我等研究會員は、此大日本帝國の國語を尊み愛しみ、殊に其學術 上取調を勵み、其實際上擴張を謀る上では、誰の後にも立つ事を 屑とせざる者であります。言ひかへて見れば、我等は一方に於 て此國語の過去に遡り、又其現在に立ち入りて、始終其上にある 眞理を、尋ね求むる事を怠らぬと同時に、又他の一方に於ては、種 々の科學の補助を仰ぎて、此國語のミガキアゲに盡力し、かくし て啻に日本全國を通じての言語をつくり出すのみか、苟も東洋 の學術、政治、商業等に關はる人々には、朝鮮人となく、支那人とな く、欧洲人となく、米國人となく、誰でも知らんではならぬといふ、 言はゞ東洋全躰の普通語といふべき者をも、つくり出さうとい ふ大決心を有つ者てあります。我等研究會員が研究會を組織 したのは、たゞ此大綱の上でのみ一致したので、其他些細の學説 の上などに關はりましては、時に或は甚しき意見の衝突もあら うと考へます。其衝突する意見のあるのが、我等の互に敬愛す る所で、かくなくては、我等の常に望み居る眞理は、到底あらはれ てまゐりませぬ。つまる所、國語學上の研究は、未だ盡く行届き て居りませぬ事故、此上に一の定論を求めようといふ事は、唯今 では最も困難の事であります。或は困難でないと申さるゝ先 生があるかも知れませぬが、明治の大御世の普通教育、高等教育 の恩顧を蒙りました我等には、不幸にも困難であると申すより 外ありませぬ。
右の次第故、我等は茲に一の研究會を建てゝ、今日より國語并に 國語研究上必用の學科につき、各自意見のある所を申し述べて、 皆様と共に一層此上の智識を研き磨かうと存じます。此精神 を充分御酌取りになりて、熱心に此學問を修められ、中には我等 より遙に秀でたる人々も出られまして、遂には此事業の第二期 を、御造り出しあそばさるゝ様、希望いたします。さういふ時が 來て、我等の意見が陳腐であるといはるゝ様になれば、我等は國 語并に國家のために祝の盃を擧げて、まづ樂々と隠居をするつ もりであります、我等は陳腐の説を墨守して、國語學發達の障 碍になる様な事は、ゆめ致さぬ心得であります。
右は研究會員にかはり、其素志とする所を申述べたのでありま すが、これよりは單に、我一個の意見として、高聽を煩したき事が 三四ケ條御坐ります。
第一 私は國語の地位を、正に其享有すべき地位まで恢復しよ うといふ論者であります。私の覺へた所では、此上に早く眼を 着けたのは、忌部廣成のむかしは措いて、四大人の前には新井白 石であつたかと思ひます。白石は其東雅の序論の中に論じて、
我國の古言其義隠れ失せし事、漢字行はれて古文廢せしによれ る多しとぞ見へたると申し、又
細かに論じなむには、此語と彼字 との主客の分なきことあたはず、我國の言、太古の初よりいひつ ぎし事は、即ち主なり、海外の言のごときは即ち客なり、漢字盛に 行れしに至りては、其義をあはせて彼れに隨はずといふものあら ず、これよりして後客ついに主となりて、主はまた客となるに似 たり、古言の義猶今も残れるものあるは、亦その幸にぞありけると喝破いたしました。これは今より恰も二百年前の事であり ますが、かやうな有様は、國語を愛する諸先輩の勇しき議論あり しにもかゝはらず、近頃まで中々其勢を失ひませぬ。現に唯今 でも、漢語でなければ詔勅も出ず、論説もかけず、社會の地位も兎 角得られぬと申す次第であります。たとへて見れば、四五千人 の日本人の中に、四五萬の支那人がはいり來て、我等の繁殖を妨 げ、我等の政權を奪ひ、我等の自由を束縛したのと同じことで、日 本の國語は國語でありながら、まことに情なき次第にも、支那語 及支那文脉の「つま」となり下りて居るのであります。
支那の古書にある語であれば、何時日本文に輸入しても耻しく ないとは、何といふ馬鹿氣た事であります。日本國語の性質と は、殊に著しく違て居る支那語の簡約に目がくらみて、死默(死ん だ様にだまる事か)蜘設(蜘の巣の如く設くることか)等の熟語を 平氣て造り出す文學者は、又何と申す不見識の男であります。 何故に口惜しい,なげかはしいといふ語が卑しく、何故に遺憾千 萬残念千萬などいふ語が尊いか。何故に愉絶快絶愉々快々な どの語が人に用ゐられて、うれしい,おもしろいなどいふ語が人 に用ゐられぬか。私は今茲に其優劣をば論ずる暇がありませ ぬが、さりとて、少くともこれらの日本語は、漢語と仝等の品格だ けをば、文學者より得てもよからうと信じます。
