國語と國家と

予は、今茲に諸子と相見るの榮を得て、此問題につき、聊か平生 の意見を述ふるにあたり、まつ國家と云ふ事より説き初めんと 欲す。さりながら、予はもと國家學者ならざれば、此上には極め て僅少の智識を有するのみ、從ひて諸子が物足らぬ心地せらる べき事共も、定めて多からんと信ず。さはれ、こも亦予が専門と する國語其者を説くがためには、止むを得ざる次第なり、誤謬を 見てな笑ひたまひそ、あやまるが人の常にして、恕するが神の道 なればなり。

予の考ふる所によれば、國家とは一定の土地に住し居る、一人種 或は數人種の結合にて、其結合は生活上共同目的を達するがた めに、法律の下に統一せらるゝ者を云ふ。故に此國家と云ふ語 の観念の下には、第一土地、第二人種、第三結合一致、第四法律、この 四の者が缺くべからざる要素として存するを見る。

予輩は右の四要素より、國家の隆盛或は衰微減亡等を、算出し得 べしと考ふる者なり。

以上述べたる所によりて、子は國家の解を下して、國家の下にあ る一人種或は數人種の義なりと云ふ。故に一國民は一人種に 限るとは、決して定むべきにあらざるなり、假令は日本國民にも、 皇別,神別,蕃別あるが如く、瑞西國人にも以太利人、佛蘭西人、獨逸 人あり。魯西亜國民にも、魯西亜人の外に、ポール人、猶太人、獨逸 人、フィンランド人、其他シベリヤ各地方の人あり。其他佛蘭西 國民にゴール人、ブリテン人、バスク人、ブルガンディー人、フラン ク人、フランダー人、アルゼリー人等あるが如く、普魯亜國民にポ ール人、ツエヒッシ人、和蘭人、丁抹人、魯西亞人、其他佛英以等各人 種相雑はり居るが如し。

以上はたゞ、一國家の下には、幾多の人種が生存し得ることを示 せしに外ならざれども、これと同時に、諸子は其一國家が成立せ らるゝ前には、必ず其處に、一の中核ともなるべき、一人種あるこ とを認めらるゝなるべし。假令ば獨逸帝國の如き、そのこれを 成立せしむるは獨逸人種にして、就中普魯亞人,其中心たるもの なり。英國の如きも、或はケルト、或はデーン、或はノルマン等の 各人種あり、又これらが用ひ混合するも、猶其多數を占め其大權 を握るものは、主としてアングロサクソン人種なるが如し。日 本の如きは、殊に一家族の發達して一人民となり、一人民發達し て一國民となりし者にて、神皇蕃別の名はあるものゝ、實は今日 となりては、凡て此等を鎔化し去たるなり。こは實に國家の一 大慶事にして、一朝事あるの秋に當り、われわれ日本國民が協同 の運動をなし得るは主としてその忠君愛國の大和魂と、この一 國一般の言語とを有つ、大和民族あるに據りてなり。故に予輩 の義務として、この言語の一致と、人種の一致とをば、帝國の歴史 と共に、一歩も其方向、よりあやまり退かしめざる様,勉めざるべ からず。かく勉めざるものは日本人民を愛する仁者にあらず、 日本帝國を守る勇者にあらず、まして東洋の未來を談ずるに足 る智者にはゆめあらざるなり。

さて一人民が話す言語と、其人民の性質との間には、最も入組み たる関係あるものにて、其人民が一事物に對して感じ、或は考ふ る上の凡ての事は、皆其言語に反射し出つるなり。故に予輩は 言語をば、其話す人の精神上に生活する思想及感情が、外に出て ゝ化身したるものと見做すことを躊躇せず。されば予輩はマク スミュラーの如く、言語即思想と云ひきる程の勇気をば有せざ るも、言語即異形的思想といふに至りては、敢て其不可なきを認 むる者なり。

試に支那語を見よ。如何に仁義の道が彼等の間に行はれしか は、歴史をまたずして言語の上に明なり。試にサンスクリット を研究せよ。如何に古代の印度人が、分析的能力に富みしかは、 彼等の哲學書,宗教書,言語學書等を繙くまでもなく、其語彙のみ の上よりも断言し得べし。文人國に詩歌の語多く發達し、武人 國に武人の語多く繁昌す。希臘語は古代の哲學美術の言語な り。羅甸語は中古の法律,宗教,文學の言語なり。英語の商業に 於ける、佛語の社交に於ける、獨逸語の推理に於ける、皆それぞれ 其人民の長處によりて發達したる者なり。

