読書案内

◆目次



高校生・大学1年生のためのフランス文学案内

入門編
中級編
上級編

趣味の読書案内

フランス文学関係
その他の国の文学作品
番外編



◆高校生・大学1年生のためのフランス文学案内

 このリストは16~20世紀に書かれたフランス文学作品の内、日本でも有名なものを、長さだけをひとまずの基準として並べたものです。入門・中級・上級はまったくの目安に過ぎません。ついでに言えば、高校生・大学生以外の全ての方も、ご参考にしてください。
 どれも面白さ保証つきの傑作ばかり。さあ、あなたは何冊読んだことがある?
 なお、翻訳はもっとも入手しやすい版を挙げてありますが(それすら品切れがあるのは本当に残念!)、多くの作品には他の版もあります。当然、訳者が変われば、作品の雰囲気も多かれ少なかれ異なることは、言うまでもありません。気に入った作品が見つかったら、他の訳本を探してみると、面白いでしょう。そしてそこにある違いがどこから来るのかを確かめたくなったら・・・ その先はやはり、言うまでもないことでしょう。
 Profitez de cette liste !(このリストを活用してね!)
**リストの後に各作品の紹介も載せています。ぜひご覧下さい。


入門編

    『星の王子様』 サン・テグジュペリ
    『マノン・レスコー』 アベ・プレヴォー
    『脂肪の塊』・『テリエ館』 ギ・ド・モーパッサン
    『異邦人』 アルベール・カミュ
    『箴言集』 ラ・ロシュフコー
    『肉体の悪魔』 レイモン・ラディゲ
    『フランス名詩選』
    『カルメン』 プロスペル・メリメ


中級編

    『危険な関係』 ラクロ
    『赤と黒』 スタンダール
    『狭き門』 アンドレ・ジッド
    『孤独な散歩者の夢想』 ジャン-ジャック・ルソー
    『ボヴァリー夫人』 ギュスターヴ・フロベール
    『パンセ』 ブレーズ・パスカル
    『ゴリオ爺さん』 オノレ・ド・バルザック
    『モンテ・クリスト伯』 アレクサンドル・デュマ
    『ドンジュアン』・『人間嫌い』 モリエール
    『フェードル』 ジャン・ラシーヌ


上級編

    『失われた時を求めて』 マルセル・プルースト
    『エセー』 ミシェル・ド・モンテーニュ
    『レ・ミゼラブル』 ヴィクトル・ユゴー
    『ガルガンチュア・パンタグリュエル物語』 フランソワ・ラブレー


番外編 ・ 映画の中のフランス文学
    思いつくまま並べてあります。あなたは何本観た?

    『シラノ・ド・ベルジュラック』 原作 エドモン・ロスタン
    『愛人/ラマン』 原作 マルグリット・デュラス
    『太陽と月に背いて』 ランボーとヴェルレーヌ
    『王妃マルゴ』 原作 アレクサンドル・デュマ
    『年下のひと』 サンドとミュッセ
    『ボヴァリー夫人』 原作 フロベール
    『ボーマルシェ』 劇作家ボーマルシェの伝記
    『肉体の悪魔』 原作 レイモン・ラディゲ
    『悲しみよ、こんにちわ』 原作 フランソワーズ・サガン
    『昨年マリエンバードで』 脚本 ロブ=グリエ
    『天井桟敷の人々』 脚本 ジャック・プレヴェール





入門編

    『星の王子様』 サン・テグジュペリ
     内藤 濯(あろう)訳 岩波書店・岩波少年文庫

 言わずと知れた、児童文学の名作(ということになっている)。関連書籍もたくさん出ているので、好きな人は探してみるといい。大判の方がカラーでいいと思う。ちなみに挿絵も全部サンテックスの手になるものなのも、周知の通り。
 この作品を嫌いという人は少ない。だが例えばワイルドの『幸福の王子』と比べてみれば、この王子様がただの「善の象徴」でないのは明らかだ。ある意味では極めて個人主義的な思想を貫く王子様の姿に、エゴイスムを見て取ることは出来ないだろうか? それは作者の秘めたる孤独の現われなのか、あるいは理想の姿なのか。
 なんて御託はともかく、一読忘れがたい印象を残すのは確実。本はいつ読んでもいい。けれども若い時に読んでおきたい本というものがある。この本はその筆頭。
 ちなみに、作者の故郷、リヨンの町には、飛行服姿の作者の銅像が立っていて、肩に王子様が座っているのです。



    『マノン・レスコー』 アベ・プレヴォー
     河盛 好蔵 訳 岩波文庫 (品切れ?)

