森安孝夫『シルクロードと唐帝国』(興亡の世界史 第05巻)講談社,2007 に対する書評


日本経済新聞:2007年4月1日

  評者:妹尾達彦(中央大学教授、東洋史)

 私たちの暮らす現代の世界は、どのような経過をへて生まれ、私たちは、今、どのような歴史的位置にいるのだろうか。本書は、四世紀から九世紀にかけてのユーラシア大陸東部の歴史を解明することで、この問いに答えてくれる。

 本書を読むと、この時期とこの空間から、現代社会の源流が流れだすことがわかる。この時期のシルクロードは、ユーラシア大陸を相互につなぐ交通幹線となり、人類が初めて経験する、複雑きわまるグローバルな国際交流の場となった。シルクロードを往来する人々や文物が交わることで、政治や軍事、経済の刷新が生みだされ、仏教をはじめとする世界宗教や、現在に継承される衣食住の文化が、ユーラシア大陸の中央部や東部に定着した。七世紀前半にユーラシア大陸東部に覇をとなえた唐王朝は、シルクロードを軸とする広域の交流圏を背景にして、初めて生まれ得た世界帝国だったのである。

 そして、当時のユーラシア大陸の交流を主導した人々こそが、本書の叙述の主役をなすソグド人(中央アジアのソグディアナ出身の人々)にほかならない。本書は、唐王朝の国家形成と北方の遊牧国家・突厥(とっくつ)の興亡とが、密接に関連していたことをのべ、唐文化における西域趣味の横溢や、奴隷売買文書がしめす奴隷貿易の実態、突厥の後に登場するウイグルが、唐王朝を動揺させた安史の乱(七七五〜六三)で決定的な影響力を行使したこと等を詳述する。最新の研究成果にもとづくと、これらすべてのことに、ソグド人が深く関わっていた。ソグド文字が、当時のユーラシア大陸の国際語となったこともうなずけよう。

 本書の叙述の特色は、大きな視野にもとづく分析と、中央アジアの諸言語や漢文で書かれた第一次史料の緻密な解読による実証とが、見事に噛みあっている点にあるだろう。本書の誕生は、グローバル化する二十一世紀の新しい国際情勢そのものが、学界を先導する知性の力をかりて、時代にふさわしい歴史叙述を必然的に生みだしていくことを、私たちに教えてくれるのである。



共同通信社より全国の地方紙へ配信:

  評者:土屋昌明(専修大学教授、中国史)
  例;秋田魁新報、北日本新聞、冨山新聞、北国新聞、山陽新聞、琉球新報(以上は2007年3月18日)
   ;愛媛新聞、徳島新聞、熊本日日新聞、宮崎日日新聞(以上は4月1日)
   ;新潟日報、山梨日日新聞、大阪日日新聞、日本海新聞(鳥取)、長崎新聞(以上は4月8日)

 中国の西安などで謎の民族ソグド人の豪華な墓が次々に発掘され、シルクロードの研究は新局面を迎えている。本書は、遊牧国家と唐王朝がともに頼りにしていたソグド人の活躍と、それが政治経済史・文化史に与えた影響を論じる。また唐王朝をユーラシア史の中に位置付け、鮮卑、突厥、ウイグルという遊牧国家、シルクロードのエリアとの関係から眺めていく。

 本書の魅力は、歴史に対する視界の転換にある。北が上になっている地図を上下逆さに張り替えるのは簡単だが、これを歴史叙述で行うのは至難である。

 だが著者は、従来の史料が持つ中華中心主義の傾向を払いのけつつ、安禄山の乱をウイグル側の碑文を使って論述し、唐とウイグルの立場の違いを鮮明にする。

 碑文の紹介だけでも珍しいのに、さらに最新の解読が示されていてうれしい。もっと驚くのは、これとぴったりの記事を、別の新出土ウイグル文書から発見してみせる手並みである。

 この手並みは、シルクロードに存在した「ホル王国」から五人の「ホル人」の使者を各地へ派遣したと記すチベット語文書の解読でも示され、歴史の奥へと分け入る興奮をかき立てられる。

 そして、従来はシルクロードの商人としかみられていなかったソグド人が、宗教や言語を媒介し、奴隷を教育して販売したり、軍人を提供したりして、遊牧国家と唐王朝の経営の根幹に関与した事実が明らかになる。

 このように奥へ入るだけでなく、著者は、外へ出て高い視野から全体を眺めようともする。論述の端々から「すべての民族・文化は多元的であり、純粋などは存在しない」という主張と、西洋中心主義的な世界史や民族史観を「打倒」したいという強い意欲を感じる。

 一気呵成に書いた文章の勢いがすがすがしいが、断定しすぎや、紹介された研究者の論文が参考文献にないなどのエラーもある。だが、読者に胸襟を開いてみせる自信と誠実さがみなぎっており、その自信の裏付けとなる研究現場の報告書ともいえる。


森安メモ:「紹介された研究者の論文が参考文献にないなどのエラーもある」というが,恐らく人名順に探して見つからなかっただけだろう.講談社からの要求で,参考文献の頁数も出来るだけ少なくしたため,雑誌の特集や論文集などの掲載論文は1個所にまとめ,各人の名前では出てこないのである.