言語はこれを話す人民に取りては、恰も其血液が肉躰上の同胞 を示すが如く、精神上の同胞を示すものにして、之を日本國語に たとへていへば、日本語は日本人の精神的血液なりといひつべ し。日本の國躰は、この精神的血液にて主として維持せられ、日 本の人種はこの最もつよき最も永く保存せらるべき鎖の爲に 散亂せざるなり。故に大難の一度來るや、此聲の響くかぎりは、 四千萬の同胞は何時にても耳を傾くるなり、何處までも赴いて あくまでも助くるなり、死ぬまでも盡すなり、而して一朝慶報に 接する時は、千島のはても、沖縄のはしも、一齊に君が八千代をこ とほぎ奉るなり。もしそれ此のことばを外國にて聞くときは、 こは實に一種の音楽なり、一種天堂の福音なり。

かくの如く、其言語は單に國躰の標識となる者のみにあらず、又 同時に一種の教育者、所謂なさけ深き母にてもある言。われ われが生るるやいなや、この母はわれわれを其膝の上にむかへ とり、懇ろに此國民的思考力と、此國民的感動力とを、われわれに 教へこみくるゝなり。故に此母の慈悲は誠に天日の如し。 苟も此國に生れ、此國民たり此國民の子孫たるものは、たれとて この光を仰がさる。獨逸にこれをムッタースプラッハ、或はス プラツハムッターといふ、先なるは母のことば後なるはことば の母の義なり、よくいひ得たりといふべし。

されば言語の上には、われわれが心中に一日も忘れかぬる生活 上の記念、殊に人生の神世とも謂つべき小兒の頃の記念が、結び 附き居る者と知るべし。われ/\が幼なかりし頃、終日の遊び につかれはてヽ、すや/\眠りにつかんとせし折、その母君は如 何にやきしき聲にて、ねよとの歌をうたひ給ひしか。頑是なき小 兒心に、わるふざけなどして打ち廻りし時、われ/\の嚴しき 父君は、如何にをごそかに教訓をたれたまひしか。さては隣家 の垣によぢて、栗の實をひらふに餘念なく、或は春のうらゝかな る野邊に、秋さん冬さん諸共に、蓮華草などつみあるきたる、すべて 當時よりつかひ來れる言葉は、當時の人名當時の地名と諸共に、 何共いはれぬ快感をわれ/\に與ふるなり。續ては小中學校 のことば、長じては學生のことば、市民としてのことば、或は又職 業により、階級により、地方によりてのことば等、皆それ%\の生 活を此上に反映す。所謂言語は其話す人を束縛すとは此事な り。故に外國にて人となりしか、或は外國人の學校にて、外國語 の教育のみを受けたる人にあらざるよりは、此言語の恩澤を蒙 り、些言語に感謝の意を表せざるものなし。さなくば其人は 神童ならむ、然り普通には白痴ならむ。

そは如何にまれ、此自己の言語を論じて其善悪を云ふは、猶自己 の父母を評するに善悪を以てし、自己の故郷を談ずるに善悪を 以てするに均し。理を以てせば或は然らざるを得ざらん、しか もかくの如きは眞の愛には。あらず。眞の愛には撰擇の自由な し、猶皇室の尊愛に於けるが如し。此愛ありて後、初めて國語 の事談ずべく、其保護の事亦計るべし。

されば國民か、其國の言語を尊む事は一の美徳にして、偉大なる 國民は必ず其自國語を尊び、決してこれを措いて他の外國語を尊 奉せず。昔時の支那が諸蕃に於ける、徃古の希臘が外國に於け る、彼等は他國語を皆野蠻人の言語なりとして、一も眼中に措か ざりしなり。羅馬の言語史を研究せらるゝ人々は、正に知らる べし、如何に羅馬人が其羅旬文學を振起する上に苦心せしかを。 シーザーの如きは、かの軍事上又政治上の激職を帯びながらも、 猶文法上の研究に注目し、彼が創造せしアブラチーブ格の名、現 に今日まで傳はり居るにあらずや。其他カートの如き、尤も急 激なる保守論者たりしにもかゝはらす、猶其子の教育のために は、忍びて希臘語を學びたりと聞く。而してかく彼等の自國語 發達のために計畫せる結果は、逢に羅旬語をして法律、宗教、文學 上の言語たらしめ、以て希臘語の世となさずして、羅馬語の世と はしたるなり。

