(e)第二次世界大戦後

 第二次世界大戦後、防衛のためのマンパワーの重要性が認識されるようになったために、大量移民計画が実施され、非ヨーロッパ人が多く入ってきました。さらに、白豪主義が廃止され、アジア系の移民も流入しました。


 当初、移民政策はメルティングポット型の同化を期待していましたが、その後変更され、法の前の平等、機会均等の保証し、母国語や文化の維持を認めるという多文化主義を採用することにしました。この多文化主義への移行とともに、オーストラリアのナショナリズムも高揚していきました。
 現在では、人々が帰属意識をもてなくなっているため、その喪失感を埋めるアイデンティティには大きな関心が寄せられています。

 また、戦後には、週40時間労働制が実現、オーストラリア国立大学が設立されました。また、女性の地位も向上し、生活しやすくなりました。たとえば、女性運動もあり、74年には男女同一賃金の原則もできました。保育所が増設され、産休制度も制定されました。このため、既婚女性はパートタイムで働くようになりました。

                       

現在の教育制度