読売新聞:2007年4月8日

  評者:青柳正規(国立西洋美術館長、美術史)

 世界にはさまざまな道やルートがある。バルト海から地中海への「琥珀の道」、ペルシャ・アケメネス朝時代の「王の道」、近東や北アフリカの「隊商ルート」、都ローマへ通じる「塩の道」、そして現代のオイル・ルート。しかし、我々日本人にとってもっとも頻繁に耳にする、そして親しみのある道といえばシルクロードであろう。その理由を筆者はインド、西域、唐をへて伝来した仏教の経路だったからと考える。しかし、中央ユーラシアの歴史的現実を熟知する筆者にとって、シルクロードと唐はそれよりはるかに重要な意味を有している。

 漢も唐も漢民族国家と信じきっていた評者のような門外漢にとって、唐の建国の中核となったのが鮮卑系漢人と匈奴の一部であるという指摘は大きな驚きである。しかも、その領域には突厥人、ソグド人、ペルシア人などが活躍する多民族国家であり、異民族の血をひく「唐民族」だからこそ少数民族にアレルギーがなかった。唐の繁栄の根源でもある国際性、開放性は漢民族と異民族の血と文化の混交によって生み出されたエネルギーによるもので、後のモンゴル帝国や現代のアメリカ合衆国に通底するという。まさに文化の多様性を絵に描いたような国であることがわかる。

 その唐にとって、より多様な民族が跋扈する中央ユーラシアの経営は大きな政治課題であり、東西南北の交易ネットワークとしての、また、政治の場としてのシルクロード地帯つまり中央ユーラシアが重要だったのである。

 この中央ユーラシアの歴史に軸足をおいた本書は、これまでわが国で蓄積されたシルクロードの歴史にソグド人の実態など新たな視点と細部を加え、よりダイナミックな歴史現実を呈示することに成功している。

 筆者の提言する世界の歴史研究への日本からの貢献の一つがシルクロード研究にあるという提言にも諸手を挙げて賛成したい。



赤旗:2007年5月20日

  評者:岡内三眞(早稲田大学教授、考古学)

 本書は、『興亡の世界史』という一般書シリーズ中の第五巻でありながら、著者の見解や意見が明確に、時に痛快、時に過激なまでに述べられている。

 明治維新以後に入ってきた西欧中心主義と西洋学偏重の結果生み出された、「進んだヨーロッパ、遅れたアジア」という認識は、負の遺産であるという。

 本当の「自虐史観」は、近代西欧文明こそ人類共通の目ざすべき方向であるとした西欧中心史観に盲従した明治以後の我が国の歴史学界と、歴史教育の現場にこそあるとみなす。西欧諸国に都合がいいように記述した枠組みを鵜呑みにした明治以来の世界史教科書は、まさしく自虐史観の象徴的存在である。

 指導要領や教科書検定官、高校教員などの責任にふれつつ、日本人の基本的な歴史知識を教育するのは、高校の社会科教員と大学受験界の歴史教育とであり、このままではこの明治以来の欧米依存体質が、今後も変わるまいという。

 未来へのヴィジョンが必須の財界人、企業経営者達や、歴史的な教養・学問に支えられた社会批判の目をもち世論を形成していく一般読書人などの水準向上が大切である。人類を破滅に導く虚偽や不正の言動を見抜くセンスの涵養こそが日本の未来を切り開く鍵となる。

 本書の最大にして最終の目標は、中華主義思想や西欧中心主義の呪縛からの脱却と歴史の見方の大転換を、未来を支える学生諸君と読書人に促す点にある。

 本書は、農業と遊牧とが交わる農牧接壌地帯がアフロ=ユーラシアのダイナミックな歴史を生み出し、近代に直結する高度な文明を育んだとみている。そしてシルクロード史と表裏一体になって展開したソグド人の活躍、唐の建国前後における突厥の動向、安史の乱による唐の変容とウイグルの活動を述べる。話題は豊富であり、問題点の指摘も多く新たな世界史への試みを読み取れる一冊である。




インタビュー記事:

  朝日新聞:2007年2月19日 渡辺延志記者


署名のない紹介記事:

  福井新聞:2007年3月18日
  日刊ゲンダイ:2007年3月16日
  京大学生新聞・広島大学新聞:2007年5月20日



2007年6月12日