古墳が造られた時代

百舌鳥・古市古墳群のなかの野中古墳

百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)は大阪平野に築かれた日本最大級の古墳群です。二つの古墳群で、大小あわせて220基を超える古墳が築造され、世界最大級の墳墓である巨大前方後円墳、大仙(だいせん)古墳(伝仁徳天皇陵)、誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳(伝応神天皇陵)が含まれる日本の古墳文化を物語る貴重な遺産です。

野中古墳は、古市古墳群に属し、古市古墳群の中で5番目の規模を有する墓山(はかやま)古墳に近接して築造されています.こうした大型の古墳に従属するように造られた小型の古墳は、陪塚(ばいちょう)とよばれています。
野中古墳は規模としては小さいものですが、調査がなされず多くの謎に包まれている古市古墳群の中にあって、その内容が判明している数少ない古墳の一つです。もちろん、野中古墳の被葬者をめぐって、まだまだ謎が残されています。しかし、最新式の武器・武具の数々からみえる軍事力、多種多様な農工具が示す生産力と技術力、そして、当時貴重であった鉄製品を多量に埋納できるほどの富の集積からは、古市古墳群の造営を可能とした権力基盤の実態が野中古墳に凝縮されているといえるでしょう。

百舌鳥古墳群地
百舌鳥古墳群地図
古市古墳群地図
古市古墳群地図

『世界文化遺産を大阪に 百舌鳥・古市古墳群』パンフレット
(大阪府府民文化部 都市魅力創造局都市魅力課、2012年刊行)より転載