はじめに
百舌鳥・古市古墳群と野中古墳

大阪府堺市・羽曳野市・藤井寺市に所在する百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群は、数多くの古墳が集まった遺跡群で、なかでも古墳の規模で言えば日本でもトップ3を独占している巨大古墳が含まれていることで知られています。
この百舌鳥・古市古墳群は、2019年7月6日にユネスコの世界文化遺産に登録され、世界的にも一段と注目を集める遺跡となっています。百舌鳥・古市古墳群が世界遺産としての価値を認められたポイントはいくつもありますが、その中でも重要な理由の一つに、「多様性」があります。
百舌鳥・古市古墳群の中には、「仁徳天皇陵古墳(大仙陵(だいせんりょう)古墳)」や「応神天皇陵古墳(誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳)」など世界最大級の墳丘の規模を持つものだけでなく、直径数十m程度の小さな古墳も含まれています。これらは大きさが多様なだけではなく、前方後円形・円形・方形など平面形においても複数のバリエーションを持っており、多彩な古墳が全体として古墳群を構成しています。



保存修復作業が望まれる状況
大阪大学が1964年に発掘調査を行った野中古墳(藤井寺市)も、世界遺産の構成要素となっています。野中古墳は、一辺約40mと、百舌鳥・古市古墳群の中でも小さい古墳の一つですが、その中には、11領の甲冑(ヨロイやカブト)をはじめとした多数の武器・武具などが納められており、百舌鳥・古市古墳群を造営した当時のヤマト政権の勢力と政治戦略をうかがわせるに十分なものでした。
ところが、発掘調査からかなりの年月がたっていることもあり、出土資料の保存修復作業が望まれる状況でした。ただ、そのような修復には多くの費用や予備的な作業が必要となります。大阪大学考古学研究室は、研究室の予算や各種の団体からの助成、平成25年度からは文化庁から「文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業」の補助金を受けて、科学的な保存処理と修復を実施しました。


大阪大学総合学術博物館での企画展
この保存修復作業の成果については、2014年2月~3月に大阪大学総合学術博物館において企画展『野中古墳と「倭の五王」の時代』を開催し、復元された資料などを公開しました。小規模な展示スペースであったにもかかわらず、約3,700人もの方にお越しいただき、この展示にあわせて作成した図録(博物館叢書)は、学界のみならず世間に広く野中古墳の重要性を再認識してもらう機会となりました。
初公開の品々が並ぶ企画展を見学にこられた方々からは、「今後も是非公開してほしい」などの声をいただいていました。しかし、残念ながら大阪大学の博物館では手狭であって、常設展示で公開することができないのが現状です。
その後、野中古墳の出土品は、さらなる整理作業を経て、2015年に国の重要文化財に指定されました。保存修復がままならないがために、重要ながらも指定を受けていなかった資料が、ようやくその価値にふさわしい形をとることができました。
展示図録『野中古墳と「倭の五王」の時代』は大阪大学出版会より購入いただけます。『野中古墳と「倭の五王」の時代』(外部リンク)
ユネスコ世界文化遺産に登録
さらに2019年には、先にも記した通り、百舌鳥・古市古墳群がユネスコの世界文化遺産に登録されました。全長500mを超える前方後円墳の大仙陵古墳はひときわ人目を引くかもしれませんが、その一方で、平面形が40m四方の方形をなす野中古墳も、小さいながらもさまざまな出土品が出土していることで、その歴史を雄弁に語ってくれています。ユニークな形と多様な大きさで構成される古墳群は、世界的に見ても大変珍しく、価値のあるものといえるでしょう。
世界遺産で注目を浴びることになった百舌鳥・古市古墳群ですが、一般の方々からは「古墳があることは知っているが、その中がどうなっているかは知らない」「どんなものが埋められていたのか」という声がよく聞かれます。
そこで今回のプロジェクトでは、直接の展示でお見せすることができない、あるいは展示することはあっても、なかなか直接見る機会の少ない野中古墳出土資料について、3D計測という近年取り入れられている手法を用いて画像として再現し、さらにその成果をインターネットにより世界へと発信していきたいと考えました。そのために、クラウドファンディングによってその実現を目指しました。

プロジェクト内容
STEP1
野中古墳出土資料の3D計測

野中古墳出土品を対象に、最新の機器を用いて3D計測を実施しました。計測およびデータ処理にあたっては、3D計測機器の専門家とその方法について議論しながら進めることで、方法上の問題点・反省点など、計測の方法をブラッシュアップしていくことも目的の一つとしました。
この3D計測については、資料を梱包の上で搬送して、奈良国立博物館にて実施しました。この際には、奈良国立博物館の鳥越俊行氏に計測の実務を行っていただいたのをはじめ、同博物館の中川あや氏・吉澤悟氏をはじめとする多くの方々に非常にお世話になりました。この他にも、事前の作業において、九州国立博物館など各地の機関にもご協力をいただきました。
STEP2
処理と3Dモデルの作成

3D計測データは、考古資料の立体的な形状を理解するうえで非常に有用です。3Dデータをもとに、まるで実物のような3Dモデルを完成させれば、それを回転させることであらゆる角度から資料を観察することができます。特に、鉄製品など脆い資料については、自由に手にもって観察することが難しいため、このような3D計測のデータは研究上でも有意義なものとなります。また、今回はX線CTという手法を活用したことから、X線でしか確認できない断面や板の重なり具合などの様子もぜひともご覧ください。
この作業においては、甲冑研究を推進し、3Dモデルの作成にも取り組んでこられた、鹿児島大学総合研究博物館の橋本達也氏に全面的にご協力を仰ぎました。
STEP3
ウェブサイトでの国際発信

今回の成果の一部は、インターネットを通じて公開することにしました。ウェブサイト製作に当たっては、ビギンの村上あつ子・川辺コーイチ両氏にお世話になりました。このうち3D計測の成果は、動画の形でYouTubeによりご覧いただく形にしています。
また、このHPでは、百舌鳥・古市古墳群がどのような遺跡であるのか、その価値はどこにあるのかについてもご紹介することにしました(「解説!古墳時代」。上田直弥を中心に大阪大学考古学研究室作成)。さらに、このサイトでは、日本語だけでなく英語による画面も設け、海外において少しでもその価値を知ってもらいたいと考えています。英語版サイト作成に際しては岡山大学のジョセフ・ライアン氏にご協力をいただきました。
以上のプロジェクトは実に多くの方々の絶大なご協力のもとに進めてきた事業ですが、まだまだ不十分なところがあります。例えば3Dデータに関しても、今回は自動再生のような形での閲覧のみとなっており、豊富なデータをさらに生かすことなども必要になるでしょう。大阪大学考古学研究室を中心に進める事業は、今後も継続していくことになりますが、引き続きのご支援をお願いいたします。(プロジェクト主担当:高橋照彦・上田直弥)