 ファム・ファタル(宿命の女)として、カルメンと並んで有名な女性。本来は『隠棲した貴族の回想と冒険』という長い作品の一部を成す。プレヴォーは膨大な作品を残したが、ほとんどこの一作のみが今も読み継がれている。純情な男を裏切り続けながら、決して悪びれず自由奔放なマノンとは、あるいは男性の永遠の理想像なのか。



    『脂肪の塊』・『テリエ館』 ギ・ド・モーパッサン
     青柳 瑞穂 訳 新潮文庫

 自然主義者として有名なモーパッサンのデビュー作と、それに続く作品。感傷を排した客観的な描写、卑俗な現実を、古典的なまでの形式美の内に収める芸術的手腕。作者が瞬く間に文壇の大御所に上り詰めたのも頷ける。ちなみに「脂肪の塊」とは娼婦のあだ名。


    『異邦人』 アルベール・カミュ
     窪田 啓作 訳 新潮文庫

 大学の卒業論文でもっともよく取り上げられる作品の一つ。他には『狭き門』や『肉体の悪魔』、そしてランボーなど。青春の書と言うべきだろうか。フランス語が比較的簡単ということはある。けれど極めて抑制された無機質な文体にこそ、世界と相容れることのない「異邦人」の姿が鮮やかに浮かび上がる。犯した罪の理由を「太陽のせい」とするのはあまりに有名。一切の偽善に否を突きつけるムルソーの姿は今なお色褪せることなく鮮烈だ。


    『箴言集』 ラ・ロシュフコー
     二宮 フサ 訳 岩波文庫

 ぱっと開けば「青春は間断なき陶酔である。理性の熱病である」なんて言葉が飛び込んでくる。いわゆるフランス的「エスプリ」を感じとるのに最適の書。機知を縦横に振りまいて、ちょっと傲慢に過ぎるほどに人間の心理をばっさりと切り取ってみせる。「恋の病は先に治るほうがよく治るときまっている」「およそ忠告ほど人が気前よく与えるものはない」等々、説教臭いといえばそれまでながら、さりげなく使ってみたくなるような文句に溢れているのも確かで、とにかく一度は目を通しておきたい。


   『肉体の悪魔』 レイモン・ラディゲ
     新庄 嘉章 訳 新潮文庫

 子どもでもなく、大人でもない、ある一時期が人生にはある。『肉体の悪魔』はそうした青年期の心理を自己分析によって語りながら、なお感傷に溺れることのなかった稀なる作品だ。これこそは青春期に読まなければいけない。読めばきっと衝撃を受けるだろう。未読の者には一秒でも早く手に取ることを勧めたい。作者が16-18歳の時の作品。ラディゲは20歳で夭逝した。なお、映画も必見。


    『フランス名詩選』 岩波文庫

 文学の頂点は古来より詩が占めていた。フランス文学においても当然、フランス語の起源より現代までを通して、詩は書かれ、そして読まれてきた。翻訳では音韻的な効果が分からないという限界があるにしても、それを超えて伝わるものがあるものこそが、優れた詩ではないだろうか。コンパクトで手頃な選集として本書を推しておく。個々の詩のどれかに関心をもたれた方は、改めてその作家の詩集にも手を伸ばしてほしい。また、本書は原詩との対訳で構成されている。フランス語に幾らかなりとも触れたことのある人は、ぜひフランス語も鑑賞してみては。


    『カルメン』 プロスペル・メリメ
     杉 捷夫 訳 岩波文庫

 ビゼー作のオペラにもなっている、誰もがその名だけは知るだろう、フランス文学中随一 の有名女性。読んだことないのは恥ずかしいかも? 自由を求め、一切の束縛を拒むカルメンに翻弄されるドン・ホセは盗賊へと身を落とし、最後には彼女を殺すに到る。女が悪いのか、男が馬鹿なのか。いずれにせよカルメンの造形に、作者の利の全てがある。なおメリメには他にも『マテオ・フアルコネ』『エトルリヤの壷』といった良質の短篇がある。簡潔にして味わい深い名文に、合わせて触れてもらいたい。