文脉にしてもその通り、漢文流か直譯流かであれば、文の如くに 思はれ、現在の日本語の文脉で書けば、あれは俗文であると嘲け られます。可愛想に現在の日本語には、未だ其知已がありませ ぬ。ダンテもなく、ルーテルもなく、チョーサーもない事ゆゑ、外 國文學に心酔した人よりは、さうけなさるゝも無理ではありま せぬものゝ、しかし日本語がかの以太利語,獨逸語,英語の初期と 仝じ様に、一の新時代に達して居ることは、心ある人には見えて 居る事實であります。よしこれはどうあるにもせよ、此所謂俗 語の文脉で書かるゝ文章が、他の漢文流直譯流のと仝等の品格 だけを、世間より得ぬのは、私の誠に口惜しいとする處でありま す。私の聞く所では、官報には議事筆記の外は俗語躰の文は掲 載されぬとの事でありますが、もしそれが眞實であるならば、私 は日本語の爲に、其寃を訴へずには居られませぬ。
文に必要なるものは、第一自然である事であります。明瞭であ る事、論理的であること等は、皆此自然である事に伴ひます。こ れは漢文流直譯流の文では、到底俗語流の文には及びませぬ。 しかもけし坊主になれば散髪もをかしき道理で、黒奴になれば 黄色い顔もおつであると一般に、外國語脉の文躰になれた文人 は、此自然な、二千年來日本に活きて居る文躰をは、賎しめ辱める のであります。開闢以來比類のない支那征伐に、我陸海軍が連 戰連勝で、到る處朝日の御旗の御稜威に靡き従はぬ者はないの に、我國の國語界、文章界が、依然支那風の下にへたばり附て居る とは、なさけない次第であります。今は大和魂の價直は、世界の 輿論の上で定りました。しかも其大和魂の外にあらはれたと も申すべき、大和言葉は未だ其價直がきまりませぬ、東洋に於て どころか、我國中できへきまりませぬ。
試に教育世界を御覧になればわかります。國語國文學の區別は 如何様にされて居りますか。國語學、國文學の教師は、活きた日 本語の智識をば如何程有つて居りますか。漢學洋學の教師連 は、果して國語學、國文學の智識を有つて居りますか。抑も亦此 等の先生の中には、文法其物の観念すらがつかぬ人もあると承 るではありませぬか。かういふ有様であつては、支那服從の後 の、日本語學界、日本文學界はどうなる事でありませうか。腕力 では勝ちても、文學の上で敗けた例は、歴史にないではありませ ぬ。日本帝國の人民が、此上に於ける覺悟はまさに如何ありて 然るべき事でせうか。殊に條約改正も出來上りて、内地雑居も 近づく事であるに、我國人は果して我が國語を、その西洋人に話 させるだけの勇氣がありますか。よしありとすれば、其方法は 如何でありませうか。どうしてそれ所か、かれらの語學がだん /\廣がりて、我等の國語が次第次第に賎めらるゝ事が、丁度漢語 が日本語に及ばした様にならぬといふ上の擔保は、大丈夫出來 ます事か。かう考へてまゐりますと、私は寧ろ厭世家とかいふ 者に屬します。或る一派の洋學者には非常に嘲けらるゝ、所謂慷 慨家とかいふ者でもあります。
それ故私は及ばずながら、一生を此上になげうちて、國語の地位 を下げぬ様、國語の地位を恢復する様、つとむる積りであります。 敢て時々過激の論を致しますも、此國語といふものゝ可愛くあ る爲めのみであります。しかも猶世は流を追うて警めず、人も 亦門派のために、一滴の涙を此上に惜むとならば、それは天運で ある、國語と共に此人民のために棄てられてゆく、天運であると 思ひ切るより外ありませぬ、さう棄てられても、さう思ひ切りて も猶忘れかぬるのが、人の誠でありませうか。
