待兼山遺跡の概要

 待兼山の丘陵では、弥生時代から近世に至るまで連綿と人間が生活しており、その活動の痕跡が遺跡群として残されています。豊中キャンパス一帯は「待兼山遺跡」として国の遺跡台帳に登録されており、建設工事などの際には文化財保護法によって事前の遺跡調査が義務づけられています。
 大阪大学では1985年に埋蔵文化財調査委員会を設置し、構内の遺跡調査について協議していますが、その決定に基づいて実際の調査作業を行うのが埋蔵文化財調査室です。現在専任1名、兼任2名のスタッフで調査にあたっており、これまでに弥生時代の集落跡、古墳などを発掘調査したほか、試掘調査や立会調査によって約20カ所で遺跡の存在を確認しています(下図参照)。また、1997年度から開始された旧医療技術短期大学跡地の遺跡試掘調査においては、5世紀の古墳をはじめ須恵器、埴輪、弥生土器などが発見されています。今回、発掘調査を行っている待兼山5号墳はこの時の調査で存在が明らかになりました。
 調査室ではこれらの成果を報告書として刊行し、歴史研究に活用するとともに、いちょう祭などの機会に資料の公開展示を行い、普及活動にも役立てています。
   
遺跡分布 待兼山丘陵の遺跡分布
(2005年現在)
@ 待兼山5号墳(調査中)
2 須恵器、土師器出土地点
3 埴輪出土地点
4 待兼山2号墳
5 須恵器、土師器出土地点
6 須恵器、土師器出土地点
7 土師器出土地点
8 上山池北岸窯址
9 待兼山古墳
10 乳母ケ谷池北岸窯址
11 V字溝検出地点
12 刻印石塊集積地点
13 待兼山3号墳、弥生集落跡
14 待兼山4号墳
15 石塚古墳
16 江戸期古銭散布地
17 弥生集落跡
18 弥生集落跡