中級編

    『危険な関係』 ラクロ
     伊吹 武彦 訳 岩波文庫(2004年重版)

 書簡体小説の持つあらゆる可能性を駆使し、このジャンルを完成させると同時に、その流行を終わらせる至らしめた、不滅の傑作小説。書簡とは、相手に読ませるために書かれる、極めて戦略的な代物に他ならない。同時に本小説は18世紀の自由主義者、リベルタンの象徴とも言うべきヴァルモン、メルトゥイユ侯爵夫人という二人の人物を見事に描き出している。電子メールの隆盛する現代、手紙の真の威力を知らしめるこの作品を一読する価値は大いにあると言えよう。


    『赤と黒』 スタンダール
     小林 正 訳 新潮文庫

 スタンダールの小説はとにかく熱い。胸に野心を秘めるジュリヤン・ソレルの人物像は、一見屈折していて捉えにくいが、そこにも確かに普遍的な青年の姿が見て取れる。赤は軍服、黒は僧服と一般に解されるように、出世のためにいずれかを選ばんとする彼の姿を通して、19世紀初頭のフランス社会を垣間見ることも出来る。「生きた、書いた、愛した」と募名碑に記されるスタンダールの文学こそは、まさしく情熱の文学といっていい。『パルムの僧院』もすこぶる面白いのでお勧め。彼はこの作品をほとんど口述筆記で、怒涛の勢いでしたためたという。繰り返そう。スタンダールの小説は、熱いと。


    『狭き門』 アンドレ・ジッド
     山内 義雄 訳 新潮文庫

 「力を尽くして狭き門より入れ」という聖書の言葉をモチーフとして、美徳と、現世での幸福との相克を描いた恋愛小説。前半は男性ジェロームの視点から語られ、後半のアリサの日記によって、それまで隠されていた彼女の本心が明かされるという構成には、推理小説的な読解の妙もある。宗教や道徳といった問題に比較的疎い今の私達に、一見この小説はなじみにくいかもしれない。けれどアリサの苦悩を通して、幸福とは何かという問いに各人なりに向き合う時、彼女の生き方そのものが、多くのものを語りかけてくるように思われる。誰だって幸福に生きたい。しかしどのような生き方が幸福なのかと考え始めれば、それはあまりに難しい、そして文学的といっていい問いかけなのである。


    『孤独な散歩者の夢想』 ジャン=ジャック・ルソー
     今野 一雄 訳 岩波文庫

 『告白』『エミール』『人間不平等起源論』等々、18世紀の思想家ルソーが後世に与えた影響は計り知れない。本作は、取っ掛かりとして最適なばかりでなく、(ルソーの作品はどれも長くて大変!)晩年のルソーの思想を知ることが出来る点でも重要な書物。時にもっとも美しいフランス語とも称えられる名文を、是非原文でも味わってほしいもの。


    『ボヴァリー夫人』 ギュスターヴ・フロベール
     伊吹 武彦 訳 岩波文庫

 田舎で育ったエンマは、ブルジョアの典型のような愚鈍な夫シャルルとの結婚に嫌気がさし、少女時代に夢見た情熱的な人生に焦がれる。やがて不倫に落ち、借金の嵩んだ彼女の行く末は・・・
 「ボヴァリー夫人は私だ」と作者は言ったというが、エンマの生涯は「ボヴァリスム」と名づけられもするように、青春時代の夢想と現実との断絶という、多かれ少なかれ誰もが経験するに違いないテーマを描いている。ただ筋立てだけを追おうとするとフロベールはあまりにも退屈に感じる。しかしその一文一文をじっくりと味わえば、凝縮されて一分の無駄も無い、これぞ文学という醍醐味が堪能できるに違いない。『感情教育』『三つの物語』等とあわせて、19世紀小説の金字塔の呼び名にふさわしい作品。


