而して、國語溯 源を以て、現代諸先生の到らざる所を補ひたる大矢君は、臺湾の國語教授法上に於て、 亦本國諸先生の到らざる所を補ひ給ふべし。既に、其の名譽を得たり、豈此の名譽な からんや。眞に理を談ずるものは、同時に實行するの能力を有せざるべからず。大 矢君たるもの、奮勵せざるべけんや。敢て所感を述べて、此の書の序とす。(國語調査 會の否決せられたる第十三議會の終りし日しるす)