如何に亦現今の獨逸が、其國語を尊奉し、真中より外國語の原素 を棄て、自國語のよき原素を復活せしめつゝあるかを見よ。此 事は現に科語を外國語に借る事多き、科學の上にまで進みつゝ あるなり。かれは其初めルーテルのためにラテン語より國語 を獨立せしめしが、フレデリック大王の時に一度佛語を尊奉し、 ナポレオンの時,二度,其覊絆を強め、遂に此世紀の初にありては、 上等社會は大概,佛蘭西語を話し、中下等の社會も亦此語を解せ ざれば、かたみせましとまで嘆したる程なりしなり。然れども、 眞正の獨逸人は獨逸語を尊奉して、再び其建國に従事したり。
そはゲーテ、シルレルの文學が、スタイン、フンボルト等の政治に 結ひ付きて、ブリュヒャー、シャルンホルスト等の豪傑と、フィヒ テ、アルント、リュッケルト、シェンケンドルフ等の悲歌の士とに 合躰して、茲に獨逸をして佛蘭西たらしめざりし救助の礎をひ らきしに由る。爾來六七十年の國家教育は、逢に六十六年にも 七十年にも、向ふ所敵なく戰へば則ち勝たざるなき勢を以て、遂 に獨逸をして世界の一帝國たらしめぬ。而して畢世の豪傑ビ スマルクは曰く、これ普通教育の賜物なりと、而して其普通教育 は獨逸國語その基礎たりしなり。

其他魯國が其國語を全國一般の小學校に編入せるが如き、佛國 が益其アカデミーにて語學の保護奨励を務むるが如き、予輩は これを見る毎に、先づ各國人が其學問を愛する事の甚しきに驚 き、次に國家其物が其本務を盡す上に緩慢ならざるを嘆賞して 措かず。

かくの如き熱情、かくの如き遠慮は、現に各國大學にて其學理を 研磨する事を奨励し、殊に獨逸の如きは二十有餘の大學、大概獨 逸語學の教授あらざるはなし。加ふるに演劇塲にまで其制裁 力を及ぼし、以て學校の小兒に於けるが如く、大人の教育にも従 事し居るなり。

さればかゝる國に、言語の混同あるべき理なし。抑も言語の混 同が國家の命運上賀すべき事にあらざるは、予が前に陳べたる が如し。其普通の塲合は、一人民が腕力上或は精神上に於て、他 の人民に壓制せらるゝ時に起り、其結果は敢てバビロンの昔の 如くならざるも、猶一國の固結をゆるめ、其獨立を弱むるを以て 常とす。かゝる事は、徃々自國語にくらき自國語をいやしむ學 者政事家ありて後行はるゝ顯象なり。これと共に、不便極まる 文字ある所にも、亦常に行はるゝ顯象なる事をも决して忘るべ きにあらず。

故に偉大の國民は、夙に之を看破し、情の上より其自國語を愛し、 理の上より其保護改良に従事し、而して後此上に確固たる國家 教育を敷設す。こはいふまでもなく、苟も國家教育が、かの博愛 教育或は宗教教育とは事替り、國家の観念上より其一員たるに 愧ぢざる人物養成を以て目的とする者たる以上は、そは先つ其 國の言語、次に其國の歴史、この二をないがしろにして、决して其 功を見ること能はざればなり。故に我國に於て、國語教育を盛 にする前に、漢語教育或は英獨佛語教育を奨励するが如きあら ば、そは極めていはれなき事にして、其當事者はむしろ國語の混 同に盡力しつゝありといふも不可なからんか。國語の教師な くば、他國語を奨励する前に、しからざるもこれと仝時に、篤く其 養成に盡力すべきなり。もし又國語の研究法、或は其上の保護、 未た行届かざるなれば、何は扨ておき、先づ此上に計畫する所あ りて然るべき筈なり。

悲しい哉、我國にては此日本語は、未だ其受納すべきだけの款待 を受け居らざるなり。見よ此不孝不實なる大和男兒は、如何に 此上に振舞ふかを。

一派の人は、恰も一人の放蕩息子のごとし。此母は如何にして も怒らざるが故に、打ち棄ておきてもよろしとて、却りて他の女 の許にゆきて孝行だてし居るなり。しかも一朝事あれば、其眞 の母ならでは、かれを助くる者はあらざるなり。試にかゝる輩 に鐵拳を與へ見よ。かれが怒り、かれが泣き、かれが拒ぎ、かれが 訴ふる器械は、かれの平生愛し居る者よりは、却ていやしみ居る 者たるなり。所謂此一派の人々には、漢學者など稱し居るもの 多し。