    『パンセ』 ブレーズ・パスカル
     前田 陽一・由木 康 訳 中公文庫

 第一部、神なき人間の不幸、第二部、神とともにある人間の栄光、という構想のものとに書き綴られた本作は、しかし未完のままに残された。各断章の配列を巡って様々な議論が繰り返されてきた歴史を持つ書物でもある。人間の存在の根源を追及したパスカルの思想は、護教論の域をはるかに超えて、後世に絶大な影響を残しつづけ、なお今がある。全部を読み通さなくてもいい。どこでもいいから頁を開いて、作者の言葉に耳を澄まして聞き入ってほしいと思う。


    『ゴリオ爺さん』 オノレ・ド・バルザック
     平岡 篤頼 訳 新潮文庫

 田舎から上京してきたばかりの青年ラスティニャックは、学問で身を立てるか、出世の道を選ぶかと逡巡する。そこに現れる謎の男ヴォートランは、一攫千金の甘い夢を持ちかけて青年を誘惑する。「父性のキリスト」たるゴリオの情念と同時に、青年の野心こそが本作のもう一つのテーマでもある。様々な伏線がからまりあい、一つに収斂する結末までの展開は圧巻。小説を読む醍醐味がここにある。タイトルに騙されず、冒頭の長ーい描写(?)にも騙されず、一歩物語の中へ踏み出せば、あとはもう巻を置く能わずだ。『従兄弟ポンス』『従姉妹ベッド』『幻滅』『娼婦の栄光と悲惨』『谷間の百合』と傑作ぞろいのバルザックはもっと読まれていい。藤原書店の『バルザック・セレクション』で簡単に入手することの出来る今、バルザックを読まないことは、人生の大きな損失だ。


    『モンテ・クリスト伯』 アレクサンドル・デュマ
     山内 義雄 訳 岩波文庫

 無実の罪で投獄された主人公、エドモン・ダンテスの凄絶なまでの復讐の物語。ファリヤ神父との邂逅、脱獄、財宝の発見を経て、大金持ちになったダンテスは、謎多いモンテ・クリスト伯としてパリに戻ってくる。狙いを定めた相手一人一人を破滅に追い込んでいく様は痛快であると同時に痛切でもある。『岩窟王』の名で古くから知られる本作は、決して長すぎることなどなく、とにかく無類に面白い。『三銃士』と合わせて超おすすめの一品。


    『ドンジュアン』・『人間嫌い』(『狐客』) モリエール
     鈴木 力衛・辰野 隆 訳 岩波文庫

 誰もが持つ性格上の欠点を一人の人物に凝縮させるところからモリエール一流の「性格喜劇」が生まれる。笑いながら同時に胸打たれるような気分にさせられるのは、まさしく登場人物の滑稽な姿の内に、自分の姿を垣間見させられるからに他なるまい。ラシーヌ、コルネイユとあわせて古典劇の三巨匠として、みんな名前だけは知っているけれど、作品をちゃんと読んだことのある人はどれだけいるだろうか。実にもったいない話である。


    『フェードル』・『アンドロマック』 ジャン・ラシーヌ
     渡辺 守章 訳 岩波文庫

 古典悲劇の傑作にして、演劇史上かつて並ぶものなき最高の作品。そう呼んでも大げさではないのが『フェードル』をはじめとするラシーヌの作品である。行動に頼らず一切を言葉で説明しつくすところに古典悲劇の大きな特徴があるが、燃え上がる恋の情念がかくまでも格調高く、かくまでも美しく表現されたことはかつてない。三単一という厳密な規則は、ラシーヌにあっては決して身を縛る制限ではなく、まさにその厳密さの上にこそ、彼の劇作法の真髄は発揮された。ここにこそ完璧があり、これを前にしては一切が生ぬるいものに感じられるとしても、不思議ではないのである。



上級編

    『失われた時を求めて』 マルセル・プルースト
     井上 究一郎 訳 ちくま文庫 鈴木 道彦訳 集英社

 フランス小説史上の最高傑作(質・量ともに)。裕福な青年が社交界での様々な経験を経て、やがて作家になるべきことを決意するに至るまで、と筋を述べたところでプルーストの真価は分からない。あまりにも長すぎる一文一文の中に、繊細なまでの心理分析と、汲みつくせない詩情とが溢れている。恐れずに書を手に取られたい。一度はまったら、もう二度と抜け出すことの出来ない豊穣な世界がそこにあるのだから。


