研究の目的・意義

課題設定による先導的人文・社会科学研究推進事業(実社会対応プログラム)
ケアと支え合いの文化を地域コミュニティの内部から育てる臨床哲学の試み

※「課題設定による先導的人文・社会科学研究推進事業(実社会対応プログラム)」については「日本学術振興会HP」を参照

 現代社会のなかで円滑な共生をめざすためには弱者を受け入れる社会基盤と精神文化の整備が必要である。また、人的および自然的な暴力や暴威が頻発する現代社会においては、心的外傷(トラウマ)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などをケアする態度や仕組みが不可欠である。加えて、東日本大震災が明らかにしたように、共生社会の実現のために科学技術などの専門家や専門知の在り方が問われることもある。この難題に応えるため、研究者自身が学問の体系的分業の限界をよく見極め、ともに手をとりあいながら関連する実務者と個々の具体的課題に取り組み、専門家と実務者の相互変容を目指した学術的実践により、内発的な社会基盤の強化を図る必要がある。
 そうした課題に対応しながら、あるべき共生のかたちを実現するためには、当該コミュニティの社会福祉、医療・看護・介護、教育などの基盤領域において、それぞれの分野の専門家だけでなく、異なる背景をもつ者どうしが心底からの対話を実現し、ケアと支え合いの精神文化を育みつつ、内発的な仕方で問題解決にあたることが、なにより不可欠である。公的扶助や社会保障制度の頑健性を構築することも大事であるが、そうした外部支援的施策ばかりではなく、内部から内発的に地域社会の人々自身が、問題解決する能力を高めそれぞれの生活を統御していくことこそ、確実で健全で実りある結果をもたらすと考える。
 少子・高齢化社会のなかでは、勝ち抜き競争型の文化ではなく、ケアと共助・互助という支え合いの文化が大切になってきた。そしてそれを育てることこそが、リスク社会に対処するための対策になることを、まずは阪神淡路大震災において、さらに東日本大震災の惨劇の経験から、私たちは学んできた。幼児期の虐待、家庭内暴力、学校でのいじめ、犯罪や事故、自然災害などを原因とする精神症状(心的外傷やPTSD)をになった人々への、心底からの配慮と支援もまた、同じケアや互助の文化を醸成することから実ると考えられる。
 そうした時代背景と社会的変遷のなかで、現在、災害という非常事態のときのみならず、常時の生活に積極的に関与する実践的な研究手法とスタイルを確立する必要がある。生と知を根本で結びあわせる哲学探究を通して、研究者が心理学あるいは宗教学や芸術学、さらには社会学や政治学や教育学など、人文・社会諸科学の研究者とともに地域コミュニティに関与し、コミュニティ構成員とともに学問知を鍛え直し、ケアと支え合いの文化をコミュニティ自体のなかに育て、個人とコミュニティの双方をエンパワーする臨床型プログラムを移植する。社会の痛苦の現場と学術研究の叡智の現場とを恒常的に結ぶ、そんな臨床的学術研究のしくみが確実に本国に定着することを求め、この研究課題を提案したい。
 このような研究課題のもとに、具体的には、大阪大学の「臨床哲学」教室の教員と院生が中心となった「ケアと支えあいの文化を地域コミュニティの内部から育てる臨床哲学の試み」を以下のような内容と方法で行うことを提案する。