又他の一派の人は、此母を野蠻なり無學なり、馬鹿にぐず/\し て氣力に乏しなどいひて、それよりは他の母を迎へよなど主張 す。此派の人は近來其勢力を失ひしかども、猶一方に其影を絶 たざる、西洋語尊奉主義の人に多し。殊に英學者と稱する人の 間に多きが知し。

かく不信實なる、かく不見識なる、かく生物知りなる人々と、その 奴隷的なる、その獨立自主の氣概に乏しき、陳腐なる人々とによ りて、悲しいかな、そは今日まで日本の有力者に多なりしなり、い やしめられ、日蔭者にせられて、わがなつかしき日本語は、磨かれ ねば垢もつきぬ、埋もれぬれば名もいでずなりぬ、遂にあはれむ べし、茲に今日の有様とはなりぬ。此間此上になみだをそゝぎ し、日本語學上の楠氏一族もなきにはあらざれども、さりとて又 之を知る光圀卿の如き人なかりければ、埋もれて世には知られず。
嗚呼世間すべての人は、華族を見て帝室の藩屏たることを知る。 しかも日本語が帝室の忠臣、國民の慈母たる事にいたりては、知 るもの却りて稀なり。况んや日本語の爲に盡しゝ人をや。さ れと一方には、所謂國家教育は行はるゝと稱し、而して依然他人 仝様、此慈母を取扱うて恠まざるが如し。

漢學を學ぶもの、漢學の師範たるものにして、國語の知識なきも のあり、或は洋學の教師にして、國語の規則だに知らざるものあ り、然れども彼等は語學の教師として教授の任にあたりつゝあ るなり。かくの如く、日本人民が先づ有すべき明確なる観念は、 糢糊の間にあるにもかゝはらす、他の外國語はあやしき人によ りて教授せらる。かゝるも猶國語の混同なくんば、國家の大幸 なり、國家の名譽なり。

われ/\は又文字の爲に、漢語を用ゐること常にて、其實英獨佛 等の語は、支那の語よりも日本語に近き者なれども、世人は猶文字 を支那に法るの弊に眩惑して、猥りに漢字漢語を使用して恠ま ず。加ふるに支那人の用ゐたる語句は、自由に日本文に輸入せ らるゝが故に、此日本語此日本文が見事獨立する暁は果して何 時を期すべきか。而して文人疑はず、學者爭はず、日本の語學界 は眞に不思議極まるといひつべし。

然れども、子は絶對的に支那語の研究を否定するものにあらず、 高等教育としては、そのまさしく研究せらるべきを主張するも のなり。即ち支那學は、國民の何十萬分の一にのみ、必要なりと 認むる學科にてあるなり。

日本語は四千萬同胞の日本語たるべし、僅々十萬二十萬の上流 社會、或は學者社會の言語たらしむべからず。昨日われ/\は 平壌を陥れ、今日又海洋島に戰ひ勝ちぬ。支那は最早日本の武 力上、眼中になきものなり。しかも支那文學は、猶日本の文壇上 に大勢力を占む、而して此大和男兒の中、一箇の身を挺して之と 戰ふ策を講ずる者なく、猶共に二千餘百年來の、所謂東洋の文明 を樂まんとす、因襲の久しき己を忘るゝの甚だしき、あながちに 咎むべからざるも、さりとてあまりに稱譽すべき次第にはあら ず。

或はいはん、國語に對する手入れは充分なされ居らずやと、予は この答に向ひて否との早答を與ふると共に、左に箇條を列擧し て、かゝる質問を出すものに示すべし。

以上かりに列擧せるが如き題目だけにてもよろし、これに向て 一々たしかなる答辯あらば、勿論ネゲチーブにてなく、予は實に 予が明を謝すると共に、我帝國のために大祝盃を擧ぐるに躊 躇せず。もし又不幸にして其研究届き居らずとせば、子は國家 に對ひて一日も早く、此上に反省する所あらん事を希望す。國 家のなすべき所を實行し、其尊嚴を維持すべきは、國家の義務なれ ばなり。その國語の外國人の研究にのみ委ねられ、外國政府の 學問保護の下に立つが如き形跡あるは、誠に國家の美事にはあ らざるなり、否その國語研究の準備が、他日,伯林か、或は倫敦かに まて行かねば爲されぬ様にならんとするは、決して考ふるだも 快き事にはあらざるなり。千里行きて後に、路の隔たりしを驚 く事なかれ、一寸一尺のあゆみは、眞に他日其差を生ずる所以な り。而して世には往々千里の差に驚く事を知りて、一寸一尺の あゆみに注意せざるものあり、國家の大患は成るの日に成るに あらず、上にある者戒めざるべけんや。

(明治二十七年十月八日哲學館に於て)