第二 私は國語研究の、比較的であるべきことを主張する論者 であります。まづ國語の區域の上から申せば、かりに國語の時 代を上古,中古,近代と別けますが、今日までの國語學者は、上古,中 古の言葉ばかりに手を着けて、近代のには殆ど目も觸れません でした。彼等は此上に研究の必要を認めなかつたのでありま せうが、しかしこれは大きな考違ひであります。これは多く論 ずるまでもなく、一部の眞理は必ずしも全部の眞理ではない故 であります。況して國語の現在及び未來を論じようといふの に、近代の國語の状况がわからんで、何がわかりませうか。次に 材料の上から申せば、此上には文章上の語と、談話上の語と二種 ありますが、今日までの國語學者は、主に文章上の國語のみを取 り調べて、談話上の語の方は、殆どまるで棄ておきました。これ も甚だ大きな考違ひで、まことに言究の上の解釋を試みようと いふ者は、此活きた言語の性質が、よくわからんでは仕方がない のであります。次に研究の方法の上から申しても、第一國語學 の研究には他の國語の智識を要します。ゲーテの所謂、
一國語 のみを知るものは畢竟其國語を知らざるものなりといふのは 此事であります。第二に國語學は嚴密なる歸納法の論理を用 ゐねばならぬ者でありますが、これも第一同様、まだ充分我國の 學者間に行はれて居りませぬ。これは有名な大先生の文典辭 典、いづれにしても一目御覧になれば容易にわかります。
國語學の補助になる學科の上でも同じ事で、心理學、發音學、それ どころか前申す様に、普通の論理學すらが、まだよく行き渡り居 りませぬ。さういふ次第故、一方で教育學の思想の毛徴塵もな い先生達が、しきりに國語教育の事を喋々されましても、それは あまり怪しむべき事ではありませぬ、これは寧しろ敬服すべき 方の事と申してよろしい。
さりながら眞正の學問には、恥しからぬ組織を要します。総て の點に於て、残るところなき材料の取り集めを要します。それ %\尊敬すべき他の科學より、充分の補助を仰ぐことを要しま す。かゝる要件は、其研究者の常に比較的の眼をもたねばなら ぬ事を示し、つまり其人がヘルバルトの所謂、多邊的興味を常に 涵養せねばならぬ事を意味するのであります。
第三 私は國文研究の國語研究との區別を、明かに立てようと いふ論者であります。國文學の主とすべき所は、日本特有の文 章、即ち日本の言葉の上に、日本人固有の思想及感情が、日本人獨 得の美術的技量を以て寫されて居る者、所謂日本の美文學、又は 純文學に就てゞあらうと考へます。それ故其國文學者と申す ものも、右の美文の發達を研究し、其美を搆成する種々の要件を 論定し、そして一方で純正な理想を涵養してまゐりますと同時 に、又他の一方では、其理想を實在にする著述に始終心を懸けね ばならぬ者であります。それとはかはり、國語學の主とすべき 所は、日本の言葉で、殊に其上の法則に就てゞあります。されば 此國語學は、國文學者の言葉などをば、日本言葉の一部分だけと して研究するので、他の大工左官のことばも、奧州薩摩の方言も 同様、敢て其間にすきゝらひをば致しませぬ。國語學者は、古今 となく、東西となく、男女となく、高貴卑賎を問はず、老少賢愚を論 ぜず、凡ての人の言葉に立ち入りて、凡ての人に自然である、明瞭 である、正しき話し、正しき讀み書きの出來る事を以て、實際の終 極目的と致します。これよりさきの彫琢は、これを國文學者に まかせるのであります。それ故茲に右の二の學問を比較して 見ますれば、一はなくてならぬ質を取りたゞし、一はあればある 程よい品と申す者を附け添へます。されば眞正の學問として ゞなく、其應用せらるゝ上から申せば、一は平民的で一は貴族的、 一は實業的で一は美術的、一は普通教育の支配するもので、一は 高等教育の支配するのであります。
かう申してまゐりまして、今日の國語國文教授を見たときには、 果して如何で御座いませうか。我等が日々話して居ります言 語の上の研究は、たれが致して居り、たれが教へて居りますか。成 程國語科の下で、文法の講義はあります。ありますが其文法は 現在の國語を支配するものではありませぬ。アングロサクソ ンの文典は、今日の英國の文典ではなく、アルトホッホドイツチ の文典も、亦今日の獨逸語の文典ではありませぬ。上古及中古 文の言語上の規則が、此明治の大御世の立派な言語の文典を支 配しようといふのは、殆ど我等の解しかぬる事であります。し かし教育者はあまり議論もない様子で、その様な文典と共に徒 然草や十訓抄やを、まじめに國語教授の上に用ゐて、少しもあや しまぬのであります。
