三、言語學雑誌の發刊の祝辭

加藤先生が自ら博言學の譯名を作り、英語に所謂フィロロヂーの事を、東京學士會院に あげつろはれしも、獨人グロート、英人チヤンブレンの兩教授が、東京大學に斯學の講 義を開かれしも、今ははや二十年前後のむかしとはなりぬ。しかも其の頃にありて は、よく此等諸先生の説かるゝ所を理解し、好みて其の研究に從事したるもの、極めて 尠かりしなり、否、有體にいへば、殆ど全くあらざりしなり。

然るに此の四五年來に於ける我が邦の語學界を見よ。文字の論、標準語の論、國語及 び外國語教授法の論等、漸く其の聲を高め來り、従ひて博言學即ち言語學の如きも、大 に世人の注目する所とはなれり。東京帝國大學の博言學科國文學科はいふもさら なり、高等師範學校にては文學科、國語專修科、其の他私立の學校等にも言語學或は聲 音學など開講せらるゝに至りぬ。不肖予の如き、まのあたり斯學がかゝる長足の進 歩をなし、かゝる空前の隆盛を極むるを観察し得たるものは、坐ろに明治昭代の恩澤 に驚嘆するの外あらざるなり。

然れども、吾人は職として我が東亞の言語を研究すべきもの、翻つて此の點を顧みれ ば、悲しいかな、吾人は未だ甚だ多く首肯するに足るものあるを認むる能はざるなり。 固より二三の有望なる學者は、幾多東洋の言語上に、研究する所なきにはあらざれど も、文法といひ、辭書といひ、此等國語の歴史といひ、茲に充分なる調査成り、茲に適當な る教授法按出せられ、茲に正確なる教科書の編纂整ひたりとはいふべからず。況ん や又此等言語の起原に遡り、其系統に論究し、以て人類學に將た歴史學に、千古未發の 光明を輝かさんがごときは、容易に今日に希望すべからざるに於てをや。

明治三十一年言語學會成り、明治三十三年言語學會雑誌發行せられんとす。好望は 二十世紀の曙光と共に、此の會此の雑誌の上にあり。吾人は此の名譽ある學會の、學 識豊冨なる會員諸君が、此の一大美擧あるを衷心より祝賀するものなり。願はくは 諸君、能く難きを忍び、久しきに耐へ、不屈不撓、斯學の發達に貢献せられん事を。乃ち 所感を述べて祝辭に代ふ。(明治三十三年一月しるす)