    『エセー』 ミシェル・ド・モンテーニュ
     中央公論社 荒木 昭太郎 責任編集 『世界の名著 24』

 法律家にしてボルドーの市長でもあったモンテーニュは、後年隠棲して思考の「試し」essaiに勤しむ。争いやまない激動の時代の中にあって、いかに人は寛容になれるのか。それは、自分自身を知ることによって、人がいかに誤りやすく、愚かなものであるかを知ることによってしかありえない。『エセー』が今こそ読まれるべき書物であることに、もはや言を俟たないであろう。必読の書。


    『レ・ミゼラブル』 ヴィクトル・ユゴー
     豊島 与志雄 訳 岩波文庫

 原題の意味は「悲惨な者達」。『ああ無情』の邦題でも知られる。パン一個を盗んだがために投獄されたジャン・バルジャンは、やがて改悛して新しい生活を始めるが・・・
 幾度も映画化されたユゴーの傑作小説。貧困と悲惨への惜しみない同情を注いだ作者ユゴーは、詩人であり、劇作家であり、小説家でもあって、とにかく膨大な量の書物を残した19世紀随一の怪物的天才。『ノートルダム・ド・パリ』『九十三年』等、他にも傑作ぞろい。ユゴーもまた、今もっと読まれていいはずの作家の一人である。


    『ガルガンチュア・パンタグリュエル物語』 フランソワ・ラブレー
     渡辺 一夫 訳 岩波文庫(品切れ)

 巨人ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語はとにかく抱腹絶倒。400年以上も前にこんな凄い小説が書かれたことが信じられない怪作。無数の造語はあまりにも翻訳家泣かせであるが、渡辺一夫の訳もまた、ある意味強烈で一読忘れがたい。忘れてはならないのは、この諧謔の裏に、優れてユマニスト(人文主義者)である作者ラブレーの思想が横溢していること。『ドン・キホーテ』と双璧を成す、この希代の奇書を是非読んでほしい。






◆趣味の読書案内 フランス文学関係

『ドーミエ諷刺画の世界』
喜安 朗 編 岩波文庫

 バルザックの時代の風俗を知るのに、ドーミエの版画は最適だ。けれど今の目から見ると、それのどこが諷刺になっているのか、さっぱり分からなかったりして、何が面白いのか掴めなかったりする。そもそも諷刺の対象となるのは、もっぱら時事的な事象なのだから、当然と言えば当然でもあるけれど、そういうわけで解説付きのこうした書物は、仏文学生にとってお役立ちだったりする。19世紀という時代、遠くて近い200年から100年前の、普通の人達の普通の暮らしは、なんだか懐かしいような、なんだか目新しいような、私達と似ているような似ていないような、そんな不思議な光景に溢れている。喜安氏の解説は時々牽強付会な気もあるけれど、丁寧で、時代背景がよく掴める。19世紀専門家に限らず、仏文学専攻の全ての人に一読を勧めたい。
        推薦者・・揚げじゃが君

『フランス小説の扉』 野崎 歓 白水社
 今一番活きのいいフランス文学の翻訳者、野崎歓がフランス文学の古典を縦横に語って楽しい一冊。スタンダール・バルザック・ネルヴァル・モーパッサンの名作中の名作は、誰が語ってもそれなりのものになるだろうけど、だからこそどう語るかが難しい作品でもある。氏の読解は一見素朴ながら、各作品の魅力をきっちり掴んで、未読者も、愛読者も読ませる好解説。現代文学好きには後半も面白い。フランス小説は実は「反フランス的」なものとして書かれているという指摘も興味深い。改めてあの名作を読み返したくなる、こんな本のおかげかどうか、ベラミ重版しましたね。素晴らしい。
        推薦者・・仏文君