理學者は活きた言語の上に、一の明瞭なる文躰を得ることを渇 望いたされます。實業者も亦一の大規摸である實用語を所望いた されます。此等の人たちの目より見れば、ごく自然な、ごくたや すく覺えらるゝ、從ひてたれにも直にわかる様な言葉、並に文躰が 甚だ必用であるのである。それを世の國語學國文學を混同し た學者たちは、依然として猶此上に「ぞやかの何」とか「てつけりな んし」とか等の、死に失せた語法を以てし、書を讀ませ、筆を取らす にも、兎角春の花秋の月、いといにしへめきたる優長な文を以て 致します。つまり彼等は、むかしばかりを慕ひ、今日の大御世の ありがたさ、たふとさを知らないで現在の社會の潮勢にも入ら ず、從ひて同胞のために、一臂の力を盡す事をも知らないのだらう と存じます。
もし知りて居るならば、なぜ此二萬二十萬の和學者,歌學者の標準 語より離れて、四千萬同胞の標準語を定むる様盡力しないの であります。僅に三年より外教育をうけかぬる、それすらも中 々むつかしいといふ、そのいとしい可愛相な我等の同胞にむか ひて、今迄の國語學者は、幾度か又畿何程か涙を浮べました。彼 等が猶其金科玉條とたのむ標準語にへたばりつきて、これを此 同胞にも教へるつもりであつたといふならば、私は實に彼等に むかひて、其熱情には感歎することを躊躇しない、しかしそれと 同時に、其迂遠には驚かざるを得ませぬ。それすらも、そのつも りがつもりであつたかどうだか、私は唯今これを皆様に、公言い たしかねます。
私は明治の大御世の言語には立派に一の新しき文法が制定せ られ得る事を信ずる一人であります。明治の大御世の普通文 も、遂には此新しき文法に支配されて、そして始めて一の新文學 の期を開くことゝ信じます。たゞし私は今こゝに、これを委敷 述べます暇を有ちませぬ。たゞ一言御斷り致しおきますは、か ゝる事業が一朝一タに出來上る事でないのと、かゝる例は外國 の語學史文學史上に、いくらも見えまして、决して望まれない事 でないとの二つであります。
第四 最後に私は國語研究と、先輩の事業とに就き、茲に一言致 し置く必要を感じます。先輩の功績を充分に認むる事と、先輩 の學説を守り奉ずる事とは、全く別の事でありますが、これを混 雑して居る事は、まだ我國の國語學者の間には時々あります。 道理のために先輩と爭ふといふ決心は、かの契沖の决心であり ました、即ち幾百年來文學者が手本として守つて居た、定家の假 名遣はかれの喝破によりて、あとなく消えて行きました。同じ 様な決心は、東麿以下四大人の決心で、其喝破の聲には千幾百年 來湮減して居た皇國の神道が、此帝國に勃興いたしました。か ういふ様に、古來我等の欽慕する人物は、皆改革的で、一方で舊式 を破壊しますと同時に、一方で其自已の新式を建設してまゐり ます、明治の大御世に出た國語學者は、御同様に此大决心の上で、 先輩の御弟子となり、學説などの上では、容易に服従せぬ覺悟が なくてはなりませぬ。それはしかるべき事で、世が世であれば であります。假令ば本居翁の様な人は、私共が尤も敬慕する先 生ではありますが、しかし其音韻學などに至りましては、今日う けた生理學上、心理學上、言語學上の經驗は、まるで其改革を要す る事ゆゑ、なんぼ後輩の私なぞでも、最早此點では卑屈的に、翁の 説には贊成いたしませぬ。及ばずながら此點は、私共の手で全 く自已の新式を建設したいと考へます。此上で或る人は、君等 が破壊する故、僕等は強ひて墨守するといはれますが、それは國語 の學問のため、大層まちがつた心得方と思ひます。此學問の上 には、君等も僕等もありませぬ、大人も小兒もありませぬ、先輩も 後輩も、門閥も學派もありませぬ。たゞ一の學理といふものが あるばかりです。兎角國語學者の中には、此學理に目をそゝが ず、人により門派により好き嫌ひをする人がありますが、それは 明治の大御世の學者として、恥づべき一の悪徳であります。し かしかう申しますものゝ、學理のために先輩の功績を無にする 事はなりませぬ、それを充分會得した後でなければ、私はむしろ 其先輩の學説を披評する事を、御差し止め申すのであります。 謹んで此無味淡泊な演説に、高聽を賜はりました身の榮譽の程 を深く御禮申上げます。