促音考

促音に就きては、在來の諸文典にかれこれ説明したるものあれども、大概は其要を得 ざるが多し。中には促音とて一箇獨立せる音あり、其の獨立せる音の符牒に、ツの音 を宛つるなりと論ずる輩あれども、そはいみじきひが事なり。促音とは事實母韻の 促る事にて、其の母韻の促る所以は、母韻の發せらるゝと同時に、口腔内喉舌唇いづれ かの中に、密閉(フェルシュルッス)起りて呼息の一度停止せらるゝによるなり。たとへば 國家(喉的密閉)薩タ[土垂](舌的密閉)立派(唇的密閉)に於けるが如し。尤も後には熱心一切等 の如き、密閉までには至らざる、所謂,摩擦的(フリカチーブ)なる一種も出で來りたれども、これはむし ろ第二次的の者と見て可ならむ。

さて此の促音の寫し方に就きては、古來種々の工夫ありたれども、いづれも一長一短 にて、先づは今日普通に行はるゝ、ツの字を小さく横へよせて書く方、尤も便利なるが 如し。たとへばこッか、さッた、ねッしん、いッさい等の如し。又これを羅馬字にてかくとき は、第一の者はko'ka,ri'pa, sa'taなど書くをよしとす。これを英吉利流にKokka, Satta, rippaなどかきては、前のシラブルの子音、發音せらるゝ様に見えて非なり。之を語源 的にいへば、前のシラブルの子音は、後のシラブルのかしらの子音と、同音ならでも可 なるものなれば、必しも同音に書くいはれなければなり。之に反して第二の摩擦的 のものには、nes-shin, isa-sai,など書くをよしとす。これは前のシラブルの子音、確に發 音せらるればなり。

此の促音が上古より邦語中に存せしや否や、よし又存せざりしとする時は、漢學の影 響によりて生じ來りしにはあらざるや否や、等は暫く別問題として他日の攻究に譲 り、實例の上より其の性質を見るに、予輩は此の上に正しく二種の全く異りたるもの あるを認む。

第一 P(H)TKRS等の子音がUnaccented(アンアクセンテット)の母韻に從はれて、P(H)TKSを以てはじめ らるゝシラブルの前に立つ時は、前のP(H)TKRS等は大抵後のPTKSの爲に同化 せられ、従つて其の今一つ前にあるシラブルの母韻を促音として、自らは消え失する 場合。

    例
  持   もちて  mo-ti(chi)-te  mot-te  mo'te もツて
  行   いきて  i-ki-te     it-te  i'te  いッて
  寄   より   yo-ri-te    yot-te  yo'te  よッて
  一杯  いちはい i-ti(chi)p(h)ai ip-pai  i'pai いツぱい
  國家  こくか  ko-ku-ka    kok-ka  ko'ka  こッか
  合戰  かふせん ka-fu-sen    kas-sen     かッせん
  尻尾  しりを  si-ri-p(w)o   si-po   si'po しツぽ

第二 PTKS等の、前のシラブルにアクセントあるによりて生ずる促音の場合。 此の場合には前のシラブルには少しの變化もなし。

 例
頸引    kubi-hiki  kubi'piki  くびッぴき
日かち   me-kachi  me'kachi   めッかち
目くそ   me-kuso  me'kuso    めッくそ
耳くそ   mimi-kuso  mimi'kuso   みゝッくそ
水鼻    midsu-hana midsu'pana  みづッぱな
無手法   mu-te-ho  mute'po   むてッぽう
そと    so-to    so'to    そッと
さき    sa-ki    sa'ki    きツき
きくり   sa-ku-ri   sha'kuri   しやッくり
しらこ   shi-ra-ko  shira'ko   しらッこ
下腹    shita-hara  shita'para したッぱら
見ともなし mi-to-mo-nashi mi'tomonai みッともない
眞黒    ma-kuro    ma'kuro   まッくろ
眞青    ma-awo    mas'sawo   まッきを
眞赤    ma-aka    ma'ka    まッか
眞白    ma-shiro   ma'shiro   まッしろ
眞平    ma-hira    ma'pira   まツびら
眞直    ma-sugu    mas'sugu   まッすぐ