『モーパッサン短編集』1~3
青柳 瑞穂 訳 新潮文庫
「今、モーパッサンて文庫で生きてるの?」真顔で聞かれてたまげたことがある。どっこい生きてるモーパッサン。短編だし、読みやすいし、面白いし。モーパッサンは本当に古くなったのか、と中村光夫が問うたのは昭和9年。今なおこの問いは繰り返されてしかるべきだ。モーパッサンは古くない。彼が痛烈に描いて見せた等身大の庶民の姿は、まさしく普遍的なものだからに他ならない。1巻がパリもの。2巻が田舎もの。3巻が戦争・怪奇もの。青柳瑞穂の訳はちと古いが読みやすさは保証つき。是非ご一読を。
        推薦者・・仏文君

ドーデー『風車小屋だより』
桜田 佐 訳 岩波文庫
 バルザックを読むのが激しい読書だとすれば、ドーデーを読むのは到って静かな読書と言えるだろう。プロヴァンスの片田舎、うさぎやふくろうの住む風車小屋から、作家ドーデーは様々な物語を語って聞かせる。道端の名もない花に目をとめるように、窓の外を吹く風を聞くように、そっと彼の声に耳を傾けてみよう。ささやかに愛しい名編の数々を、きっと誰かに教えたくなるはず。
        推薦者・・スガンさんのやぎ

モリエール『ドン・ジュアン』  鈴木 力衛 訳 岩波文庫
 失礼ながら「こんなんが古典なのか」と一読たまげた。はっきり言って目茶苦茶だ。でもその支離滅裂さが面白い。可愛そうなのは召使! よくある「上司にしたくない男性」ナンバーワンは断然ドン・ジュアン! こんな男こそがもてるのか、男性女性を問わず、みんなに問いたい。だから読んでほしい。モリエール『ドン・ジュアン』は、名作の中に紛れ込んだ極めつけの問題作だ!
        推薦者・・スガナレル

『狐物語』
 鈴木覚・福本 直之・原野 昇 訳
 仏文学生ならみんな名前だけは知ってる『狐物語』が、ようやく岩波文庫に収録されたことを、まずはなにより褒め称えたい(はっきり言って遅すぎる)。12世紀後半のフランスで、複数の作者に作り足された悪狐ルナールの活躍?は、その素朴さ、猥雑さが何より潔く、読み進むうちになんだかほのぼのしてくるぐらい。それにしてもルナールは悪い奴。こんな厚顔無恥はそんじょそこらじゃお目にかかれない。それはともかく君達、なんで馬に乗ってるのよ!
        推薦者 イザングラン





その他の国の文学作品
『オーランドー』
ヴァージニア・ウルフ 杉本洋子訳 ちくま文庫
 オーランドーは16世紀を男として生き、18世紀を目前にして、女性になる。男のときも女のときも、オーランドーは詩人になろうとし、恋に生き、恋に破れる。その人生は、冒険と天真爛漫な発見、そして失望に次ぐ失望。でも、オーランドーはすぐに理性と好奇心を取り戻し、現実を受けとめる。「わたしは幻想を失いつつある、どうせまた別のにとっつかれそうだけど」憂鬱から抜け出し、新しい日々を経て、オーランドーはゆっくりと、けれど確実に、幸福をつかまえる。今を生き、今を見つめているうちに、時間はものすごい勢いで駆け抜けていく。時代の波にもまれるだけの「強さ」が、オーランドーにはある。

Sylvia Plath “The Bell Jar” (Faber and Faber) 『ベル・ジャー』シルヴィア・プラス著 翻訳が2004年発売!!  シルヴィア・プラス(1932-1963)は、自殺によって伝説のヒロインになりすぎたような部分が強いけれども、この小説は彼女が自らつくりあげた「伝説」といえる。ボストンからニューヨークにやってきたヒロイン、エスターは広大な都会にほとんど押しつぶされながら、短い夏を過ごす。ダイエット、高価なファッション、ヒステリックな人間関係に彩られた都会から帰郷した彼女は、説明のつかない憂鬱さから抜け出せないまま自殺を図るが、未遂に終わる。  エスターの憂鬱の原因は二つある。ひとつは、成績優秀の優等生であるにもかかわらず、理想が高すぎて、大学卒業後の進路がはっきりしないこと。そしてもうひとつは理想の恋人がいないために、いまだに処女であること。加えて、自殺未遂などしたために、彼女は精神科の治療を受けなければならない。小説の冒頭は、ローゼンバーグ夫妻の電気椅子処刑についての描写で始まるが、処刑のあった同じ夏、彼女も電気ショック治療の恐怖におびえるはめになる。  プラスが描くアメリカは、カラフルでとても元気がいい。でも、不思議なくらいに理性的なヒロインの冷めた視点と、自殺や精神病という重い要素が、その元気のよさを警告している。
『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』
  エドガー・アラン・ポー著
 ボードレールの翻訳のおかげでフランスでは結構有名なこの作品。本国アメリカではあまり知られていなかったとか。ある批評家がこの作品を「反逆の連続」として読み解いているように、次から次へと嫌な出来事が襲ってくるもので、読んでいるとだんだん感覚が麻痺していくのが恐ろしいけど、何だか快感。ところでこの作品って、ロビンソン・クルーソーとか、当時流行った海洋もの、遭難もののパロディーでもあるんでしょうね。

泉鏡花「外科室」を推す!
(『外科室・海城発伝 他五編』岩波文庫 等に収録)
 「その声、その呼吸、その姿」一読忘れられないこの切迫感。泉鏡花は後年も面白いが、初期作品は断然勢いが違う。若さと情熱がこれほどストレートに、しかも上品かつ鮮烈に、表現された試しはあんまりないと思う。なにより『外科室』! 一目見交わしただけの二人の間に瞬間、爆発する情念のものすごさ。「本当らしさ」など問題じゃない。観念的なんていう批評はお門違いだ。ただこの瞬間に陶酔すればそれでいい。泉鏡花初期作品は、ただその瞬間のためだけに、描かれている。
        推薦者・・医学士 高峰





番外編
『パリが愛したキリン』
マイケル・アリン 椋田 直子 訳  翔泳社
 19世紀のフランス。マルセイユからパリまでを1頭のキリンが歩いて渡った。そのイメージを頭に描いたとき、すぐさまこの本を読んでみたくなった。背景には複雑な世界情勢があり、キリンはいわば「ワイロ」として、ムハンマド・アリーからシャルル10世に献上されたものだったという。胡散臭いブローカーなんかがいて滅法面白いけれど、そんな思惑はどこへやら、パリ市民はキリン・ブームに沸き、婦人連は「キリン風」に髪型を編んだというのも楽しい。1頭のキリンから世界史の一面を鮮やかに浮かび上がらせた筆者の手腕を賞賛したい。なにはともあれ、マルセイユの花畑をお供を連れてのんびり歩く、そんなキリンの姿を思い浮かべてみれば、なんだかほんわかしませんか?
   推薦者 飼育主任 ハッサン

斎藤美奈子『紅一点論』 ちくま文庫
 斎藤美奈子が、アニメ・特撮・伝記のヒロイン像をやり玉にあげる。もうそれだけで面白さは保証済み。あからさまなまでに暴露されるのは、私たちの社会に流布する、幼稚きわまりない女性観・社会観だ。でもそれだけじゃない。誰もが幼心に思ったはず。「**戦隊にはどうして女の子が一人だけなのだろう」素朴な疑問を突き詰めれば、そこに社会が見えてくる。それが学問の王道じゃなくてなんだろう。学ぶべきものは多い。『妊娠小説』と合わせて、全ての男性(女性ももちろん)に『紅一点論』を勧めたい。
    推薦者  モモレンジャー

浦沢直樹 「モンスター」なんかを推薦してみたり。(小学館)
 あまり適切ではないが分かりやすく言えば、「現代日本のデュマ」みたいな人だと思う。ずば抜けた構想力。息もつかせぬ展開。謎が謎を呼ぶ興奮。それに多作だし。すべてが一流。すべてに文句なしの傑作と言っていい。手塚治虫文化賞もとった、知ってる人はみんな知ってる超大物漫画家だ。今さらマンガの悪口を言う人は少ないにせよ、読まない人は絶対読まないマンガの凄さを是非強く訴えたい。これを「文学」などとは言わない。それは文学に不敬だからでなく、マンガに対して不遜だからだ。はっきり言って世界に誇れる。浦沢直樹はすばらしい。
    推薦者  天馬 賢三